撮影会をしばらく手伝った後、ミアたち1‐Bのところへ顔を出すことにした。
「また着替えるの面倒だし、このままでいいかな」
「そうですね、そうしましょう」
幸い、学園祭の賑わいの中なら目立たない。
お昼時を過ぎてお腹が減っているので、道中適当に買い食いをする。
フランクフルトにミニドーナツ、じゃがバターにチョコバナナ。
「さすが心奏、味のレベルも高い」
「この手のものは腕の差が出にくい気もいたしますが……」
「いや、案外侮れない」
焼き加減など些細な違いが味を大きく変えることもある。
上手い理由は女子が多いこともあるが、なんにでも手を出そうとする欲張りなタイプが多いのも理由だろう。
能力で疲労回復とかできるからみんな以上にバイタリティがあるし。
二年生以上は空飛んだり思考を加速させたりが当たり前で学習効率が段違いだし。
「あ、
「あ、椎名くん」
ライブ衣装の製作者があれこれ撮影しているのに出くわした。
彼は若干照れくさそうにスマホカメラを止めると万桜たちに向き直って、
「その衣装、お役に立っているようで何よりです」
「ええ。今回も素敵な衣装をありがとうございました」
「あれ、奏音が男の子に優しいとか珍しい」
「お姉様はわたくしをなんだと思っているのですか」
頬を膨らませた奏音は「この程度、優しくしたうちに入りません」と小さく呟いた。
椎名はこれに苦笑して「お役に立てて何よりです」と答える。
「写真、衣装の参考にするため?」
「はい。こういうタイミングだといろんな服が見られますから」
「さすが、勉強熱心」
各種イベントの際は歌姫科女子の無断撮影が基本、全面的に許可されている。
ここぞとばかりに意中の女子を盗み撮る輩も多いというのに。
感心して頷けば少年は照れたように笑った。
「そんなことは。……小鳥遊さんたちの眩しさに憧れているのも事実ですから」
「飾らないのも椎名くんの良いところだと思う」
「お姉様、お姉様こそこの方を誉めすぎだと思います」
妹が拗ね始めたので「じゃあ、また」「ライブ楽しみにしています」と挨拶して別れた。
「奏音、椎名くんのこと嫌い?」
「違います。お姉様と仲の良い男性なので嫉妬しているだけです」
わかっているならもうちょっと態度変えろよ!?
◇ ◇ ◇
さて。
ミアたちのクラスはストレートにメイド喫茶だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様♪」
何人かの声と共に出迎えられると妙にこそばゆく、温かな気持ちになった。
思ったより本格的なメイド服。
これを作るとなったら相当大変だっただろう……と思えるそれを纏った少女たちの中には、ひときわ背の小さな者がいて。
「やっほー、万桜ちゃん。奏音ちゃん」
「こんにちは、ミア。衣装、すごく可愛い」
「でしょー? みんなで頑張ったんだよ?」
笑顔でくるっと一回転するその姿はマスコット的な微笑ましいかわいらしさに溢れている。
つられて奏音まで微笑んでいるので、間違いなく威力は抜群。
大人の女性からは飴とかたっぷりもらっていそうである。
「万桜ちゃん、来てくれてありがとう!」
「小鳥遊さんも一緒にできれば良かったのにー」
「あはは、わたしはさすがに恥ずかしいかなって」
「えー、絶対似合うよー?」
二か月間、万桜はBクラスに所属していたので知り合いが多い。
みんなも親しげに話しかけてきてくれてほっとした。
細かくクラスが変更されるシステムは周りに馴染む間もなく環境が変わって大変だとも思うが……こうやって、多くの生徒とかかわりを持てるという意味では良いシステムなのかもしれない。
「さ、お嬢様? ご注文はなにになさいますか?」
衣装が凝っているのと、ちゃんとした調理設備がない分、メニューは簡単。
飲み物がいくつかと後はできあいのデザートなのだが……意外とデザートがちゃんとしている。
「シュークリームにチーズケーキ……こちらはどこかから大量に仕入れを?」
「うん。美味しいお菓子屋さんにお願いしていっぱい仕入れさせてもらったの」
それは絶対美味しいやつだ。
例によってテレポートがあれば遠方の店舗からでも簡単に運べるわけで。
せっかくなので多めに頼んで売り上げに貢献することにした。
紅茶やコーヒーはインスタントだったが、内装も工夫されていて落ち着ける。
椅子もどこかから調達したのか、学園祭にありがちな硬いやつじゃないし。
「これ、いろんなところまわらないともったいないんじゃ……?」
「実際、戦争みたいなスケジュールで制覇しにくるお客さんもいるみたいだよー?」
戦争て。
「残念ですね。もう少しゆっくりしていたいところですが……」
「ん、まだシフトが残ってる」
「じゃあ明日に期待だねー」
「……明日は明日で忙しそうだけど」
万桜たちのライブは明日、二日目に予定されている。
あちこち回ろうと急いでいる人の多い一日目と、客足が落ち着く代わりに客にも余裕ができる二日目、どちらが良いかは生徒たちの間でも日々議論されているらしい。
そんなわけで果たしてどうなるか。
まだ見ぬ明日に思いを馳せていると、ミアが「あ、そうだ」と呟いて、
「ね、万桜ちゃん。今日は一緒にお風呂入ろうよ!」
なんですと?
