心奏のライブは今回も変わらず大盛況だ。
歓声が裏にまで響く中、万桜は美夜たちと共に順番待ちをしていた。
「わかってるわね、万桜? あたしたちは仲間で、ライバルよ」
誰もがわかっていることを敢えて告げられたのには理由がある。
「今回は特にね。あたし、あんたに負けるつもりはないから」
「わたしだって、全力でお客さんを楽しませるつもり」
今までに比べたらちょっとしたものだが、今回もある仕掛けをした。
奏音とミアも微笑んで、
「全力で行うのは構いませんが、調和は忘れないでくださいませ」
「打ち合わせにないこと始めるのはナシだよ、万桜ちゃん」
今回の衣装は基本デザインを同じくするドレス調だ。
ただし細部のデザインは異なっており、特に胸のリボンはそれぞれ色が違う。
万桜が薄桃色、奏音が濃紺、美夜が金、ミアが紅。
「みんなでいい舞台にしよう」
四人で手を重ねて──上に持ち上げるようにして離す。
程なく、万桜たちの番がやってきた。
──ステージ上の緊張と興奮は何度やってもたまらない。
身体がぞくぞくして、熱くなって、平静ではいられなくなる。
流れ始めたのは軽快なメロディ。
四人はそれぞれの想いと共に息を吸い込み、歌声を響かせた。
美夜の持つ闇のエフェクトが照明を吸い込み、ステージに独特の空間を作り出す。
万桜、奏音、ミアのエフェクトが色味の異なる明かりを産んで四人の姿を引き立たせる。
今回の演出に明確なセンターは存在しない。
万桜と美夜、美夜と奏音、奏音とミア、ミアと万桜。
入れ替わり立ち代わり異なる組み合わせのダブルセンターが演出されて。
競い合うように立ち位置を何度も入れ替えたり。
背中を合わせるようにして美声を響かせたり。
身長差を活かして前後に並び、そこからダンスのようなステップを披露したり。
目にも留まらぬアクロバットを連続で演じたり。
コンビごとに異なるパフォーマンスで見る者を楽しませる。
そして、今回の目玉。
今回選んだ曲はサビが何度も繰り返されるのが特徴になっている。
それを活かして、万桜たちは「サビごとに別の者がセンターで独唱する」形式を選んだ。
歌声も演出も、その時だけは個人のやりたいことを思いきりやっていい。
美夜は闇の中に自分を浮かび上がらせながら、シンプルかつ巧みな歌とダンスを披露。
奏音は緻密な計算によって生み出されるプリズムを刻一刻と変化させながら声を響かせ。
ミアは一瞬たりとも止まらない激しいダンス。
そして万桜は、客席の上を飛びながら光の玉をばらまく。
短い期間ではあるものの、プロの『
今まで以上に楽しく。
今まで以上に美しく。
細心の気配りで、思い切ったその上の大胆さで。
響かせた歌声に、客席は湧き、曲が終わると大きな拍手が響き渡った。
◇ ◇ ◇
『すごかったです、万桜先輩たちのライブ!』
イベント終了後、雛は感激しながらそう言ってくれた。
『みなさん綺麗で、みんな違ってて……! あんなことができるんだって!』
「ありがとう。雛ちゃんと瀬奈ちゃんのライブも良かったよ」
『み、見てくださったんですか!?』
「もちろん。司会しながらだったから映像だったけど、嬉しくて後からもう一回見返しちゃった」
すると『は、恥ずかしいです……』と少女は俯いてしまった。
顔を真っ赤にして『うー』と呻く姿はそれだけで愛らしい。
「ぜんぜん恥ずかしがることないよ。わたしも負けてられないなって思った」
『そんなこと……っ。わたしなんてまだまだで』
雛は謙遜するものの、本当に、彼女のライブには華があった。
あの美夜でさえ「やるわね」と認めていたほどだ。
確かに技術的にはまだまだ。
一年生の中だけで見ても上手い子は大勢いたし、エナジー量や能力精度の関係で演出の派手さもなかった。
それでも、圧倒的だと思ったのは。
「雛ちゃんが楽しそうだったから、わたしまで楽しくなっちゃうんだと思う」
少女が笑顔で、精一杯、歌声を響かせていたこと。
エフェクトによって紡がれる声はとてもクリアで、他の音にかき消されにくく遠くまで届くのに、雛の感情をこれでもかと含んでいる。
