織田信奈の野望〜戦国に舞い降りし銀ノ刃〜   作:更新亀さん

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前話で誤字報告してくれた方、ありがとうございます


南蛮寺の会合

翌日

 

「五右衛門たちは京で留守番だし、十兵衛ちゃんは裏表ある性格だった上に、いまや厨房係をかけたライバルだし……刃がいなかったら、戦国時代の町に一人きりだったぜ。助かったぞ」

 

「はぁ。そんな事のために姫様を煽って、俺を連れ出したのか?」

 

 丁稚姿の良晴は、頭巾で素顔を隠した刃と並び、賑わう堺の町をぶらついていた。

 

「いやいや、堺をうろついて新メニューのネタを探すのと……お前のアドバイスを貰えないかと思ってな」

 

「諦めろ。姫様にダメだと言われただろう」

 

 街の喧騒と南蛮人の混ざる声、異国の香辛料の匂いが入り混じる中を、二人はあてもなく歩いた。そしてふと気づけば、彼らは奇妙な建物の前に立っていた。

 

 ――南蛮寺。

 

 灰色の石造り、尖塔に掲げられた十字架。戦国日本の建築とはまるで異なるその異質な構造に、良晴は目を見張った。

 

「これは……南蛮寺ってやつか?」

 

 興味津々で扉に手をかけると、ぎぃと重たく開いた。中を覗いた良晴は、思わず声を漏らした。

 

「おおっ、これは……!」

 

 祭壇に十字架、荘厳なキリスト像とマリア像。整然と並ぶ西洋風の椅子に腰掛け、十数名の信者や見学者が、静かに壇上の修道女の言葉に耳を傾けていた。

 

 その中心に立つのは、一人の少女。

 

 金色に輝く絹のような髪。陶器のような白肌。吸い込まれるような碧眼。しかも――

 

「……西洋人の、シスターだ……」

 

 良晴は息を呑んだ。

 

 その少女は、まさしく良晴がかつてRPGやアニメで見慣れた“シスター”そのものだった。だが現実の前に、それは霞んで見えるほど。

 

 清楚で、可憐で、どこか儚げで、それでいて──

 

(な、なんだあの……バスト……!?)

 

 柔らかな体つきの中で、ひときわ存在感を放つそれは、明らかに人智を超えていた。童顔にして巨乳──否、超乳。この世のものとは思えぬプロポーションに、良晴の思考は停止した。

 

(おおおおおおおっ!? に、日本人の女の子では絶ッッッ対に有り得ない奇跡のプロポーションっ!! この愛らしい童顔に、この破壊的バスト……まるで……まるでポリゴンで作られた3Dゲームキャラのようだッ!!)

 

「はっ、刃!? 中にとんでもない巨乳の子がいるぞ!! 勝家以上だっ!!」

 

 興奮した良晴は、刃の肩をバシバシ叩きながら、目をキラキラさせて身を乗り出した。

 

「……はぁ。お前というやつは……」

 

呆れたように眉をひそめる刃。

ふらふら~。かわいい女の子を見ると、良晴はつい近寄っていってしまう――これはもはや習性である。

 

「うおおお……まさに西洋の奇跡、天から舞い降りた金髪碧眼の爆乳天使……!」

 

陶然とした顔で祭壇に向かおうとする良晴。その顔には理性という文字が一文字たりとも浮かんでいなかった。

 

ドゴッ。

 

「痛ってぇ!! な、なにすんだ刃ッ!?」

 

頭を押さえながら刃に抗議をする。

 

「気持ち悪い顔をしながら近づくな。見てるこっちが寒気がする」

 

「お前なあ……。これだからモテる奴は……」

ブツブツと文句を垂れながら、良晴は再び祭壇をちらりと覗き見る。

 

そのときだった。

 

「きっ……貴様ら、誰だ? 我らの集会所に、勝手に入ってくるな! 危険だ!」

 

甲高い声が、教会内の静けさを破った。

 

音のした方を見れば――ひときわ異質な存在が、祭壇の手前、通路のど真ん中で彼らの前を遮って立ちはだかっていた。

 

それは幼い少女だった。

 

だが、ただの子供ではない。

まず目を引いたのは、片眼に巻かれた黒い眼帯。そして金髪。日本人離れした色素の薄い肌。全身は闇に溶け込むような漆黒の南蛮合羽に包まれている。首から提げられた銀の十字架は――なぜか逆さまに吊り下がっていた。

 

「こら。入ってくるな。我らは今、〝黙示録のびぃすと〟について教わっているところ……」

 

 甲高くも冷たい声が、良晴たちの足をぴたりと止めた。

 

 ぎりぎりぎりぎり……。

 

 眼帯をつけた金髪の幼女が、怒りのこもった歯ぎしりとともに、良晴の前に立ちはだかる。白くて小さな手をすっ、と顔の前にかざしたかと思えば――

 

「……えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ……!」

 

 低く呟くような声が、南蛮寺の静謐な空間を怪しげに満たしていく。

 

「はっ!?」

 

 良晴は思わず後退りした。いや、そりゃビビるって!

 

(ちょ、待て!? なんで教会で悪魔召喚の呪文!? エロイムエッサイムって、完全にオカルト漫画のやつじゃねぇか! ……お前、悪魔崇拝者かよ!)

 

 冷や汗を垂らしながらも、良晴はなんとか笑顔を作って取り繕おうとする。

 

「いや、俺達は……君の敵とかじゃなくて、えーと、ただの通りすがりでして……っていうか、ちょっと珍しい建物だったから、つい……な?」

 

「その態度が怪しいって言ってるんだろうが」

 

 隣で腕を組む刃が、呆れ果てた顔で冷静にツッコむ。

 

「……こっ、これ以上、我が結界に踏み込むでない! 死にたいか!」

 

 眼帯の少女が鋭く指を突き出す。服の裾がふわりと揺れ、銀の逆十字が鈍く光る。なんだこの子、本当に神の使いなのか、それとも魔の使徒なのか――境界がぐらついてきた。

 

「はあ!? ちょっと待った! だから俺はさっきから――」

 

 良晴はたまらず前に出て、手を振りながら自己紹介を始めた。

 

「俺は尾張から来た織田家の部将、相良良晴。久々に西洋人を見たからつい見惚れて入っちまっただけだ。別に悪いことをしに来たわけじゃねぇ!」

 

 言った瞬間、刃のツッコミが秒で飛んでくる。

 

「おい、馬鹿。なんでこんなとこで実名名乗ってんだ。何のために偽名使って、わざわざ丁稚姿に変装してると思ってるんだ?」

 

「……だ、だって緊迫した空気だったから、正直に言ったほうがいいかなって……?」

 

「状況判断が致命的に甘い」

 

「せ……聖妖陣!? なんだそれは……いかなる悪魔を召喚する“ぺんたぐらむ”か!?」

 

 眼帯少女が再び身を翻し、今度は刃に向けて叫んだ。

 

「……は?」

 

 刃は真顔でフリーズした。

 

 良晴は首を傾げつつ、今の発言を脳内でリプレイする。

 

(聖……妖陣? ペンタグラム? ……なんかどんどん話が逸れてる気がするんだけど)

 

 振り返ると、刃がやや真剣な顔でポツリと呟いた。

 

「良晴……この子は何を言ってるんだ?」

 

「いや俺が聞きてぇよッ!」

 

「ククク……面白い。どうしても我と決着をつけたくば、この梵天丸の必殺奥義を味わっていくがよい!」

 

 ちんまりとした体に不釣り合いなドスの効いた声で、眼帯少女がびしっと刀に手をかけた。

 

「喰らえ、〝十二使徒再臨魔界全殺〟!!!!」

 

「おいこらチビガキ、刀を抜くんじゃねえ!」

 

 良晴が慌てて手を伸ばしたその時、場にふわりと清らかな風が吹いたような錯覚が走った。

 

「ふふ。梵天丸ちゃん」

 

 聖壇の前から静かに歩み寄ってきたのは、金髪碧眼の西洋美少女シスター。まるで物語から抜け出てきたようなエルフのような容姿でありながら、その微笑みはまさに聖母のごとき慈愛に満ちている。

 

「イエスさまのお話を聞きに来てくださったお方を、そのように拒んではいけませんよ? それに、ここは教会です。抜刀しては、いけません」

 

 そのやわらかな声に、梵天丸の動きがピタリと止まった。

 

「……フッ。フロイスがそう言うのなら、この梵天丸も子供ではない。決着をつけるのは後日としよう」

 

 肩をすくめて顔をそらすその姿は、どう見ても“我慢してるちびっ子”にしか見えない。

 

「子供だろーが。俺のへそまでしか背が届いてねぇぞ?」

 

 良晴が素直にツッコむと、梵天丸はギリィッと歯ぎしりしながら振り返った。

 

「我は子供ではない! この日ノ本の転覆を企む破壊の大魔王、〝黙示録のびぃすと〟こと梵天丸なるぞ!」

 

「はあ? 日ノ本転覆だぁ? どこでそんな言葉覚えたんだよ……。悪いガキだなこりゃ。お尻ぺんぺんだ!」

 

「こらーーー! 我を抱きかかえるでないッ! 放せ、放せと言っておるーーッ!!」

 

 良晴が悪ふざけ半分にひょいと抱き上げると、梵天丸はじたばたと暴れだした。軽い。とにかく軽い。見た目通りの小学生ボディである。

 

「やかましいわこの暴れん坊将軍! 少しは静かにしろっての!」

 

「我を愚弄するかッ!? その命、千年恨むぞ貴様ァァァ!!」

 

「ふむ。初対面の幼女の尻を触ろうとするとは、やはり光秀の胸を触ったという件、あながち否定できぬのではないか?」

 

 刃が冷ややかに言い放つ。

 

「え、ちょ、違う!? 違うってば!! それは十兵衛ちゃんの、あいつの、完全なるでっち上げでっ!!」

 

「今この状況で言われてもな。説得力ゼロだ。やはり……斬るべきか?」

 

「え!? ちょ、待っ――」

 

「このままでは姫様達にも手を出しかねん。早めに始末した方が被害が少なくて済む」

 

「すいませんでしたァアアア!!」

 

 良晴は慌てて梵天丸を離すと、勢いよく土下座。頭を床に擦りつけ、涙目で命乞いをする。

 

 その様子を、他の信者たちはくすくすと笑いをこらえながら見守っていた。

 

「ふふっ……梵天丸ちゃんは、イエスさまの教えよりも、〝よはねの黙示録〟という恐ろしい物語のほうに夢中なのです。特に〝びぃすと〟の部分を、ね」

 

 祭壇から降りてきたフロイスが、微笑みながら近づいてくる。その歩みに合わせて、彼女の修道服の胸元が――。

 

 ゆや、ゆやんっ。

 

 一歩ごとに柔らかく、大きく、しかし規則正しく震える神の造形。いや、揺れというより「主張」と言うべきか。

 

 良晴の視線は釘付けになり、すでに魂が抜けかけていた。

 

(な、なんだこの……揺れ!? ど、どんなカップ数だ!? G? I? いや、いやいやいや、そんな生ぬるい領域じゃねえぞ!? この顔でこのバスト……まさに、神の気まぐれによって生まれし奇跡……っ!)