◇ ◇ ◇
お風呂、と言ってももちろん寮室にある狭い風呂の話ではない。
寮にはみんなが利用できる大浴場があるのだ。
万桜はまだ一度も利用したことがなかったが……。
「お姉様、よくOKなさいましたね?」
「ね?」
「ね……って、口調が戻っておりませんが」
「ああ、悪い。風呂に気持ちを引っ張られすぎてた」
開場時間終了後、みんなで軽い片付けと掃除をして。
明日も頑張ろう、と声をかけあってから解散した。
ちなみに解凍してしまったり、クーラーボックスから出してしまった分の餃子は焼いてクラスメート全員+周りの屋台にも配られた。
配った周りの屋台からもお返しが来たのですでにわりとお腹はいっぱいである。
「買っておいたお好み焼きとたこ焼きとイカ焼きもあるから、今日は食堂行かなくても良さそうだな」
「粉ものが多いですね」
ただしイカ焼きは文字通りイカを焼いたものであって小麦粉は使われていない。
とまあ、それはともかく。
「ミアのお願いは断りづらいだろ。……それに、なんていうか『まあいいかなー』みたいな気持ちもあってな」
「無駄な男性のプライドを放棄する決心がついたと」
「そういう言い方をされると無理にでも拒否したくなってくるが」
さすがにそれはいろいろと角が立ちすぎる。
「お前はいいのかよ。俺が普通に女子としてみんなに馴染んでも」
「嫌であれば、ここまでお姉様を焚きつけたりいたしません」
「それもそうか」
「そうです」
奏音の澄んだ黒い瞳が近くから万桜を覗き込んで、
「わたくしはむしろ、お姉様に『こちらへ』来ていただきたいのですよ」
「こちらへ、か」
もう十分に飛び込んだつもりというか、あれこれ体験させられているのだが。
「ま、そろそろいい頃合いかもな。みんなから『付き合い悪い』とか思われてもアレだし」
「裸の付き合い、というのは意外と馬鹿にできませんからね」
「そうそう。それにいまさら風呂行くくらいどうってことないだろ」
ソープ類やら髪をまとめるための道具やらあれこれ準備し、デバイスで連絡しあってミア、それからミアに連れられてきた美夜と合流。
なんか旅行にでも来たみたいだな……という気分になりつつ大浴場へと移動して、
万桜は「女子だらけのお風呂」を舐めていたことを一目で痛感した。
「……わたし、やっぱり帰っちゃだめ?」
脱衣所の入り口でそう告げるも、ミア・美夜コンビに即止められた。
「だめに決まってるでしょー! もう、ここまで来たのに!」
「あんたねえ、その妙なところで人見知りする癖、そろそろ直しなさいよ」
その声を聞いた中の何人かが振り返って「あれ、小鳥遊さん?」「ほんとだ、小鳥遊さん姉妹だ」余計に帰れなくなった。
そうは言ってもこれは、なかなかだぞ?
