織田信奈の野望〜戦国に舞い降りし銀ノ刃〜   作:更新亀さん

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会合

刃は、まだ息の荒さが収まらぬまま、戦場を抜けて本陣を目指していた。

 

袴はあちこち裂け、泥と返り血に染まっていた。

白磁のように滑らかな肌には、刀傷や擦過傷が無数に刻まれ、露出した肩や腕からはまだ微かに血が滲んでいる。

 

白銀の髪は、戦いの熱と血と汗で固まり、ところどころ束になって張りついていた。

陽光を浴びるたび、その髪がどこか儚げにきらめく。まるで、戦場に舞い降りた亡霊のように。

 

――そしてその目。

 

深紅にも似た、どこか色彩を失ったような冷たい瞳が、ただ前を、遠くの本陣だけを見据えていた。

 

初めての人斬り。

その感触は、手の平に、呼吸に、足の裏にすら、なお残っていた。

 

刀が肉を裂き、骨を断ち、命を奪うということ。

これまでいかに稽古で“極めた”と自負していても、実際の斬殺は――まるで違う。

 

身体は動く。技は出せる。勝てる。

けれど、心だけがどこかで悲鳴を上げていた。

 

(……これが、“殺し”か)

 

そう噛みしめるように思いながらも、足は止まらない。

ゆっくりと、だが確実に、彼は一歩一歩を前へと進めていった。

 

織田の本陣へたどり着いた刃は、到着するなり眉をひそめた。

 

(……呆れるな)

 

本陣と呼ぶには、あまりにも防備が甘すぎる。

幕舎はあるが、周囲に兵の姿はほとんど見当たらない。

地形的には守りやすい場所にもかかわらず、兵の数も陣形も整っていない。

 

(何で大将を守る近衛兵たちまで前線に出てるんだ? 本陣がら空きじゃねえか)

 

この状況を見て、刃は思わず舌打ちしそうになった。

 

そのとき――

本陣の奥から、激しい金属音が響いた。刃は眉一つ動かさず、すぐに音のする方へ走り出す。

足取りは軽く、だが迷いはない。

何が起きているかを、理解するには十分な音だった。

 

そして、幕舎の裏手――

そこにあった光景に、刃は一瞬だけ目を見開いた。大声で叫びながら、槍をぶんぶんぶんと闇雲に振るっている学生服を着たサル顔の男と、茶色がかった長髪に、赤い羽織。凜とした顔立ちの美少女が今川の決死隊に四方八方から取り囲まれているところだった。

 

刃は無言で、刀の柄を握り直した。

一歩。二歩。わずかに膝を曲げ、地を蹴る。

 

瞬間、風が鳴った。

 

「な、なに奴――ッ」

 

声が届くより早く、銀閃が駆ける。

刃の身はすでに今川の兵の懐へ入り込んでいた。

 

一呼吸の間に――袈裟斬り。

 

血飛沫が宙を舞い、悲鳴すら断ち切るように兵の首が落ちる。

 

「グ、グハァ……!」

 

続けざま、二の太刀。腰を狙い、斬り上げる。

刃の動きは一分の無駄もなく、まるで流れる水のようだった。

 

「……ったく、せっかくの初対面がこれかよ。少しは余裕ある状態で会いたかったんだが」

 

銀の髪が夕日に照らされ、淡く光を反射する。

血に染まった着物の裾を風が揺らすたび、まるで彼がこの世の者ではないような雰囲気すら漂わせていた。

 

「て、てめぇ……何者だ……!」

 

震える今川兵の問いに、刃は低く答えた。

 

「通りすがりの剣士……ってとこで十分だろ」

 

刀を構え直し、腰を低く落とす。

 

――次の瞬間、刃は疾風のように踏み込んだ。

 

次の瞬間には、一人、また一人と敵兵が地に伏していた。

斬撃は速く、鋭く、無駄がなかった。

むしろそれが恐ろしかった。戦場に不釣り合いな“美しさ”があった。

 

突然の出来事に、良晴と信奈はぽかんとした顔で、その場に立ち尽くしていた。

 

刃はすでに刀を納め、無言で警戒を解いていたが、ふたりの間にただ風だけが流れていた。

 

――その時。

 

「ドドドドッ!」

 

本陣の後方から、蹄の音が地を叩く。

軍馬にまたがった一騎の武将が駆け込んでくる。

 

「ご主君、今川軍は退却をはじめました!ご無事でしたか!」

 