 

 脳内で「鑑定スキル・心眼」を全力発動してもなお、正確な数値が計れないほどの超乳っぷりに、彼はただ呆然とした。

 

「……良晴。反省してないようだな」

 

 刃の低く冷ややかな声が、首筋をなぞる。

 

「うわぁぁぁぁぁあ!? ごめんなさいッ! 今度こそ本気で反省してますッ!!」

 

 神の造形と魔王の幼女、そして冷酷無比の護衛剣士に囲まれ、相良良晴の堺珍道中はまだ始まったばかりだった――。

 

 

「ええと、ヨシハルさんと……」

 

 フロイスが小首をかしげて尋ねる。

 

「ああ、すまない。俺は蓮だ、流浪の用心棒ってところだ」

 

 刃は肩をすくめつつ、さも自然に偽名を名乗った。

 

「おいおいおいおい! カッコつけてんじゃねぇ! お前の名前は天城刃だろうが!」

 

 良晴がたまらず叫ぶと、刃は涼しい顔で返す。

 

「良晴。さっき言っただろ。偽名で通すって……お前、もしかして本物のサルなんじゃないか?」

 

「すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 地面に額をこすりつける勢いでもう一度土下座する良晴。

 

「……まったく。改めて名乗ろう。俺は天城刃。そこのサルと同じく織田家の部将。織田信奈様の懐刀を務めている」

 

「天城刃だと……!?」

 

 フロイスの隣で、小さな影が震えながら身を乗り出した。

 

「梵天丸ちゃん、知ってるんですか?」

 

「知っているどころの話ではないわあああああああッ!!」

 

 眼帯の少女──梵天丸が叫ぶ。全身から謎の闇オーラを噴出しながら、拳を握りしめて吠える。

 

「我のような闇の眷属ともなれば、あの男の名を知らぬ者など、この世の理から外れておるわッ!! 織田信奈の懐刀にして、天の白刃と称される織田信奈が誇る絶対戦力ッ!!」

 

 そして息を継ぎ、語る、語る、語る。

 

「墨俣に一夜で城を築いた天才軍師! 一人で二千の兵を薙ぎ払った日ノ本最強の剣豪!この日ノ本において、彼を倒せる者など一人として存在しないッ! 織田信奈軍の影にして刃! 京では町娘たちから崇められ、女子供は彼の名を聞けば熱狂し、敵軍はその名を聞くだけで震え上がるという……!」

 

 目はキラキラと星を宿し、もはや完全にファンのそれである。

 

「なぁ、刃。このガキ、目がマジで輝いてるぞ」

 

「いいんじゃないか? 害はなさそうだ」

 

「天城刃!!」

 

 梵天丸がキラキラした瞳のまま、いきなり刃の前に進み出る。

 

「我の右腕となれッ!! 共に日ノ本を混沌に染め上げ、再誕の炎を燃やすのだ! 我が盟友となり、闇の王国を築き上げようぞッ!!」

 

「……却下だ」

 

 刃の即答に、梵天丸はぶるぶると震え──

 

「なぜだあああああああ!? 我の右腕になることが、どれほどの栄誉か貴様にはわからぬのかあああああッ!!」

 

「いや、姫様がいるからな」

「くぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 小さな体を震わせ、唇を噛みしめる梵天丸。その姿に、フロイスがくすっと笑った。

 

「ヨシハルさんとハヤテさんですね。わたしはこの堺南蛮寺の司祭を務めさせていただいています。ドミヌス会宣教師のルイズ・フロイスと申します。先年、ポルトガルから参りました。よろしくお願いします」

 

「あ、ああ!よろしく!」

「よろしく頼む」

 

 二人が軽く会釈した、その直後──

 

「ククク……油断するな、フロイス。このサル男は、貴様の乳ばかりを見ていたぞ。きっと悪魔に魂を食い破られているのだ……堕落の兆候よ!」

 

 眼帯の少女・梵天丸が、にたりと口元を吊り上げて言い放った。

 

(きぃい……なんてかわいくねぇガキだ!)

 良晴は内心、叫ばずにいられなかった。

 

「そ、そんな……! わたし、そんなに……胸、変ですか……?」

 

 フロイスがうるんだ瞳で胸元を押さえ、俯いてしまう。

 

「ジパングに来てからというもの、ずっと変な目で見られてばかりで……『牛の神様でも信じてるのかね』とか、『乳が溜まっておるのかな?どれ、わしが搾ってやろう』とか、酷いことを……」

 

 くすん、くすん、と涙を滲ませるフロイスに、良晴は大慌て。

 

「わ、わああっ! 違うんだ、フロイスちゃん! これは男の本能というか、もう生まれ持った宿命というかっ! って、くそぉチビガキ黙ってろ!!」

 

「ふっ。我が目は誤魔化せぬ……それが“乳魔王”の呪いなのだ……」

 

「誰が乳魔王だあああっ!! 刃っ!お前からもなんかフォローしてやれよ! 今こそ女たらしのお前の出番だろ!? って、なぁ……何してんの?」

 

 ふと横を見ると――

 

そこには、椅子に座りあぐらをかいて悠然と構える刃の姿。

その膝の上には、まるで抱き人形のようにちょこんと座った梵天丸がいた。しかもその小さな身体は刃の胸元にぴたりと寄り添い、金髪の頭をくりくりとすり寄せている。

 

 刃は、まるで何事もないかのような涼しい顔。表情は変わらず、それどころか柔らかな手つきで梵天丸の金髪を、風に舞う絹糸でも梳くかのように優しく撫で続けていた。

 

「……ん? 見てわからんのか?」

 

「わかるよ!? だから言ってんだよ! 何でチビガキを優しく撫でてるんだよ!?」

 

「いや、寄ってきて頭を出してきたから、撫でて欲しいのかと」

 

「ふふふ……撫で心地、実に良し。ぬくもり、柔らかさ、そして心地よい脈動……三拍子揃っておる。ふむ、これは癖になるな……」

 

 うっとりとした顔で甘えた声を漏らす梵天丸。完全に刃の膝に陣取っており、視線の端で良晴をチラッと見やると、まるで勝ち誇ったかのように鼻を鳴らした。

 

「おかしいだろ!? なんで!? なんで毎回毎回、幼女はこいつに懐くんだよ!? 犬千代! ねね! 半兵衛ちゃんに五右衛門、そしてチビガキで五人目だぞ!?何だ!? お前の膝からは甘露でも湧いてるのか!? こっちは一歩近づいただけで斬りかかられたんだぞ!? 理不尽すぎるだろぉぉぉぉ!!」

 

 良晴の絶叫も、周囲にはもう“いつものこと”として処理されているようで、信徒たちはくすくすと笑いをこらえて見守るばかり。そんな中、さらに追い討ちをかけるように――

 

「フロイス! お前もどうだ? 我の反対に座るといいぞ! この膝は極上、まさしく天界の座り心地……神の御膝よ!」

 

 刃のもう片方の膝をぱんぱんと叩きながら、梵天丸は胸元に顔を埋めたまま、蕩けたような笑顔で手招きをしていた。

 

「ちょっ、お前なに勝手に刃をハーレムソファー扱いしてんだ!? つーか、刃も断れよ!? 何自然にもう片膝あけてんだよ!?“余ってるんでどうぞ感”出すな!!」

 

良晴の怒鳴りにも、刃は至極平然とした顔で一言だけ返す。

 

「……ああ。片方、空いてるからな」

 

 なぜかほんのり誘っているような言い方で、刃が淡々と答える。刃なりの優しさなのかもしれないが、そこに悪意はなくとも破壊力がある。

 

「ひゃうっ……わ、わたしが……膝の上……!? し、しかし、わたしなどが……」

 

顔を真っ赤に染め、胸元を押さえてぷるぷる震え出すフロイス。神に仕える身としての清貧の誓いが脳裏をよぎる一方で、未体験の“御膝誘い”に魂がぐらついていた。

 

「大丈夫だフロイス! 天城は気にしない!」

 

「好きにしてくれ」

 

 とどめのように、刃の真顔から無垢な許可が飛ぶ。

 

「刃ぇえええええええッ!?受け入れるな!!俺が怒られるんだよ!? 信奈に! 『……わたしを側室に落としたいの?』って、氷の声で怒られるんだぞぉぉぉぉぉ!!」

 

「……頑張れ?」

 

「そういうとこだぁぁぁあああああああああ!!」

 

刃の膝の上では、梵天丸がさらなる快適さを求めて体勢を整え直しながら、誇らしげに言い放った。

 

「ぬはははははっ! 天城刃! やはりそなたこそ、世界を統べる王の器よ! 我の下につけ! 我と共に、日ノ本を膝枕で支配するのだああああっ!!」

 

 教会の静寂を引き裂くように響いたその叫びに、良晴はついに崩れ落ちたまま、天を仰いだ。

 

「……俺も……一度くらい膝に乗せてみてえよ……」

 

 

 

 

 

 

「ともあれ、ヨシハルさんは……なにか、お悩み事がありそうなご様子ですね」

 

 静かにそう告げたフロイスの声音には、どこか包み込むような優しさがあった。

 

「“迷える子羊よ、求めよ、さらば与えられん”──と、聖書にもございます。こうして出会えたのも、主のお導きでしょう」

 

「……確かに、そうかもしれねぇな」

 

 良晴は、ふっとため息を吐いた。今の自分には、誰かに話したくなるような悩みが確かにあった。

 

「わたしでよければ、お悩みをおうかがいしましょう。どうぞ、何でも」

 

「聞いてくれるか? ありがてえ、助かるよ」

 

 思わず笑みがこぼれる良晴。しかし――

 

「えー! “ヨハネの黙示録”を朗読してからじゃなきゃ、我はイヤだーッ!」

 

 突如として横から響いた、場の空気を全力でぶち壊すような叫び声。

 

 言うまでもなく、金髪の暴走幼女・梵天丸である。

 

「はいはい。それでは、先に“黙示録”を読みますね、梵天丸ちゃん」

 

 フロイスは苦笑を浮かべつつ、朗読用の分厚いラテン語聖書を手に取った。

 

 (いや……この空気で“ヨハネの黙示録”!? しかも南蛮寺で!?)

 

 戦国時代の堺、南蛮寺の静寂な礼拝堂で、異国の宣教師が黙示録を朗読し始める――という状況に、良晴はなんとも言えない違和感を覚えた。場違いというか、いや、なんというか……。

 

 ひとまず空いていた木の椅子に腰を下ろすと、彼はため息混じりに耳を傾けた。

 

 そして、静かに始まるフロイスの朗読――

 

《──ヨハネの黙示録、第十三章。わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた──》

 

 うわ、来た。いきなりヘビーだな!? と、良晴の肩がすくむ。

 

 おっかねぇって……天使みてえなフロイスちゃんの声で読み上げられるから余計に怖いわ! と、彼の脳内ツッコミが止まらない。

 

 まわりの信者らしき者たちも、じりじりと身を寄せ合い、口々に「おおこわ……」「なんと恐ろしい……」「この世の終わりですな……」と震え上がっている。

 

 だが――

 

「来たぁああああああああっ!! びぃすと、来たあああああああっ!!」

 

 その場にただ一人、刃の膝の上でじたばたとはしゃぎまくる少女がいた。

 

「くくく……いつ聞いても〝獣〟が登場するこの場面は、我が脳髄を痺れさせる……! このカオス、この黙示のビジョンこそ、闇の眷属にとっての福音よ!!」

 

 両手をぶんぶん振り回しながら、嬉々として足をばたつかせる梵天丸。刃の胸元に頬ずりしながら「ふふふ……我を抱く者よ、祝福されよ……」とすり寄ってくる始末。

 

 そしてそんな彼女を、刃は表情一つ変えず、自然な手つきで頭を撫でていた。

 

「……子供はこういうの、好きですから」

 

 フロイスは少し困ったように苦笑を浮かべながら、それでも朗読の手を止めることなく続けていた。

 

 聖堂の中で響き渡る、静かで清らかな朗読。

 

 だがその傍らで、膝上で歓喜する幼女と、冷静に撫でる剣豪。

 

 この空間、温度差がすごい。

 

「……あのさ、俺の悩みどこいった?」

 

「ふふ。あと少しですから、ヨシハルさん」

 

