性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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三学期の日常

「万桜さん、特訓の具合いはどうかしら?」

 

 ある日の生徒会業務の合間、生徒会長である絵理華に尋ねられた。

 忙しい合間ではあるものの、能力のおかげで万桜たちは毎日快眠。

(自業自得で睡眠時間を減らしまくった場合は除く)

 気力は充実しているので、紅茶とお菓子を楽しむ余裕もある。

 

「はい。短い距離なら超高速移動できるようにはなってきました。でも、練習する場所が難しいですね」

 

 そう答えると、絵理華はくすりと笑った。

 

「そうね。下手なところで練習すると壁にぶつかってしまうもの」

「グラウンドくらい広くないと怖いんですけど、それはそれでどこまで行っちゃうか怖いんですよね」

 

 これはアレだな? またあのクッション部屋の出番だな? と思ったりする。

 

「あと、足の位置? っていうか高さが難しいです。すぐ転びそうになって」

「わかるわ。ちょっと高さがズレるだけでもバランスが崩れるのよ、あれ」

 

 超高速移動と一口に言っても、やっていることはなかなか高度である。

 姿勢を保ったまま一定ベクトルへものすごいスピードで移動する。

 この「一定ベクトル」が難題で、ちょっと上にズレれば停止位置がほんのり空中になって、止まった時に「落ちる」。

 なお、逆に下方向にズレると靴がものすごい勢いですり減ったり──もっとひどいと足までひどいことになる。

 下にズラすくらいなら気持ち上めのほうがマシだが、急に来る落下感もなかなかである。

 

「方向転換は試したかしら? あれもなかなか怖いのよ」

「ああ、はい。最初と逆向きになるのとか試したんですけど、自分がどっちを向いているのか……」

 

 マスターすればライブでも使えそうな技だが、相当練習しないとめちゃくちゃ怖い。

 

「……それにしても、一学年上の絵理華様と話が合うとはどういうことでしょうか」

 

 お茶やお菓子を甲斐甲斐しく準備してくれていた副会長の璃々が不意に呟いた。

 

「あら、この辺りはまだわたくしにとって過去の話よ?」

「それはそうですが、私たちが習得してからまだ大した時間が経っておりませんので」

「璃々先輩もテレポート、マスターしてるんですか?」

「十分に用いられなければ絵理華様を追いかけられませんので」

 

 これに奏音が「わかります」と深く頷いて、

 

「どこに行くかわからない方を見ているとハラハラします」

「わかってくださいますか」

「もちろんです」

 

 二人の間で「同志」とでも言いたげな視線が交わされる。

 仲良いのはいいことだが、なんだ、なんかひどい言われような気が。

 

「あら。お互い、とても良いパートナーに恵まれているみたいね?」

 

 これが大人の余裕か、絵理華は上機嫌。

 いや、一歳しか違わないが。

 

「はい。奏音は、わたしにはもったいないくらいの妹です」

 

 ここは恥ずかしがらずに肯定しておく。

 と、クッキーやらチョコを遠慮なくぱくぱく行っていた渉外担当・普通科二年のギャル系先輩──瀬奈が「仲いいなあ」と笑った。

 彼女は立ち上がると万桜の腕に抱きついて、

 

「そろそろウチのこと『瀬奈ちゃん』って呼ぶ準備もして欲しいなあ」

「ほんとにやらなきゃだめですか? 先輩だった人を後輩扱いするのすごく照れくさいんですけど……」

「いいからいいから。歳の違いなんて大した問題じゃないって」

 

 まあ確かにミアもいることだし……って、来年瀬奈は十三歳のミアを「先輩」と呼ぶことになるのか。

 それをすんなり受け入れられるメンタルは素直に見習いたい。

 

「なんなら『お姉様♪』って呼んであげようか?」

「瀬奈先輩、お姉様はわたくしのものですので」

「冗談だってば。奏音ちゃんから取ったりはしないから安心して」

 

 これに、さらに企画担当の見た目お嬢様・雫がくすくすと反応。

 

「ここにいると賑やかで飽きないからいいよね」

 

 ボクっ子のお嬢様も含めて確かに多種多様・奇想天外なメンバーである。

 心奏の生徒自体が曲者ぞろいという説もあるが。

 

「……メンバーと言えば」

 

 メンバーつながり、というほどでもないが。

 

「絵理華先輩、蛍先輩とお知り合いでしたよね?」

「ええ、それなりに。どうかしたのかしら?」

SM(ソーシャルメディア)研究会の部員ってたしかわたしと奏音入れずに二人だった気がするんですけど、会ったことなくて」

 

 部長である蛍からも特にその話は出てこない。

 なんとなく避けられているような気がするのであまり追及していなかったのだが、

 

