クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第35話 勇者と騎士団長

 足を踏み入れた教会は、静寂と血の匂いで満ちていた。

 

 周囲には先刻殺し尽くしたモンスターの亡骸が散乱し、床に鮮血の絨毯を広げている。空中にはロイアーが叩き込まれた衝撃で舞い上がった埃が、窓から差し込む陽光を浴びて、キラキラと幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな教会の礼拝堂の最奥に、ロイアーは悠然と立っていた。

 

 ところどころ汚れた全身鎧に、身の丈以上の盾。右手には精緻な細工が施されたオーガの大剣を握りしめ、静かに、されど爛々とした瞳で千司たちを出迎える。

 

「一応、最終警告をしておきましょう。大人しく奈倉千司を渡すのなら、他の方を殺すことはありません。しかしそうでないのであれば、例え王国騎士であろうと死んでいただきます」

 

 強い殺意の籠った言葉であるが、足を止める者はいない。

 セレンが先頭を歩き、アイリーンと彼女に支えられた(演技をする)千司が続く。最後尾には僅かに緊張の面持ちを見せるエリィ。

 

「まさか貴公は本気で勝てると思っているのか?」

「えぇ、当然。なんの策もなく挑むほど、私は馬鹿ではありませんので」

「はっ、たかが策略如きで我々を相手にしようと言うのだから、充分に馬鹿だと思うがな」

 

 売り言葉に買い言葉。

 

 セレンが軽口をたたく間に、千司たちは戦闘態勢に着く。

 各々武器を構え、動きやすい位置へ。

 

 戦闘の形は基本的にこれまでと変わらない。セレンが正面から攻めて、アイリーンがその援護、エリィが後方から魔法で攻撃し、千司はエリィの護衛と、隙を見てセレンと共に攻撃を仕掛ける。

 

(さて、セレンの言う通り、余程の事が無ければ負ける事はないだろうが……やっぱ気になるのはあの剣だよなぁ~)

 

 ロイアーの右手に握られた一振りの剣を睥睨。

 凡その推測は出来るが、正体は掴めない。

 

(ま、正面から戦うのはセレンだし、ゆっくり観察するか)

 

 まだセレンには死んで欲しくないので出来る限り助けるが、それでも最悪は回避できる。そんな最低な思考を巡らせている間も、セレンとロイアーは言葉を交わす。

 

「まさかセレン団長に馬鹿だと言われる日が来るとは……末代までの恥ですね」

「ならば安心しろ。その場合、貴公が末代だ――ッ!」

 

 意気込むと同時、先に動いたのはセレン。

 彼女は強く踏み込むと一息にロイアーへと駆けだす。

 

 アイリーンもタイミングを合わせるように大きく跳躍して礼拝堂の中を移動。三次元的な動きでロイアーの背後を狙いに行く。

 

 千司の隣では杖を構えたエリィが魔法を行使。

 

「私も……『ウィンド・スラッシュ』!!」

 

 帽子が飛ばされないように手で押さえながら、彼女は風の刃を射出する。

 

 これらの攻撃に対し、しかしロイアーは欠片も焦りを見せない。それどころか正面に構えていた盾を横に逸らしたかと思う、オーガの大剣を床に突き刺した。

 

「言ったでしょう? 私は守るのが得意なのだと。——咲け」

 

 瞬間、大剣の柄が淡い緑色に発光。

 光はそのまま床へと放射状に延びていく。

 

 これに真っ先に反応したのはアイリーンだった。

 

「……っ、ナクラさん! 下です!」

 

 彼女の声が耳朶を打つのと同時、唐突に地響きが起こり——床の石材を砕いて巨大な()が姿を見せた。直径にして三メートルほど。まるで意思を持つかのごとくうねうねと蠢いている。その数は三本。

 

「叩き潰せ」

 

 ロイアーの呟きに呼応するかの如く、蔦は千司たちに迫る。一本は天井を駆け抜けていたアイリーンの下へ。もう一本はロイアーへと迫るセレンの下へ。そして最後の一本は千司とエリィの下へ。

 

 教会の石材を容易に砕いたことから、凄まじい破壊力を有していることは想像に難くない。

 

「エリィ!!」

 

 千司は華奢なエリィの身体を抱き寄せると、構えていた剣の刀身を寝かせて滑らせるように受け流して何とか弾く。

 

「奈倉千司! エリィ! 二人とも無事か!?」

 

 何とか蔦の一撃をしのいだところに、すかさずセレンが駆け寄ってきた。彼女も無事に回避したのか外傷は見当たらない。次いで周囲を見渡すと、少し離れた場所に、当然の如く無傷のアイリーンを発見した。

 

「セレン、あれが何かわかるか?」

「いや――ただ、あの剣の魔道具の力であることは間違いないだろう」

 

