性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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一年生最後のライブ

「……今回が一番大変だった気がするわよ、ライブの準備」

 

 ライブ内容の最終決定を終えた後、美夜はそんな風にこぼしていた。

 そんなことを言いながら、彼女の瞳にはやりきった感が溢れている。

 

「こういうのも悪くないんじゃない? っていうか、どっちかって言うとあたし好みよね」

「そう? 美夜はもっとストイックなのが好きなのかと思った」

「十分ストイックじゃない。もちろん、見栄えがするのも悪いことじゃないけど」

 

 今回は、能力を用いて飛んだり跳ねたりするパフォーマンスとは趣向が違う。

 確かにそういう意味ではストイック。

 方向性が決まった後、具体的な内容で頭を悩ませ──最終的に知り合いの商業漫画家の先生まで巻き込んで作り上げた演出は、うまく行けばなかなか面白いものになるだろう。

 もしも、うまく行かなかったとしても。

 

「せっかく頑張ったんだし、楽しんでやろう」

 

 万桜は微笑んでそう告げた。

 美夜が、ミアが、奏音が頷く。

 

「やってやるわよ、あたしたちが一年間のほほんとしてたわけじゃないって見せてやるわ」

「今回も思いっきりやろうね」

「ええ、一年生最後に相応しい舞台にしましょう」

 

 三学期の日々はあっという間に過ぎていった。

 通常の授業、プライベートでの特訓、ライブの準備、生徒会の仕事、その他もろもろ。

 慣れてきたので目まぐるしさはそんなに感じなくなってきた。

 代わりに、気づくと「もうこんなに過ぎたの!?」となってしまって少し困る。

 

 ともあれ、それだけの成果は出ているはず。

 

 それぞれの想いを載せて、年度末ライブが始まった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

『というわけで始まりました年度末ライブ、今回の司会は二人体制でお送りします♪』

『雫先輩とおしゃべりするのは楽しいですけど……これ、わたし一人じゃ盛り上げ足りないってことですか?』

『なに言ってるの。万桜ちゃんとボクで可愛いが二倍ってことだよ』

 

 前回に引き続き、万桜はメイン会場で司会を務めることになった。

 みんなの前でトークするのもこれで二回目、初回よりは緊張していない。

 雫の天然めいた独特のしゃべりのおかげで間ももちやすい。

 

『ちなみに司会の様子はライブ配信してるので別会場でも見られます』

『他の会場の様子もボクたちにちゃんと見えてるから安心してね?』

 

 各会場に据え付けたカメラを通して万桜のデバイスへ映像が転送、それを脳内に流し込んで逐一把握する。

 こうすることで他会場の野次に反応することも可能だ。

 まあライブ中は口を挟めないのでなかなかそんな機会もないが。

 相方に雫が選ばれたのは、思考加速がないと映像を処理しきれないため。

 

 前回、万桜の交代要員を務めた瀬奈は別会場で司会を務めている。

 

『試験対策とライブの準備でボクもう寝る暇もなかったよ』

『雫先輩、そう言いながらお肌つやつやじゃないですか』

『うん、夜寝る暇がないから授業中にぐっすり』

 

 あまり心奏の内情に詳しくない外部の人は「あるある」と笑っているが、詳しい人や内部の人間は「そんな暇あるわけないでしょ」という顔をしている。

 実技中心のこの学校で授業中に居眠りとは。

 平気な顔でボケをかます雫はさすが、度胸と場数が違う。

 

『雫先輩なら寝ながらダンスできそうですよね』

『え、万桜ちゃんできないの? だめだよ練習しとかないと』

『え、打ち上げの余興とかですか?』

 

 これ、ライブの司会って言うより漫才なのでは?

 

『というわけで、みんなが寝る間も惜しんで作り上げた舞台、今回も良い感じになってると思うよ♪』

『どうぞ心ゆくまでお楽しみください♪』

 

 ばっ、と、ステージのほうを示した万桜と雫は、ぱっぱっ、と中央からステージ端、そしてステージ下へとそれぞれ一瞬で移動してみせる。

 間の空間に誰もいない、誰も来ない保証があって、ある程度落ち着いた状態ならほぼ確実に超高速移動を決められるようになってきた万桜である。

 

 そして、ステージでは一発目のユニットが登場。

 

 大量に詰めかけた観客が熱狂の声を上げる。

 今回のライブもまた、大盛況の中で幕を開けた。

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

 今回のライブもまたすごい熱気だ。

 会場内で、彼は何度目になるかわからない感想を抱いていた。

 

