織田信奈の野望〜戦国に舞い降りし銀ノ刃〜   作:更新亀さん

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今更ですが刃の容姿は犬夜叉の殺生丸です


美濃攻略会議 

いよいよ清洲城の大広間に、織田家の主だった家臣団が招集をかけられた。

家中でも戦巧者と名高い面々が、居並ぶ。

 

会議の議題は、もはや周知の事実――

 

「本格的に美濃攻略を始めるわ」

 

その一言で、空気がきりりと引き締まる。

それはすなわち、天下取りへの第一歩。

織田信奈が本気で“次の戦”へと舵を切った瞬間であった。

 

集まった家臣たちは、緊張感と高揚感を胸に秘めつつ、それぞれに構えを取っていた。

 

「いよいよ天下盗りのおおいくさが始まるんだなっ! あたしの腕が鳴るっ!」

 

そう声を上げたのは、筆頭家老・柴田勝家。

性格は豪放磊落、脳筋一直線に見えて、実は意外と繊細なところもある、武闘派の姉御肌。

良晴の見立てでは、堂々のGカップを誇る豪傑である。

 

あだ名は「六」。

元々の幼名は「権六」だったが、胸が育ち始めた年頃に「ゴンロクなんて可愛くないっ!」と本人が全力で拒否。

その結果、語感のやわらかい「六」に落ち着いたという、いかにも勝家らしいエピソードがある。

武勇の面でも、信奈家臣団の中で並ぶ者は少ない。“人外”の刃を除けば、彼女こそ尾張最強と呼ばれる姫武将だ。

もとは信奈の弟・信澄の家臣だったが、念願の信奈直属部将に栄転したばかりで、今はそのやる気が全身から噴き出すように満ちており、気合いの入りっぷりは全開だ。

ちなみに好物はみそ煮込みうどん。

というか、「みそ味ならかき氷からういろうまで何でもイケる」変わり種の味覚の持ち主である。

 

「稲葉山城は斎藤道三どのが設計した難攻不落の山城。攻略は容易ではありません。三十三点」

 

冷静な声で評したのは、信奈の小姓あがりの若い部将、丹羽長秀。  信奈にとってはお姉さん代わりで、常に温厚。笑顔を絶やさず、滅多に私情を挟まない控えめな性格。

地味ながら織田家になくてはならない存在で、家中では「米五郎左」と称されている。

織田家にとっては、まるで米のように欠かせぬ重要な人材だという意味だ。この呼び名からもわかるようにあだ名は「五郎左」なのだが、信奈は長秀を呼ぶ時に小姓時代の呼び名であった「万千代」を愛用している。

なぜか、なにごとにも得点をつける癖がある。  長秀らしくこれといった大好物はないが、嫌いな食べ物もないそうだ。

 

「ははははは! この勘十郎信澄にまかせてくれたまえ!」

津田信澄、通称勘十郎。

信奈の実の弟で、「尾張一の美少女」の誉れ高い姉に似た顔立ちの御曹司。

趣味は、親衛隊の女の子たちを集めてご陽気に遊ぶこと。

花魁に扮するのが得意で、つまりは女形をやらせれば下手な女よりも色っぽい。  

 

かつては謀反常習者だったが、今では信奈のよき片腕として働いている──ただし、風流を解する伊達者ではあるが武将としての才覚はからきしないので、武者修行も兼ねて荒っぽい柴田勝家の与力となっている。  そのせいか、いつも生傷が絶えない。  

好物は、ういろう。幼い頃に、信奈にういろうで餌づけされたのがきっかけらしい。  

いずれ天下に勇躍した際には、那古野のういろうを全国区のお菓子に育ててみせる、と意気込んでいる。

 

「……姫さまのために、頑張る」

 

ぽつりと、それでも確かな決意をにじませて言葉を紡いだのは、現役小姓の前田利家――通称・犬千代。

信奈の妹分。寡黙だが意外と気は強い。  また、体は小柄だけれども、ど派手な朱槍を得物とする。槍働きにおいてもすでに若武者として一目置かれる存在。

 

しかし、戦で見せる獰猛さとは裏腹に、普段の彼女はとても世話焼きで、素朴な優しさを持つ。

清洲の「うこぎ長屋」では、異世界から流れ着いて右も左もわからない良晴と刃に、

洗濯の仕方から味噌の買い方まで、何かと面倒を見てくれている。

 

良晴にとっては、よき“同僚”であり、よき“仲間”――

そして、刃にとっては、信奈と同じく守るべき“大切な人”