「ああ、それね」

 

 あっさりと、絵理華は頷いた。

 

「彼女は療養のために休学しているのよ。二年生の途中からだったから──来年、万桜さんたちの同級生になるわね」

「そういうことだったんですか……」

「本当ならいま三年生ってことだよね? ウチみたいな人が他にもいたんだ! 仲良くなれるかも!」

「瀬奈先輩は本当にポジティブですね」

「うん、瀬奈ちゃんの明るさはボクも見習いたいよ」

 

 生徒会は今日も賑やかで、どこかほのぼのとしていた。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 ミアの新しい試みはなんとか継続しているらしい。

 能力を使うほど体温が上がる。

 メカ娘かな? ってなりそうな体質、嫌がられてもおかしくなさそうなのに、周囲は「そうなんだ」と好意的に受け取ってくれている。

 もちろんミア自身がケアに気を遣っているのもあるだろうし、触っただけでやけどするほどには今のところなっていない、というのもあるだろうが。

 

「でも大変。ずっとパワーアップしてるってけっこう気を遣うよね」

 

 ある日の食事中に彼女はそんなふうにこぼしていた。

 

「わかる。慣れてきたと思ったら勝手に切れてたりするし」

「あるある」

 

 『歌姫』あるあるトークは楽しい。

 特訓の話で絵理華が楽しそうだったのも頷けるというものである。

 二年生になって後輩ができたら万桜もあんな感じになるのだろうか。

 ……うん、聞かれてもいないのにあれこれアドバイスしに行ってしまいそうなので今のうちから気をつけよう。

 と。

 

「万桜も奏音もやってるのよね? その、常時能力トレーニング」

「うん、わたしは真昼先生との組み手対策だけど」

 

 奏音はもちろん常時思考加速or瞬間思考加速。

 

「姉さんと、ね。……あたしだってして欲しいくらいだってのに」

「美夜さんのお願いなら先生は喜んで受け入れてくださると思いますけれど」

「言わないわよそんなこと! あたしは姉さんに頼り切りになりたくないし」

 

 つん、と、顔をそむける美夜。

 

 姉のようになりたいとは思っているが、姉と同じ道は選ばないらしい彼女。

 自分の限界を嘆くことのある彼女だが、一方でプライドも高いのである。

 いっそのこと万桜のように赤の他人のほうがこういう時は頼りやすいのだろう。

 

「いいんじゃない? 美夜ちゃんは万桜ちゃんみたいに戦う訓練したいわけじゃないんでしょ?」

「ああ、それはそうかも」

 

 あっけらかんと言ったミアが正解か。

 

「相談なら真昼先生にこだわらなくてもいいよね。アイドル路線なら……誰だろ?」

「雫先輩はいかがですか? 可愛いに関しては一家言お持ちかと」

「ああ、いいかも」

 

 平然と「ボクは可愛いからね」とか言える人である。

 

「美夜はもっと可愛くしたほうがいいよ」

「なによそれ、あたしが可愛くないってこと?」

「や、えっと。可愛いけどたまに可愛くないっていうか」

「あんたね。お洒落するとき未だにあたしや奏音頼りのくせに生意気なのよ」

 

 うん、美貌やファッションセンスは疑っていない。

 お高くとまってしまうところや素直じゃないところが弱点だなっていうだけで。

 

「でも、うん。美夜はそういうところが可愛いのかも」

 

 呟くように言うと彼女は顔を真っ赤にして、

 

「なんで急に褒めだすのよ、ばか」

 

 万桜は心の中で「それだよそれ」と思った。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「……はい、採寸はこれで終わり」

「ありがとうございます、先輩」

「ううん。いつもやってることだし、けっこう楽しいから」

 

 服飾部。

 心奏のクラブ活動の一つであり、メンバーは普通科の生徒が中心。

 年に複数回あるライブの衣装はここで作られるものも多い。

 

 今日は採寸のために四人揃ってやってきた。

 担当してくれたのは普通科二年の女子の先輩である。

 彼女はみんなの数値をメモした紙を手渡してくれつつ、

 

「でもすごいね、小鳥遊さん。またサイズ上がってるよ?」

「あはは。どこまで大きくなるんでしょうね、これ」

 

 胸が大きくなるとブラを買い換えないといけない。

 女子の下着をつけるのはもう日常になったが、それだけに「サイズが変わって下着も変えました」はなかなかに恥ずかしい。

 あと美夜が「ぐぬぬ」って顔してるのが怖い。

 彼女は彼女でナイスなスタイルしているのだから気にしなくてもいいのに。

 

「ごめんね、椎名くん。作るの大変じゃない?」

 

 遠巻きに結果を待っている衣装担当の少年を振り返ると──彼は「こっちに振るな」とばかりの顔をした。

 

