織田信奈の野望〜戦国に舞い降りし銀ノ刃〜   作:更新亀さん

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堺の町

「他には……そうですね」

 

 静かに、しかし妙に澄んだ声が室内に落ちる。天城刃が立ち上がり、何気ない動作で懐に指を滑らせた。まるで今すぐ刀でも抜きかねぬその所作に、空気が一瞬にして張りつめる。

 

「私が、各国の大名から──“暗殺依頼”でも受けて回りましょうか」

 

「…………は?」

 

 場にいた全員が、瞬時に動きを止めた。冗談ではない。刃の顔には笑みすら浮かんでいない。目も、冴え冴えとしたまま、まっすぐに前を見据えていた。

 

「姫様、犬千代、長秀、半兵衛……俺の恋人である四人以外なら、殺して欲しい相手を挙げていただければ、たとえ大名であっても、排除して差し上げます。名は知られているようですし」

 

 さらりと告げられる“殺し”の提案。それがあまりに自然で、恐ろしくて──誰もが言葉を失った。

 

「十二万貫文が必要なら、いっそ『人斬り商い』でもしてしまった方が早いでしょう。……そう思いまして」

 

「物騒すぎるだろぉぉぉぉぉッ!!?お前、それを本気で言ってんのか!? 平和的な選択肢を持とうぜ!? な!? せめて交渉とか、外交とか、建設的な手段ってあるだろ!? “殺し屋ムーブ”から入るなよ!!?」

 

「それはそうでしょうか?」

 

 刃は小さく首を傾げる。

 無表情なのに、なぜか妙に冷たい。笑っているようにすら見えた。

 

「平和的な交渉で十二万貫文を手に入れられるのなら、もちろんそちらを選びます。しかし現実には──遅く、面倒で、そして何より“不確実”です。確実に金が入るのは、命を担保にした取引の方です。そちらの方が、合理的」

 

「合理性の次元がバグってんだよ!!」

 

 良晴が椅子から飛び上がるように叫んだ。震える指で刃を指さしながら、口調だけは必死で軽さを保っている。

 

「なんだその発想!? 信奈の右腕が、暗殺請け負ってどうすんだよ!? そんなんじゃ“織田信奈の野望”どころか、“闇の一族・信奈編”になっちまうだろうが!! しかもめちゃくちゃ説得力あるのが怖いんだよ!!」

 

「ダメに決まってるでしょ!?」

 

 信奈もすかさず叫んだ。怒気を含んだ声に、椅子の肘掛けがギシリと軋む。

 

「しかし、今月は残り──一週間」

 

 刃が反論する。理路整然と、感情を交えず。

 

「必要金額は十二万貫。交渉では間に合いません。手段を選んでいる余裕など、本当にあるのでしょうか」

 

 言葉が、重い。

 それは理屈として正しいだけに、なおさら怖い。

 

「だとしてもダメよ!」

 

 信奈がピシャリと叫ぶ。

 紅い瞳に怒気と、そして不安の色が宿っていた。

 

「わたしの剣は、そんな金で動くような道具じゃない!それにね、刃──あんたがその気になれば、京中どころか全国の大名が震え上がるってわかってるの!? そういうの、“威嚇”って言うのよ!」

 

「威嚇のつもりはありません。現実的な案です」

 

 淡々と返す刃に、良晴は頭を抱えた。

 

「お前、“現実的”の意味が重すぎるんだよ!?」

 

 それでも刃は冷静に続けた。

 

「……そうですか」

 

 ほんの少しだけ──刃の口調が落ちたように聞こえた。

 だが、それでもなお淡々と彼は言葉を続ける。

 

「本当は、武田信玄に“上杉謙信を斬って差し上げましょうか”と持ちかけるつもりでした。宿敵ですし、二、三万貫は積むかと思っていたのですが──勿体ない」

 

「どの口が“勿体ない”とか言ってんだよぉぉぉぉっ!!」

 

 良晴はついに頭を抱えて崩れ落ちた。

 

「何だよその物騒すぎるビジネスプラン!? それ、もう“経済”じゃなくて“戦争”だよ!? こっちは『銭をどう稼ぐか』の話してたんだぞ!? なのに“首一ついくら”って話になってるんだよ!? どうしてそうなる!?」

 

 良晴の怒号が爆発する。

 彼は両手で頭を抱えながら、信奈に向かって懇願するように叫ぶ。

 

「信奈ぁぁぁぁぁぁぁ!!お前の彼氏、もう完全に戦国の常識超えてるって!!一人で天下変えちゃう系のバグだって!!その二人、戦国の超大物だからな!? お前、ほんの数行で時代を終わらせようとしてない!? 止めてくれよ!!これ、歴史がめちゃくちゃになるパターンだろ!?戦国の名将が鞠蹴り剣士に始末されました、なんて歴史の教科書に載ったら未来の子どもたちが混乱するわ!!」

 

 そんな中、ぽつりと柔らかい声が落ちた。

 

「……刃、まつ。犬千代もいっしょに行く」

 

 その場の空気が変わる。刃が、驚いたように犬千代に目を向けた。

 

「……あぶないぞ?」

 

「……姫さまのやくにたてる。それに、刃といっしょにいれるから」

 

 真っ直ぐに刃を見つめて、はっきりと告げる犬千代。その目には覚悟が宿っていた。

 

「……可愛いやつめ」

 

刃は目を細めて微笑むと、迷いなく犬千代をそっと抱き寄せた。小さな体を優しく引き寄せ、乱れた前髪を指先で整えるように撫でてやる。

 

「ん……」

 

 犬千代は目を伏せ、少しだけ頬を紅くしながら、刃の胸に顔を埋める。

 

「おい!! 物騒な話してる最中に急にイチャつくな!!お前ら、さっきまで暗殺の話してたんだぞ!?なんでその流れで恋人モードに入るんだよぉ!?ギャップが激しすぎるわ!!」

 

 良晴が絶叫のようなツッコミを飛ばす。

 だが、さらに衝撃は続いた。

 

「……あ、あの……刃さん……わ、わたしも……あとで、あの……」

 

「遠慮するな、半兵衛。いつでもやってやる」

 

 真顔でそう答える刃に、半兵衛は赤面しながら、それでも嬉しそうに微笑んだ。

 

「……お前ら、だからこの状況がカオスになるんだよ!!誰か俺とツッコミ分担してくれぇぇぇ!!」

 

 良晴が叫ぶなか、静かに丹羽長秀が扇を閉じる音が響いた。

 

「刃どの、冗談はそのくらいに。仮に暗殺を行ったとして、一週間でこなせるのは精々一件……。十五点です」

 

 それに対し、刃はふと眉をひそめ、真剣な目を細めて返す。

 

「ん? 一週間寝ずに動けば──一日二人で、合計十四人暗殺可能です」

 

 刃がさらりと言い放つその声は、まるで天気の報告でもしているかのように冷静だった。

 

「初日は報酬など度外視でいい。受けられるだけ受けて、片端から依頼を処理する。目的は、金ではない。実績と噂を立てることですから。二日目からは五右衛門、服部半蔵と私の三人で各地の大名を手分けして巡り、報酬の高い案件、戦略的価値の高い対象を優先し、無価値な者は後回し。依頼の取捨選択も含め、極限まで効率を追求する」

 

 話の内容が物騒すぎるのに、妙に段取りが洗練されすぎていて、誰もすぐにはツッコめない。

 

