「でも、いいんですか? その、わたしだけ特別扱いのような」
「いいの。そのあたりはもう吹っ切ることにしたから」
三学期、万桜は授業を2コマぶん空けることにした。
担任──真昼が「一対一で教えてあげようか?」と申し出てくれたからだ。
「万桜ちゃんは私の、もう一人の妹みたいなものでしょう? 特別で当たり前だもん」
「もう一人の、妹」
万桜の髪と目の色は真昼によく似ている。
おそらくは彼女の影響で「こう」なったのだろうし、そういう意味では確かに。
これを聞いたらなんとなく、奏音はむくれそうだが。
「その場合、わたしと美夜ってどっちが妹なんでしょう?」
「んー。万桜ちゃんがお姉ちゃんかな?」
賑やかな四人姉妹になりそうである。
性格的には奏音と美夜も似たところがあるし、案外違和感はなさそうだ。
「さ、それじゃ始めよっか」
「はい、お願いします」
お互いさっぱりしたウェアに身を包んで向かい合う。
場所は、万桜が特訓用に宛がわれた秘密の地下室だ。
未だ万桜一人では来られないが、真昼に連れてきてもらえば問題ない。
確かにここなら個人指導にもぴったりである。
「じゃ、どこからでもかかってきなさい。全力でね」
「ものすごくアバウトな特訓ですよね、これ?」
「そんなことないよ。スピードに慣れなきゃテレポートは絶対無理だもん」
万桜の側だけ「
「人間の拳くらい見切れなかったら超高速移動でぶつかって大惨事だよ?」
「人間って言っても超人じゃないですか」
「万桜ちゃんだって同じなんだから問題なし」
簡単に言ってくれる。
息を吐いた万桜は気持ちを荒事用に切り替える。
平和なこの時代、人間同士で殴り合うなんてめったにない。万桜も子供時代の喧嘩でそこまで行ったことはなかったが、前期の授業で多少は慣れた。
相手が真昼ならおそらくなにをやっても受け止めてくれる。
もし怪我をさせてしまったとしても『
ほぼ即死だった万桜でさえ治ったのだから。
「行きます!」
宣言して、前進。
出来る限りの身体強化を施して、まっすぐに拳を向ける。
少なくともプロ格闘家並みの速さと威力があるそれを、真昼はひょい、と最低限の動きで避けた。
気負いもなにもないのに恐ろしく速い。それに動きに無駄がない。
「このっ!」
通用しないのはわかっていたのだ。
一度でめげず、何度も攻める。
そのへんのチンピラ程度なら一発で悶絶させられそうな拳や蹴りが繰り返し向けられても、真昼は同じようにひょいひょいと避けていくだけだった。
動きの出だしが見えない。
「身体強化だけじゃついていけないよ?」
「っ、はいっ!」
身体強化をできるだけ維持したまま思考加速。
世界が遅くなったように感じながら、真昼の動きを視る。
速い。
万桜が攻撃のモーションに入ろうとした時点ですでに動き出している。
経験と勘。万桜をはるかに超える精度の思考加速によって動きを見極めて「簡単に見えるように」かわしているのだ。
当てるには──相手の動きにさらに反応して攻め手を変える、あるいは二撃目につなげること。
拳をキャンセル、真昼が避けようとする方向に蹴りを繰り出したり、拳を空ぶった動きを回し蹴りにつなげたり。
それを真昼はさらにひょいっと避けながら、
「少年マンガ読んでる子はこういう感覚が良いなあ。そうそうその調子」
「完全に遊ばれてるじゃないですか……!」
技術やセンスだけじゃ当てられない。
先読み。どうすれば当てられるか考えて実行しないといけない。
攻め手を休めずに実行するには一秒以下の時間を何秒にも拡大しないといけない。
身体強化と思考加速の両立。
二つの能力を維持したまま考えるのも止めてはいけない。
これは、確かに良い訓練になる。
ここでさらにやることを増やすのは自滅っぽいが、能力の出力が足りていない以上は、
「~~~♪」
「お、来たね」
歌を重ねることでぐん、と、能力を制御しやすくなり、威力も出るようになる。
歌いながら高速思考しながら激しい運動をするのだからめちゃくちゃ疲れるのだが。
動きは速く正確になり、真昼に「もうちょっとで当たりそう」というところまで来た。
そのもうちょっとが果てしなく遠いわけではあるが、
「そろそろいいかな? はいっ」
「う、わっ!?」
避けるだけだった真昼が無造作に拳を前に伸ばしてくる。
全開で攻めていた万桜はそれに自分から突っ込む形になり──ぴん、と、軽いデコピンを食らった。
「痛……!?」
