学園祭実行委員会から通知が来たのは翌日放課後のことだった。
『ライブ応募者過多に伴う対応について』
やっぱり、ライブに出たい生徒が多すぎたらしい。
抽選かと思いきや、委員会は別の方法を選んだようで。
『可能な限り多くの生徒が参加できるよう、構成人数の多いユニットから順に当選とします』
通知を見て数分後には美夜から連絡があった。
さらに数分後、万桜たちの部屋へミアともどのやってきた彼女は、
「ま、しょうがないわよね。学園祭はライブだけやるわけじゃないし」
入学記念ライブの時は複数会場で午前中から夕方までかかった。
学園祭では屋台に使われる会場もあるし、イベント自体の時間も少し短めだ。
代わりに二日間の開催ではあるが、
「規定ではひとつのユニットにつき三曲まで上演可能、となっております。入れ替えの時間も含めると、一時間に歌えるのは多くて五、六組でしょう」
「曲数減らしてもいいと思うけど……それだと入れ替えでバタバタしちゃうもんね」
というわけで、人数の多いユニットを優先することになったのだ。
予測によると人数の最低ラインは三名。
「もしかして、美夜たちが来たのってその提案?」
「そ。続きに『ユニットの再編可』って書いてあるでしょ?」
新規メンバーを加えて人数を増やしたり、ユニットを統合してもいいという話だ。
締め切りは三日間。
長くはないものの、向こうとしてもこれがギリギリなのだろう。
にっこりとミアが笑って、
「だからさ、一緒にやろうよ」
「……なるほど、そういうことですか」
ユニットメンバーは全員が最低一曲に参加すればいいことになっている。
三曲あるので万桜と奏音のペア、美夜とミアのペアがそれぞれパフォーマンスしても問題ない。
このままだと二人ユニットは足切りされてしまうのだから、
「いかがですか、お姉様?」
「うん、むしろ大歓迎」
連絡が来なかったらこちらから持ち掛けていたかもしれない。
微笑んで頷く万桜たちに、美夜も「決まりね」と笑った。
「じゃあユニット名を賭けてじゃんけんしましょ」
「や、別にそれは美夜たちが決めていい」
「わたくしも特にこだわりはありません」
「なによ。あんたたち欲がなさすぎじゃない?」
ぷくっと頬を膨らませた美夜だったが「それならそれでいいわ」とすぐに機嫌を直した。
「じゃあ、こっちで決めちゃうわよ」
『Canon's Cats』。
「? 奏音の猫?」
「みやにみあにまおで猫みたいじゃない? で、奏音は余ったから」
「これではわたくしが飼い主みたいではありませんか」
「いいじゃない。飼ってー奏音ちゃんー」
万桜たちに首輪を付けさせてリードを手にする奏音。
……意外と似合いそうだ、ってそうではなく。
「まあ、いいんじゃない?」
「……まあ、お姉様がよろしいのでしたら構いませんが」
「おっけー。じゃあ後は枠の取り合いね。って言っても決まったようなものかしら」
「うん」
万桜と奏音のペア、美夜とミアのペアで一曲ずつ。
「一曲余るし、せっかくだからみんなで歌う?」
「ふん。……そうしたいって言うならそうしてあげてもいいけど?」
「美夜ちゃん、素直にやりたいって言えばいいのに」
というわけで、学園祭では四人でパフォーマンスをすることになった。
おかげで美夜が張り切って、合同曲の練習が大変になったのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「お姉様、お膝をお借りしてもよろしいですか?」
「ん、もちろん」
夜、デバイスでライブ曲をおさらいしていると奏音が声をかけてきた。
数学のテキストを開いていた彼女は見るからに眠そうである。
ベッドの上で膝にのせてやると気持ちよさそうに目を閉じる。
これでは奏音が猫みたいだ。
「訓練は順調?」
尋ねると、目を閉じたままで返答。
「そうですね……。伸びてはいる、と思います。劇的な変化はありませんが、焦るべき時ではないとも」
「そっか」
そうは言っても焦ってしまうのだろう。
息をするように努力する美夜とは少し違うが、奏音もまた頑張っていないと落ち着かないタイプだ。