「……もちろん、暗殺そのものを実行するのは私です。そこはご安心ください」

 

 刃は淡々と、まるで契約業務のように語り続ける。

 

「私にはこれしかないと思うのです。法外な要求には、法外な手段で応じるしかない。無理難題だろうと──力で、解決する。それが一番手っ取り早い。そして……」

 

 その紅い瞳が、ちらと信奈を見た。

 

「姫様の“株”も、上がるかもしれませんよ?『天下の死神を従える美しき姫様』──と、噂されるかも」

 

「上がるわけないでしょォォォォォォッ!!!」

 

 信奈が思いきり机を叩いた。顔を真っ赤にして、立ち上がる。

 

「いい加減にしなさい刃!!そんなことしたら織田家どころか、あんたの命がいくつあっても足りないわよ!?ていうか、そんな恐ろしい噂、悪名しか生まれないから!!」

 

「……ほう、悪名もまた一つの名。恐れられるというのは、使いようでは抑止にもなりますが?」

 

「言いくるめようとしてんじゃないのよ!? 何が“ご安心を”よ!どこに安心する要素があるのよ!? 安心したのあんただけじゃない!」

 

「では、他に手があるのですか?」

 

 刃が静かに問いかける。

 

 その声には、皮肉も怒気もなかった。ただ純粋に、他に選択肢があるならと問う冷静な探究心と、現実的な視線が込められていた。

 

 信奈は一瞬、言葉に詰まる。

 

 なぜなら、本当に時間がなかったのだ。十二万貫文という膨大な軍資金を、残り一週間でかき集める方法が、誰の頭にも──なかったから。

 

「ぐ……ッ! でも、でも……っ!」

 

「……ならば、やるしかないかと」

 

 信奈の中に芽生える焦燥を、刃は冷静に断ち切る。

 

 だがその瞬間──

 

「いやいやいやいやいや!! 今一番危ないのは刃の判断力だから!? 理屈は分かる!確かにお前は現実的だよ!? でもな!? そういうのは普通、“最終手段”って呼ぶんだよォォォ!!」

 

 良晴が全身で叫んだ。

 

「わかってるか!? お前が暗殺すれば、世界がざわつくんだよ!? お前が信玄を殺したら、“死神が上洛した”って噂されるの!?」

 

「それはそれで風情が──」

 

「風情じゃねぇえええええええええッ!!!」

 

 そこへ、場の空気を引き裂くようにして駆け込んできたのは――

 

 斎藤道三からの早馬だった。

 

信奈が、書状を広げたまま、ピクリとも動かなくなったのだ。

 

「信奈……?」

 

「……嘘、でしょ……。ありえない……」

 

 彼女の指先が、びくりと震える。

 書状は次第にその手を滑り落ち、畳の上へと落ちた。

 そこに記されていたのは、戦国を震撼させる事実だった。

 

 北信濃の川中島で五度目の合戦を繰り広げていた越後の上杉謙信と、甲斐の武田信玄が突如和睦し、川中島から軍を撤いた。

今回の信奈の上洛強攻は、上杉と武田が川中島で当面、泥沼の死闘を繰り広げるであろうという予測のもとに行われている。

 

斎藤道三は「武田信玄は、織田家に騙された、上洛を果たすならば当然わが武田であるはずが先を越されたと信奈どのの抜け駆けとも言える上洛強攻に立腹しているという。今、両陣営を探っておる」と慎重に書き記していた。

 

「――ちょうどいいですね、手間が省けます」

 

 場が、凍りつく。

 

 刃の紅の瞳が、ゆっくりと細められていた。

 

「……最初の標的は、武田信玄にしましょうか」

 

刃はまるで天気の話でもするかのように淡々と続ける。

 

「暗殺が成功した暁には、その首を、高値で買い取ってくれる大名に売り渡しましょう。戦国屈指の英雄の首……用途も価値も、買い手には事欠かないでしょうから」

 

「ストップ!ストップ!!ダメだからァァァァァァ!?」

 

 良晴が真っ青な顔で両手を振り回しながら、思いきり叫んだ。

 

「何そのサイコパス発想!? 信玄の首を“用途”って言うなよ!? あんた、誰に売る気だよ!? 上杉謙信に『どうぞご自由に』って渡す気か!? 火種どころか戦国大炎上だぞ!? しかもそれを“稼ぎ”って言ってるのお前だけだからな!?」

 

 だが刃は、まったく動じる様子もない。

 

「姫様の害となる存在は、芽のうちに摘み取っておくべきです。最小の労力で最大の成果を得る。合理的でしょう」

 

「合理的すぎて怖ええんだよ!! この人だけ別ジャンルの戦国歩いてんの!! 人の命の価値、ゼロから始まってんの!?」

 

良晴の声が裏返る中でも、刃の声は静かだった。

 むしろ、抑揚がなさすぎて逆に凄みがある。

 

「……もし謙信公が買ってくださるなら、ついでに上杉家への潜入を試みてもいいかもしれません。内部の地図、兵站、家臣団の構成……情報としても高く売れる」

 

「やめてやれえええええええええええええッ!!全部ダメ!!忍者でももうちょい段階踏むの!!その思考、戦国時代どころか人類史がバグるってば!!」

 

 良晴の必死の絶叫も、刃の前では虚しく木霊するだけだった。

 

「いいか、良晴」

 

 刃は、信奈の横で、犬千代の頭を撫でながら淡々と告げた。

 

「死というのは、すべての者に平等に訪れるものだ。俺に狙われたというのなら――ただ、順番が早まっただけのこと」

 

「こいつ、ほんとに死神のセリフ吐いてるぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 良晴は両手で頭を抱え、床を転がり回る。

 

「信奈以外に仕えてたら、マジで戦国終わってたよ!?歴史が消滅してたって!『天城刃ルート・全国暗殺統一ED』とか絶対やめてくれよ!?世界史に一行も残らねえやつだぞ!!てかおい刃!いつまで犬千代撫でてんだよ!?今そんな空気じゃねぇだろ!?」

 

「あ?……恋人とのスキンシップだろうが。最近犬千代に構えてなかったからな。こうして触れているだけで、落ち着く」

 

穏やかな声。

 

「お前!殺人計画と恋人スキンシップを同時進行するなっての!!その精神構造どうなってんの!?サイコとメンヘラが融合してんだよお前はああああああ!!どこの世界にそんな奴がいるんだよ!?お前ぐらいだぞおおお!!頼むから状況を見てくれえぇぇ!!」

 

 良晴の悲鳴が天井に響く。

良晴は、深く息を吸い、怒涛のように言葉を吐き出した。

 

「俺はな、刃!前から思ってたんだよ!お前──過保護すぎんだよ!!」

 

 その瞬間、場の空気がビクリと凍った。皆が反射的に刃を見る。が、良晴は止まらない。

 

「信奈、犬千代、長秀さん、半兵衛ちゃん。この四人には特にだ!恋人だからってのは分かる、分かるけどな!でもお前、過保護通り越して、過激派だろ!?害をなす者は全て排除するって発想がもうヤバいのよ!」

 

 刃は犬千代の髪を撫でる手を止め、ゆっくりと良晴に視線を向けた。

 

「それがどうした。姫様、犬千代、長秀、半兵衛──あの四人は、俺にとって“護る”対象だ。それ以外の何者でもない」

 

「だとしても明らかに常軌を逸してるぞ!?四人が一太刀でも傷負ったら、相手は全身バラバラ確定ってことだろ!?傷負ったら相手が死ぬ構図、当然だと思ってるだろ!?正気で言ってる!?

