興奮が抜けない。
舞台裏に戻って深呼吸と水分補給を経てもなお万桜はドキドキしたままだった。
前の二つのライブの時もそういうところはあったが、これはなんだか違うような。
と、そこで脇を小突かれて。
「なにぼーっとしてんのよ、あんたまた司会に戻るんでしょ?」
「あ、うん。そうなんだけど」
呆れ半分、心配半分といった表情の美夜。
その隣から奏音が顔を覗き込んできて、
「お姉様、少しお休みされたほうがいいのでは?」
「そうだねー。どっちにしても囲まれちゃいそうだし」
待機スペースは問題ないものの、一歩出た途端に声をかけようと取材希望やらスカウトやらが向こうで手ぐすね引いている。
一つ一つ対応していると確かに時間を食いそうだが、
「ううん。……逆、なのかも」
「逆?」
「そう。わたし、すぐにまたなにかをしたくてうずうずしてる」
疲れているのも確かなのに、じっとしていられない。
今のこの感覚を忘れないうちに司会に戻りたい。
着替えて戻ろうかとも思っていたが、
「奏音。あの人たちの対応、任せてもいい?」
最愛の妹を振り返ると、彼女は少し驚いたような顔をして、
「え、ええ。構いませんが」
どうせ捕まるのでは、と言いたげな彼女に、ふわりと浮き上がることで返す。
「走るのは無理そうだから、飛んでくことにする」
「……はあ。どうしてそれだけ飛べるようになったのかも聞きたかったんだけど」
「予定があるんじゃ仕方ないよ、美夜ちゃん」
仕方ないとばかりに送り出してくれる三人に「ありがとう」と微笑んで。
「じゃ、行ってきます」
万桜は空へと一気に飛びあがった。
◇ ◇ ◇
ライブのパフォーマンスをちょっと派手にやりたい。
美夜たちにそう相談したのはライブ直前になってしまった。
基本構成は変更しない形なのでOKは出たものの、みんないきなりのことに戸惑っただろう。
万桜だって正直戸惑っている。
原因は昨日今日と色んな生徒に会って話を聞いて、生でライブを見たせいだろうか。
司会には特権があって、ステージのすぐ下でメインステージのライブを見られる。
演じるのは前日に挨拶にまわった生徒たちばかりで。
彼女たちに会いに行くのに文字通りあちこち飛び回った。
本人たちから話を聞いた上で生のライブを見るのは格別。
迫力も、臨場感も、最新技術によるVR映像と比べてさえぜんぜん違って。
二度のライブを経験して「ステージに立つ側」の視点を持った万桜は「あそこにいるのが自分だったら」とまでイメージを膨らませた。
やりたい。
今すぐライブがやりたい、練習もしたい、もっともっと上手くなりたい。
熱気に当てられてハイになっているだけなのかもしれない。
でも、生徒たちが披露する技の数々が自分がしていることのように感じられて。
今ならもうちょっと上手く行くんじゃないか、と思えた。
おかげで司会をする声もだんだんと弾んで。
後で映像を見返すのが正直恥ずかしいが……夢中になっている今は楽しくて仕方ない。
イベント中は混雑するため「生徒、教員以外飛行禁止」「そのうえ緊急時のみ」と制限されている。
おかげで空からの移動は目立つらしく、ライブ中にも関わらず何人かから見上げられて指をさされてしまった。
慌てて降りて舞台裏に回ると「お疲れ様、万桜さん」と絵理華が声をかけてくれた。
「お疲れ様です、会長。……わたし、邪魔になっちゃいましたよね?」
「あのくらいなら大丈夫よ。野外ライブで飛行機の音に文句を言えないのと同じ」