助けになるなら別の角度から。
「今日はこの辺で終わりにしておいたらどうだ?」
「いいえ、もう少し続けます。エナジーを残しては勿体ないですので」
「ん、じゃあしばらく休んどけ」
「そうさせていただきます」
目と脳を酷使した時はしばらく目を閉じているだけでもだいぶ楽になる。
「ほんと、頑張ってるな」
「そんなことはありません。お姉様に追いつくにはまだまだです」
「何回も言ってる気がするけど、俺はお前たちを追いかけてるつもりだからな?」
「お姉様はご自分がどれだけの傑物かわかっていないのです」
傑物って。いや褒められて悪い気はしないが。
「……俺は、ずっとお前を見上げてきたんだぞ」
「……そうですね。わたくしはずっと、お姉様が羨ましいと思っていました」
「遊び惚けて楽をしてたからか?」
「もちろん、それもあります。小さい頃のわたくしは限界以上の習い事を積み重ねられて、常に癇癪を起こす寸前でしたから」
「実際起こしただろお前」
「そうだったかもしれません」
『
彼女は自分の代わりに奏音へ英才教育を施し、心奏入学という夢を託そうとした。
「あなたのためを思って」。
当時繰り返されたその言葉が間違っていたとは言い切れない。
おかげで奏音はこうして合格し、優等生として生活を送れているのだから。
しかし、幼い少女にとってそれが重荷で、かつ、本来なら許されたはずの自由で無邪気な時間を潰すものだったこともまた事実。
万桜にはそれが面白くなかった。
複数の意味で「代わってやりたい」と思ったし、そうできないからこそ母への当てつけのように普通の少年をしていた。
妹を事あるごとに「悪い遊び」に誘ったのも子供っぽい反発が原因だった。
奏音は口元に笑みを浮かべて、
「わたくしが羨ましかったのは、お姉様の能力です。お姉様はなんでもわたくしより先にできるようになったでしょう?」
「待て、そんな覚えないぞ」
「ありました。小学校二年生くらいまでは頻繁に」
「……いや、それはあれだろ。調子乗った馬鹿というか」
幼少期に天才扱いされた者の末路はたいてい凡人である。
そもそもその程度の年齢じゃ大したことはできないし。
「俺が先にできるようになっても、お前すぐに追いついて追い越しただろうが」
「だって、お姉様にできてわたくしにできないのは悔しいではありませんか」
この負けず嫌いが。
奏音がそうやって追い抜いていくから、いつの間にか万桜は本気で努力しなくなったのだ。
いくら努力したところで一番の望み、『歌姫』への道は開けないというのも原因の一つ。
「お姉様は本当は、わたくしよりもずっと伸びしろがあるのです。……それはきっと、高峰真昼や数多の『歌姫』たちが持っていたのと同じ、輝ける才能です」
「知ってるだろ。俺はやりたいこと以外だと集中力が続かないし、お前たちみたいに理論立ててやるのも苦手なんだよ」
「理屈ではなく『答え』を導ける。それが才能ではなくなんだというのですか」
漆黒の瞳が開かれ、じっと万桜を見つめた。
「お姉様はご自分の才能を自覚するべきです。でなければ勿体なさすぎます」
「……あんまり調子に乗らせるなよ。そういう時が一番やらかしやすいんだから」
まったく、今日はやけにぐいぐい来る。
なにかあったわけでもないだろうに、いや、あったのか。
心奏に来てからずっと色々ありっぱなし。
特にこのところは新しい挑戦続きだ。
「才能、か」
確かに、万桜だって全く自覚していないわけじゃない。
人より遥かに多いエナジーは明らかな才能なわけだし、下積みもなくみんなに食らいつけている自分を「実はすごいんじゃね?」と思うことだってもちろんある。
「才能じゃなくて自信、ってことならそうだな。……もう少し持っておいてもいいかもな」
なんでも恐る恐るやるより思い切ってやったほうが結果が出る。
あるいは、最近の万桜がうまく行っているのはそのせいかもしれない。
失敗するかもしれないなんて気にしない。
とにかく全力ですべてにぶつかっていくから、変な力みや怖れが生まれない。
すると、奏音が「そうです」と微笑んだ。
「お姉様はすごいのですから、もっと自信を持ってください」