 

「……当たり前だ。俺の女を傷つけた者に、生きる価値などない」

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁあああ!!!やっぱこの人だめだぁああああああああ!!!」

 

 そのとき。

 

「……刃は、犬千代を……守ってくれる」

 

 犬千代が、ぽつりと呟いた。

 

 その頬は、ほんのり紅潮していた。

 

「……犬千代、うれしい」

 

「はぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?犬千代!?ちがうんだ!!お前、それ“恋人に過保護すぎる男の怖さ”って意味分かって言ってんのか!?マジで人死ぬぞ!?実際今、暗殺計画立ってんぞ!!?」

 

「……? 刃は、やさしい……」

 

「その“やさしさ”で……人が死ぬんだよぉぉぉぉぉッ!!」

 

 良晴が泣きそうな声でテーブルをばんと叩き、絶叫した。

 

 その前では、まるで悪びれる様子もなく、刃が淡々と犬千代の頭を撫で続けている。

 

「刃!いつまで犬千代を撫でてるのよ!今は大事な話を──っ」

 

 信奈が声を荒げたその瞬間だった。

 

「失礼しました、姫様。では、こちらへ」

 

 刃は驚くほど自然な所作で犬千代をひょいと片手で抱き上げる。そして、もう片方の腕で信奈の腰を引き寄せ、何の迷いもなく自らの膝に座らせた。

 

「──ちょ、ちょっと待ちなさい! 何してんの!? なんで犬千代と左右で抱かれてんのよ!? わたし今、大事な軍議してるって言ったわよね!?」

 

 信奈の声はすでに動揺で裏返っていた。頬を真っ赤に染めてはいるが、その瞳は明らかにとろけており、裾を掴む指にも迷いはない。口調は抗議でも、身体は抗えない。

 

「姫様も、犬千代も、両方俺の大切な恋人ですから」

 

「話が通じないわッ!?」

 

 目を白黒させながらも、信奈の声には突き放せない温度があった。むしろ言葉とは裏腹に、刃の胸元にそっともたれかかる。犬千代も、刃にぴたりと身体を預け、静かにまぶたを伏せる。微かな吐息が、刃の首元に温もりを添えた。

 

「では私は刃どのの隣へ」

 

 丹羽長秀がするすると動き、無言で刃の隣に腰を下ろした。完璧なタイミング、完璧な角度である。

 

「わ、わたしも……」

 

 小さく挙手する竹中半兵衛。刃はすかさず両腕を動かし、犬千代と信奈の間に半兵衛をそっと座らせる。四人が一つにまとまった瞬間、場の空気がどこか幻想的な甘さを帯びた。

 

「おい!? なんで軍議の場がイチャラブ空間になってるんだよ!? 俺と勝家と十兵衛ちゃんと長政、空気じゃねぇか!? てか五右衛門! お前天井裏で唸ってるのバレバレだからな!? 羨ましいならお願いしろよ!?」

 

「さ、相良氏!? それ言うでないでござる!」

 

 天井の梁にぶら下がったまま、五右衛門の顔が真っ赤に染まる。くるくると風車のように回る足が嫉妬の証。

 

「さて、暗殺はダメらしいのでどうするかな」

 

 何食わぬ顔で刃が続けようとした瞬間、良晴が全力でツッコミを放つ。

 

「刃!? お前その状態で軍議続ける気か!? おかしいだろ!? 立ち位置も倫理も全部バグってるからな!?」

 

「いくら蝮が留守番をしてくれていると言っても、兵力が足りないわ。恐るべきは、信玄が手足のごとく動かす赤備えの武田騎馬軍団。刃なしの織田・松平・浅井の全軍で当たっても、勝つのは難しいわね。信玄が上洛軍を興す気になる前に美濃の守りを固めないと」

 

「信奈、お前まで完全に馴染んでるし!? 刃の膝に座ったまま戦術語るなよ!? 情報と感情の処理が追いつかねぇっ!」

 

「たたたた、大変ですぅ〜! 信玄さんが上洛するとなれば、うちの三河はもろに騎馬軍団の通り道ですぅ〜!」

 

 元康が耳と尻尾をぶるぶる震わせながら叫ぶ。

 

「私が、武田騎馬軍を抑えに行きましょうか?」

 

「刃! お前が行ったらそれはもう“抑える”じゃなくて“壊滅させる”だからああああッ!! カオスが加速してるんだよ!!」

 

「いずれにせよ、これ以上本国を空にはしておけないわね。三好掃討が一段落した京は十兵衛に任せるわ」

「慧眼なれどさすがに光秀どのお一人だけではちと人手が足りません」と長秀が口を挟む。

 

 光秀は新参者でもとは一介の浪人、五十人の鉄砲隊こそ引き連れているが、まだ家臣団を持たぬ。

 

「そうね。十兵衛の下に、犬千代をつけておく。刃とサルの軍団も全員京へ残す。わたしたちは全軍で岐阜城へと帰還しましょう。竹千代と長政も、急ぎそれぞれの居城へ」

 

「「「御意!!!」」」

 

「私は姫様について行った方が良いのでは?」

 

「念の為よ。あと、もし関白が嫌がらせをしてきたら蹴鞠に誘いなさい」

 

「御意」

 

「だから! それ“暗殺未遂”だから! もう蹴鞠禁止にしようよ!? 命に関わるからね!? 本当に!」

 

「刃が付いていったら、武田騎馬軍に単騎で突撃しそうだし……京に置いておくのが正解よ」

 

「信奈も冷静にヤバいこと言ってるからね!?もっと危機感持って!?てか……」

 

 良晴はずっと気になっていたことを、ついに口にした。

 

「刃、お前さ……いい加減、離せよ!いつまでその体勢続ける気なんだ……」

 

「……分かっている。そろそろ離す」

 

 刃が静かにそう呟いた。

 だが──その声音とは裏腹に、抱き寄せる腕に込められた力は、まるで逆に強くなったかのようだった。

 

「……ねえ、今“離す”って言ったけど」

 

 信奈が、ぴたりと刃の胸に額を押し当てたまま、上目遣いで問いかける。

 

「誰から離すつもり? わたし?犬千代?半兵衛?それとも……三人まとめて?ねぇ?」

 

 その声は甘やかだが、どこか底冷えするような独占欲と釘を刺すような圧が混じっていた。

 

「……刃、まだ撫でてていい……」

 

 犬千代は、刃の腕に小さく頬を押し当てたまま、囁くように甘える。

 その声は小さいけれど、真っ直ぐでひたむきだ。

 

「わ、わたしも……あの……もうちょっとだけ……で、できれば……撫でてほしい……です……」

 

 半兵衛は俯いたまま、声を震わせながら刃の胸元にそっと額を寄せた。

 真っ赤に染まった顔が、耳の先まで見え透いていて──それでも、甘えることをやめなかった。

 

 三人三様の「離れたくない」アピール。

 それは、可憐で、艶やかで、そして危険だった。

 

「……離したくなくなってきたな」

 

 刃が小さく呟いた。

 その声音は、信条でもあるかのように真剣で──

 