刃の事が好きでアプローチしている。好物はやっぱり信奈からご褒美にもらえるういろう。

 

「大功をたてて、そして、天下一の美少女とイチャイチャしてやる!」

目をぎらぎらさせながら不穏な台詞を口にしているのは、相良良晴。 通称、サル。自称天下一の女好き。

現代日本の高校生だったが、何かのはずみでこの戦国時代の尾張にやってきてしまった。

 

普通ならパニクったり落ち込んだりするところだったが、天性の図太さと戦国ゲーム好きという趣味が幸いして、

「俺さまは未来から来た男!信奈を助けてやらあ!」と一人でやる気まんまんに。

彼を戦場で助けて命を散らした木下藤吉郎になりかわり、戦国ゲーム知識を駆使して織田信奈に天下を盗らせるのが自分の使命、と勝手に決め込んでいる。

夢は、やはり藤吉郎の志を継いで、戦国最強ハーレムをつくること。 那古野めしは嫌いじゃなかったが、こうも毎日みそばかりではさすがに苦手になってきた。

現在の目標は、道三に言われた、陽だまりのように人を包む王になる事。

 

 

「帰り新参・天城刃。姫様にご奉公つかまつる」

 

そう静かに言い放った青年は、信奈の懐刀にして切り札――天城刃。

良晴と同じく現代日本の高校生だったが、何かのはずみでこの戦国時代の尾張にやって来た。生まれる時代を間違えたと言われるほどの剣の天才。

 

寡黙で無欲、戦場においても私情を見せぬ冷静さを持ちながら、信奈への忠誠心は誰よりも深く、揺るぎない。

その在り様は、まさしく“信奈のために生きる男”と呼ぶにふさわしい。

 

かつて、些細な諍いから信澄の家臣を斬り、責を負って出奔。

やがて、「長良川の戦い」にて心の均衡を崩し、自らを見失った。

情を断ち、感情を封じ、ただ敵を屠るだけの剣を振るう彼は、“死神”とまで恐れられる修羅と化していく。

しかし――「桶狭間の合戦」。

信奈の窮地に駆けつけ戦場で、信奈、犬千代、良晴と再会する。

三人の必死の想いが、刃の凍てついた心を溶かした。

 

信奈の下に帰還した今、刃はさらに人間味を増し、心優しい一面を見せるようになった。

かつての冷淡さが消え、仲間たちへの眼差しは驚くほど柔らかい。

なにより――“甘く”なった。

 

それでも、戦場ではやはり最強。

身体能力・剣技・戦略眼すべてにおいて他を圧倒する。

斎藤道三はその才を見抜き、「すでに若き覇王として完成されている」とまで評した。

一人で数百の兵を斬り伏せる武勇は、もはや人の域を超えていると言っても過言ではない。

 

ただ――彼には、もう一つ“恐ろしい”才能がある。

 

無自覚に、女の子を落としてしまうこと。

 

信奈は誰よりも早く、刃の中に“王の器”を見出し、いまや恋心を隠そうともせず、刃に命令をだした。

 

「刃、大名になったら……わたし達を妻にしなさい!」

 

もちろん“達”には、犬千代が含まれる。

 

犬千代は無口で不器用ながら、懸命に自分の想いを伝えようとし、

ねねはまだ恋心と気づかぬまま、刃に振り向いてほしくて毎日奮闘している。

 

愛が分からないが信奈から「わたしと犬千代が教えてあげる」と言われ、手柄を立て大名になる決意をする。

 

「さてと。ワシが築き上げた稲葉山城は、そうそう簡単には落とせぬぞえ」

信奈の義父となって尾張に亡命中の、斎藤道三。

狒狒ジジイ。通称〝蝮〟京の油売りから身を起こし、一代で美濃を奪い取り戦国大名として名乗りを上げたが、一国一城の主となった時にはすでに老境。

天下盗りの夢を、尾張のうつけ姫・織田信奈に託して「美濃譲り状」をしたためたが、美濃を尾張の姫などに渡したくない義理の息子・斎藤義龍に謀反され、長良川で討ち死にするところだった。

 

本来の歴史ならすでに長良川で死んでいるはずの道三を救ったのが、良晴と当時出奔中だったが噂を聞きつけ「姫様が悲しむ」と長良川に駆けつけた刃。

良晴は「道三の爺さんがこっちにいるんだから、美濃はすぐに盗れる」と楽観しているが、刃は「一筋縄ではいかない」と考えていた。

肝心の道三はさっきから渋い顔で扇子を閉じたり開いたり。

 

