翌日
「黒崎君は鬼畜野郎。嫌がる私を無理やり連れてった」
と言って、昨日から一護の方を全く見向きもしなかった。鬼畜かはともかく、気絶させてしまったのは事実なので、一護も強く言い返せず、
「悪かったって」
ただ謝るしか出来ない。
「……そう言えば、あの時の動きって何? 周りの霊子が変動してなかったから、死神の歩法でも、ISの力でもないよね?」
「あー……それは……」
「……生徒全員に言い触らそうかな。ハッキングは得意だし」
「分かった! 言うから止めろ!」
一護は特別イメージを大事にしている訳ではないが、転入したばかりの今、イメージを悪くしたくは無かった。後の生活が辛くなるから。
「物に宿った魂を使役する、
「言ったら教えてとか言い出すだろ? それに、気付くと思ってなかったからな」
簪に対して隠すつもりは無かったが、かといって教えるつもりもなかった。
だがそれは、簪の霊圧知覚の高さによって断念させられた。
簪は代表候補生の為、ISは見慣れている。そして、その内に込められた霊圧もしっかりと記憶している。何より、ISを動かした時と先程の一護の動きでは、周囲の霊子の動きが違う。簪はそれをしっかりと見ていたのだ。
(霊圧知覚に関しちゃ石田並じゃねえか?)
霊圧知覚に関しては一護の知る中で最も優れている男を頭の片隅にちょこっとだけ浮かべながら、そう評する。少なくとも一護よりは断然上だ。
「言っとくけど、
「……使えたとしても黒崎君は教えてくれないんでしょ?」
「まあな」
予想していたとはいえ、自身の願いを拒否する言葉を聞いた簪は頬をぷくぅっと膨らませてむくれる。
「そんな顔すんなよ」
「……私はそんなに子供じゃない」
「誰も子供だなんて言ってねえだろ。自分で言うってことは自覚が――――」
「子供じゃない。分かった?」
「……はい」
笑顔で、だが目の奥は笑っていない簪に言われ、頷く以外に選択肢は無かった。
あの後、簪の専用機開発を手伝うということが決められた。ISに関する知識は一般生徒程度にしか持っていない為最初は断ろうとしたのだが、
『力仕事とかの雑用は出来るでしょ? それに、他に頼める人はいないから』
と言われれば断れなかった。
とりあえず明日から頑張るとのことで、今日はそのまま寮の自室へと戻ると、
「遅かったわね」
簪と同色の髪をした活発そうな女性が、部屋の中にいた。
「簪ちゃんと一緒にいれて、楽しかったかしら?」
「…………」
一護はおもむろに携帯を取り出し、
「あ、すんません。部屋に不審者がいるんすけど」
「ちょっ!!」
寮長――――織斑千冬へと電話を掛けた。
「蒼い髪に紅い目、二年すね。……え? 生徒会長?」
「そうだ。ロシア代表にしてIS学園生徒会長、更識楯無だ」
電話で話していたはずの織斑千冬の声が背後から聞こえ、振り向く。
「お、織斑先生……」
あまりに早い登場に、楯無は顔を強張らせながらその姿を見やる。大方、来る前に退散しようと考えていたのだろう。
「更識。生徒会長とはいえ、やって良いことと悪いことがあるのは分かっているな?」
「は、はい!」
「不法侵入など以ての外だ。しかも、男の部屋に……あぁ、夜這いか」
「す、する訳無いでしょう!! そんなこと!!」
「お前の趣味にまで言及するつもりはないが、この学園にいる間は不純異性交遊は認めん。来い」
覚えてなさい! という三下のような捨て台詞を吐きながら、織斑千冬に引き摺られていく。
「……なんだったんだ?」
そのまた翌日、整備室から帰っていると、
「簪ちゃんと、昨日の私の
楯無が跳び蹴りを放ってきた。それを軽く躱すと、
「ちっ。やるわね」
「……何がしたいんだよお前」
「黒崎さん。先日妹様を気絶させたことを会長はご立腹なのですよ」
楯無の対応に困っていると、楯無が跳びかかって来た方から眼鏡に三つ編みをした女性が声をかける。
「……あんたは?」
「失礼。三年で生徒会書記を担当している
物腰が柔らかく、その雰囲気も相まって、どこかの令嬢だとすぐに察しが付いた。
