「なんか、同室の人と入寮別々になるとちょっと損した気分になりそう」
「そうでしょうか? 荷解きが同時となるとバタバタしてしまいそうですが」
そういう考え方もあるか。
「ほら、新しい部屋の感動が半減しちゃいそうかなって」
「なるほど。わたくしたちはまっさらな状態でしたものね」
ただ、果たして「迎える側」と「迎えられる側」どちらが気楽か。
考えてみたけれど難しい問題だった。
「そういえば、あげはは部屋どうなったの?」
心奏の服飾規定がゆるいのをいいことに包帯やらピアスやらを装着しまくった小柄女子──本当は今回卒業する学年だったのに一年半も休んでいたファンキーな生徒である。
卒業式に顔を見せた後、四月からの復学に備えて寮に戻ってきている。
話しやすいのが万桜と奏音だからか、食事の際は一緒になることが多い。
美夜たちが帰省中なので万桜たちとしても賑やかでいい。
汗をたくさんかきながら激辛麻婆豆腐に舌鼓を打っていた彼女は「引っ越した」と答えてくれた。
「万桜たちと同じ階、部屋が余ってたから一人で豪遊」
「あげはさんが一人……事件が起こったりはしないでしょうか」
「でも、年下の子にあげはのお守りをさせるわけにも」
「失礼。リカバリーできないようなミスは犯さない」
いや、そもそも自傷行為に手を染めるんじゃない。
「聞きたかったんだけど、その包帯って」
「手首切った痕を隠すためもあるけど、大半はファッション」
「ああ、うん。なら良かった……のかな?」
「あげはさんの部屋にはこっそり監視カメラが設置されているかもしれませんね」
などと、どうなんだこの話題? と言いたくなるような会話を繰り広げていると、
『小鳥遊先輩!』
妙に通りがよく聞き取りやすいのにやかましくはない、不思議な声に呼びかけられた。
振り返ると、そちらの方向には二人の少女。
「やっほー、万桜先輩♪」
「瀬奈ちゃん。……と、そっちは」
「ウチの同室の子だよー」
ぺこり、と、頭を下げてくれたその子はとても可愛らしい雰囲気だった。
ぱっちりした瞳、愛嬌のある笑顔。
少女マンガのヒロインというのはこういう子なんじゃないか、と思えるようなオーラがある。
『
「
「同じく
少女──雛は少し恥ずかしそうにしながら『はい、知ってます』と頷いて。
『わたし、小鳥遊先輩──万桜先輩に憧れて心奏を受験したんですっ!』
話を聞いていた、というか聞こえていた周りの生徒たちから「おおー」と声が上がる。
「良かったね、万桜ちゃん」
「後輩にそこまで憧れられるなんてなかなかないよー」
万桜も少し照れくさい気分になりつつ「ありがとう」と微笑む。
「わたしのこと、そんなふうに見てくれてる子がいるなんて思わなかった」
「なに言ってるんですか、万桜先輩。あれだけライブで目立っておいて」
「う。確かに、司会でこれでもかと目立ったけど」
憧れてから受験準備をして、という流れだと短期決戦すぎるんじゃないかと思っていた。
一緒のテーブルに座ってもらってから、尋ねる。
「受験、大変じゃなかった?」
『大変でした』
と、小さく肩を落とす彼女。
『一生懸命頑張ったんですけど……一度は不合格の通知をもらったんです。ここに来られたのは、入学を辞退した人がいたらしくて補欠合格になったからで』
「入学辞退なんてあるんだねー。ウチならなにがなんでも通うのに」
「ご家庭の事情もありますから……。家族に内緒で受験される方もいるそうですし」
「補欠でも、合格は合格だよ。自信を持ってがんばろう?」
微笑みかけると、雛は『はいっ!』と元気よく頷いてくれた。
それはそれとして。
やっぱり雛のその声が気になる。
彼女は声を発する時に「唇を動かしていない」。
ちらり、瀬奈に視線を送ると「ウチはなにも言いませんよ」という顔。
「あの、竜宮さん。その声のこと、聞いてもいい?」
『はい。わたし、声が出せないんです。だから別の方法で喋っていて……』
「やっぱり、そういうことだったんですね」
奏音も気になっていたのだろう、納得がいったという表情で頷く。
「不謹慎かもしれませんが、興味を惹かれます。テレパシーではないようですけれど」
「うん。言い方が悪いかもだけど、不思議。もっと聞いてみたい」
