性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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冬休みに向けて

「それで、会長と密室で二人きりだったのですね?」

「密室って。そういうのじゃないしなにもなかったってば」

「……まあ、それはにおいでわかりますけれど」

「においでわかるのもどうかと思う」

 

 頼むから「この泥棒猫」とか言い出すのは勘弁してほしい。

 

 絵理華と別れて部屋に戻ってきた万桜はあったことを奏音に報告していた。

 妹には伝えてもいい、と絵理華からも了承を得ている。

 

『同室ではいずれにしろ気づかれてしまうでしょう? いくらこっそり夜の特訓と言ってもね』

 

 そう、特訓である。

 

「学院の地下にそんな施設があったのですね……」

「うん。特訓用の秘密の場所なんだって」

 

 その場所にはテレポートで直接連れていってもらった。

 テニスコートくらいの広さはある部屋。

 窓はなく、代わりに空調が完備されている。部屋の隅には小さな冷蔵庫。

 というか出入りするためのドアすらない。

 

「出入りするにはテレポートを使うしかないんだって。しかも許可の出てる人が一緒じゃないとそこまで飛べない」

「なかなかに厳重ですね」

「テレポートできるのは普通なら当たり前なんだって」

 

 絵理華はこう言っていた。

 

『本来であれば、ここを使えるのは早くとも二年生になってから。わたくしだって九月にお許しをもらったばかりよ』

 

 学院では、資格を満たした者に一室が特訓部屋として与えられるらしい。

 

「資格というのは?」

「詳しい条件はわからないらしいけど、少なくとも『強烈な意欲』と『一定以上のエナジー』が必要だって」

「エナジー……ですか」

「そう。無理を押し通せるくらいのエナジー量」

 

 体力もエナジーももちろん休んだほうが回復は早い。

 しかし、能力を使えば疲れにくくしたり回復を早めたり、睡眠の効果を高めたりできる。

 つまり、エナジーがあれば休息の時間を補えるのだ。

 もちろん、能力の効率とエナジー量がかなり高くなければ成り立たないが。

 

『万桜さん。あなたはいま時間が足りない、そう思っているでしょう?』

『はい。その、寝ている時間も惜しいくらいです』

『ええ。それこそが一番の条件。「二次飛躍(セカンド・シフト)

 

 なんか格好よさげな横文字にわくわくしたのは置いておくとして。

 

「『二次飛躍』……」

「一部の『歌姫(ディーヴァ)』だけが経験する精神的な境地なんだって」

『飛躍と言っても、必ずしも良いものとは限らないわ。必須でもない。この境地に至らずにトップに上り詰めた歌姫も少なくはない』

 

 しかし、高みを目指そうと強く望む者には救いの手が差し伸べられる。

 『二次飛躍』とはつまり、もっと頑張りたくて仕方なくなる状態──これに、一定の吸収率や学習意欲が付随したものだ。

 

「おかげでこれからは練習場所に困らなくて済むかも」

 

 あそこなら夜でも気にせず練習できる。

 

「ですが、赴くのにはテレポートが必要なのですよね?」

「そう。だから、わたしは特別っていうか異例なんだって」

 

 普通はテレポートが使えるようになってから『二次飛躍』するし、早くから努力中毒になっている生徒にしてもエナジー量が足りない。

 最初から卒業生トップレベルのエナジーを備えていてかつ、入学前の下積みも足りていない万桜みたいな生徒は普通いないのである。

 

「おかげで、部屋はもらえたのに『安全にたどり着けるようになるまで使用禁止』なんだって」

「それは……なかなか難儀なお話ですね」

「本当に。テレポートを使えるようになるために夜の特訓がしたいくらい」

 

 そして夜の特訓をするためにはテレポートが必要……ってなんかおかしくないか?

