「さすが初詣、人がいっぱい……!」
一月一日の早朝。
万桜たちは晴れ着を着て初詣に出かけた。
着物は祖母、志穂の私物。
と言っても新品にしか見えない、万桜たちにぴったりの一品であり──ばあちゃん新しく仕立てたな? としか言えない。
いや、嬉しいので、実際に出た言葉は「ありがとう」だったのだが。
着物の仕立てって時間がかかるんじゃ? と尋ねたら「特急料金よ」とのこと。
『
それはほんとにすごい値段しそうだが、祖母ときたら「簪とか、欲しいのがあったら持って行っていいわよ」である。
金銭感覚がすごい。
……と言ったら「あんたたちだって、年末の一週間くらいでいくら稼いだの?」と言われてしまった。
さすがに高級な服をほいほい買えるような額ではない。
公的機関の依頼はだいたい名誉とか義理で謝礼が補填される形だし。とはいえまあお小遣いとしては十分で。
それはさておき。
万桜は白地に桜の花びらを描いた着物、奏音は紺地に意匠化された五線譜を描いたわりと今風っぽい着物。
合流した二人も着物で、ミアは赤ベース、フリルのついたミニスカ洋風着物。
美夜は「昔姉さんが着てたやつなの。……悪い?」と白と赤のコントラストが映える着物を身に纏っている。
なんだかんだ、万桜と奏音は和装っぽい衣装を着ていたわけだが、美夜たちはドレス系が多かったのでこういうのは新鮮である。
訪れた神社にはざっと百名くらいの参拝客が詰めかけていて、
「このくらい大したことないじゃない。一番多いところだと初詣だけで三百万人超えるのよ?」
「それはちょっと桁が違いすぎると思う」
「でも、万桜ちゃんたちのグランマに感謝だよー。じゃなかったらここまで来るの大変だったもん」
「そうですね。ありがとうございます、おばあさま」
「いいのいいの。私も孫の友達に会いたかっただけだし」
集合場所からここまで送ってくれたのは志穂である。
毎度ながらテレポートはやっぱりチート。
と言っても公共交通機関で行ける範囲の神社を選びはしたのだが。
「もっと大きな神社でも良かったのよ? パスポートがあれば外国の寺院とか神殿だって」
「さすがにスケールが大きすぎる」
有名な神社は今回避けておくことにした。
理由はまあ、単純に混むからなのだが。
待ち時間が面倒というだけではなくて、
『あたしたちも一応、一般人よりは有名なわけじゃない? 声をかけられたりとかしたら大変よ?』
『さすがにそれは気にしすぎじゃ……』
と思ったものの、市のライブイベントが「あれ」だったのを思い出して何も言えなくなった。
SNSのほうでも「ここの初詣に行きます」なんて呟こうものなら会いに来そうなフォロワーが何人もいるし。
人ごみが変な形になったら他の人に迷惑がかかる。
なので、敢えて大きな神社は避けた。
それでもこの人の多さ。さすがお正月といったところだが、原因はそれだけではなくて。
「握手してください!」
「はーい♪ ありがとうございます。……心奏受けるの? そっか、頑張ってね♪」
清楚な巫女装束でアイドルのような笑顔を振りまいている巫女さんの影響だろう。
おかげで若い男性と若い女性の参拝客がかなり多い。
「心奏OG、『
「一応、ここも弁天様を祭ってるから芸事に関係はあるわよ」
「それにしても、これですと順番が来るまでしばらくかかりますね」
「いいよいいよ、ゆっくり待とうよ」
正月なんだしあくせくすることもない、と、適当に雑談しつつ順番を待つ。
友達のお祖母ちゃんとか美夜たちは人見知りを発動しないだろうかと思ったが、『歌姫』の先輩ということでむしろあれこれ積極的に質問をしている。
考えてみれば、心奏ができる前の『歌姫』とか歴史の範疇である。
生の話を聞ける機会は貴重なのだ。
