転入生として男が二人、この学園へやって来た。
今校内はその話題で持ち切りだが、本来その少女にとっては関係無いはずだった。開発を中断されてしまった自身の専用機・打鉄弐式を一人で完成させ、自分の能力が劣っていないことを示す。その為だけに日々を過ごしていた。
故に、今も、そしてこれからも、興味を持つことも、ましてや何かしらの関係が生まれるなど、考えてもいなかった。
だがそれは、あろうことかその日の内にあっさりと覆された。否、関心を持たざるを得なかった。
最初は、自分と同じ霊が見える人間なのか、と少しの親近感を抱いた程度だった。感じる霊圧も高くなく、本当に霊が見えるだけなのだろうと。
それが突如、今まで感じたことも無い程の大きさに膨れ上がり、慌てて窓の外を見ると、かつて会った死神と同じ装束を着た男が今まさに跳び立って行った。気にならない訳が無い。
だからこそ、彼女――――更識簪は、オレンジ髪の彼の帰りを待った。
(もしかしなくても……見られてる、よな?)
「……あなたは、人間? それとも、死神?」
「どっちもだ。俺は人間だけど、死神の力も持ってる、死神代行だ」
そう答えると、少女の目が疑わしそうに細められる。
「……そんなのがいるなんて、聞いてない」
「死神と会って話したんだろ?だったら聞いてると思ったんだけどな」
今の一護の発言は自意識過剰のようにも聞こえるが、死神の間で一護の名は有名である。反逆者・藍染惣右介を倒し、総隊長までもが掟を破ってまで力を取り戻させた人間。
死神とどこで、誰と出会ったかなど一護は知らないが、死神代行の存在すら知らせないのは少しおかしい。何かあった時に一番頼りやすい人間なのだから。
「あ……二年よりも前だったら、言わなくて当然か」
だが、二年以上前となると話は変わる。一護よりも前の死神代行――――銀城空悟は裏切ったので、味方として言うはずが無い。最も、その時の護挺十三隊ならば、おびき寄せる為の餌として使いそうだが。
「……あなたには、聞きたいことが色々ある」
「だろうな。ここで話すのもあれだし……俺の部屋でいいか? ルームメイトがいるとこで話す訳にはいかねえだろ」
「……分かった」
「お、お邪魔します……」
数分経ったところで、その少女は一護の部屋へやって来た。
「おう。……って、何モジモジしてんだお前?」
「いや、あの……男の人の部屋に入るのって初めてだから……」
「……そういや、ここって女子高出身が多いんだったな」
ISのことを動かせるのは女性だけで、彼女らはこの学園に入学する前からISについて学んでいる者がほとんどだ。勉強詰め・訓練詰めだったという者も多く、異性と触れあったことがない者が大半だろう。だからこそ、織斑一夏が入学した時、皆色めきたったのだ。
「っと、自己紹介がまだだったな。黒崎一護だ」
「……更識簪、です」
「そんじゃ、更識――――」
「苗字は……イヤ」
「……なら簪。何が聞きたいんだ?」
「……まず、死神代行について。なんとなく予想は出来てるけど……」
聞かれると分かっていた一護は、待っている間に話すことを決めていた。国語が得意科目だと言う一護だが、他人に説明することは苦手であり、若干詰まりながら説明していく。
ただし、銀城のことは省いている。様々な想いがあったとはいえ、死神を裏切り、一護の手で殺した、なんて初対面の人間に言えることではない。
「……大体分かった。私が死神と会ったのは四年前。言われてなくて当然……」
「その死神ってなんて名前なんだ?」
聞いたのはただの興味本位。隊長格とはそれなりに仲が良い者が多いが、それ以外――――数名を除いた席官や平隊員の名前など、一護は当然知らない。知っている奴だったら凄い偶然だな、位に思っている。
「えっと、雛森桃っていう人だったんだけど……知ってる?」
