ひとつひとつの授業に全力で取り組みつつ、放課後には進捗確認のためクラスルームに集合する。
ただでさえ詰め込みまくりのタスクがさらに増えるとは何事か。
しかし、お祭りのためならなんとかこなせてしまう不思議。これが若さか。
さて。
クラスルーム内は作業用の机やミシン台が置かれて普段とはまた違った雰囲気で。
「ごめん、少し遅くなった」
「あ、万桜ちゃん。お疲れ様、なにかあったの?」
「ん、これを部室に取りに行ってた」
ミシンが一台+実家から取り寄せた子の分しかなく、交代での作業になるので万桜は
紙袋に入れてきたそれを広げてみせると、
「すごい、ほとんどできてる……!」
完成度は80%といったところか、ここまで来ればあとちょっとである。
ひとえにこれはチーパオ(チャイナドレス)が比較的シンプルな構造であることと、
「奏音と先輩がいろいろ教えてくれたおかげ」
「そうですね。お姉様ったら、手縫いなら指にたくさん絆創膏を貼るレベルの素人でしたから」
「そこは謙遜してくれてもいいと思う。でも、本当にありがとう」
素直にお礼を言うと、奏音は「大したことではありません」と赤くなった。
「奏音ちゃんは良いお嫁さんになれるねー」
クラスメートの賛辞に、美夜がふんと鼻を鳴らして。
「お嫁さんとか。『
「いまどきそんなのどっちでも変わらなくない?」
「あー、でも、結婚する時に苗字変わると大変らしいよ」
なんの話だ、という感じだが、女子が集まるとこんなものである。
放っておくといくらでも話が拡散、脱線して終わらない。
こういう時、美夜はさすがというか、さっき雑談に参加していたのを忘れたように「で」と話を戻して。
「シフトのほうはどう?」
「だいたいできたよー。ここからは大きく変わらないと思う」
「餃子のレシピも完成したからみんなに配るね」
万桜たちのクラスは餃子屋台。
一度に「焼き」に参加できるのはせいぜい二人、呼び込みを二人つけるとしても四、五人いれば稼働できる計算だ。
二十人のクラスなので実働時間は四分の一程度。
「基本、支払いをデジタルで完結できるのは大きいですね」
「お金の受け渡しに立ってなくていいもんね」
「たまに現金の人もいると思うけど、お金触った後はそのまま調理に入らないでねー」
餃子は三種類、普通のとにんにく抜き、それからチーズ入りだ。
にんにく抜きがあるのが女子の学校っぽい。
「わたしもできるだけ調理を覚えたい」
餃子くらい焼けても損はなかろうと意気込むと「そんなに気合い入れなくても」と言われてしまった。
「万桜ちゃんは呼び込みしてもらったほうがお客さん集まりそうだし」
「可愛いもんねー」
戦力外と言われたわけではないのでそこは嬉しいが、
「……みんなだって可愛いと思う」
頬を赤くしつつ言えば「可愛いー!」と歓声が上がる。解せぬ。
「万桜ちゃんたちは有名だから効果あるよ絶対」
「……あー」
万桜たちが取材を受けた雑誌は次々と発売されて校内でも話題になった。
寮のあちこちで自分たちの載った雑誌が読まれているのは──というか、一般流通する雑誌に自分たちの写真が掲載されているのはものすごく変な気分である。
SNSのフォロワー数もどん、と増えた。
ついでに言うと学内コミュニティの男子専用スレでも万桜の話題が出ることが増えた。
見られていないと思ってなかなかストレートな欲求が書き込まれることもあり、万桜としては苦笑いをするしかない。
同時に、注目が集まっていることに不思議な高揚も。
承認欲求高めすぎるのも良くないとは思うのだが、『歌姫』は目立つのが当たり前でもあるわけで。
「大丈夫よ、万桜」
「美夜」
若干もやもやしていると、友人がにっこりと笑って、
「先輩方にはもっと有名な人いっぱいいるんだから。あんたなんか『一年生なのに珍しい』って思われてるだけ」
「美夜、はっきり言いすぎ」
お前なんか大したことない、と言われると、事実だとしてもそれはそれで不満なのである。
