性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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学園祭の終わりに

 終了時間に近づくと客足もさすがに減り始めた。

 慌ただしかったこの二日間。

 準備も含めるとかなりの苦労だったが、終わるとなるとそれはそれで寂しい。

 最後の売り上げチャンスと、万桜は呼び込みに励んだ。

 

『ただ今をもちまして、心奏学院学園祭を終了いたします』

 

 アナウンスが響くと、ギリギリまで楽しんでいた客たちも足を引いていく。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 彼らに笑顔で挨拶をしたり、手を振ったり。

 遠のく背中を見守って──これで終わりか、とひと息つくと。

 

「さあ、それじゃあみんな。……後夜祭、始めよっか?」

 

 担任である真昼の声が餃子屋台の前で響いた。

 後夜祭、だと?

 ぽかんと顔を上げると、憧れの『歌姫(ディーヴァ)』にして学院OGは笑顔で万桜の背中を叩いた。

 

「もしかして疲れちゃった? だめだよ、学園祭は後夜祭も含めてのお祭りなんだから」

 

 確かに、定番ではあるが。

 本番をやりきるのに夢中でそこまで気が回らなかったというか。

 

 見れば、他の生徒たちも歓声を上げて騒ぎ始めている。

 人が減ったので静かになるかと思えば、女の子の多い学校だけになかなかの大騒ぎである。

 

心奏(うち)は街と校舎がきっちり分かれてないでしょ? 島の中はぜんぶ学院の敷地同然だから、居残りしても許されるんだよ」

「確かに、学校に泊まって作業するのとかは夜遊びになりませんけど」

「街に住んでる人もみんな関係者だし、そういうのは了承済みだから大丈夫。どうせみんな、帰るのは寮だしね?」

 

 にっこり笑って「あ、でもアルコールはだめだよ?」と付け加える真昼。

 

「……私は飲むけど」

「大人ってずるいですよね」

「あと五年もしないで自動的に解禁されるんだから、子供は大人しく待てばいいの」

 

 というわけで、またまた賑やかになった。

 屋台としても残った在庫を使いきってしまいたい。

 期間終了後は販売禁止だが、タダで振舞う分には問題ないと──1⁻Aも、他の屋台も、ばんばん作って周りにもおすそ分けしていく。

 期間中にも買い食いはけっこうしたのに、達成感と共に食べるのはまた格別で。

 万桜は、餃子をつまみにビールを飲んでいる真昼にこう尋ねた。

 

「ひょっとして、こういうのがこれからずっと続くんですか?」

「そうだよー? 少なくともあと二年以上──私みたいに先生になれば、まだまだずっとこんな感じ」

「それは、本当に楽しそうです」

 

 人も、笑顔もいっぱいで。

 

「お姉様。……心奏に来て良かったでしょう?」

「うん。本当に、ここに来て良かった」

 

 奏音と二人で笑いあっていると、真昼がそれを見てほっとしたようにため息をつく。

 ひょっとして、万桜を性転換させたことをまだ気にしているのか。

 とっくに気にしていないどころか、むしろ感謝しているくらいなのだが。

 

 担任教師は気恥しくなったのか目を逸らして、実妹のところに。

 

「ほら、美夜も。なにいつまでもふて腐れてるの」

「……別に、ふて腐れてなんかいないわよ」

 

 ライブを大きなミスもなく成功させ、屋台の売り上げも大きく挙げた金髪少女は──あれからずっと微妙に不機嫌そうだった。

 さすがにお客さん相手は笑顔だったが、親しい相手が見ればわかる程度にはイライラしていて。

 なんとなく周りから「あれなんとかして」という圧を感じるような。

 

「美夜ってほんとめんどくさい」

 

 寄って行って告げれば「あんたこそ、悔しくないわけ?」と睨まれた。

 

「どれが?」

「屋台も、ライブもよ」

 

 万桜たちの餃子屋台は売り上げ一位を取れなかった。

 正確な集計はまだだが、昨日の段階で一位とはだいぶ離されている。客足を見ても逆転は無理だろう。

 客単価と回転率に難があったらしい。

 あと、抜きメニューがあるとはいえにんにくの効いた料理は相手を選んだか。

 

 ライブは──総合順位で『25位』という結果だった。

 

「25位よ、25位。……あたしは悔しい。グループにつき四人だとして、百人も上にいるのよ?」

「もちろん、わたしも悔しい。ミスもあったし、まだまだぜんぜん満足なんかできない」

 

 小さいミスを悔やんで「次こそは」と思うのはきっと永遠に終わらないだろう。

 また、上にはいくらでも上がいる。

 