発生源ではなさそうなのに、姉妹揃ってしげしげと雛の喉を凝視してしまう。
見つめられた少女は『は、恥ずかしいです』と言いながらもほっとした表情。
「ね? 大丈夫だって言ったでしょ、雛っち」
『は、はい。……本当に、心奏の人たちはわたしのこと気にしないんですね』
「だって歌姫科のみんなは個性的だから、この程度じゃ浮かないってば」
周囲にいた生徒たちも「そうそう」と言いたげに微笑んでいる。
声が出せないからと言って「変」とか言いたてたりはしない。
むしろ、その状態でも喋れるなんていいことではないか。
変と言うなら自傷を快感に換えているそこの元上級生のほうが──。
「万桜、なにか失礼なことを考えてる」
「そ、そんなことは」
あった。
◇ ◇ ◇
『万桜先輩たちのお部屋にお邪魔できるなんて……嬉しくて倒れそうですっ!』
「あはは、大げさだよ。大したものは置いてないし」
「いやいや、万桜先輩。これで『大したものがない』は無理がありますって」
愛用しているきつねのぬいぐるみ。
常時複数種類常備されているアイスやチョコレート、それから好みの銘柄の紅茶とコーヒー。
ちょくちょく使っているアロマディフューザーほかリラックス用グッズ一式。
クローゼットには蛍から受け継いだぶんや同人即売会で使ったぶんを含む衣装の数々。
来客用のクッションも万桜たちが選んだものだし、トレーニングのために買ったグッズなども置かれているので……そう考えるとけっこうあれこれ買っているのかも?
「でも、美夜たちのところなんかはぬいぐるみ天国だし」
「行ってみたいですけど、それは絶対極端な例だから!」
『そうです。この子もすごく可愛いですよ!』
言ってきつねのぬいぐるみを抱きしめる雛。
美少女がぬいぐるみを抱く姿は実に絵になる。
「そうだ。撮影してもいいかな?」
「お? 良かったじゃん雛っち。万桜ちゃん先輩に撮られたらSNSに載るかもよ?」
『わ、わたしが先輩方のSNSに? し、死にますっ!』
「あはは、だから死なないってば」
天真爛漫に見えて意外と緊張するほうなのだろうか。
無断で掲載したりはしないから、と念を押すと『そういうことなら』と写ってくれた。
はにかむような笑顔。
これはいい写真が撮れたと、雛たちにも共有。
すると瀬奈がにんまりと笑って、
「せっかく撮るなら万桜ちゃん先輩、みんなで写りましょうよ?」
「あ、いいね」
女子になったばかりの頃なら「なんだよそのノリ」と思ったかもしれないが。
日々SNSの更新もこなしている今の万桜はそれくらい余裕である。
万桜のピアス──デバイスは一定範囲内なら好きな位置に仮想のカメラを設置可能。
「行くよー、せーの」
写真には、しっかりと笑顔の四人が収まった。
雛のデバイスはちょっと重厚感のある、本体がデバイスになったタイプのチョーカー。
それにそっと手を添えながら、少女はしみじみと、
『いきなり宝物ができちゃいました』
「もう、大げさだってば」
「そうです。写真くらい、みなさんいつでも撮ってくださると思いますよ。……美夜さんはもしかすると嫌がるかもしれませんが」
『ありがとうございます、万桜先輩、奏音先輩』
雛は、にっこり笑いながら目元の涙をぬぐってみせる。
短期決戦型の受験準備、不合格からの補欠合格。
入学までの日々だけでも、人それぞれに葛藤と苦悩があるのだ。
普通科で二年も努力してきた瀬奈もそう。
『わたし、心奏に来て本当に良かったです! これも万桜先輩のおかげです……っ!』
「そう言われるとちょっと照れくさいなあ」
四人分のお茶を淹れて、チョコレートと一緒にいただく。
心奏で生活しているとどんどん交友関係が広がっていくものである。
ここに招いた女の子ももうかなり多くなった。
「でも、わたしたちのこといつ頃知ったの? 最初のほうのライブは、ほんとに『たくさんいる中の一人』だったよね?」
首を傾げると、雛は困ったような表情に。
『えっと、その、実はちょっと説明しづらいというか……』
ん? なんだろう、体育祭で濡れ透けをやらかした姿に感動したとか──そんなわけないか。
『正確に言うと、わたしが万桜先輩を初めて見たのは
ん、んんん?