 優しく笑みを浮かべながら、フロイスは朗読を続ける。

 

《──また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした──》

 

「刻印きた────っ!!」

 

 梵天丸が天に向かって両手を広げ、謎のテンションで絶叫する。

 

「来たぞ来たぞ来たぞッ! 我を拝め、我にひれ伏せいッ!! これぞ選ばれし獣のしるし……! びぃすとの刻印なりぃぃぃっ!!」

 

「うるさいぞチビガキ! 黙って聞け黙示録だけに!」

 

 良晴がすかさずツッコむも、梵天丸の暴走は止まらない。

 

「おいおい……でもよ……このくだり……なんか、聞き覚えあるような……?」

 

 眉をひそめて呟く良晴。

 

 そして――

 

《──この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは人間をさすものである。そして、その数字は……六百六十六である──》

 

「六! 六! 六! 来たぁあああああっ!! 六・六・六ッ!! しびれるぅぅぅぅぅっ!!」

 

 両手を震わせながら、刃の膝の上でジタバタと喜び悶える梵天丸。

 

「わかるか相良! 我こそがこの獣! びぃすとそのものなのだッ!」

 

「はぁ!? どこがだよ!? お前のどこにそんな要素があるってんだよ!?」

 

「証拠ならある! 我が眼帯を……みよぉぉぉぉっ!!」

 

 ドヤ顔で眼帯を指さす梵天丸。その叫びにつられて、良晴はしぶしぶ顔を近づけて覗き込む。

 

 ──そして見えた。

 

「……うわ、本当に刺繍してある……。6、6、6って……しかも丁寧に赤い糸で……なんでそんな手間かけた!?」

 

「フハハハハ! これぞ我が真の名を封印する呪印ッ! この眼帯を外せば、我の中のびぃすとが覚醒し、世界が闇に包まれるのだッ!!」

 

「お前は……アホだ」

 

 ぽかっ。

 

「ぎゃっ!? な、なにをするのだ貴様ぁああっ! 我を殴るでない! 衝撃で我の中に眠るびぃすとが目覚めたらどうするのだ!? びぃすとが目覚めたらジパングが闇に沈むぞ!? それでも良いのかっ!?」

 

「うん、いいから静かにしろ」

 

「理不尽すぎるぅうううう!!」

 

 涙目で抗議する梵天丸をよそに、フロイスは苦笑いしながら、手を合わせてぺこりと頭を下げる。

 

「ふふっ、今日はここまでにしておきましょうね、梵天丸ちゃん。ヨハネの黙示録は、また明日にでも」

 

フロイスが優雅な仕草で聖書を閉じると、集まっていた信者たちが一斉に拍手しながら立ち上がる。

「いやぁ、『あぽかりぷす』はいつ聞いても背筋が凍るでぇ……」

「南蛮寺の黙示録は、坊主寺の地獄巡りより迫力があるわ……」

「こりゃもう、拷問や地獄絵図より効くで。心が引き締まるもんなぁ……」

「堪能した、堪能した」

 

 信者たちは感嘆と恐怖のないまぜになった顔でうなずき合い、誰からともなく手に持っていた米俵や野菜の籠、布の束などを祭壇近くに置いていく。

 

 きっと、それは――

 

 南蛮人であるフロイスが報酬も受け取らず、ただ「主のために」と奉仕し続ける姿勢への、素朴な感謝の証なのだろう。

 

「それでは皆さん、また明日よろしくお願いします。主のご加護がありますように」

 

 丁寧に頭を下げたフロイスに、信者たちは口々に感謝の言葉を返しながら寺を後にしていく。

 

静寂が戻った本堂に残ったのは――フロイス、刃、良晴、そして当然のように刃の膝の上から動こうとしない梵天丸だった。

 

「おい、お前も帰れよ!? いつまで刃の膝の上に居座ってるんだよ!」

 

 良晴が勢いよく指を突きつけるが――

 

「断るッ!」

 

 梵天丸は即答し、ぴとっと刃の胸元に顔を埋めた。

 

「我はまだ、天城に撫でてもらいたいのだ。ぬくもりと、匂いと、手つきの三重奏……これを逃すのは愚者のすることよ。それに、うぬとフロイスを二人きりにすれば、フロイスの乳が危ないからな! 我が隻眼は、人の心の闇を見抜く眼。うぬの視線、そのよこしまな魂胆、すでに見切ったぞ!」

 

 人差し指で良晴を突きながら、目元だけでにやりと笑う。

 

 ちぃ、かわいくねえガキだ……!

 

「だから、それはだな、男としての本能であって……不可抗力っていうか……困ったなぁ~」

 

 顔をかきながら誤魔化す良晴に、フロイスはきょとんとしたまま小首を傾げた。

 

「……あのう、ヨシハルさん? その、ご相談とは、梵天丸ちゃんやハヤテさんに聞かせるとまずい内容なのでしょうか?」

 

「いや……別に、そんな深刻な話じゃねえけどな。たぶん」

 

 頭をぽりぽり掻いてから、良晴は改めてフロイスに向き直る。

 

俺は相良良晴。尾張の織田家に仕える部将だ。……ちょっと現実離れした話になるけどさ、フロイスちゃんになら理解してもらえるかもしれねえ」

 

 良晴は、やや躊躇いながらも続けた。

 

「実は……俺と刃は、未来の日本から来たんだ」

 

「まあ、未来から、ですか」

 

 フロイスは驚きの表情を浮かべながらも、頭ごなしに否定はしなかった。その瞳には、敬虔な信仰者らしい“信じようとする意志”が宿っていた。

 

「ああ。この時代から……約四百年先の未来だ」

 

 一瞬、静寂が満ちた。

 

 そして次の瞬間――

 

「おお……かわいそうに。きっと、頭を打ったのだな」

 

 膝の上でぬくぬくしていた梵天丸が、残念そうに眉を下げながら、ふっ……と鼻で笑った。

 

「年甲斐もなく御伽草子の読み過ぎとは、嘆かわしい。そもそも未来などという妄言、〝黙示録の獣〟である我から見ても滑稽の極み。ククク……」

 

「〝黙示録の獣〟を自称する幼女に言われたくねえよ! っていうか、俺の話は本当なんだっての!」

 

 良晴は即座に噛みついたが、梵天丸は「ふふふ」と悪戯っぽく笑って、刃の胸元に再び顔を埋めた。

 

「……それでは、ヨシハルさんとハヤテさんは、どのようにしてこの戦国のジパングへ?」

 

 真剣な眼差しで問うフロイスの声は、柔らかくも真摯だった。彼女は笑わなかった。ただ、目の前の“迷える子羊”の言葉を、信じようとしてくれていた。

 

「……それが、自分でもよくわかんねえんだ」

 

 良晴は小さく息をつき、肩をすくめた。

 

「気づいたらこの時代に飛ばされててよ。周囲には火薬の煙と刀の音、目の前には女武将と血まみれの戦場。そりゃあもう、死ぬかと思った」

 

「……」

 

 フロイスは静かに聞き入っていた。ふと、隣の刃にも目を向ける。

 

「ハヤテさんも……同じく、ですか?」

 

「そうだな。気づいたら戦場のど真ん中、急に斬りかかられた」

 

良晴は頭をかきながら、にへらっと笑って見せた。

 

「けど、この時代の人たちと関わって、戦って、笑って、たまにブチ切れられて……今はそれなりに楽しくやってる。生きてる実感はあるよ」

 

 その言葉に、フロイスは柔らかく微笑んだ。

 

 そしてその隣では――

 

「ふむ、我も未来に飛ばされたいな。びぃすと専用の豪邸と、我を崇め奉る愚民たちが待っておろう」

 

「お前はまず、現実を見ろや」

 

 良晴のツッコミが響いた。

 

「しかし、日本での布教活動ってのは、やっぱり大変だろうな。寺社勢力がやたら強いから……特に由緒ある京の都じゃ、反発もすごそうだ」

 

 良晴が言うと、フロイスは一度だけ瞬きをしてから、ゆっくりと頷いた。

 

「はい。……先日ようやく、前のショーグン様、足利義輝さまより京での布教活動を正式に許可していただけたのですが──」

 

 言葉を区切る。表情が曇った。

 

「そのショーグン様が、三好さま、松永さまの軍勢によって……ジパングを追われてしまいました。そして今では、カンパクさまの命により、京での活動も禁じられてしまって。なので、わたしは今こうして、堺の地に留まっております」

 

「……そりゃあ、苦労してんな」

 

 気軽な口調で言ったものの、良晴の中に、胸を締めつけるような感情が芽生えていた。異国から来た若い女性が、言葉も風習も違うこの国で、信仰の旗を掲げて孤独に立っている。どれほどの困難を越えてきたのだろう。

 

 だがフロイスは微笑んで首を横に振った。

 

「いえ。すべては……神の御意志です。わたしのような、罪深い者に与えられた試練なのだと受け止めております」

 

「……は? フロイスちゃんのどこが罪深いんだよ?」

 

 良晴はきょとんとしながら問い返す。

 

 その瞬間だった。フロイスの頬がぱあっと赤く染まり、視線が宙をさまよい、やがて小さくうつむいた。

 

「そ……その……胸のあたりが……あの……」

 

「……は?」

 

「お、大きな罪だと、よく言われます……。男の人を惑わせるから、と……ヨーロッパでは、胸の大きな女性は“悪魔の使い”だと教えられることもあるのです……」

 

 フロイスの声は、まるで小鳥の囁きのようにか細かった。彼女は両腕を胸元にすがるように抱え、羞恥に身をすくめる。

 

 刹那、良晴が勢いよく立ち上がった。

 

「なんてこったああああ!! そんな偏見、許せねえ!! おっぱいがでかくて、なにがいかんのですか!! なあ! 刃!! お前も何か言ってやれよ!!」

 

「……何故いつも、答えにくい問いを俺に振る?」

 

 刃は眉ひとつ動かさず、静かに返す。だが少し肩をすくめるようにして言葉を続けた。

 

「別に気にする必要はないだろう。個性だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

 まるで、風が吹けば木の葉が揺れるくらいの当然のこととして。

 

 だが、フロイスの表情はまだ晴れなかった。

 

「……で、でも。ジパングの仏の教えでも……似たような扱いを受けるのです。お寺の僧侶の皆さんは、わたしの胸を見ると目をそらして、『いかん、心を乱される……』『天魔じゃ、天魔の使いじゃ』と……恐れるように言うのです」

 

 その声には、笑い飛ばせない傷があった。何度も、何度も、同じ言葉を浴びてきたのだろう。異端視され、穢れとして扱われ、自分という存在に罪があると刷り込まれて。

 

 良晴は、拳を握りしめて叫んだ。

 

「君は罪人なんかじゃない!! むしろ……むしろ勝ち組だ!! フロイスちゃんはな、生まれてくる時代を間違えただけなんだよ!」

 

「え……?」

 

「俺たちが暮らしてた未来の日本じゃな……巨乳、すなわち正義! 希望! 世界の平和を支える偉大なる遺産だったんだぞ!!」

 

 フロイスがぽかんと口を開ける。

 

「ま、まことに……?」

 

「マジだ。もちろん、貧乳好きもいたけどな? でもな、アンケートによれば、日本人男性の八割は、巨乳大好きなんだよッ!」

 

「は、八割……!? そんな……っ、そんな世界が……あるのですか……」

 

 フロイスは衝撃に打たれたように、両手で頬を覆った。困惑と戸惑いと、そしてほんの少しだけ、希望のようなものがその顔に滲む。

 

 その時だった。

 

「……生まれる時代を、間違えた、か」

 

 ぽつりと呟く声がした。

 

 良晴が振り返ると、刃が虚空を見つめながら言っていた。

 