勇ましい声を張り上げたのは、甲冑を身にまといながらも、どこか男勝りな気風を漂わせる美少女武将。

その姿に、刃はすぐに気づいた。

(こいつ、さっき騎馬隊を率いて前線で突撃していた女の子武将か)

 

彼がそう思ったのも束の間、次の瞬間、なんとも言えない会話が交わされていた。

 

「な、なんだ貴様はっ?あ、あ、足軽の分際で、あたしの胸をじろじろと!?」

 

怒気混じりに叫んだのは、先ほどの女武将――柴田勝家こと「(りく)」。

 

その相手――もちろん、良晴である。

 

「あっ、ごめん!こんな巨乳の女の子、リアルで生れて初めて見たのでつい……」

 

一瞬、時が止まった。

 

次の瞬間、勝家の顔が火がついたように真っ赤に染まり、腰の刀に手をかける。

 

「貴様ァァァ!! 腹ァ括れぇぇええっ!!」

 

「ま、待て!誤解だ誤解だって! いや誤解じゃないけど、命までは取らないでぇぇ!」

 

刃は思わず頭を抱えた。

 

(何してんだこいつら)刃が止めようとしたとき、ずっと本陣の椅子に無言で座っていた大将、織田信奈が口を開いた。

 

「やめなさい、六!そいつらは一応わたしの命を救ったんだから、褒美をあげなきゃ」

「なんと、それはまことですか?」

 

「ええ。槍でさされそうになったところを助けてもらったわ。特に、そっちの刀を持った方。あの斬り口……素人じゃないわ。今川の兵を、たった一人で制圧していたわ」

 

その言葉に、刃は黙って信奈を見返す。

無遠慮に見つめる信奈の瞳と、銀の髪、血のついた白肌が静かに対峙する。

 

「……そ、そうでしたか。ぎょ、御意。しかし、サル顔はあとで覚悟せよ」

 

「ひ、ひえぇっ」

 

良晴がへたり込み、刃はやれやれと肩をすくめる。

 

だがその場に、ようやく安堵の空気が戻り始めていた。

 

信奈は立ち上がり、歩み寄ってくると、刃の目を真っすぐに見て言った。

 

「あなた、名前は?」

 

刃は数秒間だけ沈黙し、血と埃まみれの自分を見下ろすと、静かに口を開く。

 

「……天城 刃。ただの通りすがりの剣士だ」

 

彼女はふっと、小さく微笑んだ。

 

「通りすがりにしては、あまりにも頼もしすぎるわね。――天城刃、あなた、わたしに仕官しない?」

 

その言葉には、不思議と押しつけがましさがなかった。

傲慢でもなく、媚びるでもなく。

ただ、自らの目で見て、感じて、選び取ったという――揺るぎない信念だけがあった。

 

この少女は、確かに“大将の器”を持っていた。

幼さを残した凛とした横顔に宿るのは、ただの理想ではなく、戦乱の重みを背負った者の意志。

その身で戦の最前線に立ち、命を懸けて仲間を導こうとする姿に、俺は見惚れていた。

 

(――これが、俺の剣の向かうべき場所なのか)

 

まだ刀を握る手には、戦の熱が残っていた。

だがその奥で、祖父の最期の言葉が静かに息を吹き返す。

 

『――守りたいと思える人を見つけるのだ。それが、わしから出す最後の宿題じゃ』

 

今でも、答えを見つけられていない宿題。

だが今、目の前の少女にその答えが重なる。

 

恐れではなく、信頼の眼差しを向けてくる彼女に、俺は試されている気がした。

この命を、剣を、何のために使うのかと。

 

俺はゆっくりと顔を上げ、まっすぐに彼女の瞳を見据える。

 

これまで、自分の剣はただの道具だった。

その力に怯えられ、疎まれ、あるいは欲望の目で利用されてきた。

けれど今は違う。

ようやく、「生きる理由」に、俺の剣が届いた気がした。

 

「……ならば、ひとつだけ条件を」

 

彼女が目を細める。

 

「条件?」

 

「俺の剣は、命令では動かない。……俺自身が“守る価値がある”と信じた者のためにしか、振るうつもりはない。それでも――いいなら」

 

一瞬の静寂が流れた。

信奈はそのまま真剣な眼差しで俺を見つめ、やがて口を開いた。

 

「いいわ。その“わがまま”、私は嫌いじゃない。むしろ――気に入ったわ」

 

そう言って、彼女は手を差し伸べてきた。

迷いのない、凛とした手だった。

 

