始まった。
墨俣一夜城――奇跡に挑む戦いが。
まずは周囲を柵で囲い、敵襲に備えた。川並衆たちは息を荒げながら、間髪入れず材木を運び、柱を立て、梁を組み上げていく。釘を打つ音、掛け声、汗、土埃。それらすべてが夜明けの闇を塗り替えるように満ちていた。
手勢はわずか百。
その大半は刃と共に潜入してきた川並衆で、侍でもなければ正規兵でもない。だが、その目には確かに、死をも恐れぬ覚悟の光が宿っていた。
作業は、驚くほど順調に進んだ。
「神が味方した」と言いたくなるほどに、筏の輸送は滑らかで、組み上げも手際よかった。建材の寸法に狂いはなく、棟梁たちの判断も冴えていた。
だが──。
天は、そこまでしか微笑まなかった。
東の空が白み始め、夜がゆっくりと退くと、築城部隊の姿が稲葉山からはっきりと確認されてしまった。
次の瞬間、狼煙が上がる。
「一大事だ! 墨俣に砦を築かれては、美濃の水運が断たれるぞ!」
「一夜で!? 馬鹿な、奴ら何者だ!」
動揺しつつも迅速に対応する美濃勢。
各地から続々と援軍が集まり、やがてその数は八千を超えた。
怒濤の如く押し寄せる敵軍。
風が運んでくるのは、武者たちの甲冑のきしむ音、槍の地を叩く振動、そして怒号と鬨の声。
「くっ、バレちまった……っ!」
良晴が歯噛みしながら櫓に登る。そこから見える光景は、墨俣の地を呑みこまんとする黒い波だった。
次の瞬間、その頬をかすめて、一本の矢がすさまじい唸りとともに突き刺さる。
「刃!完成まであと一時間はかかる! どうする!? 柵はあっても、敵は数で桁違いだ! 全力で来られたら、ひとたまりもねえぞ!」
「姫様が来るまで、耐えるしかあるまい」
刃の声は、揺るがなかった。
まるで迫り来る八千の敵軍など、ただの風のように受け流す覚悟。
「しかしよ、坊主……命あっての物種だぜ!?」
「そうだ、撤退するべきだ! 無茶だ、これは……!」
「撤退だ、今ならまだ間に合う!」
叫ぶ声が飛び交う中、刃が静かに言った。
「良晴。俺は敵兵を斬りに行く。城を、頼む」
言うが早いか、柵の上を軽々と飛び越え、まるで鷹が滑空するような動きで地を駆ける。
「お、おい待て刃!? お前っ……!」
「相良氏。拙者も行くでござる! これにて御免!」
五右衛門もまた、背中から忍者刀を抜き、ぴょんと猫のように櫓から跳躍した。
たどんをぶん、と投げると、美濃兵の先頭が爆音と共に吹き飛ぶ。その隙にするりと潜り込み、刃と共に敵の只中に斬り込んでいく。
「うわあああ、親分っ!?」
「てめえら! 親分を死なせるなあああ!!」
川並衆が悲鳴を上げ、次の瞬間には、全員が武器を手に立ち上がった。
その眼には、もはや“川賊”の色はなかった。あるのは、“侍”として散る覚悟。
「敵が幾万ありとても! 食い止めてみせるぜ、坊主ぅぅぅう!!」
「野郎どもッ!!ここが川賊から足を洗って、侍になれるかどうかの大一番だァ!!」
「だからお前ら、自分の意思とかねえのかよっ!?」
良晴のツッコミすら虚しく、すでに彼らの心は戦場に染まり切っていた。
「良晴! 五右衛門の援護は任せろ! お前は築城の指揮に集中しろ!」
地を蹴り、刃の後を追う数名の川並衆。その背には、かつての盗賊の影など一片もなく、己の誇りを賭ける戦士の風格があった。
墨俣の地に、風が吼える。
刃と五右衛門、そして川並衆の選ばれし者たちが、八千の軍勢を前にしてわずか五十名の手勢で立ちはだかる。
築城を続ける者、命を賭して戦う者、誰一人として退こうとはしない。
その時、歴史が確かに動いた。
刃は血煙と叫喚の渦の中、冷静に刀を振るい続けていた。
敵の動き、息づかい、わずかな重心の傾きまで見逃さず、首、胸、喉笛を的確に断ち切っていく。
一つひとつの斬撃は鋭く、静かで、研ぎ澄まされた刀そのもののような動きだった。
「五右衛門、俺から離れるなよ。距離が空けば援護が難しい」
「了解でござる! 川並衆には柵の防衛を任せてるでごじゃる!」
五右衛門の声にも、怯えの色はなかった。
戦場の熱と殺気の中、鍛え抜かれた忍の本能が研ぎ澄まされていく。
息を切らしながらも、彼女は刃の背にぴたりとつき、迫る敵の喉に短刀を突き立て、背後の隙を埋めていった。
「……良い判断だ」
短く告げたその瞬間、刃は再び剣を振る。
太刀筋は無駄がなく、風すらも切り裂く冷ややかな鋭さがあった。
──しかし。
(斬っても……減らない)
斬って、斬って、それでもなお、敵は次から次へと溢れてくる。
それはまるで、大地から湧き上がる魔物の如く。
刃は五右衛門と自らに振るわれる刀や槍を弾き、五右衛門は苦無や手裏剣、忍者刀で応戦する。
「数が多すぎるでござるっ!」
「だが、それだけがこちらの救いでもある。敵は同士討ちを恐れて突撃できん」
そう言いつつも──刃の瞳には、焦燥の色が滲み始めていた。
二人で六百──いや、もう七百を超えていたか。
川並衆の奮戦も凄まじい。だが、敵の勢いは衰えない。むしろ──増している。
そのときだった。
(五右衛門……)
一瞬の視線が、仲間の異変を捉える。
呼吸が荒い。肩が上下し、膝が震えている。
疲労が蓄積し、軽やかだった五右衛門の動きに、明らかな鈍さが現れていた。
「死神を討ち取れぇぇっ!」
「そばの小娘、もう限界だ! 狙え!狙え!」
「死神を倒した者には、金も女も城も、好きな褒美をくれてやるぞッ!」
斎藤軍本陣から響く怒号が、戦場全体に届いた瞬間──。
士気が、爆発した。
「うおおおおおおおおっ!!」
「俺が討ち取るッ!!褒美は美濃一国でも構わんのだなァ!!」
(……士気が、上がった?)
