クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第30話 遺跡での戦闘

「……それは、いったいどういう意味でしょうか?」

 

 セレンはある朝の出来事を思い出していた。

 

 それは千司と共に冒険者の調査を開始し、一度王都に戻って一泊した翌朝の事。

 

 再度王都リースへ向けて出発しようかと考えていた時分に、彼女は一人の少女に呼び出されていた。

 

 場所は王宮内の執務室。

 

 セレンの対面では部屋の主が椅子に腰かけ、書類に目を通しながらも時折理知的な視線を向けて来るプラチナブロンドの少女、ライザ・アシュートの姿があった。

 

 彼女は手にしていた書類をテーブルに置くと口元に弧を浮かべ、まるで幼子を相手にするかのような優しい口調で答えた。

 

「……別に、難しい事ではありません。これは確認。以前、貴女たちが出発する際にもお伝えした通りのことを、再度お伝えしたに過ぎません」

「奈倉千司が手を出さないように見張れということですよね?」

「えぇ、その理由は……語らなくても理解できるでしょう」

「それは……はい。もちろんです」

 

 奈倉千司は不特定多数の女性と肉体関係を持っている。

 

 それは勇者間だけに留まらず、つい最近では騎士団の誰かに手を出したと、眼前のライザから聞いたばかりだった。

 

 不特定多数との性交渉など、王国が国教と定めるへリスト教の教義に真っ向から背く行為であるし、仮に千司が異邦人だということを踏まえたとしても、勇者間における性交渉はライザが禁じていた。

 

 子供が出来てしまうと、魔王討伐に支障をきたす可能性があるから。

 

(……だというのに、奈倉千司はあっちでパコパコ、こっちでパコパコ……ふざけるのも大概にしろ! 能力は認める。行動力も……されどそれ以上に人間として論外だッ!)

 

 誠実さの欠片も持ち合わせていない奈倉千司のことを、セレンは心底嫌いだった。

 

 軽蔑し、憎み、その存在を到底許容できない。

 

 故に、一人で冒険者の調査を行うという千司の護衛として自身が選ばれたのも、何ら不思議ではないとセレンは考えていた。

 

「面倒をお掛けしますね」

「いえ、仕事というのもありますが……私自身としても奴の行いは目に余っておりました。これを機に不埒な一物を切り落として見せましょう」

「ふふふっ、それもいいかもしれませんね。……ですが、セレン団長。貴女はあくまでも監視。『何があっても奈倉千司に手を出さしてはいけませんし』、『奈倉千司に何があっても手を出してはいけませんよ』」

 

(まただ、この妙な言い回し)

 

「……つまり、奴が王都の女に手を出さぬよう監視兼護衛をすればいい、ということですよね?」

 

 確認するように口にしたセレンの問いに、ライザはニッコリと笑みを返した。

 

「……セレン団長。奈倉様のことは決して信用しないようにお願いしますね」

「? えぇ、浮気を繰り返し、女を侍らせる男の言葉など、そもそも信用に値しません」

「それはよかった。では……何があっても私の言葉を忘れてはいけませんよ。一言一句(・・・・)すべて」

「はい。王女の言葉を忘れることなど決してありません」

「よいお返事です。それでは、期待しております」

 

 そうして、セレンは執務室を後にして千司と合流。

 

 以降は常に千司に対し目を光らせていた。

 勇者としてどれだけ信用できようと、奈倉千司は女たらしである。

 

(……ほら見たことか。隙さえあればすぐにエリィと言葉を交わす……。アイリーンともふとした瞬間の距離が近い。……何が『奈倉千司個人ではなく、勇者の一人として信用してください』だ)

 

 セレンは思う。

 

(……私が酷く失望していることを、貴公は理解していないのだろうな。正直に言って私は貴公のことを——)

 

 と考えたところで、ふと思考を遮るように声が聞こえてきた。

 

「……ン、……レン。……セレン」

 

 だんだんと大きくなる声に、セレンの思考はかき乱され、微睡の中を漂っていた意識が覚醒する。

 

 重たい瞼を持ち上げると、そこは鬱蒼とした森の中だった。

 

 昨夜、雨の中ブラックウルフに襲われて千司たちとはぐれた後、セレンたちは体勢を立て直しながら移動。

 