すでに還暦を過ぎており、寄る年波には勝てず、尾張に来てからはめっきり体も弱っている様子で、あまり無理はさせられない。

だがその一方、かつて蝮と呼ばれた梟雄ぶりは影をひそめ、義娘の信奈がかわいくて仕方がないといった好々爺ぶりを見せている。

今回の戦では清洲で留守を預かってもらうことになるでしょう、とは長秀の見立て。

 

「甲斐の虎、日本最強の甲州騎馬軍団を率いる武田信玄の勢力が急激に膨張しているわ。何年も美濃の攻略に手間取っている余裕はないのよ!」

 

そう言い放ったのは、尾張一国を統べる織田家の当主──織田信奈。

通称、吉。

平時にはうつけ姿で町にふらりと現れ、茶屋で団子を頬張っていたりもするが、ひとたび正装すれば誰もが息を呑む尾張随一の美少女。

 

桶狭間の合戦で、駿河の大大名・今川義元を破って以来、その名声は一気に日ノ本中に轟き、今もっとも勢いのある戦国大名として老若男女から注目されている。

 

もともとは、父・織田信秀が病に倒れたのを機に、若くして姫でありながら家督を継いだ信奈。

乱れに乱れたこの戦国の世を、自らの手で平定し、日ノ本を真の意味でひとつにまとめ上げる──いわゆる「天下盗り」の野望を胸に、今日も西へ東へと駆け回る。

 

南蛮文化にも強い憧れを抱いており、宝物は宣教師から贈られた地球儀。

いつも種子島(鉄砲)を肌身離さず持ち歩いているのも、未来を見据える彼女なりの覚悟の表れだ。

 

そして──日ノ本を平定した暁には、海を越えて南蛮を相手に回す“七つの海の大冒険”を夢見ている。

それはもはや、現代から来た良晴や刃でさえ目を丸くするほどのスケールであり、時に「本気かよ」と呆れる者すらいる。だが、信奈は本気だった。

 

大好物は、なごやこーちんの手羽先。外はカリッと、中はふんわり──山椒の風味がきいたそれをかじると、自然と機嫌もよくなるという。

 

だが近頃は、それ以上に彼女を上機嫌にする“何か”があった。

浅井長政からの求婚を、信奈はあっさりと──むしろ即断で──突き返した。

「あんな男に私の野望は託せない」とは本人の弁だが、それ以降、なぜかやけに機嫌がいい。刃のそばにいれば無言でニコニコ、背中が見えればついていき、朝の支度では櫛を髪に通しながら頬を赤らめている始末。

戦や政治のこととなれば鋭い眼を見せる彼女が、なぜか刃と目が合うたび照れたようにそらす。

 

「……おおかた、刃どのと何かあったのでしょうな」

 

と静かに呟いたのは、長秀の談。

 

そんな織田家中の重臣たちが集まって、ついにこの日、美濃国攻略の大号令を主君の信奈が正式に下したわけである。

信奈は、ジャンボてばさきをかじりながら美濃の地図を足下に広げ、家臣団に「美濃を奪うわよ」と宣言した。

「正義は、織田方にあり! 蝮からの美濃譲り状もこちらにあるし、義父である道三を再び稲葉山城に帰還させてあげたいという立派な大義名分もあるわ。斎藤義龍は、父親である道三を追い落として美濃一国を奪い取った不忠者よ」

 

「しかし、美濃の国人たちは斎藤義龍どのを正式な主として認めております。なかなか結束は崩せますまい。二十点」 と、長秀。

 

道三が、茶をすすりながら凄みのある声で述べた。

「そもそも美濃は、主君の土岐氏からこのワシが奪い取ったのよ。義龍はワシが育てたとはいえ、かねて正式な美濃の守護であった土岐氏の嫡流と噂されておった。美濃の国人たちにとってはワシこそが不忠者。そうおいそれとは防衛線を破れまいて」

 

「蝮、腰が妙な具合に曲がってるけど、大丈夫?」

 

「……げほげほげほ。ちと、気合いを入れすぎてしもうたかのう。おおお、腰が……」

 

「しかし道三どの。稲葉山城も、城下に広がる井ノ口の町も、あんたが全部設計して作ったんだろう?ってことは、奪う方法だってちゃんと考えてるんだよね?」と、楽観的な勝家。

 