刃のもとに突撃してくる兵の数が、目に見えて増えていた。
「五右衛門、しゃがめッ!」
「へっ!?」
反射的に身を屈めた五右衛門の頭上を、閃光のような一閃が走る。
瞬間──背後から迫っていた敵兵の首が宙に舞い、地に落ちた。
すかさず、刃はその刀を敵の首めがけて投げる。
続けて敵兵の槍を奪い、回転させて弓矢を弾き返し、再び投げて別の兵の首を穿つ。
そのまま別の刀を拾い、体を捻って背後の敵を一閃──。
「拉致があかん、五右衛門!」
叫ぶと同時に、倒れかけた五右衛門の腰を抱き寄せ、刃はその小柄な身体を軽々と抱き上げた。
「あ、あわっ!? あ、天城氏っ!?」
頬を真っ赤に染めた五右衛門が、目を丸くして小さく暴れる。
だが、その腕には力がない。抗議すら満足にできない。
「今は喋らなくていい。息を整えろ」
刃の声は、低く静かに、けれどこの上なく優しかった。
そして──
矢の雨と怒号が背を追う中、刃は五右衛門を片腕に抱え、戦場を駆ける。
一方、敵本陣では──
「なぜまだ落とせんのじゃああああッ!! 八千の兵ぞ!?八千が一人の武将と数十の賊に足止めされるなどあり得ん!」
「し、死神が……」
「またか!またあの死神か……!やはり、うつけ姫の駒か……!」
「しかも、小娘を庇いながら戦っております……!」
「なにぃ……!? ならば今こそ討ち取れ!討ち取った者には、褒美を好きに選ばせろッ! 金も、女も、名誉も、何でもやる!」
その声に、兵の目が血に染まる。
「死神の首は……この手で……!」
――そして、殺到する突撃の波。
「天城氏! 拙者をおろすでござる! このままでは……!」
「それはできんな。良晴も、川並衆の連中も──お前を俺に託した。なら、俺はその期待に応えなきゃならない」
そう言った刃の足取りに、わずかな鈍さが見え始めていた。
集中力、筋力、気力──限界に近い。
(……まずいな。このままでは押し潰される)
(──一度、良晴の元まで引くしかない)
刃は苦渋の決断を胸に、再び刀を構えた。
その腕の中で、五右衛門の細い身体が小さく震えていた。
「刃!? 大丈夫かっ!」
櫓の上から身を乗り出した良晴が、戦塵と血煙にまみれた刃の姿を認めて、思わず叫んだ。
その叫びは、怒声でもなく命令でもない。仲間を想う、本気の叫びだった。
刃は無言で跳躍し、柵を軽やかに飛び越えると、抱えていた五右衛門をそっと地面に降ろす。
その動きに、疲労の色は確かに見えていたが、それでもなお彼の瞳は冷静で、鋭かった。
「二人とも、無事か?」
「ああ。……そっちは?」
「だ、大丈夫でござる。……ちょっと、抱えられたのは恥ずかしかったでごじゃるが……」
五右衛門は耳まで真っ赤に染めながら、視線を泳がせる。
「良かった……本当に、無事で何よりだ」
良晴の安堵の声が、少しだけ震えていた。
「城はもう完成間近だ!川並衆も全力で仕上げに入ってる。信奈たちも、すぐ来るはずだ!」
「……そうか。なら、あとは姫様が到着するまで、俺たちで守りきるだけだな」
刃は一息つきながら周囲に目を走らせる。なおも遠くから響く鬨の声、空に唸る矢、緊張がまだ完全には解けていない。
「終わり次第、作業していた川並衆にも柵の防衛に回ってもらってくれ。俺は少し休んだら、また出る」
「拙者も行くでござる! まだ、やれるでごじゃる!」
小柄な体に似合わぬ気迫でそう言い切った五右衛門に、刃は目を細め、静かに首を振った。
「五右衛門、無理はするな。今のお前は、限界の一歩手前だ」
「……天城氏がそれを言うでごじゃるか」
むくれるように言い返す五右衛門。だが、その声にはどこか嬉しさと、照れくささが混じっていた。
「……そうだな。分かった」
刃は苦笑しながら、そっと五右衛門の頭に手を置いた。
「だが、また疲労が見えたら、抱えるからな。文句は受け付けん」
「わ、わ、分かっちゃでござる! だから、それはやめてほしいでござるぅ……!」
顔を真っ赤にしながら抗議する五右衛門に、良晴はつい噴き出しそうになるのを堪えながら、そっと目を細めた。
──戦場の只中、束の間の静けさと、確かな絆がそこにはあった
刃と五右衛門が討ち取った敵兵は、すでに──千五百を超えていた。