おかげで歌い手の感情がよりダイレクトに伝わってきて、高揚が、見ている側にまで伝播する。
映像で見ただけでもそうなのだから、会場で見たら余計にそうだろう。
アイドルの素質、『歌姫』の素質。
なにも、優れた『歌姫』とはエナジー量が多いとか能力が強力とか、そういう人物だけとは限らないのだ。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様、万桜」
「あ、お疲れ様です、絵理華せんぱ……い?」
宴もたけなわとなった頃。
会場の片隅で空を見上げていると、絵理華がそっと近づいてきた。
微笑んで振り返ってから、万桜は違和感に気づいて。
「先輩、いま『万桜』って」
絵理華は「だめかしら?」と笑った。
「十分仲良くなったし、そろそろ良いかと思ったのだけれど」
「あ、はい。それはもちろん。むしろ嬉しいです」
ただ急だったのでびっくりしただけだ。
「良かった。……あなたとは、これからも仲良くしたいもの」
「はい。わたしも、絵理華先輩にいろいろ教わりたいことがあります」
「あら、例えば?」
隣に並んだ少女が悪戯っぽく尋ねてくる。
初めて会った時から大人っぽくて冷静な人だと思っているが、意外と年相応の部分もある。
万桜は「そうですね」と少し間を置いてから。
「去年の生徒会選挙の感想、とか聞きたいです」
「ふふっ。わたくしの話したかったこと、もしかしてバレバレだったかしら?」
「そんなこと。ただ、二学期が始まったら本格的に選挙期間ですから」
出馬するつもりなら夏休み中に準備を進めるべきだ。
絵理華や瀬奈がそれとなく万桜に薦めてきていたことを考えれば、
「生徒会長選。……出てみる気になったかしら?」
絵理華は多くを語らなかった。
無理に薦めようとはしない。
そもそも彼女が理想と野心の塊なので、やるからには自分の意思でと思っているのだろう。
だから、万桜もただ素直に。
「はい。みんなのためにわたしができることが、きっとあると思うんです」
一年間、生徒会に所属してきた意味がきっとそこにあるはずだ。
すると、絵理華は嬉しそうな表情を浮かべた。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。あなたには期待しているもの」
「そんなにわたしを?」
「でなければ生徒会に誘わないし、あれこれアドバイスもしないでしょう」
「絵理華先輩は優しい人じゃないですか」
「もちろん、みんなのために力は尽くすけれど。知人と友人の区別はつける方よ」
それはそうかもしれない。そうでなければさすがに時間も労力も足りない。
万桜は手の届く範囲のみんなを見ているが、絵理華は国、あるいは世界を見ている。
「会長の仕事、良ければ教えてあげる」
「本当ですか?」
「ええ。わたくしが推薦する次期会長候補だもの。それくらいの贔屓はね」
現会長からの推薦とは。
何ものにも代えがたい助力ではなかろうか。
少し涙ぐみそうになりながら「ありがとうございます」と告げると、
「けれど、慢心はやめなさい。あなたが頑張らなければ当選はできないのだから」
「はい。もちろんです。それに、当選がゴールでもありません」
「わかってるみたいね。そうよ、力とは得ること自体に意味があるのではなく、それをどう振るうかに意味があるの」
絵理華は「それに」と続けて、
「手ごわい対立候補が出ないとも限らないわ」
その言葉で万桜が思い浮かべた顔が、ひとつ。
◇ ◇ ◇
「生徒会長選? もちろん出るわよ」
「やっぱり、美夜も出るんだ」
翌日の朝食で尋ねてみると、金髪の美少女はふんと息を吐いてあっさりと答えた。
「生徒会長に軽くあしらわれたこと、まだ根に持ってるもの」
「理屈としては納得してるんでしょ?」
「それとこれとは話が別よ。あたしにはあたしのやり方があるって見せてやるわ」
前に「自分のできる範囲でやる」みたいなことを言っていた気がするが。
美夜も変わったというか、心境の変化があるのだろう。
「あたしが勝ったら万桜、あんたを副会長にしてあげてもいいわよ?」
「えっと。奏音、わたしが会長になれたら副会長やる?」