「教えてくれないか、道三どの。一見難攻不落の稲葉山城にも、弱点があるんだろ?」

「それがのう、勝家どの。なくもなかったがの、今は──」

「い、今はなんだよ?」

「──今の稲葉山城は、落ちぬ。このワシの智謀をもってしても、落とす術がまるで見つからぬのじゃよ。かの甲斐の虎・武田信玄でも、あるいは越後の軍神・上杉謙信をもってしても、現在の稲葉山城はまず落とせぬであろうな」

 

「な……なんだって────!?」 「蝮、ほんとうなのっ?」

「これは一大事です。十二点……いえ、三点です」

「……どうしよう、刃、良晴」「犬千代、とりあえず慌てよう!」

「……わあ、わあ」

刃を除く一同が、騒然となった。

 

「考えてもみよ、勝家どの。そもそも、ワシが自分の手であの城を落とせるのであれば、長良川で義龍ごときを相手に無様な負け戦などしておらぬわい」

「そ、そう言われてみりゃ、その通り……で、でも、いくら手勢が少なかったとはいえ、道三どのは長良川でどーして義龍軍にボロ負けしたんだ?いくら息子相手だからって、情に流されて手を抜くあんたじゃないはずだろ?」

「その通りよ。実はのう……」

「じ、実は?」痛む腰をとんとんと叩きながら、道三が種を明かした。 「……今の義龍のもとには、このワシをはるかに超える天才軍師がおってのう。悔しいことにワシは、どうあがいてもそやつにはかなわぬのじゃ」

「天才軍師?」そんなの美濃にいたっけ、いやいや道三どのが軍を独裁していたはず、と勝家たちが顔をつきあわせて首をかしげる。

「美濃に天才軍師が隠れていたなんて……わたしも聞いた覚えがないわよ、蝮」

「ふぉっふぉっふぉっ。誰も知らぬのも無理はない。実際、きゃつはこれまで世に出ることを嫌ってずっと隠れておったんじゃからな……その者の名は」  

竹中半兵衛だな、と良晴が正解をさっさと言い当ててしまった。

「こらっ、小僧っ! せっかくワシがここまで話を引っ張って盛り上げたというのに……うおおお、腰がっ腰が痛むっ!?」

 

「知ってるの、サル!?」

「知ってるも何も、戦国の歴史に名高い大天才軍師じゃねーかよ!その智謀はアイテム補整なしでも最強の98だ!」

 

またサル語だわ、『愛手夢』とは何かしら、むむっ人物に点数をつけるのは私の役目ですのに、と一同がひそひそ話。

 

「あ、あれれ。竹中半兵衛は〝今孔明〟と称されているんじゃなかったのか?なんで、誰も知らないんだ!?刃は知ってるよな?」

「名前ぐらいならな」「あたしはしらないよっ!」「……いまこうめいさんって、誰?」

「サル、あんた実は美濃から来た間諜なんじゃないの?」

「おいおい最後のはひでぇだろ、こらっ信奈っ」

「無礼ね! 気安く呼び捨てにしないでよ、このサル介っ」

「無礼はそっちだろっ」

道三が笑った。

「ふぉっふぉっふぉっ。さすがは織田家中、智慧第一と称される小僧じゃ。その通り、竹中半兵衛は人前に出ることを極度に嫌う性格で誰にも知られておらぬが、ワシは密かにあれを〝臥龍〟と呼んでおった」

 

「臥龍──伏せている龍。『三国志』に登場する伝説の大軍師・諸葛亮孔明がそう呼ばれていたな。やっぱり、半兵衛ってのは孔明なみの天才なのか?」

サルのくせに中国の古典に詳しいなんて生意気だわ、と信奈が口をへの字に曲げた。

 

「そうじゃ。この日ノ本には、実は二人の天才軍師が隠れておる。この二人を味方にできれば、天下はたやすく盗れるであろう。まずは美濃の竹中半兵衛が〝臥龍〟、こやつは雲を得ればたちどころに天へと昇る早熟型の大天才児よ。もう一人が〝鳳雛〟──鳳の雛じゃ。不器用な性格ゆえに育つのに時間はかかるが、成長すればそのわき出る智謀はまさに鳳の如しとなろう。そやつが播磨の……」

「黒田官兵衛、だな。爺さん」

うおおおっワシ秘蔵の隠しネタが次々と小僧に暴かれる!と道三が悔しげに呻いた。

 

