「お姉様! わたくし、いったいどれだけ心配したか……!」
「か、奏音。苦しいからちょっと緩めて」
「妹に心配をかける姉は少し苦しんだほうが良いのです!」
双子の妹が抱きついたまま離れてくれない件について。
最終種目。
数秒の差で曲を完走できずに崩れ落ちた万桜は、あのあとすぐに病院へ運ばれた。
保健室ではなかったのは大事を取ってのこと。
どっちにしろ誰かがテレポートすれば一瞬なので設備が整っているほうがいい。
みんながやってきたのは時間的に閉会式が終わってしばらく経ってから。
美夜にミア、雛に瀬奈のほか、あげはまで。
「得点発表には代わりにあたしが出たわよ。……まったく、無茶するんだから」
「……うん」
美夜の顔を見たら、我慢していた思いが溢れてくる。
「ごめん、勝てなかった」
「ばーか、あれ見せられて『なんで勝てなかった』なんて言えるわけないでしょ」
溢れる涙をぬぐう前に、奏音ごと美夜に抱きしめられた。
しばらく泣いたら涙は収まり。
顔を上げたら、ミアたちが「自分も抱きつきたいけどさすがにそれは」とおろおろしているのが見えた。
なんだかおかしくてくすりとしてしまう。
「万桜ちゃん、体調は大丈夫なの?」
「うん。全治一日、激しい運動しないなら帰ってもいいって」
「エナジーが枯渇したわけではないのね?」
「頑張りすぎて身体のほうがついていけなくなっただけだから大丈夫」
「その子、危険な身体強化を重ね掛けしてたから注意したほうがいいわ」
みんなを安心させようとしたら、後から来た絵理華に釘を刺された。
「無理しすぎよ、万桜さん。わたくしが言えた義理ではないけれど」
「絵理華先輩。……あとちょっとで勝てそうだったのに、悔しいです」
「言ったでしょう、あなたの前に立ちふさがるって。もう少し先輩風吹かさせてちょうだい」
「お姉様、その危険な能力はもう使わないでくださいね」
「う、うん。命のやり取り以外で使う能力じゃないのはよくわかった」
「命のやり取りになるようなところに行かないでいただきたいのですけれど……そうもいかないのでしょうね」
奏音はひとまず「後でお説教です」と言って許してくれた。
「帰ったらみんなを安心させてあげないと。あ、SNSも更新しよう」
『万桜先輩、ちょっと働きすぎじゃないですか……?』
「万桜ちゃん先輩はこういう人なんだよねー。ウチらも見習わないと」
「こいつのやり方は見習うんじゃないわよ、人間には無理だから」
万桜は人間じゃないと申すか。
『
◇ ◇ ◇
元気な顔を見せたらみんな安心してくれた。
限界を超えたパフォーマンスを発揮したせいかお腹が空きまくっていたので、カロリーとか気にせず食べられるだけ食べた。
奏音からお説教という名のハグ要求、からのお風呂と添い寝要求を受けて、ぐっすりと眠って。
「わざわざ来てもらってごめんなさい、小鳥遊万桜さん」
翌日。
昨日の今日で学院長に呼び出されてめちゃくちゃ怖くなった。
恐る恐る訪ねて行くと、彼女は微笑んで、
「昨日は大活躍でしたね。疲れは取れましたか?」
「はい。だいぶ筋肉痛も取れてきました」
「それは良かった。……本当ならお説教もしたいところなのですが、今回の用件は別にあります」
その一言で十分、罪悪感が湧いた。
「万桜さん。今後の時間割選択について、あらためてよく考えることをお勧めいたします」
「え? 時間割、ですか?」
体育祭が終わればすぐ試験になる。
試験が終われば成績発表があって、また時間割の選択だが。
「あなたは一学年上の生徒──しかも、生徒会長を相手に立派に競い合いました。これは称賛に値する成果です」
「でも、絵理華先輩には勝てませんでした」
後から聞いたところによると、パネル操作の精度でも万桜は絵理華に劣っていたらしい。
なので仮に完走していても得点差で負けていた。
「あなたは一日、二年生の主力に生徒会広報の仕事と出ずっぱりだったのでしょう? 万全の状態なら勝負はわからなかったと杉本生徒会長も言っていましたよ」
「それは……」
