「ライブの準備って、毎回こんなことをやってたんですね」
慣れれば寮でもできるとは言われたものの、まだまだ新米。
生徒会室に顔を出した万桜は、イベントにおける生徒会業務の多さにしみじみと感心した。
会場の選定、座席や設備配置の決定、MAPの作成、各会場ごとの出演生徒の割り振り、届け出を出していない生徒への催促、予算の分配に外部団体との連携、避難経路の確認、自治体への届け出、内部向けの告知に外部向けの告知の作成etc.
まだまだあるし、細かく書こうとすればもっと細かくなる。
入学記念ライブも学園祭も一生徒の立場で「やること多いなあ」と思っていたが、運営側に回ってみたら個人での苦労なんて目じゃないくらい大変だった。
生徒会に入ってみて視点が大きく変わった気がする。
万桜のつぶやきに生徒会長──
「今回はまだ楽なほうよ。大部分を前生徒会が請け負ってくれているんだもの」
「十一月から本格始動していては連絡や手配が間に合いませんものね」
会計を請け負うことになった奏音が深く頷く。
彼女の目には細かいお金の流れといった、また別のものが見えているだろう。
「この次のライブはわたくしたちが主導するのだから、今回で慣れておいてね?」
お嬢様然としているせいか、前生徒会にも所属していたせいか、絵理華は泰然自若としている。
これでたった一歳違うだけだとは。
万桜は「頑張ります」とやや苦笑気味に答えた。
広報をメインに担当する万桜の仕事は──実を言うと意外に多い。
イベント告知は定期的に何度も打っていくものだし、細かく内容をアップデートしていくもの。
つぶやいたーなんかは文章+画像の短いものなのでそんなに悩まないものの、媒体によってはレイアウトや画像の選定など工夫の余地も大きい。
そのへんの采配を(最終的に会長または副会長の許可がいるとはいえ)一手に任されるのだから権限もなかなかのものである。
やろうと思えば小学生男子っぽいセンスのポスターとか発行できてしまうわけで。やらないが。
「万桜さんは当日、メイン会場での司会もしてもらうから責任重大よ?」
「わたし、ものすごく目立ちませんか?」
「生徒会広報は下手をすると生徒会長よりも目立つポジションですからね」
と、これは副会長の
絵理華と対照的に地味めな容姿ながらなかなかに切れ味が鋭い。
「ステージで喋りっぱなしとかまるでアイドルじゃないですか」
「『
確かに。
「それにしても……広報でこの忙しさなら、他のみなさんはもっと忙しいんですよね?」
仕事は多いが、広報は「決まったことを知らせる」のがメイン。
イベント内容をあれこれ決定するのは他のメンバーの役割だ。
「会長、夜寝られてますか?」
「あら、大丈夫よ? 仕事の大部分は授業中にも進められるもの」
微笑んで、自らのデバイスに触れてみせる絵理華。
彼女のはチョーカー型。
シンプルな見た目でいろんな衣装に合わせやすく、ピアスに比べるとサイズに余裕があるため(高価格帯の商品の中では)性能と価格のバランスが良い。
チャーム部分はただの飾りになっているため必要に応じて交換可能なのもポイントだ。
しかし授業中に仕事とは。
「万桜さんはデバイスの思考操作はまだ不慣れ?」
「ようやく安定して動くようになってきたくらいです」
「そう。慣れると便利よ? 手を使わずに作業ができるから」
データを確認するのも入力するのも思考ひとつでできるから隙間時間にさっとねじ込めるわけか。
ふむ、と、奏音が思案して、
「思考を加速させればさらに効率が上がりますね」
「そういうこと。奏音さんのは……あまりその手の作業には向いていないのね」
奏音のは腕に装着するタイプのオーソドックスなものだ。
基本的には音声または手動で操作することになる。仮想ARウィンドウの表示はできるので「片手がふさがって作業ができない」ということはないが。
思えば、彼女が安価なデバイスを選んだのには母からの独立を視野に入れていたから、というのもあったのだろう。
「奏音はどこかで買い替えたほうがいいかもね」
