「蛍先輩、卒業おめでとうございます」
「ささやかながら、お祝いの品です」
「ありがとう、万桜ちゃん、奏音ちゃん」
試験が終わればその後はすぐ修了式がやってくる。
が、その前にもう一つ重大なイベントがある。
卒業式。
万桜たち一年生にとっても他人事ではない。
別学年と言っても歌姫科の三年生は同じ寮で過ごした仲だし、親しい先輩──
心奏学院でも卒業式の流れはそんなに変わらない。
学院長からの挨拶があり、送辞と答辞があり──生徒たちのすすり泣く声を聞きながら式が終わる。
式の後は講堂の前に人だかりができ、後輩が花束を渡したり、みんなで記念撮影をしたりといった光景が見られた。
万桜たちも蛍には記念品を贈った。
「花束にしようかと思ったんですけど、被るとすごいかさばると思ったので」
「あはは、私、そんなに人気ないと思ってたんだけど……」
蛍には抱えきれなくなりそうな量の花束が贈られていた。
人気がないわけがない。
彼女にお世話になった生徒は大量にいるはずだ。
そう、主に普通科の男子とか。
蛍の裏アカ情報は学内SNSでも密かに共有されており、蛍の隠れファンは十分すぎるくらい多いのである。
「このブランド、結構高いやつでしょう? もしかしてアクセサリ?」
「はい。チョーカーなので、いざとなったら花束を縛るのにでも」
「もう、せっかくの贈り物にそんなことしないよ」
消えものじゃないプレゼントというのはなかなかに気を遣う。
気に入らなくてもなんとなく捨てられないし、たまっていくとけっこうかさばる。
サプライズなんてできればしないほうがいいのだが、しかし事前に言ってしまっても興ざめだしとけっこう悩んだ。
「チョーカーなら自撮りとかコスプレにも使えるかなって」
「うん、ありがとう。これ以上花束もらったら運びきれないところだったよ」
果たしてこれで打ち止めかは怪しいところではあるが。
「そうだ、二人とも。ちょっと付き合ってくれる?」
さては蛍、逃げる気だな?
卒業式の後は二、三時間ほど昼食も兼ねた休憩的な時間があり、その後で記念イベントがある。
なので卒業生も在校生もちょっとだけ暇なのである。
そうして、蛍に連れられて行った場所は、SM研究会の部室。
彼女はドアロック解除をあえて申請しないまま、ドアの表面に触れて。
「前にも言ったけど、部長は万桜ちゃんにお願いするね」
「わたしで本当にいいんでしょうか? いえ、これも前に言いましたけど」
「いいの。あの子に頼むのはちょっとその、いろいろまずいから」
そこまで言われるもう一人の部員とはいったい──。
「ひどい、蛍。私、部長くらいちゃんとできるのに」
部員はここに全員いるのに、向こうからドアが開いた。
いや、正確に言うともう一人いることをちょうどいま頭に思い浮かべたばかりだ。
少女。
蛍と同い年であれば二歳年上のはずなのでその形容もどうかと思うのだが、印象としては「年下?」といった感じの女生徒だ。
背が低めで、華奢な体形。
胸も慎ましやかなせいで実際以上に小さく見えるのだろう。
(逆に万桜や奏音は一部のサイズのせいで大きく見られがち)
髪は、おかっぱに近いボブ。
前髪が長くてメカクレ気味なのはこの部の伝統かなにかか?
ここまで言うと影が薄そうに思えるが、決してそんなことはなく……むしろ彼女は、かなり印象的な見た目をしていた。
「あげは……!? 来るって言ってなかったのに」
「どうせ『無理しなくていい』って言われるから黙ってた」
首、手首、足首に無造作に巻かれた包帯。
耳には複数のピアスが装着されており、両手の爪には暗い色合いのマニキュア。
さすがに眼帯まではしてなくて良かった、と思わず考えてしまうくらいのインパクト。
「あの、もしかしてこちらが……」
「うん。この子がうちのもう一人の部員、
「あなたたちが新しい部員? ……よろしく」
蛍以上に大人しい性格なのか、小さな声でぼそぼそと喋る彼女。
大丈夫かこの人。
いや、頭のほうではなく、怪我だか病気だかはちゃんと治ってるんだよな……?