迎えに行ったからか、実際の力加減以上に痛く感じる。
「ほらほら、私からの攻撃も防がないと」
「無茶言わないでください!」
「できるできる。避けられないなら止めればいいんだから。ほら、飛行訓練を思い出してみて」
「飛行訓練?」
あれは飛ぶための訓練であって、防御はあくまでなにかに激突しないための──。
「あっ!?」
自分が近づいて行っているわけではあるが「近づいてくる物体からの防御」を行っているのには変わりない。
ならば、出るタイミングや威力を調整すれば相手の攻撃をさばくのにも応用できる。
ただ、ちょっとでもミスすると、
「あたっ!?」
「あー、惜しい」
クッション、あるいは見えない壁に自分から突っ込むことになる。
「やることが多い……!」
「それに慣れるのも特訓の目的だよー!」
並行した能力行使に慣れて負荷を抑える。
同時に能力を使い倒すことにもなるので、それぞれの精度もエナジー効率も上がっていく。
繰り返せばものすごい速度での成長になる。
が。
「……疲れる……!」
ぶっ続けで真昼を追っていたので、休憩に入った時には汗びっしょりになっていた。
「お疲れ様ー」
一方の真昼はぜんぜん平気そう。ちょっと理不尽じゃないか。
持参したドリンクを一気飲みしつつタオルで汗を拭く。
部屋に冷蔵庫が備わっているので冷たいのを維持することが可能だ。
ところで今ので時間はどのくらい、
「え、まだ三分の一くらい?」
「そうだよー。今日のうちにあと二回チャレンジできるね?」
「先生、エナジーは大丈夫ですか?」
真昼のエナジーが万桜がごっそり持って行ってしまった。
その万桜のエナジーがごりごり削られているのだから心配としては当然だと思うのだが、
「あ、万桜ちゃん。言ってくれるね?」
額をこつんと指で突かれた。
「これくらいで疲れるような鍛え方はしてません。大丈夫」
「そ、そうですか」
まあうん、黎明期の『歌姫』でさえ1エナジー=1㎞の飛行が可能だったのだから極めるとぜんぜん効率が違うんだろうが。
トッププレイヤー見ながらちまちまMMOのレベル上げしてるような距離を感じる。
もしそのたとえが正確なら、どこかでぐっと成長を実感するポイントが来るのだろうか。
◆ ◆ ◆
「どうなの、あの子は?」
「万桜ちゃん? うん、すごい勢いで成長してるよ。こっちが楽しくなっちゃうくらい」
心奏学院の教員はあまり残業をしない。
思考加速等々で常人の何倍、何十倍の作業をこなせること、事務データの電子化によって融通がきくことが大きな理由だ。
まあ、それがなかったら寝る暇もないくらい働いているわけだが。
ともあれ。
おかげで仕事の後、友人とのんびり話をする時間は十分ある。
1⁻B担任にして昔馴染みの
良い匂いに「これはペペロンチーノかな」と思いながら、真昼は笑顔で答える。
「人を傷つける痛みを知ったうえで負けん気強く向かってきてくれる。今の方法でうまくいかないとわかるとすぐに次の方法を考えようとする。全力が必要だってわかったら躊躇いなくそれを出せる。それだけやっても潰れないエナジーの量も備わってる」
「普通の子が欲しくても手に入れられないものが目白押しよね」
「そういうものなんだけどね。向日葵だって私より料理上手いじゃない」
「それは真昼が上手くなる気がないからだと思うけど」
「こうやって食べさせてくれる親友がいるからいらないでしょ」
「……まったくもう」
出来上がったパスタは大盛りというか特盛りである。
それにサラダとスープがつき、真昼の用意したデザートもある。
『歌姫』は人より消費カロリーが多いのでお腹が空くのだ。
「万桜ちゃんは出遅れた分を取り戻そうと、さらに高いところに行こうと頑張ってる。いくら頑張っても頑張り足りないんだよ」
「まるでどこかの誰かを見ているみたい」
「私と万桜ちゃんは違うよ。あの子の傍には奏音ちゃんもいるし」
美夜から離れることを選んだ真昼とは違うし、追いすがらず我慢してしまった美夜とも違う。
守るものが傍にあるのなら同じ無茶はできない。
「出遅れもなにも、ライブであれだけの飛行を披露した時点で一年生としては及第点以上じゃない。もうテレポートに挑戦してるなんて早すぎるくらい」
「そうだね。でも、美夜も万桜ちゃんがそうしてるって知ったら前に進みたがるんじゃないかな」
「……まったくもう。私たちもそうだったのかしら。それとも、今の『歌姫』がガツガツしてるってこと?」