「……どうした、刃?」

 

「なに。俺も昔から、よく言われたなと思ったただけだ」

 

 静かに目を伏せたその横顔には、どこか懐かしさと、ほんの一匙の寂しさが宿っていた。

 

「……俺は、五歳のころに祖父から剣を習った。習ってからというもの、武術にのめり込んでいった。剣、槍、薙刀、鎖鎌、果ては徒手空拳まで。道場を渡り歩き、あらゆる流派を学び、どれだけ血を流しても満たされなかった」

 

 語る声は低く、湿った夜気のように静かだった。その声音には、誇りも名誉もなかった。ただ、武に憑かれた少年の人生がそこにあった。

 

「俺は、技と技をぶつけ合う手合わせが、何より好きだった。言葉はいらない。構え一つ、呼吸一つで、相手のすべてが見える。生き様、覚悟、嘘……武による対話の中にこそ、真実があると思っていた」

 

 彼の瞳は、遠くを見つめていた。目の前にない何かを探すように――あるいは、もう戻らない過去をなぞるように。

 

「俺は自分で言うのもなんだが、天才だった。誰よりも早く動き、誰よりも深く考え、誰よりも速く勝てた。だがな……その“強さ”は、やがて人を遠ざけた。気づけば周囲の人間が少しずつ離れていった。友と呼べる者も、仲間と呼べた者も、皆……“お前はどこか時代錯誤だ”と笑った。“そんなに武に生きても、今の時代じゃ使い道がない”ってな」

 

 苦笑のように、刃の口元がわずかに歪む。

 

「そのうち、誰にも挑まれなくなった。どの道場に行っても、避けられるか、祭り上げられるかのどちらか。対等な立場で真剣勝負を挑んでくる者なんて、もういなかった。試合はあれど、戦いはなかった。ただ形式をこなすだけ。心のない刃を交えるだけだった」

 

 声に、微かに滲むのは、空虚。そして――諦念。

 

「勝ち続ければ続けるほど、喜びが消えていった。最初に夢中になっていた“対話”は、いつの間にか“消化試合”になっていた。技を尽くす意味も、心を削る意味も、いつの間にか消えて……まるで──己の在処そのものを否定されたような気分だった。気づけば、“生まれる時代を間違えた天才”と呼ばれるようになっていた」

 

それはただの回想ではなかった。今こうして声にすることで、刃自身が自らに問い直しているかのようだった。強さとはなんだったのか。勝つことに意味はあったのか。何かを守るためでも、誰かのためでもなく、ただ強くなることだけを求めたあの時間に、本当に価値はあったのかと。

 

「だからこそ……退屈していたんだ。何気ない日常に、平穏すぎる時間に、心がどこか痒くて仕方なかった。俺はきっと――どこか、異常だったんだろうな。人が願う平和を、心の底から『退屈だ』と感じてしまうなんてさ」

 

 刃は、静かに自嘲の笑みを浮かべる。だがその表情には、どこか吹っ切れたような清々しさが滲んでいた。

 

「だけど、この戦国の世に来て……俺は、初めて“退屈じゃない”と感じられる日々に出会った。裏切り、謀略、命のやり取り――全部が本気で、全部が命懸けだ。だけど、それでも俺は……ここでようやく、生きている実感を得たんだ」

 

 刃は、言葉を一つひとつ確かめるように続ける。まるで、自分の心の輪郭を言葉でなぞるように。

 

「そして――姫様に出会った。あの人の傍にいて、戦って、支えて、守って……そこで俺は、生きる意味を知った。誰かのために剣を振るうことが、これほどまでに心を満たしてくれるとは思わなかった」

 

 その横顔には、確かな誇りと温かみがあった。

 

「守りたい人たちができた。死なせたくない仲間ができた。だからこそ、今の俺は……あの頃の“異常な自分”に、むしろ感謝しているんだ。異常だったからこそ、俺はここまで武術を極めることができた。異常だったからこそ、誰にも届かない場所まで登ることができた」

 

 語る刃の声音には、静かな確信があった。過去を恥じることも悔いることもなく、すべてを受け入れて立っている者だけが持つ、まっすぐな強さ。

 

 そして――。

 

「今、姫様の懐刀として、傍に立ち、力になることができている。それが、どれほど幸せなことか……俺自身がいちばんよく知っている。武術しか持たなかった俺が、ようやく手に入れた“居場所”なんだ」

 

 その言葉は、自らの過去を肯定し、未来への誓いでもあった。

 

 刃は、そっとフロイスの方に視線を向けた。怯えるように目を伏せていた彼女に、落ち着いた声で言葉を重ねる。

 

刃は、膝の上の梵天丸をそっと下ろすと、まっすぐフロイスのもとへ歩み寄った。その歩調はゆっくりでありながら、迷いのないものだった。

 

「だからフロイス。お前も……自分を卑下するな。急に好きになれとは言わない。時間はかかるだろう。でもな、それでもいいんだ。少しずつでいい。ほんの一歩ずつでいい。誰に何を言われようと、気にする必要なんかない」

 

 その声音は、あまりにも優しかった。語気は穏やかで、押しつけがましいところなど一切ない。それでも、芯に通った静かな意志が伝わってくる。

 

「お前は一人じゃない。信者の人たちもいるし、梵天丸だっている。こいつらは、お前の胸を見て何か言ったか?」

 

「……い、いい、ません……」

 

 フロイスは俯いたまま、小さく首を振った。

 

「ならいいじゃないか。そんな連中の言葉より、お前を好いてくれるやつらのほうがずっと大事だ。今、こうして笑って、あったかい時間を過ごせている。それって……楽しいか? 今の生活は」

 

「……はい!」

 

 涙をこらえきれず、それでも笑顔を浮かべてフロイスはうなずく。

 

「そうか。大切なのは、“自分がどう在りたいか”だ。誰かに与えられた価値じゃない。自分が、自分をどう見てやれるか――それだけだ」

 

 言葉を終えると同時に、刃はそっと手を伸ばし、フロイスの頬に伝った涙を指先で拭った。

 

「……泣き顔は似合わんぞ、フロイス」

 

 その一言が、フロイスの胸の奥に静かに響いた。途端にその顔が、ぽっと茹で上がったように赤く染まる。

 

「あ……その……ありがとうございます……」

 

 かすれた声で礼を言い、彼女は俯いて震える肩を隠せなかった。

 

「なあ、刃? こんな空気でアレだけどさ……お前、まだ頭巾つけたままだぞ? 個性の話してるのに、それってちょっと不公平じゃね?」

 

 良晴が苦笑まじりにツッコむと、刃はほんの少しだけ目を細めてうなずいた。

 

「……確かにな。俺だけ隠したままというのも、変な話だな」

 

 そう言って、刃は手を頭巾にかける。そして――

 

 ひと息に布を解いた。

 

 銀色の髪がさらりと流れ落ち、まるで幻想から抜け出してきたかのような、端正すぎる顔立ちに、場の空気が一瞬凍りついた。

 

「………………っ」

 

 フロイスは動けなかった。顔は真っ赤に染まり、唇を開いたまま固まってしまっている。

 

「フロイス? どうした?」

 

「え、あっ……い、いえ、あの……その……」

 

 もごもごと口ごもる彼女の頬がさらに赤くなる。耳まで染まり、今にも湯気が出そうだ。

 

「……おいおいおい、フロイスちゃんガチ照れしてるじゃねぇか!? 刃!またか!またなのか!? 今回も確かに、めちゃくちゃカッコいいこと言ってたけどな!? 俺のヒロインを減らすな!? ちょっとは加減しろっての!」

 

「……お前が頭巾を取れと言ったんだろうが」

 

 まったく悪びれずにそう返す刃に、良晴は頭を抱えた。

 

「くっそおおおおお! なんで毎回、こうなるんだよぉおおおお!!」

 

 良晴の絶叫をよそに、フロイスは胸元を押さえて俯き、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

 それは、初めて自分を肯定できた少女の、かすかな希望の微笑だった。

 

 

 

 

「あの、ハヤテさん。ありがとうございます。こんなことを言われたのは……生まれて初めてです」

 

 ぽつりと零れたフロイスの言葉には、長い孤独と抑え込まれてきた感情の重さが滲んでいた。だが、それを打ち消すように、次の瞬間――

 

「なんだと!!」

 

 突然、良晴が両拳を突き上げて立ち上がった。南蛮寺の天井が揺れそうな勢いで、熱烈なスピーチが炸裂する。

 

「この時代の連中の美意識の方がどうかしてるんだよ! 豊かな胸は母性の象徴にして、女の子最大の武器じゃねーか! でっかいおっぱいがエロすぎてなにがいかんのですか!? 恥じる必要なんて一ミリもねぇ! おっぱいと七つの海は、男のロマン! フロイスちゃんの胸が揺れるたび、俺の魂は天に昇りかけてんだよ!」

 

「そ、そんな……え、ええっ……?」

 

 フロイスは耳まで真っ赤にして慌てふためいたが、良晴の情熱は止まらない。

 

「気にする必要なんてねぇ! むしろ自信を持て! お前のおっぱいは罪なんかじゃない! 福音なんだよ! この世の理にして、神の祝福だァァァッ!」

 

「ふ、福音……」

 

「そうとも! これからは堂々と、文字通り胸を張って生きていけばいいんだ!」

 

「えっと……は、はい……胸を張って……って、ああっ、恥ずかしいです~!」

 

 フロイスは胸元を両手で隠しながら、ぷしゅうと湯気でも出そうなほど顔を真っ赤にして俯いた。

 

「刃! やばい! フロイスちゃんめっちゃタイプなんだけど!? 優しくて清楚で胸が大きいとか、俺の理想像そのものなんだが!? ていうかもう、結婚しよって感じなんだけど!?」

 

 うっとりと目を輝かせながら、良晴が興奮気味に訴える。

 

 その様子を横目で見た刃は、溜め息交じりに肩をすくめた。

 

「……お前は本当に、真面目な話を台無しにする天才だな」

 

「それって褒めてる!? 今の流れ的に完全にディスられてる気がするんだけど!?」

 

 梵天丸はと言えば、そんな騒動を聞きながら、どこか満足げにふんぞり返っていた。

 

「ふっ。やはり天城は……面白い。相良も、我の家臣にしてやってもよいぞ。おっぱい枠でな」

 

「誰がそんな派閥に入るかーッ!!」

 

「ヨシハルさん……そもそも、わたしは異国人です。髪の色も瞳の色も、ジパングの人たちとは違って……ジパングの女性はみんな、ほんとうに綺麗ですし……特に、こう……薄い胸のあたりが……儚くて美しくて……。だから、この国の殿方が、わたしのような者に恋するなんて、あるはずがないと思っていて……」

 

 そう言いながら、ちらりと刃を見た。否、見ずにはいられなかった。

 

そんな彼女に、刃はまっすぐ言葉を返した。

 

「……フロイス、自信を持て」

 

 その声には一切の迷いがなかった。

 

「お前は綺麗だぞ。髪や瞳の色なんて、この時代では珍しいかもしれんが、未来じゃいくらでも変えられる。俺のは生まれつきだがな。気にするようなことじゃない」

 

 彼の瞳は嘘偽りなく、真正面から彼女を見据えていた。

 

「……未来では、女の子が……自分の髪や瞳の色を、自分で変えてしまうのですか?」

 

 フロイスは、半ば夢を見るように問うた。刃は小さく頷き、視線をちらりと隣の良晴に流す。

 

「ああ。まぁ、その辺は……良晴の方が詳しいだろうがな」

 

「えっ!? なんで俺!? いやまぁ、たしかにカラーコンタクトとかヘアカラーとかは普通だったけども!でもそれはそれとして、フロイスちゃんのは天然なんだし、むしろレア感あって良いと思うんだけどな!? お得感すごいっていうか!」