「どうしよう、良晴。恋人たちが……あまりにも可愛すぎる」

 

 ──まるで殺意混じりの惚気だった。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」

 

 良晴が吠えた。

 もはや怒りや嫉妬を通り越して、発狂寸前の雄叫びだった。

 

 

 

 

刃が名残惜しそうに三人──信奈、犬千代、そして半兵衛を順に腕から解き放つと、その温もりを惜しむように一瞬だけ動きが止まり、次の瞬間、場の空気はぴしりと張り詰めた。

 

 いっせいに家臣団が、指揮系統ごとにそれぞれの持ち場へと散っていく。その光景は、戦の気配が戻った証でもあった。

 

 だがその空気をまったく読まない人物が一人──。

 

「し、信玄さんが上洛……? わ、わたくしも逃げますわ~!」

 

 怯え切った顔で悲鳴を上げた今川義元が、十二単を翻して逃げようとしたその瞬間──。

 

「こらっ、待てぇいッ!! あんたは“将軍候補”でしょ!! 清水寺に居残りなさいッ!!」

 

 信奈が地面を踏み鳴らして一喝、怒りに燃える声で義元の裾を見事に踏みつけた。

 

「きゃああっ!? な、なんという粗暴な仕打ち……わたくし、将軍職よりも命が大事ですわ~っ!」

 

 尻もちをついた義元は、地べたに座ったまま手をばたつかせて泣き出さんばかり。

 

「あの信玄さんに、へっぽこ尾張兵なんかが勝てるはずありませんわ~! 気高く高貴なこのわたくしですら、あの武田騎馬軍団の強さにはどうしようもなかったゆえ、ずっと信玄さんの顔色をうかがって同盟を守り続けていたというのに~~っ!!」

 

前から疑問だったんだけど、義元っていったいどのあたりが海道一の弓取りなんだよ、と良晴が突っ込んだ。

東国の二大英傑、武田・北条との「三国同盟」が義元さまの力の源でしたから……と半兵衛。

 

「なるほどな。だがまだ武田と開戦すると決まったわけじゃねえ。武田信玄は用心深い性格だ、今すぐ全軍で引き返して防備を固めれば動かねえはず!」

 

「あ。ちょっと待ちなさい」

刃と良晴が信奈に呼び止められた。

 

「刃、サル。近衛が突きつけた将軍宣下の条件──十二万貫文、あたしはまだ諦めてないわ。あんたたち、堺へ行ってもらうわよ」

 

「私も……ですか?」

「俺が!?」

 

 二人の声が重なった。

 

「ええ。わたしも同行するわ」

 

「──姫様も?」

 

 少し驚いたように眉を上げた刃だったが、すぐにその意図を察したように頷く。

 

「なるほど……では、岐阜へ帰還する“織田信奈”は影武者というわけですね」

 

 紅い瞳が鋭く光る。

 

「察しが早くて助かるわ」

 

 信奈が微笑みながら応じると、刃は静かに口を開く。

 

 

「私は“姫様の懐刀”。つまり、常に姫様の傍にあって然るべき存在です。私が京に残れば、影武者であることはすぐに見抜かれる。逆に、影武者のそばに私がついていなければ、周囲は不自然さを覚える。それもまた、疑いを生む原因になります」

 

 刃は、さらに一歩踏み込んで言葉を重ねる。

 

「……ですが、私が“完全に姿を消せば”、話は変わる。今の時勢、私が京からも岐阜からも姿を消せば、敵は必ず身構える。“織田が何かを仕掛けている”と感じるでしょう。特に、武田信玄のような慎重かつ策士の大名なら──こちらの出方を読もうとして動きが鈍る。おのずと、時を稼げます」

 

 信奈は満足げに頷きながら、腕を組んで応じた。

 

「“一夜城の噂”──使えそうですね。山城を一晩で築いた男が再び動き出す、そう思わせるだけで、武田は迂闊には攻めてこられない」

 

 刃が紅い瞳を細めながら言うと、良晴が呆れたように両手を上げた。

 

「なあ……なんでみんな当然のように影武者作戦やってんの!? 俺がいちばん状況に取り残されてる気がする!」

 

「安心しなさいサル。堺じゃあんたの“口”が役に立つから」

 

「プレッシャーがすごいっての! もうほんと、頼むから蹴鞠で解決とかやめろよ!? 絶対だぞ!?」

 

「“蹴鞠で関白を買収する”案は保留にしておきましょう。最終手段として」

 

「保留にすんなああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

堺の町──。

 

 摂津、和泉、河内の三国が交わる国境の地にあり、その名の通り「境目」にある町。

 だが今や、ただの境ではない。

 ここ堺には、日ノ本中──いや、世界中から銭と物と人と欲望が集まり、渦を巻いている。

 豪商たちが居並び、異国の香が漂い、銭が銭を呼び、欲が欲を育てる町。

 そんな場所で、織田信奈一行は──変装のうえで密かに潜入していた。

 

「──というわけで、堺で十二万貫文を稼ごうと思うの! 一攫千金よ!」

 

 信奈は高らかに宣言した。

 その顔には、将来の天下人を目指す者としての気迫……というよりは、完全に宝探しを始めた子どものような無邪気な笑みが浮かんでいた。

 

「御意」

 

 即座に応えたのは、長身の青年。白色の頭巾を深く被り顔と髪を隠している。

 その正体はもちろん、天城刃──この場では“蓮(れん)”と名を変え、信奈と共に行動している。

 

「つまり……お忍びで堺に乗り込んだってわけか。いや、危ねーだろ、信奈!」

 

 横から口を挟んだのは、相良良晴。

 彼もまた町人姿に身を包み、“吉屋”というういろう問屋の丁稚として仮の名を使っている。名はそのまま“サル”。

 

「あら? 誰が信奈よ? わたしは"吉"。尾張の老舗・吉屋の、世にも可憐な一人娘。そして、あっちが用心棒の蓮。そして、あんたが──召使いのサル!」

 

 信奈はニコリともせずに指を突きつける。

 

「はいはい、お嬢様。でも、用心棒って……その“刃”の正体、隠せてない気がするんだけど? 刃が頭巾で顔と髪隠してる理由って、まあ……分かるけどさ」

 

「……刃じゃないわ、蓮よ!」

 

信奈はむっとしたように返し、すぐさま説明を付け加えた。

 

「だって、あの銀髪に紅い瞳。あの顔。二つ見られたら即バレじゃない。名前だけ変えても意味ないでしょ。だから隠してるの!」

 

「申し訳ありません、吉様」

 

 刃は、涼しい声で丁寧に頭を下げた。だが、その一言が火に油を注ぐ。

 

「やっぱりな! あと謝るなっつってんでしょ! ムカつくから!」

 

 良晴がツッコミを入れると、信奈はぷっと吹き出し、ついに笑みをこぼした。

 

「ふふっ、怒ってないわよ」

 

そして彼女はくるりと踵を返すと、躊躇なく刃の手を握った。

 

「ほら、行くわよ!サル! はぐれたら置いてくからね!」

 

 町の雑踏のなか、すぐに見失いかねない。とはいえ、手をつなぐその姿は──まるで夫婦そのものだった。

 

「……えっ、ちょっ、なに手ぇつないでんの!? なんでその流れで恋人ムーブしてんだよ!? さっきまで“商人のお嬢様と用心棒”設定だっただろ!? なんで急に夫婦設定に進化してんだよ!」