◇ ◇ ◇
「あげははね、能力訓練の最中に大怪我をして入院していたの」
「大怪我って……」
奏音が万桜のほうを見る。
たしか二年生の途中からだと言っていたので万桜よりは短いが、
「そう。テレポートの自主練で手足ばっきばきに折った」
「うわ」
わが身に起こってもおかしくないそれに思わず顔をしかめる。
「ですが、その程度であれば一年以上もかからないのでは?」
「本当なら半年もしないで戻ってこれたのに、無茶したからなんだよ」
「無茶?」
視線を向けると、包帯まみれの先輩はしれっと。
「入院費ケチって本土の病院に入った。あと、こう、趣味でいろいろ」
「興味本位で治りかけの指をもう一回折ったり、腕が治ったら治ったでリストカットしたりいろいろしたんでしょう?」
「そうとも言う」
あちこちにある包帯はそういうことか……!?
「期間の半分以上は通院でのカウンセリングだったって聞いたけど……」
「おかげでいろいろ遊べた」
あ、この人だめな人だ。
しかもだめさ加減がやばい。
そりゃ万桜も未だに少年マンガのノリが抜けないし、奏音はシスコンだし、美夜も別方向のシスコンだし、ななせなんか生徒を狙っているが。
彼女──あげはのだめさは群を抜いている。
「あげははね、万桜ちゃんたちと同じでうちをたて
「なんだ。同類なら早く言ってくれればいいのに。確かにその身体なら縄とか映えそう──」
「わたしたちは入った時はちゃんとわかってましたから!」
部活リスト眺めてた時にちょっと勘違いしただけじゃないか。
っていうか、同類と見るや急に早口で喋り始めないでほしい。
「ええと……つまり、鹿沼先輩は痛いのがお好きな方なのですね?」
「苦痛は神が人に与えた最高の快楽。みんなは苦痛の素晴らしさをわかってない」
気持ちよくないから苦痛って言うんだろうに。
「あの、蛍先輩? 鹿沼先輩って、わざと自主練に失敗──」
「そう思った先生がいっぱいいたからカウンセリングを受けさせられてたんだよ……」
失敗してないか、カウンセリング。
「あげはも無理に人を勧誘したりはしないんだよ? でも、この子に任せたら……」
「危険思想の女の子か、邪な男子しか寄ってきませんね」
「万桜だっけ。会ったばかりなのになかなかひどい」
「先輩にも原因があると思うんです」
ここで、蛍がすいっと部長権限の委譲手続きを進めてきた。
隣の奏音にも見える形で表示された承認ボタンを迷わず選択。
「はい。これで次期部長は万桜ちゃんに決まりました。よろしくね」
「精一杯務めさせていただきます」
「仕方ありませんので、わたくしもお姉様のサポートをしますね」
「……あれ、私、全然信用されてない?」
うん。
あの生徒会長、絵理華でさえ言葉を濁した意味はよーくわかった。
◇ ◇ ◇
蛍は万桜と奏音に何着もの衣装まで譲ってくれた。
実家に送るのも大変だし、卒業後は一人暮らしで大学通いなのであまり荷物が多くても困る。
万桜たちでも着られるものはぜひ使ってくれ、とのこと。
「万桜ちゃんたちとはあんまり湿っぽくならなくていいよね? イベントの時とか会えるだろうし」
「その気になったらテレポートで会えますしね」
会える機会は減るだろうが、これでお別れって言うほど疎遠にもならない。
場所さえ教えてもらえば万桜だってテレポートで会いに行けるようになる。
というわけで、蛍とは笑顔で別れることにした。
「あげはのこと、よろしくね」
「これからは同級生だから、遠慮しなくていい。よろしく万桜」
「うん、わかった。よろしく、あげは」
「……普通もうちょっと遠慮するものじゃない?」
日頃の行いのせいではなかろうか。
ともあれ。
四人で食事をした後、蛍はイベントの準備のために離れていって。
万桜たちは入学記念ライブでも使ったあの会場へと移動した。
『それでは! これより卒業記念ライブを開催いたします!』