「あー……いや、まあ……一応、知ってる……のか?」
その名を聞いて、尋ねたことを後悔していた。
五番隊副隊長・雛森桃。元隊長・藍染に心酔し、一時期は錯乱していたこともある。
その姿を初めて目にしたのはレプリカ・空座町での藍染との血戦時。鏡花水月の能力によって日番谷冬獅郎に刺された場面を見ている。
(どう言やいいんだよ……)
「
と言って差し出されたのは、神社などで売っているようなごく普通のお守り。
だが簪曰く、『
「それと一緒に霊力の押さえ方も教えてくれた。垂れ流してると
簪から感じられる霊圧が低いのはその為だった。滅却師のように戦闘手段があるのなら問題無いが、一護のように垂れ流しにしていれば
ドン・観音寺は一護と出会うまで
「他に聞きたいことはあるか?」
「……私も、戦う力が欲しい」
「……ここに通ってるってことはお前もIS乗りを目指してんだろ? 態々危険を冒さなくても、頑張って専用機を手に入れりゃ……」
「……私、日本の代表候補生。専用機は……開発されるはずだったのが中止された」
「わ、
専用機のことを話した簪は目に光を宿しておらず、本能的に一護は謝ってしまった。
「黒崎君が謝る必要無い。悪いのは……倉持技研と織斑一夏だから」
自身に向けられている訳ではないのに、一護は背筋が凍るような寒気を感じた。そして思う。
(女って
それから簪が堰を切ったかのように愚痴を零しだす。
『姉さんは自分勝手過ぎる』『私はあの人の人形じゃない』『倉持技研には絶対に頼らない。協力するって言ったってこっちからお断り』『いつか絶対に姉さんと織斑一夏を倒す』等々。
一時間ほど喋り通して、
「……はっ! ご、ごめんね黒崎君。私……」
「あー……いいって別に。これでも簪より歳は上だからな。愚痴ぐらいには付き合ってやるよ。……今日はもう勘弁してほしいけどな」
「う、うん。ありがとう……」
「気にすんな。で、さっきの話の続きだけど、俺には誰かを鍛えてやれるような経験も、知識も無い。だから簪の希望には応えられない。それに、やっぱり
「…………」
一護に拒絶されても諦められない簪。今まで、努力しても認めてもらえず、常に姉と比較されてきた簪にとって、姉には無い力というのは何としても得たい物だった。
そして、その簪の内面――――姉への劣等感を一護は見抜いていた。言ったことも事実なのだが、今の簪に何かを教えることは危険だと。
「まぁすぐに考えは変えられねえよな」
「……うん」
「今日はもう遅いし、帰って寝ろよ。ルームメイトだって心配してるだろ」
「……うん、分かった」
簪が部屋を出て行った後、一護はすぐにベッドに横になり、寝息を立て始めた。体力にはそれなりに自信がある一護だが、今日の出来事は体力をかなり消耗させていた。
「おーい一護。昼ご飯食べに行こうぜ!」
翌日の昼、織斑が爽やかな笑みを浮かべて一護を昼食に誘った。
「いいけどちょっと待ってろ。誘いたいやつがいんだ」
向かったのは一年四組の教室。
「よう、簪。昼メシ行こうぜ」
「……ヤダ」
チラッと織斑を一瞥した後、一護の方を向いて答えた。一護となら別に問題無いが織斑がいるなら行かない、と目で語っている。
「そう言うなよ。コイツの奢りだぜ?」
と言って指したのは織斑一夏。
「……分かった」
「よし。なら行くぜ」
え!? 俺の意思は無視か!? と喚いている織斑を引き摺りながら、彼らは食堂へ向かう。
「…………」
「…………」
(((((ち、沈黙がツライ!!)))))
一言も発せずに黙々と食べる一護と簪に、異様な空気を感じる織斑達。
「おい織斑」
「な、なんだ?」
「なんか喋って盛り上げろ」
「ええっ!?」
そんな無茶な! と言いつつ必死に喋り、盛り上げようとするのは流石なのか?