デバイスの思考操作は能力制御の感覚をつかむのにも有効だ。
性能が上がるほど思考加速状態での作業可能倍率も上がるのでお金持ちは普通に有利である。
ちらり、隣に座る万桜を見た奏音は、
「お姉様、デバイスを買い換えるご予定はありませんか?」
「さすがに一年もせずに買い換えたら学院に怒られる」
壊れたならともかく。
「……アルバイトを増やすしかありませんか」
「ふふっ。なら、万桜さんが目立って依頼を増やしたらどうかしら?」
「なるほど」
ちなみに絵理華は「生徒会長」というステータスでなにを──と尋ねたら「政界進出」と返ってきた。
そういえばこの人「内閣総理大臣を目指す」とか言ってる人だった。
「だから、まずは良い大学に入らなくちゃね」
「会長なら簡単そうですね?」
「そうでもないわ。結局は『どれだけ勉強したか』『人柄を見せられるか』が重要だし」
『
なのでいくらでもカンニング可能とかは確かにないのだが……能力で記憶力も学習効率も上げられるのはやはりチートでは。
面接で話すこととかいくらでもありそうだし、心奏の卒業見込みはそれだけで内申めちゃくちゃ稼げるらしいし。
「万桜さんたちは進路は決まっているのかしら?」
「いえ、具体的にはまだ……」
「そう。焦る必要はないわ。ゆっくり決めなさい」
方向性さえ決まれば大学でさらに模索する手もある、と言ってくれる。
さすが、総理を目指す人は懐も深い──。
「でも結婚だけはしたほうがいいと思うわ」
──んん?
なんか話が一気にジャンプした気がするんだが。
どういう話の流れなのか、と、絵理華ではなく璃々に視線を向けると、淡々とした表情が返ってくる。
あれ、これ万桜たちが変なのか? と、
「絵理華様。会話の内容が急に年寄りじみています」
「あら、わたくしは若者だからこそこの話をしているのだけれど」
「そういうところは絵理華様の悪い癖です」
良かった、璃々も「いきなりなに言ってんだ」と思ったらしい。
「あの。会長は異性愛推進派なのですか?」
ここで若干頬を膨らませながら奏音。
いや、そこに注目するのもどうなのか。
問われた絵理華はしかし、特に気にした様子もなく首を振って、
「違うわ。わたくしは『歌姫』に子供を作って欲しいだけ」
「……えっと、結婚しなくてもいいから男と子供だけは作れと?」
「能力でなんとかできるなら同性相手でも構わないのだけれど」
女同士での妊娠も最低限片方が『歌姫』なら不可能ではないとされてはいるが。
さすがに力技すぎて推奨されていないし一般的でもない。
絵理華は、璃々に淹れてもらった紅茶を楽しみつつ、
「わたくしはね。『歌姫』がもっとたくさん必要だと思うの」
「それでみんなに子供を作れ、と?」
「そう。世代が進んでずいぶん増えたけれど、まだまだ足りない。『歌姫』の血を広げて候補者をもっと増やさなくちゃ」
大戦期に初登場したにしては『歌姫』の増え方は急速だ。
そういう意味では、当時争いを止めた者たち以外にもすでに才能は広がっていたのだろうが。
それでも。
「わたし、ちょっと会長がラスボスに見えてきました」
「人類総『歌姫』化計画とか、怪しげな方法で進めればいいのかしら?」
「総理大臣を目指している方が言うとあまり冗談にならないかと」
「私も悪の女幹部は嫌なのですが」
「冗談よ」
真顔でしれっと冗談を言うのはやめていただきたい。
「でも、堅実な方法で目指すのは構わないでしょう? 『歌姫』には力がある。理性も愛もある。世界中の全員が『歌姫』になれば戦争なんてきっとなくなるわ」
自分たちと違うから、と『歌姫』排除を目論む輩もいるらしい。
真昼からそれを聞いたばかりの万桜は少し共感してしまう。
誰でも『歌姫』を目指せる社会になれば幼少期の万桜のように挫折しなくても済むわけで。
「わたし、会長を応援します」
「ありがとう。なら、将来わたくしが首尾よく立候補できたら、万桜さんたちに応援演説とかしてもらおうかしら?」
「ラスボスになったりしないのなら、喜んで」
