性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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理想と現実

「積立金制度?」

「はい。進級できなかった生徒が金銭的理由で転校や退学しないといけなくなるのを防ぐための制度です」

 

 四月中旬。

 美夜が生徒会室を訪れて、生徒会長──杉本絵理華に直談判した。

 

 前に言っていた、進級できない生徒を救済したいという件だ。

 彼女がそこまで気にするというのはらしいような、らしくないような。

 

『……進級できなかったなら自己責任、とは言わないんだ?』

 

 嫌味っぽいかな、と思いつつ尋ねるとこんな返答があった。

 

『別に、あたしだって鬼じゃないわよ。……できる努力をしてないのは嫌いだけど、努力したのにうまくいかなかったのは別じゃない』

 

 正直、採用してもらえる見込みは低いだろう。

 生徒会役員として適当なことは言えないが、同時に絵理華や璃々に話を持って行く前に「だめ」と決めつけてしまうのも違う。

 開かれた生徒会であることをアピールするためにも「提案するだけならタダ」と彼女を励ました。

 そして、この直談判である。

 

「生徒から毎月、少額を徴収して積み立て、進級に失敗した者の学費や生活費に充てると」

「歌姫科の生徒は各学年役100人います。例えば一人当たり月1,000円を徴収すると年12,000円、100人分で120万円になります」

 

 美夜も直談判の前にある程度、計画を立てて臨んでいる。

 むやみにトライアンドエラーを繰り返さないあたり、さすがだ。

 計算にしてもあらためて数字にして聞くと「そのくらいの額でそれだけのお金になるのか」と感心する。

 月1,000円でいいのならそれほど無理のない範囲だ。

 

 ……が、絵理華も簡単に認めてくれるほど甘くはなく。

 

「月1,000円、合計120万円では足りないわ。各種費用の大部分は学院が補助していると言っても学費、学用品代、食費──生徒が一年生活するのにかかる費用は多いの。120万円では一人分を捻出するのがやっとじゃないかしら」

「足りないからと言って徴収額を上げれば各生徒の負担が増します。不用意な費用設定はできないかと」

 

 絵理華、そして隣に立った璃々がそれぞれに告げる。

 

「生徒からの積み立てだけでなく、寄付を募ることもできます。それも併せたうえで、留年者に生活費用の一部を補填する形にすれば」

松陰(しょういん)さん。この積み立ては、生徒全員が必ず参加するものなのかしら?」

 

 静かに絵理華が尋ねると、美夜がぐっと唇を噛んだ。

 

「できるだけ無理のない金額にしたつもりです」

「そうね。……でも、生活に影響が出ないわけではないわ。食堂で大盛りを注文したいところを普通盛りで我慢する、自分へのご褒美に高いお菓子を買いたいところを我慢する、そんなケースが毎月発生するでしょう。それも全員に」

「それくらい、大した我慢じゃないと思います」

 

 気丈に反論する美夜に、絵理華は「気持ちはわかるわ」と苦笑する。

 

「私も、むしろ気持ちとしてはあなたの側。『歌姫(ディーヴァ)』が一人でも増えればいいと思っている人間だもの。できることなら応援してあげたい」

「なら」

「でもね。……松陰さん、あなたは親御さんのおかげで何不自由ない暮らしをしている子でしょう?」

「っ」

 

 美夜が、はっとするように目を開いた。

 

「デバイスが故障すれば新しいものを買えばいい。体操服が破れれば新調すればいい。……全員が全員、そういう家庭で育っているわけではないわ。比較的裕福な層が多い心奏ではあるけれど、ね」

「もしも進級できなければ転校する。その覚悟で挑戦し、見事試練を乗り越えた生徒もいるはずです」

 

 二人は全てを口にはしなかったが、暗にこう言っていた。

 必死に頑張って成功した者に「失敗した者のために負担してくれ」と言えるのかと。

 

「積立金と言うと平等なように聞こえるけれど、必要のない者が必要な者に施す制度よ。希望者制ならまだ不公平感は少ないだろうけれど、強制となれば理不尽に思う者も出てくるでしょう」

「考えたくはありませんが、制度を悪用してわざと進級に失敗──『少ない金銭的負担でもう一年、学び続ける』者が出ないとも限りません」

 

 お金は無限に湧き出てくるものじゃない。

 あるところからないところへ流すしかないが、その分だけ負担も増える。

 

