性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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四章
新年の抱負


「ねえ万桜、あんた神様になにお願いしたの?」

「うん。みんなが三学期の期末で全力を出せますようにって」

 

 一月一日。

 万桜は奏音、美夜、ミアと初詣に行った。

 急に巫女のバイトを頼まれたりといろいろあったのだが、それは置いておいて。

 神様に一年の感謝とお願いごとをした後、寒空の下で缶のコーンポタージュなんかを飲みつつ、ちょっとだけしんみりした話をした。

 

「みんなが合格できますように、じゃないの、万桜ちゃん?」

「そこまで言っちゃうのはさすがに違うかなって」

 

 合格できるかどうかは正当な評価で決まらないといけない。

 万桜自身も含めて、実力を発揮できたうえで努力不足と判断されるのならそれは仕方のないことだ。

 

「美夜たちはなにをお願いしたの?」

「学年一位維持」

「みんなが健康でいられますようにって」

「わたくしとお姉様が共にいられますように、と」

 

 個性ありすぎるお願いごとだな?

 

「あと、わたし、だいたい決まったかも。将来の夢」

 

 星を見上げながら、ぽつりと告げる。

 美夜は過剰反応はせず「へえ」と相槌を打って。

 

「なに?」

「わたしは『国際歌姫免許』を取って、いつでもどこでも人を助けられる『歌姫(ディーヴァ)』になる」

「そう」

 

 嘆息。

 

「あたしは芸能界に行くわ。『歌姫』の力で一人でも多くの人を楽しませる」

「そっか。美夜ならきっとできるよ」

 

 微笑んで告げると、なぜかむっとした顔で頬を突かれた。

 ちびちびとコーンポタージュを飲んでいたミアは「みんないろいろだねー」とのほほんと言って、

 

「あんただってあたしたちと一緒に高校卒業するんだけど?」

「でもミアは大人になるまでまだだいぶあるもん」

 

 確かに、成人年齢が十八歳に引き下げられてもなお、大学三年くらいまで成人はお預けだ。

 彼女の場合はまだまだゆっくり将来の夢を考えても間に合う。

 

「奏音、あんたは?」

 

 美夜に問われた黒髪の少女は微笑を浮かべて、頷く。

 

「そうですね。わたくしは──」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「国際歌姫免許、ね。また大変なものに挑戦するじゃない」

 

 結局、ほとんど一日がかりの初詣になってしまって。

 祖母の家に戻ってきた万桜と奏音にはおせちの残り(ほとんどできあいの奴だが)を平らげる作業が待っていた。

 見るからに若々しい祖母──志穂はちびちびと日本酒をやりつつおせちをつまみながら、しみじみと呟く。

 

「って言っても、志穂さんも持ってるでしょ?」

「私の頃は簡単に取得できたしね。そうでなくても私の歳ならだいたいみんな取れるわ」

 

 国際歌姫免許。

 国連の認定資格で、これがあれば国籍に関係なく世界中で「歌姫としての活動」が認められる。

 ここで言う活動とはアーティストとしてではなく異能者としてのもの。

 要するに災害救助をしたり犯罪を止めたり、戦争に介入したりする権利。

 

 争いの種があればどこにでも駆けつけて力を振るう──『歌姫』の成り立ちを考えれば当然の権利で、以前はかなり認定基準が緩かった。

 それこそ志穂たちの頃は欲しがればだいたいみんなもらえたらしいが、今はかなり制限がかかっている。

 

 十五年以上の活動実績および複数件の国際貢献。

 または『歌姫』養成校の卒業など一人前の歌姫と認定できる身分に加えて、厳しい試験をクリアすること。

 毎年の試験合格者数は、おおむね一桁。

 

「世界中から希望者が来るのに一桁しか受からないんだし、難関だよね」

「ま、やる気だけで通れる試験ではないでしょうね」

 

 万桜たちの担任にして元・国内トップクラスの『歌姫』である高峰真昼はこの資格を持っていた。

 

「お姉様。やはり、真昼先生の後を追うおつもりですか?」

「ん……それもあるよ。わたしの力は、みんなのために使うべきだと思うから」

 

 万桜の持つ大量のエナジー、その大部分は真昼から託されたものだ。

 彼女の救うはずだった分くらいは万桜が救わなければ釣り合わない。

 

