性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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二年目の体育祭

『心奏の体育祭ってほんとにすごいですねっ! わたし、見学だけで目が回っちゃうかも』

「あはは、わかる。わたしも去年驚いたなあ」

「しっかり楽しまないと損だよー? 三回しか出られないんだから」

 

 やってきた体育祭、一年生たちは憧れのイベントにとてもはしゃいでいた。

 自分たちも去年こうだったと思うと若干恥ずかしいような、後輩たちが微笑ましいような。

 ちなみに、雛を「可愛いなあ」とばかりに見つめている瀬奈はこれで三回目になる。

 

「瀬奈ちゃんは五回楽しめるんだからちょっとズルいかも」

「なに言ってるんですか、万桜ちゃん先輩。ウチだって歌姫科として参加するのは今回からですよー?」

『あ、そっか。普通科は普通科同士で当たるようになってるんだよね?』

「そうそう。だからちゃんと競争はできるけど、ハブられてる感ちょっとあったんだー」

 

 歌姫科と当たると得点が取れなくて悲しいことになるので、どっちがいいかは難しいところだ。

 

「雛ちゃんたちも楽しんでね、体育祭」

『はいっ、もちろんです!』

「万桜ちゃん先輩たちは三年生に勝ちに行くんでしょ? 応援してるねっ」

「うん、ありがとう。でも、瀬名ちゃんたちにも負けないよ」

 

 後輩たちと歓談した後は、

 

「じゃ、行こっか瀬奈ちゃん」

「はーい、万桜ちゃん先輩」

『え、瀬名ちゃんどこか行っちゃうの?』

「ほら、ウチ生徒会だから仕事があるんだよねー」

 

 新入生なのに生徒会の役員というのも忙しい話である。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「小鳥遊さん、本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「みなさん、よろしくお願いします。みんなを綺麗に撮ってくださいね?」

「それはもちろん。皆さんの雄姿をたくさん撮らせてもらいます」

 

 広報の万桜と渉外担当の瀬奈は揃ってマスコミ関係者に挨拶。

 再度、取材や撮影の際のルールを確認して徹底してもらうようにお願いする。

 学院の教師やスタッフも協力してくれるものの、基本は生徒会主導だ。

 

「トラブルの際は主に生徒会の腕章をつけた生徒が対応します」

 

 生徒たちには「一番近くにいる生徒会役員(※競技中を除く)に繋がる」専用アプリが配布されている。

 連絡を受けた役員が文字通り飛んでいって仲裁等に入る形だ。

 

「瀬奈ちゃんはまだ飛べないから無理せず他の役員に回してね」

「ありがとー、万桜ちゃん先輩」

「ああ、そうか。藤原さんも今年度から歌姫科所属なんですよね?」

「そうでーす。だからウチもデバイスは持ってるから連絡役はばっちり」

 

 AR画面表示や高性能な音声入力等がついていて専用回線を使えるデバイスはスマホより通信しやすい。

 

「ウチ、次の生徒会で広報やるつもりでいるのでよろしくです♪」

「瀬奈ちゃん、前から何回かそれ言ってるよね?」

「本気ですよー? 便利に使ってくださいね、万桜ちゃん先輩」

 

 万桜はまだ二年生なので広報続投可能だし、そもそも会長がスカウトする形式なので役員になれるとは限らないのに。

 今回、会長選のメインとなるのは二年生。

 彼女や、もしかすると絵理華たちも含めた幹部がなにを狙っているか、さすがにもう想像はつくものの今はまだ口にしないでおく。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「じゃあ、万桜さん。運営中は実況をお願いね?」

「はい、頑張ります」

 

 学院長や生徒会長による挨拶を経て、二年目の体育祭が開幕。

 万桜はすぐさま実況チャンネルのライブ配信に入った。

 今回は、複数会場で並行して行われる競技の結果や得点状況を伝えつつイベントを盛り上げる形。

 司会よりもさらにしゃべり続けなければいけないわけだが、そこは随時他の生徒会メンバー等がフォローに入ってくれることになっている。

 

『ほんとあんたのスケジュールぎっちぎちよね』

 

 朝食の席で美夜からは呆れられた。

 

『ね。わたしもさすがにどうかと思うけど、誰かがやらないといけないし』

『そうやって苦労をしょい込むのが万桜らしいわ』

 

 と、言いつつも彼女は髪をくるくると弄んで、

 

『あたしたちにできることがあったら言いなさいよ? その、少しは役に立つと思うし』

『ありがと。二年生のまとめと作戦のほうは美夜たちに任せる』

『お姉様の傍にいられないのは残念ですが、わたくしは生徒会業務と美夜さんのサポートを兼任しますね』

『ミアは頭働かすの苦手だから、ばんばん点数稼ぐね!』

 