話の雲行きがいきなり怪しくなってきた。
雛がタイムスリッパーとかでないのなら、その時期の万桜は、
『あの、万桜先輩』
手を口元に当てて、内緒話をするようなポーズで囁きかけてくる雛。
声の出方、届け方をある程度コントロールできるのか、その声はまるで耳元から生まれたかのように万桜だけに届いて。
『あの事故のことって、どこまで話してもいいんでしょうか……?』
この子、美夜より事情知ってるじゃん。
◇ ◇ ◇
「わたしが事故で大怪我したことまではそんなに隠してないよ。美夜たちも知ってるし。でも、それ以上はプライベートなことだから……」
『そうだったんですね……。わかりました、気をつけます!』
「万桜ちゃん先輩……そんなことがあったんだ!? ウチ、ぜんぜん知らなかった!」
「あまり言い広めることでもありませんので、わたくしもお姉様も自分からは言わないようにしていたのです」
かなり詳しく知ってるっぽい雛と、ぜんぶ初耳の瀬奈。
二人ともひとまず説明を聞いて納得してくれた。
実際、事故を起こした側の真昼にとっても重い話なので、あまり詳細については話せない。
「あの、もしかして雛ちゃん、あの事故の現場にいたの?」
『はい。一瞬のことで、なにがなんだかわかりませんでしたけど……。その時、奏音先輩のことも見かけていたので、ライブを見て、あっ! って思ったんです』
そういうことか。
しかし、だとすると……。
「もしかして、雛さんが声を出せなくなったのは──」
『あはは。えっと、その。……先輩たちが気にするようなことじゃありません!』
そりゃ、一瞬で男子中学生がぐっちゃぐちゃになるところなんて見たらトラウマになっても仕方ない。
『カウンセリングとかもたくさん受けさせてもらいましたし、もうぜんぜん大丈夫なんですよ! 立ち直れたのも万桜先輩たちのおかげですし!』
「わたしたちのおかげ?」
『はい。あんな大怪我をしたのにリハビリをして、あの心奏に合格して、あんなすごいライブをして──ああ、関係ないんだ、頑張れば夢を叶えられるんだって思ったんです』
「……ぐすっ。良い話じゃん。ウチこういうのだめなのに」
気づいたら瀬奈がめっちゃ泣いていた。
「そっか。……そんなふうに、いろんな人に繋がることもあるんだ」
一つの出来事が、めぐりめぐってたくさんの人に影響を与える。
万桜たちが思っている以上に、ずっと。
『だから、わたしも先輩たちみたいにきらきらしたライブがしたいです! こうやって声も出るようになりましたし、せっかく受かったんですから!』
「うん。雛ちゃんならきっとできるよ」
「なにか困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」
これもまた、なにかのめぐり合わせなのだろう。
さすがに瀬奈と雛、この二人に関しては「基本的に不干渉」なんて言っていられない。
これからも頻繁にかかわりを持って行くことになる。
雛は『ありがとうございます』と微笑み、瀬奈は「またお茶しに来ていいってこと?」と冗談めかして笑った。
一時間くらい話をしてから解散して、立ち上がった瀬奈に雛は、
『瀬奈ちゃん、先に戻っててくれる? わたしは、もうちょっとだけ』
ノリが軽いように見えて洞察力の高い少女は「ん、わかった」と軽く頷いて「じゃあね♪」と去っていった。
自動ドアが閉じると室内に静寂が戻って。
奏音が、さすがに少し緊張した様子で唇を動かす。
「お一人だけ残ってくださって助かりました。……どうしても確認しておかなければならないことがありましたので」
そう。
あの事故のことを知っているというのなら、彼女は、ある重要な事実を知っていることになる。
当時、万桜たちの顔を覚えられるほど間近にいた人物はほとんどいなかったはず。
となれば、雛は万桜、奏音、真昼以外で唯一と言っていい『あの事故の当事者』だ。
事故の詳細は、真昼の実妹である美夜ですら知らない。
具体的に言えば、被害者の性別までは。
雛自身もそれを理解しているのか、こくん、と小さく頷いて、
『はい。……万桜先輩が、本当は男の人っていうこと……ですよね?』
ここまで来て、こんな形でその話をすることになるとは思わなかった。