性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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寮の入れ替わり

 三年生たちが卒業すると、寮は少し寂しくなった。

 

「っても、またすぐ一年生が入ってくるんだけど」

 

 とは美夜の談である。

 数日のうちに(能力を駆使した)ハウスクリーニングや設備点検が行われ、新しい一年生へと引き渡される。

 万桜たちが初めて寮室に入った時もぴかぴかだったが、これほど短期間で掃除されていたとは。

 

「さすが、歌姫は出ていくときもバタバタだよねー」

「立つ鳥跡を濁さず、と言いますものね」

「もう一年経つんだよね、ほんと早いなあ」

 

 奏音と一緒に去年一番乗りしたのがつい昨日のことのようだ。

 いや、もしかしたら一番は美夜だったかもだが。

 

「で、あんたたち春休みはどうするんだっけ」

「わたくしたちは部屋に残ります。大した日数でもありませんし」

「帰ってもうるさいだけだからね」

 

 本当はそろそろ顔を見せておいたほうがいいのだろうが、やりたいこともある。

 奏音も「わたくし一人で帰るのも気づまりですし」と寮への滞在を決めた。

 言い訳としては「仕事が忙しい」。

 実際、ひとつふたつ予定も入っているのでまったくの嘘ではなかった。

 

「美夜たちは帰るんでしょ?」

「そりゃ、一応ね。進級の節目でもあるし」

「お祝いにいっぱいご馳走食べさせてもらってくるよ!」

「う、そう言われるとちょっとうらやましい」

 

 でも寮の食事だって美味しいからいいのだ。

 なんならファミレスで豪遊するくらいお小遣い的に余裕だし。

 

 

 

 

 

 

 短い日数ではあるものの帰省組は多いようで、寮はさらにがらんとした。

 

「それでわたしたちが来た時、人が少なかったのかあ」

「そういうこと。万桜ちゃんたちは来るのもすごく早かったし」

 

 のんびりした雰囲気のせいだろうか。

 管理人のななせが、普段はあまり顔を見せない食堂にやってきた。

 笑顔の彼女をふと、万桜は見つめて。

 

「? どうしたの?」

「いえ、ななせさんが普通だなって」

 

 なにをおかしなことを言っているのか、という話だが、要はアレである。

 告白されて以降あったしっとりした感じがなくなっている。

 彼女もすぐに「ああ」と理解して。

 

「新しい子たちも入ってくるし、心機一転、ね?」

「な、なるほど」

 

 切り替え早いなこの人。

 まあ、そのほうが万桜的にも安心か。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「では、お姉様は地下室で特訓ですね?」

「うん。奏音は部屋で勉強?」

「ええ。思考加速をもっともっと鍛えておきたいので」

 

 ななせか、あるいは生徒会メンバーに頼めば行き帰りだけサポートしてくれることになっている。

 授業のないこの時期こそ特訓にはもってこいである。

 

 というわけで、ひたすらテレポートの練習に励むことにした。

 

 ペットボトルの飲み物と菓子パン、おにぎりの類をあらかじめ持ち込んで。

 夕方になるまでひたすら打ち込み続ける。

 

『正直、一度成功させてしまえば上達はあっという間のはずよ』

 

 と、絵理華は言っていた。

 

『正しいイメージができている証拠だもの。後は余計なことを考えなければいいだけ』

『余計なことって、例えば……?』

『例えば、身体が壁にめりこんで爆発するイメージとか』

『怖いこと言わないでください』

 

 能力はイメージ。

 つまり、イメージしたことを実現する力だと言ってもいい。

 なので、失敗を思い浮かべれば失敗するのだ。

 

『論理的に考えなさい。二つのものが同じ座標に存在できるわけがない。そんなことが起こりそうになればどちらかが弾かれる。それが当たり前でしょう?』

『弾かれる?』

『ぶつかりそうになったらどちらかがどく。それを徹底できれば完璧。人のいる座標にテレポートしてしまっても問題は起こらなくなるわ』

 

 蛍や祖母が寮に来る時とか「たまたまそこに人がいたらどうなるんだろう」とは思っていたが、障害物があったら出現位置がズレるのも込みでイメージだったのか。

 まあ、歩いてる人の前に現れたらさすがにぶつかるだろうが。

 

 教えられたことを頭に入れつつ、イメージを構築して短距離テレポート。

 