 

 良晴が憤慨しながらもどこか悔しそうに叫んだそのとき、信奈がくすっと笑いながら振り返る。

 

「だって、旦那様だもん♪ちゃんと守ってもらわないとね、蓮?」

 

「……お任せください吉お嬢様。誰からでも守ります」

 

 刃の声は穏やかで、しかし芯が通っていた。

 その手は、信奈の手をしっかりと包み返している。

 

「おい!俺だけ置いてけぼりかよ!?」

 

良晴が騒ぐ中、“吉屋”の三人は活気と銭の渦巻く堺の町へと歩を進めていく。

 それぞれが仮面を被り、名を偽り、目的はただ一つ──銭。

 天下を取るための、異色の潜入作戦が、今ここに幕を開けた。

 

堺の町に漂う香ばしい匂いに釣られて、信奈がふと足を止めた。

 人だかりの先にあるのは、鉄板の上でくるくると焼かれている丸い球体。屋台の男が器用に返すたび、じゅっと音がして、香ばしい匂いが立ち上る。

 

「蓮、見て! この丸いお菓子は何かしら? 十年前に来た時には、見なかったわ」

 

 目を輝かせた信奈が、まるで宝石でも見つけたように叫ぶ。

 その顔には緊張も威厳もなく、ただの年頃の少女の好奇心があふれていた。

 

「……たこ焼きですね。まだ一年も経ってないのに、随分懐かしい感じがしますね」

 

 刃はゆっくりと屋台の様子を見つめ、ふと目を細めた。

 

「なぁ、蓮?この時代にたこ焼きってあったっけ!?」

 

「俺が知るわけないだろ。ここで生まれたわけじゃないしな」

 

 あくまで平然とした返しに、良晴は小さく舌打ちした。

 

「ふうん。たこを焼いてるの? たこって……あんなに丸かったかしら?でもこの黒い汁、味噌ね。八丁みそを塗ってるんでしょ?」

 

「お嬢様、これはみそじゃありません。ソースと言うものです」

 

「……総酢? すっぱそうね?」

 

「酸っぱくないですよ。むしろ甘辛いです」

 

 ぽかんとする信奈に、刃は淡々と返す。

 その間にも鉄板の上では、熱々のたこ焼きがこんがり焼けていた。

 

 そのやり取りの隣で、良晴は目を細めて呟いた。

 

「……っていうか、この時代にソースまであったのかよ……さすがは国際都市・堺。もうなんでもアリか。てか、俺ほんとにここに必要か? なんでバカップルの食レポに付き合わされてんの、俺……」

 

「わたし、たこ焼き食べたいわっ!」

 

 信奈は両手を胸の前に合わせて、期待に満ちた瞳で言った。

 

「はいはい。ちょっと待ってろ」

 

 ため息交じりにそう言うと、良晴は財布を握りしめて屋台に向かった。

 不満をぼやきながらも、ちゃっかり三人分──六個入りを三舟──購入しているあたり、なんだかんだ優しいのだ。

 

 道ばたの縁台に腰を下ろし、三人は並んで座る。

 日差しを遮る白い布、屋台の軒下から風が吹き込んで、頬を撫でていった。

 

 湯気が立ち上るたこ焼きを前に、信奈はふくれっ面で言った。

 

「はふはふ。熱いわね、たこ焼きって。……これ、絶対火傷するじゃない。食べられないわ」

 

「さすが姫だ。ふーふーして冷ましてから口に入れればいいだろ」

 

「なんでわたしがそんな面倒なことしなきゃならないのよ。ふーふーしすぎたらめまいがするわ。蓮、ふーふーして?」

 

「お任せください……どうぞお召し上がりください」

 

蓮は軽く息を吹きかけながらたこ焼きを冷まし、そのまま楊枝で持って信奈の口元へと差し出した。

 

「あむっ」

 

 信奈は素直に口を開け、たこ焼きを受け取る。

 熱の抜けた中身を噛みしめながら、ゆっくりと口角が上がる。

 

「もぐもぐ……うん。なかなかいけるじゃない。外はカリッとしてて、中はとろっとしてる。不思議な味だけど、甘辛くて……クセになりそう」

 

 信奈はどこか得意げな顔をして言い、蓮をちらりと見上げた。

 蓮もまた、穏やかな微笑を浮かべながら信奈の頬に視線を落とし──それだけで、信奈の耳までほんのり赤くなった。

 

 良晴はそんな二人を茶をすすりながら横目で見て、思わず鼻を鳴らした。

 

「……おいおい。何この空気? ここ縁台じゃなくて結婚式の披露宴かよ。てか俺が買ってきたんだけど!? この場面での俺の役割って何!? 空気?」

 

 そのぼやきは誰にも届かず、信奈は再びたこ焼きを手に取りながら言った。

 

「ふふ……やっぱり堺って面白い町ね。たこ焼きもあるし、蓮もいて、わたし、なんだか楽しいわ」

 

 その言葉に、良晴ははっとする。

 

 ──いつもより、柔らかい。

 

 茶筅髷もなければ、虎皮の陣羽織もない。

 だけど、それだけじゃない。

 信奈の顔つきが、空気が、表情のひとつひとつが、どこか穏やかで、優しくて。

 まるで、自分の未来を信じて、今この瞬間を楽しもうとしている少女の顔だった。

 

 (……いやいやいや、ダメだ。こんなん見せられたら、情が湧くじゃねぇか)

 

 良晴は茶を一口すすって、たこ焼きをひとつ口に放り込む。

 ──あつっ!

 

 口の中に広がる熱とだしの旨味に悶えながら、彼は叫びたくなった。

 

「くっそ、なんだこのあったけぇ空間は! 俺のたこ焼き代、幸せ税として徴収されてんのか!?」

 

「……で、吉お嬢様。これからどうするんだ? 堺にツテがあるのか?」

 

 場を落ち着けるように良晴が問いかけると、信奈は腕を組んで少しだけ得意げに胸を張った。

 

「十年前に父上に連れられて一度来たことがあるの。でも、あの頃とはすっかり町の様子が変わっちゃってて……。うーん、そうね。賭場に入ってチンチロリンで勝負、ってのはどうかしら!」

 

「無計画すぎるだろ!!」

 

 良晴が間髪入れずに叫ぶ。

 

「ああいうのはだいたいイカサマだらけなんだよ! 勝てるわけねぇし、万が一ボロ勝ちでもしようもんなら、夜の海にドボン確定だぞ!」

 

「じゃあ、コイコイは? 花札なら得意よ」

 

「同じだよ!! つーか、なんでそんなに博打詳しいんだよ!? お姫様なのに!!」

 

「父上の書庫で“遊芸大全”って本を見つけて読み込んだのよ」

 

「……あんたほんと、色々と間違った方向で育ってんな!?」

 

 良晴が頭を抱えてため息をつくその横で、信奈が急に声を上げる。

 

「――あっ、蓮! 見て見てっ、あれなに!?」

 

 往来の先を指さす信奈。

 彼女の視線の先にいたのは、堂々と通りを占拠し、のっしのっしと進んでくる一頭の巨大な生き物だった。

 

「ぱおーん!」

 

「象ですね、南蛮の動物だったはずです。私も実物を見るのは初めてですね……」

 

「え、刃? 動物園行ったことねえのか!? 本当に現代人かお前!?

