性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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体育祭対策(二年目)

 グラウンドに四人で並ぶ。

 

「いい、万桜? 手を抜くんじゃないわよ」

「わかってる。いまできる全力で戦おう」

 

 美夜の声に頷いて答えると「あら」と反論の声が上がって、

 

「わたくしとミアさんを忘れてはいらっしゃいませんか?」

「運動なら美夜ちゃんにだって負けないよ」

「わかってるわよ。誰が勝っても文句なし。でも、手を抜いたら承知しないから」

 

 2000m走。

 一年前に美夜と二人でした勝負を、今度は四人で。

 構えは、万桜とミアがクラウチングスタート。

 美夜と奏音はスタンディングスタートを選んだ。

 

「じゃあ、行くよ?」

 

 スターターを買って出てくれた子が指を空に向け、その動きに合わせてデバイスが空砲の音を鳴らす。

 

 ──直後、風が駆け抜けた。

 

 レギュレーションは体育祭と同様、自分を強化する能力のみ使用可能。

 テレポートはもちろん無理、超高速移動も大気操作などを含むのでだめ。飛ぶのも禁止。

 

 それでもなお、あっという間だった。

 

 計測担当のクラスメートは、全員がゴールしたのを確認してから万感を込めて歓声を上げた。

 

「3分切ってる……! 3分切ってるよ万桜ちゃん!」

「ほんと? そっか、わたし、かなり速くなったんだ」

「かなり速くなった、じゃないわよ、この!」

「そうです。お姉様ったら、どんどん先に行かれて……悔しいですが、全く追いつけませんでした」

「えへへー。ミアはあとちょっとだったよね、万桜ちゃん?」

 

 着順は──万桜、ミア、美夜、奏音。

 

 万桜は、軽く呼吸を整えながら胸に手を当てる。

 前回は必死で走ってなんとかゴールした2000mがとても短く感じた。

 息も、限界と言うほど切れていない。

 手は抜かなかった。

 2000m程度では消耗しきれないほど身体能力・持久力が上がったのだ。

 

 息を切らせている奏音と美夜だってあの頃よりは圧倒的に速い。

 

「うーん、これはやっぱりあれだね」

「万桜ちゃんとミアちゃんが私たちの主力」

 

 体育祭に向けた自主的な計測会は、そういう結論になった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 2⁻Aの教室に総勢40名ほどの女の子たちが詰めかけている。

 Aクラス全員に加えてBからEまでの代表生徒5名ずつ。

 普段の倍の人数が入るとさすがにこう狭いというか、良い匂いがすごい。

 

「というわけで、今年は三年生に勝ちに行くわ。異論のある人は?」

 

 奏音と共にみんなの前に立った美夜が告げると「ないってば」と明るい声が上がった。

 

松陰(しょういん)さんがそう言うのはもうわかってたし」

「私たちも自分が一番得意な種目に出ればいいんでしょ?」

「楽しめるかどうかは私たち次第ってことだよね」

「……みんな。ありがとう」

 

 さすがに一年間も一緒にいるとみんな気心が知れている。

 成長したという自信もあって、勝つ気で臨むことは満場一致で決まった。

 頷いた奏音が話を進めて、

 

「ですが、相手は強敵です。こちらに去年の3年生のデータがあるのですが……」

 

 空間にAR表示されたデータには卒業した蛍たちの代の各種目における最高記録、平均記録が並んでいる。

 2000mの最高記録は当たり前のように3分を切っていて、

 

「万桜ちゃんより、もっと早い!」

「でも、そんなに大きな差じゃないよね?」

「馬鹿言いなさい。5分台で20秒縮めるのと、3分台で20秒縮めるのじゃ難しさが圧倒的に違うわ」

 

 真昼などは某野菜星人のごとき戦いができたりするし、毎年トップクラスの生徒はその域にあると考えていいが、レギュレーションなしで「目にも留まらぬ移動」をしている時は大気を操作したり自分をとりまく時間だけを加速させたりあれこれやっている。

 身体能力だけで実現するよりそのほうが簡単だからだ。

 成長曲線が鈍化しているのにはそういう理由もある。

 