 それを抜きにしても、強い力を持つ者は多くの人にそれを還元するべきだ。

 持っている力が強ければ強いほど、その責任は大きくなる。

 

「あと、できるだけ自由でいたいから、かな」

「自由?」

「警察とか自衛隊に入っちゃったら組織に縛られるでしょ?」

「そうね。組織人としての立場が個人行動を許さないことは絶対に出てくる」

 

 組織が力を行使するには相応の手続きが必要になる。

 特に『歌姫』の力は絶大なので、その力が間違って振るわれないように──あるいは、もし間違ったり勢い余って余計な被害が出たとしても「なにも間違ったことはしていません」と言えるように、上の命令を受けるなり段階的に手順を踏むなりしないと動けない。

 極端な話、近くの建物にテロリストが潜んでいるとわかっていてもいきなり彼らを無力化するわけにはいかなくなる。

 

「国際歌姫免許があれば『結果的に正しい行いをしている限り』なにをやっても非難されることはないわ」

「うん。外国にだって飛んでいけるし、その気になれば宇宙にだって行ける」

 

 他国の紛争に割って入って、両者の武力行使を止めることだってできる。

 

「許可を待ってたら助けられない人もいるでしょ。だから、わたしは自由でいたい」

「マンガのヒーローに憧れたから、ではないのですね」

「や、それもあるけど」

 

 奏音と志穂が「あるんかい」という顔をした。

 こほん、万桜はわざとらしく咳ばらいをして、

 

「奏音こそ、どうして国連に?」

 

 奏音の出した答えは「国連職員になろうと思います」だった。

 意外なような、奏音にぴったりなような。

 尋ねると、妹はきょとんとした表情をして、

 

「できるだけお姉様の手助けをしたいからですが?」

「そんなことで自分の将来を選ばなくても」

「違います」

 

 ぷくっと頬を膨らませた奏音は、美夜が突いたのと同じところを突いて、

 

「お姉様が多くの人を助けるつもりなら、わたくしがお姉様を助けることも人助けに繋がります」

「じゃっかん屁理屈っぽい気がするんだけど」

「生徒会のお仕事やこれまでの学院生活でわかったのです。わたくしは基本、裏方でいるほうが性に合うのだと」

 

 国連は国の垣根を超えた機関。

 国際的な組織と言っても大した力は持っていない──かと言うと、実はそんなことはなく、むしろ国連は十分に強い。

 彼らは独自の『歌姫』集団を抱えており、独自の基準に則って他国の荒廃や武力紛争に介入を行うことができる。

 それだけに業務も多岐にわたっており、それらを遂行するにあたってフットワークが軽く優秀で体力的にも優れた『歌姫』が重用される傾向にある。

 

 部隊として国連に所属するのでなく内勤希望でも『歌姫』は引く手あまたなのだ。

 

「お給料も申し分ありませんし、母も納得するでしょう」

「あの人は名誉とか大好きだもんね」

「あの子への信頼がよくわかるわ」

 

 信頼って言うんだろうかこれ。

 

「大したことはできない……というか、結局あなたたちの努力次第だけれど、応援しているわ。頑張りなさい」

「ありがとうございます、おばあさま」

「うん。せいいっぱい、できることをやってみる」

 

 万桜たちの答えに志穂は満足そうに笑って、

 

「これからの二年は、今までよりもずっと密度の濃いものになるはずよ。きっと卒業する頃のあなたたちは見違えているはず」

 

 思考加速とかを考えると「密度が濃い」がなんの比喩もない事実なのがすごい話である。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 三学期の始業式では生徒会長・絵理華による挨拶があった。

 思えば入学式の時は学院長が挨拶していたが──どうやら前生徒会長はあまり人前に出たがらない人物だったようだ。

 引っ込み思案な『歌姫』というのもなかなかに希少種である。

 

 さて、それはともかく。

 

 三学期は少し変則的な授業形態となる。

 時間割の決定は三学期開始時のこれが最後、試験も期末の一回きり。

 なぜかというと単純に期間が二か月ちょっとしかないからだ。

 

 そう考えると、進級課題の達成までにはもうあまり時間がない。

 

 二学期の頃は「まだまだ大丈夫」というムードだったので、これはなかなかに罠である。

 逆に言うと試験が一回きりなら普段より少し時間的には余裕があり。

 それを利用して、各クラスでは進路希望調査を兼ねた面談が実施されることに。

 

 いろいろ悩んで進路を決めた甲斐があったというものだ。

 と言ってもまだ一年生だし気楽に受けて大丈夫だろうが、

 

「万桜ちゃんは国際歌姫免許取得ね。おっけー」

「え、終わりですか?」

「? うん、最低限希望は聞けたし問題ないけど?」

 

 めっちゃ気楽だな?