 セレンの視線の先、そこには地面に突き刺さったままのオーガの大剣があった。周りには小さな蔦が巻き付いており、床まで伸びて根を張っている。

 

(……やはり魔道具だったか)

 

 ロベルタの遺産をはじめとする、この世界特有の道具。千司たちが召喚された日、王宮にてステータスチェックに用いられた水晶や、冒険者ギルドで発行される冒険者証明書も魔導具に該当する。

 

(当然、攻撃寄りの道具もあるよな)

 

 千司たちが見つめる先では巨大な蔦で自身を守るように覆うロイアーの姿。

 

 それを見て、千司はふと既視感を覚えた。何だろうかと思考し——かつてダンジョンの十階層で戦ったアナスタシアを思い出す。

 

(そう言えば、あのボスも蔦を使っていたな)

 

 眼前の物とは大きさも量も異なるが、植物を利用して戦っていた。

 

(と成れば、必然的に攻略法も似通るか)

 

 千司はエリィの耳元に口を近付けると、囁く。

 

「火属性の魔法はどこまで使える?」

「初級ならすぐに、中級は詠唱を挟めば。ただ、どちらにしても魔力はそこまで残ってない」

「充分だ。合図を出すから中級の準備を頼む」

「わかった」

「それから――」

 

 と言いかけたところで、千司は気付く。

 ロイアーの周りに集まる蔦の根元に巨大な()ができていることに。

 

(怪しさしか感じねぇ~。蔦を出しておきながら攻撃してこないからおかしいとは思ったが、明らかに何か狙ってんなぁ~。あの剣を使う時にも『咲け』とか言ってたし——)

 

 冷静に状況を分析していると、ようやく合流したアイリーンが亜麻色の髪を揺らしながら口を開いた。

 

「ナクラさん。急いだほうが良さそうです。あの蕾の形状を見て確信しましたが、あの魔道具は『エスパラベヒモスの神経毒』です」

 

(え、えす? なに?)

 

 困惑する千司をよそに、目を見開いて素っ頓狂な声を上げたのはセレンだった。

 

「『エスパラベヒモスの神経毒』だと!? あれが……っ、くそ! ロイアーめ、また厄介な物を持ち出したものだ――ッ!」

「待て待て、二人だけで納得するな。俺にも分かるように説明しろ」

「あぁ、だからつまり、その、えっと、あの……」

 

 説明を求めた瞬間、いつもの馬鹿モードに戻ってあうあうと呟くセレン。無能ここに極まれりと判断した千司は即座にアイリーンへと視線を移す。

 

「『エスパラベヒモスの神経毒』とはあの魔導具の名前です。その能力は、自在に操ることのできる巨大な蔦と、名前の由来となった強力な神経毒。あの蕾が咲いた時、強力な神経毒が周囲に散布され、吸った者はたちまち呼吸困難となって死に至ります」

「……解毒法は?」

「ヘリスト教が解毒薬を販売していたはずですが、あの男が人数分持っているとは思えませんね」

「私もアイリーンの言葉に同意だな。……だが、よく知っていたな。あれはヘリスト教が保有する魔導具のひとつなのだが、それを知る者は少ないはず……」

 

 小首を傾げるセレン。

 事実、剣や蔦を見て気付かなかった辺り、セレンも目にするのは初めてなのだろう。これに対しアイリーンは、いつもの笑みを浮かべて答える。

 

「うふふ……以前、へリスト教の方と知り合う機会がございまして。その方から伺ったのですよ」

「なるほど、そうだったか!」

 

 疑う事を知らない純粋な少女の如く納得を示すセレン。

 そんな彼女を横目に、千司はアイリーンの話をまとめる。

 

 つまるところ『エスパラベヒモスの神経毒』とは時限爆弾のようなものなのだろう。蕾が咲いた瞬間、使用者の勝利が確定する。それまでの間は自在に操ることのできる太い蔦を用いて迎撃すればいい。

 

 否——ロイアーの言葉を加味して言い換えるのなら『守り切る』が適当か。

 

(守るのが得意なロイアーくんらしい武器という訳か。そういうの嫌いじゃないよ。それに……あぁ、是非とも欲しいな)

 

 問答無用で人を殺す神経毒を撒き散らす魔導具。街中で使えばどうなるだろうか。

 

 きっとそこは美しくも儚い、阿鼻叫喚の地獄絵図と化すことだろう。

 

 素晴らしい。特にその引き金をセレン辺りにでも引かせたら、彼女の苦悩は極上の悦楽を千司にもたらす。

 

 千司はどこぞの殺人鬼と違って、殺すことに執着はない。ただそれが最も人を苦しめるだけで。

 

(虐殺兵器も要は使い方次第。人を殺す以外にも面白い使い道はたくさんある。それに、戦力増強のために回収しておいて損はないだろう)

 

