『只今より、第三十三回 心奏学院学園祭を開催いたします』
学院全体がお祭りムードに包まれていた。
心奏に関してはわりとよく人でいっぱいになるのだけれど。
それでも、学園祭の雰囲気はやっぱり違う。
空に浮かぶ立体映像で学院長や生徒会長が挨拶して。
開会が宣言された瞬間、生徒たちが歓声を上げる。
みんなの格好はいつも以上に個性的。
制服の生徒、クラスや部活の出し物に即した衣装の生徒、ライブ衣装風の生徒。
入学記念ライブは生徒が迎える側で、外部の人がお客様だったが、学園祭はホストとゲストの垣根が曖昧だ。
生徒もシフトに入っていない時は迎えられる側になる。
自作した桜模様のチーパオ(チャイナドレス)に身を包む万桜もまた、その空気の一員で。
賑やかな中に立っているだけでもついつい興奮してきてしまう。
だからと言って「よっしゃ!」とか声を上げるわけにはいかないのだが。
代わりにぎゅっと拳を握って意気込みを表していると、
「じゃ、みんな集まって」
なにかと仕切りたがるので自然とリーダーを任された金髪少女──美夜が1⁻Aのメンバーに集合をかけた。
「始めるわよ。……わかってるわね? やるからには売上一位を狙うわ」
「美夜、また先輩と張り合う気なんだ」
好きだなあ、と呟けば「当たり前でしょ」と軽く睨まれる。
「別にギスギスする気はないわよ。でも、どうせなら結果が出たほうが楽しいじゃない」
「それは確かに」
みんなも「まあ、ノルマとかないなら」「適当にやってもつまらないし」と笑みを浮かべる。
なんだかんだ、率先して仕切ってくれる人材というのはありがたい。
美夜のこういう気質は、うまい具合に働いてくれれば彼女にしかない魅力になる。
自分は自分なりに売り上げに貢献しよう、と万桜は頷いて、
「じゃ、万桜。号令よろしく」
「わ、わたし!?」
いきなり振るんじゃないと睨むも「こういうのはあんたの仕事でしょ」とよくわからない無茶ぶりをされてしまう。
学年順位一位がなに言ってやがると思うのだが、みんなも「万桜ちゃんならいいかな」みたいな顔をしているので後に引けなくなった。
とどめに奏音が「さあ、お姉様」と背中を押してくるので──そのまま勢いで円陣の中央に出て。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
これならライブしてる時のほうがまだましだが、とにかく腕を持ち上げて。
「が、頑張ろう!」
一瞬の沈黙。
特に面白いことが思いつかなかったので普通に行ったのだが、滑ったか──と、思った直後、みんなの腕が一斉に空へ。
「おー!!」
唱和する声が周囲に響いて、なんだか、みんなの気持ちが一つになったような気分。
うまくまとまったところで順次解散していく中、美夜にぽんと肩を叩かれて。
「ムードメーカーお疲れ様」
それは、素直にありがとうと受け取っていいんだろうか?
◇ ◇ ◇
開会宣言から少し時間を空けて会場が一般開放。
今か今かと待っていた大勢の一般客たちが一斉に押し寄せてきた。
人気アイドルのライブかと言いたくなるような人数。
高校の学園祭の規模じゃないのは間違いない。
ごくりと唾を呑み込むその横には美夜と奏音。
「やっぱり、出だしから気合入れておいて正解だったわね」
髪の色をはじめ容姿からして目立つ万桜たちはクラス内で「主戦力」と見做されている。
最初のシフトはその三人をフル投入。
一気に客を確保し、口コミを広げて宣伝効果を狙おうという作戦だ。
「呼び込み頼むわよ、万桜、奏音」
「うん」
「かしこまりました」
美夜は調理に参加し、万桜と奏音、双子での呼び込み。
黒地に、極端にアレンジされた音符と五線模様──万桜とはまた趣の異なるチーパオ姿の奏音が、
「頑張りましょう、お姉様」
「もちろん」
耳のピアス──デバイスにボイスコマンドを入力すると万桜の周りにARによる案内表示が複数展開。
他人にも可視化されたそれらには「1⁻A 餃子屋台」などなどの文言が。
これなら物理的な看板と違って人にぶつかったりしないし、動きも制限されない。
本人が動くとそれについてきてくれるのでとても身軽かつ、ウィンドウ自体は半透明なため万桜たちの姿も最低限しか隠れない。
まあ、もしかするとそこは隠れてくれたほうが良かったかもしれないが……。
──今更だけどチーパオって思った以上にエロくないか?