「お嬢様が失礼をして申し訳ありません。あの人、シスコンの癖に妹様と顔を合わせるのが苦手で、いつもこうして妹様の敵になるような人物を密かに襲っているんです」
「性質悪いな、それ」
「あの、
「ええそうですよ。私は、自由奔放で、仕事を放棄して妹様のストーカーをするお嬢様の穴埋めをする、あなたの従者ですよ」
どこか棘のある言い方に楯無が縮こまっている中、一護はある死神の姿を思い浮かべていた。
八番隊副隊長・伊瀬七緒と、同隊隊長・享楽春水。
二人の関係は彼らとそっくりだった。主に仕事をサボるところとか。
「まぁ、俺が簪を気絶させちまったのは本当だしうおっ!」
顔目掛けて放たれた裏拳を、顔をのけ反らせることで躱す。
「やっぱりね! 貴方は
「なんでそうなんだよ!」
矢継ぎ早に繰り出される拳や蹴りを紙一重で回避していく。生身での勝負ならば楯無の方が優れているのだが、今の冷静さを欠いている楯無では、一護に一撃当てるのも難しい。
そして、
「……姉さん、何してるの?」
「か、簪ちゃん……?」
背後から簪が冷たい声をかける。
霊圧知覚が抜群に優れている簪は学内にいるISならば余裕で探知可能で、一護に接触した馴染みの霊圧――――楯無の専用機である『ミステリアル・レイディ』を感じた。気になって来てみると、今の……姉が一護を襲っている場面を目撃した。
「黒崎君は……問題無いよね」
「まぁ、一度も当たって無いからな」
一護に何もないことを確認した後、姉へと視線を移し、
「姉さん、黒崎君に何しようとしてたの?」
「か、簪ちゃんを傷つけた彼に裁きを……」
「なら次は私が姉さんに裁きを与える」
ガシッと楯無の肩を掴み、
「……前から思ってた。話しかけもしないのに私のことを影からちらちらと見てて……ちょっと鬱陶しかった」
「…………え? 簪ちゃん気付いて……」
「
「構いませんよ。存分にやってください妹様」
「た、助けて黒崎君!!」
容赦なく襲いそうな簪を前に、敵視していたはずの一護に助けを求める。が、
「簪、やり過ぎるなよ」
「ちょっ!?」
「うん、一応心に留めておく」
触らぬ神に祟り無し。下手に触れて自分まで巻き添えを食いたくは無かった。というより、今の簪は止められないと察していた。
「まずはこれ。唐辛子爆弾。ちょうど、使った時の効果を試してみたかった」
「そ、それって滅茶苦茶ヤバい奴じゃ……って、近づけないでやめっ……!!」
「…………」
一護の目の前には楯無だったものが横たわっている。何をしたのかは明言しないが、とりあえず外面的な傷は負っていない。
「いいのか、あれ?」
「いいんです。放っておけばそのうち目覚めます」
扱いの悪さに、流石に同情する一護だった。
あれから数日経ち、簪の機体は一応完成し、残すは武装のみとなった。それに関しては一護に出来ることは全くないので、何かあれば呼ぶということに。
そして今、一護はアリーナへと向かっている。最近は机で勉強漬けだったり簪の手伝い、ある面倒事の憂さ晴らしのために身体を動かしたいからだ。
「……なんであんな噂が流れてんだよ」
一護の頭痛の種は主に二つ。一つ目は更識楯無。あれ以降、度々襲撃され、その度に簪にオシオキされている。若干恍惚とした表情をしているのは見間違いだろう。
そして二つ目が、『今度の学年別トーナメントで優勝したら三人の男の内の一人と交際出来る』という噂。元々は織斑一夏だけだったのが、三人の内の誰かになったらしい。
「やっと見つけたわ黒崎一護ォ!」
「またか……」
歩いていると、宿敵にかけるような声で楯無が叫ぶ。
「いえ、今回は会長のサボりではなく、れっきとした仕事です」
「そうよ!」
「仕事?」
「はい。といっても、私たちではなく、黒崎さん。あなたへの依頼という形ですが」
「いや、あんたが止めろよ。生徒会長でロシア代表なんだろ?」
当然な疑問。楯無は国家代表なのだから、代表候補生の争いなど簡単に止められるはずだと。
「会長は貴方の実力を見たいそうです。貴方だけ、この学園に来てからまだ一度も戦ってませんから」
