二年生からは必修授業が水曜日になる。
必修科目の内訳としてはボイス・歌・ダンスのレッスンが統合されてコマ数を減らし、体育がカット、その分で能力に関する授業のコマ数増加と護身術の授業が加わる。
「『
「基礎は一年かけてしっかりやったじゃない。もっと上手くなりたきゃ個別に授業を取れってことよ」
「卒業後の進路はバラバラですから、ライブに出る方ばかりではありませんものね」
歌やダンスと一口に言っても、各々得意なタイプややりたいことはバラバラ。
洋楽をやりたい子と邦楽やりたい子を一緒に指導するのは手間がかかる、といった事情もある。
他に注力したい生徒はライブに向けた自主練だけに抑えて、空いた枠を充ててもいい。
「身体を動かす授業が増えるの、ミアは嬉しいかも」
代わりに「全員に必要」と判断されたのが能力制御や護身術だ。
「能力は『歌姫』の特権です。どこに行っても能力行使を期待されるでしょう。そのためにも十分な訓練と、心構えを持っておくことが必要です」
例えば「心奏出身の歌姫は全員飛べるしテレポートもできる」というのは大きい。
災害時に障害物をショートカットできるし、非常事態にすぐ駆けつけることや、周りの人間を避難させることもできる。
同時に、強い力を使う意味を学び、暴走を抑える術を教わることで安全性も確保する。
「護身術は私たちにこそ必要よ。心得のない一般男性くらいなら力づくでも制圧できるでしょうけれど、何があるかはわからない。それに、相手に怪我をさせないためにも学んでおかないとね」
否が応でも注目される万桜たち。
真昼が言うようなテロの危険が普段からゴロゴロ転がっているとは思わないが、一般人よりは遭遇率がぐっと高い。
何かあった時にすぐに動けるようにするためにも、多少荒事に慣れておいたほうがいい。
同時に精神修養にもなる。
中学や高校で男子に武道を教えているのもそうした目的があるはずだ。
「万桜、あんたは時間割どうするの?」
「歌とかダンスの授業は最小限かな。定期的にアドバイスがもらえれば十分だと思う」
繰り返し練習するだけなら一人でできる。
練習の方向性が合っているか、もっと良い方法がないかを客観的に指摘してもらうために授業を使う感じ。
「そのぶん、体術とか格闘術とかをめいっぱい入れるよ」
「わ、万桜ちゃん武闘派」
「危ない地域に行くかもしれないなら確かに必要よね。……でも、そっか。ソロでできることとできないことの切り分け、ね」
美夜は思案した末、万桜とは逆に芸能面を強化することに決めた。
ただし、歌やダンスをひたすら練習するというよりは、幅広いジャンルを取り込んでいくスタイル。
彼女もまた「人から教わる意味」を重視したようだ。
「わたくしは外国語の授業を取り入れることにいたしました」
「へえ。ちなみに何語?」
「フランス語と中国語とロシア語ですね」
英語はすでにそこそこできるので独学で伸ばしていくらしい。
「えっと、全部覚えたら……五か国語!? 奏音ちゃんどこ行くつもりなの?」
「国連で採用してもらうにはこのくらいは必要かと。と言いますか、お姉様も必要なのでは?」
「わたしはとりあえず一人で本読むところから始めるよ……」
ミアもフィジカル重視の選択だが、ダンスレッスンから普通の体育的な授業、格闘術に至るまで幅広いチョイス。
そのまま行けば総合的なアスリートが出来上がりそうだ。
「みんなバラバラだね」
「いいじゃない。共通の目標もちゃんとあるんだし」
「体育祭に、年数回のライブ──ですね」
「あんまり格好悪いところは見せられないもんねー?」
無理に同じ授業を取るのが友達というわけでもない。
互いに影響を与え合い、切磋琢磨していくことも友達の形だろう。
◇ ◇ ◇
「万桜ちゃん。万桜ちゃんは芸能系以外の必修で教えるほうに回ってもらえるかな?」
担任である真昼から、万桜はそんなふうに頼まれた。
「去年の後半頑張ってたから、基礎はもうできちゃってるでしょ?」
特に護身術に関してはあらためて一から教わる必要はない。
むしろ、最初の授業で「自分の身を守れるとこんなに格好いい」とお手本の組み手をさせられた。
まだまだ本気の真昼には敵わない、どころか本気にさせることさえ遠い目標だが、万桜だって相手がただの不良レベルなら束になってかかられても平気なくらいにはなった。
高速で拳のやりとりを披露すると、同級生たちからは感嘆の声が漏れて、
「万桜ちゃん、王子様も似合いそう……!」
「それはあんまり考えたことなかったなあ」
胸に手を当てつつ呟くと、真昼がくすりと笑って、
「胸を目立たなくするグッズもいろいろあるよ?」
男から女になったのを受け入れたというのに、わざわざ男装しなくても。
いや、いっそのこと胸を隠さないままの男装というのも倒錯的でえっち、もとい見栄えがするか……?