 彼は『心奏学院通』を自称するしがない歌姫マニアだ。

 残念ながらここに通うことはできなかったが、その分さらに心奏へのこだわりは強くなった。

 大学時代からはどうしても外せない用事がない限りライブや学園祭等のイベントのたびに心奏へ通い、サイリウムを振り、グッズを買いあさっている。

 

 何しろ心奏学院のイベントは規模が大きい。

 通常、ライブイベントというのはグループ単位で行われることが多い。

 多くても兄弟、姉妹グループとの共演程度。

 このイベントのように数十から百のユニットが次から次へと歌やダンスを披露するイベントは決して多くない。

 

 まして、彼女たちは全員が難関に合格した『歌姫(ディーヴァ)』の卵だ。

 将来的にはいろんな事務所に分かれてそれぞれ大きな戦力として花開いたり、別分野で多大なる功績を残すことになる。

 そんな彼女たちが一堂に会するイベントなんてお得感しかない。

 

 物販、飲食関係も充実。

 

 自前の会場で自前の女の子たちを踊らせているうえ、地元の商店なんかが協賛しているために価格はかなりお手頃。

 ライブにあたっては船や高速便もかなり本数を増やしているため行き来も気軽だ。

 もちろん、デビュー前の子たちなのでプロに比べれば拙さは残るものの、それもまた良い。

 半分素人の今だからこその輝きというものもあり、彼はむしろそうしたところに魅せられていると言っていい。

 

 ──会場が複数に分かれていて身体がいくつあっても足りないのが玉に瑕。

 

 彼のような常人では後でアーカイブを網羅するだけでも時間が溶けていってしまう。

 物販等々にお金を落とすのも当然として、それを稼ぐ必要もあるとなると……ああ、本当に忙しい。

 

 さて。

 

 彼には特にお目当てのユニットがいくつかあった。

 一年生の頃から「これは」という子に目をつけて追いかけることが生きがいの彼──今、一番注目しているのは『Canon's Cats』だ。

 小鳥遊万桜と小鳥遊奏音の双子姉妹、そして松陰美夜と明星ミアの対照的なコンビ。

 二人ユニットで歌を披露することもあった四人が一つのグループとなってさらに魅力を増した一年生トップクラスユニット。

 

 これまでの舞台も素晴らしいものだった。

 

 自由な発想で目新しいライブを提供してくれる万桜たち姉妹。

 真っ当な努力の積み重ねと試行錯誤によって高い完成度を示してくる美夜たちコンビ。

 ライブのたびにネタを変えながら驚きと感動を与えてくれた彼女たちの舞台が、

 

「始まる」

 

 熱狂の中だというのに逆に静まり返っていくかのような錯覚。

 ステージを照らす照明が落とされ、舞台に姿を現す一人の少女にスポットライトが当てられる。

 曲はクラシック。

 しかし、歌は。

 

「オリジナルか……!?」

 

 既存の曲に独自の歌詞をつけた半オリジナル。

 マッチングの難しさはあるし、作曲も独自にこなす方が評価されがちではあるものの──下手に両方を素人が手掛けるよりも完成度は担保しやすい。

 今まで既存曲と歌詞を用いていた彼女たちが、ここに来てオリジナルの歌詞。

 

 さっそくやってくれたな。

 

 にやりとしながら歌とパフォーマンスを追っていく彼は、程なく違和感を覚えた。

 

「なんだ、これは」

 

 メンバー挨拶もないままに始まった舞台。

 最初に登場したのはお姫様のようなドレスを纏った──小鳥遊万桜。

 外国の血が入っているという白い肌と整った顔立ち、日本人離れした銀髪と赤目にはドレスが良く似合う。

 結い上げられた髪に、トレードマークのピアスも映えている。

 彼女が澄んだ声で高らかに歌い上げるのは歌。歌だが。

 

「ミュージカル」

 

 歌にはストーリーがあるものだが、今回のそれは特にストーリー性が強い。

 状況説明、と言ってもいい。

 万桜扮するお姫様はみなから愛され幸せに暮らしていた、そのままならいずれ素敵な旦那様と結婚して家庭を築くはずだったのに──ある日、彼女は何者かによって殺されてしまう。

 万桜の持つ光のエフェクトが歌が進むと共に暗い闇のエフェクトに変化、お姫様の死が告げられると同時にステージは真っ暗になる。

 