 

 書類に直接書き込む手間もなく、思考操作でデバイスにインプットする1⁻A担任・高峰真昼。

 傍目にはなにもしていないように見えるのがじゃっかん不安になる。

 

「もちろん相談って言うかアドバイスはするけどね。でも万桜ちゃんなら大丈夫だよ、一年目で無理でも二、三年あれば受かる受かる」

「先生、ちょっと適当じゃないですか?」

 

 憧れの人ではあるものの、あまりの軽さについ愚痴がこぼれた。

 すると真昼は「なに言ってるの」と万桜を見返して、

 

「あの試験、見た目より倍率ないんだよ? ぶっちゃけ十倍以下。心奏(うち)に受かるよりぜんぜん楽」

「そんなものなんですか?」

「うん。だってあんなのわざわざ取りたがる人そんなにいないし。普通、自分の国のことだけで手いっぱいだもん」

「そう言われると楽な気も……って騙されませんからね? 競争相手が全員トップクラスの『歌姫』じゃないですか」

「入国審査フリーになるからって無理やり受ける子とかも交じってるから全員が全員トップクラスでもないよ?」

 

 なぜ自分の持ってるすごい資格を全力で貶めにかかるのか。

 

「万桜ちゃんならわかるでしょ? あの資格は取ることよりも『どう使うか』のほうが大事。……せっかく手に入れてあちこちで人助けしても、その結果、逆に一般の人を殺しかけちゃった『歌姫』もいるんだよ」

「……はい」

 

 そういうことか。

 大きな力には大きな責任が伴う。

 権限を与えても大丈夫な人物かどうか厳しく審査されるけれど、そこまでもしてもなお、当人が常に努力して自分にストップをかけなければ──いつかどこかで大惨事をやらかしかねない。

 

「もちろん、私たち『歌姫』が逆に悲劇を起こすなんてあっちゃいけない。みんなで協力して最悪だけは封じ込めるけどね。最悪が起きる可能性だって本当は生み出しちゃいけないの」

「わかってる、つもりです」

 

 自分の手のひらを見つめながら答える。

 マンガのヒーローと同等のことをしたいなら、最低でも同じくらい強くならないといけない。

 身体だけじゃなくて、心も。

 すると真昼は微笑んで、

 

「今の段階で『漠然とでもわかってる』なら十分だよ。実感ならここからの二年間で嫌って言うほど教えてあげるから」

「なんかすごく怖いこと言われてますか?」

「怖くない怖くない。ちょっと気を抜いたら死ぬような思いはしてもらうけど」

 

 いやぜったい怖いじゃんそれ。

 

「訓練であれこれ経験しておいたほうがあとあと役に立つよ。実戦だとほんとに『間違えたら死ぬ』からね」

「ミサイルとか相手にするんですもんね」

「拳銃でも普通の人はわりと死ねるよ。……だから、万桜ちゃんは格闘技や戦闘訓練を多めにとったほうがいいかも」

「はい」

「あと試験は最低五か国語必須だからね。世界史と地理もかなりマニアックな問題出るよ」

「座学もめちゃくちゃ必要なんじゃないですか」

「脳に倍率かけて頭に叩き込めばいいんだよ」

 

 叩き込むって文字通りデータを書き込むやつ。

 そんな勉強の仕方、『歌姫』じゃないと絶対できない。

 

「あと、ここを卒業しないと受験資格がないから、受かるまでの間どうするかも考えてね。大学行ってもいいし、事務所とか入ってもいいし。あちこちからスカウトは来てるし選択肢は多いよね」

「はい。そっちももう少し考えてみます」

 

 いずれにしてもまだ二年後の話だ。

 考える時間はまだあるし、そもそも進級できないと「三年後」になってしまう。

 飛行はできるようになっているので今年はまあ大丈夫だとしても、来年再来年はどうか。

 

 今のうちからテレポートができるようになって、早くあの地下室を使えるようにならなければ。

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