(命を賭けた縛りか!)
宿儺は鹿紫雲の行動を見た瞬間、直感的にそう判断した。
目の前の術者は、己が命を捨てたのだと。
完全開示や術式の出力上限など状況を考慮した論理的判断も、その直感を裏付けしている。
「──先ほど、俺が避けようとしても当ててみせる、と言っていたな」
宿儺の口角が上がる。
「そんなつまらんことはせん!!!!!! 来い!!!!!! 堂々と、正面から!!!!! 叩き潰してやろう!!!!!!」
宿儺が両腕を広げ、それに呼応するように餓煮髑髏が重心を落とし、両腕をクロスさせて防御の構えを取る。
そして、鹿紫雲から煌めきが放たれた。
曇天を白く染め上げるほどの輝き。それが餓煮髑髏の両腕に命中し、その両腕を瞬時にして融解・蒸発させた時点で、棒立ちで受けられる技ではないと宿儺は判断する。
(術式の要件を変更する!!)
拡張術式・餓煮髑髏はあくまで嵌合暗翳庭の術式効果を用いた宿儺のカスタム技であり、嵌合暗翳庭そのものが最初からこうと決まっていたわけではない。当然、応用が利く。
宿儺は餓煮髑髏の要件を変更。一体の巨大な骨の怪物であることを放棄させ、再生を続ける無数の骨の壁であるように変更。骨の怪物から姿を崩して瓦礫状になったそれをさらに、前方へ集中させる。
バシャバシャシャシャシャ!!!! と、勢いよく地面から骨が噴出しては組み上がり、そして崩壊させられていく。物質が融解する際の熱が宿儺の肌まで届いていた。
だが、そもそも嵌合暗翳庭の領域範囲は極めて広く、それを一点に集めた際の式神の湧出速度は尋常なものではない。加えて今、この領域を展開しているのは呪術史上最高の術師だ。
骨の壁を「掘り進めて」くる閃光を逆に食い殺さんと、黒い骨の奔流が迎え撃つ。
「ぐぎぎぎぎ……」
しゅうしゅうと、鹿紫雲の両腕から煙が上がる。
操雷術式による出力上限は、術者を電気から保護する安全装置的な役割も果たしていた。今はそれが外され、ただ攻撃を支えているだけで術者である鹿紫雲の肉体へダメージがやってくる。
電気が皮膚を焼き。
焼けた皮膚は煙を上げながら炭化し、ひび割れ、ボロボロと崩壊していく。
そしてその傷は腕から顔、胴と手のひらから近い位置からどんどんと進行していき、このままでは落命の縛り等関係なく肉体が致命的なダメージを負うであろうことは間違いなかった。
それでも鹿紫雲は怯まない。宿儺から目を逸らさない。最初に取った構えを崩さない。
光が目を焼き、暴れ狂う雷が自らを炭に変えていこうとも。
鹿紫雲は決して揺るがない。
もうそれしか鹿紫雲にできることはないからだ。本当に、これ以上、鹿紫雲に残された手札はない。あとは閃光を撃ち切って、終わり。だから、これを全力全開で、全身全霊で、可能な限り完全な状態で放出する。
本質的に、鹿紫雲は器用な人間ではない。
鹿紫雲は小細工という言葉を知らない。彼にできるのは結局のところ、一撃の威力を上げて敵を倒すことだけである。
「オオオオオオオオァァァ”ァ”ァ”ァ”ッッッッッッ!!!!!!」
喉も割れよとばかりに──いや実際に文字通り割れさせながら──叫ぶ。
命を雷光に変え、鹿紫雲は最後の一滴までその力を振り絞った。
そして。
白く輝く雷光と黒い骨の濁流が、拮抗する。
(──勝った!!)
