クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第34話 セレン

 次第に呼吸が荒くなるのを、セレンは自覚していた。

 

 目の前ではロイアー目掛けてアイリーンがナイフを振るい、エリィが魔法を差し込む。全ては勇者である奈倉千司を助けるために。

 

 それは本来セレンの仕事だというのに——しかしその身体は動く気配を見せない。

 

(……そんな、馬鹿な)

 

 セレンの脳内を反芻していたのは、ロイアーが発した言葉。

 

『だから、奈倉千司に手を出すと?』

 

 それはここ数日、魚の小骨のように喉に刺さり続けていた違和感。王宮でライザから告げられた言葉を彷彿とさせるものだった。

 

『何があっても奈倉千司に手を出させてはいけませんし』

『奈倉千司に何があっても手を出してはいけませんよ』

 

 と。

 

(まさか、王女はこのことを知っていたのか? 知っていて、私に手を出すなとそう伝えたのか? ……いや、有り得ない。だって奈倉千司は勇者だ。人類を救う存在だ。人間性に多少問題はあるが、それでも殺すなどと言うことは——)

 

 ぎゅっと唇を噛み締めながら否定しようとするセレン。

 

 しかしその可能性を否定しようとすればするほど、肯定する材料が次々に湧き上がって来る。

 

(なら、先程のロイアーの言葉はどうなる? 偶然であんな台詞が口にできるのか? それこそ有り得ないだろ。それに、王女は一言一句すべて忘れるなとも言っていた。それはつまり、あの言葉に何かしらの意味があったということ)

 

 ライザが無意味にそんなことをするとは思えない。

 

(それに……もし王女がこの状況を望んでいたと仮定すれば、護衛に私が選ばれた理由にも納得がいく)

 

 それは、セレンが——敬虔なへリスト教の信者であるセレンが、奈倉千司の護衛に選ばれたわけ。

 

 護衛として用意するなら、まず千司より強者であることが必須条件。騎士の中で千司より圧倒的に格上なのは、セレン、リニュ、そしてオーウェンの三人。

 

(上級勇者の護衛で留守のオーウェンはともかく、早朝訓練で奈倉千司と交流の深い剣聖様より、彼を毛嫌いする私が選ばれた理由——それは、奈倉千司の悪癖(不誠実さ)を憂いてのことではなく、いざという時に見捨てる判断が出来る(・・・・・・・・・・)者を選んだのだとすれば——嗚呼、これ以上なく納得できてしまう)

 

 セレンの中にあった小さな違和感が、線となって結びついていく。

 それでも――。

 

(……だが、そんなはずはない。偶然だ。全て出来の悪い三文小説が如く、質の悪い偶然が重なっているだけだ。そうじゃなければ、王女が——人類を守ろうとする王女が、守り手である勇者を殺す理由など――)

 

 と、考えて、思い至ってしまう。

 

 勇者を殺す理由——否、殺さねばならない勇者(・・)の存在に。

 

(まさか王女は、奈倉千司を『裏切り者』と断じたのか? ……おそらく証拠はないだろう。証拠があれば王女はそれをもって堂々と極刑にしている。つまり、分からないからこそ、王女は殺そうとした)

 

 そこまでたどり着き、セレンは納得してしまった。

 

 奈倉千司が『裏切り者』かどうかは分からない。ただ、勇者の中で最も『裏切り者』であって欲しくない人物。それこそが、奈倉千司であると——セレン自身も思ってしまった。

 

 だから念のために殺しておく。

 裏切り者かどうかは分からないが、殺しておく。

 有能だが殺しておく。

 多少周りに影響は生まれるが、殺しておく。

 

 その為の、現状である。

 

 セレンは、知っていた。

 

 ライザ・アシュートという少女が、用心深い性格をしていることを。確証もなく、ただ不安だからという理由だけで、容易に人を切り捨てることが出来る人間だと。

 

(間違いない。王女は、奈倉千司を殺そうとしている)

 

 王国が殺したと言えば、勇者の信頼が失われる。

 だから第三者を利用して、殺害することを決めたのだ。

 

「……」

 

 ならばセレンの仕事はそれに従うのみ。王女のために動き、王女の命令に従い、粛々と任務をこなすことこそが、王国にその身をささげた自身の役目である。

 

 ——だというのに、セレンは絞り出すように呟いていた。

 

「……っ、何故」

 

 剣を握る手は無意識に震え、千司も、ロイアーもアイリーンもエリィも、誰も視界に納められない。目の前の現実を直視できずに、じっと地面を見つめている。

 

(何故、私はこんなにも怯えて(・・・)いる?)