「失敬な。興味がなかっただけだ」

 

 刃がそっけなく答えるが、信奈は象の姿を見つめながら、ふと真面目な顔で呟いた。

 

「……でも、どうしてあんなにおちんちんが長いのかしら?」

 

「――ッブホオオオッ!!」

 

 良晴は茶を思いっきり噴き出し、信奈に直撃しかけたその瞬間。

 

「グキッ」

 

 刃が無言で良晴の首を横に引き倒し、飛沫の軌道を逸らす。

 

「汚い。お嬢様にかけたら切腹ではすまさんぞ」

 

「イッテェ!てかあれ鼻だから!おち……とかじゃねえから! 顔の真ん中からそんなもんが生えてる動物いねえから!」

 

「何すんのよ、ばっちいわね! 動物の話でしょ? なに変な想像して興奮してるの、変態じゃないの!?」

 

「いやいやいやいやっ! 言い出したのお前だろーが!? 年頃のお嬢様がそんな単語口にすんなよぉおお!! 俺の理性が死ぬわ!!」

 

「だーって。鼻があんなに長いなんてありえないでしょ? 仮にあれが鼻だったとして、なんで伸ばしてんのよ? 意味は? なんとなく? 気分で?“長いとカッコいい”とか思っちゃったのぉ?」

 

 信奈は手を腰に当ててふんぞり返る。

 

「わたしって合理主義者なの。あの長い鼻、どう見ても非効率よ。でも、おちんちんなら話は別。長いと色々便利そうじゃない? たとえば厠に行きたいときとか──」

 

「野生の動物は厠行かねぇよ!!あの鼻で遠くにある餌を採って口に運ぶんだよ。他にも水浴びに使ったり、いろいろと便利なんだ」

 

「へえ、なるほどね。さすがサルの国の王子ね。異国の動物にも詳しいなんて」

 

「……今、俺の階級が一段上がったような……でも、サルから人間に進化できる日は遠ざかった気がする……」

 

 良晴は茶をすすりながら、どこか遠い目で空を仰いだ。

 

「吉お嬢様、頬に青のりがついてますよ」

 

「ほんと? どこ? このへん?」

信奈は首を傾げて、右頬を指でぽんぽんと軽く叩く。

 

「左ではなく右の頬です」

 

「自分じゃ見えないもの。……取ってよ、蓮」

 

「かしこまりました」

刃は穏やかな微笑みを浮かべながら、そっと信奈の顔に手を伸ばす。

 白く繊細な指先が信奈の頬に触れ、青のりをふっと払う。

 その手つきのあまりのやさしさに、信奈は一瞬だけ目を伏せ、頬をほんのりと染めた。

 

「……蓮。青のり、ちゃんと取れた?」

 

「ええ、跡形もなく」

 

「他についてない? お嬢様が青のりを顔につけてちゃ、ちょっとみっともないでしょ」

 

「いいえ。どこにも。……それにつけていたとしても、お綺麗でした」

 

「……っ、もう! そういうの、道ばたで言わない!」

 

「だからぁあああっ!! イチャつくなっつってんだよッ!!」

 

 良晴が耐えかねたように絶叫し、身を乗り出す。

 

「俺がここにいるんだぞ!? すぐ隣にな!? なんで俺だけ空気なんだよおおおおお!!」

 

 その叫びを遮るように――

 

 カツ、カツ、カツ。

 

 遠ざかる喧騒の中、明らかに剣士然とした足取りで、一人の少女がつかつかとこちらに歩いてきた。

 長い黒髪を後ろでひとつに束ね、切れ長の目が凛々しく、そしてどこか涼やかに光る。

 腰には長刀。小柄ながらも、気配は研ぎ澄まされた刀のように鋭い。

 

「おお……まさか、俺に一目惚れってパターンじゃ……」

 

「頭の中まで猿のままなのね。誰がサルに一目惚れするってのよ」

 

「うるせぇよ! 夢ぐらい見させろ!」

 

「──何をしているのです、信奈さま、天城先輩、相良先輩。勝手にお忍びで旅に出られるなど……困りますっ!」

 

 その声は、背筋が伸びるような張りのある美声だった。

 

 現れたのは明智光秀。

 真っ直ぐにこちらへ歩み寄りながら、少し頬を膨らませている。

 

(髪飾りの“金柑”見ればすぐ分かったはずなのに……)

良晴は肩を落とすが、それでもこの美しい後輩が自分を「先輩」と呼び、慕ってくれるのは少し誇らしい。

 

「よう、十兵衛ちゃん!刃は頭巾で顔隠してるのに、よく分かったな」

 

良晴が感心しながら尋ねると、光秀は真っ直ぐに背筋を伸ばし、凛とした声で応じた。

 

「立ち振る舞いで分かりますです! 天城先輩ほどの実力者なんて見たことないですから!」

 

「流石だな、光秀。見込み通りだ」

刃が静かに笑う。

「今度、俺と手合わせしないか?」

 

「ぜっ、ぜひお願いしたいですっ!!」

 

 ぱあっと光秀の顔が輝いた。両手を胸元でぎゅっと握りしめて、まるで夢を叶えた少女のように身を震わせている。

 

「すごい食いつきだな、十兵衛ちゃん……」

良晴がぼそっと呟く。

 

「刃とやり合ったら、次の日ベッドから起き上がれなくなるかもしれないんだぜ? いや、マジで」

 

「何を言ってるですかっ!」

光秀は顔を真っ赤にして、ビシッと人差し指を突きつける。

 

「天城先輩ほどの剣士と手合わせできる機会なんて、今後一生こないかもしれないんですよ!? むしろ、弟子にしてほしいくらいですっ!!」

 

「弟子、ね……」

刃は片眉を上げて光秀を見つめ、やがて微笑を浮かべた。

 

「俺の想像以上に打ち合えたら、考えてもいい」

 

「ほ、本当ですかっ!? 約束ですよ、天城先輩っ!!」

 

 はっきりと握りこぶしを握って、光秀は喜びを爆発させた。まるで憧れの騎士団長にスカウトされた少女のような無垢な眼差しだった。

 

──だが。

 

「……へぇ、蓮?」

信奈の声色が、にわかに冷たく落ち着いた響きになる。

 

「今度は十兵衛を落とすつもりなのかしら?」

 

信奈の声音が一段低くなった。串を握る指に力がこもり、パキッと音を立てて折れる。

 

「……何故そうなるのか教えてもらっても?」

 

 刃はきょとんとした顔で問い返す。まったく悪気も自覚もない天然だ。

 

「何人目だと思ってんのよ!? 半兵衛なんて、知らない間に落としてて、気づいたら恋人になってるし!」

 

「蓮! 頼む! これ以上落とさないでくれ! 俺のヒロイン、絶滅危惧種なんだよぉぉぉおおお!!」

 

 良晴が地面に突っ伏して絶叫する。

 

「うるさい」

 

 刃は一蹴し、光秀へと目を向けた。

 

「光秀。お前は、磨けばさらに光る。今まで会ったどの剣士よりも、その剣には品格と誇りがある。お前との手合わせ──本当に楽しみにしている」

 

「……っ!」

 

 光秀の頬が紅潮し、目を大きく見開いたまま動けなくなった。頬を伝う汗、早まる呼吸、そして胸の奥からこぼれ落ちるような言葉。

 