「良晴どのよ。そなた、まさに織田家中の〝智慧第一〟じゃのう!」 「いやいや。どっちも戦国ゲームで見知っている有名武将だっただけさ……そこまで褒められると逆に申し訳ねえ。つーか遊びまくっていただけなのにはずかしい」

「ぬう。げに恐るべきは、サルの国に伝わるという幻の巻物〝戦国芸無〟よ」

俺はサルの国から来たんじゃねえ!と良晴が吠えた。

「そうよ、たまたまサルの国が進んでいるだけで、こいつが智慧第一なわけがないじゃない。蝮、竹中半兵衛という軍師はそんなにすごいの?」

「それはもう。とりわけワシや信奈どのにとっては、相性最悪の強敵なのじゃよ」

「どういうこと?」 「さて。信奈どのに説明しても、はたして理解してもらえるかどうか……ワシらのような合理主義者にとっては、容易に信じがたい異能の持ち主でのう」

「異能の者……胡散臭いわね」

「竹中半兵衛はのう、ただの軍師ではのうて、陰陽師じゃ。すでにこの国からあらかた失われた、古式ゆかしい軍略を知っておる」

陰陽師って平安時代の昔に京で流行していた、占い師の類じゃないの? まだそんなのがいたわけ?と信奈。

 

「時代は南蛮よ。そんな古めかしい軍師なんて、わたしの敵じゃないわ。どうせはったりなんでしょう」

 

「論より証拠、一度手合わせしてみればわかるぞい。ただし――首を取られるかもしれぬぞ」

 

 斎藤道三の声音は、冗談とも本気ともつかぬ曖昧な響きを含んでいた。だが、その目の奥に揺らぐ光は、真剣そのものだった。長年、修羅場を生き延びてきた老獪な男の勘が、竹中半兵衛という名に確かな警戒を抱いているのだと、誰の目にも明らかだった。

 

 けれど、その忠告めいた脅しに、織田信奈は一歩も引かない。

 

「ふふっ、刃がいるんだから、それはあり得ないわ」

 

 彼女はわずかに顎を上げると、挑発を笑い飛ばした。風を切るようなその口調には、自信と信頼が込められている。道三の言葉に乗ってやる――だが、それはあくまで自分の流儀で、という意思表示だ。

 

「いいわ。だったら――ただちに美濃へ出陣!」

 

 その声とともに、椅子を蹴るようにして立ち上がる。茶色の髪が弾むように舞い、目には鋼のような光が宿っていた。もはや彼女の中に、ためらいや迷いといったものはない。ただ戦うのではなく、“狩り”に赴く。そんな野生の猛禽のような気迫が、部屋を一瞬で支配した。

 

「竹中半兵衛とやらが、どれほどのものか。この目で、はっきり確かめてやるわ!」

 

 その言葉が発された瞬間、居並ぶ家臣たちの胸に電撃のような衝撃が走った。あまりに鮮やかで、まぶしすぎる意志の強さに、誰もが言葉を失った。止める言葉すら見つからない。否、止める気など、最初から起きなかった。

 

 ――そして、信奈はそのまま部屋を飛び出した。

 

 まるで烈風のように。意志の強さがそのまま勢いとなって、誰よりも速く動き出す。

 

 だがその背を、静かに追いかける者が一人。刃である。

 その歩みには無駄がなく、騒がしさもなかった。ただ一言も発せず、迷いもせず。誰よりも静かに、しかし誰よりも確実に、信奈の背を追っていた。それが自分の役目だと信じている。そして、それが心からの“願い”でもあるからだ。

 

「お、おいっ! 勝手に出陣するんじゃねえよ、信奈ーっ!」

 残された良晴が慌てて立ち上がり、机に膝をぶつけながらも大声で叫んで駆け出した。その後ろを、困惑と焦燥の入り混じった表情の犬千代が、黙って追いかける。

 

 その一連の動きの中で――良晴の胸に、ふと黒い影が差した。

 

(……桶狭間の時のようなわけには、いかないだろうな)

 

 あの時とは違う。相手が、違いすぎる。そう思った瞬間、背筋に冷たい汗がつたった。良晴の中で、確信に近い不安が芽吹いていた。

 

 そして、背後からかけられたひときわ渋い声に、彼は足を止めることになる。

 

「小僧――」

 

 それは斎藤道三だった。信奈の出陣を見送ったあとも一人腰を下ろし、酒も口にせずに鋭い目で空を見ていた男が、良晴を呼び止める。

「信奈どのは、おおかたは敗れるじゃろう」

 