そう言ってもらえると助かる。
「それにしても、ライブ衣装のまま来たのね」
「あ、まずかったですか?」
「いいえ。でも、どうせならライブの前に着ておけばいいのに」
それは確かに、それならいい宣伝になっただろう。
とはいえ万桜だけのライブイベントではないのでさすがに職権乱用ではなかろうか。
「おつかれー、万桜ちゃん。パンツ見えてたけど大丈夫?」
「えっ。あの、本当ですか?」
「あははー、うそうそ。じゃあ司会交代ね。マイクOK?」
「はい、OKです。ありがとうございました、瀬奈先輩」
「なに言ってんの、むしろもう少し喋らせて欲しいくらい」
「あら、それなら二人で司会してもいいのよ?」
一グループが終わったのを見計らって瀬奈と再びバトンタッチ。
ちなみにこの会話もマイク入った状態での寸劇めいた形である。
そこに絵理華の思わぬ提案が来て、
「じゃ、そうしましょうか?」
「いいのー? じゃ、お言葉に甘えちゃおっかなー?」
以降の司会は瀬奈との合同ということになった。
頑張って練習したとはいえギャルの喋りの上手さには正直敵わない。
単独ライブを目指すにせよ、次のライブでも司会をするにせよ、マイクパフォーマンスも学ばなくては。
本当に、学ぶことが多い。
こうして、二度目のライブイベントは慌ただしくも楽しく幕を下ろした。
◇ ◇ ◇
イベントが終われば打ち上げである。
生徒会メンバーは当然のようにいろんな人に取り囲まれた。
絵理華や雫などの美人かつ有名人がいるから猶更である。
「会長は卒業した後、進学するんですよね?」
「ええ。大学で学びながら定期的にライブをする予定。もう所属事務所も決まっているわ」
「ボクは世界的な事務所に入って色んな国でライブする予定だよ」
片や国会進出が目標、片や世界でライブとスケールがでかい。
っていうか進路決まってるのにもみくちゃにされるくらい人が来るのか?
合間に会話するだけでも一苦労で……と、輪の中から瀬奈に引っ張られて。
「ほら万桜ちゃん、こっちこっち。テレビ局の人とかいっぱい来てくれてるから」
「あ、これはどうも……。生徒会広報の小鳥遊万桜です」
別の輪の中に入れられた。
「お世話になっております。次回のライブの際はぜひ当局に」
「いえ、ここはぜひ当局に中継の権利を!」
心奏の各イベントはメディアでも取り上げられる一大イベントだ。
この辺りの対応は渉外担当である瀬奈と連携して行っていくことになる。
「瀬奈先輩はこういうの得意そうですよね?」
「まあ苦手ではないかなー。ウチはまだしばらく学院にいるからそのへんつなぎとして便利だしね」
「あ、そういえばそうですよね」
現在普通科二年生の瀬奈は来年度、歌姫科一年生として編入予定。
気が早いが、おそらくは次の生徒会でも渉外担当として採用されるのではなかろうか。
「……っていうか、来年はウチが広報担当かも?」
「え」
それはどういう意味だ。
万桜にはやっぱり向いてないから一年でクビとか? ……それはそれで自由の身になって自己鍛錬に集中できそうだが。
「小鳥遊万桜さん、進路はお決まりですか? もしまだでしたらテレビ業界もご検討を」
「小鳥遊さんでしたらアナウンサーとしても有名になれるかと」
「え、アナウンサーって美人で優秀な人がなるものじゃ」
「万桜ちゃん、さすがにそれは嫌味だと思うよー」
そうか、今の万桜は美少女で『
しかしスカウトがどんどん増えて話がおおごとになっていくな……?