「私たちもそうだったし、今の子たちはもっとどん欲だと思うよ」
心奏の受験者数、受験者の平均エナジー量は年々増加傾向にある。
『歌姫』に求められるレベルもどんどん上がっている。
「正直、今の子たちは可哀そうだと思う。成人年齢が十八歳になって、卒業したらすぐに大人扱いなんだもん」
「そうね。大人の『歌姫』なんて、本当ならすごく重いレッテルだっていうのに」
社会における『歌姫』の重要度は上がっているのに『歌姫』の数が追いついていない。
数が足りない分だけ練度を求められて、生徒はこれでもかと色んなことを詰め込まされる。
「私たちが少しでも力になってあげないとね」
「ええ。彼女たちがのびのびとこの学院で過ごせるように」
二人は誓うようにワイングラスを掲げあった。
◆ ◆ ◆
「万桜、なんか妙に眠そうじゃない」
「ん……。溜まってるアニメ見てたらついつい夜更かししちゃった」
「なによそれ、馬鹿なの?」
そこまで言わなくても。
「や、だって、加速状態で見たら何倍も見れてお得じゃない?」
「そんなもんに時間使う暇があったら勉強しなさいよ」
「たまには気分転換も必要だってば」
「気分転換でめいっぱい脳使ってるんじゃないわよ」
それはそう。
「でも、役に立つよ? 次のライブの参考にもなるし」
「ああ。あんたと奏音はそういう路線だったわね、最初のライブ」
心奏では学期ごとに一回、大きなライブイベントがある。
次のイベントは期末試験の前の週に行われる学期末ライブだ。
美味しい朝食をとりながら二か月先のことに頭を悩ませる。
心奏では早め早めが成功の秘訣だ。
「一年間の集大成ですものね。次は今までで一番の出来にしたいものです」
「難しいよねー。ミア、この前のライブだってすごく頑張ったもん」
「新しいことを取り入れていくしかないんでしょうけど、とは言ってもね……」
曲選びと、その曲にどうパフォーマンスを合わせるか。
毎度ながら難題である。
「もう一回作詞作曲に挑戦してみるとか」
「あたしは嫌よ? やるなら万桜だけでやりなさい」
「やだよ、恥ずかしい」
「じゃあ人に振るんじゃないわよ!?」
みんなでやるなら恥ずかしさも共有できるじゃないか。
「当たり前だけど、だいたいのことは前に誰かがやってるのよね」
「それを言ってしまうと自縄自縛に陥りかねないかと」
「でも、いろいろ調べちゃうとどうしても意識しちゃうよねー」
万桜としても悩ましいところである。
そろそろファーストライブの路線にもう一度挑戦したくはあるものの、ただ再現しても面白いかというと微妙。
作品を三次元に落とし込むにあたっての工夫が欲しい。
そういう意味では「双子」という属性をうまく使えたのは良かったと思うのだが。
「ね、双子でなにか思い浮かばない?」
「双子? ……そうね、とりあえず、あんたたちがメインになるのが気に食わないけど」
言いながらも美夜は目を細めて考えてくれて。
「入れ替わり殺人とか?」
「どうしてそうなったの」
「だってほら、同じ顔が二つあるってなったら『並べる』か『入れ替える』じゃない」
「まあそうかもしれないけど」
だからって殺すなと言いたい。
「一人二役とかもあるよねー。……あれ、違う? 二人一役?」
「舞台などでは双子役は頭を悩ますお題とされていますね。二重人格の演技なども」
「なるほど、二つの人格を二人で演じるとかも面白そうかも」
「面白いのは面白いけど、それライブなわけ? あたしたちは役者じゃないのよ?」
それもそうだ。
ライブの時間は短い。
複雑な物語を落とし込むのには向いていない。
歌詞と演技と演出を使えば物語を感じさせることはできるが、簡単には見返せない時点で意図が伝わらないまま『消費』されてしまいかねない──。
「逆に難しい題材をライブに落とし込めないかな? なんかこうミステリーとか」
「あんた人の話聞いてたわけ? だから役者やるわけじゃないって……なるほど、ミステリーね」
とりあえず思ったことを呟いてみたら美夜がなにか閃いたっぽい。
こういう時に知識が広くて頭の回転が速い友人がいてくれると助かる。
「なになに、なにか思いついたの美夜ちゃん?」
「急かすんじゃないわよ!? ……でも、うん、できなくはないかもね。やるならいろいろ詰めないといけないことが出てくるけど」
「なら、とりあえず今夜あたり集まろっか」
思い立ったが吉日。
衣装のこともあるし、実は時間はそんなにない。
万桜たちはさっそくあれこれと動き始めた。