血煙と叫喚に満ちた戦場の只中、二人はまるで一つの生命体のように動いていた。
刃が敵兵の突き出す槍を見切り、わずかに身を傾けてその槍を弾けば、刹那──五右衛門の忍者刀が、敵の喉笛を正確に貫く。
五右衛門が一瞬早く跳び出して敵の斬撃を誘えば、次の瞬間には刃がその背後から滑り込み、逆袈裟に斬り伏せる。
矢の雨が降れば、刃がその小柄な体を抱き寄せながら槍を回して矢を弾き、周囲を囲まれれば五右衛門が火薬入りのたどんを投げて視界を塞ぎ、突破口を開く。
その連携に、言葉は──もう必要なかった。
一瞬の視線、一拍の気配、それだけで意思は通じる。
戦場の叫びの遥か前に、互いはすでに動き出している。
音の前に動き、死の前に救い、孤独の前に背を預ける。
まさに──阿吽の呼吸。
呼吸一つ、足捌き一つすら無駄なく噛み合う、究極の連携。
そこにあったのは、信頼の極地。死地にあってこそ研ぎ澄まされる、魂の共鳴だった。
だが──敵の波は、止まらない
刃と五右衛門が千五百もの敵を屠ってなお、地獄の淵から這い出すように、無数の足軽たちが次々と押し寄せてくる。
すでに戦列など存在せず、足元には潰れた死体と流れ出た臓腑が散乱し、泥と血で塗れた地面が悪臭を放っていた。
仲間が呻き声を上げながら息絶えるのを見ても、誰一人として怯まず、逆に血に飢えた獣のような目で突き進んでくる。
彼らを突き動かしていたのは、忠誠心ではない──
「討ち取れば褒美!」
その号令だった。
領地、銭、地位、女──。主命を餌に、命を賭しても惜しくないと信じ込まされた哀れな狂信者どもが、欲望に目を爛々と光らせながら襲いかかってくる。
もはやこれは“戦”ではなかった。
狂気だった。
そして──その狂気は、次の瞬間、ついに一線を越えた。
「ひっ!? あ、天城氏……! あいつら、き、気持ち悪いでござる……っ!」
五右衛門が顔を青ざめさせ、声が震える。戦場の恐怖ではない。
それは──女としての直感が告げる、本能的な危険だった。
その視線の先には、数人の敵兵が、戦場とは思えぬ卑猥な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
血まみれの鎧、脂ぎった顔、泥と血にまみれた手。
だが、その目だけは異様にギラついている──。
刃もすぐに気づいた。
彼らの視線は、五右衛門の細い肩、華奢な腰、震える瞳に釘付けだった。
「あの小娘、捕まえたいな」
「戦の後の楽しみが先に来ちまいそうだぜ」
「どうせ死ぬんだ、せめて楽しませてやらねぇとな、ぐへへ……」
五右衛門が刃の袖を強く握りしめた。
小さく震える身体、目に浮かぶ恐怖と嫌悪。
血も泥も浴びてなお、彼女はその視線に晒される“少女”であることを思い出させられていた。
刃の瞳が、静かに、しかし確実に冷たく細められる。戦場で欲望に狂う者。
そして──己が守るべき者を、弄ぼうとする者。
その全てに、怒りと冷酷さが湧き上がる。
「……クズどもが」
低く、乾いた声。
まるで死刑宣告のようなその一言とともに、空気が変わった。
次の瞬間──。
刃の姿が消える、いや、目で追えなかっただけだった。
剣閃、風すら斬るような閃光。
そして次の瞬間、数人の男たちの笑みが、まるで時間が止まったかのようにそのままの表情で──首ごと宙を舞っていた。
血飛沫が霧のように舞い、誰一人、断末魔すら叫ぶことなく倒れ伏す。
それは、まさしく“死神”の裁きだった。
「怖かったら、俺の腕の中にいてもいいぞ」
ふいに投げかけられたその声は、どこまでも静かで、どこまでも温かかった。
五右衛門の目に、涙が浮かんだ。
逃げたいわけではない。だが、心が震えていた。
そのとき、遠くから新たな叫びが響いた。
「見つけたぞ!死神と小娘だ!」
「今度こそ討ち取れー!」
「褒美だ! 名誉だ! 女も金も思いのままだ!」
またしても、百を超える足軽が殺到する。
「天城氏っ!またいるでござるぅ……っ!」
堪えきれず、五右衛門は刃の胸元に飛び込んだ。
震える手が刃の背に回り、呼吸すら浅くなる。
「……またか。いいさ、そのまま抱きついてろ。──誰一人、触れさせやしねぇよ」
次の瞬間、空気が変わった。