 万桜たちは今回、今の自分たちにできる最高のパフォーマンスをやりきった。

 悩んで選んだやり方は十分ハマったと思うし、万桜自身、とても楽しかった。

 しかし、結果的に万桜たちの上には24ものグループがいた。

 上級生のライブはレベルが違う。

 なんなら次元が違うと言っても過言ではないくらいだった。

 

 プロの『歌姫』が自在に飛んで光をばらまくように。

 使える能力の幅と精度、量がぜんぜん違う。

 そこに経験値から来る地力の高さが加わるうえ、場数を踏んでいる彼女たちは舞台度胸の面でも圧倒的に優れている。

 

 万桜が数個の光の玉を操るのが限界なのに、無数の光で演出するグループがいた。

 歌いながらあちこちにテレポートして目まぐるしい光景を演出するグループがいた。

 観客の上を飛びながら歌と笑顔を振りまくグループがいた。

 

 体育祭の時と同じだ。

 一年の差が圧倒的な差となって万桜たちの前に立ちはだかった。

 中にはそういう学年の差を加味したうえで評価してくれる人もいるが、多くの人は純粋に「すごいかどうか」を基準にする。

 

「先輩たちはやっぱりすごい。だから、わたしたちも一年後にあれを超えないといけない」

「あたしは今超えたいのよ!」

「無茶言いすぎ。……まあ、それが美夜のいいところだと思うけど」

 

 万桜としては、25位は誇っていい結果だと思う。

 美夜が言ったように、1グループ4人なら上に約100人。歌姫科の二、三年生が合計200人程度いるのを考えれば、順位は50位でもおかしくない。

 もちろん全員がライブに出ているわけではないし、1グループが3人以下だったりするところもあるし、そもそも同学年には無条件で勝てると思うのが傲慢だろうし、実際の計算はいろいろと複雑だが。

 

 とにかく今は笑って、この結果を受け止めたい。

 

「美夜はその悔しさをバネにすればいい。わたしは、先輩たちのすごいところを見習う」

 

 すると、美夜は驚いたような顔で万桜を見つめてきた。

 顔になにかついているだろうか。

 じっと見られると急に鏡の前に行きたくなる。

 今は化粧していないが、髪の乱れとかはいろいろあるわけで……って、そういえばこんなこと、男子中学生だった頃はろくに気にしなかったような。

 

「万桜、あんたなんか可愛くなったわよね?」

「そう?」

「そうよ。前より自然になったっていうか……憎たらしい」

「憎たらしい!?」

 

 美夜らしいというかなんというか。

 嫉妬するくらい可愛いと言いたいのか?

 

「褒められてると思っておくけど……もしかしたらミアのおかげかも」

「お風呂のこと? ……奏音と同じ部屋で平気なくらいだし、あんたもやっぱり」

「美夜だってみんなから疑われているくせに」

 

 にらみ合っていたら奏音が「わたくしは大歓迎ですが」と腕を取ってきて、話が余計にややこしくなりそうだったので言いあいは有耶無耶になった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 生徒たちの輪は次第に他の学年、クラスと混ざり合って混沌と化して。

 

「あ、万桜ちゃんだ。こっちで話そうよー!」

「小鳥遊さん、ライブ良かったよ。お疲れ様ー」

 

 あちこちから話しかけられているうちに万桜はあちこち移動することになって。

 

「あ、万桜ちゃん」

 

 気がつくと近くにミアがいた。

 誰かと話をしていたらしい。大人の男女。どことなくふんわりした雰囲気の彼らは、

 

「初めまして。……ミアの、ミアさんのご家族ですか?」

「そうだよー。ミアの自慢のパパとママ」

 

 二人は笑顔で「初めまして」と言ってくれた。

 お互いに挨拶を交わして、いくつか会話を繰り返す。

 

「そっか、関係者は後夜祭にも参加できるんだ」

「壁があるわけじゃないから『全員出て行ってくださーい』って言いづらいしね」

 

 やろうと思えばえんえん居座ることも可能というわけだが……そのへんは「部外者は帰りたくなる結界」とか張られているのかもしれない。

 ミアの両親は今日は泊まっていくつもりらしい。

 

「可愛い娘の晴れ姿を見に来たんだ。普段はなかなか会えないからね」

「この子はこっちできちんとやれていますか?」

「はい。ミアはすごく努力家で、それにみんなの人気者です」

 

 幼いからといって心奏は手加減をしてくれない。

 進級の条件もみんなと同じなわけで──勉強についていくだけでも必死なはずだ。

 美夜と同じくらい、ミアもまた努力家だと万桜は思っている。

 素直に答えると、少女は「万桜ちゃん好きー」と抱きついてきた。照れ隠しか。とはいえまんざらでもないのでそのまま受け止める。

 ご両親からも「良いお友達ができたようで」と言ってもらえて、

 

「ミアは私達の自慢の子供なんです」

 

 そりゃあ、こんな可愛くて素直な子、可愛くて仕方ないだろう。

 万桜だってこんな妹がいたら日々溺愛して──。

 

「頑張ってね、ミア。あなたなら必ずAクラスに上がれるわ」

「いや、学年1位だって狙えるさ。なんたってミアは天才だからね」

 

 溺愛して……?

