性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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second live

 イベント当日独特の空気。

 張り詰めているような、弛緩しているような……落ち着かないのと同時にずっと浸っていたくなるそんな空気が、榛名(はるな)ななせは好きだった。

 少女たちはみな、精一杯の努力を重ねてこの日に臨んでいる。

 栄光を掴む子もいれば、失敗してしまう子もいるだろう、しかし彼女たちの努力はみんな尊いもので。

 

「みんなが一番を取れればいいのに」

 

 視覚を空に飛ばして学園全体を見渡していると──本体の隣に立って呟く者がいた。

 視点を戻したななせはくすりと笑って彼女に答える。

 

「あら、あなたがそれを言うの?」

「あの嬉しさを知ってるから言うんですよ。……ななせ先輩だって人のこと言えないじゃないですか」

「ん……。まあ、そんなこともあったかもね」

 

 高峰(たかみね)真昼(まひる)

 学院生時代の後輩はあの頃とほとんど変わらない美貌を保っている。

 彼女に衰えられるとななせも危険ということなので、ぜひこのまま若々しくいて欲しい。

 卒業後、ここにまた戻ってきた同士。

 ななせと真昼はある意味、学院での生活が忘れられない子供なのかもしれない。

 

「先輩はどこかのステージを見に行かれますか?」

「贔屓になるから、普段はここから眺めるようにしているの。……でも、今日は見に行こうかな」

「誰のステージを?」

 

 わかっているくせに、と思いながらも素直に答えた。

 

「万桜ちゃんたちのステージ」

「私の教え子にちょっかいかけるのはやめて欲しいんですけど」

「恋愛は自由でしょう? それに万桜ちゃんには振られちゃったし」

「青春を忘れられない人間を増やしていくのはどうなんですか?」

「あの人とは違うわ。私はどこにも行ったりしないもの」

 

 ななせは毎年、一人の女子生徒に声をかけて恋愛関係を狙っている。

 単純に女の子が好きというのもあるが、大元の理由は学院生時代の恩師だ。

 初心だったななせに手を出して、燃えるような恋心を教えておきながら──勝手に、手の届かないところに行ってしまった人。

 今はななせが「悪い大人」の側にまわってあの時の関係を繰り返している。

 学生時代の恋は泡沫だ。

 歳が離れていれば猶更──子供たちは成長して、熱い恋のことなんて「いい思い出」として片付けていく。

 もちろん、たまに拗らせてしまう子もいるが。

 

 少なくともななせは、一生会えないところになど行くつもりはない。

 取り戻せない思い出として少女たちにトラウマを刻んだりはしない。

 

「真昼ちゃんこそ、誰かいい人いないの? なんなら私と」

「遠慮しておきます」

 

 真昼は「そう来るか」とばかりに嫌そうな顔をすると「一緒に行きましょうか」とななせを誘った。

 

「万桜ちゃんたちのステージは私も気になるので、見ておきたいです」

「ああ、妹さんも一緒だものね?」

「べ、別にそういうわけじゃないですけど」

「はいはい」

 

 あまりからかいすぎると後で一年Bクラスの担任──向日葵(さん)に怒られるな、と後輩いじりを切り上げて。

 

「それじゃあ、また後で」

「はい、また」

 

 詳しい約束もしないままにいったん別れた。

 十分に能力を修めた『歌姫(ディーヴァ)』同士、その気になれば相手がどこにいるかなんて簡単にわかるし、デバイスを使わなくてもテレパシーで会話できる。

 お互いふらっと会場に向かっても適当に合流できるのでとても便利だ。

 さて。

 

「そうと決まれば、先に用事を済ませちゃいましょうか」

 

 寮の中に戻ると掃除道具をいっぺんに宙に浮かべて、ななせは日課を開始した。

 もちろん、意識の一部を学院内の様子へと向けながら。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

『みなさん、こんにちはー!』

『こんにちはー!』

『初めまして、生徒会広報担当の一年・小鳥遊(たかなし)万桜(まお)です。今日は私たちのライブに来てくださってありがとうございます』

 

『……万桜ったら、気が重いとかぐずぐず言ってたくせに調子いいじゃない』

『さすがはお姉様です。若干、挨拶が平成初期のヒーローショーめいているような気はいたしますが』

『万桜ちゃん本番に強いもんねー。っていうか、アイドルも結構ああいう挨拶してない?』

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 生徒会指定のリボンタイと耳のピアスを揺らしながら司会をする万桜の姿は確かにとても様になっていた。