「ようこそ、天城刃。あなたの剣で、わたしの夢を叶える手助けをしてちょうだい」

 

俺は一瞬、空を仰ぐ。

戦の煙が漂う空に、かすかに陽が差す。

その光に、ずっと失っていた“色”が、ほんの少しだけ戻ってきた気がした。

 

そして、俺はその手を――静かに、だが力強く握り返す。

 

「我が命尽きるその日まで、姫さまの剣となりましょう」

 

信奈の顔に、ぱっと華が咲いたような笑みが広がった。

 

「デアルカ!」

 

その声が、戦乱の空に高く響いた。

 

運命に導かれ、戦乱の只中で出会った少年と少女の物語が、今、確かに始まった。

 

 

その後、学生服のサル顔――相良良晴が、姫さまに向かって懇願していたのは、なかなかに愉快な光景だった。

 

「信長さま!ぜひ俺も足軽として雇ってくれ!」

 

ガンッ!

 

叫んだ直後、彼の頭に鋭く重たい衝撃が走る。見上げれば、種子島の銃床がしっかりと脳天に突き刺さっていた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

「はあ? 誰よ、“信長”って?」

信奈があきれ顔で仁王立ちしながら、容赦なく言い放つ。

 

「わたしの名前は“織田信奈”! の・ぶ・な! 間違えないでくれる?」

 

「ええええっ!?」

 

あまりの衝撃に、良晴の口はパクパクと金魚のように開いたままだった。

 

「何なのよあんたは!? これから仕えようっていう大将の名前を間違えるなんて……あんた、本っ当にバカじゃないの!?」

 

良晴は頭をさすりながら、怒り狂う美少女大将を見上げていた。

 

(口は悪いが……またまた美少女だな~。いや、ここは罵られるのすらご褒美……)

 

そんなアホな思考をしていた良晴に、さらなる試練が襲う。

 

「何をぼけぼけ見つめてんのよ。わたしは、織田信奈! 尾張の戦国大名、織田家の当主よ! ほら、あんたの名前は?」

 

そう言いながら、ずいっと種子島の銃口を彼の口の中へ突っ込んできた。

 

「ぐふっ!?」

 

(やばい、本気で撃ちかねん……!)

 

なんとか名乗ろうとするが、銃口が邪魔で舌がまわらない。

 

「さ……が………ふがふが……は……る……」

 

「はあ? 聞こえないじゃない! わたしはね、グズが大っ嫌いなのよ! もう一度っ!」

 

「さ……ふがふが……は……ふが……る……!」

 

「分かったわ。『さ…………る』ね。あんたの名前は“サル”!」

 

「ちがうっ、ふがふがっ! これを抜いてくれっ!」

 

「うるさいわね!」

 

どがっ!

 

信奈の蹴りが決まり、良晴はその場に転がった。

 

「ったく。あんた、見たこともない変な服着てるし、さっきもウワーって叫びながら槍を振ってただけ。まったく戦いになってなかったし、どう考えてもまともな人間じゃないわよね」

 

信奈はぷいっと顔をそらし、鼻を鳴らした。

 

「ゆえに、あんたは“サル”。はい決定! 名乗る価値もなし!」

 

「ふざけんなっ! 俺は人間だっ! むしろ未来の世界から来たんだから神に近い存在だぞっ!? 命を救ってやったんだぞ、少しは俺をありがたがれっ!」

 

「ひとつ。わたしはあんたみたいな妙ちくりんな存在を“人間”と認めない。

ふたつ。わたしは合理主義。神も仏も信じない。

したがって、結論。あんたは“人間以下”の存在ってことよ!」

 

「それは詭弁だっ!」

 

「でもまあ、見た目はサルよりは人間寄りよ。キーキー、人語らしきものも喋ってるし。つまり――“サル”。あんたは獣と人間の中間種、すなわちサルよ!サルでしかありえないわ!いい? あんたの名前は、“サ・ル”! 以後、それで統一!」

 

「ふざけんな! 人権があああああ!」

 

地面にのたうち回る良晴と、淡々と命名する信奈。

その光景を、刃は少し離れた場所で眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

「……あれが俺と同じ“未来人”か。うん、たしかにただのサルだな」

 

「聞こえてるぞー!? お前も同類だろーがーっ!」

 

戦場の騒音が落ち着き始めたころ、本陣には新たな風――いや、嵐のような2人の未来人が、正式に織田家の名簿に加わることとなったのだった。

 

 

 

 

 

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