「……え?」

 

 良晴の目が見開かれる。

「まぁ、信奈どのの命が奪われることはない。あやつ――刃が守っておる以上、それはもはや確定しておる。じゃがの、戦とは何が起きるかわからぬ」

 

 道三の目が、細く鋭くなる。

 

「念には念を。そういうことじゃ。……信奈どのには内緒で構わん。ワシに、川並衆を五十人ばかり貸してくれぬか? いざという時のための、手としての」

良晴は、素直にうなずいていた。

 

「義父・道三が奪われた美濃を奪回する」

信奈率いる総勢千の尾張勢は夜陰に乗じ、木曽川を浅瀬から粛々と渡り、一路美濃領へと侵入した。

目指すは、斎藤義龍が籠もる稲葉山城。

ぱらぱらと美濃兵たちが迎撃に打って出てきたが、そのことごとくを信奈軍は道々撃退していった。まさに当たるべからざる勢いで破竹の進撃。

尾張兵といえば東海最弱、主君の信奈はうつけ姫──。

少し前までは、誰もがそう侮っていた。

 

しかし桶狭間の合戦で奇跡的に勝利した信奈勢は勢いに乗っており、意気地がないことで知られていた尾張兵たちも、

「うちの姫さまは、うつけどころか、実は英雄だったぎゃあ」

「見たかえ聞いたかえ。桶狭間へ向かう夜、討ち死にを覚悟なされた姫さまが歌い舞った『敦盛』の泣けること、泣けること」

「それはもう、えもいわれぬ美しさだったらしいみゃあ」

「あの麗しい姫さまのためなら、たとえ火の中水の中、だみゃあ」  と、めずらしく戦意にみなぎっていた。

いつの時代も、男は可憐な女の子に弱いものである。

 

もちろん先手は、織田軍一の勇将・柴田勝家。

中軍に信奈自ら率いる親衛隊。その両翼を支える丹羽長秀と前田犬千代。そして、信奈の懐刀にして織田軍最強の剣士、天城刃。

後詰めには「尾張最弱」とささやかれる津田勘十郎信澄と相良良晴。 日頃は勝家の与力を務める信澄だが、精強な美濃勢との戦ではものの役にたつまいと案じた信奈が、弟を後詰めに回したらしい。

 

 

「木曽川も無事に越えたし、敵兵たちも蹴散らしたし……竹中半兵衛の“異能”ってやつ、やっぱりはったりだったのかしら?」

 

 進軍の途中、夜霧に包まれた長森の小道。馬上の信奈が、やや挑発気味に呟いた。だが、その声音にはかすかな緊張が滲んでいた。あえて強気に振る舞っているのは、兵たちの士気を落とさぬため――本能で感じているのだ。この霧の奥に、何かが潜んでいると。

 

「姫……相手は、かの道三どのが“自分では勝てぬ”と認めたほどのお方。油断は禁物です。……三十五点」

 

 隣を進む万千代――丹羽長秀が、ひらひらと扇を振りながらそう釘を刺す。軽妙な口調ながら、その眼差しは鋭く、周囲を油断なく見回していた。

 

「……刃、どう思う?」

 

 信奈のすぐ背後、霧の向こうから犬千代の声が届いた。不安を抑えるように、彼女は手綱をきゅっと握る。

 

「そうだな……これで終わりではないのは確かだ」

 

 刃は低く、しかし確信をもって答えた。その銀の瞳は、霧の中に潜む微細な揺らぎを捉え続けていた。

 

(……先ほどから、絶えず感じる気配。気配を隠すつもりがまったくない……伏兵にしては随分雑だな)

 

 ふと、背筋を冷たい風がなぞった。空気が変わった――自然ではない、人工的な「間」がある。

 

「あら……霧が出てきたわね。しかも、かなり深いわ」

 

 信奈が眉をひそめる。白い吐息がこぼれ、視界はじりじりと蝕まれていく。深く、濃く、静かすぎる霧。

 

「こんな夜更けに……しかも、ここまで濃いなんて異常よ……。……これ以上進むのは危険。一時進軍停止!」

 

 信奈はすぐさま命を下し、伝令が馬を走らせる。ほどなくして先鋒の柴田軍が動きを止め、全軍が“長森”の名を持つ地で停止することとなった。

 

 その先にある井ノ口の城下町。さらに背後に控える稲葉山城まで、あと四キロ足らず。

 

