"バカでうるさい自称文学少女"と" " 作:鎌獺
どうしようもない程に人間というのは孤独である。
どれだけ思考をこねくり回そうが、その思考が直接誰かに伝わることはなく。誰かがどれだけ言葉を紡ごうが、それがその誰かの思考と一致しているという確証はなく。究極の所、人間とは真の意味では誰とも分かり合えない。分かり合える筈もない。
真の意味で人間が分かり合うには、思考に価値はなく、言葉に意味はない。それでも人間が思考し、言葉を紡ぐのは、結局の所、人間が生きていくために真に分かり合う必要はないからなのだろう。
言葉を投げれば思考が伝わると思えばいい。確証がなくとも分かり合ったつもりになればいい。それを許容すれば、なんてことはないように世界は回る。
「やあ奇遇だね!!元気かい!?私は元気だぜ!!背中は相も変わらず少し痛いがね!!痛すぎて骨が折れたのかと心配になっちゃうよ!!折れるのは心だけで十分だよ!!心も折れて欲しくはないけどね!!あははは!!」
昨日助けたそんな女の子の言葉も、理解したつもりになれば、この子相手でもちゃんとコミュニケーションを重ねられるのだろうか。
校門前、活動を始めた帰宅部連中の視線が集まるのを感じながらそんなことをただ思った。
「いやぁ、無事会えて良かったよ!!キミにはお礼がしたかったからね!!偶然というやつに感謝しなきゃね!!あははは!!」
言い訳のように女の子はそう語るが、実際言い訳なのをこちらは分かっていた。
校門。それは帰る為に確実に通る場所。だから、帰ろうとすれば自然と目が向く場所であり、そこに見覚えのある女の子が、誰かを待つように菓子折りを持って立っている。しかも、それから三十分経とうが動かず、校門を通り過ぎる生徒一人一人に目を向けて何かを確認している。
では、その子が待っているのは誰なのか──という疑問は、もはや疑問に思う必要もないだろう。面倒なのに捕まってしまったものである。
結局、背中は大丈夫だったのかと問えば、五月蝿い返事が帰ってきた。
「まぁね!!私は文学少女!!三メートルも落ちた背中は折れるどころかヒビ一つないってさ!!カルシウムに感謝だね!!キミも食べた方が良いよ!!魚の骨は!!」
何故文学少女であることを挟んだのかは良く分からないが(背中に本でも挟んでいたのだろうか。だとしても、それは文学少女がやることではなさそうだが)、痛みだけで怪我はないというのは良いニュースだ。
三メートルを地面まで落下。コンクリートではなく土の上だったとはいえ、普通なら無事で済むような筈もない高さだ。常人なら普通に骨にヒビが入っている。
魚の骨程度でそこまで骨が強くなるのかは分からないが、これからは意識して食べてみよう、なんてうっすらと思った。あまりにもうっすらなので明日には忘れてしまいそうだが。
「ところで!!キミ、この後は暇かい!?ワタシはちょっと行きたい所があってね!!」
一人で行けば良いのでは?
「それだとキミに恩返しができないだろう!?」
羊羹も貰ってるし、充分礼は貰っている。大したこともしてないし。
「……それは普段から持ち歩いてる羊羹だが!?」
だから?