このイベントに関しては生徒会も深くは関わっていない。
企画書の提出は受けたしタイムテーブル等々も逐一確認・承認しているものの、主動は三年生たちである。
なにしろこれは、
「三年生全員で作る、最初で最後のライブイベント……!」
当然メディアやファンも大勢詰めかけてすごい賑わいである。
生徒というだけで席が確保できるのだから、やっぱりかなりの役得。
そうして行われたライブは、あっという間に終わった。
時間にしたら二時間くらいあったはずなので十分長いのだが──いろんなユニットが入れ代わり立ち代わり現れて目まぐるしく曲を披露するので時間を感じる暇がなかった。
蛍も、友人たちと一緒に楽しそうに歌っていた。
「ねえ、万桜? あたしたちも二年後にあれをやるのよね?」
ライブが終わった後、美夜が席に座ったまま呟くように言った。
「そうだね」
課題を成功させられなければ留年もありうるのだが。
敢えてそれは言わずに、こくりと頷く。
「やろう。みんなで。二年後に、必ず」
卒業。
入学時には遠い夢だったはずのそれが、少しずつ、現実的なビジョンになってくる。
今はまだ先の話に思えるが、きっと、そんなことを言っているうちにその時が来てしまうのだろう。
だから、絶対に後悔しないように。
◇ ◇ ◇
「ごめんね、みんな。……みんなは必ず卒業してね?」
一年次の進級課題『飛行』の期限が来て。
万桜たち一年生からも「留年せずに転校」する生徒が出た。
──みんな、と言った矢先の出来事である。
もちろん、試験結果が出た時点でわかっていたことではあるのだが。
わかってはいてもやっぱり胸は痛んだ。
安定して飛行を成功させられなかった一年生は数名。
うち何人かは留年を選び、その中の一人は心奏を諦めて転校を選んだ。
なんとか続けられないのか、という話はもちろんした。
しかし、彼女の場合は経済的な事情と両親の意向があった。
『私だってここにいたい。でも、これ以上迷惑はかけられない』
心奏は国立なうえに費用的なサポートが充実していて金銭面では不自由しないほうだ。
とはいえ、一人暮らしとなると別途費用はかかるし、訓練中に怪我をして入院するリスクも高い。
留年して一年分の追加コストをかけるくらいなら地元の公立高校に入れたほうがいい、と考える親も当然いるのだ。
心奏の進級資格を得られなくても二年生として転校させてくれる学校はけっこうあるらしい。
一年かけて学んだ能力制御が無駄になるわけではない。
倍率が低めでも思考加速があれば勉強効率が上がるし、培ってきた身体能力で体育の成績は間違いなく最高評価だろう。
『
彼女には十分、いろいろな未来が残されている。
それでも。
「なんとかならないのかしらね。……誰も夢を諦めずに済むように」
悔しそうに美夜が言った。
奏音は「気持ちはわかりますけれど」と表情を曇らせて、
「入試の時点で大きくふるい落とされているのです。全員が望む道には」
「それでもよ。なにかあるでしょ。なにか、ほら、積み立てとか」
みんなが少しずつお金を出し合って積み立てて、落第者の救済に使う。
確かにできなくはないかもしれない。
ただ、少なくとも今、転校していこうとしている子には間に合わない。
「万桜ちゃん。これ、持っててくれる?」
「これ……いいの?」
彼女から手渡されたのは制服のリボンだった。
泣き笑いの彼女は「うん」と頷いて。
「良かったら持っててほしいの。私の代わりに」
「……わかった。大切にする」
万桜の制服には生徒会の証である特別なリボンタイがある。
交換できないので、代わりに本来の用途──ポニーテールをまとめるのに使うことにした。
「必ず一緒に卒業するから」
「……うんっ」
この別れは、さすがに涙なしではいられなかった。
こうして一年が終わって、やがて新しい一年がやってくる。