"バカでうるさい自称文学少女"と" " 作:鎌獺
結局の所、人間というのは無力だ。
拳を握った所でせいぜい破壊できるのは大きな岩程度で。全力で走ったって確実にチーターからは逃げ切れなくて。何かを叫んだ所で海の向こうには絶対届かなくて。
ああ、悲しいかな。人間とは無力である。けれど、これも仕方ないことなのであろう。南無三南無三。そんなことを思いながら、地面に激突した女の子を避けて先に行こうとして──
「ちょっとちょっと!!君は無視できるのかい!?地面に叩きつけられて!!背中を痛めて!!全く動けないこのワタシをね!!」
──まあ、その、なんだ。無力な人間でも、女の子一人を抱えて歩くことは出来るらしい。
どや顔で叫ぶ女の子を抱えて、そんなことをただ思った。
「いや~助かったよ!!何しろ三メートルぐらいは落ちたからね!!三メートルだよ!?三メートル!!一メートルが一命取るなんて言うぐらいだからね!!ワタシはもう三回は死んでるよ!!わははは!!」
助けた女の子は随分と騒がしい人だった。
この人が隣に居ればきっと鍋のコトコト音なんて聞こえなくて、料理に失敗してしまうだろう。それぐらいうるさい人だ。
「キミも木登りには気をつけた方がいいぜ!!特に枝に座って本を読むなんてね!!バランスがとりづらいったらありゃしないぜ!!落ちたしね!!」
そしてバカだった。
少なくとも高校生にもなって、木登りをした挙げ句、枝の上でバランスをなんとかとりながら本を読むレベルのバカだった。もし、仏様にでもなっていれば今年の賞はこの人のものだったのかもしれない。まあ、三回死んでるらしいので既に貰ってるものかもしれないが。
保健室のベッドで横になっている女の子から目を外して、ちらりと周りを見る。放課後の保健室とやらは誰もいないらしい。怪我をしている子も何かをサボっている子も居ないのは良いことだが、保健室の先生が居ないのは悪いことだ。悪いことにも程がある。そのせいで私はこの女の子を見捨てて帰れないのだから。
名前も顔も知らぬ保険医に悪態をついていると、再び大きな声が保健室に響いた。
「あっ、そうだ!!キミ、もしかして私が木に登って読書をしようとしていた理由が気になっているんじゃないか!?」
気になっているかどうかで言えば気になっているが、何が"そうだ"なのかは分からなかった。更に言えば、アホな理由だろうと検討はついていたから、そこまで気になっている訳でもなかった。
そんな思考を目の前の女の子が分かる筈もない。「そっかそっか!!そこまで知りたいのなら仕方ない!!」と的外れな言葉を口して、その理由を語り始めた。
「まずね!!ワタシは文学少女なんだよね!!」
嘘だった。
一言目からそんなことを断定するのは失礼なのかもしれないが、それにしたって嘘過ぎる言葉だ。
まず、この子からは文学少女らしい知性が感じられない。木の上で読書を試みて、そして落下していることからそれは明らかだ。
そして、文学少女らしい雰囲気も感じない。静かに本と向き合い、または文章を書き、いかにも文学をしているという雰囲気が全くない。うるさいバカ。そんな印象を抱く文学少女など存在しないだろう。
そして、最後に。その子が手に持つ木の上で読んでいたであろう本のタイトルは"イラストでよく分かる!料理入門!"だった。イラストな上に、物語がない。何一つ文学でない(と言い切るのは、早計なのかもしれないが)。
そんな要素を併せ持つその子を文学少女だと認識するというのは、天が地に落ちてくるぐらい無理な話だろう。
「だからさ!!木の上で読書してたんだよね!!以上!!終わり!!分かった!?」
分かんねぇよ、というのが本音だったが、取り敢えず静かに頷いた。