『歌姫』が好きで増やしたいから環境を整備したい、そのために生徒会長や総理大臣を目指す。
人によって夢とやり方はさまざまというか、気の長い野望もあったものである。
◇ ◇ ◇
「ねえ、小鳥遊さん? 生徒会に入るとライブで優遇されたりするの?」
夕食をとりに食堂へ行ったらそんな風に一年生から声をかけられた。
微笑んで「そういうのはぜんぜん」と答える。
「それどころかわたし、司会を任されちゃったし」
「生徒会メンバーだからメインステージに選ばれる……というわけでもないのですよね」
奏音の返答に少女たちは「そうなんだ」と意外そうな顔をした。
「むしろ、生徒会メンバーは各ステージに散らす方向で配置されるそうです」
「そのせいでわたし、移動がかなりばたばた」
なお、生徒会長だけはメインステージに配置されるのが通例らしい。
まあこれは学院の顔が目立つ場所にいなくてどうする、という話で。
と、一緒に聞いていた美夜がふんと笑って、
「生徒会ってだけで注目されるから優遇は優遇じゃない?」
「そんなこと言うなら美夜だって『学年一位の才媛』とか言って注目されるじゃない」
「誰が広めてるのよそんな称号」
「なんならわたしも広報として広めるつもり」
宣伝の一環で「注目の生徒」を紹介するのもなかなか効果があるらしい。
「みんなも、必要になったら取材とかさせてくれる?」
尋ねると同級生の少女たちは「もちろん」と揃って頷いた。
「私たちで良かったらなんでも聞いて」
「むしろどんどん聞いて」
おお、やはり『歌姫』を目指すならこれくらいの貪欲さが必要なのか。
「万桜ちゃん万桜ちゃん、ミアも注目されたりする?」
「うん。あんまりわたしたちのユニットに偏ると困るんだけど、ミアもできれば紹介したい」
しかし美夜とミアを紹介するとそのユニットも紹介せざるをえず──これは職権乱用では?
「みんな才能あるし可愛いから厳選するのが大変そう」
「いっそ全員紹介しちゃえばいいんじゃない?」
「長すぎて誰も見ないわよ、それ」
三百人近くの紹介を見るとなったら一人一分でも五時間かかるわけで。
「むしろ作るわたしが死にそう」
奏音にコツを教わって思考加速をもっと練習するべきか。
◇ ◇ ◇
「一緒に空を飛んで欲しい? 私が?」
「はい。もしよかったらなんですけど……どうでしょうか?」
「私でよければもちろん。でも、どうして?」
「はい。その、わたし飛ぶ速さが安定しなくて。基準になってくれる人がいたらやりやすいかなって」
「なるほど」
「本当は先輩に紐かなにかで引っ張ってもらおうかと思ったんですけど」
「それは怖いからやめよう……?」
万桜としてもぶんぶん振り回されてあちこちぶつかったりしたら嫌なのでさすがにそれは断念した。
「でも、万桜ちゃんは珍しいね。私は速く飛ぶのが怖くて苦労したよ」
「わたしも出したくて出してるわけじゃないんですけど」
蛍もこの学院の三年生、本人は謙遜しているが、飛んだりテレポートしたりは余裕だ。
「万桜ちゃんには日頃お世話になってるからどんどん頼って。なんなら今からでもいいよ?」
「本当ですか? ……あ、でも、先に着替えないとだめですね」
さすがに制服のままでそのへん飛び回るのは問題がある。
具体的に言うと下着が見える。
多少はこう、男子にサービスしてやってもいいかと思う万桜だが、それはさすがに露骨だ。
と、蛍は首を傾げて、
「私はこのままでもいいけど」
「先輩ってそういうところほんとに大胆ですよね」
「世の中の男の子は急に空飛ぶことになった『歌姫』を日々探して空を見てるらしいよ?」
わりと出会えるくらいの頻度はあるってことなんだろうが……中学生男子時代はそこまでがつがつしていなかった万桜である。
ともあれ。
下にアンスコ代わりの体操着を穿いて蛍に訓練を付き合ってもらうと、万桜の飛行はわりとマシになった。
問題は蛍なしでもそのコントロールを維持できるかということだが。
少なくともちょうどいい速度に調節できたという自信はステップアップに繋がったのだった。