◇ ◇ ◇
「こんにちは。また剣道場をお借りします」
「ああ、
剣道部の顧問は学院では数少ない男性教師である。
前に練習で剣道場を借りて以来、何度かやりとりをしているのですっかり顔見知り。
今回も快く万桜たちを迎え入れてくれた。
剣道部員たちも練習の手を止めて会釈したり「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
こちらも笑顔で頭を下げて、隣にあるもう一つの剣道場へ。
ここで着替えると面倒臭いので着替えは来る前に済ませてある。
着替えと言っても長袖のウェアである。
本格的な防具は着ない。
万桜たちがするのは剣道、と言うよりは剣術の稽古が主だからだ。
また、目的がライブである以上、軽やかな服装で振るえなければ意味がない。
「道場というのは不思議と心が引き締まりますね」
「いいよね。ちゃんとした場所で練習するのって」
それぞれに木刀を引き抜き──向かい合って構える。
「参ります」
「いつでも」
張り詰める緊張。
前に出ると同時に振るわれた木刀を、自分のそれで払う。
連撃を試みてくる奏音に、隙を見て万桜も反撃。
攻撃は軽やかで鋭いものの、同時に必要以上に大振りでもある。
これは、別に相手をぶっ飛ばすのが目的ではないから。
言ってしまえば演武のようなもの。
ただし、ライブ中に完璧な型は期待できないので臨機応変。
ダンスのようなステップも織り交ぜながら、木製の刀を捌き合う。
突きは、さすがに危ないのでなるべく控え目に。
狙う時は顔に当たらないように注意を払い、出だしがわかりやすいように。
かん、かん、と刀をぶつけ合っていると思考のスピードが上がってくる。
能力による加速なのか、単なるノリなのか。
向かいにいる奏音の瞳も色を失ったように真剣で。
十分ほど打ち合いを続けた後、デバイスのアラームで我に返り。
木刀を下ろして静止した時にはもうかなり息が乱れていた。
激しい運動に極度の集中、疲れないはずがない。
汗もすごい。
持ってきたペットボトルで水分補給をして、タオルで拭く。
「やっぱり、お姉様にはまだまだ敵いませんね」
呟く奏音。
練習時間の限られている妹には「手を抜かなくていい」と言ってある。
実際、奏音の剣筋は万桜に比べて殺気に溢れているが──それでも当たっていないのだから、まあ確かに。
ただ万桜としては「あれだけできてて良く言う」と言ってしまう。
「集中してる時の奏音はほんと怖い」
「であれば、苦労している甲斐もありますね」
男子、あるいは元男子としてちゃんばらで負けるわけにはいかないが。
身体能力や技術が一緒と仮定した場合、あるいは女子のほうが思い切りや遠慮のなさという面で男子より上なのではないかと思ってしまう瞬間がある。
先入観のないほうが上手くいくこともある、的なやつか。
「じゃあ、次はわたしの練習にも付き合ってくれる?」
「望むところです」
今度は少し遠めの距離に向かい合って。
万桜は片手に木刀を下げたまま、「~~~♪」歌を口ずさむと、手のひらに
◇ ◇ ◇
そうして──あっという間に時間が過ぎていき。
学園祭前日は例によってお休み、設営や打ち合わせのための時間となった。
万桜たち1⁻Aも屋台の組み立てなどで朝から集合。
「いつもは能力でぱぱーっと準備してくれるのに、今回は違うんだね」
屋台用に割り当てられた場所は本校舎前の広場の一角。
クラスメートの一人が小さな不満を漏らすと、監督役の真昼が「そう言わないの」と苦笑。
「自分たちのお店なんだから、ちゃんと把握してないとだめでしょ?」
「……そう言われるとそうかも」
崩れた屋台を立て直す機会とかはまあ来ないだろうが。
例えばガスボンベと鉄板の位置関係がどうなっているかとか、「教えられただけ」と「設置から眺めていた」では理解の深さが変わってくる。