 適度に開けた場所を見つけると、その場で襲い掛かってくるブラックウルフを殲滅した次第である。

 

 森の中の奇襲でない限りセレンもロイアーも、そしてアイリーンも遅れを取ることはない。

 

 小一時間ほど迎撃を繰り返したところ、それ以上襲い掛かってくることもなかったので、交代で休息をとることにした。

 

 そして今に至る。

 

(……寝ていたのか。情けない)

 

 寝起きの頭で昨日のことを思い出しつつ、セレンは声を掛けてきた男に答えた。

 

「……すまない寝ていた。どうかしたのか、ロイアー」

「寝てたのは構わねぇよ。いやなに、ついさっき向こうの方でファイア・ボールが打ち上げられたって、見回りに出てたアイリーンが言っててよぉ……多分あの二人だと思うから、そろそろ出発しようと思ってなぁ~」

 

 ちらりとロイアーが向けた視線の先には泥だらけで周囲を警戒する亜麻色の髪の少女、アイリーンの姿。

 

 彼女はセレンの視線に気が付くといつもの優しい笑みを浮かべながら口元を指さす。

 

「おはようございます、セレンさん。うふふ、口元……涎が垂れてますよ」

「む……すまない」

「いえ、それでは起きて早々ですが、行きましょうか」

「そうだな」

 

 セレンは口元をグイッと袖口で拭うと、立ち上がって腰を伸ばしながら思う。

 

(貴公らが生きていて、私は嬉しいと思う。……だが)

 

 ふぅ、と小さく息を吐き、セレンは青い空を見上げながら腰に携えた剣に手を掛けた。

 

(これ以上、私を失望させないでくれよ。奈倉千司)

 

 

  §

 

 

 エリィがファイア・ボールを打ち上げてしばらく。

 

 時折襲い掛かってくるモンスターを切り捨てつつ、数分おきにファイア・ボールを打ち上げていると、木々の向こうからロイアーたちが姿を見せた。

 

 彼らは千司とエリィの姿を見つけると安心したように駆け寄り、安否を確かめてくる。

 

「二人とも無事でよかったぜぇ~! 怪我はねぇかぁ?」

「かすり傷程度だ。まぁ、ロイアーの盾がなかった割には無事な方だろ」

「悪ぃなぁ、見失っちまって」

「あの雨の中じゃ仕方ない。何はともあれ無事に合流できたことを喜ぼうじゃないか」

「……だな!」

 

 ニカッと気持ちのいい笑みを浮かべるロイアー。

 ちらりと視線を横に向ければ、アイリーンがエリィに近付き胸を撫で下ろした様子で声を掛けていた。

 

「エリィさんもご無事で何よりです」

「ナクラが守ってくれたから……そっちも無事でよかった」

 

 ちらちらと千司に視線を向けながら答えるエリィ。

 

「こちらは盾持ちのロイアーさんに、前衛のセレンさんが居ましたので。早々にモンスターも追い返し、捜索に向かおうと思ったのですが、流石にあの雨の中では難しく……」

「正しい判断。二重遭難なんて目も当てられない」

「そう言っていただけると助かります。……それにしても、うふふ」

 

 優しい笑みを浮かべていたアイリーンの視線が、徐に千司とエリィを交互に捕らえる。

 

「……どうかした?」

「いえ、なんともまぁ親しくなられたご様子でしたので」

「そう?」

「えぇ、うふふ。距離感と言いますか、視線、声色、表情と言いますか……昨日よりかなり軟化されているようにお見受けしましたので」

 

 アイリーンの言葉に同調するようにロイアーも頷く。

 

「確かになぁ、なんて言うか……憑き物が落ちたってぇ顔だな」

 

 その言葉にエリィは一瞬茫然とした後、顎に手を当て逡巡。

 

 やがて小さく口元に笑みを浮かべると、今まで見せたことのないような優しい笑みを浮かべて見せた。

 

「うん……そうかも」

「ほほう。そいつぁ、よかったな」

「うふふ、えぇ。そうですね」

 

 エリィに優しく微笑み返す二人を横目に、千司は手を叩いて注目を集めると、咳払い一つ入れてから口を開いた。

 

