「こんにちは、小鳥遊万桜さんはここにいるかしら?」
心奏学院のクラスルームは、たとえ上級生でも勝手には入れない。
入室許可の要請をデバイスで出し、それを所属する生徒または担任がOKしなければならない。
なので、正確には前置きなしに顔を合わせたわけではなかった。
その時はちょうどみんなで選挙結果を待っていた。
別に帰ってしまっても問題ないのだが、試験終わりということもあって少しはのんびりしたい気分。
雑談がてら、ジュースとお菓子を肴にお疲れ様会的なノリ。
投票の締め切りから程なくして出た結果に軽い歓声を上げていた頃。
メンバーには「帰って勉強でもしたほうが効率的よ」とか言いながらちゃっかり残っている美夜もいて。
彼女は、視界の端に現れた入室許可申請に素早く反応した。
1⁻Aの生徒なら誰でも対応できるので、逆にみんな反応が遅れがち。
こういう時に率先して動くあたり委員長気質である。
で、彼女は申請者の名前をちらりと見て「へえ」と小さく感嘆。
なにか珍しい人でも来たのかと思って視線を向けたら、
「生徒会長が来たわよ、万桜」
「生徒会長? ……どっちの?」
「新しいほうに決まってるでしょ」
まあ、正確に言えば前生徒会長はあくまで『前』だが。
数分前まで会長だった人をただの人扱いするとは、さすが。
申請許可に基づきクラスルームのドアが開く。
入ってきた人物を──クラス中が明るい声で出迎えた。
「当選おめでとうございます、先輩!」
「ええ、ありがとう。一年間、誠心誠意務めさせていただきますね」
新生徒会長とは、万桜も何度か面識がある。
寮が一緒だし、クラスルームの並び方も独特なため上級生とも顔を合わせやすいのだ。
ちゃんと話をしたことはあまりないが。
どうしてこのクラスに来たのだろう、まだ自分の教室でみんなと話していていい頃合いなのに。
思いつつ「おめでとうございます」を口にして、
「ありがとう、小鳥遊万桜さん」
真っすぐ万桜のところへ向かってきた『新生徒会長』に、にっこりと微笑まれた。
──俺、なんかしたか?
こっそり美夜に助けを求めれば、彼女は「知らないわよ」とばかりに見返してくる。
「少し、お話があるのだけれど、いいかしら?」
「わたしに、ですか?」
「ええ、あなたに。それから、そちらの小鳥遊奏音さんにも」
「わたくしにも、ですか?」
さっきまで「さすがはお姉様です」みたいな顔をしていた奏音が意外そうな表情に。
ええ、と新生徒会長は頷いて、
「あなたたち二人に、わたくしの率いる新生徒会に入って欲しいの。どうかしら?」
人の大勢いるところでいきなり盛大に言い放った。
◇ ◇ ◇
「大騒ぎにしてしまってごめんなさい。退路を断つつもりはなかったのだけれど」
「あはは……はい、それは大丈夫です」
意味ありげに連れ出されて噂されるのとはっきり告げられるのとどっちがいいかは難しいところだ。
正々堂々としてくれるほうがむしろ断りやすいかもしれない。
噂が独り歩きしてしまうと知らないところで万桜たちが悪者になることもある。
ともあれ、異例のスカウトにクラスルームが大騒ぎになったのは事実で。
万桜と奏音は「詳しい話は別のところで」とすぐに連れ出された。
向かった先は生徒会室。
本校舎の最上階、見晴らしがいい代わりに部室棟からも職員室からも離れているのはあれか、テレポートすればいいからか。
室内は実務的な雰囲気とはだいぶかけ離れた風景だった。
柔らかそうなソファに木製のお洒落なテーブル。
空調や冷蔵庫、コーヒーメーカー等は当然のように完備されており、書類棚よりも食器棚のほうが大きく鎮座。
漂う空気にはアロマの良い香りが含まれている。
「応接室みたいでしょう? わたくしたちはデバイスさえあれば仕事ができてしまうから、電子機器や文房具を重視する必要がないの」
自分の城となったばかりの空間を誇らしげに紹介する彼女の傍らに、既に生徒会室にいた一人の二年生が立つ。
「あらためて、新生徒会長の
「生徒会副会長の