「小鳥遊さん、話が落ち着いたら各グループに声をかけてねぎらいもお願いしますね」
考えることいっぱいで途方にくれていたら副会長の璃々からそう指示されて、さらにやることが増えた。
◇ ◇ ◇
一夜明けた翌日はセカンドライブの後片付けである。
今までイベントの翌日は休日同然だったが、今回は生徒会として仕事がある。
主催側は始まる前も終わってからも大忙しなのだ。
と言っても実際の片付け作業は有志が終わらせてくれるので、万桜たちが手で機材を運んだりはしなくていい。
陣頭指揮は会長の絵理華と企画担当の雫が行っていて、生徒会室は副会長の璃々が指揮。
「事後処理も事務作業のうちです。と言いますか、ここからが本番と言っていい業務もあります」
「璃々たん、それってー?」
「例えば会計ですね。細かな清算が必要になりますので」
「わ、わたくしの担当ですね」
奏音は当日ほぼフリーだったぶん、こういうところで忙しくなるらしい。
「各外部団体へのお礼のメールやSNSへの事後の投稿は問題ありませんか?」
「文章はほとんど作ってあるから午前中の適当な時間に送るよー」
「わたしも、昨夜の分の投稿は終わってます」
璃々は「よろしい」とばかりに頷いて、
「では、小鳥遊万桜さんは学院側がドローンによる映像記録を精査完了次第、宣材として使えるデータの獲得交渉をお願いします」
「交渉……」
「交渉と言っても、どういったデータが欲しいかといった要望を出して相談するだけです。それほど難航はしないかと」
「どのへんの映像使うかでセンス出るけどね。頑張って、万桜ちゃん」
「責任重大じゃないですか」
学院側でも映像記録を公開するしテレビ局等のメディアにも提供されるが、それとは別に生徒会の公式SNS等でもデータをアップする。
瀬奈の言う通り、他と差別化することを考えたらなかなかにセンスがいる。
「っていうか、記録見て要望を出すって……一日じゃ終わりませんよね?」
「思考クロックを引き上げたうえでデバイス経由で高倍率での視聴を推奨します」
「ちょっと奏音に代わって欲しくなってきた」
「わたくしも計算に追われることになりますので、申し訳ありませんが……」
確かに、万桜にはそっちのほうが無理だ。
璃々はほとんど表情を変えないまま「頑張りましょう」と言って、
「大したことはありませんが業務手当も出ますので」
「え、それは初耳なんですけど」
「手当て……お菓子などの現物支給ではなく?」
奏音と二人で首を傾げれば「はい、言葉通りの報酬です」との回答。
「心奏学院のイベントは学内行事であると同時に運営資金獲得のための営利イベントです。その収益は次年度以降の運営に回されるほか、一部は生徒会の予算として支給されます。生徒会役員にはその中から業務手当が支給されることになっています」
「それじゃあ生徒会の仕事って……アルバイトってことに?」
「割のいい仕事とは言えませんが、まあ、小遣い稼ぎ程度にはなりますね」
確かに、金額的には他のバイトしたほうがマシだが、経験を積みながら最低限の手当てが出ると思えばけっこう悪くないかもしれない。
手当て目当てにやるようなものでもないし、立候補したところで決めるのは会長だが。
「具体的にいくら支給できるかは今回の収益と生徒会の出費次第。それを計算するのは会計担当の仕事になります」
「わたくしも責任重大ですね……」
要するに、生徒会に重要じゃないポジションなんてないのである。
結局、仕事は日が暮れるまでたっぷりかかった。
デバイスでも連絡を入れたものの、荷物の回収もあって生徒会室へ立ち寄ると──絵理華が一人、窓から月を眺めていた。
万桜はそっと「お疲れ様です」と声をかけてから。
「後片付けもこんなに時間がかかったんですか?」
「いいえ」
振り返った絵理華は月光に照らされながら微笑んで、
「片付けは昼過ぎには終わったわ。わたくしはいろいろなチェックと……それから、あなたを待っていたの」
「わたしを?」
特に約束していた覚えはない。
まさかほんとうにクビか、とひやひやしていると、絵理華は「調子はどう?」と曖昧な質問をしてきた。
「わ、わたしなりに頑張っているつもりです」
すでに評価を終えていそうな上司相手に、いったいどう答えれば正解なのか。
下手に「ばっちりです」とか答えたら「は? あれで?」とか言われそうで怖い。
と。
「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。……ライブ後の高揚は収まったかしら?」
苦笑した絵理華が言い直してくれる。
あ、そっちの話か……というか気づかれていたのか。
万桜は軽く呼吸をしてから「えっと」と間を置いて。
「身体の興奮は収まりました。……でも、気持ちはまだ収まってません」
なにかしたくて仕方ない。
そういう意味では休んでいるより仕事をしているほうが落ち着く。
今だって、このまま、
「このままなにか練習を始めたいくらい?」
「え。どうして、わかるんですか?」
くすり。絵理華はどこか艶めいた笑みを浮かべて「よくある話だからよ」と答えた。
「万桜さん。良かったら、あなたをいいところに連れて行ってあげる」
いいところ、とは、果たしていったいなんなのだろうか。