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

『いい? テレポートの訓練では決して無理をしないこと』

『下手すると壁にめりこむんでしたっけ』

『ええ。もっと下手をすれば核融合並みのエネルギーが周囲にまき散らされる』

『なんですかそれ』

『理論上の話よ。未だかつてそうなった人はいない……と言われているわ』

 

 とりあえず下手に一足飛びができないのはよくわかった。

 とはいえ二年生を待ってなんていられない。

 仕方ないので独学で、ちまちま先を目指すことにした。

 

「先輩。テレポートってどうやって覚えましたか?」

 

 比較的暇そうにしている三年生──ということで便利使いしすぎな気もするが。

 困った時のSM(ソーシャルメディア)研究会部長、三枝(さえぐさ)(ほたる)

 彼女は「万桜ちゃん、もうあの部屋行けるようになったんだ」と苦笑を浮かべた。

 

「先輩も許可をもらってるんですか?」

「ううん。私はたぶん、そこまでの意欲がないから」

 

 絵理華も言っていたように『二次飛躍』は必須ではない。

 むしろその境地に至る者のほうが加減を知らない馬鹿というか、エナジー量も馬鹿というか、スポ根気質から抜け出せないのかこの馬鹿みたいなタイプ。

 なので万桜のほうが蛍よりもすごい、というわけではないが。

 

「そういうことなら教えてもいいのかな。あのね、テレポートも飛ぶのと同じで、少しずつ覚えるのが普通なの」

「少しずつ」

「そう。最初は一歩分だけ前に出るところから。その時はワープじゃなくて高速移動のイメージね」

 

 瞬間移動と言っても主に空間を捻じ曲げるワープと、移動自体は連続している高速移動がある。

 万桜の世代ではすでに古典の域に達している壮大なバトルマンガにおける瞬間移動は前者だが、別の作品だと「間に障害物があると移動できない」という場合も多い。

 要はある地点からある地点に「途中経過を無視して」移動しているか「あくまでも移動自体を一瞬に短縮しているだけ」かの違い。

 

「あ、なるほど。高速移動なら最悪壁にぶつかるだけで済むんですね」

「そうそう。もちろん、すごい速さでぶつかったら人間なんてぺしゃんこになるかもだけど」

「…………」

 

 ふわりと微笑みながら言わないで欲しい。

 しかし、おかげで少しわかってきた。

 

「ぶつかるだけなら()()()()()()()()()なんとかなりますよね?」

「さすが万桜ちゃん、そういうことだよ」

 

 ぶつかる前に見えないクッションを作って止まるのは飛行訓練の時にやったことだ。

 自慢じゃないがあちこち吹っ飛びまくった万桜はそれに関しては得意分野である。

 リカバリーがきくなら大惨事も起こらないのでまずは高速移動をマスター、そこである程度の感覚を掴んでから『空間を捻じ曲げる』ワープに移行するわけだ。

 

「でも、気を付けてね? 飛ぶのよりずっと一瞬だから」

「反射的なんてレベルを超えてるわけですね」

 

 事故を起こさないためには確実にクッションを挟める必要がある。

 思考加速して細心の注意を払いながらテレポートして、ミスしたらすぐさまクッションでカバー……。

 なるほど、飛ぶよりずっときつい。

 日々頑張ってエナジー量を上げ、能力の効率を引き上げていなければこんなのすぐにキャパオーバーだ。

 二年生の終わりまでにできるようになればいいというのも納得である。

 

「ちなみに進級条件は見えてて壁のないところに移動できればOKだからね」

 

 しれっとワープしてる蛍って実はかなりすごいんじゃないのか……?

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 セカンドライブも終わって二学期も期末試験を残すばかり。

 

「じゃ、万桜ちゃんは私と組もっか」

 

 格闘技の授業は引き続き行われていて。

 基礎がある程度入った後はストレッチ→型→二人組で実践形式の練習の流れが恒例になった。

 そして万桜はどういうわけか真昼と組まされることが多い。

 一年生の少ない授業だからってぼっちになるほど人付き合い下手ではないつもりだが。

 

「思いっきり来ていいからねー」

 

 と、毎回言ってもらえているあたり、未熟なくせにエナジーの多い万桜への配慮なのだろう。

 真昼なら確かに心配ないだろうと身体強化+思考加速をかけてぶつかっていく。

 と。

 

「ところで万桜ちゃん、部屋もらったんだって?」

「は、はい」

 

 必死で攻略しようとしている時に雑談を始めるんじゃない。

 しかしこれはちょうどいいチャンスか。

 