 

「なんだその評価基準は……まったく、お前は本当にブレないな」

 

 刃は小さく笑みを浮かべ、首を横に振る。その表情が柔らかく、どこか慈しみに満ちているのを見て、フロイスは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 

 彼女はそっと胸元に手を当てた。

 

(こんなふうに……わたしのことを、見てくれる人がいるなんて……)

 

 そうして彼女は、もう一度だけ、刃の顔をまっすぐに見つめ返した。

 

「それに、未来にはハーフの子も多いしな。モデルとかアイドルの業界じゃ、ひっぱりだこだぜ」

 

「ヨシハルさん。……はーふ、とは何でしょう?」

 

「お、日本語でいう“混血児”ってやつだな。日本人と外国人の両親から生まれた子のことさ。国際結婚ってやつも、未来じゃぜんぜん珍しくない。街を歩いてても、ハーフの子なんてそこらじゅうにいるしな」

 

 良晴がにかっと笑って答えると、フロイスは目をぱちぱちと瞬かせ、どこか夢見るような顔でつぶやいた。

 

「なんて……素晴らしい未来でしょう」

 

 そんな彼女の視線が、自然と刃へと向かう。

 

「ハヤテさんも、はーふ、なのですか?」

 

「いや……俺はアルビノ体質だ。生まれつき色素が薄く、髪は白に近く、瞳は赤くなる。それが普通のアルビノだ」

 

 刃は淡々と語る。けれど、どこかその声には、わずかな戸惑いが滲んでいた。

 

「……俺の場合は少し違う。髪は銀に近く、目は紅く発光して見えることもある。生まれつきだが……医者にも説明はつかないらしくてな。純粋なアルビノとは言えないのかもしれん」

 

 そのときだった。

 

「待て、相良」

 

 ぴたり、と場の空気が変わる。

 

 いつもは飄々としている梵天丸が、珍しく目を細め、鋭い声を投げかけてきたのだ。

 

「んだよ、チビガキ。なんでそんな顔して睨んでくるんだよ」

 

「その話……本当なのか?」

 

「は? 嘘なんかつくわけねぇだろ。何、ムキになってんだよ」

 

「……もしも、今のが噓ならば――我はお前を叩き斬る」

 

 良晴が呆けたような顔で言葉を失ったそのとき、フロイスがそっと手を伸ばし、梵天丸の頭にやさしく触れた。

 

 まるで傷ついた小動物を宥めるかのように。

 

「……この梵天丸は、父上の実の子ではない。母者が、南蛮の商人と密通した際にできた子だ。この黄金色の髪を見ればだれもがわかる公然の秘密。ゆえに母者は密通の証しである我を忌み嫌い、父上との間にもうけた子である弟ばかりをかわいがっている」

 

梵天丸は顔を伏せたまま、震えていた。

 

「……我は、知っている。この金の髪が……この目が、誰からも疎まれていることを。いっそ黒染めにでもしてしまえばよいと、何度も言われた。だが、どうしてもできなかった」

 

 その小さな声には、怒りでも悲しみでもない。寂しさだけが、にじんでいた。

 

「誇りだったんだろ? その髪が」

 

 刃が口を開いた。

 

「だからこそ、否定されたくなかった。自分の中の何かが、嘘であってはならないと思った。違うか?」

 

 梵天丸は、一言も答えない。ただ、拳をきゅっと握りしめる。

 

 それを見て、刃は言葉を重ねた。

 

「梵天丸。いつの時代でも──親と子のいさかいなんて、よくある話だ。お前だけじゃない」

 

刃の声は、決して軽くはなかった。だがその響きは、まっすぐで、揺るぎがなかった。

 

「……よくある、だと? 勝手なことを言うな」

 

 梵天丸が、低く、吐き捨てるように反論した。だがその瞳は、怒りというよりも、迷いと寂しさに揺れていた。

 

 刃はそれを見つめ、静かに言葉を続ける。

 

「よくあるさ。……俺はな、三歳くらいの頃に両親に捨てられた」

 

 その一言に、フロイスがはっと目を見開き、梵天丸は反射的に刃を見上げた。

 

「姫様も、実の母には愛されていない……姫様の母君は、弟の勘十郎を跡目に据えたがっていた。あいつが何度も姫様に謀反を企んだのは──たぶん、母君の後押しがあったからだろうな」

 

「……む。それは、我の家とまるきり同じではないか。だが、なぜだ? なぜそうまでして、理解を拒まれる?」

 

 刃は梵天丸の問いに、ゆっくりと目を細めた。

 

「姫様の言葉や理想が、母には理解できなかったんだろう。人間ってやつはな、自分と違うものを“怖い”と感じるんだ。髪の色、瞳の色、肌の色──そして考え方や信念まで。自分の枠には収まらない存在を見ると、理解する前に排除しようとする」

 

「……排除」

 

「そう。“異質”と見なされるものは、遠ざけられる。天才と呼ばれる者たちが孤独になりやすいのも、同じ理由だ。理解できないから、怖がられ、遠ざけられる」

 

 刃の言葉に、梵天丸は静かに耳を傾けていた。否定するでもなく、反論するでもなく。まるで、自分の中にそっと落とし込むように。

 

 しばらくの沈黙の後、刃は続けた。

 

「けれど姫様は、保守的な人間に好かれようと媚びる道を選ばなかった。母に愛されたいという感情よりも、未来を信じる道を選んだ。うつけと嘲られながらも、戦うことを選んだ……あの人は、日本の平定だけを目指してるわけじゃない。この国を、南蛮諸国と対等にやりとりできる、貿易国家にするつもりだ。百年、三百年先を見据えている」

 

「……百年先、三百年先……」

 

 フロイスが感嘆の声を漏らす。

 

「なんと大きな理想をお持ちなのですか、ノブナさまは。ヨーロッパにも、そのような高邁な志を掲げる君主はおられますが……それでも、わたし……ぜひノブナさまにお会いしてみたいです」

 

 フロイスのまなざしは、真っすぐだった。その憧れは、ただの敬意ではなく、自身もその未来に加わりたいという願いのようにも見えた。

 

 そして、梵天丸がぽつりと呟いた。

 

「……織田信奈は、強い奴だ。我も、かくありたい」

 

 その言葉に、刃はふっと微笑んだ。そして自然な動きで、梵天丸の頭に手を置き、そっと撫でる。

 

「目指せばいいさ、梵天丸。姫様みたいに、強く、優しくなればいい」

 

 梵天丸は目を伏せ、けれどその頬はかすかに赤らんでいた。少しだけ――嬉しそうに。

 

「……天城。我のようなものも、未来では……人気者になれるのか?」

 

 問いかける声は小さく、震えていた。幼い自尊心が、恐る恐る扉をノックするような響き。けれど、それを嗤う者は誰もいない。

 

 刃は一瞬だけ視線を上げ、空を見やってから、梵天丸をまっすぐ見つめ返した。

 

「なれるんじゃないか? 俺は流行にも、人気な物にも興味がなかったからな……正直、詳しくは分からん。けど──」

 

 そこから先は、迷いのない言葉だった。

 

「俺は、お前が好きだぞ。梵天丸」

 

 ただそれだけ。ただそれだけの言葉が、どんな理屈よりも強く、梵天丸の心を打ち抜いた。

 

 梵天丸は、ぱちくりと瞬きし、そっぽを向いたまま口元をぎゅっと結ぶ。けれど――耳の先まで、顔中真っ赤だった。

 

 その様子に、横で見ていた良晴が、頭を抱えて絶叫する。

 

「刃ェェェ!! お前、いま完全に攻略フラグぶっ立てたぞ!? こっちはフロイスちゃんのダメージまだ回復してねえのに、もう次ィ!? ちょっとは加減しろやああああ!!」

 

「騒がしいぞ、良晴。……そうだな、梵天丸が眼帯で隠してるその目、名前でもつけてみるか?そうすれば、多少は好きになれるだろ。

……そうだ。昔、道場で一緒だった奴が言ってたやつにするか。──“邪気眼”なんてどうだ?」

 

梵天丸が明らかにびくっと反応し、身体を一瞬すくませた。

 

「……邪気眼、だと……!? いかなる意味を持つ言葉なのだ、天城……それは、まさか……秘められし力を封じるための……っ!」

 

「そうだ。選ばれし者だけが宿す、禁断の力だ。眼帯はその封印。無理に解放すれば、この国が滅びると言われている」

 

「やはり我は……特別だったのだな……!」

 

「おーい誰か止めろぉおおッ!! コイツら真面目に電波飛ばし始めたぞ!?」

 

「いや、これは間違いない! なぜなら──我も、魔眼の持ち主だからだ!」

 

「マジかよ?」

 

「うむ。ゆえにこの眼帯は、魔眼である左目を封印するためのものなのだ。これを取ると……恐ろしいことが起こるからな……ククク……!」

 

 まるで自信満々に語る梵天丸。その姿は堂々としていたが──。

 

「……と、梵天丸ちゃんは言い張っておりますが、実際には“魔眼”なんて存在しませんよ」

 

 となりでフロイスが小声で注釈を入れる。

 

「眼帯を取って見せてあげましょう、梵天丸ちゃん」

 

「なっ、なにを言うのだフロイス! だ、だが……取ると……恐ろしいことが……た、たとえば……天城に……嫌われる、かも……しれぬ……」

 

「嫌わないさ」

 

 刃の言葉は、やはり迷いのない優しさで満ちていた。

 

「いいから見せろよ、6・6・6の眼帯の下はどうなってんだ~?」

 

「や、やめっ……! こら、相良ぁあああッ!」

 

 抵抗むなしく、良晴の素早い手が梵天丸の眼帯をぺろんと外した。

 

 瞬間──

 

 梵天丸は目をぎゅっと閉じてしまったが、ゆっくり開かれた瞳は……。

 

 右目は、普通の茶色。

 そして──眼帯で隠されていた左目は、深く澄んだワインレッドの瞳だった。

 

 特に異常はない。ただ、左右で違う色というだけ。だが──

 

「う、ううっ……見るなっ! 呪われた魔眼なのだぞ、これは……っ!」

 

 梵天丸は震える声で叫ぶと、両手で顔を覆い隠した。その指の隙間からは、わずかに紅い瞳が覗く。恥ずかしさ、屈辱、そして積もり積もった孤独の涙が、今にも溢れそうだった。

 

「おおおーこれは……みごとなオッド・アイだっ!」

 

 場違いとも思えるような良晴の歓声が響いた。

 

「お……おっどあい?」

 

 戸惑いがちに聞き返す梵天丸に、良晴は目を輝かせながら説明する。

 

「そう、オッド・アイ! 瞳の色が左右で違うキャラ設定のことを言うんだ! アニメでもゲームでも、特別な力を持ってるやつの証だったりするんだぜ!? しかも、コンタクト入れてるわけじゃなくて、素でこれなんだろ!? 本物のオッド・アイなんて、生で見るのは俺も初めてだ! 感動したっ!」

 

 その言葉に、梵天丸の肩がわずかに揺れる。まるで信じられないとでも言いたげな顔で、今度は刃の方をそっと見やった。

 

 刃は微笑んでいた。静かに、けれどどこか誇らしげに。

 そして一歩、彼女に歩み寄る。

 

「……綺麗な目をしてるな。俺とは少し色が違うが──おそろいだな、梵天丸」

 

 その一言が、彼女の胸の奥にずしりと響いた。

 

「お、おそろい……?」

 

「そうだ。俺は銀髪に紅眼、お前は金髪に赤眼。どちらもこの時代には珍しい。だが、それがいい。誰とも違う、自分だけの色だ。唯一無二ってことだ」

 