刃の周囲に、まるで見えない外套のように殺気が広がる。
怒りでも、憎しみでもない。ただ静かに、ひたすらに冷たい。全てを拒絶するかのように。
剣が抜かれた。
金属の震えるような残響。
その音は、死の幕開けを告げる合図だった。
ゾーン──極限の集中。理性と本能の境界を越えた、“神域”の入り口。
刃の呼吸は深く、静かに整う。
五右衛門を左腕にしっかりと抱き、右手の刀を構える。
その姿は──もはや“死神”ではなかった。しかし、鋭い殺気は否が応でも死を連想させる。
「いけえええええぇッ!!」
「囲め! 押し潰せぇッ!」
「女ァ! お前もあとで──うげっ!」
刃が、踏み込んだ。
風が鳴る。
大地が震える。
叫びが、血が、飛ぶ。
──激突。
五右衛門を抱えたまま、刃は敵の最前列に肉薄した。
突き出された槍。振り下ろされる刀。無数の矢が交差する。
だが──すべて、届かない。
刃は躱す。
跳ぶ。
弾く。
斬り裂く。
剣筋が閃くたび、敵が一人、また一人と血を噴き飛ばして倒れていく。
鉄と鉄が交差する音。
肉が裂け、骨が砕ける音。
戦場の音色が、すべて刃の背後で消えていく。
「う、嘘だろ……!?」
「小娘を抱いたまま、戦ってやがる……!?」
「なんだあの動き……見えねぇ、止まらねぇ……ッ!」
怯え、混乱し、後退しかけた兵士が、一歩でも退こうとしたその瞬間──
ザン、と。
刃の目が射抜くように向いた。次の瞬間、その兵は斬られていた。
──逃がさない。
──触れさせない。
──絶対に、殺させない。
その意思だけで、刃は戦っていた。
重さは恐怖にならず、むしろ力となった。
五右衛門の鼓動が、左腕に、心臓に、刃の剣に──伝わっていた。
まるで、神域の者。
まるで、守り神。
圧倒的な“速さ”と“精度”に、戦場が完全に飲まれていた。
そして、五右衛門の鼓動が、刃の胸に確かに伝わっていた。
守るべき命がある。その命が震えている限り──刃は、止まらない。
「天城氏! 大丈夫でござるか!?」
「なんとかな」
肩で息をしながら、刃は静かに答えた。
その腕の中には、まだ震えの残る五右衛門の小柄な身体。
刃は百十余の足軽を斬り伏せていた。返り血に濡れた肩は上下に波打ち、疲労の色は明らかだった。それでもなお、刃の瞳には決して折れぬ光が宿っていた。
東の空が仄かに白み始める。その光の中、立ち上る塵煙があった。墨俣を包む戦の地鳴りの向こうに、新たな軍勢が姿を現した。
美濃勢の増援か──誰もがそう思った、次の瞬間。
「た、竹中半兵衛重虎、義によって……いえ……義よりも大切なもののために、刃さんに助太刀いたします……!」
細い声が、戦場に割って入った。
続いて──
「こーん! 前鬼見参!」
「後鬼、見参」
続々と式神が跳梁し、異形の妖しき光が墨俣の西から広がっていく。
「「「「「十二天将見参ッ!!」」」」」
どこかで練習していたかのような大音声。名乗りはあまりにも長すぎたため、途中で一斉に省略される始末。
そして──。
「に、にに、西美濃三人衆筆頭、この安藤伊賀守も……し、仕方なく、天城の坊主にお味方いたす……! あう、あうあうあう……!」
川並衆から借りた手勢を引き連れた半兵衛がポニーのような子馬にまたがり、ふるふると震えながら采配を振り下ろした。
式神軍団に加えて、無事に救出された安藤伊賀守も一族郎党の兵を引き連れていっせいに美濃勢の背後から墨俣の戦場へと割り込んできた。
「おうっ……半兵衛、やはりそなたは儂を裏切ったのだな!この謀反人めが!」
美濃勢本陣に陣取る六尺五寸の大男、斎藤義龍が半兵衛を遠目ににらみながら大音声で叫ぶ。
しかし今の半兵衛は泣きもしなければ、怯えることもなかった。
手足のごとく自由自在に八卦の陣立てを動かしながら、自らも美濃勢へと突進する。
「殿にはご恩がありますが、わたしは──わたしは刃さんに我が軍略と知謀を捧げることにいたしました! たとえ謀反人と蔑まれようとも──後悔はありません!」
あの荒武者を見ると怯えてばかりだった半兵衛が、戦場のただ中だというのにまるで別人のような自信と情熱に溢れていた。