「そもそも、この学院自体が救済措置の塊なの。デバイスの価格も学割が利いているし、奨学金制度も充実している。設備の維持費だって大部分は寄付から賄われている」

 

 そうやって学費を安くしていること自体が、積み立て金と同じように生徒を助けるための措置だ。

 今は、それだけやっても全員を救えていない状況。

 

「どこかのお金持ちが私財を投げうって半永久的に支援してくれるというなら別だけれど、さすがにそれは望みすぎでしょう?」

「っ」

「……美夜」

 

 少女が唇を噛み、悔しそうに床を睨みつけている。

 絵理華だって悪意があって跳ねのけているわけじゃない。

 

「少なくとも生徒会の権限内で行えることではないわ。……ごめんなさい。ひとまず、学院の運営側に提案してみたいとは思います。良い返事がもらえるかどうかはわからないけれど」

 

 美夜の気持ちもよくわかる。

 万桜だって、これ以上仲間を減らしたくはない。

 そのための救済措置が増えるのはとても嬉しいが、現実的にそれが難しいことも──絵理華の言い分もわかってしまう。

 美夜もそうだからこそ、なにも言えなくなっている。

 黙ってしまった少女を宥めようと軽く肩に触れると、美夜がゆっくりと万桜を見た。

 

「だったら──」

「松陰さん。それ以上言うつもりなら、私はあなたを軽蔑するわ」

「────」

 

 美夜が、なにを言おうとしたのか。

 少し遅れて万桜も理解した。

 

 ──だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 万桜の身に着けているピアス、特別製のデバイスは『生徒一人の一年分の諸経費』よりもずっと高い。

 少なくとも、万桜が自分のことをすべて自分でやれば、学院はもっと弱者救済に力を入れられる。

 

「特待生制度は必要よ。実力はあるのに金銭的理由で通えない生徒の救済措置でもあるし、特に実力のある『歌姫』を確実に育成して将来の助けとするための措置でもある」

「小鳥遊さん──小鳥遊万桜さんは『国際歌姫免許』の取得を目指しているそうですね。であれば、それは将来的なテロ対策、災害防止、人命救助に繋がることです」

 

 『国際歌姫免許』を持つ歌姫は国の枠組みを超えた活動が可能。

 ご当地の『歌姫』だけでは間に合わないような事態──大地震や竜巻、内戦などの際に即座に駆けつけて対応できる。

 極端な話、エナジー量が多く能力制御に長けた『歌姫』なら単独で台風を吹き飛ばすこともできるのだ。

 

「……そうよね。その通りだわ。ごめん、万桜」

「……ううん」

 

 項垂れるようにしながら、それでもしっかりと頭を下げてくれる友人に、万桜はなんと言っていいかわからなかった。

 

「わたしも、自分がどれだけ恵まれてるか思い知った」

 

 絵理華は再び苦笑して、

 

「あまり背負い込みすぎないようにしなさい。あなたたちは十分に頑張っている。それだってただ夢を追うだけの若者には大きすぎる重圧よ。……期待と責任を背負うのは、上に立つ者の仕事」

「上に立つ、者」

 

 生徒会長・杉本絵理華の目標は『内閣総理大臣』。

 彼女は好き好んで国民全員の命と将来を背負い込もうとしているわけか。

 いや、いまこの時点だって、生徒会長として学院全体のことを考え、判断し、限られた予算を運用していかなければならない。

 みんながみんな自分にできることを精いっぱいやっていて、それでも取りこぼしが発生してしまっているのがこの状況。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「本当にだめだわ、あたし。向いてないのよ。人のこと気にするの」

「別に、そんなこと」

「あるでしょ! ……例えば、みんなを指導するにしたって、あたしがやったら厳しくなりすぎるじゃない」

 

 万桜は美夜を追うようにして生徒会室を後にした。

 誰もいない廊下に立ち尽くしていた少女は、嗚咽するようにして弱音を吐く。

 

「ごめん、美夜」

 

 不器用な性格について、思った以上に気にしていたのだ。

 この前も努力番長とかって茶化してしまった。

 万桜たち同期はもう「そういうもの」として美夜のまっすぐすぎる性格を受け入れているが、当の美夜はそこまで割り切れてはいなかったのだ。

 

「なによ。謝るのはあたしのほうじゃない」

 

 胸を叩くようにして万桜の胸に飛び込んできた少女を、ぎゅっと抱きしめる。

 

 ──前に気持ちをぶつけ合った時はあまり締まらなかったが。

 