「それにしても、おみくじ買うとさらに並ぶことになりそう。どうする?」
「あー。せっかくだからあの巫女さんにも挨拶したいんだけど。どうしようかしら」
「あ、そこの子たち! こっちこっち、こっち来て♪」
「え」
めっちゃ話しかけられては流れでおみくじやお守りを売りつけ……宣伝していた巫女さんが、心なしかこっちを見て手を振ってきているような。
いや、さすがに他の子が呼ばれているんだろうと思ってきょろきょろしてみるも、周りの人も「いや、君達では?」とばかりに見てくる。
「ひょっとして、聴覚強化でわたしたちの会話もぜんぶ」
「聞こえてるよー♪ 万桜ちゃん、心奏学院一年の小鳥遊万桜ちゃん♪ それから妹の奏音ちゃんに──」
「行きます行きます、行きますから個人情報を垂れながさないでください!」
SNSに自分で公開してる範囲だから別に大して困らないが。
会いたかった人に名指しで呼ばれて一人ずつ手を握られた。
「志穂さんもお久しぶりです、お元気そうで何よりです」
「ええ、久しぶり。ここも盛況なようで良かったわ」
「はい♪ おかげさまで大繁盛です♪」
ばあちゃんとも知り合いかよ!? というかこれは仕組まれたのでは?
「あの、どうしてわたくしたちをわざわざ?」
「だって後輩だし、話したいじゃない。それに……」
「それにー?」
「人手が足りてないし、あなたたちがいたらいい客引きになりそうだなって」
あ、もう続く言葉がわかった。
「ね、今日だけ巫女さんのバイトしてみない?」
というわけで今度は巫女服に着替えることになった。
バイトと言ってもおみくじやお守りを定価で売ったり甘酒を配ったりする程度なので飛び入りでも十分できる。
男女問わず握手や写真撮影を求められることが妙に多いものの、それも込みで正月ムード、ここの初詣なのだろう。
というか即売会の後なので、カメラを向けられるとついポーズを取りたくなってしまう。
男だった頃はぎこちなくピースする程度が限界だったのだが。
ダブルピースも横ピースもウインクもくるっと一回転ももう自然にできる。
思えば『歌姫』のノリに染まってきたものである。
しかし、おかげでバイト代も弾んでもらったし、ゆっくりと参拝もさせてもらった。
仕事が終わった後で先輩ともゆっくり話ができたのでこれはこれで良かったのかもしれない。
「『歌姫』は防寒能力も高いから巫女さんに向いてるんだよねー。それに」
「それに」
「みんな処女でしょ?」
いや、それはそうだけれども。直球か。
お返しに「あなたはどうなんですか?」と聞いてみたくなった万桜だが、どっちの答えが返ってきても反応に困るので止めておくことにした。
「先輩は、どうしてここで巫女さんをしているんですか?」
「うん? 親戚の関係で薦められたからだよ?」
進路を決める関係で、いろんな『歌姫』と話をしてみたかったのもここに来たかった理由の一つだ。
彼女の志望動機は思ったよりも俗っぽいものだったけれど。
「でも、楽しいよ♪ いろんな人とお話できるし、気持ちも引き締まるし」
古来より、神に歌や踊りを奉納する風習はあちこちにある。
そういう意味では『歌姫』と巫女の関係も切っても切り離せないものなのかもしれない。
「それに、感覚が研ぎ澄まされると神様と話ができるし」
「え、さすがにそれは嘘ですよね?」
神の実在証明とかいろいろ話のジャンルが変わってきてしまうが。
先輩は「あ、まだそういうのは早いか」とそれっぽいことを言った挙句、
「そのうちわかるかもしれないよー♪」
と笑顔で誤魔化してきた。
ばあちゃんはばあちゃんで「会ったら教えてあげるわ」と返しづらいボケを繰り出してきたので、わりと「こいつら……!」と思った万桜だった。