「あ……えっと、1⁻Aの小鳥遊万桜です」
「同じく、小鳥遊奏音と申します」
杉本絵理華は、ほんのりと金色がかった茶髪のウェーブヘア。
柔らかな笑みと上品な物腰、包容力をそのまま表したような女子的な戦闘力を有した二年生。
同じく二年生の黒瀬璃々は対照的な印象。
黒縁眼鏡に若干ボーイッシュなショートヘア、華奢で、万桜たちを前にしてもほとんど表情が変わらない。
二人の胸には特別な金糸の刺繍が施されたリボンとネクタイが施されている。
生徒会役員である証──役員にのみ許された特別品。
当選する前から用意していたのか、と言えばそうではなく、これは二人が前期の生徒会でも役員を務めていたからだ。
万桜たちは絵理華の勧めでソファに並んで腰かける。
絵理華は向かいに座り、璃々がお茶を淹れてくれた。一緒にクッキーも出してくれる。仕事を終えると静かに絵理華の隣へ。
「現在、新生徒会のメンバーはわたくしたち二名よ。もし、二人が参加してくだされば四名になるわ」
「では、黒瀬先輩以外のメンバーは内定していらっしゃらなかったのですね」
「ええ。『新生徒会長が残りのメンバーをスカウトする』のが心奏における生徒会のルールですから」
生徒会選挙で立候補するのは会長候補だけ。
副会長や書記等の他の役職は新会長が指名する形でチームを形成する。
別々に当選した者の集まりで生徒会を運営するのではなく、皆から選ばれたトップのもとに一致団結するのがこの学園のやり方というわけだ。
絵理華はさらに、できる限り「新会長になってから」役員を指名するつもりだったらしい。
璃々は選挙で絵理華の応援演説をしていたので右腕であるのは当然、なので別枠ということだろう。
「わたくしが当選するとは限らなかったもの。会長になる前から席を約束するのは違うでしょう?」
「当選の暁にはこのチームが実現する──と、選挙戦の武器にすることもできたのでは?」
「生徒会は政治家ではないわ。生徒たちがより良い生活を務められるように尽力する、いわばお手伝い。……政治で対応するべき局面であればそうしたけれど」
なるほど、だから万桜たちのことも前もってスカウトしなかったのか。
ひょっとしてななせが言っていたのはこのことか。
「でも、こんなに急いでスカウトを始めるなんて」
「それだけお二人に期待している、そう思って欲しかったの。どうかしら、伝わった?」
「ええ、それはもう」
「どうしてそんなにわたしたちを?」
「もちろん、二人に期待しているからよ。奏音さんには主に実務能力を、万桜さんには主に折衝や交渉をね」
それは暗に頭が悪いと言われているのか、いやその前に。
「生徒会ならぴったりの子がいるんですけど」
「
「お姉様はAクラスとBクラスの境目にいるのでかなり危ないのですが」
「成績だけがその子の価値ではないでしょう? 同じように、生徒会に入らずとも学院に貢献する手段はあるということ」
絵理華は生徒会運営だけに拘っているわけじゃない。
美夜にはこのまま学年一位を維持してもらい、みんなの目標になってもらうほうが広い意味で学院が活気づく、対して万桜たちは成績以外のところで活躍を期待されている。
Bクラス落ち? 別にいいんじゃない? と思われているのは確かに聞こえるが。
万桜自身も「落ちるのは悔しいけど、こだわりすぎなくてもいいかな」と思っているので人のことは言えない。
ここで璃々が口を開いて、
「具体的には、奏音さんには会計を、万桜さんには庶務と広報のポストをお願いしたいと思っています」
「わたし、役職二つですか?」
「お姉様、庶務はおおむね『手の空いた時に雑用をする係』なので重いものではないかと」
「そうなんだ。わたし、中学時代寝てたから生徒会とかあまりピンと来なくて」
アニメやマンガだと「なんかやたらパソコンいじってるなこいつら」とか「この学校、しょっちゅう部活間で対立してるな」みたいなのをよく見るが。
「安心して、生徒会にはそこまで大きな仕事はないわ」
「そうなんですね」