「……気持ち悪くないのか、天城」

 

 彼女の声には、いまだ疑いと怯えが混じっていた。

 

「なんでだ?」

 

「……この瞳を見ると、みな囁くのだ……母親が南蛮人などと密通したせいで、子が祟られたのだとな。……呪われた目だと。だから、我の味方になってくれるのは、小十郎たち限られた者しかいない……」

 

 ぽつり、ぽつりと語られる真実は、まるで重たい鎖のように、彼女の小さな肩を縛っていた。

 

 隣にいたフロイスが、静かに口を開く。

 

「もとはといえば、この瞳を隠すために、梵天丸ちゃんはいろいろと……“自分にまつわるお話”を作らなければいけなかったんです」

 

 言葉を飲み込むようにして、フロイスは梵天丸の背にそっと手を添える。

 

 だが、刃はその苦しみすら、真っ直ぐに受け止める。

 

「言わせておけばいい。そんな連中に、お前の価値を決めさせるな」

 

 その瞳が、真っ直ぐに梵天丸を捉える。

 

「……だが、どうしても気になるというのなら、俺が──“天の白刃”が保証してやる。その目は、誰よりも誇っていいくらい、綺麗だ。俺だって、欲しいくらいだ」

 

 その瞬間、梵天丸の目が見開かれた。

 

「……ほ、ほんとうか?」

 

「ああ、当然だろ? 俺は嘘など言わん。今度また誰かにその目について何か言われたら、こう言ってやれ──“天の白刃が欲した目だ”とな」

 

 張りつめていたものが、ぷつりと音を立てて切れたように。

 

 次の瞬間──

 

「……う、ぅぅっ……!」

 

 梵天丸の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、呪いをかけられた“魔眼”などではなく、長年封じていた心の叫びが、解き放たれた証だった。

 

「……天城ぃ……!」

 

 小さな身体が、刃の胸へと飛び込む。

 

 震える両腕で、ぎゅっとしがみつく。必死に、泣きじゃくりながら。

 

 刃はその頭を、優しく撫でてやった。

 荒事の達人の手とは思えぬほど、柔らかく、あたたかく。

 まるで彼女の過去ごと、すべてを包み込むように。

 

 ──そこに、言葉は要らなかった。

 沈黙の中にあったのは、どんな言葉よりも強い肯定だった。

 

 そして、その光景を見ていた良晴が、涙を拭いながらつぶやいた。

 

「こいつ、女泣かせの大魔王かなんかか?」

 

そのぼやきに、フロイスからの反論はなかった。

なぜなら──今、誰の目にも、刃はまさしく“救いの剣”だったからだ。

 

 

 

 

刃は、泣きじゃくる梵天丸の小さな背を、しばらくのあいだ静かに撫で続けていた。

 

 その手は決して乱暴ではなく、けれど甘やかしすぎることもなく、あくまで等身大の優しさで、ただそこに在った。ぬくもりが、梵天丸の震えた身体にゆっくりと染み込んでいく。

 

 やがて、梵天丸の嗚咽が次第に落ち着き、肩の震えが止まりかけた頃──

 

「梵天丸」

 

 刃が、ふいに口を開いた。

 

「その瞳を……武器にしたらどうだ?」

 

「……ぶ、ぶき?」

 

 泣き腫らした赤い目で、梵天丸がきょとんと見上げる。

 

 刃は穏やかに頷いた。

 

「ああ。その瞳を隠す必要なんてない。むしろ戦場で堂々と見せてやればいい。迷信深い敵どもは、勝手に怯えて逃げていくんじゃないか?」

 

 その言葉に──。

 

「おおっ!」

 

 梵天丸の瞳が、ぱっと輝いた。勢いよく刃の胸から飛びのいて、ぽんっ、と小さな手を打ち鳴らす。

 

「それだ、天城! 我が魔眼……いや、我が邪気眼の力を以て、敵軍を震え上がらせてくれるわ! 戦わずして勝つ、これぞ兵法の極み! ククク、いずれ奥州の覇者となってみせようぞ!」

 

 小さな両手を広げて仁王立ちするその姿は、どこか滑稽でありながら──確かに、晴れやかだった。これまで一度も見せたことのないような、屈託のない笑顔を浮かべている。

 

 フロイスは、それを見て目を潤ませながら手を合わせた。

 

「まあ……。梵天丸ちゃんが、こんなに楽しそうに笑うなんて……初めて見ました……。ハヤテさんは……ほんとうに、変わったお方です……!」

 

 感極まったフロイスが涙ぐみつつ、胸元をそっと拭う。

 

 そして──

 

「……この眼帯の封印を解く時が来たようだ……」

 

 などと、妙にノリノリでニヒルに呟く梵天丸の頭を、わしゃわしゃと撫で回した。

 

 だが。

 

「……おい、待てよ」

 

 その和やかな雰囲気の中で、良晴だけが、ふと違和感を覚えたように目を細めた。

 

「チビガキ。今、“奥州の覇者”って言ったよな? ……お前、このあたりの侍じゃないのか?」

 

 ぴたり、と場の空気が止まる。

 

 梵天丸は、フッと鼻で笑った。

 

「ふ。ようやく気づいたか、相良良晴」

 

 そして、堂々たる口調で言い放つ。

 

「我は、この尾張に遊学に来ている身。梵天丸とは幼少の折に授けられた名。だが……それは仮の姿にすぎぬ。我が真名は──」

 

 グッと胸を張り、高らかに。

 

「伊達政宗!」

 

「げえええええええええええっ!?」

 

 良晴が盛大に仰け反った。

 

 聞き覚えのある名だった。いや、それどころではない。歴史オタクである彼が、その名前を知らぬはずがなかった。

 

 伊達政宗。東北・奥州を平定した独眼竜。傑出した軍略と政治力、そして圧倒的なカリスマ性を備えた戦国の風雲児。ポルトガル人との混血説や、じつは隻眼ではなく“オッドアイ”だったという俗説まで存在する人物。

 

その騒ぎの中でも、梵天丸……いや、政宗はまるで誇らしげだった。

 

「いずれ我は“独眼竜政宗”と名乗るつもりでいたが──」

 

 ここで、一拍。

 

「天城のおかげで、もっと凄まじい通り名を思いついたのだ!」

 

「……え? いや、待って? 悪い予感が──」

 

 良晴の制止も空しく、政宗は天を指差し、堂々と宣言した。

 

「我こそは奥州の覇者、そして世界を震撼させる者───〝邪気眼竜政宗〟!!」

 

「ちょ、待てぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 良晴の絶叫がこだまする。

 

「なんだそのジャンプ漫画にいそうな異名はああああ!? いや、元ネタの“独眼竜”ですらギリギリ中二なのに、レベルがさらに一段階インフレしてるだろ!? 刃!なんかとんでもねぇフラグ立てたぞお前!!」

 

 だが、当の刃はまったく動じない。

 

 むしろ、いつもの調子で静かに答える。

 

「そうか? いい名だと思うが」

 

「感化されんなああああああ!!」

 

「フハハハハ! そうと決まれば今すぐ奥州に戻って家督を継がねばなるまい! そして、天下を──!」

 

大変だ……!

とんでもない野心家、日本史上に燦然と輝く元祖中二病、晩年にはマジで南蛮の国と同盟して江戸幕府を滅ぼそうと画策していたというあの伊達政宗──!

 

良晴が半ば現実逃避するように目を泳がせている中、当の本人──梵天丸は、刃の膝から降りると両手を高く掲げ、黒合羽を翻らせながら、疾風のごとく南蛮寺の門から駆け出していった。

 

「この国を変えるのはどちらの魔王か! 第六天魔王の織田信奈が先か、あるいは〝黙示録のびぃすと〟たるこの邪気眼竜政宗が先か!天城、フロイス、相良、次に会う時は我は天下人ぞ!」

そんな物騒な捨て台詞とともに。

 

良晴はうなだれながら泣きそうな声で叫ぶ。

 

「なあ刃!? お前、何さらっと変な自信与えてんだよ!? オッドアイで奥州制覇だとか言わせてんじゃねぇよ!! マジで歴史狂うって! てか、どうすんだよ!?」

 

「……俺に責任はない」

 

「あるだろ!? その膝の上で悟り開かせてたのお前だからな!? なあ、なあああ!!?」

 

「うるさいぞ、それよりも料理は思い浮かんだのか?」

 

「しまった! 俺は十兵衛と厨房係をかけた勝負をしている最中だったんだ!」

 

良晴が頭を抱える。

 

「勝負、ですか?いったい、どのような勝負なのでしょうか」

 

 フロイスが不思議そうに首を傾げた、その瞬間。

 

 ──ドンッ!

 

 南蛮寺の正面扉が、まるで爆風でも受けたかのような勢いで開かれた。次の瞬間、数名の傭兵がぞろぞろと、火縄銃や日本刀を担いで乱入してくる。皆、派手な南蛮風の飾り物を腰に提げており、明らかに物騒な雰囲気を漂わせていた。

 

「やいやいやい! あかんで、あかんでぇ~!」

 

「南蛮夷狄のパードレさんには、堺からさっさと立ち退いてもらうことになっとんねん!」

 

「この南蛮寺は、壊すでぇ~!」

 

「はよ出ていかんと、パードレさん、がれきの下敷きやでぇ!」

 

なんだよお前ら?と前へ出て行く良晴。

刃が行くと傭兵達を皆殺しにしかねないと考えての判断だ。

関西弁の傭兵たちを雇っているらしい人物が、その良晴の前へずいっ……と歩み出た。

頭に揺れる、その髪飾りのきんかんは……。

 

「って、お前は──十兵衛?」

「む。サル人間、お前もさっそく南蛮寺を壊しに来ていたとは!しかも、天城先輩まで連れてるなんて、あなどれぬ奴!」

 

「って、なんで南蛮寺を壊さなきゃいけねえんだよ?公家がうるさい京と違って、堺での布教は自由なんだろ?」

 

「ふん。この南蛮寺を壊せば、例の名物勝負に勝てるからに決まっているです。南蛮寺には恨みはないですが、天下布武のための尊い犠牲になってもらいます」

 

「おわっ、もしかして裏工作ってやつかっ!?」

 

「それ以上のことは、この傭兵どもの前では口外できません──というわけで皆の衆、よろしく頼みます」

 

 

光秀が命じると、傭兵たちの間から「合点承知!」と、鬨の声が上がる。坊主頭の男たちや、猫を抱いた奇妙な格好の僧侶まで混じり、ざわめきが南蛮寺の中を覆っていく。

 

 その様子を見たフロイスは、静かに眉をひそめ、ロザリオをきつく握りしめた。

 

 「……神よ。この者たちに、どうか、哀れみを」

 

 そのつぶやきは祈りというより、悲しみと諦念の入り混じった告解のようだった。

 

 刃の紅い瞳が細められ、視線が静かに傭兵たちをなぞる。どこか冷たい、だが燃えさかる怒りを秘めたような光が宿っていた。傭兵のひとりが思わずごくりと唾を飲む。

 

 良晴はその視線を感じて、光秀へと一歩詰め寄った。

 

 「いくら勝負のためとはいえ、こんな無茶をやらかすんじゃねーよ、十兵衛!」

 

 「勝負も大事ですが、信奈さまの主命を達成することはもっと重要です。サル人間先輩は、堺の会合衆が飛びつくような名物料理を開発できたのですか?」

 

 「ぐ……い、今は、まだ……だ、だが、なんとかして考えつく!」

 

 「やっぱり、できてないんですね。ふふ、やはりサル知恵など、あてにはならないです」

 

 十兵衛の表情は、どこまでも真剣だった。ふざけた態度ではない。ただただ、信奈の命に忠実であろうとする忠臣としてのそれだった。

 