万桜たちのそれは各々の身体に沿うようにデザインされており、身体の起伏がかなり出る。
半袖なので腕も出るし、左右に深めのスリットが入っているため太腿の露出が大きい。
中一男子だった頃の万桜はこの手の衣装を着たキャラをエロいとは思っても「どこがどうエロいのか」まではあまり追及していなかった。
ぶっちゃけ可愛い女の子なんてみんなエロいのであってフェチに至るほどの深い欲求を持っていなかったのだが。
えっちなお店っぽくなってしまわない範囲で客寄せになるようにとデザインしたものの、お客さんの思った以上の多さに「こんなところでする格好か!?」という気がしてきた。
防寒対策もあって手足に肌と同じ色のインナーを着ておいて良かったというか。
「いやいや」
ここで弱気になってどうする。
息を吸い込み、気持ちをオンの方向に持っていく。
衆目に晒されるのは雑誌の取材や同人イベントで経験済みだ。特に後者と比べたら今日はまだ注目が少ないほう。
よし、と自分を鼓舞しつつ一歩を踏み出す。
「餃子屋でーす、おひとついかがですかー?」
客が詰めかけてくるのに合わせて周りの屋台も同じように呼び込みを出したり声を張り上げたりしてくる。
それにつられて大きな声を出し、視線を向けてくれた人に笑顔を返す。
視られているのを感じると『
何度も「餃子でーす」とか言って回るのちょっとアホらしくね? とか思いそうになるのを抑えて、なるべく多くの注目を集めていく。
焼かれ始めた餃子が良い匂いをさせ始めたのもあってか、けっこう興味を持ってくれる人がいる。
奏音と手分けして左右の人目を惹きつつ屋台へ案内。
調理班の手が空いていない時は適宜、おまけの曲当てクイズを万桜たちのほうで実施(デバイスで自分にだけ聞こえるように曲を流せるので全部覚えていなくても歌える)して、正解者にはクーポンを配布。
それにしても、こうやって呼び込みをしてみると女の子がこういうのに動員される理由もわかる。
万桜がさえない男だったらこうはいかないだろう。
声が高いほうが通りやすいし、女子のほうが衣装が華やかになりやすいので人目を惹く、人を呼ぶなら威圧感は少ないほうがいいので女の子のほうが有利。
「もしかして、小鳥遊万桜ちゃん?」
「はい、小鳥遊万桜です」
万桜たちを知っている客もちらほらと現れた。
「マジか、本物に会えるとかラッキー」
「さすが心奏、有名人いっぱいじゃん」
「ありがとうございます」
知っていてもらえるのは嬉しいが、目的が別にある時はわりと邪魔だな?
笑顔を浮かべつつ失礼なことを考える万桜。
なにしろ男にちやほやされても特別嬉しくない。こういう時はどういう言い方がいいものかと悩みつつ都度、餃子屋台へ誘導していく。
それでもけっこう声をかけられるので「思ったより注目されているのか?」と若干天狗になったところで、
「みんな、調子はどう──っと!?」
「高峰真昼!?」
「高峰真昼だ!」
「サインしてください!」
様子を見に来た真昼先生が秒で群衆に取り囲まれた。
それを見た美夜は明らかにイラっとした表情で、
「
怖い妹のおかげもあってか高峰真昼サイン会は開催される前に中止になり、ファンたちはみんな屋台に誘導された。
◇ ◇ ◇
「……ちょっとの時間なのに疲れた」
「さすが心奏、かなりの人出でしたものね……」
シフトが交代になる頃には奏音ともどもかなりの疲労。
普段の授業に比べてハードかと言えば必ずしもそうではないので、これは慣れないことをしたこと+接客に追われたことによる精神的疲労だ。
おかげで屋台は好調、常時焼き続けないと追いつかないくらいの盛況ぶりだが、
「これは餃子を増産しないと追いつかないわね。それから飲み物も追加で販売しましょう。売ってないのかってかなり聞かれたもの」
繁盛を見た美夜はさらなる策を打ち始めた。
控室代わりのクラスルームに戻るなり暇な生徒を招集、追加の餃子を用意しつつ担任の真昼も呼び出し、有志をサポートにつけて安いスーパーにテレポートさせた。
一缶百円以下の激安ジュースを氷水入りのタライで冷やして一本百五十円とかで売る、餃子のおかげでこれが飛ぶように売れるだろう。
……こいつ、最初は興味なさそうな顔してなかったっけ?