「よし、それじゃあそろそろテントに戻るか。色々あったが、まだ目的の遺跡に辿り着いてもないしな」

「それもそうだなぁ……よっしゃ。んじゃサクッと戻って飯作ってやらぁ~」

「モンスターに食い荒らされていないと良いのですけど」

 

 やる気を見せるロイアーと、食材の心配をするアイリーン。

 

 そんな二人の後ろをエリィがちょこちょこと着いて行き——集団から遅れたのは千司と、これまで無言を貫いていた紺色の髪の騎士団長。

 

 セレンは千司をじっと見つめ、何度か口を開閉。

 

 やがて、ため息交じりに吐き捨てる。

 

「無事でよかった、奈倉千司」

「セレン団長もご無事で何よりです」

「ふん、当然だ。あの程度なんてことはない」

「俺も一人なら問題はなかったのですが……守りながらの戦闘はなかなか難しいものがありました。これも調査して実際に経験しないと分からない事ですね」

「そうだな」

「まぁ、いざ猫屋敷や辻本たちと行動することになっても、彼女らのステータスを考慮すれば誰かが誰かを守る必要もないでしょけど」

「……そうだろうな」

 

 話をしている間も、セレンの視線はまっすぐに千司を射抜いている。

 

「……どうかしましたか?」

 

 問いかけると、セレンは再度逡巡した様子で顎に手を当て、しかし最終的には考えるのを諦めたようにため息を吐いた。

 

「別に、何でもない。ただエリィに手を出していないだろうな、と思ってな」

「出してませんよ」

「本当か?」

「彼女に確認してくださって結構です」

「……わかった」

 

 吐き捨てるように告げ、不機嫌そうに歩き出すセレン。

 千司もその隣に並び、気まずい静寂が二人の間を支配する。

 

「……おい貴公、気まずいから離れろ」

「離れてはぐれたらどうするんですか。俺魔法使えないんですよ?」

「だが……っ! あぁ、くそ! 貴公は本当に良く分からない男だな!?」

「セレン団長はかなりわかりやすい人ですね」

「口説いているつもりか?」

「今のは絶対違いますよ」

 

 結局、二人横並びでうだうだと語りながら、千司たちは三人の後を追ってテントへと戻るのだった。

 

 

  §

 

 

 テントはかなり踏み荒らされていた物の、中に置いていた荷物等は無事だった。

 

 千司は帰還後すぐに傷口にポーションを振り掛け、他の面々も汚れた服を着替える。その後は朝食の準備に取り掛かり、三十分もしないうちにロイアー作の料理が並んだ。

 

 今後の予定もある為パクパクと飲み込むと、手早く片づけを済ませ、一同は遺跡に向けて同所を後にした。

 

 雨上がりのぬかるんだ土の上を、ロイアーを先頭にエリィの道案内で進む。

 

 すると、ふと何かを思い出したように、エリィがアイリーンに声を掛けた。

 

「そう言えば……アイリーンはあの辺りで変なものを見なかった?」

「変なもの、ですか?」

「そう。例えば——木に吊るされたゴブリン、とか」

 

 その問いかけに、アイリーンは眉一つ動かすことなく首を横に振った。

 

「いえ、あいにくと見ていませんね」

 

 どこまでも平凡に、どこまでも平素通りに。

 まるで街中で人を尋ねられたがごとく、淡々と。

 

 一方で眉間に皺を寄せたロイアーが話に入って来る。

 

「何だそりゃ。かなり気色の悪ぃ話じゃねぇか」

「……実は、今朝ロイアーたちと合流する前に、そんなのを見た気がして」

 

 おずおずと語るエリィ。

 ロイアーは千司に視線を移すと小首を傾げる。

 

「ナクラも見たのか?」

「いいや。俺は見ていない。ただ昨日は無我夢中でモンスターを殺したからな。切り飛ばした残骸だとは思うんだが……そんなに気になるのか? エリィ」

 

 千司は不安げな表情を浮かべるエリィを安心させるように近付き、優しく問いかける。

 

 すると彼女は口元に笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「ううん、一応聞いてみただけ。私もナクラの言い分が正しいと思うから」

「そうか。ならよかった」

 