そう返せば、どうこちらを説得すれば良いのかと女の子は頭を抱え始めた。
別に恩はもう羊羹で返されたのだから、気にせず解散してくれるのが一番有り難いのだが、この子はこの子でなにかしらの計画があるのだろう。こちらもこちらでさっさと家に帰りたいという気持ちがあるのだが。
というか、自然に一緒に帰っていたから忘れていたけれど、この子の帰宅路は今歩いているこの道で合っているのだろうか。恩を返す、それだけの為にわざわざ帰り道を合わせているのだろうか。
その可能性が頭に浮かぶと、最初に無駄に三十分待たせたのも相まって途端にこちら側が申し訳なくなってきた。たかだが保健室まで運んだだけでそこまでされるとはこちらも思ってないのである。既に羊羹すら貰っているというのに。
目の前の女の子と同じようにこちらも頭を抱え悩み続けること数分。ようやく覚悟を決められたので、腹をくくってこの子の行きたい場所へとついて行くことを決めた。非常に面倒だが、ここで無視できる程心というものを失っていなかったのが敗因である。
その意思を伝えれば、途端に抱えていた頭が軽くなったようで、こちらを見て相変わらずも五月蝿い感謝の言葉を投げられた。正直、恩なんて羊羹どころかそういう言葉だけでも充分だったのだが、今更である。
「それでは共に行こうじゃないか!!キミへの恩を返すためにね!!果てなき道をれっつらごー!!」
何処に向かうのかは知らないけれど、果てというものは合って欲しいものである。
どうやら向かうべき道そのものは己の帰宅路と変わらないようで、見知った道を歩いていく。ただいつもとは違い、隣に五月蝿い女の子が居るので騒がしい帰り道となった。
通り過ぎる人々がチラりとこちらを一瞥したのを何度も確認したし、電線に止まるカラス達は下を通るだけで空へと羽ばたいて逃げていく。
隣に人が一人増えるだけで、帰り道はここまで劇的に変わるのかと妙な発見があった。
「そういえば自己紹介がまだだったね!!ワタシは二年生!!そして知っての通り文学少女さ!!よろしく頼むよ!!」
こちらは一年生だ。
自己紹介なのに名前を言わないことなんてあるんだ、と思いつつこちらも同じく自己紹介をする。
とはいえ、向こうは名乗ってないのにこちらだけ名前を名乗るのも変なので、適当に学年だけを返しておいた。こんなもの自己紹介も何もない気がするのだか、女の子は満足したようで「そっか一年生!!これからよろしく頼むよ!!」と返された。
果たして、あるのだろうか。これからなんて。
「ちなみに趣味は読者さ!!なんせ文学少女だからね!!学校の図書室の本は四から五冊は読んでるよ!!」
少なくとも文学少女を名乗れる程の冊数ではない。取り敢えず、そこだけは突っ込んでおいた。
「ふっ……ワタシは自前の本を読むタイプだからね!!いろいろな分野をイラスト付きで学んでるのさ!!学校で読んでいるのもそれだね!!」
学校で読んでいる、その本すらも文学ではなかったらしい。本当に文学を接触してないなこの子は。なんでそんなに文学少女を名乗ろうとするのだろう。聞いてみたら、「かっこいいから」ぐらいの単純な答えが帰ってきそうなので聞きはしないけれど。
「それでキミの趣味はなんなんだい!!ワタシの見た所によると、食事が好きだと見たね!!」
その心は?
「一年生なのにデカいからさ!!」
取り敢えず容赦なくボコっておいた。人の心は読めなくても、空気は読んで欲しいものである。
さて、質問の方は特に趣味という趣味が思いつかなかったので、適当に誤魔化して置いた。定期的にやることはあっても、ぼんやりやってるか義務でやっているだけなので趣味かと言われると微妙……そんなことばかりである。
ただ、向こうはこれをクイズと受け取ったようで質問を繰り出したり、的外れな推理を繰り出したりして、答えに迫ろうとしてきた。まあ、明確な答えなど無いが故に全ては不正解なのだけれども。
そんな意味の無い問答を繰り返すこと二十分(己の家はとっくに通り過ぎてしまった)。どうやらこの子の連れてきたかった場所らしい、ケーキ屋へとたどり着いた。
「ふふふ……聞いて驚かないで欲しいのだがね!!実はこのケーキ屋はワタシの実家なのさ!!だから、ケーキの一つや二つぐらいなら恩として奢ってあげるよ!!……あれ!?思ったよりも反応が薄いな!!どうしたんだい!?」
お礼として更にケーキが奢られる。それ自体はこちらにとっても嬉しいものだったのだが、それに素直に喜べない理由がただ一つ。
──いや、帰宅路の方向は合わせてた訳じゃないのかよ!!
そんな頭の中の突っ込みは、困惑している女の子には伝わる筈もなかった。