 傭兵の群れには、なぜか猫を抱いた坊主の姿がちらほら見える。肩に猫を乗せたまま銃を構える姿は、異様な光景であったが、誰ひとり笑わなかった。空気は張りつめ、緊張に満ちていた。

 

 光秀の背後には、虚無僧のような編み笠を被った巨漢が立っていた。顔は見えないが、その手に握られた大ぶりの種子島には、数えきれぬほどの煤と傷。――戦場で幾人もの命を奪ってきた証である。

 

 良晴はその姿に気づき、心の底で舌打ちした。

 

 (やっぱり……津田宗及か。あの胡散臭い商人、光秀を焚きつけやがったな)

 

「サル人間先輩。私もこのような乱暴な真似は不本意ですが、事態は切迫しています。将軍宣下の件が通らねば、今回の上洛はただ敵を増やしただけの結果に終わります。他に良い知恵が出ないのであれば、黙ってお見過ごしやがれです」

 

良晴はその言葉に、言葉を失った。

 

 光秀は、バカがつくほど生真面目な女だった。だからこそ危うい。こうして、一つの道を正しいと信じ込んだ時、彼女は恐ろしいほど一直線に突き進んでしまう。

 

 「ダメだ、十兵衛! 南蛮寺なんか潰したら──信奈にブチギレられるぞ!? あいつ、南蛮の技術には目がないんだからな!? それこそ、切腹モノだ!」

 

 「それくらい、覚悟の上です。……すべての責任は、この十兵衛が負います」

 

 「うわああ、だめだ! 真面目すぎる奴は説得通じねぇ! 損得じゃ止まらねぇんだこのタイプ!」

 

 その時、光秀はロザリオを掲げたフロイスに向き直り、丁寧に頭を下げた。

 

 「パードレ殿。……申し訳ないが、これもお役目のためです。お命までは奪いませんと、この十兵衛が保証いたします。ですから、どうか速やかに堺を退去してください」

 

じり、じり……。

 

 剣呑な気配をまき散らしながら、傭兵たちが無防備なフロイスへと歩を進める。南蛮寺の柱の影からも、物陰からも、猫を抱いた坊主までもが、まるで獲物を取り囲む獣のような目を光らせていた。

 

 フロイスは恐怖に震えながらも、ロザリオを胸に抱きしめ、ふるふると肩を震わせた。

 

 だが──その声は、はっきりと響いた。

 

「いいえ。わたしは……去りません」

 

 きっぱりと、静かに、だが確かな意志を持って告げられたその言葉に、場の空気が一瞬止まる。

 

 「な、なんですと……?」

 

 光秀が思わず一歩前に出て尋ね返す。

 

 フロイスは、震えを押し殺して胸を張った。その眼差しは、恐れを超えた信念を宿していた。

 

「ハヤテさんから……ご主君ノブナさまのお話を伺いました。ノブナさまは、この戦乱が続くジパングを一つに平定して、ポルトガルやイスパニアとも対等に渡り合える──そんな、強く、誇りある国にしたいのだと」

 

 語る声に、熱がこもる。

 

「そのためなら、たとえ母に愛されずとも構わない。己の情を捨ててでも、民のために道を選ぶ──そのように決意されたのだと……」

 

 「っ──あ、天城先輩!? 他国人になんという話をするですか!」

 

 思わず叫んだ光秀の頬が、みるみるうちに赤らんでいく。だが、フロイスは構わず続けた。

 

「ジパングにも……このような立派な女王さまがおられたのか、と。わたしは心を動かされました。ぜひ一度、ノブナさまにお会いして、この瞳でその御志を確かめたいのです」

 

 その声は真っ直ぐで、偽りが一切なかった。

 

「だから……畿内での最後の拠点であるこの堺からは、決して立ち退きません。どれだけ脅されようと、わたしの信じる道は、変わりません」

 

 沈黙が流れた。

 

 そのとき、刃の低い声が響いた。

 

「光秀。堺の会合衆には、キリシタンが多い。ここで南蛮寺を潰せば、会合衆の半数は姫様の敵に回る」

 

 「ええっ!? そうなのですかっ!?」

 

 光秀の顔が真っ青になる。

 

 「津田宗及のようなキリシタン嫌いの商人も、もちろんいる。だがな……堺は南蛮貿易で稼いでる。ひいきにしてる商人の方が、多いのは当然だろう」

 

 「む……一理、あります……」

 

 「しかもそいつら、貿易で有利な立場に立つために、こぞってキリシタンになってる。……表向きだけの連中も多いが、表向きで十分だ」

 

 「ほ、本当ですか!? そ、それは知らなかったですっ……! な、ならばっ、南蛮寺を潰すのは──やめにしますっ!」

 

 ──たった五秒で、陥落。

 

 良晴が思わず吹き出しそうになりながら肩をすくめた。

 

 「さすが刃……嘘八百で十兵衛ちゃんを丸め込むとは」

 

 「…………」

 

 横で真実を告げようとしたフロイスが、「キリシタンの商人は堺には数名しか……」と口を開きかけたが、その瞬間、刃の指がフロイスの唇にそっと触れた。

 

 「んっ……」

 

 言葉を止められ、目をぱちくりとさせるフロイス。

 

 「……あ、あ、危なかったです! ありがとうございます、天城先輩!」

 

 顔を真っ赤にして、ぱたぱたと手を振る。

 

 「もう少しで津田宗及どのに乗せられて、たいへんなことに……! これからは、この南蛮寺を守り通さねば、です!」

 

 そう宣言する光秀の姿に、刃はニヤリと笑った。

 

「いやあ、マジで? ありがてえ! 十兵衛ちゃんって、やっぱりほんとうはいい子なんだなあ!」

 

 良晴が心底ほっとしたように笑い、肩をぐるぐると回す。

 

(というか、外面はこざかしい陰謀を企みたがる利口者だけど、実は素直すぎるアホの子なのかもな……)

 

 口には出さなかったが、彼は心の中でそんな感想を抱いていた。津田宗及の名前を、あんなにあっさり口に出すあたり──もう少し人の言葉を疑うことを覚えないと、この先、苦労するぞほんとに。

 

「サル人間! 馴れ馴れしく〝ちゃん〟づけしないでくださいっ! 気持ち悪いじゃないですかっ!」

 

 ぴしゃりと返す十兵衛の声音には怒りよりも羞恥が強く滲んでおり、その紅潮した頬が全てを物語っていた。

 

「……辛辣だな!?」

 

 良晴が頭をかきながら間の抜けた返しをすると──。

 

 「──ちょっと待ってくれや」

 

 空気が、再び一変した。

 

 傭兵たちがざわりと動き出し、不穏な空気が場を満たす。

 

「話が違うがな、明智の旦那ァ」

「この邪教の南蛮寺を打ち壊せないんなら、せめてパードレだけでもいただいていかんとな」

「異国人とはいえ、この美貌……高く売れるで。ふふっ」

 

 下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをしながら手を伸ばす傭兵ども。その一群の中でも、とりわけ目つきの鋭い坊主姿の男が一歩、フロイスの方へと足を踏み出した。

 

「……ひっ……!」

 

 フロイスの背筋がぞわりと凍る。肩を震わせ、ロザリオを必死に握りしめるが、恐怖はその体を容赦なく締めつけた。

 

 ――しかし。

 

 その瞬間だった。

 

 のびてきた男の手首を、何かが雷のような速さで掴んだ。

 

 「触れるな、害虫が」

 

 紅の瞳。氷のように冷たい声。

 

 フロイスの目の前に立ちはだかっていたのは、刃だった。

 

「ハ、ハヤテさん……!」

 

 刃はフロイスを背にかばい、傭兵の手首を掴んだまま動かない。

 

 男が抵抗しようと力を込めたその瞬間、刃の指にわずかに力がこもる。

 

 パキン、と骨が悲鳴をあげるような乾いた音。

 

「ぎっ……!? が、があああっ……!!」

 

 傭兵の悲鳴が響く。

 

 刃は無言のまま、手首を捻ると、続けざまにその首を掴んだ。そのまま宙に持ち上げる。

 

 傭兵の足が地から離れ、だらんと垂れる。

 

「く、くるし……っ、ぐあっ……!」

 

 指はまるで鋼鉄の鉤爪のように首筋に食い込み、喉を締め上げる。もがく両腕が無様に空を切るが、刃の腕は微動だにせず、まるで死神のように冷酷だった。

 

 そして――。

 

 ぐぐっ、と力を込める。

 

 「が、がは……ッ」

 

 喉の軋む音とともに、傭兵の目が白目を剥き、泡を吹いて失神する。

 

 刃はそのまま躊躇なく男の体を建物の外へと蹴り飛ばした。背中から砕けるように外の石畳へ叩きつけられた傭兵は、二度と動かなかった。

 

 次の瞬間、刃の視線が別の男へと移る。

 

 それは、フロイスの腰の布に手をかけようとしていた男だった。

 

その紅の瞳は、すでに“殺す”と決めていた。

 

 直後、何の予備動作もないまま、刃の掌底が一直線に突き出された。

 

 ドンッ!!!

 

 空気が爆ぜ、床板が震える。

 

 「げぼあっ……!?」

 

 鈍い音とともに、傭兵の胸板が内側から陥没する。

 

 皮膚と筋肉を裂かれ、砕けた肋骨が肺に突き刺さる。返り血が刃の袖を赤く染め、男の身体は浮くように後方へ吹き飛んだ。

 

 壁にぶつかる前に、男はすでに絶命していた。目を見開いたまま、二度と動かない。

 

 生臭い血の匂いが、南蛮寺の静寂を引き裂く。

そこへ

 

「パードレにはいっさい手を出すなと──最初から言ってあります!」

 

 鋭い声とともに、十兵衛が前に躍り出た。

 

「聖職にある女性に対して、その下卑た態度……この明智十兵衛光秀が、絶対に許さないです!!」

 

 キィン、と金属の擦れる音。

 

 十兵衛の手がわずかに揺れた、次の瞬間――。

 

 ばーん! ばーん!