「ま、つまりトップ同士をぶつけてもたぶんこっちが負けるわけよ。なら、2レース目か3レース目にエースをぶつけてポイントを取る方が効率的よね」

「松陰さんってそういう卑怯な戦法大丈夫な人だったんだ」

「なに言ってるの? これはゲームよ。そりゃ真っ向勝負で勝てるならそのほうがいいけど、ルール内でポイントのやりくりするのに卑怯もなにもないじゃない」

「なるほど」

「でも、向こうも同じことしてきたらどうするの?」

「万桜とミアに死ぬ気で勝ってもらうしかないわね」

「わたしたちの負担大きくない!?」

 

 もちろん万桜もさらに特訓して当日までにもっと強くなる予定だが。

 

「ご安心くださいお姉様、半分は冗談です」

「半分なんだ!?」

「速い子が出れば勝てる競技ばっかりでもないしね。その辺は臨機応変に割り振りましょ」

 

 例えば玉入れなんかは集団戦なので協調性もいるし、空間把握能力とかも必要だ。

 

「奏音、どう? あんた借り物競走出てみない?」

「わたくしですか? ……確かに、身体能力よりはいかにお題の品を探すかが重要ですね」

「そういうこと。あんたそういう冷静に動くのは得意でしょ?」

 

 それじゃ、去年ひたすら走り回った万桜が馬鹿みたいだが……うん、あまり否定できない。

 

「テレポートが使えれば簡単に終わるのにね」

「そんなものこの時期に使えるのはあんたくらいよ。許可されてたら三年生が圧倒的有利じゃない」

「透視能力なども同じですね」

 

 そういえばそういうのもあるのか。

 『歌姫(ディーヴァ)』が女子だけで良かったとあらためて思った。

 でないと男子がパンツとか透視しそうだ。

 

「美夜ちゃんはなにに出るのー? 障害物競走とか?」

「そうね、そのあたりかしら。あんたたち動くの得意すぎてバランス感覚間違えそうだし」

「うん、なにも言えない……」

 

 万桜とミアが主力とはいえ、あまり出ずっぱるとさすがに疲れる。

 エナジー量が馬鹿みたいな万桜はまだいいとして、ミアのエナジーは人並み程度だ。

 BクラスやCクラスにも運動特化みたいな生徒がいたりするので彼女たちにも頑張ってもらう。

 

「あ、ミア、大玉転がしとか出てもいいかな?」

「あれですか。去年は転がさずに持ち上げて運んだ方が優勝でしたが……」

「運べばいいルールだもん。あれやってみたかったんだー」

「いいんじゃない? 万桜だと胸が邪魔だろうし」

 

 失礼な、抱きかかえずに上で持てば関係な──絶対手が滑るなそれ。

 

「今年の三年生手ごわそうだよねー」

「うん、去年の三年生ももちろんだけど」

「生徒会メンバーが……」

 

 ちらっと万桜と奏音のほうを見てくるみんな。

 確かに、絵理華をはじめとした生徒会三年生メンバーは間違いなく手ごわい。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「体育祭ね。わたくしは無事に終わるかどうかのほうが気がかりだわ」

「なにか心配な点がおありなのですか?」

「そうではないけれど、怪我の起こりやすいイベントは確かでしょう?」

 

 生徒会室、絵理華は万桜たちにそう言って苦笑してみせた。

 

「意外と落ち着いていらっしゃるのですね」

「あら。だって弱肉強食の世界にいるわけでもないもの」

 

 そう言われると確かに。

 

「万桜さんたちはたくさん闘志を燃やしてくれていいのよ? 後輩というのはそういうものだもの」

「絵理華先輩は、いつもみんなのことを考えてくれているんですね?」

「生徒会長で最上級生だもの、当然でしょう?」

 

 来年は万桜たちがそうする立場になる。

 

「わたくしたちが超えたいと見上げるのは後輩ではなく、わたくしたちの先輩よ」

 

 体育祭で直接対決はできないが、だからこそ将来を見据えて牙を研いでいる。

 もちろん、倒すことや見下すことではなく、超えることを目標に。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「つけ入る隙があるとすればそこよね」

「美夜、言い方」

「でもそうじゃない。対策や準備の差で力の差を埋められれば勝率が上がるわ」

「力の差、かあ」

 

 夜。

 奏音に先に寝てもらって地下室に移動した万桜はひとり考える。

 

「身体能力だけでもっと強くなれれば勝ちやすくなるわけだよね」

 

 とはいえ身体強化の倍率を飛躍的に上げるのは難しい。

 