 適当にエリィと言葉を交わしていると、案の定というか何というか、セレンから鋭い視線が向けられるが千司はこれを無視。

 

 周囲を警戒するそぶりを見せつつ、思考を深める。

 

(さて、これでエリィちゃんの好感度はかなり稼げたか……多少苦労して条件を整えたかいがあったってもんだな)

 

 そう、昨夜モンスターに襲われた際、ロイアーたちとはぐれたのは千司の意図したことだった。薄暗い夜の森、降りしきる雨に加えて——異様に暗い闇(・・・・・・)

 

 千司は『偽装』を用いて視界を奪っていたのである。

 

 そうして仲間とはぐれ、適当な罠にかかったふりをして危機を演出し、マッチポンプでエリィの後悔を刺激した。

 

 彼女の過去に関して、千司はそのほとんどを知らないが、それでもイル・キャンドルという少年の死に関して酷く責任感を追っているということは容易に想像がつく。

 

 ならば『エリィ・エヴァンソンのせいで怪我を負った』という状況さえ作れば、その心に付け入る隙が生まれると判断したのである。

 

(まぁ、ゴブリンの攻撃で傷がつかなかった時は焦ったが……ブラックウルフの方は上手くいってよかった)

 

 落とし穴にはまった際、千司はエリィを守るためにゴブリンのナイフを手で受け止めた。しかしステータス差から傷を作るまでには至らなかったのだ。

 

 それに気付いた千司は二の腕に噛み付いていたブラックウルフを地面に叩き付け、その勢いを利用して牙を自らの腕に差し込んで傷を作り、洞窟へ移動するまでの間に、自身の剣で左掌に傷を作ったのだ。

 

(大変だったが……まぁ、上手くいってよかった)

 

 ちらりと隣を歩くエリィを見やると、ばっちり視線が交差する。

 

 しかし彼女は慌てた様子で顔を逸らすと、手にしていた方位磁石に視線を落とした。

 

「ろ、ロイアー。もう少し右です」

「りょーかい」

 

 間延びした返事を口にして指示通りに歩き始めるロイアー。その間もエリィを観察していると、またもや視線が交差——エリィは上目遣いに千司を見つめると、呟く。

 

「なに?」

「いや、なんでも」

「……そう」

 

 そう言って、肘で小突いて来るエリィ。

 

「どうした?」

「別に、なんでも」

「そうか」

 

 そんな何でもないやり取りを繰り返しながら歩く千司とエリィ。

 

 傍から見ればいちゃつくカップル以外の何物でもないそれを、セレンは不機嫌そうに見つめ——そして、能面のような表情でアイリーンが睥睨しているのであった。

 

 

  §

 

 

 それからも森の中を歩くこと数時間。

 朝のうちにまとめて作っておいた昼食を口にしながら森の中を進み、太陽が傾き始めてきた頃——先頭を歩いていたロイアーが口を開いた。

 

「どうやら、到着したみたいだぜぇ~」

 

 口元に笑みを湛える彼の視線の先、そこは森が開けており——目的地である『遺跡』の光景が広がっていた。

 

 千司の第一印象は事前に聞かされていた通り遺跡と言うより廃墟であった。

 

 石造りの家々がいくつか並び、ひび割れた道路には雑草が生い茂っている。道路は長く続いており、その先を辿れば小高い丘の上に他の建物より二回りほど大きな建物が見えた。

 

「予定より早く到着できたみたい」

「エリィの道案内のおかげだな」

「ナクラがモンスターを倒してくれたおかげ」

 

 二人で笑い合っていると、辟易した様子のロイアーが割り込んでくる。

 

「おぉい、二人だけの空間作ってんじゃあねぇよ、ったく」

「べ、別にそんな空気……」

 

 もごもごと口ごもるエリィ。

 ロイアーはそんな彼女に苦笑を浮かべつつ、周囲を見渡して感嘆の息を吐いた。

 

「……にしても、想像以上にすげぇなぁ~。廃墟好きとしては堪らねぇぜぇ、おい」

「作られたのは今から千年以上前、かつては古代エルフが住んでいたと言われている」

 

 解説するエリィに千司は小首を傾げる。

 

