学園祭二日目の朝も快晴だった。
ぐっすり寝たので疲れも残っていない。
『
でないとみんなの憧れでなんていられない。
「おはようございます、お姉様」
「おはよう、奏音」
いつもよりも早い時間に、いつもと少し違う朝の支度をして。
「おはよう、万桜。いよいよね」
「うん。できる限り頑張ろう」
「奏音ちゃん、今日はなに食べるの? ミアは洋食」
「わたくしは和食にしようかと思います」
朝食をとってから、華やかに彩られた学園祭の会場へ。
シフトの合間にいろんなところを見て回って、
あっという間にライブの出演時間が近づいてくる。
「万桜ちゃん、奏音ちゃん、
「見に行けないのがすごく残念」
「ありがとうございます」
「後で映像で見てくれたら嬉しい」
「さすがAクラスって言われるように頑張ってくるわよ」
入学記念ライブの時とはまた違うお祭り感。
ミアとも合流して、仮設の更衣室で着替えをする。
「わかってるわよね、万桜。あんたたちには負けないから」
「今回は一曲ごとのポイントは出なかったと思うんだけど」
「気持ちの問題よ。張り合う相手がいたほうが気合が入るじゃない」
なるほど、それは確かにその通りだ。
「ん、わたしたちも負けない」
衣装を着て、奏音にメイクを施してもらう。
普段は化粧をしないのでこのあたりはまだまださっぱりだ。
素で可愛いので(自賛)特に必要ないのだが、今後のためにも覚えていかなくては。
美夜たちと、こつん、と拳をぶつけあって。
登録は四人グループだが、三曲歌えるので最初の二曲は二人ずつで歌う。
順番は、じゃんけんの結果万桜たちが先手だった。
◆ ◆ ◆
服飾部所属の生徒は歌姫科への貢献が大きいということで、クラスの出し物への参加は最小限にしてもらえる。
部の活動も、これまでに制作した衣装の展示程度なので、会場に赴くのに障害はなかった。
学園祭中ずっと誰かが歌っているライブ会場はかなりの賑わいだ。
近くで見たいのはやまやまだが、さすがに近づけそうにないので代わりに、遠目でも障害なく全体を見渡せそうな位置に陣取る。
と。
「カメラとか準備しなくていいのか?」
寮で同室の男子が餃子に焼きそば、たこ焼き、じゃがバター等々を抱えて隣に立った。
なお焼きそばは今まさに消費されている最中である。
「カメラで覗いてる間に良いところを見逃しちゃうからね」
「なる」
撮影なら本職の人や空中のドローンがしてくれるので、そっちのクオリティが高い。
というか椎名的には食い物に夢中でライブを見逃しそうな彼のほうが気になるのだが。
「お、始まるぞ」
前のグループとの入れ替えが始まるとすぐにステージへと意識を集中させた。
『続いては、一年生による四人編成ユニット『Canon's Cats』です』
アナウンスに続いて、華やかな衣装に身を包んだ少女たちが現れる。
もちろん万桜と奏音の衣装については椎名も良く知っているわけだが──。
「うお、なんだアレえっろ」
そうだろう、いい出来だろう、でももう少し品の良い言い方はできないのか。
四人は並んでお辞儀をすると、うち二人、美夜とミアがいったん裏へと戻った。
メンバーの姿を全員見せた後、一曲目を歌う万桜たちだけが残る。
そこへ。
「万桜!」
「奏音ちゃん!」
なにかを手にした美夜たちが、手にしたものを万桜たちに投げた。
正確に、それぞれの手の中に納まったのは刀だ。
奏音のものは光沢のある黒塗りの、しっかりとした拵え。
万桜のものは簡素な白鞘。
もちろんイミテーションだが、遠目には本物と見分けがつかない。
引き抜かれた刀身もなかなかよくできていて迫力がある。
少女たちは向かい合い、それを軽く触れあわせて──曲が、始まった。
どこか和のテイストを残した、それでいて今風のリズム。
曲はプロの『歌姫』のもの。
衣装もコスプレめいた映えるデザインだが──特定のアニメをイメージしたものではない。
その分、ビジュアルや振り付けには遊びを入れる余地が大きい。
歌。
双子ゆえのよく似た声音で紡がれる、調和の取れたメロディ。