 

 普段なら、何も思わなかった。結論に至ったのなら、仕事をこなすだけ。それ以上でもそれ以下でもない。命じられたままに動くのがセレンであり、彼女自身もそれでいいと思っていた。

 

 なのに、胸中を支配するのは言いようのない不安。

 これ以上、考える必要はないというのに、頭は不安を取り除こうと回転を始める。

 

(……本当に? 本当にこれが王女の真意なのか? もしかしたら私の勘違いかもしれない。そうしたら取り返しがつかない。だから、助けなきゃいけない、かもしれない。だが、それも違うかもしれない)

 

 ぐるぐるぐるぐる。普段ならとっくにキャパオーバーとなっているはずなのに、セレンの頭は現実から逃げるために思考を加速させる。

 

 そうして立ち止まっている間も、戦闘は続く。

 

「エリィさん! もう一度行きます!」

「うん……っ『ファイア・ボール』!!」

 

 エリィの火球がロイアーへと飛翔。彼は盾で受け止め黒煙が舞う。その中をアイリーンが気配を消して近付くも、ロイアーは千司の背中を踏みつけながら大剣を横に薙いだ。

 

 細身のアイリーンにとってその一撃は致命傷となり得る。大剣を回避して千司を回収しようにも、踏みつけられているのでは手が出ない。

 

 剣を避けたアイリーンがセレンの近くに着地する。

 

「セレンさん! いい加減に力を貸してください! ナクラさんは貴女の仲間じゃなかったんですか!?」

「……っ」

 

 仲間。

 その言葉が心を締め付ける。

 

 次いで後方から杖を構えたエリィの声が響く。

 

「セレンっ! このままじゃナクラが死んじゃう! 助けてっ!」

「……っ」

 

 思わず振り向くと、そこには目尻に涙を溜めながら焦った表情のエリィ。

 

 セレンの呼吸が荒くなる。肩が上下し、足元がおぼつかない。剣の切っ先は震え、頭の中が真っ白になる。

 

 そんな彼女に、ロイアーは語る。

 

「おっと、動かないでくださいね。セレン団長。もし貴女がまだ迷っているのなら……教えて差し上げましょう。その通り(・・・・)、だと。貴女の推測も、考えも全てが正しい。それが上の意思です。——なので、動かないでください」

「……ぁ」

 

 これで、偶然の可能性がセレンの脳内から消える。

 

(そうだ、これは必然だ。だからこれでいい。これでいいはず、なのに――)

 

 不安はぬぐえない。

 何故と小首を傾げて、セレンは思った。

 思ってしまった。

 

 ――ライザが、間違えている可能性。

 

(……っ!? 何を考えている!? ダメだ、ダメだダメだダメだ! 考えるな! これ以上考えちゃダメだ! いつもはこんなに考えないじゃないか! 疑うな! 王女を疑うな! 仮に奈倉千司が『裏切り者』ではなかったとしても、王女が殺していいと判断したならそれでいい! それが正しい! ——信じろ! あの日、私を救ってくれた王女を!)