「えっ!? ……い、いえ、前もってわかっていれば問題ないですから」

 

 顔が真っ赤である。

 振るなもなにも女子のボディサイズである、興味津々だろうに純情な男だ。

 美夜がふん、と鼻を鳴らして、

 

「万桜。『大変だ』って言われてもなにもできないんだから余計なこと言うんじゃないわよ」

「む。そしたら頑張って自分で縫うよ。それかプロの『歌姫』に頼むとか」

 

 ここで言うプロとは裁縫的な意味である。

 

「万桜ちゃん裁縫できるようになったのー?」

「わたしだって日々努力してるよ、ミア」

「はい。お姉様も最近は小さな繕いものなら自分で修繕を試みております」

 

 衣装の直しは服飾部に頼むし、なかなかそんな機会もないが。

 計測担当の先輩は万桜たちの会話を興味深そうに聞いて、

 

「担当だし、計測も椎名くんにお願いしたほうが良かったかなー」

「ええっ!?」

 

 お? この先輩、年下男子をからかう気まんまんだな?

 思ったよりいい性格していそうな彼女にここは乗ってみる。

 

「わたしはそれでもぜんぜん」

「えええっ!?」

「お姉様。ぐみn……殿方に気軽に触れさせるものではないかと」

「そうよ。裁縫担当って言ったってアマチュアじゃない」

 

 椎名少年、奏音たちに「いいぞもっと言ってやれ」と視線を送る。

 なかなかに見どころのある青少年である。

 下手に欲望むき出しの奴らよりもサービスしてやる気になる。

 

「いいじゃない。椎名くんとはけっこう親しい仲だし」

 

 わざとらしく腕組みして胸を強調してやる。

 さっきまでは計測のために下着姿だったわけで──健全な青少年ならその姿を想像してしまうのも無理はない。

 ここで先輩、にやりと笑んで乗ってくる。

 

「じゃあ、そろそろ名前で呼んじゃう?」

 

 そう来るか。

 万桜はもと男子だ。別に男子を名前で呼ぶことに抵抗はない……かと言うと、まあそれはそうでもない。

 ぶっちゃけ同性だろうと必要がなければ苗字で事足りてしまうわけで。

 名前で呼ぶということはどこか特別感があって照れくさい。

 とはいえ椎名とはそこそこ長い付き合いだ。

 

「椎名くんが良ければ……わたしはいいよ?」

「む、無理です!」

 

 少年はとうとう限界まで真っ赤になり、首を振って宣言した。

 

「先輩も、からかわないでください!」

「あはは、ごめんごめん。椎名くん可愛いからつい。ね?」

「わかります。なんとなくわんこみたいと言うか」

 

 どんな犬種だろう、牧羊犬とかだろうか?

 なおも妙な方向にトークを広げようとする万桜たちだったが、椎名はこほん、と咳ばらいをして軌道修正、

 

「それにしても、今回はなんだか普通ですね? いえ、普通過ぎてライブで使う衣装ではないような」

「いいのよそれで。今回の趣向にはそれくらいのほうが」

 

 あっさりと答える美夜。

 そこからは真面目な相談が始まって──しばらくして、万桜たちは服飾部を後にした。

 

 

 

 

 

「それにしても意気地のない男ね。万桜ってあんなのがいいわけ?」

 

 本人がいなくなった途端にばっさりだな?

 

「別にそういうのじゃないよ。なんていうか、友達? 裏方的な意味での相棒?」

「美夜ちゃん、意気地って? 万桜ちゃんのおっぱい触りたい! みたいに言って欲しかったの?」

「それはそれで論外。女を落としたいなら最低限の体裁くらい取り繕えなきゃ」

 

 じゃあどうすればいいんだよ。

 女子が好き勝手に語る「男子とはこうあるべし」を素直に受け取るとひどいことになりそうである。

 まあ、万桜もあんまりガツガツしてる男はどうかと思うが。

 

「万桜ちゃん仲良さそうだったよね。本当に付き合っちゃえばいいのに」

「ミアさん、めったなことを言わないでください!」

「あはは、そうだね。椎名くんが告白してくれたらちょっと悩むかも」

「お姉様まで!」

 

 奏音が悲鳴を上げるが、彼ならわりと優良物件ではなかろうか。

 『歌姫』へのリスペクトがあるし、やりたいことの方向性もわりと合っている。

 ガツガツしていないので頻繁にえっちなことを要求してきたりもしないだろうし。

 

「あ、でも、わたしが海外行くことになったりしたら大変だよね。そのへんも考えないとだめかあ」

 

 そもそも椎名は自分から告白してくるタイプじゃないし、なかなか世の中ままならないものである。

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