一度鞘に納められる刀。
万桜は白と赤を基調とする、巫女をイメージした姿。
奏音は黒をベースとし、露出とスリットを多めにした女の『魔』の姿。
化粧も、清楚な万桜と妖艶さを強調した奏音とで対照的。
悪友が「えっろ」と言ったのはもちろん奏音のほうである。
本来は万桜が着るはずだった衣装。
二人とも大きいとはいえ、胸のサイズは万桜のほうが上。
交代したことで妖艶さが強調しきれないのでは……という懸念もあったが、杞憂だった。
巫女服を着れば清楚な和風巫女になっただろう黒髪は、妖魔の黒にもよく映える。
万桜の特徴的な髪色も巫女の衣装と合わせることによって神秘性が増している。
胸を強調する奏音の衣装と対照的に万桜のほうは隠し気味なので、結果──艶めかしく映るのは奏音のほうだ。
──華やかさのある姉と落ち着いた妹。
誰もがそう思っていただろう二人の関係を逆手に取ったギャップの演出。
二種類のエフェクトの光がステージを照らす中、背中合わせの二人は歌声を披露し。
徐々にアップテンポになっていくリズムに合わせるように、背中合わせから向かい合わせへ。
閃く白刃。
鞘が転がり、妖魔が巫女に斬りかかる。
鞘のデザインのせいか、受けた巫女は劣勢に見えた。
なんとか受けた彼女は距離を取り、広い袖からなにかを取り出して投げるような仕草。
椎名のイメージが、そこに存在しない符を幻視させた直後。
輝く光の玉が生まれて、飛んだ。
高校球児並みの速度はあるそれを奏音はあっさりと切り払う。
万桜は続けて数を増やしながら攻撃を続け、応酬が始まった。
「そういやああいうの、よく見るけどどうやってるんだ?」
「どうって?」
「いや、光ってる玉っておかしいだろ。光だぞ」
光というのは普通、拡散するものである。
部屋の照明を見ればわかる。
強い光であればあるほど、眩しくて玉と認識するどころじゃない。
「
「というと?」
「叩くと消える綿みたいなのに光を包む感じで作ってるんだって」
「へえ」
そうすることでマンガやゲームによくある光景を再現している。
まあ、『歌姫』はこういう真似をわりとよくするのだが──他の『歌姫』が同じ方法を使っているとは限らない。
というか、プロはわりと普通に火の玉飛ばしたりする。
この辺は制御しきる自信があるか、ミスった時にバックアップしてくれるメンバーがいないとできないことだ。
万桜がやったあれも、見た目ほど簡単じゃない。
叩けば消える強度でいいとはいえ、物質の生成。
かなり習熟しないとエナジーを馬鹿食いする。
彼女の場合、それを尋常じゃないエナジー量で強引にクリアしている。
打ち出されては潰される光の玉。
奏音の集中力もまた尋常じゃない。
飛んでくるタイミング、位置を完全に合わせられるはずがなく──つまりは軽いイミテーションとはいえ、自力で全部ぶっ叩いているのだ。
エナジー量で劣る奏音には、万桜のような魔法演出はできない。
敵役が刀一本では見劣りするかと思えば、刀一本だからこそ「これだけやっても当たらないのか」という絶望感が演出されている。
おそらく、万桜に同じことができるかと言えば──できない。
一つの能力に特化して訓練を続けてきた奏音だからこその離れ業だ。
やがて、万桜は魔法(霊力?)による攻撃だけでなく刀による攻撃も織り交ぜ始める。
ここぞようやく両者の戦力が拮抗、歌はクライマックスへと突入する。
「……っつうか、これだけ動き回りながらなんで普通に歌えてるんだよ」
「すごいよね、『歌姫』って」
彼女たちは常人よりもずっと優れている。
優れたその能力を、ほんの数分につぎ込んでこのライブを生み出しているのだ。
「ああ、すごいな」
椎名は、そのことが誇らしい。
彼女たちを陰ながら支えることができる自分が誇らしい。
だから、悪友が素直に褒めてくれたこともまた、嬉しかった。
最後の最後、万桜が扮する巫女が奏音扮する女妖魔を打ち破ったところで──曲は、終わった。
アニメのラストバトルを数分に凝縮したようなステージ。
歌が終わると共に万桜たちのエフェクト光が消え、ステージ上は闇に包まれる。