 

 甲高い銃声が、寺内に二度、木霊する。

 

 一人の傭兵の足元に銃弾が着弾し、土埃とともに木の板を抉った。

 

「ひ、ひいいいっ!?」

「こ、この子……案外おっかねえがな!?」

「大将ぉおおっ!? 黙ってねぇで助けてくれやあああ!」

 

 蜘蛛の子を散らすように、傭兵たちは悲鳴を上げて四方八方へと逃げ散っていく。

 

そして――。

 

 虚無僧風の大将格の男だけが、その騒動を背後に静かに立っていた。

 他の傭兵とは異なる、異質な空気。だが彼はただその場を無言で見つめたまま、やがて──。

 

「……ふん」

 

 鼻先で笑いを漏らすと、無言のまま踵を返し、ゆっくりと南蛮寺を後にする。

 

(誰だか知らんが……あいつだけは、別格だったな……)

 

 良晴は、その男の背中をじっと見送りながら、冷や汗をぬぐった。

 

そして、すぐに場の緊張を断ち切るように、刃の低い声が響く。

 

 「……よくやった、光秀」

 

 その声音には、少しだけ、ほんのわずかにではあるが、刃なりのねぎらいがにじんでいた。

 

 「おかげで、手間が省けた」

 

 十兵衛はピシッと姿勢を正し、胸を張って答える。

 

 「いえっ! 私があの者たちを連れてきたのですから、天城先輩のお手をこれ以上煩わせる訳にはいきませんです!」

 

背筋を伸ばして、真っ直ぐに答える十兵衛。

 責任感の強さが、硬い表情に滲んでいた。

 

「やっぱり、十兵衛ちゃんって根はいい子なんだよな。俺に対してだけ悪人になるの、そろそろやめてくれねえかな?」

 

 にやにやと皮肉交じりに笑う良晴。

 

 「うるさいですっ!」

 

 十兵衛が即座に言い返した。

 

 「お前はサルの亜種ですから、よい子ぶる必要などありません! 気持ち悪いのです!」

 

 十兵衛が怒りに任せてぴしゃりと言い放つと、良晴は肩をすくめ、心底慣れたという顔でため息を吐いた。

 

(やれやれ、こっちが素直に褒めようとしたらこれだ……)

 

 結局、勝負はふりだしに戻ってしまった。傭兵の乱入により場は混乱し、肝心の料理も評価される前に御破算。せっかくの料理勝負も、無意味に終わった感が否めない。

 

「……これから、どうするんだよ……」

 

 良晴が呟くように言うと、十兵衛が「あっ」と顔をこわばらせる。

 

「しまった。これでは……会合衆を買収してもらう件がチャラです!」

 

 その顔は、まさに“しくじった”の表情だった。勝負への熱意のあまり、目的をすっかり忘れていたらしい。

 

「まさか……天城先輩。私を、騙したですか?」

 

 光秀がじと目で睨むと、刃はまるで涼しい顔で答える。

 

「ん? ああ。堺の会合衆にキリシタンが多い、なんてのは嘘だ」

 

「…………っ!!」

 

 十兵衛は顔を真っ赤に染め、プルプルと小刻みに震えはじめる。

 

「やっぱり……やっぱり天城先輩は悪党ですっ!!」

 

「いやいや、十兵衛ちゃん。あっさり騙される方も悪いんだって。それに、いくら勝負だからって悪巧みはいけねえぜ?」

 

 良晴が苦笑混じりに言うと、十兵衛はさらにムッとした顔で腕を組んだ。

 

「でもでも! 二人の料理がどちらも買い取られなかったら……どうするつもりだったんですかっ!?」

 

「……そんときゃそん時よ」

 

 良晴が気の抜けた声で肩をすくめると、刃も苦笑いしながら答える。

 

「とにかく切磋琢磨して、究極の料理を考案するしかないな」

 

「名物料理で勝負と言われても、この十兵衛、料理の腕は確かですが……創作料理は苦手です。伝統を重んじる派なのです……!」

 

 腕を組みながら悩ましげに唸る十兵衛。

 

 その横で、良晴も真剣な顔になっていた。

 

「俺もなんだよな……。味付けが濃けりゃ喜ぶ尾張の連中と違って、堺の会合衆はたぶん、美食家揃いだろ。塩加減ひとつで評価がガラッと変わる。……このままじゃ共倒れだぜ」

 

「わ、わわわ。そんなこと言われたら……厨房でサル人間と一緒に飯炊き……いやです、ぜったいにいやですっ!」

 

 十兵衛が顔を真っ青にしてぶんぶんと首を振った。

 

「おーい、言い方ぁ!」

 

 良晴が抗議の声をあげるが、彼女は聞く耳を持たない。そんな二人の言い争いが再燃しかけた、その時だった。

 

 ──おずおずと、小さな声が間に割り込んだ。

 

「あのう……」

 

 それは、先ほどまで黙って成り行きを見守っていた、南蛮衣装の少女、フロイスだった。まだ少し震えの残る声ではあったが、それでも懸命に言葉を紡ぐ。

 

「もし、よろしければ……たこ焼きで勝負なさっては、どうでしょうか?」

 

「……たこ焼きで?」

 

「……え?」

 

 二人は同時にフロイスの方を振り向く。

 

「イマイさまの『納屋』がたこ焼き人気でどんどん大きくなったのを見た商人の皆さんは、イマイさまに対抗できる新しい料理をあれこれ作りました。いか焼き、ベタ焼き、鉄板焼きなど……さまざまな創意工夫が試されましたが、結局のところ、手軽に食べられるたこ焼きの人気にはかなわなかったようです」

 

 フロイスはそう語りながら、まるで遠い異国の伝説でも語るように目を細めた。その様子はどこか寂しげで、たこ焼きという庶民の食べ物に、時代の熱狂を見ているかのようだった。

 

「この十兵衛には理解しがたいです。あのソースというやつがなんともくどくて、下品な味だと思いますが……」

 

 腕を組み、むすっとした顔でぼそりとこぼす十兵衛。

 

「……十兵衛。言うなよ。その台詞、関西人の前で絶対言うなよ……」

 

 良晴が真顔で止めに入る。

 

「む? なぜですか?」

 

「命に関わるからだ……いやマジで。場合によっては戦国じゃなくても討たれるからな……!」

 

「な、なんですと……!? たこ焼き、恐るべしです!」

 

 珍しく十兵衛が引き気味に目を見開くが、当のフロイスは淡く微笑んで続けた。

 

「でも、皆さんが異なる料理で対抗しようとして失敗してきたのは……ある意味、当然なのかもしれません。『たこ焼き』という完成された形に挑むなら、まったく別の形ではなく――あえて、そこから発展させる方向の方が、可能性があるのではと……思います」

 

「つまり、たこ焼きの“ニューバージョン”か!」

 

 良晴が目を輝かせた。

 

「従来のたこ焼きを超える味で、しかも手軽に食べられる。それができたら……納屋の独占を崩すどころか、堺の町全体を巻き込んだ新ブームを作れるぞ!」

 

「しかも、納屋のたこ焼きより美味であれば、会合衆の連中だって飛びついてくれるに違いありません!」

 

 十兵衛も乗ってきた。珍しく声に熱がこもっている。

 

「皆で権利を買い漁ってくれれば、商品化まで一直線……大金が動くはずです!」

 

「……でもよ」

 

 と、そこで良晴がぽつりと呟いた。

 

「本家本元、元祖たこ焼き屋の今井宗久のおっさんが、そんな改良品を認めてくれるかな?」

 

 場の空気がぴたりと止まる。

 

「たこ焼きの“独占”こそが、今井の最大の武器だ。もし改良品が出回れば、事実上その支配を放棄することになる。稼ぎも、勢力も、大幅に削がれることになるんだぜ……?」

 

「……そうですね……そこが最大の問題でした。わたし、気がつきませんでした……」

 

 フロイスが、困ったように眉をひそめる。その唇は小さく震えており、うつむいた表情からは明らかに自責の念がにじみ出ていた。

 

「申し訳ありません……やはり、今の話は取り消させていただきます。わたしの……浅はかでした……」

 

 と、そのときだった。

 

「いや、全く問題ない。いざとなれば――」

 

静かに、鋭く、そして妙に落ち着いた声が場に割り込む。

 

「いえ、ちっとも問題ないです。今井宗久がしのごの抜かせば――」

 

すかさず重なるもう一つの声。それは、刃と正反対のトーン。

 

そして、ふたりの声が――。

 

「「斬ればいいだけだ(です)」」

 

 ──完全にハモった。

 

 無慈悲な宣告が、ピッタリと揃って放たれた。

 

声の重なりは見事で、まるで二重奏のように美しく──しかしその内容は、血の匂いを孕んでいる。

 そして――刃と光秀が、同時に目を見開く。

 

「……光秀」

 

「……天城先輩!」

 

 吸い寄せられるように、二人が視線を交差させた。その瞬間、妙な間が流れる。互いの心に“通じ合ってしまった”何かが、音もなく走る。

あまりの調和に、良晴は叫ばずにはいられなかった。

 

「斬っちゃダメだからあああああああああああああああああッッ!?!?」

 

 机が揺れるほどの勢いで立ち上がり、身を乗り出してツッコむ。

 

「おいおい何しれっと物騒なことハモってんだよ!? しかも見つめ合うな!? なんで息ぴったりなの!? お前ら物騒な夫婦漫才でもやってんのか!? しかも“斬る”が前提って怖すぎるだろ!? 殺伐としてんのに妙にロマンチックなのやめろ!!おしどり夫婦か!? いや夫婦でもそんなに息合わねぇよ!?」

 

 だが、ふたりとも聞いちゃいない。

 

「俺は無駄なことはしない主義なんだ。目的のためなら最短距離を行く」

 

「このお利口者の十兵衛光秀、常に最短距離で問題を解決するのが身上ですから」

 

 セリフのトーン、抑揚、タイミング……すべてが寸分違わず、息ぴったり。ふたりは、また自然に視線を合わせ――ぱちん、とまばたきを揃えた。

 

「なに!? 今度は思想まで一致!? 理念も一緒!? どんだけ価値観シンクロしてんの!?!?運命の赤い糸でも見えてる!?!?っていうか前世で夫婦だったの!?!? なんでそんなにナチュラルに噛み合うの!?!?輪廻転生のラブロマンスかお前らぁああああああッ!!このノリで『ダーリン♡』とか言い出したらどうすんだよ!? 俺、泡吹いて倒れるぞ!?」

 

場の空気がなぜかどんどん甘くなっていく。

 不思議だ。話してる内容はどう考えても“人斬り”のそれなのに、雰囲気だけは妙に親密で、妙に、心地良い。

 

「……お前らさ、いいか!? ちょっとは他人の視点で考えような!? たとえば、だよ!?

 道の上をカモの親子がヨチヨチ横断してたらどうすんだよ!? ああいうの、心が洗われるだろ!?!? 可愛いじゃん!? さすがに止まるだろ!?!?」

 

 だが──二人は迷いなく言い放った。

 

「迷わず直進だ。カモは食う」

 

「当然そのまま迷わず直進し、カモさんを捕らえて鴨鍋にして食べます。一石二鳥です」

 

タイミング、内容、口調、まったく狂いなし。

 またもぴたりと揃う視線。そして、ぱちぱちと瞬きを交わす。

 

「だから怖ええんだよお前らあああああああああああああッッッッ!!!!」

 

良晴の理性が崩壊した。

 

「なんで!? なんでそこまで息ぴったりなの!? いや、どっちか助けてくれよ!? 全力で“食う”ってなんだよ!? 命の尊さとかどこ行ったの!? さっきから倫理観が地底を突き抜けて冥界まで落ちてるんだけどおおおおおおおおお!!」

 

 ふたりは再び目を見合わせ──

 

 ぱち、ぱち、と瞬き。

 

「なんなんだそのアイコンタクト!? 言葉なしで通じ合うな!!」

 

 良晴の悲鳴が、もはや祈りに近くなっていた。

 

「なに!? 呼吸も、テンポも、倫理観も、そして“目の合わせ方”まで一致!?!? どんな相性だよ!?!? マンガやラノベでもそうそう見ないわ!? これで付き合ってませんとか言ったら逆に嘘でしょ!? いや、もう籍入ってるレベルだよね!? 指輪とか見せても驚かないよ!?」

 

爆発寸前の良晴の絶叫をよそに──

 

「天城先輩! 私たち……ほんとに、息ぴったりです!」

「そのようだな」

 

 キラキラとした光秀の瞳に、刃が淡く微笑みを返す。

その瞬間──場が、さらに甘くなった。

 

「頼むから……少しは迂回することも学ぼうぜ……!?」

 

 良晴が震えながら泣きそうな目で訴えると、刃と光秀はゆっくりと振り返り、またぴたりと声を合わせた。

 

「「善処しよう(するです)」」

 

 完 璧 だ っ た 。

 

 あまりにもスムーズな流れ。心地よい声の重なり。

 

そう──これはもう芸術だ。シンクロの芸術。

 だが、恐ろしいのはその芸術が“斬る”とか“鍋にする”とか、だいたい倫理の欠片もない方向に使われていることだった。

 

「信奈ぁああああああああああああああッ!! 助けてええええええええええええええええッ!! この二人、揃いも揃って感情のナタ持った天災ですうううううううううッ!!俺のSAN値が! SAN値があああああああああああッ!!!」

 

 

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