美濃勢は、竹中半兵衛と安藤伊賀守の軍勢に背後をとられて大混乱。義龍が陣取る本陣にまで式神部隊が一気呵成に攻め込んできたとあって、次々と戦意喪失。もはや陣形を守っていることもかなわない。
まさか安藤伊賀守まで……義龍は床几の上で歯ぎしりする。
「安藤伊賀守! 親父どのが取り上げた国人どもの権益を儂がことごとく返してやったというのに裏切るとは!」
「こ、こここの安藤伊賀守、義龍殿に叛意はない! ないんですぞ殿っ! し、しかし……半兵衛が、半兵衛が……!」
だが、もはや言い訳も虚しく響く。すでに彼の兵は、半兵衛と川並衆の指示に従って墨俣の戦場に流れ込んでいる。
命を救われた恩義、そして何より、これまで見たこともなかった姪・半兵衛の毅然たる姿に、心が揺さぶられたのだ。
「……わしは、叛意など……! だが、半兵衛が、あの娘が……!」
うわごとのように繰り返すその姿は、もはや戦国武将というより、一人の戸惑う老人のようだった。
――西美濃三人衆の筆頭、織田方に寝返る。
この衝撃は、西美濃三人衆の残りの二人にも次々と伝播した。
稲葉一鉄と氏家ト全。二人とも主君の義龍が形勢不利になったからといって損得勘定で寝返るような男ではなかったが、揃って竹中半兵衛の崇拝者だった。
ロリコンという意味ではない。織田勢を二度も撃退した半兵衛の神算ぶり、奪った城を義龍へ返す欲のなさ。
あとはふさわしい主君にさえ出会えれば戦国乱世を平定する「今孔明」となるべき娘、とかねてよりそう語り合ってきた。
だが、その半兵衛を、義龍は使いこなせなかった。ただ飼い殺しにし、封じようとするばかりだった。
このまま半兵衛が埋もれてしまえば、この国はいつまでも乱世に沈んだままだ──。
そう嘆き合っていた矢先の、まさかの報せだった。
「義理堅い知将、半兵衛が多勢に無勢を承知しつつこの窮地に駆けつけお味方するとは、天城刃なる者はよほどの器量人」
「みよみよ半兵衛どののお顔がまるで別人のように輝いておる。ついに臥龍は仕えるべき主と巡り会い、天へ昇るか」
と二人は口々に叫びながら、いっせいに軍勢を義龍側へと向けた。
「稲葉伊予守一鉄良通も、天城どのにお味方いたす!」
「氏家ト全直元も、天城どのにお味方いたす!」
その宣言が戦場に轟くと同時に、半兵衛の軍略に従って動き出した三人衆の軍勢が、まるで潮が満ちるように、美濃軍の側面と背面を崩壊させていった。
これで、両軍の戦力はほぼ互角。
いや、士気を喪失しつつある美濃の義龍側が圧倒的に不利となった。
それでもなお、義龍は「ここが死に場所」とばかりに鬼の形相で立ち上がり、六尺五寸の巨体を駆って次々と足軽兵を薙ぎ払っていく。
「……流れが変わった」
腕に抱く五右衛門の身体は、まだ微かに震えている。
だが、その震えが──恐怖ではなく、安堵へと変わりつつあるのを、刃は感じていた。
だからこそ、刃は言う。
「五右衛門、動けるか?」
問いかける声は、あくまで静かで優しかった。
五右衛門は一度だけぎゅっと拳を握りしめ、そして頷いた。
「だ、大丈夫でござる! どこまでもついていくでごじゃるっ!」
「よし。半兵衛の元へ向かい、左右から護衛しながら墨俣城へ戻る。いいな?」
「了解でごじゃるよ!」
言葉を交わす間にも、敵兵が再び二人に向かって押し寄せてくる。
──だが、遅い。
刃が走りながら刀を構え、五右衛門が対になるように背を預ける。
まさに影と陽のような動き。気配だけで互いの間合いを読み合い、無言のままに敵を討つ。
刃と五右衛門は、襲いくる足軽を蹴散らしながら半兵衛のもとへと駆けた。
「半兵衛!」
「刃さん!」
血飛沫の中、互いに声を交わす瞬間には、戦場の喧騒さえ遠ざかって聞こえた。
「よく来てくれた。ありがたいが、良かったのか?」
「はい……わたしは刃さんの家臣ですから!」
息を切らせながらも、その目は迷いなく彼を見つめていた。
「俺と五右衛門が左右を挟むように護衛する。墨俣城まで、全力で駆けるぞ」
「はいっ!」
刃の掛け声と同時に、三人は疾駆する。半兵衛は子馬の背に乗り、左右を守る刃と五右衛門が、突撃してくる敵兵を次々と弾き飛ばしていった。
それはまるで、戦場を真っ二つに裂く光の矢のようだった。