 万桜も、ずいぶんと感情が表に出やすくなってしまった。

 溢れる涙が止められない。

 感受性が強くなるのも考えものだ。

 こうやって、友人の気持ちにまであてられてしまうのだから。

 

「傲慢、なのかしらね。やめてく子のことまで考えるの」

 

 さすがに、落ち着くのは万桜のほうが早かった。

 さらにしばらくしてから涙を止めた美夜は、呟くように言う。

 

「ん……。それはまあ、そうかも」

「なによ、そこは嘘でも否定するところでしょ?」

「でも、わたしたちだっていっぱいいっぱいなのも本当だよ」

 

 やりたいことはいくらでもあって、そのためには時間がいくらあっても足りない。

 体育祭で上級生に喧嘩を売ろうって言うなら猶更だ。

 同学年の生徒に「教えよう」なんて傲慢だろう。

 

「でも、放っておいたら寝覚めが悪いじゃない」

「そうだね。そうだよね」

 

 それも、その通り。

 

「じゃあ、美夜は無理に教えようとしなければいいのかも」

「は? やっぱり放っておけってこと?」

「ううん。みんなのお手本になるように行動で示せばいいってこと」

 

 美夜はまっすぐで、努力家で、弱ったところを見せるのが嫌いな少女だ。

 だから『格好いい』。

 

「誰かが成功させたのを見ると『自分もできるかも』って思うじゃない。それが格好よければなおさら」

「じゃああんたでもいいじゃない。得意でしょ、人ができないことするの」

「や、わたしはほら、我流だし。わりと格好悪いところあるから」

「それはまあ……うん、そうかも」

 

 そこは嘘でも否定するところでは?

 

「美夜は得意じゃない。『これくらい簡単よ』みたいな顔するの」

「あんたね。人がどれだけ苦労してるか知らないで」

「わたしだって苦労してるよ。でも、そう見せないから格好いいんじゃない」

「……ま、そうね」

 

 ライブだってそうだ。

 何度も何度も練習して、プランを練って。

 そういう努力を見せずに、本番で一番いいところだけを見せる。

 だから華やいで見えるし、憧れる。

 

「聞かれたら教えればいいんだよ。そういう子は根性あるだろうから」

「あんた、やっぱりあたしのこと変な目で見てるでしょ」

「美夜だって、わたしのこと奇人変人だと思ってない?」

「それは事実だからいいのよ」

 

 なら美夜だって十分奇人変人だろうに。

 二人で今度は笑いあって。

 

「なら、手取り足取り教えるのは万桜、あんたに任せてもいいわけ?」

「え。うん、まあ、教えるのはぜんぜんいいけど。わたしも向いてるかなあ」

「あたしよりは向いてるでしょ。少なくとも嫌がられないし」

 

 それはまあ、そうかもしれない。

 問題はコツを聞かれても大したことは言えないが……。

 いや、そうでもないのか。

 

「そっか。先輩たちから教えてもらったくらいのことは、わたしでも言えるかも」

 

 教えた経験はそんなになくても、教えてもらった経験はある。

 自分が通ってきた道、できるようになったことならアドバイスはできる。

 

「でも大丈夫? 自分の特訓する時間が減っちゃうけど」

「まあ、大丈夫。いざとなったら睡眠時間削るから」

「あんたね……。それ、大丈夫なやつじゃないでしょ?」

「そうかもだけど、たぶん大丈夫だってば」

 

 必要ならやってしまうくらい居ても立っても居られないのが万桜で、だからこそあの地下室をもらったわけで。

 あんなものがあるということは、頑張ればほとんど寝なくても大丈夫にはなるはずで。

 くすり、と笑った美夜は「そうと決まれば」と、

 

「あたしもテレポートできるようにならないとね」

「え?」

「なによ。できなきゃ手本にもなれないでしょ?」

「あ、う、うん」

 

 なんか「わたしはもうできるようになった」とかここで言ったら殺されそうな気がするので、万桜は慌てて口を噤んだ。

 さすがにこれは言うタイミングを選ばないと……と思っていたら、次の必修授業で「小鳥遊さんはもう習得したらしいから教える側を手伝ってくれる?」とか先生に言われて、美夜からめちゃくちゃ睨まれた。

 

 これで、できるようになってしまえば美夜のほうが完成度は高くなるのだからちょっと理不尽。

 

 ともあれ、万桜たちは自分たちなりに「みんなで卒業する方法」を模索していくことになったのだった。

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