 

 思い出すは幼少の頃。

 掃き溜めの世界から、自身を見つけてくれた一人の少女のこと。

 

 かつてのセレンは無力だった。力はあるのに怯えて、誰かが助けてくれるのを願って、まるで雛鳥が餌を欲するかの如く口を開けて待つだけだった。そんなセレンを、見つけて助けてくれたのが、ライザだった。

 

(そうだ、あの人は聡明だ。私なんかより何百倍も頭が良くて、それが万事うまくいく。無知蒙昧な私を無条件に導いてくれる()で、掃きだめの中を彷徨うだけだった私に、歩き方を教えてくれる、()で——)

 

 にこりと微笑むプラチナブロンドの少女が脳裏に過る。

 彼女は優しく手を伸ばし、導いてくれる。

 

(結局、掃き溜めの外も掃き溜めだった。そんな中でも、ライザ王女は道を示してくれる。だから私は信じる。信じられる。あの人しか信じられない。それでいいし、それだけでいいんはず——なのに)

 

 必死になって千司を助けようとするアイリーンとエリィ。

 その横顔を見ていると、胸が痛む。

 

 セレンは千司に視線を向けようとして——直前で意識的に目を逸らす。見つめるのは足元の地面。見てはいけないと、直感した。

 

(今の私はおかしい……きっと、思っていたよりこの旅が楽しかったからだ)

 

 ずっと仕事だった。孤児のところを拾われ、へリスト教の孤児院に入り、才能を認められ騎士になった。ずっと、ずっとずっと仕事をしてきた。安らぐ時間などない。訓練か、気を張り続けるかの二択。

 

 だというのに、ここ数日は楽しかった。

 

 奈倉千司の護衛という任務ではあるが、普段関わることのない者たちと交流を深めた。奈倉千司の人間性は嫌いだし、彼がエリィやアイリーンと交流を深めるたびに嫌悪感に苛まれた。

 

 そして、セレンは感情をありのまま出して言い合い、エリィに注意するように呼び掛けて、そこをロイアーやアイリーンに窘められる。

 

 そんな何気ない交流を重ねた。

 

 誰もセレンのことを騎士団長として見ない。

 知らなかった世界を、気の合う仲間と旅をする。

 

 それが思っていたよりも、心地よかったのだ。

 

 そして、知らない世界を知ったセレンは少しだけ成長した。成長してしまった。ライザの想定より、ほんのわずか――自らで考えることを知ってしまった。

 

(……っ、ダメだ! このままじゃ私は間違ってしまう! 今この場に居てはいけない! ダメだダメだダメだっ!!)

 

 セレンは一歩後退る。

 逃げるように。

 アイリーンが横目に見つめて目を伏せる。

 

 セレンは一歩後退る。

 逃げるように。

 エリィの表情が失望に染まる。

 

 セレンは一歩後退る。

 逃げるように。

 ロイアーの口元が弧を描く。

 

 セレンは、一歩後退る。

 逃げるように。

 

 その瞬間——声が響いた。

 

「セレン!!」

「……っ!?」

 

 聞き覚えのある声に目を向けると、息も絶え絶えな千司と視線が交差する。

 彼はまっすぐセレンを見つめ、吠えた。

 

「正直、俺はお前が何に悩んでるのか分からん! だが、この状況で動かないってことは、何か理由があるんだろ!?」

「……っ」

「なら……っ、はぁ、はぁ、もうそれでいい! 見殺しにしてくれて構わない! けど、お前は馬鹿だけどいい奴だと思うから——俺が死んだら頼むぞ!?」

 

 千司の行動に、ロイアーがその口を閉ざそうと動く。

 

「この……ッ、少し黙りなさいっ!」

「よそ見をする余裕なんてあるのですか?」

「くそ……いい加減邪魔ですね、アイリーンッ!!」

 

 隙を突いてロイアーに接近したアイリーンは、そのまま猛襲を仕掛ける。大剣を振り回せない間合いに入り、高速でナイフを振るう。ロイアーは盾と剣で防ぐので手一杯。

 

 そうして生まれた余裕に、千司は再度口を開いた。

 

「いいか、次のリーダーは猫屋敷だ! サポートは辻本! せつなたちはしばらく立ち直れないかもしれんが、あいつらは強い! だから、リニュにも根気強く鍛え続けてもらうように言っといてくれ!」

「……そ、んな」

 

 脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべる千司。呪詛は死に近づくほどその苦痛が増す。セレンとて、それで発狂する人間を何人も見て来た。同時に、こんな死に方はしたくないと、思い続けて来た。