 広いステージを縦横無尽に使っての独り舞台。

 ステップを踏み、大きく振り付けを披露し、テレポート──テレポート? 一年生が!?──を駆使してあっちこっちへ移動しながら話のプロローグを歌い上げると。

 

 空中に、まるでスクリーンがあるかのように情景が浮かび上がった。

 

 幸せなお姫様の姿。血を流して倒れるお姫様の姿。城の見取り図と思しき図面。

 それらをバックにしたまま、今度は次々に奏音、美夜、ミアが現れる。

 

『あなたがお姉様を殺した!』

『いいえ、あなたが姫様を殺した!』

『ううん、あなたがご主人様を殺したの!』

 

 妹姫、筆頭文官、お付きのメイド。

 彼女たちは互いに罵り合いながら自分のアリバイと相手への疑念を語る。

 

 追加されていく背景映像。

 プロジェクションマッピング──ではない。

 いや、やっていることは同じだろうが、実現しているのは能力だ。

 

 入り乱れる思惑、次々に増える情報。

 愛憎渦巻く人間関係の行方は、と、いつしかハラハラしながらのめりこんでいると、

 

『わかりました。犯人は』

『わかったわ、犯人は』

『わかった、犯人は』

『犯人はあの女』

「いや、だから誰が犯人なんだよ!」

 

 思わず声に出してツッコミを入れてしまったが、誰も彼に「うるせえ」とは言ってこなかった。

 だいたいみんな同じ感想だったからだろう。

 歌が終わり──曲が終わるまでの間、退場していた万桜も加わって四人がステージ上を入り乱れる。

 飛行も駆使した追いかけっこ。

 誰もがお姫様を守ろうとしているようであり、お姫様を狙っているようでもあった。

 

「これ、正解を言わないやつか」

 

 いやらしい仕掛けにも程がある、と彼は思った。

 思った通り、そのままパフォーマンスは終了。

 退場していく万桜たちにざわざわと喧騒が大きくなっていく。

 

「おいおい、ひょっとして『ヒントは全部出した』っていうのか?」

 

 彼女たちがやったことは単純と言えば単純だ。

 本来なら長時間を要するミュージカルを数分に凝縮して演じた、それだけ。

 ただし単に要約するのではなく、必要な情報はきっちり入れ込んだ。

 歌とダンスを魅せるためと説明のための両方に使うのはもちろん、背景として投影された映像が補足説明の役割を果たしている。

 映像のおかげで「どんな話なのか」は最低限ぱっと見でわかるし、歌詞を一度で聞き取れなくても大きな問題にはならない。

 

 ミステリーというのも妙だ。

 必然的に考え込んでしまうため、その時点で物語に引き込まれている。

 現に今だって答えについて考えてしまっているし、周りにも「結局誰が殺したんだ?」「あいつじゃね?」と囁き合う声が絶えない。

 映像の中のお姫様は血を流して倒れていたが……待て、あれは「どこから」血を流していた? 口元も汚れていなかったか?

 血の出どころが傷による出血ではなく吐血なら? 毒殺だとすると怪しいのは……いや待て、そもそも「他殺」だという決定的なサジェスチョンはあったか?

 

「ああ、駄目だ。今すぐアーカイブで見返したい」

 

 必要な情報が含まれているのだとしても、一度で犯人を当てるなんて不可能だ。

 そうなると映像で端から端まで見返す必要があり……そうなると、あれだ、彼女たちのインプレッション数が一気に増加することになる。

 

「ほとんど反則だろ、これ」

 

 似たような仕掛けはもちろん過去にもあった。

 が、それほど多く用いられる手法ではない。

 特に学内ライブならなおさら。なにしろ、ざわめきが収まらないせいで次のユニットへの注目まで食ってしまっている。

 加えて言うなら、この手の手法は失敗した時に冷えっ冷えになる。

 少なくともストーリーに感情移入できなければ「で?」と冷たい感情か湧いてこない、それが大多数を占めればもう目も当てられない。

 リスクを考えれば普通にライブしたほうがマシという結論になりやすく、そういう意味で、彼女たちはよくやった。

 

 後から知った話だが、構成にはプロの漫画家が関わっていたらしい。

 

 加えてライブの翌日、万桜の個人SNSにて「回答編は一週間後」とサジェスチョンがあった。

 予告通り、追加の映像がきっちりライブの一週間後に公開されて──このためだけに撮影して動画編集までしたのかよ! と驚かされた。

 

「くそ、やられた」

 

 これで歌もダンスもしっかりしてるから憎い。

 彼は当然のように、自身のブログに長文の感想をUPすることになった。

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