「うれしいです……精一杯、やらせていただきますです!」

 

「十兵衛ちゃん。俺たちはこの堺で、十二万貫文を稼ぐために潜入してるんだ。一緒にひと仕事するか?」

 

 良晴が得意げに胸を張ると、明智光秀は静かに頷いた。

 

「なるほど、そういう事情でしたか。でしたら、私もご一緒いたします」

 

「助かるよ、十兵衛ちゃん。あっ、じゃあ設定もちゃんと伝えとくな」

 

 良晴は軽く咳払いし、光秀の正面で指を一本立てた。

 

「まず、この青のりを頰につけてるわがまま姫は“吉”。尾張のういろう問屋の一人娘って設定な。で、頭巾で顔隠してるのが用心棒の“蓮”。そして俺が、丁稚の“サル”。庶民派の三人組ってわけよ」

 

「……青のりって言うな!」

信奈がムッとしながら頰を手で隠す。

 

「わかりました。では、私は蓮の“妻”──剣豪・十兵衛ということにいたしましょう」

 

「……へっ?」

 

 一瞬、良晴が素っ頓狂な声を上げる。信奈が眉を跳ね上げ、ぴくりと口角を引きつらせた。

 

「ちょ、十兵衛ちゃん? なんでそうなるの!?」

 

「なにか不自然な点でも? 用心棒と旅をしている以上、そういう関係の方が疑われずに済むでしょう。潜入ですから、自然な役回りを心掛けたいと思ったまでです」

 

「……十兵衛、良い度胸してるじゃない」

 

 信奈が低い声で呟いた。笑ってはいるが、明らかに目は笑っていない。

「ふむ、妻か。まあ、悪くない。むしろ自然だ」

 

 刃はまるで他人事のように頷く。いつもの調子である。

 

「悪くないじゃなああああいっ!!」

 

 良晴が頭を抱えて天を仰いだ。

 

「なに普通に受け入れてんだよ蓮!?ヒロインがまた一人、俺の手をすり抜けていったんだぞ!?俺の手元にはもう誰も残らないってのにぃいい!」

 

「うるさいわね。そんなに言うなら、自分で守りなさいよ、ヒロイン」

 

「お嬢様が一番手厳しいですぅぅうう!!」

 

 堺の町角に、良晴の哀しき叫びが木霊した。

 

「十兵衛にいい考えはない? この黄金の町・堺でなら、一攫千金の機会もあると思うの」

 

 信奈が期待のまなざしで振り向くと、光秀は「こほん」と咳払いし、腕を後ろに組んで一歩前へ出た。

 

「それでしたら吉お嬢様──この堺の黄金を、簡単かつ確実に手に入れる方法がございます」

 

「なによ。聞かせなさい」

 

「はい。京に残した我が手勢に命じ、夜の帳に乗じて堺の町を包囲いたします。合図とともに一斉に火を放ちましょう。堺に雇われた傭兵どもは、金で動く者たち。火を見れば自らの命を惜しみ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去るはずです。その混乱の隙に町を軍事占領。直轄領として支配すれば──堺の富はすべて、吉お嬢様のものに」

 

 さらりと微笑みながら放たれたその言葉に、良晴の顔が引きつった。

 

「え、ええええええええっ!? いきなり火攻め!? 十兵衛ちゃん、お前意外とエグいなおい!! 一攫千金どころか一気に黒歴史じゃんそれ!?」

 

「だーめ!!」

 

 信奈が即座に手を突き出して叫んだ。

 

「ダメよ、十兵衛! 燃やしちゃったら台無しでしょ!? 黄金も、商機も、港も、何もかもパーじゃない!!」

 

「しかし、将軍宣下の刻限までは、あとわずか。悠長に構えていれば──」

 

「気が合うな、十兵衛」

 

突然、横から刃が静かに口を挟んだ。いつものように落ち着いた声音。

 

「吉お嬢様のためなら、多少手段が過激でもやむを得まい。その合理性、俺は嫌いじゃない。……むしろ、ますます気に入った」

 

「さすがです、蓮先輩!」 

 

 間髪入れず、光秀がきらきらと瞳を輝かせて応じる。

 嬉しそうに頬を染めながら、両手を胸の前で組んで──

 

「夫婦ですからね! 気が合うのは当然です!」

 

 満面の笑みとともに、堂々と宣言。

 

「いやいやいやいや! おい待てぇぇぇい!」

 

 良晴が思わず頭を抱える。

 

「なあ、吉。この二人くっつけちゃだめだぞ!? 絶対あかんぞ!?知らん間に裏で暗殺計画立ててるタイプだぞ!?何の相談もなく、しれっと『あ、もう始末しました』とか言ってくるぞ!?しかも笑顔で!!二人揃ったら“問題児×問題児=核融合”だろ!!」

 

「おい、誰が問題児だ」

 

 刃がぴしゃりと静かに釘を刺す。

 

「ほんと……」

 

 信奈も思わず深いため息をついた。

 

「ダメって言ってるでしょ。よく見なさい、この町の空気を。堺は世界の港とつながる、黄金の町なのよ」

 

 信奈は大きく手を広げ、港から吹き抜ける風を胸いっぱいに吸い込む。

 

「戦乱続きでよどんだ京とは、空気も人も違う。道行く人たちは南蛮風の衣装に身を包んで楽しそうに笑い、港には南蛮船や琉球船が何艘も停泊している。こんな町を焼いたら……南蛮商人たちはみんなわたしのことを“黄金の町を焼いた悪女”って書き立てるに決まってるでしょ? そんなの世界に打って出る前に、大赤字よ」

 

「たしかに……」

 

 光秀がぽつりと呟く。

 

「それに……」

 

 信奈はふいに目を細め、静かに続けた。

 

「ここは──わたしにとって、大切な思い出の町なの」

 

「思い出……ですか?」

 

「そう。初恋の人と一緒に歩いた、思い出の町なの……」

 

 ふっと遠くを見つめるように言う信奈。その横顔は、どこか少女のままの切なさを帯びていた。

 

「…………」

 

 場の空気が一瞬、しんと静まりかえる。

 

「そんな大事な町でしたか」

 

 沈黙を破ったのは、刃の落ち着いた声だった。

 

「──十兵衛、燃やすのはなしだ」

 

「御意ですっ!天城先輩のご命令とあらば!」

 

 光秀がまっすぐ姿勢を正し、きっぱりと頷いた。

 

「げほっ、げほげほっ! がはっ……!」

 

 良晴が突如たこ焼きを喉に詰まらせ、苦しそうに咳き込んだ。

 胸を押さえ、机に突っ伏しながら水を探して手をばたばたさせる。目は半分裏返り、魂が抜けかけていた。

 

「お嬢様。サル先輩が、たいへん著しく驚かれておりますが」

 

 光秀が涼しい顔で報告する。

 

「なによ、なんでサルがそんなに慌てるのよ。蓮が驚くならまだしも」

 

 信奈はたこ焼きをひょいとつまみながら、不思議そうに良晴の様子を眺めていた。

 

「げっほ、ごっほっ……げほがほっ!? ちょ、ちょっと蓮! お前、なんか驚けよ! 今の会話、聞いてただろ!? リアクションゼロってのは逆に怖いからな!?」

 

 良晴の悲鳴まじりのツッコミにも、刃は首をかしげるだけ。

 

「何にだ?」

 