そうかもしれないと思う反面、絵理華だって仕事で忙しかったし、あの時の万桜は気分的には絶好調だった。
一概に好転したとは認めがたいが。
「簡単に言いますと、それだけできる生徒にこれ以上教えることもあまりないのです」
「でも、わたしはまだ使えない能力も、学んでいないこともたくさんあります」
「ですが、自習で賄えない内容は少ないのではありませんか?」
「それは、そうかもしれません」
テレポートはとりあえず使えるようになったので三年生には進級できる。
語学なんかは下手に先生に教わるより、思考加速して自習したほうが効率はたぶんいい。
「必修科目はこなしていただければ助かります──他の生徒の励みになるでしょうし、体術などは適宜選択するのも良いかと思いますが、時間割を例えば一日二日まるまる空けて、自習やお仕事に費やすのも悪い選択ではないと思います」
「あ……そっか。そうすれば仕事ももっと増やせるんですね」
今までは休日か放課後でないと無理だったのでスケジュール的に無理なものも多くあった。
「試験をこなせるのであれば同人イベントに出るのも恋人とデートするのも自由、それが心奏学院です」
「さすがにそれは極端だと思うんですが」
蛍とかでもそこまではしてないと思う。あげはは実質サボりまくってたが。
「加えて言えば、教えを乞うのは学院の教師でなくとも構いません。知人などに依頼できるのであれば個人指導を受けるのも良いのでは」
「え、っと。あの地下室に外部の人を入れてもいいんですか?」
「構いませんよ。『歌姫』であれば信用できると私は考えます。ここのOGならなおさら」
なるほど、そういうのもあるのか。
真昼に前にしてもらったようにマンツーマンの指導を受けられれば確かにそれが一番いい。
とはいえAクラスの担任に特別扱いさせまくるのも悪い。
誰か頼める歌姫がいれば……。
と言っても誰も思いつかないというか、卒業した蛍以外だと漫画家さん等々忙しそうな人しかいな──。
「あ」
一人いた。
忙しいのは忙しいんだろうが、その気になれば予定を空けられそうで、厚意に甘えても失礼にならなそうな相手。
◇ ◇ ◇
「万桜が私を頼ってくれるなんて嬉しいわ。毎日でも指導してあげる」
「ばーちゃ──志穂さん、本当にいいの?」
「いいもなにも。可愛い孫を鍛えられる以上に大事なことなんてないわ」
万桜の祖母、ベテランの『歌姫』である
連絡したらあっさりと、予想以上の快諾をくれた。
「お金ならもう、死ぬまでに使いきれないくらい持っているし」
「人生で一度くらいは言ってみたい台詞」
「なら仕事もしたらいいじゃない。現役学院生がばんばん活躍すれば宣伝にもなるわ」
そうか、そうすれば学院的にも特待生にした甲斐があるのか。
そういうことならと、
「時間割がだいたい固まったら連絡するから、相談に乗ってくれる?」
「ええ。……むしろ休暇も欲しいし、予定全部空けておこうかしら」
そういうことになった。
同席した奏音は若干、いやわりと万桜を羨ましそうにして、
「お姉様はまた遠くに行く気ですね……?」
「奏音にも特訓してあげましょうか? ああでも、あなたの場合は高速ダイブができるようになってからのほうがいいわね」
高速自動車道に身投げする……のではなく、電脳世界に加速したまま侵入することか。
いやそれどこのSFだよ、まあ奏音ならわりとすぐできるようになりそうだが。
「それができるようになったら先生と一対一で長い時間勉強できるんだ」
「眠気も襲ってこないから便利なのよね。戦闘技術の訓練にはあまり役に立たないけど」
「では、わたくしもおばあさまに教えていただけるように励みます。お仕事のほうは……」
「万桜だけでできる仕事を中心にすればいいじゃない。もちろん、奏音も受けたい仕事があれば受ければいいわ」
「わたしたちは姉妹なんだし、得意なところを分担しよう?」
どうせ一緒に暮らしているのだから、どっちが稼いだとしても同じ家計に入れればいい。
奏音は「ありがとうございます、お姉様」と頷いてから、
「家計まで一緒だなんて、わたくしたちはまるで夫婦ですね」