 

 そんな果てで、されど目の前の少年は仲間を想う。

 

「頼むぞ、セレン! はぁ、はぁ……っ、もう、これ以上誰も死なせるなよ!? 俺を殺したいなら、それでいい! だが、これを最後にしてくれ! あいつらを誰一人、死なせるな!! それだけが、俺の願いだ!」

「……」

「これ以上、誰一人欠けることなく……あいつらを元の世界に——!!」

 

 それは、強い意志の籠った瞳だった。

 

 泥にまみれ、絶望の淵で、掃き溜めのような現実に晒されながらも、それでも足掻き、進み続けようとする意志の瞳。掃き溜めの中で歩き方を示してくれたライザとは違う。

 

 最期まで抗って、掃き溜めから抜け出そうとする――強い()

 

(……あぁ)

 

 セレンはその場に立ち止まる。

 抗う様に。

 そして、震えの止まった剣先をロイアーへ向けた。

 

「……もういい」

「あ?」

 

 セレンの言葉に、全員の視線が集まる。

 一瞬の静寂の後、彼女は千司をまっすぐに見つめながら告げた。

 

「貴公は——奈倉千司は死なせない。へリスト教徒でも、王国騎士でもない。掃き溜めの中を藻掻く私が、貴公を守る。——だから貴公は、私の光になってくれ」

 

 そう言うと、セレンはロイアーに切りかかる。

 

「愚かなッ!」

 

 ロイアーは鋭い剣筋を盾で受け流すと同時に、千司の首根っこを掴んで大きく後退。

 

「……奈倉千司、待っていろ。すぐに助け出してやる」

「……期待してます」

 

 短く交わされた千司とセレンの会話に、ロイアーは苛立ち混じりに吐き捨てる。

 

「セレン団長、まさか逆らうのですか? 分かっているのでしょう?」

 

 セレンは一度瞑目すると、口端を持ち上げながら肩をすくめて見せた。

 

「さて、何のことだかな。私はそこの男曰く馬鹿なもので、難しいことはよくわからん。ただ、そんな私でも与えられた命令ぐらいは分かる。それは——勇者、奈倉千司の護衛だ」

「……っ、これだから馬鹿は救い難い。何もするなという命令すら守れぬのだから……ッ!」

 

 顔を顰めるロイアーを横目に、セレンの隣にアイリーンが降り立つ。その後方では杖を構えるエリィ。両者とも明るい表情でセレンを見つめていた。

 

「行けますか、セレンさん」

「あぁ……遅くなった」

「ほんと。ナクラを助けたら、事情を聴いたうえで説教するから」

「それは怖いな……まぁ、何はともあれ、さっさと終わらせるとしよう」

 

 アイリーンはナイフを、エリィは杖を、そしてセレンは剣を構え――戦闘を開始するのだった。

 

 

  §

 

 

 セレンが加わり、戦況が徐々に変化を見せる中、千司は一人考えていた。

 

(ん~、よく分からんが、予想以上にセレンの好感度を稼げた予感)

 

 セレンが動かなくなった際、千司は冷静に彼女を観察していた。この状況の裏に居るものは何者なのか、その正体をセレンは知っているのか、そして彼女はどのような判断を下すのか、と。

 

 結果、指示したのはヘリスト教の上層部、或いはライザだろうと推測。セレンはそのことに思い至ったからこそ、動けなくなっているのだろう。

 

 あとは、彼女がどのような判断を下すのか。場合によっては早期退場も視野に入れ、今後の接し方を変えるつもりだったが——しかし千司の目に映ったのは葛藤する女騎士の姿だった。

 

(おそらくセレンは自身の上司がこの状況を望んでいると気付いている。それでも迷っているという事は……)

 

 想像していたよりも、セレンという人間は正義感に溢れ、人情深い性格をしているという事なのだろう。

 

(無能で使い道などないと思ってたが、なるほど。そっち(・・・)の使い道があったかぁ~)

 