視界内の肌色の割合が異様なくらいに高い。
風呂から上がった女子か、これから入る女子しかいない空間は当然、裸の女子が多くて。
まだ服や下着をつけている女子もどんどん脱いでいくわけで。
着替えのために一時的に下着姿になるのとは根本的に露出のレベルが違う。
着替えの際は基本、ある程度は隠すのが年頃女子だが──さすがに風呂ともなると隠しきれないのか、大事な部分はタオルなどである程度隠しつつも「お互い様だから」とばかりに後ろ姿は無防備だったりする。
匂いもなんだか女の子の良い匂いだし。
野郎とおっさんが雑然とひしめく銭湯のイメージでいた万桜はカルチャーショックを受けた。
これでこう、その辺のおばちゃんや小さい子が交ざっていれば多少インパクトは薄れたかもしれないが……あいにく、この寮にいるのは若い女子ばかりで。
「小鳥遊さんもやっとお風呂に来たんだー。ミアちゃんが連れてきてくれたの?」
「そうだよー。万桜ちゃんちっとも来てくれないんだもん」
しばらくぶりに「俺、この中に入っていいのか?」と思った。
っていうかいろいろ見えてるんだが。
いや、同性なんだからお互い様だし、ある程度は別に構わないんだろうが。
……これは、軽い気持ちで見たらだめなやつだった。
見てしまったからには男として重罪に処されるか、女として順応するしかない。
「わたしはまだ、心奏の一員になれていなかったのかもしれない」
「あんたなに格好つけたっぽいこと言ってんの?」
「ううん、こっちの話」
時には諦めも肝心である。
逃走を放棄した万桜は大人しくみんなと一緒に風呂に入ることにした。
奏音とはわりとよく一緒に入っている。
みんなとも着替えは共にしているのだから、それを思えば別に大したことはない。
さっさと服を脱ぎ、髪をまとめて下着に手をかかけると──。
「? どうしたの?」
「あんた、さっきまで恥ずかしがってたくせにいきなりどうしたのよ!?」
「だって、女同士なんだから別に恥ずかしがる必要ないでしょ?」
万桜が恥ずかしかったのは「輪の中に入ること」であって、入ってしまえばあまり気にならない。
ブラを外して胸を無防備にすると、周囲から視線が集まってくるも……まあ、減るものじゃないし好きなだけ見てくれればいい。
ただし男子はだめだ。
男にとって女子のおっぱいというのは高い代償を支払ってようやく拝めるものであって、それをほいほい女子の側から安売りするのはある意味価値を貶めている。
と、美夜がはあ、とため息をついて、
「恥ずかしがりやなんだか大胆なんだか……」
「美夜こそ、人を連れてきておいて見られるのは恥ずかしいの?」
「は、恥ずかしいわよ、当たり前でしょ!?」
じゃあ恥ずかしくていいんじゃねえか、と思ったり思わなかったり。
「美夜ちゃん綺麗なのにこういうの恥ずかしがるんだよねー」
「それは良くない。わたしが見せたんだから美夜も見せて」
「万桜! あんたはミアの側につくんじゃないわよ!? 奏音、なんとか言いなさい!」
「そう言われましても……。お姉様の言う通り、美夜さんは十分にお綺麗だと」
「……なにこれ、もしかしてあたしがおかしいの? そんなことないわよね?」
そんなこんなでようやく大浴場に入ると「あ、万桜ちゃん」髪型が違うとわかりにくかったが、蛍が先に湯船に浸かっていた。
さすが心奏、脱衣所も綺麗でひろびろとしていたが、大浴場もホテル並みである。
さすがに大勢がいっぺんに押し寄せると混みあうだろうが、開放感は部屋の風呂と大違い。
「万桜ちゃんたちもこっちに来る?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「わたくしもよろしいですか?」
「もちろん」
髪や身体を洗った後、蛍と三人並んでお湯を堪能していると──ミアや美夜、他の少女たちから「おっきい……」と見つめられた。
「ねー万桜ちゃん。ミアもそっち行っていい?」
「もちろん。良かったら膝に乗る?」
「いいのー? やったー」
上機嫌でやってくる少女を見ていると「やっぱり人恋しいのかもしれない」と思う。
寮生活、万桜たちのように親とあまり仲良くない生徒ばかりではないわけで、寂しくなった時にこういう交流は心を支えてくれるのだろう。
わいわいと賑わい、学園祭の話題で溢れる大浴場。
なるほど、こういうのも悪くない。
「ね、万桜ちゃん。また一緒に入ってくれる?」
「ん、いつでもいいよ。明日でも明後日でも」
「ほんと? えへへ、約束だよ?」
にこにこしながら、ミアは「明日、頑張ろうね」と言った。
それはライブのことが主だろうが、クラスや部活の出し物のことのようにも思えて。
「うん、明日も頑張ろう」
万桜は自然に柔らかな笑みを浮かべたのだった。