金糸の刺繍の入った、新しいリボンタイ。
十月に入って帰ってきた学院の冬服と合わせ、鏡の前で微笑んでみる。
「お姉様、準備はどうですか?」
「うん、完璧」
奏音に「どう?」と尋ねると、
「ええ、良いと思います」
答えた妹もまた、生徒会役員専用のリボンを身に着けている。
細い指が万桜の耳に伸び、触れないギリギリのところで撫でるようにして。
「このタイにこのピアス……お姉様はすっかり『できる女』ですね」
「中身でがっかりされないようにしないとね」
生徒会所属の証に、友人たちは揃って歓声を上げた。
「いいなあ、羨ましい」
「私も生徒会入りたいー」
少女たちの憧れの的である心奏学院、その中でも僅かな人間だけが入れる生徒会。
このリボンタイもまた一種のステータスなのだ。
上級生からも「おめでとう」と言ってもらえてなんだか照れくさくなってくる。
「生徒会入ったからってBに落ちるとかないようにしなさいよ」
「あははー、そうしたらミアが万桜ちゃん追い抜いちゃうかも?」
仲の良い二人からはもう「おめでとう」をもらっているので逆にからかわれた。
「……本当、そこが心配」
「一緒に精一杯努力いたしましょう、お姉様」
◇ ◇ ◇
十月に行われた二学期中間試験は無事に通った。
歌にダンスに表現力に持久力、瞬発力、エナジー量にコントロール精度etc……。
ユニットでの審査には四人で挑み、多くの科目で合格をもらっている。
さすがに不合格も目立ち始めているものの、もともと全部合格が前提ではない。
科目が多いので自分なりのやり方で卒業は可能だし、つまずいても総合的にステップアップできていればいいシステム。
生徒会のあれこれとほぼ同時に成績の発表もあった。
学年での総合順位は、17位。
3ポイントアップしてAクラス残留が決定した。
美夜は変わらず学年1位を維持。
奏音は歌唱やダンスでやや伸び悩んだものの、座学を広く取っている影響で2位につけた。
ミアは順位こそ上がったもののBクラスを維持。
本人は「やっぱり難しいねー」と言いながらさらに意欲を燃やしている。
「おはよう、万桜さん。奏音さん」
「おはようございます、会長」
新生徒会長──
前から挨拶くらいはしていたが、胸に同じシンボルが揺れると同族意識も強くなるもので。
「璃々先輩も、おはようございます」
「どうも」
副会長の
なんでも一年生時は絵理華と別室だったのに、同室の生徒と交渉して部屋を交換したとか。
絵理華のことは「様」を付けて呼んでおり、一部には「そういう関係」という噂もあるようだ。
「ふふっ。会長、と呼ばれるのもいいものね。身が引き締まるわ」
「会長はなんとなく慣れていそうですけど」
「あら、それじゃあ万桜さんも『小鳥遊広報』と呼ばれてみる?」
「やめてください」
わりと本気で遠慮するとくすくす笑って「冗談よ」。
お嬢様っぽい雰囲気とは裏腹に意外とフレンドリーな先輩である。
「万桜ちゃん、奏音ちゃん、生徒会入りおめでとう」
「蛍先輩、ありがとうございます」
「三枝先輩。よろしければ卒業までご一緒いたしませんか?」
「ううん、私はそういうの向いてないから」
「あら、残念」
これは冗談か、それとも本気か。
蛍が公式アカウントでSNSモードを披露すれば来年以降、男子の応募者が増えそうではあるが。
「万桜さんたちは、新しい時間割は決めたのかしら?」
「はい。これからは奏音と別々の授業がさらに増えそうです」
◇ ◇ ◇
登録と申請自体は慣れたものの、時間割の決定は毎回悩ましい。
画面と睨めっこしながら考えた結果、万桜の時間割はわりと尖ったことになった。
仮決定の画面を覗き込んできた時の奏音のつぶやきはこうである。
『二年次から履修推奨の科目が多いですね……?』
『それ言ったら、美夜なんかそういうのばんばん取ってる』
『美夜さんは表現型の科目でしょう。お姉様のは戦闘技術です』
『奏音、これいちおう武道だから』