 ななせの見込んだ通り、彼女には天性の才能がある。

 人を惹きつける才能。

 あるいは『女の子の才能』──もっと言えば『歌姫の才能』と言ってもいい。

 可憐さと色気を併せ持つ容姿も合わされば嫌でも「学院を代表する才媛」の一人へと成長していくだろう。

 

 ああいう子を見ていると、純粋にときめく。

 

 恋人同士になれなかったのが残念でならない。

 しかしまあ、今はそのことよりも。

 

「万桜ちゃんが……万桜ちゃんたちが、私の歌をどんなふうにアレンジしてくれるのか」

「チャレンジャーですよね。先輩の歌は、下手に真似すると破滅しますし」

「もう、真昼ちゃんなら歌えるでしょう?」

「それは私なりには歌えますけど、あれは先輩以外には再現できませんよ」

 

 万桜は自分の番が近づくとメインステージでの司会を渉外担当の藤原(ふじわら)瀬奈(せな)に引き継いだ。

 デバイスを通して拡声可能な万桜と異なり普通科所属の瀬奈はマイク片手に、万桜とは異なるノリで会場を盛り上げていく。

 

 瀬奈自身もオープニング直後にステージに立っていた。

 歌姫科の一年生に交ざってユニットを組み、なんとメインボーカルを務めたのだ。

 普通科とはいえボイスレッスンや表現力のレッスンはやろうと思えば普通にこなせる。

 派手なアクションや能力による演出が行えない分、センターに立って笑顔と歌を振りまくスタイルは逆に斬新で観客の心を掴んでいた。

 

 生徒会と言えば、企画担当の初鹿野(はがの)(しずく)のライブも見事だった。

 彼女はその美貌と歌唱力を活かしてのソロ出演。

 そのスタイルはどこか、かつてのななせと似通ったところがある。

 清らかな美声を高らかに響かせながら、空間に鮮明な映像を投影して『物語』を直接表現する。

 圧倒的な歌唱力をそれらと同時に叩きつければ、観客はあっという間にその虜となって目も耳も離せなくなってしまう。

 

 心奏学院には数多くの才能が毎年集う。

 万桜たちがいくら稀有な才能の持ち主と言っても、それだけで目立てるほど甘くはない。

 果たして彼女たちはどんな光景を見せてくれるのか。

 

「始まりますね」

「ええ」

 

 ななせたちにとってはステージから多少遠かろうとなんの問題もない。

 むしろ近づきすぎると騒がれてしまいかねないので、ステージ全体を見渡せる位置に陣取った。

 

『こんにちは、「Canon's Cats」ですっ♪ よろしくお願いします!』

 

 現れた四人の衣装は、細部をアレンジした揃いのものだ。

 天使をイメージしたドレス。

 背中側には小さな翼がついており、動くなどして風を受けるとぱたぱたと羽ばたくように動く。

 どこかファンタジックな装いは今までの万桜たちのステージと共通するところ。

 

 曲が始まると、少女たちはステージ上へと散らばっていく。

 

 美夜が中央奥、奏音が中央前、万桜は左、ミアは右に。

 四人それぞれの唇から歌が紡がれ、

 

「あら、これは」

「へえ、面白いことするなあ」

 

 声が、異なる場所から重なって響き渡る。

 開始前にスタッフがスピーカー位置を調整していたのはこのためか。

 万桜の歌声は左側から、ミアは右側から、奏音の声は後方よりに設置されたスピーカーから響き──そして美夜はデバイスによる拡声機能に加えて能力を用い生の声を高らかに響かせている。

 

 原曲はゆったりとした情感あふれる曲。

 テンポは今の若者向けに早めにアレンジされているか。

 それでも、激しい曲に比べればゆっくりと。

 

 美夜の闇のエフェクトがステージを覆い隠そうとし──他の三人の輝きがそれを食い止める。

 奏音が『宙へと』足を踏み出し、まるで階段でも上るようにステージを外れて前へ。

 左右でダンスを披露していた万桜たちもまた、ステージを蹴って高く空へ。

 おお、と、歓声。

 彼女たちは一年生、飛行や浮遊はまだ習得中の段階であり、セカンドライブで組み込んでくる生徒は決して多くない。

 まして、万桜とミアの飛行は速く、そして高い。

 

 制御を失っているのではないかと思ってしまう速さでくるくると回りながら曲線を描き、何度も交差しながら声を響かせる。

 飛行に伴って翼がはためき、まるで本当に天使が飛んでいるかのよう。

 スピーカーから響く声も二人の位置関係によって左からになったり右からになったり。

 