いや家族だって。
◇ ◇ ◇
「とうとう授業じゃ満足できなくなったのね、まったくあんたは」
「ごめんってば。でも、美夜だって自習増やす手はあるんじゃない?」
「まあね。でも、あたしは人とやった方がいいことも多いから」
コツを掴むのが得意な美夜は歌にしろダンスにしろ参考になる対象が多いほうが良いのか。
『万桜先輩、あまり会えなくなっちゃうんですか?』
「そんなことないよ。寮には戻ってくるし、朝と夜は食堂で食べるつもりだし」
どっかの高山地帯で修行するわけじゃない。
「じゃあ、部室でSMプレイする時間も──」
「うん、あげは部員が変なことしないように部室にも顔を出すから」
「残念」
さすがに二年目ともなるとテスト対策も慣れてきた。
対策と言うか、受けるテストを見越して日々の勉強をしているので直前に慌てることがない。
今までの見直しを行いつつも、雛たち一年生の質問に答えて少しでも安心させたりしながら当日を迎えた。
結果は──。
『3位』
さすがに一瞬、目を疑った。
報われたような思いに、ぐっと胸が熱くなって。
「とうとうここまで追いつかれたか。……でも、まだまだ食らいつくわよ?」
「お姉様に勝てる部分がなくては、わたくしも格好がつきませんからね」
「わかってる。わたしも、もっともっと努力する」
ちなみにあげはもちゃっかりAクラスを確保していた。
雛たちは、
『万桜先輩! わたし、2つも順位上がりました!』
「おめでとう、雛ちゃん。ちゃんと成果が出てるね」
「えへへー。万桜ちゃん先輩、ウチも1つ順位上がりました!」
「うん、おめでとう。順位上がると嬉しいよね」
微笑ましい様子にほっこりする。
そう、順位は上を目指すものだが、1位じゃないとだめとか、入試で合格しなかったら発狂するとかいう家庭のほうがおかしいのだ。
一つでも順位が上がったらお祝いして、だめだった友人がいたら一緒に次頑張るくらいでいい。
努力し続けないと気が済まない万桜のほうがおかしいのだ。
「で、万桜? あんた結局どうするの?」
「うん。思い切って必修以外は空にしちゃおうかなって」
祖母が付きっ切りで鍛えてくれるなら、語学も体術も武術も習えてしまう。
歌やダンスは一人でも特訓できるので融通がききやすいように空けてしまうことにした。
「けっこうお仕事の依頼も入れられそうだしね」
「ふうん。例えばどんな仕事するつもりなわけ?」
「とりあえずアニメの仕事は入れたいよね」
「そこなのね、結局……?」
そりゃそうだ、多くのお客さんの前でライブをする夢はわりと十分叶っているわけで。
そうすると叶えていない憧れはそっちの方向性になる。
最終目標はすぐにどうこうできないし。
「吹き替えの録音だけなら心奏のスタジオでもいけるらしいから、奏音も参加できるんじゃないかな?」
「でしたら是非。お姉様と同じ作品に参加するのは記念になりますので」
「あはは。もらえてもセリフ一つとかのちょい役だけどね」
せっかくなのでそろそろ事務所所属も考えることにする。
ここは奏音とも相談しつつになるが、できるだけ仕事の種類を絞らずにいけるところが良い、という話になった。
「でしたら、この事務所などいかがでしょう?」
「ここ? けっこう古くからあるところだったよね」
「ええ。大手の部類ですので悪徳ではないでしょうし、マルチタレントをプロデュースした実績があります」
声優で俳優でアイドルでetc.とかいうとんでもない化け物がいたらしい。
万桜たちが言えた義理ではないが、それは本当に同じ人間か?
「契約には学院も噛んでくださるので変な条項も入れられません」
「こういう時、専門の学校だと助かるよね」
契約に際してはさすがに母の同意も必要になったものの、娘たちが活躍する話だからか、あるいは祖母も同席したからか、彼女もうるさく言ってきたりはしなかった。
「お姉様、これで本格的に芸能人ですね?」
「思えば遠くに来ちゃったなあ」
二年目にして本格的にプロの世界に飛び込んだ万桜は、年上の『歌姫』たちによる洗礼を浴びせられることになった。