二学期の前半で剣道を選択して竹刀を振るってきた万桜。
『やっぱりわたしは身体を動かすほうが性に合ってるから』
後半ではさらにその手の授業を増やすことにした。
剣道に加えて空手と柔道、さらに弓道。
『これだけ取ると主要科目が圧迫されるのでは?』
『歌の練習なら武道やりながらでもできるかなって』
『肺活量というか根性は確かに培われそうですね……?』
なお、そう言う奏音も特殊な選択のしかたをしていて、
『情報処理に、ピアノに、絵画……?』
『わたくしの集中力を活かす選択をしたまでです』
『や、お前も十分人のこと言えないからな』
最近、切り替えるのが面倒臭くなって部屋でも「わたし」と言っていたりする万桜だが、完全に素に戻るとついラフな口調が出る。
『中間試験の結果、わたくしは表現に難がありました。そこを補う狙いもあります』
『奏音は表現力あると思うんだけどな』
『動きにどう意味を込めればどう伝わるかは知っているつもりです。ですが、わたくし自身から表出する感情自体が不足しているのでしょう』
『お前、心の中わりとドロドロなくせに──』
『お姉様に受け止めていただくので精一杯ですからね』
頬を包まれてキスされそうになったが、それはともかく。
『学ぶことに必死になっているうちに「楽しさ」を見失っていたのかもしれません』
『奏音、それは』
『あの人をさらに恨むつもりはありませんが、自分を見つめ直していかなくては』
万桜だってそれは同じだ。
自分に足りていないものがたくさんあるのは前期に思い知った。
自分なりに成長する方法を模索してはいるが、苦手もできるところから埋めていかなくては。
『わたしもピアノ取ろうかなあ』
『それはさすがに枠が足りなくなると思います』
時間を見つけて自習するところから始めるべきか。
◇ ◇ ◇
ぶべ。ぼと。べちゃ。
「……うーん、なかなか上手くいかない」
飛行訓練。
万桜たち合格組は真昼に引き連れられてグラウンドで練習するようになった。
基本的には「ひたすら飛ぶ練習」である。
危なくなったら助けてもらえるが、地面にぶつかったり落ちるだけなら「自分でクッションしなさい」。
たまーにアドバイスがもらえるものの、感覚的な部分が大きいため役に立つとは限らない。
そんな中、万桜は速度のコントロールに難儀していた。
猛スピードでぶっ飛び、地面に激突。
速度を抑えめにしようと思ったらゼロにしてしまって地面に落下。
真上にぶっ飛んだ挙句速度ゼロをやらかして落下。
クッションはできているので怪我はしていないが、
「万桜ちゃんの蛇口はほんとに大雑把だね」
担任である
髪と目の色が似ているこの『憧れの人』にそう言われると劣等感からついむっとしてしまうが。
「私はいいことだと思うんだけどね、そういうの」
「いいこと、ですか?」
何故か褒められたのできょとんとしてしまった。
元トップクラスのアイドルである彼女は「そう」と笑って、
「大人しい子に思いっきりさせるほうが難しいじゃない? 勢いつきすぎてる子に『控えて』っていうより」
万桜の立場的に奏音が真っ先に思い浮かぶが、
「美夜ですか?」
「そう。あの子は上手くやろうとしすぎて冒険できなくなってると思うんだよね」
「クッション覚える前から飛ぶ練習してたみたいですけど」
「冒険するのと無謀なのは違うよ、万桜ちゃん?」
「なんとなくわかります」
RPGでも十分レベルを上げて回復アイテムたくさん持って新しいダンジョンに踏み込むもの。
まあ、男時代の万桜はそのうえで「このボス強すぎだろ!」と全滅していたが。
「早く着いたりショートカットするために飛ぶだけならね、自分にちょうどいい速さでいいんだけど」
「人命救助とかで飛ぶこともあるんですよね」
「極端な話、ミサイルに追いつかなきゃいけないこともね。それで人にぶつかったら『ごめんなさい』じゃすまなくなるんだけど」
全身ぐちゃぐちゃになったことのある万桜にはよくわかる。