「教える側って言っても、万桜ちゃんはあくまでサポートくらいで気楽に考えてね。
「わかりました。……でも、先生たちって目何個くらい付いてるんですか?」
「んー、そうだなあ。いっぱい?」
正確には目じゃなくて五感を強化するとか、目で見ると同時に疑似的な俯瞰視点を作ってるとかそういうのなんだろうが。
複数の方法で知覚強化しているのはおそらく本当なので、万桜は「ぐぬぬ」となった。
早く追いつきたい、と思いつつ、真昼たちをサポートしてみんなの訓練を見守る。
もうちょっと腕を持ち上げたほうがいいかも、とか、脇をしめると安定する、とか簡単なアドバイスをしているうちに「これ、けっこう参考になるな?」と思った。
人のやっているのを見ていると自分の気をつけるべき点も再確認できる。
人に教えるのも勉強なんだな、と思いつつ、
「むう。美夜、ほんと呑み込みが早いよね」
彼女に関してはほとんどアドバイスするところがない。
「そりゃそうよ。型を覚えるだけなら振りつけ覚えるのと変わらないし」
「や、振りつけだって何回もやって頑張って覚えるんだってば」
友人たちの大半が「いいぞ、もっと言ってやれ」という顔をした。
「あんたこそ、いつテレポート完成させたのよ?」
「それはほら、秘密特訓の成果というか」
むっとした美夜に頬をつねられた。
秘密を知っている奏音が苦笑して、
「みんなすごいなあ。ミアも頑張らないと!」
新たにAクラスに加入した少女の微笑ましい姿が、みんなのやる気をアップさせた。
◇ ◇ ◇
「二人とも、授業はどう?」
奏音、美夜、ミアとの四人での食事が多かった万桜だが、三月後半あたりから(元先輩で現同級生の)鹿沼あげはや、(元先輩で現後輩の)藤原瀬奈、それから(彼女は普通に後輩の)竜宮雛らと食事を共にすることも増えた。
新しい生活を始めたばかりの後輩たちとの雑談がてら様子を窺ってみると、
「楽しいですよー! 歌姫科ってみんなきらきらしてますよねっ!」
明るく答えてくれたのは普通科から歌姫科に入った瀬奈。
「普通科の子もキラキラしてると思うけどなあ」
「そんなー。ただのJKとアイドルじゃキラキラ度が違うじゃないですかー」
キラキラ度って。
いや、わかるけど男子から見たらどっちもキラキラだ。
「雛ちゃんはどう?」
水を向けられた雛は『わたしも楽しいです!』と答えてくれたものの、すぐにしゅんとして、
『でも、さっそく失敗しちゃって……』
「失敗ってほどのことじゃないってば。練習していけば大丈夫でしょ!」
「なにかあったの?」
「あー。雛っち、同じ声の大きさでずっと歌うのが苦手みたいなんですよね」
それで先生から軽く注意されたらしい。
「そっか。大丈夫、それくらいよくあるよ。わたしだってしょっちゅうなにか注意されてるし」
『万桜先輩でもそうなんですか?』
「もちろん。っていうかわたし、歌とかダンスはみんなよりずっと遅れてたから」
みんなのやり方を見ながら必死について行かないといけなかった。
「声量が安定しないってことだよね? やっぱり、ノってくると楽しくなっちゃうからかな?」
『たぶん、そうだと思います。こうやって話してる時もたまにやっちゃいますし……』
「ウチも能力のことはそんなに詳しくないけど、雛っちって心の中で歌いながら声出してるんでしょ? それで二倍気持ちが入っちゃうんじゃない?」
「ああ、なるほど」
雛は声が出せない。
代わりに『歌姫』としてのエフェクトを使って会話をしている。
エフェクトを出すには歌わないといけないが、彼女は頭の中で歌うだけでエフェクトを出せる。
が、歌声を出すために頭の中で歌わないといけないというのはなかなかややこしい。