 ぶっちゃけ、見えてる範囲に跳ぶだけならそれほど難しくはない。

 移動先の光景が考えるまでもなくイメージできるからだ。

 間に荷物などを置いて超高速移動を阻止しても問題なく行ったり来たりができる。

 

「問題はここから」

 

 見えていない場所に移動できるようになるために、目を瞑って短距離テレポート。

 これはさすがに難易度が上がった。

 さっきまで見ていた景色でも頭に思い浮かべるだけだとどうしてもぼやけがちになる。

 

『でも、絵理華先輩? その場所の景色が思ってるのと変わってたらどうなるんですか?』

『慣れてない子だと失敗することもあるわ。でも、慣れてる「歌姫(ディーヴァ)」ならそうはならないはず』

『それは、どうして?』

『感覚で座標を把握しているから。絶対座標ではなく相対座標をね』

 

 要するに「今は東京にいるから心奏の寮まではこのくらいの距離かー」っていうのが跳べば跳ぶほど正確になっていくので、光景をはっきり思い描かなくても跳べるようになる。

 多少失敗しても海の上とか道路の上に出なければ問題ないし、そのへんも「危ないところには出ない」とイメージに組み込んでおけば勝手に座標をずらしてくれる。

 

『ほんと便利ですね、わたしたちの能力』

『だいたいなんでもできるんだもの、それはそうよ』

 

 後の問題はやはり、エナジーの消費量か。

 遠くなればなるほど消耗が大きくなる。

 都度デバイスで計測しつつ試してみると、地下室のそう広くない範囲でさえ距離を変えると変化が出る。

 消耗の大きくなり方も、距離が二倍になれば消耗も二倍、どころではなく、勢い的には二乗になるレベルである。

 

「めちゃくちゃ大変じゃない、これ?」

 

 だからこそ週一の必修で少しずつ練習していくわけだ。

 慣れれば慣れるほど消耗が減っていくのはもうわかっている。

 生活や他の授業でも能力を使って精度もエナジー効率も上がっていくから、二年生の一年をかけて頑張れば誰でも──少なくともここに合格できるレベルの能力があれば習得のチャンスがあるというわけだ。

 本来なら二年生の終わりまでに習得するものを先取りしようとすれば大変なのは当然。

 

「まあ、すぐにぽんぽん使えなくてもいいわけだし」

 

 とりあえず部屋とここを自力往復できるようにさえなれば自主特訓が捗る。

 

「エナジーを計測できるのもいいよね。なんか戦闘力測ってるみたいでわくわくする」

 

 何度も同じ距離を跳んでいるとちょっとずつ消耗が減っていくのを見てにまにましつつ、万桜は特訓を続けた。

 

「お疲れ様。……随分頑張ったのね? 万桜さんのにおいで部屋がいっぱいよ?」

「え? あれ? そんなににおいますか?」

 

 迎えに来た絵理華にそんなことを言われて、消臭スプレーは持ってこなかったのに、と後悔。

 すると生徒会長は「大丈夫」と苦笑して軽く手を振った。

 それだけで空調が追いつかずこもりがちだった空気が森の湖畔かなにかのような清浄なものに変わる。

 

「便利ですね、それ。難しいんですか?」

「やろうと思えば簡単よ。少なくともテレポートよりはね」

 

 ちょっと早めに迎えに来た絵理華は万桜の成果を見てくれた。

 そんなことを何日か繰り返して──万桜が、どうにか寮室と地下室を安定して往復できるようになったのは、新入生受入日の前日のことだった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「今日から新入生が来るのかあ」

「なんだかどきどきするね、万桜ちゃん?」

「うん。『お前なんかが先輩だなんて認めねぇからな?』とかいきなり言われたらどうしよう」

「万桜ちゃん、歌姫科に不良はたぶん入ってこないと思うよ?」

 

 受入日初日の朝。

 万桜は奏音と、それから一年生──四月から二年生になる旧一年生のほうだ、ややこしい──何人かと一緒に朝食を摂った。

 残留組は少ないので自然と同学年で固まる形となった。

 先輩方もいつもより人数が少ないので思わぬ交流もたまに起こったり。

 

「と言っても初日ですし、一人も来なくてもおかしくないのでは?」

「あー。普通の学校だと卒業式終わったばっかりだもんねえ」

 

 普通は引っ越しの準備とか卒業祝いで外食に行ったりとか家族と別れを惜しんだりとかいろいろある。

 気合入りまくっていた美夜や、病院からここに直行した万桜が特別なのである。

 