 故に千司は声を張り上げ、心にもない言葉を口にした。

 セレンの正義感を刺激するように。

 奈倉千司という人間の好感度を、上げる為だけに。

 

 結果としてセレンは立ち直り、千司を見つめて告げた。

 

「貴公は——奈倉千司は死なせない。へリスト教徒でも、王国騎士でもない。掃き溜めの中を藻掻く私が、貴公を守る。——だから貴公は、私の光になってくれ」

 

(意味わかんねーよ馬鹿女。自分一人で完結するな)

 

 しかし、何はともあれセレンの好感度を上げることには成功。

 状況としても、あとはロイアーを倒して大団円と言ったところである。

 

 セレンとアイリーンの攻撃を左手の盾と右手の大剣で何とか捌くロイアーを睥睨しながら、千司は呑気にそんなことを考えていた。

 

 そこに焦りは欠片もない。

 

 ロイアーに騙され、呪詛を流し込まれ、余命いくばくかもわからない状況でありながら、千司は冷静に状況の観察を続けていた。

 

 理由は単純。

 

 千司の右手首、そこには黒い靄(・・・)に覆われた、対呪詛のブレスレットが嵌められているからである。

 

(想定より、上手くいったな)

 

 騙されるも何も、千司は最初からロイアーを信用していなかった。

 

(まぁ、俺の警戒を解く為だけに同僚を殺したのは上手いと思ったが)

 

 千司は出会った当初からロイアーを警戒していた。彼が作った料理は別の誰かが口を付けるまで手を出さなかったし、夜間ロイアーより早く就寝することも無かった。

 

 これに対し、ロイアーは襲撃者を準備し、それを共に撃破することで信用を得ようとした。実際、その程度で千司が警戒を解くはずもないが、敵ではないのかもしれないと思ったのは事実である。

 

(——が、あの時ロイアーはボロを出した)

 

 思い出すのは執行部の襲撃が終わった後の事。

 へリスト教が襲ってきた理由についてセレンを問い詰めた際、彼女はこう言った。

 

『すまない。それについても私は知らない。貴公を狙うなど(・・・・・・・)、一体なにを考えているのか。王都に戻り次第、聖女か司祭に問うておこう』

 

 これに対し、ロイアーは何も言わなかった。

 

 黒装束の狙いが(・・・・・・・)千司である(・・・・・)と、まだ判明していなかったにもかかわらず、彼は『奈倉千司が狙われた』というセレンの言葉に何の疑問も抱いていなかった。

 

 それはつまり、狙いがパーティーではなく千司一人だと知っている証拠であり、彼らとつながりがあるということ。

 

 だから千司は気付いた。

 

 ——(ロイアー)が、自分(裏切り者)と同じ動きをしていることに。

 

 相手は強者。正面からの殺害は困難。警戒心も強いため、仲間であることを演出して信用を得る。共に戦い、共に旅をし、時には命を懸けて守って信頼できる冒険者であることを印象付ける。

 

 その為に動いていると、理解した。

 理解したのなら、利用すればいい。

 

 警戒を解いたふりをして、誘導する。

 

 提供された料理に真っ先に口を付け、回収したオーガの大剣をロイアーの言葉に従い、彼に預けた。オーガとの激闘の末の油断を見せ、男だけのくだらない恋愛話に付き合って、心を許したように見せかけた。

 

 かつて、千司が夕凪飛鷹にそうしたように。

 

 そして、ロイアーは動いた。

 が、当然警戒を解いていない千司は対策を怠らない。

 

 自身のステータスを確認する。

 

 

―――――

 

状態異常:『狂気』倫理地に−1000の補正。

     『呪詛』体内浸蝕率7.9%

 

―――――

 

 

 本来100%に達することで死に至る呪詛。動けなくなるには最低でも40%は必要となるそれは、されど道具ひとつで対策できる。

 

 千司は対呪詛のブレスレットを外すふりをして、誘ったのだ。

 

(まぁ、呪詛で来るかどうかは半々だったが……これほどわかりやすい弱点もないしな)

 