そのまま半兵衛は墨俣城の城門を駆け抜ける。三人が駆け込んだ直後、門が閉ざされ、ようやく一息つく間もなく、半兵衛は叫んだ。
「み、皆さん! この城を防衛拠点として、八卦の陣を構築します!」
城内の将兵が動き出すなか、背後から走ってきた良晴が声を上げた。
「半兵衛ちゃん、本当にありがてえ! おかげでマジ助──」
にこにこと笑いながら振り返ったその瞬間──
良晴の笑顔が凍りついた。
ぐい、と目を凝らし、真正面の光景を見据える。
──その瞬間、彼の脳内で何かが爆ぜた。情緒とか理性とか、すべてを吹き飛ばす雷撃が脳天を貫いた。
「……いや待て、何で五右衛門が刃に抱かれてんだァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!?」
叫び声は、もはや空間を切り裂くような爆裂音。墨俣の空を突き破るかのごとく響いた。
良晴の叫びは、ただの怒声ではなかった。衝撃波となって戦場を震わせ、味方も敵も一瞬「えっ?」と振り向いたほどだった。地面が揺れ、墨俣の空が割れんばかりの絶叫。
そして、それが号砲となった。
直後、周囲の川並衆が一斉に大爆発。
「天城刃ッッッ!!貴様ァァァァァァァァッ!!」
「なにしやがるんじゃゴルァァァァァァァ!!」
「俺たちの親分に、親分にィィィィィィィィ!!」
「抱きつかれてるとかズルい!!この命、今すぐ水に沈める準備できてるぞ!!」
「天城の野郎ォォォ!俺と代われ!一瞬でいい、いや、一瞬でいいから親分の温もりをよこせ!!」
川並衆、暴走。もう誰にも止められない
怒号とも咆哮ともつかぬその狂乱の声は、まさに“本能”の大合唱。その衝撃波に、遠くの雑兵が何人か腰を抜かしていた。
「お前らァァァァ!!落ち着けェェェェェ!!」
良晴は絶叫しながら川並衆の前に飛び出した。両手をブンブン振り回し、なぜか頭のてっぺんから湯気を出しながら、怒涛の勢いで叫びまくる。
「ここ戦場だぞ!? 合戦中だぞ!? てめえらの性癖と煩悩を全開放してる場合じゃねえんだよ!!どこに理性捨ててきたんだよ!?なんで戦のど真ん中で“恋の乱”が起きてんだよォォォ!!?」
だが刃は、全く動じない。川並衆の咆哮を風の音程度に流しながら、静かに一言。
「重度の変態に、何回も狙われたからな。守りながら戻ってきただけだ。……特に最後のやつは、とびきり頭がおかしかった。姫様たちがいなくて本当に良かった。半兵衛も、見ずに済んで幸いだったな」
刃がぼそりと呟くと、良晴が眉をひそめ、直感的に警戒色を強めた。
「……何したんだよ、そいつ」
「まさか、服を脱ぎながら突撃してくるとは思わなかった。全裸になりかけながら“幼女ちゃあああんッ♡”と叫び、泡吹いて笑顔で全力疾走してきたんだ」
「どんなホラーだよ!? 戦場に出現した性癖の魔物かよッ!?!?」
顔から血の気が引き、全身に鳥肌を立てながら絶叫する良晴の隣で、五右衛門がぶるぶると震えた。
「き、気持ち悪かったでござる……っ。拙者のどこにそんな魅力が……身長も低いし、胸もぺったんこだし、喋ると舌も回らぬし……」
「いや、逆にその全部がジャストミートだったんだろうな……変態という深淵を覗いた結果、向こうから握手しに来たパターンだ」
「や、やめてくだされぇぇぇ!! これ以上、記憶がよみがえると……本気で泣くでござるぅぅぅ!!」
ぶわっ、と涙目で刃の胸元に顔を埋める五右衛門。その姿はまるで怯えた小動物。小さな手が、必死にしがみつくように布を握る。
──命を懸けて、守ってくれた。
あの狂った戦場で。刃は五右衛門を片手で抱えながら戦っていた。異常者たちの群れの中、ただ一人で──盾となって。
その温もりが、今も彼女を包んでいる。
……もう離したくない。
五右衛門は小さく息を飲み、震える指で、刃の胸元をぎゅうっと握り直した。
「五右衛門。お前は十分魅力的だぞ?俺も欲しいくらいだ」
「ふ、ふぇっ……!? あ、あ……天城氏!? そ、それって!?」
その瞬間、五右衛門の顔が真っ赤に染まり、混乱と恥じらいが爆発。目をぱちぱちさせながら、刃を見上げる姿は、まさに恋に落ちる寸前の少女そのものだった。その場の空気が一気にピンク色に染まり始めた、まさにその瞬間――
──ドン!!