「どうやって迎えればいいか、人の少ないうちに考えておこっか」

「基本的には不干渉でいいのでは? 挨拶を欠かさず、困っていたら声をかける程度で十分でしょう」

「奏音ちゃんってちょっとドライっていうか、すごく普通だよね」

 

 普通でなにが困るのか。

 ……って、うざくはないが正論すぎてちょっとつまらないってことだろう。

 ささやかな苦情に奏音がちょっと困った顔をするので、

 

「旗でも振って歓迎してみる?」

「万桜ちゃんはちょっとやりすぎ」

 

 姉妹揃ってダメ出しをされた。

 美夜たちがここにいたらどうだったか。

 美夜なら「そんなの放っておけばいいのよ。あたしだったら馴れ馴れしくされるほうが嫌。無視してくれた方が楽ね」とか言いそうだし、ミアはなんか気づいたらみんなと仲良くなっていそうだ。

 

「でも、先輩たちも基本不干渉って感じだったよね?」

 

 窓から見られていたかもしれないが、部屋につくまで誰かに声をかけられたりはしなかった。

 それを思い出しながら呟くと、

 

「そう? 私は部屋まで案内してもらったよ?」

「私も、初日に先輩と仲良くなった」

 

 なんですと?

 

「もしかして早く来すぎて、声をかけてもらうタイミング逃した?」

「万桜ちゃんたちは最初から二人一緒だったからそれもあるんじゃないかなあ」

 

 せっかくなので近くにいた先輩に聞いてみたところ「しっかりした妹さんがいるから心配ないと思った」とのこと。

 なるほど、でもまあ基本的に奏音の言った通り「困ってたら声をかける」なんじゃなかろうか。

 

「わたしも困ってる子がいたら声をかけてみよう」

 

 そうそうそんな場面には出くわさないかもだが。

 そう思っていたところ──。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、万桜先輩! 奏音先輩!」

 

 食事を終えてロビーに出たところで『新入生』から声をかけられた。

 ……いや、早くない?

 っていうか向こうから声をかけられたし。

 しかもなんで名ざしなのかと思ったら、

 

「瀬奈先輩、もしかして急いで来ました?」

 

 荷物を抱えた元・普通科二年──四月からは歌姫科の一年生になるギャル先輩こと藤原(ふじわら)瀬奈(せな)だった。

 彼女はぷくっと頬を膨らませると「違いますよー」と言って。

 

「ウチはこれから後輩なんですから。こ、う、は、い♪」

 

 なんでそんなに楽しそうなのか。

 いや、念願の歌姫科に入れたからに決まってるか。

 ぐぬぬ、やっぱりこの人を後輩扱いしないといけないのか……と思った万桜だが、思ったよりは心理的抵抗がなくなっているのに気づく。

 あれか、この間、二年年上の先輩を同級生扱いしたおかげか。

 瀬奈はちゃんと上級生してくれていたのでちょっと勝手が違うが。

 ふう、とため息をついて、

 

「わかった。これからよろしくね、瀬奈──ちゃん」

「瀬奈さん。あらためてよろしくお願いしますね」

 

 彼女は「もう一声」という表情を浮かべたものの、ひとまずそれで納得することにしたのかすぐににっこり笑った。

 それからくるっと一回転して、

 

「ところでなにか気づきません?」

「うん。デバイス、チョーカーにしたんだ。よく似合ってる」

 

 彼女の首には真新しいチョーカー型デバイスが装着されていた。

 歌姫科への転入が許可され、デバイスの購入もできるようになったのだ。

 

「えへへー。本当は万桜先輩みたいにピアスにしたかったんですけど、全部馬鹿みたいに高いんですよね」

「うん、本当にこれは高かった。自分じゃとても買えない」

「だからお値段お手頃なこれにしました。でも、スマホよりめっちゃ楽だし可愛いしテンションめっちゃ上がります」

 

 これに奏音がくすりと笑って、

 

「なんだか瀬奈さんならまったく問題なく過ごせそうですね」

「そんなことないですよー。ウチだって緊張してるんです。同室の子がどんな子になるのか、とか」

「そっか、そう言えば普通、知らない子と同じ部屋になるんだっけ」

 

 万桜たちは姉妹で同室だったのですっかり忘れていた。

 いや、ミアたちを見ているので忘れてはいないんだが、彼女たちは彼女たちである意味姉妹っぽいというかなんというか。

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