 ふと首を傾げてしまった万桜は、ご両親の顔をあらためて見た。

 愛情に溢れた笑顔。

 対するミアは若干、苦笑気味に、

 

「ありがとー。これからもミアなりに頑張ってみるねー?」

 

 しばらく談笑した後、万桜はミアと一緒にご両親を見送った。

 なんとなく「じゃあわたしはここで」と言いづらい雰囲気だったからだ。

 周りから人が減って不意の静寂が訪れると、ミアは「えへへー」と笑って。

 

「困っちゃうよね。パパとママ、ミアに期待しすぎるんだよー」

「やっぱり、さっきのってそういう……?」

 

 ふと、奏音にあれこれ押し付けていた万桜たちの母を思い出すも、

 

「無理強いされるわけじゃないんだよね?」

「うん、ミアはパパとママのこと大好きだよ。……ただ、たまに困っちゃうだけ」

 

 彼女から聞かされる両親との話も「みんなでどこどこに行った」とか「一緒に美味しいものを食べた」とか楽しい話で溢れている。

 ぬいぐるみや可愛い服などもいっぱい買ってもらっているようだし、奏音のように勉強漬けにされていたり、物を与えるだけを愛情と勘違いしている雰囲気ではない。

 心の底からミアを溺愛している。

 溺愛しすぎているから「うちの娘は天才」「このくらい簡単」と無邪気に信じているのか。

 

 ……羨ましいような気もしないでもないが。

 

 しかし、それはそれで面倒くさくね?

 

「やっぱり、みんないろいろあるんだ」

「そうだね。ぜんぶはなかなか思い通りにいかないよね」

 

 一位になりたいと思っている生徒が二人いたらどちらかは一位になれない。

 可愛い娘を一番にしたいのは当然だが、それは他の全員を押しのけるということで。

 

「自分が納得できるかどうかが、結局一番大事なのかもね」

 

 呟くと、ミアはふっと笑って「そうかもね」と頷いてくれた。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 学園祭翌日は後片付けのためお休み。

 基本的には三年生+二年生の有志で済んでしまうため、万桜たちは私物を撤去したり売り上げの清算を済ませたり部活のほうに顔を出したりする程度。

 

 清算した売り上げは、一位にこそだいぶ届かなかったもののかなりの額になった。

 これをみんなで山分け──するのはいろいろと問題があるので、現金で還元するのではなくなにかしらの物に変えることになった。

 部活なら部費に充てるところなのだろうが、1⁻Aの場合はそういうのもないので、

 

「先生、こういうのっておススメはあるんですか?」

「うーん……みんな次第だけど、例えばクラスルームに備品を増やすとか。足りてない学用品を買い足すとか。どこかのお店を貸し切りにしてぱーっとご飯食べるとか?」

 

 いや、最後のはどうなんだ……?

 

「備品かあ。なんかわりと十分かなって気がするんだけど」

「でも、私たちがいた記念がなにか残るのはいいかも」

 

 先輩方は私費でクラスルームを改造してきたのか……? と尊敬の念を抱いていたが、なるほど、こういうタイミングで環境改善を行うのは賢い。

 その後、みんなであれこれを話し合ったところ──結局、これと言っていい備品の案は出なかった。

 電子レンジとかあれば便利かもしれないが、寮の部屋に帰ればいい話だし、インスタントを食べるくらいなら学食に行けばいいわけで。

 ならばクラスルームに限らず──例えば学内のどこかに自販機を増やしてもらうとかそういうのはどうか?

 と、何人かが万桜のほうを見て、

 

「あ、木を植えるっていうのはどう?」

「いいかも。桜の木とか?」

 

 定番と言えば定番だが、言うほど桜の木っぽいか? 名前だけじゃないか?

 ともあれ、学内某所に一本、桜の木が増えることになった。

 本当に記念って感じだが、将来、十年後とか二十年後とかに学院を訪れることがあったら、その時は確実に会いに行くだろう。

 そういう意味ではいい使い方かもしれない。

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