 だが、そのわずかな距離が、今は果てしなく遠く感じられた。三十センチ先すら見通せぬ霧が、まるで異界との境を築くように、世界を隔てていた。

 

「……本当ですね。これは……二十五点、です」

 

 万千代が呟く。軽口のようでいて、口調に浮ついたところはない。

 

「……刃、いる……?」

 

 犬千代の細い声が、かすかに震えていた。視界が失われたことで、彼女の感覚が頼るのはただ一つ――刃の気配だった。

 

「お前の後ろにいるぞ、犬千代」

 

 静かに、確かに。刃の声とともに、そっと肩に温かな手が添えられる。犬千代の身体が一瞬びくりと震えたが、すぐに静まる。

 

 その瞬間――

 

 四方八方から、突如として凄絶な鬨の声が轟いた。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 銅鑼の音が森を震わせ、地鳴りのように響きわたる。森の中、土手の影、茂み、集落の家々――伏せていた美濃兵が、一斉に織田軍を取り囲み、襲いかかってきたのだ!

 

 ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

 霧の中から現れる無数の敵影。その数、まるで地の底から這い出た亡者の群れ。一糸乱れぬその動きが、恐怖を倍加させた。

 

「やはりか……」

 

 刃の声は冷静だった。もはや驚きはなく、すでに想定していた事実が目の前に現れたにすぎない。

 

「……刃、わかってた?」

 

 犬千代が、いつの間にか槍を構え、並び立っている。

 

「いや、だが予感はしていた、美濃兵が弱すぎたからな。不自然なまでに無抵抗。……奴らは、わざと負けて俺たちを“長森”に誘い込んだんだ」

 

 刃の刀が、ひと振りで霧の中の敵兵を切り裂く。その太刀筋は鋭く、美しく、そして残酷なほど正確。

 

「ここは伏兵に囲まれた死地。しかも、この濃霧……地形も視界も、すべて奴らにとって有利な舞台だ。……姫様が見抜けなかったのも無理はない」

 

 信奈が唇を噛み、拳を握りしめる。その瞳に、敗北ではなく、怒りと決意の火が灯っていた。

 

「くっ……迎撃しなさい! 全軍、陣形を整えて応戦よ!」

 

 命令の声が、霧を切り裂くように高らかに響いた。親衛隊が即座に応じ、兵たちは刀を構え、前線がざわめき始める。

 

 刃は、信奈の背中をひと瞥し――再び霧の中へと身を沈めた。

 

(この霧じゃ……犬千代や長秀殿では不利か。槍の長所である間合いが活きない……ならば)

 

 突撃してくる美濃兵。その気配の数は五十を超える。

 

「姫様や犬千代、長秀殿には、指一本……触れさせん」

 

 刃の声とともに、銀の閃光が霧を貫いた。霧の中を駆け抜ける刃の動きにあわせて、赤い線が弧を描く。敵が倒れるたび、赤の軌跡が霧を染め、まるで狐火のように揺らめく。

 

 音もなく、命を奪う銀の影――

 彼が背にいる限り、誰一人として、姫君に触れることなどできはしない。

 

 

敵は、文字通り、いたるところから出現した。

 

東から西から、ジャーン、ジャーンと不気味な銅鑼の音が鳴り響き、濃霧を割って黒い影が次々と現れる。尾張兵たちは度肝を抜かれ、混乱の極みに達していた。浮き足立った者から槍を放り出し、まとまりなく潰走しはじめている。

 

それは後詰の兵たちも同じだった。

 

「う、うわああっ……! 信じられない! あの今川義元を破った尾張軍が、こんなにもろく崩れるなんて!? あ、あ、姉上をお守りしなければ……姉上を!」

 

信澄が顔面蒼白で声を上げる。

 

「落ち着け信澄! あいつのそばには刃と犬千代がいる! 俺が信奈のもとへ向かう! お前はなんとしても手勢をまとめて、後詰の務めを果たせ! 伏兵に注意しつつ、敗走路を確保しろ!」

 

「う、うん、分かった! 流れの緩い河田の浅瀬へ姉上たちを誘導すればいいんだな、わかったサルくん!」

 

「姫のもとへ向かうでござる、相良氏」

 

五右衛門が声をかけ、良晴を乗せたまま馬を飛ばす。

 

忍びは夜目がきく。闇と霧が入り交じる戦場であっても、その進路は迷いなく信奈のいる中軍へ一直線に向かっていた――。

 

 

 

 

中軍。

 

そこに残されていたのは、わずか四人。

 