「万桜ちゃん先輩、なにかいい方法ないですか?」
「うーん、やっぱり一番は慣れだと思うよ。エフェクトも能力制御で操りやすくなるし」
万桜も今、やろうと思えば歌わずに光らせたり、光の範囲を調整──例えば右手だけ光らせたりもできる。
「あとは……頭の中の歌と実際の歌がごっちゃになっちゃうなら、どこまで声を届けたいかイメージしてみるとか」
『声を、どこまで?』
「そう。誰に届けたいか。いちばん遠くの人を意識すれば、その人に届く声で調整できるんじゃないかな?」
『じゃあ、実家のお母さんに聞いて欲しいです!』
「雛っち、それ、近くにいる人の鼓膜死んじゃうから」
『えっ。あっ、本当だ!』
心構えというか「一番、この歌を聞いて欲しい人は誰ですか?」みたいなやつと、エフェクト制御のための考え方は別にしよう、ということでこの話はいったん落ち着いた。
◇ ◇ ◇
「……ところで部長、新歓のほうはどうなってるの?」
万桜の所属する
なんだかんだと所属を拒否してきた奏音が「仕方ありません」と入部してくれたこと、幽霊部員だったあげはが復帰したことで見た目的には人数変わってない気もするが。
本来なら蛍と同じ学年であるあげはとしては新入生加入の有無が気になるらしい。
「あげはは新入部員に来て欲しいんだ?」
「当然。同好の士は多い方がいい」
「
もちろん、万桜も一通りの手は打ってある。
「わたしのSNSでも宣伝したし、生徒会広報のアカウントでもさりげなくプッシュしたし、学内ネットに載せる募集告知も頑張ったよ。……あと、一応ポスターも」
心奏は基本、電子でできることは電子でやるスタイル。
入部の申請なんかもデバイスを介して行っているし、部活紹介もデータでネットに載せているのだが……。
生徒たちが生きて、動いている以上、物理的なポスターというのも必要なのである。
やっぱりふとした瞬間に目に入ってくるというのは強い。
「ほら、こういうの」
とはいえポスターのデザインには積極的にデバイスを活用させてもらった。
生半可なPCより高性能なので、画像の処理なんかもお手の物。
あげはに共有した元データには、学院の一角で微笑む万桜と奏音の二人の姿。
さりげなく各々のデバイスを強調しつつ、手にはスマホとタブレット。
画像を大きく使ったので、用紙にポスターカラーで手書きしたようなポスター(あれはあれで味があるが)よりもだいぶ目立つ。
爽やかなイメージと電子機器のおかげでえっちな部活だと勘違いする生徒はいないだろう。
「蛍先輩からも言われてるし、うちに変な子は入れないから」
「む。……そんな重たいものぶら下げてえっちじゃないとかよく言う」
いやまあ巨乳は確かにえっちだが。
「だからなるべく爽やかな感じにしたんじゃないですか!」
「万桜と奏音なら絶対縄も似合う。ボンデージでもいいし、なんならラバースーツとか」
「やりませんのでご安心ください」
あげはは「なんだ、つまらない」と本気で残念そうにした。
「まあでも、うちみたいなマイナーな部活にはどうせ変な子しか来ない」
「うん、まあ、それは否定できないけど」
と、思っていたら──部活選択期間が始まると、部長である万桜のデバイスには次々と入部希望や部活見学希望が届き始めた。
あげはは喜ぶ前に憮然として、
「去年まではなんだったの」
「ふふっ。おそらくはお姉様の知名度のお陰かと」
と、奏音は言っていたものの、中には奏音目当ての子もけっこういた。
ちなみにあげはの知名度はほぼゼロだった。
いや、休学していたんだから当たり前なのだが。
本人は「理不尽」と言いつつ「これはこれで放置プレイっぽい」とか地味に喜んでいた。