「その辺は進路次第でもあるけど、必要になってから後悔しても遅いときもあるんだよ。殻を破らないと上には行けない。殻を破るには限界に挑戦しないといけない」
「わたしももっとスピード出したほうが?」
「万桜ちゃんは普段自重する方法を身に着けなさい」
ぐぬぬ、と思いつつ「はあい」と声を出したらくすくす笑われた。
「なにか変でしたか?」
「ううん。なんか妹が増えたみたいで楽しいな、って」
「わたしも先生みたいなお姉ちゃんが欲しかったです」
まあ、万桜に関しては何度もやってればそのうちコツが掴めるだろう。
理論的なことを考えるのはあまり得意じゃないので、ショートカットしたいならなにかこう、反復練習以外で身体に覚えさせないと。
「あ、なんかこう、車とか自転車に紐をつけて引っ張ってもらうとか」
「万桜ちゃんってわりと発想が昭和のスポ根だよね」
うん、これはさすがに褒められてないな。
◇ ◇ ◇
「こんにちは」
「こんにちは、万桜さん。奏音さん」
放課後はなるべく生徒会室に顔を出すことにした。
絵理華が「仲良くなりたいし、顔を合わせたほうが相談しやすいでしょう?」と言ったからだ。
確かに、少なくとも業務を覚えるまではそのほうがやりやすい。
部活動がSNSメインの
さて、生徒会室には前生徒会メンバーもいてかなり賑やかだった。
引き継ぎのためにわざわざ来てくれているのだ。
「あの、二年生や三年生ってもっと忙しくなるんですよね?」
「ええ、でも時間の圧縮方法も自然と覚えるものよ?」
さすがに読んで字のごとく──ではなく、奏音がやってる超集中とかそういうのだろう。
前生徒会メンバーも頷いて、
「そうそう」
「私たちはテレポートでも来られるし」
寄り道せず真っすぐ来たのにみんないるのはそういうからくりか。
「あの、テレポートってどうやれば覚えられますか?」
「独学は止めたほうがいいわ。下手をすると壁に埋まることになるから」
かべのなかにいる、って本当にあるのかよ。
引き継ぎは簡単なものだった。
資料はデータ化されているのでいちいち引っ張り出す必要はない。
あまり指導しすぎても個人ごとの「色」が消えてしまう。
一日でさっとレクチャーして終わらせる予定らしい。
会長・副会長を継ぐ二人が前生徒会にいたというのもあるだろう。
万桜と奏音はそれぞれ前広報、前会計から引き継ぎを受けた。
少数精鋭なのでマンツーマンである。
まあ奏音の前任は現副会長の璃々だったが。
万桜は三年生の先輩と肩を寄せ合って資料を見ながら話をすることに。
二年も歳が違うとけっこう緊張するのだが、
「生徒会って言っても普通でしょう? 同じ寮の仲間だし」
「そう言われると、そうですね」
寮で顔を見たことのある人たちばかりだし、普段から上級生も気さくに「おはよう」と挨拶してくれる。
自分たちよりはるかに上手い人たちなので緊張はするものの、それは「初対面の怖い人」相手の緊張ではない。
「あの、ところで、生徒会って歌姫科じゃないとなれないんですか?」
「そんなことはないよ。生徒会長が認めれば普通科でもOK。実際はなかなかいないけどね」
万桜たちみたいに疲労回復を早めたり集中力を上げたり、身体のつくり自体を丈夫にしたりできないので「授業+生徒会業務」が単純にきつい。
時には時短のために部室棟まで飛んで行って──なんていうこともあるので、できない生徒だと任せられる仕事も限られる。
「でも、正規メンバーじゃなくてお手伝いとかならいいんじゃないかな? うちにもそういう子はいたし」
「そうなんですね」
「わたくしも普通科からの勧誘は考えているわ。歌姫科の生徒だけでは学院全体まで見渡せないものね」
広報の仕事は生徒会からの各種告知の発行、公式SNSの更新などだ。
「万桜ちゃんの仕事は慣れれば寮でもぜんぜんできると思うよ。むしろ必要なのはセンスかな」
「センス、ですか」
「期待してるね?」
なんか前任者からプレッシャーをかけられたものの、こればっかりは頑張ってみるしかない。