「……分かった。とりあえず止めてくりゃいいんだろ? 場所は?」
「第二アリーナです。……構わないのですか?」
「別に見られて困るようなもんじゃねえしな」
それだけ言って、一護はアリーナへと走っていく。
「……力の差を見せつけられたような感じがしますね」
「……そうね」
こちらのことを探ろうとしているのを分かっていながら、わざわざそれを晒しに行く馬鹿はいない。いるとしたら、本物の馬鹿か、晒したところで負けないという実力と自信を持っている者だけ。そして一護は当然後者。
一護はそれを意識していた訳ではないが、楯無らにはそう映った。
第二アリーナにて
「行くぞ……!」
「くっ!」
凰とオルコットを撃破したボーデヴィッヒが、今度はデュノアに襲いかかろうとした刹那、黒い機体が間に割って入る。
「お前ら、暴れ過ぎだ」
「……そこをどけ、黒崎一護。貴様などに用は無い」
「お前には無くても俺にはあんだよ。ここの生徒会長にお前ら止めるように言われてるからな」
「貴様が私を止める? ならばやってみろ!!」
未だ戦う気満々で向かってくるラウラを見て溜息を吐き、
「女とはあんま戦いたくねえんだけどな……」
次の瞬間、
「ガッ……!」
右拳がラウラの腹に突き刺さり、その身体を勢いよく吹き飛ばす。三度バウンドしてようやくその動きを止める。
「ば、バカな……。貴様、何故AICが効かない!?」
「AIC? ……あぁ、今の網みたいな奴か」
AIC……Active Inertial Cancelerの略で、慣性停止能力。エネルギーで空間に作用を与え、本来は見ることすら不可能なのだが……
「そんなに硬くねえし、力入れればすぐに破れるだろ」
一護としては、藍染戦で浦原が使った縛道の方がはるかに硬いだろうな、と見当外れなことを考えていた。
だが、ボーデヴィッヒや織斑達はそうはいかず、
「なっ……!!そ、そんなことで破れるわけがないだろう!!」
「俺たちがあんなに手こずったAICをあっさりと……」
「あっさりというより、そもそも敵じゃないって感じがするんだけど……」
余談だが、簪も少しコツを覚えれば同じことが出来る。
「話は済んだか、お前たち?」
「きょ、教官……!」
一護の規格外さに言葉を無くしている織斑達に、織斑千冬が声をかける。
「模擬戦をやるのは構わないが、アリーナのシールドまで破壊されては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントで付けろ。いいな?」
相手に拒否をさせない強い口調でそう言い放った後、
「それとだな……」
一護の方を向き、手に持っていたIS用近接ブレードを振り下ろす。
「ッ!!」
「やはり受け止めるか」
咄嗟に剣で受け止めたのを見て、口元をニヤリと歪ませる。
「私は教師だ。だからこそ、我慢をしていたのだが……やはり
楽しそうに、心の底から愉しそうに笑う織斑千冬。その姿を見た一護が思うのは、
(げ、現代版剣八!?)
十一番隊隊長・更木剣八。強敵との戦いを愉しむ姿は彼そっくりだ。
「って、あんた争いを止めに来たんじゃねえのかよ!?」
「争いは止まっただろう? 他の奴のは」
「あんたが止まってねえよ! てか、生身じゃねえか!!」
「あぁ、そういうことか。ふむ、ならばこうしよう。次のトーナメントの最後に戦うとしよう。シメにもいいだろうからな」
一護の意思を無視して、急遽織斑千冬との試合が決まる一護。そして、自身の思惑通りに事が運んで機嫌がいい千冬。
(は、嵌められた!?)
(ふふ、私が獲物を逃がすと思うか?)
そして、
「……俺、千冬姉からあんな愉しそうな笑顔向けられたことねえのに……」
「…………え?」
一護に嫉妬心を抱く織斑一夏。あんな笑みを向けられたくないな~、と考えていたデュノアは、彼のシスコンぶりに唖然としている。
「……私には、あんな愉しそうな顔を向けられなかったのに……」
「ボーデヴィッヒさんも!?」
千冬に全てもってかれた気がする。
それと、楯無ファンの方すみません。
正直に言いますが、楯無の扱いに悩んでいるので……