「いやいやいやいやいや!? 信奈が言ってたろ!? “初恋の人と歩いた”って!! つまり、お前じゃないってことだぞ!? ……なあ、それ、気にならないのか!? 普通、ちょっとくらい反応あるだろうがッ!」

 

 しかし刃は、微かに眉を動かすだけで──

 

「……別にどうも」

 

 たこ焼きを一つ口に運び、静かに咀嚼する。

 

 その瞬間、信奈の手が止まった。

 

 目がぱちぱちと瞬き、口元がわずかに開く。

 気づけば瞳の奥に、かすかな揺らぎ──動揺とも、寂しさともつかない光が宿っていた。

 

「──……」

 

けれど、何も言えない。ただ目を伏せ、両手を膝の上でぎゅっと握る。

 

「お嬢様と会ってからまだ一年も経ってない。お嬢様も、普通の女の子だ。初恋の一つや二つ、していて当然だろう」

 

 刃の声は、冷静で、澄んでいた。

 

「それを今さら咎めるなんて、みっともないにも程がある」

 

「うん、それはそれで理屈はわかるけどな!? 普通の男はちょっとくらい……イラッとしたり、嫉妬したりするんだよ!? 過去の男に、もやっとするんだよ!? 何でそんなに余裕なんだお前はああああ!!」

 

「器の小さい証拠だな。今、隣にいる。大切にしたいと思う相手が、今、目の前にいてくれる。それだけで、十分満たされるべきだ」

 

 刃は言い終えると、たこ焼きを一つ口に運んだ。

 

 その一言に、光秀がぴたりと背筋を伸ばした。瞳がキラキラと輝き出し、頬を染めて息を詰め──

 

「天城先輩……! 男です!! 威風堂々たる漢気です!! 思わず家紋に刻みたくなるお言葉でした! 相良先輩も、そのへん見習ってください!」

 

「なぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!? なんでお前まで正論を崇め出すぅぅぅぅ!? どこまで俺に鞭打つ気だあああ!!」

 

 良晴は頭を抱えて床に転げ回る。

 

「いやマジで! マジでなんなんだよ刃! 毎回毎回、無意識で完璧なタイミングで名言放ってくんじゃねぇよ!! しかも本人に自覚がねぇから余計にイラつくんだよぉぉぉ!!」

 

「サルは気にしすぎだ。過去の一つや二つ、受け止めてやるのが“男”だろう?」

 

 その場に一瞬、静寂が走った。 

 

「大事なのは過去より今だ。過去を掘り返してウジウジするより、今この瞬間を大切にしたほうがいい。昔、祖父から聞いた。“しつこい男は嫌われる”とな」

 

「うるせぇよ!? 悪かったな、“しつこい男”でぇぇぇぇッ!!」

 

 良晴が膝から崩れ落ち、地面を拳で叩きながら涙目で叫ぶ。

 

だが、刃は少しも動じず、首を傾げて思案顔になった。

 

「……だが待て。女を落とすなとお嬢様に叱られる。では、落とさないようにするには……嫌われる必要があるのか?」

 

「ちょ!? おい蓮!? 何かおかしな方向に考え始めてない!?」

 

「そうだな。ならばしつこく迫れば、嫌われるのでは? それなら、誰も落ちない……はずだ」

 

「ダメェェェェェェェェェェッ!! 絶対ダメ!! お前が“しつこく迫る”とかしたら、むしろ落ちる速度が光の速さになるからあああああ!!」

 

「……そうか。女心というのは、やはり難しいな」

 

「違う!! 難しくしてんのはお前の顔面偏差値と性格だ!! “黙って立ってるだけで恋が始まる”男が、変に頭使うんじゃねぇッッッ!!!」

 

良晴と刃が言い合っている間、信奈は刃の事を不安そうな目で見つめ続けていた。

 

「……ですから──」

 

 刃は、良晴の叫びを無視し、まるで何気ない世間話のように、けれど確かな響きを持って言葉を紡いだ。

 

「お嬢様も、そんな不安そうな目で、私を見つめなくても大丈夫ですよ」

 

 その口調は静かで優しく、けれど一点の迷いもない。まるで、血に染まった誓いすら微笑みと共に口にするかのような、不思議な純粋さがそこにはあった。

 

「お嬢様が過去に誰を好きだったとしても──今、私がお嬢様に抱いている想いは、何ひとつ揺らぎませんので」

 

「…………」

 

 その言葉に、信奈は思わず瞳を伏せた。

 

「……でも、蓮」

 

 震える声で、ようやく搾り出す。

 

「もし、過去の男が……今また現れて、わたしにちょっかいをかけてきたら……? それでも、平気でいられるの……?」

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして次の瞬間──

 

「殺します」

 

 まるで「おはよう」と言うように、なんのためらいもない。

 その声はあまりにも静かで、あまりにも平然としていた。

 けれど、その奥に宿るのは、凍てつくような“殺意”だった。

 

「え、えぇぇぇぇぇ!? ちょっ、ちょっと待って!? 嬉しいけど!?嬉しいけども!?怖いわよ!?」

 

 信奈の声が裏返る。頬は真っ赤で、目元は潤み、完全に乙女モードへと切り替わっていた。

 

「……そうですか? 私にとっては、自然なことです」

 

 蓮は、まるで何かを諭すように静かに言葉を継ぐ。

 

「龍が自分の宝に触れようとする者を容赦なく焼き払うように。私もまた──お嬢様という宝に触れようとする愚か者がいれば、その命をもって代償を払わせます」

 

「ヤバいよぉぉぉぉおおおおおおッッ!!」

 

 唐突に、良晴の絶叫が炸裂した。

 

「お前やっぱジャンル違ぇよ! こっちは戦国ラブコメしてんだよ!?なのにお前だけ戦国暗殺異能ハーレムバトルルート突き進んでんだよ!!」

 

 彼の絶叫にも、刃は首を傾げて問い返す。

 

「ジャンル?」

 

「そう!ジャンルだよ!この世界観!お前だけ“修羅”だよ!バトル漫画でも主人公張れるタイプのやつだよ!!」

 

「修羅……」

 

 蓮は一拍置き、ぽつりと呟いた。

 

「……それは褒め言葉か?」

 

「違うわ!! 一緒にいると誰か死ぬのよ!? 恋愛が!恋愛が文字通り命がけなのよッッ!!」

 

その異常なまでの絶叫の隣で──

 

「っ、……ちょ、ちょっと……お手洗い、行ってくる……」

 

 信奈は顔を真っ赤にして、逃げるように席を立った。

 肩まで耳まで、ありえないほど赤く染まり、ふらふらと足早にその場を後にする。

 

「ほらあああああああああああああッ!!!」

 

 良晴が畳に突っ伏した。

 

「……だから!前から言ってるけど!吉の好感度はもうMAXだって言ってるだろおおおおおッ!!これ以上上がらないの!なのに!なんでまだ上げに行くんだお前はあああああああああああッ!!」

 

 絶望的な怒声が茶屋の中に木霊する。

 

 だが刃は、ただ静かに──むしろ優しげに微笑んで答えるだけだった。

 

「……上限がないだけだ。想いも、愛情も。俺の中では、まだまだ上げ足りない」

 

「やっぱり人間じゃねえええええええええええええッ!!!」

 

半兵衛をどっちのヒロインにするか

  • 良晴
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