 遺跡に到着した直後、千司はゴーストに触れられ呪詛を流し込まれた。その際、対呪詛の装備を所持していることをロイアーは確認している。通常、対呪詛の装備は一つで事足りるため、それを外した瞬間当人は完全なる無防備となる。

 

 故に、外したように――見せた。

 

 千司の視線の先。水浴びの際に脱いだ上の服の上には、黒い靄で『偽装』された対呪詛のブレスレットがあった。

 

「……っ、くそ!」

 

 不意にロイアーの愚痴が耳朶を打つ。

 

 視線を向けると、エリィの魔法を盾で受け止め、セレンの攻撃を大剣で逸らすロイアーの姿があった。両手はふさがっている物の、急所は上手く盾の陰に隠され、アイリーンは狙えない。

 

 故に、彼女は即座に身体を翻すと、身を低くして地面を滑るように移動。千司の服の上に遭ったブレスレットを手に取り、投げようとして——。

 

「……!?」

 

 一瞬、目を見開いた。

 しかし彼女は微かに口元を持ち上げると、投げる動作を行う。

 

(ナイス)

 

 千司は『偽装』を動かしてブレスレットを受け取った動きを見せると、即座に右手の『偽装』を解除。そのまま力を振り絞っている演技をしながら、跳ねるようにロイアーから距離を取る。

 

 対呪詛の道具はゆっくりと体内浸蝕率を抑えるため、身体の自由が利かない演技をしなければならないのだ。

 

 ロイアーから距離を取った千司は地面を転がろうとして——その前にアイリーンが優しく受け止める。

 

「うふふ。やっと助け出しました、ナクラさん」

「あぁ、ありがとう」

 

 それを受け、ロイアーは鍔迫り合いの体勢となっていたセレンから距離を取り、舌打ちを零す。

 

「チッ……まったく、どいつもこいつも」

「ロイアー、貴公の負けだ。大人しく投降しろ」

「負け? 何を言っているのでしょうか」

「……何だと?」

 

 油断なく剣の切っ先を向けるセレン。

 対するロイアーはぽりぽりと頬を掻き、溜息を溢す。

 

「私は殺人鬼ではありません」

「……いきなりなにを」

「なので、本当はセレン団長や他の方を殺したくはなかったのですが——こうなってしまっては、もうどうしようもありません」

「……っ、べらべらと減らず口を——ッ!」

 

 セレンは勢い良く踏み込むと、横一文字に切りつける。ロイアーは食らう直前で盾でガードし、しかし勢いに抗うことなくそのまま吹き飛ばされ——教会の窓を割って中に叩き込まれた。

 

 埃が舞い、静寂が降りる。

 

「……奈倉千司、どうする?」

 

 セレンの呼びかけに、千司はアイリーンに肩を貸してもらいながら立ち上がり、教会内へと視線をやった。そこは先ほどまでオーガと戦っていた礼拝堂。埃が待ってロイアーの姿は視認できない。

 

「今ので死んだとは思えませんし……見逃してもどうせ街に戻るまでに襲ってくるでしょう」

「同感だな。……なら、私が殺そう」

「俺も、戦います」

「だが……」

「大丈夫、ですよ。少しなら動けますので。適当に合わせるぐらいは出来ます」

「……わかった」

 

 セレンの首肯を確認すると、千司は脱ぎ捨てていた服を着て、剣を杖のようにしながら立ち上がる。すると、ちょこちょこと側に近寄って来た青い髪の魔女っ娘が、上目遣いに見つめてきた。

 

「ナクラ、ほんとに大丈夫?」

「あぁ、問題ない。エリィも、助けようと必死になってくれてありがとう。凄く嬉しかった」

「……っ、な、仲間、だから。……でも、あとで話は聞かせてね」

「もちろんだ」

 

 短く返事をすると、千司たちは教会の外周を回り、正面入り口に移動した。

 

 数も戦力も千司たちが上。

 

 なら、正面から戦闘を仕掛ける以外に選択肢はない。

 

「行くぞ――」

 

 そして千司たちは教会に足を踏み入れた。

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