その爆発音のような音とともに、良晴の理性がついに爆散した。
「おいィィィィィィィ!!刃ェェェェェェェェェェェェッッ!!サラッと口説くんじゃねええええええ!!何でいつも爆弾みたいなこと言ってんだお前ェェェェェェ!!」
全速力で走り寄り、刃の肩をがしっと掴んで力の限り揺さぶる。
「俺がなァァァァァ!また信奈に怒られるだろォォォ!? 『また見てただけなのね!?』って!始まるんだよ!? あの地獄の!秒数指定付き追及タイムがァァァ!!」
「口説いてないぞ?事実を言っただけだ」
「それが一番口説いてんだよおおおおおおおおおッ!!しかもナチュラルに!!善意と優しさと誠実さをミックスした“最強の言葉爆弾”だぞ!?女の子はな、そういうのに一番弱いんだよ!下心ゼロ!誠実!守ってくれた直後!『欲しい』って──それ、完全にプロポーズだぞ!?」
「……?」
「その、何言ってんだコイツみたいな顔やめろォォォォ!!」
良晴が額を抱えて絶叫する。
「お前なァ!そんなんで五右衛門が惚れなかったら逆に奇跡だわッ!マジで神仏が守護してるレベルだわッ!だいたいな!五右衛門抱えたまま戦ってたって、どんな筋肉してんだよ!?あ?人類辞めたのか!? サイヤ人なのか!? なんなんだお前の肉体スペックはァァァァ!!」
良晴の脳内に「片腕で美少女抱えて全方位無双」していた刃の姿がよみがえり、頭を抱えて転がりまわる。
「当然だろ」
刃は平然と答える。
「あんな変態ども──五右衛門に、指一本触れさせるわけにはいかない。俺が片手だろうと、敵が百人いようと……関係ない。守ると決めたら、俺の判断は揺るがない」
「それが一番落としに行ってんだよバァァァカァァァァァァァァァァァ!!!!!」
地響きのような声が響く。地面がびりっと震えた(ような気がした)。
「これ以上惚れさせんな!!俺のヒロインがッ!一人、また一人とッ!減るうううううううううッ!!」
良晴はもはや半狂乱、地団駄を踏みながら刃を指差し、叫び散らす。
足元の土が削れ、地面がズボズボとえぐれるほどの勢いだった。
「お前のそのイケメン正論が一番地雷なんだよッ!!しかもお前、気づいてないかもしれねえけど、ナチュラルにフラグ建築しすぎなんだよッ!!なんでそんなに何気ない一言で女の子を落とせんだよ!? 呪いか!?才能か!?もはや異能かァァァッ!!」
その叫びと共に、腕をぶんぶん振り回し、荒ぶる舞いを繰り広げる。
「顔!満点!!性格!満点!!強さ!限界突破!!誠実さ!爆発!!下心ゼロで、全力で守ってくれるイケメンとか──惚れるだろバカァァァァァァァァァッ!!!」
もはや咆哮。叫びというより、魂の悲鳴だ。
そして──ふと横を見る。
そこにいたのは、にっこり笑顔の半兵衛。式符を手にしながら、空気が凍るような“冷たさ”を放っていた。
周囲に式神がずらりと並び、空がぐらりと陰る。
「うわァァァァァァァァ!!半兵衛ちゃんがガチの呪詛モード入ってるぅぅぅぅ!!目が笑ってねえ!空気冷たい!雷落ちそう!ここ合戦より修羅場の方が命の危機だよ!?!?」
そのとき──
「刃さん……わたしも、抱きしめてほしいです……」
静かに、けれど確かな想いを込めて、半兵衛が口を開いた。
刃は少しだけ瞬きをし、やがて静かに頷く。
「……後でな」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
ぱぁぁぁっと、花が咲いたように、半兵衛の表情が緩んだ。その瞬間、雷雲はすぅっと晴れ、式神たちは音もなく消えていった。
静寂。戦場の喧騒さえ一瞬止まったかのような、奇妙な平和。
良晴はついにその場に崩れ落ち、仰向けで地面を転げまわり、天に向かって魂の絶叫を放った。
「誰かァァァァァァ!この現実を終わらせてくれえええええええええええええッ!!!」
そんな阿鼻叫喚の中、沈黙の刃がふと呟く。
「……良晴。もしかして……お前、俺に惚れたのか?」
静かに、でも確信を込めた一言。
――ピタリ。
良晴の全身が静止した。
「…………ッッッ!!!」
がばっ!と跳ね起き、ひときわ大きく目を見開き、絶叫の構え。
「だからなんでそうなるうううううううううううううううううううううッ!?!?!?!?!?」
顔面引きつり、口をぱくぱくさせ、腕をワタワタと振り乱しながらジタバタと刃の前で跳ね回る。
「いや、さっきからお前……すごい嫉妬してるし、取り乱してるし、俺の顔や性格を“満点”って……」
刃はいつもの落ち着いた声音で、だが珍しく少しだけ眉を寄せながら言った。疑っているというより、「確認」している声音だ。
「それはそうだけど違うわあああああああああああああああああああああああッ!!!!」
良晴、勢いあまってその場でバク転しそうになる。もはや思考が渦を巻いていた。
「満点ってのは“客観的事実”であってッ!惚れたとか!好きとか!そんなんじゃなくてッ!この世に存在する数値的評価の話だッ!性格五段階評価でオール5!模範解答だァァァァァッ!!」
「……そうか。良晴、悪いが……俺にそっちの趣味はない」
その一言は、静かに、誠実に、だが容赦なく──良晴の精神を切り裂いた。
「……って真顔で言うなああああああああああああああああああッ!!」