「テレポートを覚えるのは相当苦労しそうです」

「あはは。それは飛ぶのとは違うよ。むしろ苦労しなさい、私も苦労したんだから」

 

 嘘つけぜったいあっさり習得してみんなから嫉妬されてるぞ。

 

「覚えとくと便利だよ。例えば──」

「なっ!?」

 

 大振りの蹴りのモーションに入った真昼が一瞬で消え、万桜の後ろに現れる。

 漠然と予感はしていたので慌てて振り返るまではいけたものの、真昼がぱっと寸止めしなければかなりしっかり食らっていただろう。

 

「一瞬で使えるようになれば普通の喧嘩なんかいくらでも仲裁できるし」

「それはできるでしょうけど」

 

 いや、でもマンガの主人公みたいでめちゃくちゃ格好いいな?

 なんだかんだちょっとモチベーションが上がった万桜だった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「あんたたち、冬休みはどうするわけ?」

「ミアは帰るけど、短いからこっちに残る人も多いよねー」

 

 気づけば十二月。

 二学期が終わればまたしても休みが挟まる。

 ただし、暑かった夏と違って今度は冬である。

 期間も短いし、日本の中ではだいぶ南にあるこの島はわりと過ごしやすい。

 

 お正月に家族で過ごせないのは少し寂しいかもしれないが。

 

「お正月は寮でもおせちを出すからね」

「それは気になる」

 

 通りがかったななせに告げられるとだいぶ残りたくなってくる。

 ただ、

 

「残念だけどわたしたちは帰るつもり」

「へえ、夏は帰るの渋ってたくせにどうしたのよ」

 

 意外そうな顔をする美夜。

 そういう彼女もお父さんのお世話をするつもりらしいが、

 

「ん。帰るけど、実家には帰らないつもりだから」

「は? どういうことよ」

「祖母からお呼びがかかりまして。ですのでそちらに顔を出そうかと」

 

 ぶっちゃけ母と顔を合わせるよりもずっと気が楽だ。

 万桜も奏音も祖母にはなんの抵抗も持っていない、むしろ積極的に好きと言っていい。

 そっちなら「この機会にいろんなところにあなたたちの紹介を」とか言われたりもしないだろうし。

 

「冬休み中も仕事を受けるつもりだし、こっちにいるより交通の便がいい」

「ああ、本土の仕事だとそのへん大変だもんね」

 

 二学期中もぼちぼち仕事を受けていた万桜たちだが、その際にはひとつ条件を追加していた。

 

 ──それは「担当者がテレポートで迎えに来てくれること」。

 

 こうすると自然に向こうに『歌姫』がいることになる。

 万桜たちの苦労もわかってくれるし、最低限良い人なのが保証されるし、移動の時間が短縮されていいことづくめだ。

 とはいえ自分たちで移動できるならそれに越したことはない。

 

「それから、条件をつけて逃げられない打ち合わせも入ってしまいまして」

「さすがにお役所は怖い」

「あー、それってもしかしてアレ?」

「美夜さんのところにもお話が来ましたか」

 

 みんなで顔を見合わせて、

 

「成人式のお祝いコメント」

 

 万桜たち自身の成人はまだだっていうのに……いや、本人が成人の時はお祝いコメントは出さないが。

 

「いいなあ。ミアのところにはお話来てないよ」

「あんたに頼んだら向こう何年かずっとあんたで良くなっちゃうじゃない」

「それはそれで代わり映えしないってことかあ」

 

 ともあれ自分の地域から心奏合格者が出たなら使わない手はない。

 なにせ可愛くて優秀な女の子だ。

 ぶっちゃけ万桜だってそんな子からお祝いしてもらいたい。

 

「せっかくだから受けるけどさあ」

「三学期始まってからだからわざわざ戻るんだよね」

 

 移動がちょっとめんどくさい、切実にテレポートが欲しい。

 

「じゃあお正月はみんな別々ね」

「せっかくですし、初詣などご一緒しませんか?」

「いいねー、どこ行く!?」

「えっと、芸能の神様だとどこになるんだろ」

 

 芸能関係ないけど現役『歌姫』が巫女さんしてる神社とかもあってなかなかに悩ましい。

 そんなふうにして、万桜たちは期末試験、そして二学期の終わりを迎えたのだった。

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