恐らく、詳しく話を聞いた所でこれ以上の情報は期待できない。ただただ本当に、文学少女は木に登って本を読むものだと思い込んでいるのだろう。なんてやつだ。そして、なんてやつに巻き込まれてしまったんだ。早急な保険医の帰宅を望んだが、相も変わらず保健室は女の子以外は静かだった。目の前の女の子がうるさ過ぎるが故に他が聞こえないだけなのかもしれないが。
「しかし、先生遅いね!!どこで油を売ってるのかな!?売ってたとしてなんの油なのかな!?私は"ナン"の油辺りが怪しいと睨んでるぜ!!なんせ、何の油……
ナンの油ってなんだよ(相手のレベルに合わせた激ウマジョーク)、と一応突っ込みつつ最初の意見には賛成である。
女の子をベッドに寝かせてからかれこれ三十分である。保健室の鍵は空いていたから、少し席を外しているだけかと思っていたがそれにしては長い。本当に長い。
職員会議でもしてるのじゃないかと疑うぐらいには長い。というか、本当にやってるんじゃないか?だとしたら、あまりにも無用心だとは思うけれども。
「ふむ……そうだね!!ここは文学少女らしく推理といこうじゃないか!!保健室の先生が保健室をがら空きにし!!その上で何十分も帰ってこないその理由!!文学少女たるワタシが完全に当てて見せようとも!!」
別に文学少女は探偵ではない(そしてこの子は文学少女である筈はない)のだが、きっとこの子の中では違うのだろう。
ちなみにその推理の内容はここでは割愛させて貰う。この子の推理を真に受けるのならば、既にこの学校では連続殺人事件が起きて警察による捜査が始まってるし、この子が背中を痛めた原因が保険医によるものになってしまっていたからだ。
荒唐無稽とはまさにこの事である。せめて、自身の怪我の理由くらいは覚えて欲しいものだ。
しかし、これだけの妄想を語れるのならば確かに文学少女足り得る素質はあるのかもしれない。それにしたって、バカでうるさいが。
「──という訳だよ!!どうだいワトソン君!!ワタシの推理は!?」
少しだけ考える振りをして、〇点と答えた。
「れっ、〇点……!?何点満点中だい!?」
何点満点だとしても〇点は〇点だろ、と答えると明らかに狼狽えだした。なんでそんなに自信があったのだろうか。
「クッ、そんな……!!ワタシの推理はどこで間違えた……!?背中の痛みの責任を保健室の先生に押し付けた辺りか!?」
明らかにその前から間違えていたし、そこの間違いは分かっててやったのかよ、あと間違いを把握してた上で点数を聞くなよ、といろいろ言いたい気持ちを抑えて、溜め息だけを吐く。
そろそろ潮時だろうか。静かに立ち上がり、保健室の外へと向かう。
「……えっ!!帰るのかい!?」
まあ、うん。
保険医が来るまでは居ようと思ったが、これだけ来ないのならば仕方ない。本来ならば保健室まで連れてきた時点で役目は終わりな筈である。別にこの子にこれ以上やれることはないわけだし。
オブラートにそう伝えれば、女の子は先ほどまでの五月蝿さがまるで嘘だったかのように静かになった。外から運動部の活動が、上からは吹奏楽部の演奏が。それらが聞こえてくるレベルの静けさである。今ならば、蛙が池に飛び込む音すらも見逃さないだろう。
「……そうか、それは少し寂しいな」
確かに、他に人の居ない保健室というのは寂しそうだ。下手に外で活発的に活動している生徒が見えるこそ、孤独感も大きくなるというものだろう。
とはいえ、帰りたいという気持ちはわりと前から思っていた本物の気持ちである。であるが故に、普通に出口の扉に手をかけて。一応、職員室に保健室の先生がいるかの確認ぐらいはしておく、と伝えた。
「ありがとう。この恩はいつか返させて貰うよ」
夕焼けの日が射し込むベッドの上で、本を片手に静かにそう答えた女の子の姿を見て────頭に"文学少女"という言葉が浮かんでしまったのはきっと気のせいだろう。
だって、バカでうるさかったし。