「古代エルフ?」

「そう。何でも古代魔法という今は誰も使えない古い魔法を使っていたと言われている」

「なるほどな」

 

(話から察するに、ロベルタなら色々と知っていそうだな。以前古い魔法がどうとか言っていた気もするし。案外あののじゃロリエルフの故郷だったりするのかもな……)

 

 近いうちに話し合いの場を設けるつもりなので、その際にでも聞いてみようなどと考えていると、不意に建物の陰からオークが飛び出してきた。

 

 以前王都で討伐した個体より一回り大きな体躯に、巨大な棍棒。殺意に溢れた視線が千司たちを射抜く。

 

 完全に虚を突いた奇襲。

 

 しかし——。

 

「全員俺の後ろに下がれ!」

 

 即座に反応したロイアーが盾を構え、振り下ろされた棍棒を受け流す。地面がひび割れ破砕音が反響、それだけで今の一撃がかなりの威力だと推察できる。

 

 が、それだけ。

 

 攻撃をいなされ隙だらけのオークに千司とセレンが突撃。瞬きの間に彼我の差を埋めると、息の合った動きで両腕を切断。返す一撃で千司が心臓を、セレンが喉を貫いた。

 

 オークは雄たけびを上げる事すら敵わずに事切れる。

 

 剣に付着した血を切り払う千司とセレンに、アイリーンが近付き冷静に告げた。

 

「今の戦闘音を聞いて、モンスターが近付いてきます。どうなさいますか?」

 

 それを受けパーティーの面々をぐるりと見やると、誰も彼もやる気に満ちた表情を浮かべていた。

 

 昨夜の戦闘や移動の疲労はそこまでないらしい。

 或いは新天地での戦闘に心を躍らせているのか。

 

「まぁ、今夜寝る場所も確保しなきゃいけないしな……やるぞ」

「りょーかいだ。防御は俺に任せなぁ~」

「うふふ、そうおっしゃると思っておりました」

「援護は任せて」

 

 ロイアーは盾を構え、アイリーンはナイフを手にし、エリィは杖を構え——遺跡に生息するモンスターとの戦闘が始まった。

 

 全員が迫りくるモンスターに視線を向ける中、セレンだけが千司のことをじっと見つめているのであった。

 

 

  §

 

 

 襲い掛かってくるモンスターはゴブリンやオーク、ブラックウルフなど見たことのある物もいれば、岩に擬態したスライムや、挙句の果てには物理攻撃が通用しないゴーストなるモンスターまで出現した。

 

 剣を振っても当たらず、逆にゴーストは触れようと近付いてくる。

 

 曰く、触れると『呪詛』を流し込まれるのだとか。

 

 魔法と同じく、この世界特有の不思議現象。

 呪詛を受けると苦しみの果てに命を落とす。

 

 そんなゴーストの一撃が、千司の鼻先をかすめる。

 

 ゴーストと同時に数匹のオークを相手にしていた為、反応が遅れたのである。

 

 触れたか触れてないかの曖昧な一撃は、されど途端に押し寄せる不快感を考えるに、どうやら触られたらしい。

 

「ナクラぁ~大丈夫かぁ!?」

「対策はしている! 問題ない!」

 

 呪詛は流し込まれると確定で死に至るが、対呪詛の装備で容易に対策できる。当然千司は常日頃から身に着けていた。

 

 心配するロイアーに千司は対呪詛のブレスレットを見せつつ、ゴーストから距離を取り——瞬間、エリィのファイア・ボールがゴーストに直撃。

 

 一撃で葬ってしまった。

 

(この程度の魔法で一撃なら……せつなでも問題なさそうだな)

 

 などと考えながら戦い続け――最後のオークを切り殺したところでモンスターの襲撃は収まった。まだ遺跡内には多く生息しているだろうが、周辺のモンスターは狩り尽くしたとみていいだろう。

 

 感想としては王都周辺より手強い物の、苦戦するほどの相手は居なかった。

 

「さて、それじゃそろそろ夕食にするか」

 

 ひと段落着いた現在は、すでに日も落ちて夜の帳が下りていた。

 

 昨夜は分厚い雲に覆われて伺う事の出来なかった蒼い月が空で輝いている。月明りが強いおかげか、夜にも関わらずかなり見通しが良かった。

 