まあ、乗り気なのはいいことだと少し休憩してから
部室だと立地的にアレということで、蛍は(ライブ時には会場にも使われる)広場の一角を借りていた。
というかまあ「なにもしてないところなら適当に使っていいよ」くらいのノリである。
「着替えたいけど、たぶんこのまま行ったほうがいいよね」
「でしょうね。内容が内容ですので……」
AR表示の一部を『休憩中』に切り替えつつ屋台の宣伝は継続したまま広場まで歩いて、
「目線くださーい!」
「こっちにもー!」
広場の一角でコスプレ撮影会が開催されていた。
いや、お祭りだから別にいいのだが。
屋台が出てたりする中で普通に撮影会してると若干シュールだな……?
まあ例の同人イベントも似たようなものかと納得。
「それにしても、さすが先輩」
「そうですね……」
蛍は先日最終回を迎えた今クールの人気アニメに登場する巨乳ヒロインのコスプレをしていた。
普段の控え目な表情とはうって変わったキラキラした笑顔。
いやらしくなりすぎないよう気をつけつつも、二次元作品特有のちょっと緩い雰囲気を再現したポーズは何人もの客を釘付けにしている。
わざわざ本格的なカメラ持ってきて撮影してる奴らがいるあたり、蛍自体のファンもけっこういるのだろう。
『歌姫』としてよりコスプレや自撮りの人気が高そうなのが蛍らしいが。
「あ、万桜ちゃん、奏音ちゃん!」
本人が気づいて手を振ってきたので「お疲れ様です」と近づいていくと、腕を取られて羽交い絞め……もとい、みんなに紹介されて、
「この子たちがうちの新入部員です」
「あの、わたくしは入部、いえ入会していないのですが」
まあ似たようなもんだろ、もう。
諦めろと目で訴えると奏音は能面のような笑顔を浮かべ始めた。撮影者の多くが男だから仕方ない。数少ない女性には普通にいい笑顔になるあたりがらしい。
「先輩、もしかしてずっと撮影されっぱなしですか?」
「そうだよ?」
そうだよではなく。
「少し休憩してください。わたしたちで代わりになるかはわかりませんけど」
「ありがとう。でも、せっかくだから一緒に写りたいな」
結局、蛍が休憩に入ってくれたのはしばらく三人で撮影を受けてからだった。
「ちなみに君達はなんのコスプレなの?」
「これはクラスでやってる屋台の衣装なんです」
「あ、そうなんだ。……ちなみにその胸って詰め物とか」
「自前ですよ?」
うおおー! と歓声が上がった。
ほんと男っておっぱい好きだな、と、自分を棚に上げつつ笑顔を作る。
ここぞとばかりに屋台のことも宣伝し、ついでに「ライブにも出るので来てください」と伝えておく。
蛍の復帰待ちの客も多かったかもしれないが、被写体が万桜たちだけになってもみんな意外と撮影に残ってくれて、
「イベントで着てたあの衣装はないの?」
「あ、部室に用意はしてあります」
「じゃあ、私が休憩終わるから、万桜ちゃんたちは着替えてきたら?」
というかこれ、別に金取ってるわけじゃないんだし延々続けなくてもいいのでは?
そんな思いもあったものの、蛍自身は楽しそうなのでそこは続けてもらう。
万桜たちのライブの宣伝にもなるからと部室に向かって歩き出して、
「あ、テレポートで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です」
そうか、こういう時にも使えるのか、ほんと便利だな『歌姫』の能力。