「……どうして、私を誘ったの?」
「なんとなくだ」
「……私は、ご飯は一人で採りたい派なのに……」
「俺も高校入った頃はそうだったけどよ、皆で食うってのも悪くねえぞ」
「……アレがヤダ」
「……まぁ、若干気持ちは分かる。俺も、ああいうキラッキラした爽やか系は苦手だ。悪い奴じゃねえってのは、分かるんだけどな」
二人して目線を向けると、未だ必死に喋る織斑と、そんな織斑に苦笑を浮かべるいつもの取巻きがいる。
「黒崎君もあんな風に笑えば…………ゴメンナサイ」
「おい、今何を想像した……?」
簪が思い浮かべたのは、眉間に皺が寄っておらず、爽やかな笑みを浮かべている一護。
「黒崎君は眉間に皺が寄ってこそだって、改めて思った」
「お前……見かけによらず、結構毒吐くのな……」
「……そんなこと無い」
実際に一護がそんな表情をしていれば、彼を良く知る友人達はすぐさま井上を呼んで治療を施すだろう。護挺十三隊に連絡が行き、大ごとになる可能性も高い。一護もそれは自覚しているのだが、直接言われれば多少傷つく。
「昨日の話だけどよ、やっぱ俺は人に何かを教えるのは無理だ。そもそも、俺が教わったのは戦いの心構えだけだしな」
「……使えない」
「おまえ、なんか口悪くなってねえか?……修行相手なら付き合ってやるから、それで我慢してくれ」
と、昼食を採りながら談笑していると
「大ニュース!! あのドン・観音寺がこの学園に来るんだって!!」
「「「「な、何ィィィィィ!!!!」」」」
一人の女子生徒から齎された情報により、食堂内は一気に騒がしくなる(日本人のみ)。
「なんでもこの学園に観音寺さんの一番弟子がいるみたいで、今度の学年別トーナメントに会いに来るって!!」
「い、一番弟子!? 噂でいるって聞いてたけど、本当だったのか!!」
「やっば、サイン貰わなきゃ!!」
周りの女子生徒(日本人)と同じようにはしゃいでいる織斑と凰。近くに座っているオルコットやデュノアを含む、日本人以外は何が何だか分からずおいてけぼりをくらっている。
(観音寺ってこんなに人気あるんだな)
女尊男卑が浸透している世界で、日本限定とはいえ男でここまで人気があるのは観音寺ぐらいである。一時期よりも低迷はしたものの、冬に放送された『空座町スペシャル』で再び人気が盛り返してきた。
そして、そのおかげかどうか知らないが、空座町は霊的スポットとして有名になっている。
「……その人って確か、心霊番組をやってる人だよね。本物なの?」
「ああ。観音寺は純粋な霊能力者だ。死神とは関係無い、な」
「正直、メンドい。人として、年長者としては尊敬出来るんだけどな……。あと……何故か一番弟子にされてたな……」
「そ、そうなんだ……」
疲れたような表情を見せる一護を見て、簪の中で観音寺に対するマイナスイメージが大きくなっていく。彼女も一護同様、心霊番組等を見てこなかったからか、観音寺の姿すら碌に見たことが無い。
「テンション上がったあいつらは鬱陶しいからな。気を付けろよ」
「それは十分分かってる」
一護は啓吾で、簪は幼馴染の
「おーい一護!」
突如織斑に話しかけられたので振り返れば、
「ぼははははー!」
腕を交差させて、あの独特の笑い声を上げていた。さらに、
「ぼははははー!」
隣では凰が、恥ずかしさを見せずにやっていた。
「一護も一緒にやろうぜ!ぼははははー!」
「「「「ぼははははー!」」」」
織斑に合わせて食堂内にいる日本人のほとんどがやっている。篠ノ乃は恥ずかしいのかやっていない。
「ほら! ぼははははがっ!」
あまりにしつこかった為つい殴ってしまった一護。拳が顎に突き刺さり、思い切り背後に倒れる。
「やっぱ簪も見たこと無いのか? えっと、確かブラ霊」
「うん。本音……幼馴染とか家族は見てたけど、私は……」
「そうだよな」
((霊が見えるのに心霊番組を見るわけがない))
「俺は占いとか、目に見えないモンも信じなかったけど」
「私は、当たればラッキーって位」
お互い、霊感を持つ者とこういった会話をしたことが無かった――――石田とは度々口喧嘩をしていて、話題にならない――――ので、思いの外会話が弾む。
そこで、タイミング良く予鈴が鳴る。
「って!まだ食い終わってねえよ!」
会話に集中し過ぎたせいか、食べるのを忘れていた二人は、慌てて食べる。それを尻目に、皆片付け終え、各自教室へ向かっていく。
「ごちそうさん!」
「ごちそうさま」
食べ終わった時には、すでに周りには誰もいない。
「あと一分……!」
「誰も見てねえよな……?」
周りに誰もいないのを確認した一護は簪を抱え、
「よし、着いた……あ、ヤベ」
簪の教室――――四組に着いた時には、簪は気を失っていた。石田やチャドが当然のようにやっているので忘れがちだが、生身で姿が消えたかのように動けば、普通はそうなる。
結局、時間には間に合っていたものの、簪を保健室へ連れていった為大幅遅刻となった。
簪に新たな属性を追加してしまった……。
けど原作そのままじゃ個性が埋もれてしまうんだ! 許してくれ!