「そこはあたしに声をかけるべきでしょ!?」
それはそうなのだが、生まれて以来のパートナーを後回しにするわけにも。
すると奏音はくすくすと笑って、
「生徒会を続けるのであれば、わたくしは会計続投を希望します。その方が性に合っていると思いますので」
「そっか。じゃあ、わたしも美夜を副会長に誘うよ」
「ならいいけど……なんか釈然としないわね? あたしは奏音より後なわけ?」
「自慢ではありませんけれど、お姉様のサポートで誰かに負けるつもりはございません」
「そりゃ実の妹は反則でしょ」
と、近くで食事していた瀬奈も手を振ってきて、
「ウチも万桜ちゃん先輩応援するからねー」
「ありがとう。じゃあ、もし上手く行ったら瀬奈ちゃんには広報をお願いしようかな」
「やった。ふふん、まあ前からそのつもりだったんですけどねー」
「万桜ちゃん万桜ちゃん、ミアは?」
「ミアも興味ある? じゃあ、瀬奈ちゃんがやってた渉外担当とか」
美夜が目を細めて「適任ね」と呟く。
「ミアに頼まれたら大抵の中年はOKするわよ」
「ああ、可愛いもんね」
「ミアさんの愛嬌はわたくしたちには真似できません」
「もう、みんな。ミアだって成長してるんだからね?」
そんな彼女は、年上ばかりの環境だからいいものの、さすがにそろそろこのキャラは卒業したほうがいいのでは……と最近少し悩んでいたりするらしい。
確かにミアだから可愛いが、普通の中二がこの性格だったらちょっとアレかもしれない。
◇ ◇ ◇
「ではお姉様。今年の夏も去年と同じような流れで?」
「うん。実家には何日か帰ればいいと思う」
夏の予定についてもあらためて奏音と話し合った。
「去年以上に仕事の予定が入ってるからあんまり時間取れないし」
「そうですね。わたくしはこの期間にこそ励まなければ」
「志穂さんも暇みたいだから誘ってみよっか」
母は嫌がるかもだが、久々にみんな集まるというのも悪くない。
「おばあさまがいらっしゃれば里帰りも楽ですね」
「わたしも誰かを連れてテレポートはまだちょっと怖いからなあ」
一人でならたぶん家まで直行できるくらいにはなったものの、まだ志穂に鍛えて欲しい。
そういう意味でも里帰りに同行してくれると助かる。
「生徒会長選の準備はどうなさるんですか?」
「するつもりだけど、そこまで大がかりなこともできないじゃない?」
スピーチの原稿を用意しておくとか、マニフェスト的なものを考えておくとかそのくらいだ。
「根回しなどはなさらないんですね」
「政治家じゃないんだから。や、マンガとかだとたまに見るけど」
人心掌握術とか誇っても仕方ない。
絵理華ならそういうのも駆使するかもしれないが、万桜がしたいのはみんなのためになることだ。
他の誰かが会長に選ばれるのなら喜んでそっちを応援するだけ。
「美夜以外にも立候補する人いるのかなあ」
「少なくとも一人、わたくしは存じておりますよ」
「え、誰?」
「あげはさんです」
「あー」
既に立候補の意思を表明しているという元先輩、現後輩の
「私も出る。こんな機会を逃すチャンスはない」
「あげははいったいなんで生徒会長になりたいの?」
「それはもちろん、多くの生徒に人の生きる喜びを知ってもらうため」
エスエムと勘違いして研究会に入ってきた子に言われるとすごく怖い。
「具体的には、生徒会役員によるリフレを常設して、希望者を罵ったり軽く痛めつけて幸せを感じてもらいたい」
「それは、あの、いかがわしいお店なのでは……?」
「性的な行為は一切しないからなんの問題もない。『ざぁこ♪ ざぁこ♪』と罵ったり、軽く縛ったり、冷たい目で見下ろしたり踏んだりするだけ。合意の上の遊び」
「うん。わたし、あげはにだけは負けないように全力で頑張るから」
「お手伝いいたします、お姉様」
「なんで二人とも私にそんなに冷たいの」
とは言ったものの、あげはのような生徒が気軽に立候補したことは生徒会長選の注目度を上げ、活発な立候補を促す効果はあったようで。
少し先の話になるが、二学期に入って立候補した生徒の人数は片手では数えきれない数に上っていた。