 千司たちは適当な建物を間借りし、ロイアー特製の夕食を腹に入れると見張りを決めて就寝の準備に取り掛かる。

 

 昨夜決めた見張りの順番からすれば本日はエリィからになるのだが——。

 

「……っ、大丈夫。寝てない」

 

 ぐらぐらと舟を漕いではそんなことを口にする彼女に、まさか見張りを任せるわけにもいかないので、エリィを飛ばしてセレンに最初の見張りを頼むことになった。

 

「ごめん、セレン」

「構わない。貴公はゆっくり休んでいるといい。……あっ、そっちじゃなくこっちでだ」

「?」

「いいから、こちらに来い」

 

 そう言って千司の隣で寝ようとしていたエリィを自身の側に手招くセレン。相変わらずの信用の無さに辟易するが、こればっかりはどうしようもないので特に何も言うことなく、千司は瞼を下ろす。

 

「……なぁ、ナクラ」

 

 ふと、エリィに変わって隣に腰掛けたロイアーが話しかけてくる。

 

「なんだ?」

「……ナクラは……あー、いや。やっぱ何でもねぇ」

「気になるだろうが」

「気にするな。……おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

 そうして、千司は目を瞑って身体を休めるのだった。

 

 

  §

 

 

 セレンは一人、蒼い月を見上げていた。

 心地いい風が頬を撫でる。

 

 自身の背後からは、ここ数日行動を共にしている仲間たちの寝息が聞こえてくる。

 

 そんな中、無意識のうちに視線が向かった先には千司の姿。

 

(……貴公は何故、愚かしい道を歩むのか)

 

 苛立ちと不快感が積もり、失望が重ねられる。

 次いで視線を向けたのは、蒼い魔女っ娘。

 

(何故、貴公はあの男を信用するのか)

 

 昨夜、何があったのかは知らない。

 身体を重ねたのか、それとも本当にただ言葉を重ねるうちに信頼が強まったのか、それを知る方法はない。

 

 だが、それでもセレンの胸の中では千司に対するいら立ちが加速する。

 

「……はぁ」

 

 勇者に対して何を考えているのかとセレンは溜息。

 

 正直、千司のことは嫌いだ。

 この先も、好きになることはない。

 

 奈倉千司と言う少年が、性愛に染まり続ける限り、自身が彼を許容することはないと、セレンは思う。

 

(……掃き溜めの外には、また別の掃き溜めが待っていた。私の光は——どこにあるのか)

 

 思考を断ち切るように、あるいは光を求めるように、セレンは青い月を見上げる。

 

「……と、そろそろ交代の時間か」

 

 セレンはロイアーを起こして交代すると、千司からは距離を取り、仲良さそうに身を寄せるエリィとアイリーンの側に身体を横たえた。

 

(……エリィと奈倉千司も仲良くなったが、この二人もかなり距離が縮まっているな。いや、彼女らだけじゃない。私以外は皆、それなりに心の距離を縮めている)

 

 自身だけがどこか仲間に入り切れていない。

 

 それはセレンが千司のことを信用しておらず、そんな彼が集めた面子だからなのだが、そのことにセレンは気付かない。

 

(まぁ、いい。今は寝よう。少なくとも、明日もまた戦いはあるのだから)

 そうして目を瞑り、セレンは意識を手放す。

 

 手放して、眠りにつき——次の瞬間、剣戟(・・)の音で目が覚めた。

 

 何事かと一瞬で意識が覚醒したセレンは即座に周囲を見渡し——千司の側に漆黒の装束に身を包んだ謎の人物を見つけた。

 

 男の手には刀身まで真っ黒なナイフが握られており、これを千司が真正面から剣で防いでいたのだ。

 

(……なんで)

 

 セレンは困惑した。

 

 襲撃された。

 それは理解できる。

 

 ただ、何故その装束(・・)なのか。

 その服装を、セレンは知っていた。

 

 されど、思考の暇は与えられない。

 

 黒装束のナイフをはじいた千司は、剣を構えながら声を張り上げる。

 

「起きろ――襲撃だッ!」

 

 そして二日連続となる夜戦が始まった。 

 今度はモンスターではなく、人と人との戦闘である。

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