頭を抱えて叫びながら、良晴は地面をバシバシ叩く。あまりの勢いに、土煙が舞い上がった。
「違うッ!!ちっがァァァァァァァァァァァァァうッッッ!!!」
目を剥き、全身で否定のポーズをとりながら、全力のジタバタを披露する。
「俺にも!ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
空を仰ぎ、魂の底からの絶叫。
「あるわけねぇだろォォォォォォォォッ!!誰がホモだ!!誰がそっち側だ!!違うわボケェェェェェェェェェェェッ!!誤解にも程があるわ!!」
次の瞬間、全身でブンブンと否定のジェスチャーを繰り返しながら、身をよじるように転げ回る。
「俺はなァァァァァァァ!!女の子がッ!!大ッッッ好きなんだよォォォォォォォォッッ!!!」
絶叫とともに、空へと拳を突き上げる。どこからか雷鳴が鳴った気さえする。
「可愛い子も!ツンツンしてる子も!甘えんぼも!無口も!姫様も!くノ一も!ロリもボインも貧も長身も姫騎士も──全部まとめてウェルカムだァァァァァァァァァッ!!!そんな俺がなんで!!どうして!!刃に告白して振られたみたいになってんだァァァァァァァァァァァァッッ!?!?!?!?」
ここまで言って、はぁはぁと肩で息をしながら、振り返る。
刃は相変わらず、真顔。
「……そうか。それなら安心した。だが……」
「“だが”じゃねええええええええええええッッッ!!」
天を仰ぎ、吠え続ける良晴。その姿は、まさに“恋愛修羅場に巻き込まれた被害者代表”。
遠巻きに見ていた川並衆も、ドン引き気味にザワつく。
「俺、今の流れ……完全に“思い切って勇気を出して想いを伝えたけど、やんわり断られた男”じゃねーかァァァァァッ!!違うからな!?本当に違うからな!?誰も誤解するなよォォォォ!!なにこの辱め!?なんで公開で俺だけ心折られなきゃいけないんだァァァァァッッ!?」
今にも地面を転げ回りそうな勢いで吠える良晴。
その後ろで、五右衛門が、ぽわぽわと赤面したまま、うつむいてもじもじと何かをつぶやく。
「……天城氏に、振られた相良氏……なんだか、可哀想でござる……」
「良晴さん……なんか可哀想ですね」
「やめて!?やめて五右衛門!?半兵衛ちゃん!?俺、ほんとに振られてないから!!まじで違うから!!」
涙目で訴える良晴。その必死さが逆に哀愁を呼ぶ。
「信奈にバレたらどうすんだよ!?“わたしの刃に告白したの?”とか、“いつからそんな目で見てたの?”とか、“わたしへの挑戦?”とか、秒単位で問い詰められるんだぞ!?前科があるだけに!!追及が鋭くなるんだよ!!!」
全力で床に伏せ、呻く。
「なんでだよ……なんで俺が……こんなに……必死に弁明してんだよ……恋愛対象じゃない人に振られたっていう、謎のストーリーが俺の中で構築されてるのおかしいだろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
絶叫する良晴、未だ顔を真っ赤に染めたままの五右衛門、そして真顔のまま天然爆弾を投下し続ける刃。
──そう。
この戦場の一角だけ、世界線が違った。
兵たちが血を流す隣で繰り広げられるのは、恋と誤解と激情と天然の混沌が渦巻く恋愛修羅場ギャグコント。
まさに「別の意味での死地」と化していた。
だが。
そのカオスの最中、突如として風が変わる。
乾いた風に混じって、甲冑の金属音と蹄の響き──
そして、聞き覚えのある声が、戦場の空気を裂いた。
「刃!待たせたわね!みんな!墨俣城は完成してるわ!美濃勢を追い払うのよ!」
南蛮風の甲冑を着た信奈が、一騎駆けで駆けてきた。
そして、そんな信奈の背後から──。
「柴田勝家ただいま見参!全軍、姫さまに続けぇえ~!」
「尾張の貴公子、津田信澄見参!サルくん、ぼくを置いて行くなんて水臭いじゃないか!」
「われら尾張勢が全軍で押し寄せてきたのを見て、美濃勢は浮き足だっています。九十三点」
「……刃を虐めるものは許さない。わぁ、わぁ」
信奈が総動員した尾張の全軍勢が、川を渡り、一斉に墨俣へとなだれ込んできた。
先頭で指揮を執っていた斎藤義龍は、「まさか」と唸り声をあげた。 「全軍で墨俣を救援だとっ? 稲葉山城へ手勢を割いて向かわせぬのかっ!?」
用心深い義龍は、稲葉山城にもたっぷり守備兵を残しておいた。信奈は野戦には強いが、城攻めを苦手としている。
その上、兵力が少ない。だから自軍を墨俣と稲葉山城とに分断しても織田勢を各個撃破できる──そう踏んでの布陣だった。
しかしこのままでは、肝心の大将である自分がこの墨俣で撃破されてしまう。
そうなれば稲葉山城の守備兵などはこぞって信奈に降るほかはない。 「お、お、お……策士、策にはまるとはこのことか……!」
もはや背に腹は代えられぬ。
「墨俣攻めを断念して、稲葉山城の守りを固めるぞ!」
断腸の思いで、斎藤義龍は兵を退かせた。
「天城刃の墨俣一夜城」は、伝説となった。
半兵衛をどっちのヒロインにするか
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刃
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良晴