鹿紫雲一は天才である。
彼はほとんど全ての呪霊、術師に対して、近接格闘と呪力に付帯した小規模な電撃のみで勝つことができる。彼の体術に追随できる者はほとんど存在せず、出来たとしても電撃に対応できずに死ぬ。
鹿紫雲一は凡人である。
鹿紫雲は反転術式が使えない。
領域展開もまた、使えない。
呪力による肉体の強化は優れているが、それも五条悟や両面宿儺ほどではない。
だが、彼の電撃は反転術式による回復を許さず、『設置』して使用できる電撃は領域の外殻を外側から攻撃して破壊することができる。領域を破壊するまでの時間は彌虚葛籠で稼げばよい。
反転術式が使えずとも、領域展開が使えずとも。鹿紫雲はそれによるディスアドバンテージを打ち消すことができる。そして、呪術的センス以上に戦闘センスが要求されるような近接戦闘になればそこは彼の土俵だ。そこでの競い合いにおいて、彼は人生で一度も負けたことがない。
故に、彼は当時最強の術師として、その名を轟かせたのだ。
(まあ、何かあるとしたら十中八九、領域展開だろうな。宿儺のことだ、雷くらい切っても不思議じゃない)
呪術師共通の奥義、領域展開。
戦況がひっくり返ることがあるとすれば、だいたいの場合はソレが原因になりがちだ。
鹿紫雲は宿儺のことを甘く見ていない。五条戦の後も伏魔御厨子を展開することが出来るだろうと踏んでいた。
その上で、展開されても勝つ、とも。
(閉じない領域のことは知ってる。普段通りに外殻を破壊して簡単に攻略というわけにもいかないだろう。だが、どれだけ強大な技だろうと無敵なわけじゃない。何かしらの弱点はあるはずだ。
報告にあった羂索の閉じない領域との共通項。結界中央に出現する構造物。無駄な要素や偶然の一致ということはないだろう。アレが、結界に対して外殻の代わりに『要』の役割をしているんじゃないか? それを破壊し、成立できなくさせれば、領域はどうなる?)
既に先の流れで戦場を走り回った時、鹿紫雲は領域破壊用の雷撃──『雷霆』を設置していた。あとは鹿紫雲の意思に従い、自由なタイミングで宿儺へ向けて放電することができる。『雷霆』は四本の雷撃を同時に集中させる大技。如何に強固な構造物であろうとも、縛りによって威力を底上げし、蓄電量も十分な現状なら破壊可能であると、鹿紫雲は踏んでいた。
(それに、別の策もある。閉じない領域は外殻を生み出さず、相手を閉じ込める役割を放棄した代わりにその範囲を広げているらしいが……今の状態の俺の機動力なら十分に逃げられる。なんなら、アイツの斬撃が俺を殺し切る前に、俺が雷撃でアイツを殺し切ってもいい。刃物が肉を裂くより、雷が地面に落ちる方が圧倒的に速いのだから)
1. 弱点と想定される、中央に出現する構造物を破壊する。
2. 術式解放状態の機動力を活かし、領域範囲外へと逃げ切る。
3. 死ぬ前に殺す。
鹿紫雲には伏魔御厨子に対して三通りの対策があり、それが鹿紫雲の自信を裏付けしていた。
鹿紫雲の放った雷撃が命中する。
(さて、どう出る)
(……? なんだ、アレは?)
当然、宿儺は今回の雷撃を防いでいた。
だがそれは、御厨子による防御ではなく。
地面から突如現れた、手のひらだけで人一人をすっぽり覆うほどに巨大な、黒い骨の腕によって防がれたからだった。
「オマエの読みは正しい」
「恐らく、五条悟と戦った後では俺が満足に御厨子を使うことが出来ないと踏んでいたのだろう。事実として、俺は消耗している。領域を出すこともできん」
「まあ、だが、それは御厨子の話なのでな」
「魅せてやろう」
「領域展開」
「
闇が、溢れ出す。
(なんだ……!? 伏魔御厨子じゃない……!? 俺の知らない領域!! いや、これは、宿主である伏黒恵の領域か!!!!)
宿儺を中心として、光の一つさえ反射しない漆黒が急速に広がっていく。
それは瞬く間に鹿紫雲を飲み込み、さらにその背後へも侵食し……地平線の先まで、大地を黒く染め上げてしまった。
(広い! 領域の終端が見えない! 恐らく、伏魔御厨子よりも、広範囲の領域!)
宿儺が立っている地面が盛り上がる。
盛り上がっているのではない、
宿儺の足元から出現する、大量の、黒い、骨。
それらが寄り集まって「何か」を組み上げ始めた時、鹿紫雲の判断は迅速だった。
「チッ!!!! 彌虚葛籠!! 『雷霆』!!!!」
鹿紫雲が走り回って設置した、東西南北四つの起点。そこからそれぞれ一本ずつ、極太の雷撃が同時に発射される。
東西南北という呪術的に意味を持つ置き方、四本の雷撃を同時に着弾させ、威力を相乗的に上げることで、単純な四連撃よりも出力を底上げする撃ち方。
領域使い、反転使い問わず、これまで数々の術師を屠ってきた、鹿紫雲一の最大最高の奥義である。
「まあそう焦るな」
それが、防がれる。
雷霆は確実に機能していた。正しい方角、正しいタイミングによって撃ち込まれ、普段通り、最大の効果を齎す状態で撃ち込まれた。現に雷撃が直撃した『骨』の箇所は無惨に破壊され、ボロボロと崩れて落ちている。
単に、その被害箇所が、全身のサイズと比べて余りにも矮小だっただけで。
「授業の時間だ。茶くらいは飲むことを許してやろう」
「俺の領域、伏魔御厨子は外殻を構成せず、それ故に領域の押し合いや外殻の破壊といった既存の領域が抱えていた弱点を克服した、奥義なわけだが……当然、それとは別に消しきれなかった欠点も存在する。というか、回避しようとした結果新たに生まれた形だな。今の攻撃を見る辺り、オマエも気付いてはいたのかもしれないが、中央の寺院だ。俺の領域はアレに依存している。外殻の破壊による崩壊がない代わりに、寺院を破壊されることで崩壊してしまうという、また別の欠陥を背負ってしまったワケだ。俺は当然それを補うため、領域を出す時は常にその上に立ち、防護する構えを取っていたんだが……この、『嵌合暗翳庭』は違うぞ」
地上にいる鹿紫雲は当然、知るよしもないことだったが。
嵌合暗翳庭の領域は、真円ではなかった。
ところどころが歪み、捩れ、場所によってはぽつんと覆っていない小さなエリアすらある。
上空からそれを見れば、しゃれこうべの形を模した巨大な影絵であることに、気付けたはずだ。
「俺もこの領域は何度か試し撃ちをしていてな。どうやら、領域に収まる分だけ好きな数、式神を出せるという効果のようだ。伏黒恵はシンプルに無数の式神による物量で相手を押していたようだが、他の用途があると思わないか? この術式は、式神をこねて、混ぜることができるのに」
「例えばそう」
「生み出した式神全てを融合して、一体の巨大な式神を生み出すとか」
宿儺を包み込むように、
「拡張術式」
「