 他の生徒たちだって自分の競技に出たり友達の応援をしたり、時には取材を受けたり迷子の子供をあやしたりすることもある。

 みんなそれぞれにイベントを楽しみながら、できることをやっている。

 

『いよいよ始まりました、心奏学院体育祭♪ 年度最初の大きなイベントとなる体育祭も今年で──』

 

 喋っている間に視聴者数が数十、数百単位で増えていく。

 日本中、下手したら世界中から注目されているイベントの公式配信で喋ってるというのもなかなかにすごいことをしている。

 中継は他にもたくさんあるし、あくまで生徒の自主的な盛り上げなのでそこまで気負わなくてもいいのだが。

 どうせなら、みんなに楽しんで欲しい。

 

 万桜は笑顔で、声を弾ませて、多くの人に聞いてもらえる実況を心がけた。

 

 次になにを喋るかは喋っている間に考える。

 場数と思考加速のおかげでこういう時でも比較的慌てずにしゃべり続けられるので助かった。

 休憩する時や自分が競技に出る時は誰かにバトンタッチ。

 

「万桜ちゃーん、頑張れー!」

「一位期待してるからねー!」

 

 去年は、ある意味孤独に走り回っていたというのに、今年は大注目だ。

 負けられない。

 万桜は、全力を振り絞って。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

『多くの競技が行われる体育祭も、残すところ後僅かになってきました』

『かなりの接戦ね。過去にもあまり例のない展開になってきたんじゃないかしら』

 

 あっという間に時間は流れていく。

 美夜が采配し、奏音が補佐し、ミアが大暴れして。

 他のみんなも頑張ってくれて、二年生と三年生は一進一退の攻防を続けていた。

 

 実況チャンネルには相手役として生徒会長の絵理華が加わっている。

 

『主力同士の衝突を避けたのが効いたかしら。二年生の作戦の成果ね』

『先輩方に予想されたらどうしようかと、わたしたちはどきどきでした』

『考えないわけではなかったけれど、外れたら格好悪いじゃない。それに』

『それに?』

『わたくしたちは受けて立つ側だもの。奇策は使わず、それでも壁として立ちふさがるだけ』

 

 話している間も当然、競技は行われていて。

 

『この障害物競走が勝負の鍵になりそうね』

『二年生からは下剋上を狙うわたしたちのリーダー、松陰美夜が参加しています』

『実力と能力のバランスが良い子ね。なにをさせてもそつがない』

 

 視界に表示されている仮想モニターには美夜たちの奮闘が映っていた。

 網の下をくぐり、平均台を渡る美夜を見て絵理華は笑みを形作る。

 

『障害物競走は身体能力が高ければいいとは限らない、難しい競技よ』

『そうですね。走る距離は短いので最高速よりも初速が重要ですし、勢いがつきすぎると止まれません』

『身体強化をしていると転びやすくなったりすることもあるのよね。特に真剣な時は』

 

 落ち着いて、淡々とミスをせず、ひとつひとつこなしていける生徒が強い。

 万桜向きではない。

 万桜は、競技でなければ飛ぶなりテレポートで済ませてしまうタイプ。

 こういう状況で強いのは、

 

『これは、もしかするともしかするかしら』

 

 二年生が思った以上にポイントで迫ってくるので、三年生は少し焦っている。

 細かいミスが重なり、その隙に美夜に追いつかれてしまう。

 後はもう意地の張り合い。

 万桜はどきどきしながら勝負の行方を見守り、

 

『今、二年生の松陰美夜選手が一着で、一着でゴールしました!』

 

 息を切らせながら瞳を潤ませる美夜を見て、万桜まで涙が出てきてしまう。

 チャンネルの画面には得点状況が表示され、各学年の順位が修正。

 僅かながら、ここで二年生が三年生を追い抜いた。

 

『下剋上の可能性が現実的になってきたわ。ここまでやるとはね、褒めてあげるわ』

『絵理華先輩、悪の女王様みたいになってます』

『あらひどい、わたくしはこんなに良い先輩なのに』

 

 コントを繰り広げつつ、万桜は残りの種目をおさらいする。

 

『これは、ひょっとすると最終種目までもつれこむでしょうか』

『そうね。……万桜さんは、たしか最終種目にエントリーしていたわね?』

『はい。というか、絵理華先輩もですよね?』

『そうね。面白そうだから、この種目を最後に持ってきてみたの』

 

 今年のプログラムは従来のものに大きめの改良を加え、新規の種目も追加された。

 生徒会役員である万桜は会議に参加していたのでもちろん知っている。

 最終種目。

 敢えて一種目だけ、他の会場にも中継する形で大々的に行われるのが、

 