「そもそも身体強化っていうのは──」

 

 エナジーを体内に満たして一時的に身体性能を上げる手法。

 マンガとかでよくあるやつ。

 スペックを引き上げつつ耐久性も向上させているから多大な負荷はかからない。

 デバイスで教科書のデータを表示しながらあらためておさらいしてみる。

 

「基本性能を上げられれば底上げできると思うんだけど」

 

 スペックを恒常的に上げるとなると肉体改造ということになる。

 『歌姫』なら誰もが半ば無意識にやっていること──可愛くなりたいとか速く走れるようになりたいとかの範疇だ。

 しかし、これを意識的にやろうとすると人体に関する詳細な知識が必要。

 しかもバランスを間違うとどこかがこう「ぶちっ」と行く可能性がある。

 

 全身ぐちゃぐちゃになった万桜を治したらなんか女の子になっちゃったのも無理はない、ってこれはまあ、なにか別の作用もありそうだが。

 

「トレーニングの質を上げるほうが有効かあ。って言っても重りをつけたりはもうやってるし……」

 

 少年マンガだとそれ以外に高重力下で修行していたりするが。

 

「……できるかな?」

 

 考え方としては全身に重りをつけた時と同じ。

 身体のすべてに均等に、かさばらない重りを付けるようなイメージ。

 頭、胴体、手足で合計六つの箇所に体重÷6に相当する負荷をかければ重力二倍の環境と同じことだ。

 試しに、各部位にかさばらない米袋がくっついているイメージをしてみると、

 

 ──ずん、と、のしかかる重み。

 

「できた! ……けど、これ、めちゃくちゃきつい!」

 

 いったん解除して息を吐く。

 慣れないと二倍でも短時間しか無理だ。

 重力十倍とかでやってた少年マンガの主人公は頭がおかしいんじゃないだろうか。いや、作中でもわりと「馬鹿じゃないの」っていう扱いなんだが。

 

「でも、考え方としては悪くないかも」

 

 身体が重くなるとその分だけ負荷がかかり、疲労がたまる。

 身体を強くするにはいじめる→休むの繰り返しが必要だから、いじめるのにかかる時間が減るかいじめ方が強くなればそれだけ速く成長できる。

 均等に重さをかけるには能力制御も必要だし、常時重くするにはエナジーもいる。

 案外、総合的な修行になるかもしれない。

 慣れるためには二倍とかじゃなくてもっと小刻みにしなければ。

 

 何度も挑戦してうまく重みを調節できるようにして、今度は負荷のかかった状態で普通に動けるように頑張ってみる。

 

 少しずつ日常生活でも取り入れていくと、通りかかったBクラスの担任、四条(しじょう)向日葵(さん)が「面白いことをしてるのね」と目を細めた。

 

「セルフウェイトトレーニングでしょう?」

「はい、重力トレーニングで……そんな名前があるんですか?」

「ええ。適切な負荷を能力で生み出すトレーニング法。真昼──高峰先生が昔愛用していたわ」

 

 万桜のオリジナルとはいかなかったか。

 でもまあ、方法として確立されているなら効果もあるのだろう。

 

「詳しく書いてある文献を教えてあげるから、興味があれば読んでみたら?」

「ありがとうございます、四条先生」

 

 重力トレーニングあらためセルフウェイトトレーニングはエナジーを持て余し気味の万桜には合っていた。

 負荷状態に慣れたうえで能力を解除すると本当に身体が軽くなったような気がする。

 

「じゃあ、あっちももしかしたら使えるかな?」

 

 身体強化の倍率をすぐに上げるのは難しい。

 強化と保護の比率を掴まないといけないし、制御できるエナジー量も一気には上がらない。

 なら、能力を複合したら?

 速く動くのに色んな効果を組み合わせるのと同じだ。

 筋肉や骨を一時的にパワーアップさせて身体能力を無理やり上げる。

 もちろん身体に負担がかかるしめちゃくちゃ疲れるのであまり有用ではないが、

 

「ギリギリの状況とかでは役に立つかも」

 

 将来、危険な場に赴くのであればいろんな手段を持っておいて損はない。

 体育祭でも、もし点差ギリギリで最後の種目とかになったら使ってみてもいいかもしれない。

 

 まあ、そんな状況はそうそうないだろうが。

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