「ええ。せいぜい各種イベントの企画・運営の中心になることと、生徒からの声の受付役になること、校内に分配される予算の取りまとめと対外的な交流・交渉の窓口になること、それから──」
いっぱいあるじゃねえか。
万桜がジト目になると、絵理華はくすりと笑って、
「一人でやるわけじゃないわ。イベントの設営は有志が手伝ってくれるし、企画と言っても恒例行事は例年のデータがある。対外交流だって、雑誌の取材を受けているあなたたちなら問題ないでしょう?」
そう言われると、万桜たちが選ばれた理由もわかる気がする。
「奏音は集中力がすごいから会計とか事務処理には向いてるし」
「お姉様はSNSのフォロワー数も多いですから、広報担当として表に出れば生徒会活動への注目度も上がりますね」
「そういうこと。……どうかしら、興味はない?」
万桜たちは顔を見合わせた。
興味があるかと言われれば、正直ある。
生徒会室は居心地がいいし、クッキーも美味しい。
室内に流れる穏やかな空気は「意外と面白そうだな」と思わせるのに役立っている。
「ちなみに、心奏の生徒会役員の地位は進学や就職にも有利です」
すかさず璃々が付け加えてくるのも心憎い。
……セルフプロデュースする時ってなにかアピールしやすい話題があるとぜんぜん違うもんな、と、やってみて実感している万桜である。
名門大学出ていたり、楽器がプロ級だったりするアイドルがよく人目につくのも納得できる。
もうこのまま引き受けちゃってもいいかな──いやいや。
ついこの間、優しそうなお姉さんの誘いに乗ったらとんだ肉食系だったばかりじゃないか。
引き受ける前に確認できることはしておこうと口を開き、
「先輩は、どうして生徒会長に立候補したんですか?」
立候補の理由についてはもちろん選挙演説でも聞いている。
ただ、あらためて当人の口から聞きたかった。
絵理華も特に動揺することもなく、笑顔を浮かべて答えてくれた。
「わたくしは『
心奏だけで年間百名近く、国内にある他の養成校も含めれば十倍以上の新しい『歌姫』が誕生している。
素質を持っているだけの一般人も含めればかなりこの国に、そして世界に広がっていると思うのだが、
「先輩は『歌姫』が大好きなんですね」
「ええ、大好きよ。だからもっと『歌姫』に増えて欲しい。そのためにできることをしたいの」
キラキラとした笑顔で、絵理華は身を乗り出して、
「わたくしはね。将来、日本初の『歌姫』兼内閣総理大臣になりたいの」
めちゃくちゃ大きく出たなこの人!?
◇ ◇ ◇
「……で、二人してOKして帰ってきたわけ?」
「まあまあ美夜ちゃん、自分のところにスカウトが来なかったからって拗ねないの」
「別に拗ねてるわけじゃ……拗ねてるけど!」
拗ねてるんかい。
と、寮に戻ると美夜がわかりやすく不機嫌になっていた。
話ができたのはみんなからもみくちゃにされてあれこれ聞き出された後だったのだが……彼女は膨れ面のままちょっと高めのバニラアイス(万桜のおごり)を口に入れて、
「あたしじゃ実力が足りなかったんだな、って思ったら悔しいじゃない」
「じゃあ、スカウトされてたら生徒会に入ってた?」
「いや、たぶん断ったわ。あたしにはそんなことしてる時間ないし」
断るんかい。
ほんとこいつ面倒臭いな、と思う反面、手がかかる子ほど可愛いというかそんなことも思ってしまう。
「姉さんも生徒会役員にはなってなかったし、受ければすごい『歌姫』になるって夢には近づくけどね。……だから悩んだかもしれないけど」
「スカウトされなかったんだから悩む必要もなかったよねー、って、美夜ちゃんいたいたい!」
「あんたが余計なこと言うからでしょうが!」
八つ当たりされたミアには奏音がアイスをおごった。
甘い物を食べたらちょっと落ち着いたのか、美夜はデザートの後の紅茶を飲みつつ、
「ま、あんたたちなら確かに適任よ。あたしたちの学年の『顔』って言ったら間違いなくあんたたちだし」
というわけで、万桜と奏音は揃って新生徒会に加入することになった。