『各学年、代表者一名によるダンスバトル。決着をつけるには相応しいんじゃないかしら』

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 本来、アーティストの実力の優劣というのは比べづらい。

 入学早々、万桜たちはライブバトルなるものをやったが──あれを含めたライブの際には観客のインプレッションで疑似的に点数をつけている。

 今回は、もっとわかりやすく勝ち負けが決まる方法だ。

 

『メイン会場にダンスバトル用の筐体が用意されたよ! あれだよね、よくゲーセンとかにあるやつ』

『歌姫用に調整された特別製だよ。超高速モード対応のやつ』

 

 バトンタッチされた生徒会役員が解説する中、万桜は絵理華たちと共にその前に立った。

 

 ナチュラルポジションから八方向に設置された足踏みパネル。

 振りつけに応じてタップする用の上部パネルがさらに四つ。

 

 指示を確認するためのモニターも付いているものの、指示は各自のデバイスでも確認可能。

 

『超高速ってどのくらい早くなるの? 言ってもそんなに早くはならないっしょ』

『ボクたちは歌姫だよ? 踊っているうちにどんどん早くなって、最後は馬鹿みたいな速さになるよ』

 

 映える勝負に際して、衣装はミニスカートのドレス。

 観客や生徒が他の会場からもぞくぞくと詰めかけている。

 熱狂的な歓声。

 心奏の体育祭で、ポイントレースがここまでもつれこむなんてそうそうないからだ。

 

「お姉様!」

「万桜、負けるんじゃないわよ!」

「万桜ちゃーん、がんばれー!」

 

 三人の声援も聞こえた。その直後『ファイトです、万桜先輩!』大声が響いて会場が一瞬しんとなり、真っ赤になった雛が俯く。

 くすりと笑って、万桜は、気合を入れた。

 

『曲はクラシックのメドレー。指示通りにステップやタップができるかどうかで四段階のポイントが入って、その合計で勝敗を決めるんだって』

『早くなる曲についていけなくなったら全部ミスになるから、反射神経とスタミナの両方が重要なハードな競技だよ』

 

 多くの人が固唾をのんで見守る中、三人が並んでニュートラルポジションに立ち。

 

『では、スタートです!』

 

 曲の開始と共にステップを踏む。

 最初は原曲通りのスピード。

 それでも、パネルが全部で十二もあるので決して簡単ではない。

 落ち着いて、着実に、最上級のexcellentを稼いでいく。

 

 徐々に早くなっていく曲。

 

 応じて思考加速の倍率が増加、身体能力と感覚を強化し、極限までシンプル化した指示表示に基づいて即座に動いていく。

 止まってしまうことは許されない。

 スタミナと集中力を削りながら追われるようにステップを重ねていると──「あっ!?」一年生の代表が悲鳴と共に転倒した。

 

 思考加速も身体強化もまだまだ練習中のはず、素の実力だけではさすがにきつい。

 

 万桜たちでさえ、自己強化の範疇で可能な最大限を要求される。

 曲はあっという間に倍速を超え、四倍速へ。

 一般人の目にはもうなにがなんだかわからないだろう。

 万桜も無我夢中、視界から色が失われ、極限の集中状態の中で考えるより先に身体が動く。

 

 負けたくない。

 みんなが積み重ねてきた成果を、無駄にしたくない。

 

 限界を要求され続けながらも必死に食らいつき、

 

「本当にすごいわ、万桜さん」

 

 悪魔的なスピードに翻弄される中だというのに、その声が妙に静かに聞こえた。

 

「一か月後には追い抜かれるかもしれない。けれど、だからこそ、今日この日は──あなたにとっての壁として立ちふさがるわ」

「っ!!」

 

 歯を食いしばり、身体に限界を超えさせる。

 身体強化に、保護をかけない身体の過剰強化を重ねる。

 悲鳴を上げる身体を強引に動かし、エナジーを総動員して能力を支えて。

 

 後に聞いた話だが、隣の絵理華も必死の形相をしていたらしい。

 

 後年、璃々は「一番大きなライブでもここまで必死な絵理華様は見られませんでした」と万桜に語った。

 それくらい、ギリギリの勝負。

 さらに加速する楽曲に、限界以上をさらに超えて。

 

「────っ!?」

 

 その勝負は、後に学院史に残る名勝負として語られるようになる。

 

 二年生が努力と知恵で三年生に肉薄し──惜敗した体育祭。

 

 メドレーが残りほんのわずかのところで足を滑らせた万桜は、そのままパネルに手をつき。

 はっと顔を上げたところで、曲の終わりを聞いた。

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