 一方、一人ステージに残った美夜はスポットライトによって闇の中に浮かび上がるように立ち、四人のベースとなる歌声を披露。

 対になる奏音はステージのほうを振り返りながらなおも宙を進み、舞うようにステップを踏みながら声を重ねる。

 

「これは、どこを見ればいいのかしら」

「どこを見ても楽しめるステージって感じですね」

 

 ミアは徐々にスピードを落とし、常人でも目で追える速さで会場の上を旋回。

 

 万桜は──上、高く高く舞い上がり、空から歌を下ろしてくる。

 彼女も自力での拡声に切り替えたか。

 エフェクトの輝きが後光のようにサポートして。

 

 四人の織り成す多重構造が、天使たちの合唱を観客に思わせる。

 

「私にはできない舞台ね」

「先輩は一人でこれを表現しちゃいますからね」

「それはそうだけれど」

 

 浮くのではなく、驚異的な集中力をもって「空中という床」を舞う奏音。

 闇のエフェクトを目立つために用いながら、地力の高さをこれでもかと披露する美夜。

 小柄な体格を活かしてアクロバットを演じ、また幼さからくる質の異なる声を加えるミア。

 一年生には難しい飛行を軽々とこなしながら、別の能力までも併用──誰もがつい見上げたくなる位置で、四人の中心に在る万桜。

 個性の異なる者たちの織り成す「彼女たちだけのステージ」。

 ななせならテレポートや幻影も駆使し、都度演技さえも使い分けながらソロで合唱を表せるだろうが──ななせのようにそれを得意とする者であってもどうしても「自分の色」は出てしまう。だから、粗削りながらそれぞれができることをしているこの舞台は真似できない。

 

 ラストに向かって。

 

 空から光の雨が降り注ぐ。

 熱も、もちろん破壊力も持たないそれは空中ではじけて輝き。

 光の間から万桜が急速に舞い降りてくる。

 

 観客にぶつかるのではないかと思ったのも束の間、飛び込んできたミアがキャッチ。

 二人は抱き合うように、ダンスを踊るようにくるくると位置を変えながら飛行を安定させて。

 ゆっくりと歩み寄るように合流した奏音と手を取り踊って。

 万桜とミア、それから二人に手を引かれた奏音がステージへと舞い戻る。

 

 最後のフレーズを同じ場所から、会場全体に響くように届けて──。

 

 会場から大きな拍手が『Canon's Cats』に贈られた。

 みんな笑顔だ。

 面白いものを見せてもらったと──中には、彼女たちのスカートの中に夢中だった者もいるかもしれないが、それはそれ、楽しみ方は人それぞれにあって構わない。

 

 万桜たちも笑顔だ。

 抱き合うように笑って、観客たちに手を振り退場していく。

 ななせの胸にもすっきりとした感情がある。

 

「落ちてきた万桜ちゃん、空中でクッションをかけたわよね?」

「ミアちゃんのタイミングが良かったので目立ちませんでしたけど、ちょっと勢い余ってましたね」

 

 先達の目から見るとあれこれミスはある。

 技術が伴えばもっと良くなる、改善できる箇所も細かく挙げれば大量に出てくるのは事実だが、それは仕方のないこと。

 後から反省して次に活かせればそれでいい。

 大事なのは観客を楽しませることと自分たちが楽しむこと、それから今できることを全力でやりきることだ。

 

「高峰真昼の後継者、かしら」

 

 呟くと、かつてトップに手を届かせた『歌姫』は「やめてください」と苦笑した。

 

「あの子にはあの子の道があります。私の後なんて継がなくていいんですよ」

「でも、あの子はそう思っていないかも」

「だとしても、それは万桜ちゃん自身の道です。追うんじゃなくて駆け抜けて、突き放してくれたらいいと、私は思います」

 

 誰が後継者だとは言っていないのだが。

 万桜のエナジー量は「卒業時の高峰真昼のエナジー」に「一年生上位レベルのエナジー」を足しただけの量を誇っている。

 つまり、この時点でエナジーだけなら真昼より上。

 明確にしたくないからか、あまり口にする生徒もいないが……万桜の、日々の「エナジー増加量」は学年主席の美夜を押さえてトップだ。

 さらに。

 

「司会をしたのがいい刺激になったのかしら。あの子、これからまだまだ伸びそう」

 

 良いと思ったものを素直に取り入れる柔軟さ、自分なりに技術をアレンジする発想力。

 ああ、本当に、この学院はすばらしい。

 ぞくりとする才能につい、普段とは異なる笑みを浮かべながら、ななせはそう心から思った。

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