「ああ。……でもな、それを言うならお前だってそうだぞ?」
こつん、と、指で妹の額を軽く叩いてやる。
「俺がすごいとしてもお前がすごくないわけじゃない。俺を追い抜いていったのはお前の才能だ。それを忘れるなよ」
「……お姉様」
「いや、泣くなよ」
奏音の目がじんわりと潤みだした。
なんだか悪いことをしているような気がしてぶっきらぼうな口調になってしまう。
「お姉様が泣かせるようなことを言ったのではありませんか」
「先に言い出したのはお前だろ」
というか、泣かれるとこっちまで泣きたくなってくる。
普段、こんな真面目な話なんてしないのだから。
奏音は涙で指を拭うと、「つまり」と呟いて。
「わたくしにもわたくしの才能がある、とお姉様はおっしゃりたいのですね?」
「ああ」
「でしたら、わたくしもそれを信じてみます」
妹の指が万桜に触れる。
「お姉様。そこで、というわけではありませんが……一つ、提案をしてもよろしいですか?」
「提案?」
「はい。ライブに関する提案です。……わたくしも、新しいことをしてみたいと」
彼女の提案には万桜も少し驚いた。
しかし、拒否する理由は特にない。
「わかった。じゃあ、それで行こう」
「ありがとうございます、お姉様」
幸い大きな変更も必要ない。というかそのほうが自然なくらいだ。
ただし、万桜の負担は少し大きくなる。
それは構わないとして、後は衣装を作ってくれているあの少年に連絡しなければ。
◆ ◆ ◆
心奏学院普通科一年、服飾部所属の
同室の少年が「うるせえ!」と怒るのでミシンは持ち込んでいない。
細々とした縫物をしたりが中心だが、こういう内職が作業本番に案外影響してくるのだ。
「本当、お前も頑張るよな。服飾部に好きな子でもいるんじゃねえの、やっぱ」
「はは。だから、そういうんじゃないって」
ベッドに横になったルームメイトに軽く答えたところで、着信。
こんな時間に誰だ、部長か? と思ったところで心臓が跳ねた。
『小鳥遊万桜』。
少女の顔が脳裏に浮かんで、スマホを落としてしまいそうになる。
なんとか掴んで「もしもし」と告げると「あ、椎名くん?」と耳をくすぐるような声がした。
『こんな時間にごめんなさい。今、大丈夫?』
「はい。大丈夫ですけど、どうしました?」
ルームメイトに手でごめんと告げて廊下に出ようとすると「ここで話せ」とジェスチャーで返された。
絶対面白がられているが仕方ない、上げかけた腰を再び下ろして、
『うん。実は、衣装の配役を逆にしたいんだけど、できる?』
「え……?」
話を詳しく聞くと、演出プラン上の変更らしい。
要は万桜の衣装を奏音が着て、奏音の衣装を万桜が着る。
聞けば納得できる内容で、
「それくらいなら問題ありません」
『本当?』
「はい、任せてください」
幸い万桜たちは双子だ。
体型は胸以外ほとんど変わらないため、大きな調整は必要ない。
デザイン変更とか言われるとさすがに困るが。
答えると、ほっとしたような吐息の後に「ありがとう」と甘い声がした。
いや、甘く聞こえたのは単に彼の主観だろうが。
なおもどきどきしながら通話を切ると、ニヤニヤしたルームメイトに「彼女か?」と尋ねられた。
「だから違うって」
「だよなあ。相手があの小鳥遊万桜じゃ無理だよなあ」
「な……っ!?」
バレている。
まあ、状況から推測は可能だろうが、椎名はなんだか妙に恥ずかしい気分になった。
「からかうなよ」
と、一応釘をさしてから「それにしても」と思う。
「大胆なことするな、小鳥遊さん」
頼まれている衣装は二着。
前回同様、物語の登場人物をイメージしているものの、今回は原作つきではなくオリジナル。
一着は刀を携えた退魔の巫女。
一着は妖艶さを持つ女妖魔。
もともとは万桜が女妖魔を演じるはずだったが──そちらが奏音の役に変更になった。
奏音が巫女役だと前回の役柄と近く、イメージが被るからということで確かにそれはその通りだが。
露出多めの妖魔衣装を着た万桜、ちょっと見てみたかったような……いやいや、そんなことを言っていてはいけない。
少年は、明日以降のタスクに衣装の微調整を書き加えた。