宿儺、ここで勝利を確信。
もうあの老人にこれ以上戦況をどうこうできる手段は残されていない。正真正銘最後の最大火力を打ち消し切れた以上、今の体制を維持し続ければ、それで終いだ。
「ざんね──」
「術式反転」
「赫」
ドッ、と、突然。
真横からの衝撃が、宿儺の側頭部を襲う。
普段ならばなんてことのない一撃。大した威力も籠っていない。なんなら、普段の宿儺であれば小揺るぎすらしないだろう。眼球に当たろうと気にも留めないかもしれない。その程度の威力。
だがそれは、呪力強化による防御力が低下し、それ以上に目の前の鹿紫雲の砲撃を捌くのに手いっぱいになっていた現状においては、極めて致命的で──
「五条悟……!? 貴様、生きて──」
「ざまーみろ」
宿儺が反射的に送ってしまった視線の先には、瓦礫の中に身を潜め、最後のチャンスを伺っていた五条悟。
ただし、その胴体は御厨子によって泣き別れになった時のままであり、その額には大量の脂汗が浮かんでいる。
反転術式では胴体の再生まではできない。
だが、血液の補填を行うことはできる。
そして、五条悟は六眼による呪力の超精密操作により、平時は自然補填される呪力による釣り合いで実質消費をゼロにすることができるほどに、呪術のコストパフォーマンスが高い。
鹿紫雲が乱入した時点で腕を使って移動し、身を潜め。
常に回し続けた反転術式で、今の今までその命を繋ぎ止めていたのだ。
そして生命維持分の反転術式を攻撃に回した五条は今度こそ、失血により絶命する。
だが、そうまでして作ったこの隙による効果は、確かに絶大で──
「しまっ──」
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
バランスが崩れる。
宿儺による制御が一瞬失われた骨の濁流は、瞬く間に雷光に食い破られ、宿儺へ殺到する。
その光は、一瞬で宿儺の肉体を焼いていく。
「ガッ……!!!!」
(これは、無理だ!!)
宿儺が最後のカードを切る。
「──『
世界を断つ斬撃。
空間ごと物体を切り裂くその一撃は、無下限を貫いたように、鹿紫雲の放った雷光を真っ二つに切り裂く。
二つに分断された雷光が左右に分かれ、宿儺の後ろを抜けてゆき、空を貫き、雲を吹き飛ばし、空を強制的に晴天に変えた。
「……ふぅ。今度こそ、本当に終わりか」
一連の攻防が完全に終了したことを確認し、宿儺はその緊張を解いた。
右を見れば、その瞳から光を消した五条悟が。
前を見れば、全身黒こげに──もはや焼失死体というより、人型の炭と変貌した、鹿紫雲一が。
「死んだか。まるで仏のようだな」
「天晴だ、五条悟。まさかあの状態から、この俺に一泡吹かせるとは」
「そして見事だった、鹿紫雲一。貴様は確かに、強者だったぞ」
そう。
この戦いは、両面宿儺の勝利で終わったのである。
だがそれは完全勝利というわけではなく、それを示すように宿儺の顔には苦々しいものが浮かんでいた。
「十種を、失ったか……」
宿儺は閃光を解によって切り裂く際、御厨子の出力を解を自由に撃てるほどに戻すため、呪物になる前の姿に戻る完全受肉を実行していたのだ。そのため、現在は腕が四本に腹に大口の開いた、異形の姿へとなっている。
そして嵌合暗翳庭は崩壊していた。要の役割を兼任していた餓煮髑髏が破壊されたこと、それ以上に術者である宿儺が伏黒恵であることを放棄したためだ。受肉体が完全受肉によって術式の出力を向上させるように、完全受肉をして受肉先の肉体であることを捨てれば当然、その肉体に依存する形で使用していた術式は使うことができなくなる。
宿儺は十種影法術をひどく「気に入って」いたため、本来であればこの手段だけは取りたくなかったのだが──
「まあ、仕方ないな」
そして。
「宿儺ァァァァァッッッッッ!!!!!」
「来たか。次は……」
鹿紫雲が死に、静かになった戦場に響く、一人の声。
宿儺のかつての受肉先となっていた男、虎杖悠二の叫びである。
それを認識した瞬間、鋭く尖っていた宿儺の眼光が、いっそコミカルなほどに緩み、はぁーとわざとらしく大きなため息をつく。
「小僧……まさか、貴様か……五条悟、鹿紫雲一と来た次に、貴様か……はぁ……」
そして宿儺は、つまらなそうに細めた視線で虎杖を見据え。
「頼むから、すぐに殺されてはくれるなよ?」
次なる戦いの、宣言をした。
本編に合流したためこれにて本作は完結となります。続きはありません。
伏黒が嵌合暗翳庭を展開した際一瞬だけ出現する背骨、嵌合暗翳庭は伏黒の想像を遥かに超えて領域が広大であるため技量に対して外殻の構築に成功しない説(確か原作設定ではなくどこかの読者による与太話だった気がする)、極ノ番、拡張術式、落花の情、鹿紫雲側の受肉など、概ねこれを書くにあたって使いたかった伏線や設定はだいたい全部回収できたと思っています。鹿紫雲自身もまあ戦闘開始前に散々大口を叩いても許されるくらいには強さや描写を盛れたかなーと。
短い間でしたが、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。