天城刃、織田信奈、犬千代、丹羽長秀。

その他の兵士たちは、霧に紛れて離散したか、もしくはすでに討ち取られていた。

 

刃は銀の髪をたなびかせ、ただ一人立ち尽くしていた。

その足元には、いくつもの死体が転がっている。いずれも喉を掻き切られ、あるいは心臓を一突きにされ、瞬時に絶命した者ばかり。

刃が――たった一人で三人を守り抜いていたのだ。

濃霧の中、刃は三人の周囲を円を描くように舞い、静かに屍を積み上げていった。

地面は泥と血でぬかるみ、死体の山が三人の周囲に築かれている。しかし、信奈も犬千代も、長秀も――その肌に一滴の血すらついていなかった。

 

「刃、大丈夫……!?」

 

信奈が叫ぶようにして駆け寄る。

その顔には泥も、血も付いていない。なぜなら、刃がすべてを防いだからだ。

 

「ご心配には及びません、姫様。……慣れぬ戦い方故、多少の傷は免れませんでしたが」

 

刃の呼吸は浅く、肩がわずかに揺れていた。

肩口には裂傷。鮮血が滲んでいる。だが――その表情に苦痛はない。冷静さと静謐さ、そして――決意だけがあった。

 

「ありがとう……守ってくれて……」

 

「当然のことをしたまでです」

 

「……刃、ごめん。犬千代、力になれなかった」

犬千代が唇をかみしめながら俯く。

「……これだけ霧が濃い中での乱戦に槍は不利だ。気にするな」

刃はそう言いながら、犬千代の頭を優しく撫でた。犬千代は目を伏せ、静かに頷いた。

 

「やはり刃どのはお強いですね……。助けてくださって、本当に、ありがとうございます。……ま、満点ですっ」

 

長秀が顔を真っ赤に染め、胸元で両手をぎゅっと握りしめながら、恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「気にしないでください。先ほども申し上げましたが、この濃霧では槍は不利です。間合いが取りにくい」

 

「い、いえ……それでも、この濃霧の中であんなに正確に斬れるなんて」

 

長秀は視線を彷徨わせ、やがてその瞳が刃の横顔にぴたりと留まった。

 

「わ、私……つい、見惚れてしまって……その……」

 

その小声は霧の中に溶けるようにか細く、儚げだった。

 

刃はわずかに目を見開いたが、すぐに苦笑を浮かべて視線をそらす。

 

「……褒めすぎですよ。俺は、ただ皆を守りたかっただけですから」

 

その言葉に長秀はさらに顔を赤らめ、そっと俯いた。

 

そしてその様子を、じっと見ていたふたりの少女の目が、じわじわと細く鋭くなっていく。

 

「……ジトー……」

 

「……ジトー……」

 

信奈と犬千代が、ほとんど息を合わせたかのように、同時に刃へジト目を向けた。

 

(万千代、落ちたわね)

 

(……絶対、落ちた)

 

信奈は腕を組みながら一歩、また一歩と刃に近づき、口元にひくりと笑みを浮かべながら、冷ややかに呟いた。

 

「ふーん……“ただ皆を守りたかっただけですから”ねぇ……」

 

犬千代もそれに同調するように、わずかに眉をひそめ、小さく唸る。

 

「……刃、そういうの……ずるい」

 

「えっ?」

 

刃は思わずきょとんとした顔をし、二人を交互に見比べた。

 

「な、何か気に障ることを……?」

 

信奈は鼻で笑いながら言う。

 

「べっつにぃ~? ただ、刃ってば最近、誰にでも優しすぎるっていうか~」

 

犬千代もじっと刃を見つめて続ける。

 

「犬千代も、そう思う……姫さまだけじゃなくて、長秀にも……甘い……」

 

その鋭い視線と口調に、数百の敵を前にしても決して引かない刃が、思わず後ずさる。

 

「ねぇ、刃。あなたは無自覚すぎるのよ。女の子に“守りたかっただけ”だの“気にしなくていい”だの言っといて、それがどう聞こえるか考えたことある?」

 

信奈の言葉に、犬千代の視線が一段と鋭くなる。

 

「……姫武将たらし」

 

二人のジト目が、再び刃をじわじわと追い詰めるように鋭さを増していく。

 

刃は無言で天を仰いだ。

 

――敵は斬れるが、乙女心には斬られる。

 

この戦いに、終わりはなさそうだった。

 

 

半兵衛をどっちのヒロインにするか

  • 良晴
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