トラブルがあった時は大人を呼ぶのが正解にせよ、ガス切れの原因がなにか呼ぶ前にある程度予測をつけることも。
「それに組み立てなんてすぐ終わるよ。これだけ人数いるんだから」
実際、屋台はさっさと組み上がった。
本来なら女子ばっかりだし難儀したかもしれない。みんなあんまりこういうのに慣れてなくて、そういう意味での戸惑いは確かにあったが。
『歌姫』の卵たちはぶっちゃけ腕力と体力は男子よりも豊富なので。
「あれ、もう終わり?」
「ほんとに簡単だったねー」
めっちゃ頼もしいな。
思いながら見ていたら、隣に美夜が立った。
「これってあれよね。来年はあたしたちももうちょっといろんな設営手伝ったりするからよね」
「ああ、今のうちに慣れろってこと?」
「じゃない? その頃にはあたしたちも飛べるようになってるんだし」
「すごい話」
なってなかったら進級できないわけだが。
半分近く終わった今でも半年後の自分の姿がいまいち想像しきれない。
すると真昼がこっちを振り返って、
「そんな先の話気にしないで、今は楽しみなさい。ね?」
「はあい。……まったく、先生みたいな顔してくれちゃって」
いや、先生だから。担任だから。
設営が終わって軽い打ち合わせを済ませたら、メンバーは二手に分かれた。
調理班は屋台に残って軽く練習。
呼び込み班はクラスルームで明日用の餃子を量産。
「では、お姉様。また後程」
「そっちもしっかりやりなさいよ、万桜」
「……うん」
結局、接客班にさせられた万桜である。
何度か自主的に練習したものの、上手く焼くのは意外と難しかった。
練習用の餃子を作る過程で皮を包むのはうまくなったのだが。
「いいじゃない、万桜ちゃん。呼び込みも楽しいよ」
「そうそう。奏音ちゃんと二人とも調理班じゃ寂しいし」
「ん、ありがと」
衛生面も考慮して、まずはクラスルームの掃除から。
不要なものを片付けて埃を落として換気、必要ならアルコール消毒もして。
「じゃ、始めよっか!」
切る、混ぜる、こねる、包む。
ひたすら切る、混ぜる、こねる、包む。
各作業は分担したので万桜はひたすら包む係である。
出来上がった餃子は中身がなにかわかるようにして冷蔵庫に。
「これ、すぐ冷蔵庫いっぱいになっちゃいそうだね」
「だからクーラーボックス用意してあるよー」
小さめの冷蔵庫がいっぱいになった頃、「調子はどう?」と真昼がやってきた。
「先生。ちょうどいいところに」
「あ、ちょうど私の出番? 他の先生に監督役お願いしてきてよかった」
どうするのかと言えば、小分けして包んだ餃子を手に取って。
「はい冷凍」
一瞬でそれがかちこちに。
便利だな歌姫!?
で、それをみっちり、保冷剤と一緒に詰めれば互いが冷やし合ってなかなかとけない。
クーラーボックス自体も歌姫技術で高性能化している。
「先生すごーい!」
「ふふん、このくらいまだまだ余裕だけど?」
「じゃあもっと作っちゃう?」
「どのくらい作ればいいか迷うよねー」
「余ったらみんなで食べるしかないもんね」
「あ、餃子パーティ楽しそう」
今更だが女子高生が集まって餃子って。
いいか、餃子美味しいし。
ちょっとやるくらいなら楽しい餃子包みも百人前とか作っているとなかなかにハード。
図らずも、料理店の苦労も実感してしまった。
それにしても。
「いよいよだねー、万桜ちゃん」
「うん、いよいよ学園祭」
隣にいた子のなにげない言葉に微笑で返す。
入学が厳しいどころか受験資格さえなかった万桜が心奏に入って、学園祭まで。
クラスメートたちでわいわい賑わうクラスルームをあらためて見渡して。
「ほんと、楽しみ」
きっといつも通り、騒がしくも楽しい一日になることだろう。
と、隣の子が万桜に手を伸ばしかけた姿勢で固まっていて。
「どうしたの?」
「あ、うん。いや、なんか万桜ちゃんの頭を撫でたくなって」
食べ物扱っている時にすることじゃない、と思いとどまったらしい。
いや、なんで急に頭を撫でようとするんだよ!?