撤収するところを見せないことで余韻まで残した演出に、観客からは大きな拍手が贈られた。
もちろん、椎名も精いっぱい拍手した。
二曲目となる美夜、ミアのパフォーマンスは打って変わった「静」のライブだった。
闇のエフェクトを持つ美夜が中央やや後ろよりに静止して、精緻にして高らかな歌声を響かせる。
前よりに立ったミアはゆっくりと左右に歩きながら、幼くも可愛らしい歌声を披露。
衣装は、対照的な色合いのドレスだ。
美夜が黒。ミアは白。
ところどころアレンジは施されているしサイズも色も違うものの──基本的には同じデザインなのか。
幼い白の王女と、年頃の黒い王女。
あるいは、成長する前後で変わってしまった一人の人物を表しているのか。
「これも、すごいな」
「そうか? なんかさっきよりは地味に見えるが」
「エフェクト。加減がさっきから少しずつ変わってる」
闇の強さ、広がり方を地味にコントロールすることで見え方、見せ方を調整している。
エフェクトの操作はやろうと思えばそこまで難しい技術ではない。
難しい技術ではないが──なにかと並行して行うのはなかなか集中力を要する。
逆に、意識してそれだけを行うのはよっぽどのことがない限り無駄というか、別に放っておいても出るものなのだからそのままでいいだろう、と、必要に迫られない限り目を向けられないことが多い。
だけど、この演出なら。
前回はフィジカルによる「動」の演技を披露してきた彼女たち。
それが一転、能力をエフェクト操作という地味な演出に用いるのみで、地力による歌の上手さで勝負してきた。
歌唱能力はさすが、飛び級の天才と一年生トップの実力。
さらに。
歌のクライマックスで──二人が「反転」した。
ドレスの色が変わったわけじゃない。
ただ、ミアが後ろに下がって美夜が前に。
彼女たちが発するエフェクトの性質が
美夜が明るさを纏い、ミアが闇を発する。
美夜のドレスには光を浴びると輝く素材が施されていたのか、光によってきらきらと映える。
「性質変化だけで魅せる、か。……さすが」
白と黒、光と闇の王女が手を取り合って歌う。
人は一面だけで表せるものじゃない。
どんな人にもいろいろな面があるのだと訴えるような、しっとりとした、けれど希望のある終わり。
万桜たちはアニメのOPというインパクトに頼った前回から脱却、強みである殺陣を生かしながら光の演出を強化、派手で人目を惹く役回りを万桜ではなく奏音が演じるなどの新たな試みを加えた。
美夜たちもまた、自分たちにはこういう演技もできると叩きつけてくるように、前とは正反対のパフォーマンスを披露。
成長している、確実に。
きっと次のライブではまた、さらに上の美しさを見せてくれるだろう。
予感が確かだと確信させてくれるように、三曲目。
着替える時間はないため四人とも衣装はそのまま。
誰もが知る──子供向けの歌謡番組でもよく使われる曲。
明るく親しみのあるリズムに乗って、万桜とミア、奏音と美夜がペアでダンスする。
戦いや対立を表現していた前の二曲とは対照的な穏やかさ。
それぞれの主題はそれぞれの曲でやりきったというような、大団円を思わせる雰囲気。
途中、ペアを変えながらくるくると、笑顔で歌い、踊って。
会場に来ていた子供たちがつられるように歌いだす。
楽しい時間はいつか必ず終わってしまうけれど、せっかくだから笑顔で終わろう。
そんなメッセージが込められているような、温かなステージ。
『ありがとうございました~!』
最後に四人が揃ってお辞儀をして、会場には大きな拍手が鳴り響いた。
すごい。
間違いなくみんな「今年の一年生もすごい」と思ってくれた。
一年生の代表として扱われても恥ずかしくない素晴らしいステージだった。
だから。
これは誇っていい結果だ。
「これなら、来年はもっとすごいことしてくれそうだな」
「ああ。なにしろ二年生や三年生はレベルが違ったからな」
万桜たち『Canon's Cats』が叩きだした、今回のライブ内での総合順位は『25位』だった。