 新しいおもちゃを前に、千司は胸中で笑みを浮かべた。

 もちろん表情は真剣な様相を演じ、声色も取り繕ってセレンたちと言葉を交わす。

 

「それで、開花まではあとどれくらいだ?」

「五分もないでしょうね。それまでに使用者を殺さないと、辺り一帯は神経毒の汚染区域です」

「結局、やることは変わらないって訳か。……なら、次は俺も出る。アイリーン、エリィのことは任せる」

「はい、お任せください」

 

 ニッコリ笑みを浮かべて首肯を返したアイリーンは、エリィの前でしゃがんで背中を向ける。乗れと言わんばかりに。

 

「……え?」

「どうぞ」

「あの……」

「これが勝つのに一番有用な方法ですので」

「……でも」

「……」

「……はぁ」

 

 エリィは渋い表情を見せつつも、最終的にはアイリーンの背中へ。

 そんなやり取りを眺めていると、セレンが声を掛けて来る。

 

「奈倉千司。貴公も出ると言っていたが……身体の方は大丈夫なのか?」

「正直に言うと、今すぐ休みたいぐらいだが……まぁ、それを言い訳に出来る状況でもないからな。命ある限り全力で戦うだけだ」

 

 適当に格好をつけて語る千司。エリィの好感度を稼げたら上々と考えての言葉だったが、一番顕著に反応を示したのは眼前の女騎士だった。

 

 彼女は目を丸くして千司を見つめると、口元に優しい笑みを浮かべながら肘で小突く。

 

「なんだ?」

「ふっ、なに。そうやって抗ってこそ、貴公だと思ってな。私は相も変わらず貴公のことが嫌いだが、そういう性格は好ましく思う」

「そうかい。……まぁ、何はともあれ、さっさと終わらせるとしようか」

 

 そう言って、千司はロイアーを睥睨。

 ただ時間が過ぎるのを待てばいいだけの彼は、その場から動かない。

 動かずに、ただジッと鎧の兜の下から鋭い視線を向けて来る。

 

 彼は口を開く。

 

「……無駄な足掻きは推奨しませんよ」

「安心しろ。無駄なことなど何もない」

「戯言を——なら来るといい。守り切ってみせますので」

「言われなくても行ってやるよ。攻め切ってやる」

 

 短く言葉を交わした後、千司はセレンと目配せして——同時に駆けだした。ワンテンポ遅れてエリィを背負ったアイリーンも動き出す。オーガ戦の時にも見せた合体技で、教会内を駆け巡る。

 

 そんな千司たちに、ロイアーは蔦を操作。

 千司とセレンに二本、アイリーンとエリィの下へ一本。

 

(アイツなら問題ないだろ。それよりも俺は目の前の対処を——と)

 

 千司とセレンは走る速度を一切緩めることなく剣を構えると、迫りくる蔦を腹で受け流し、弾いた。相手の威力を利用した受け流しは、先ほど同様充分に機能するが——今回は弾かれた蔦が後方でUターンし、再度背後から迫りくる。

 

(ここまで操作できるのか。面倒な)

 

 もう一度弾こうにも体勢が悪い。

 回避しようにも、今の動きを見るに容易に追撃されることだろう。

 

 それは千司だけでなく、同じ動きで蔦をはじいたセレンも同様。走る二人の背中に二本の蔦が迫り、叩き潰される――寸前。千司はセレンの、セレンは千司の背後に迫っていた蔦を、それぞれ己の剣の腹で弾いた。

 

「何だと!?」

 

 二人の息の合ったコンビネーションに、ロイアーの表情が驚きに染まる。

 

 自身の真後ろは難しいが、斜め後ろなら受け流せる。咄嗟に二人はそう判断し、視線も言葉も交わすことなく、仲間の背中を守ったのだ。

 

「よくやったセレン」

「こちらの台詞だ奈倉」

 

 互いが互いを労い、二人の足は一切止まらない。すると今度は教会の床を砕きながら蔦が接近。砕かれた瓦礫が宙を舞い、千司とセレンに降り注ぐ――が、二人に届くことは無い。

 

 二つの銀線が教会内で駆け巡り、迫りくる瓦礫を正確に弾きながらロイアーとの距離を埋める。

 

(このまま押し切れる――)

 

 と思った瞬間、今度はモンスターの死骸が巻き上げられ、骨肉が雨の如く飛来する。千司は目眩ましのつもりかと、剣で対処しようとして——。

 

(っ、違う。これは——)

 

 慌ててセレンを見やると、彼女の剣が止まっていた。

 

 思い出すは千司とセレン、ライカの三人でオークの討伐に向かった際の事。討伐証明のためにオークの耳をはぎ取る時に彼女は言った。

 

『殺すのは問題ない。モンスターであろうと、人であろうと、私は容赦なく剣を振おう。亡骸を運ぶのも問題はない。戦死した仲間の遺体を運んだことももう数えきれない。……が、それを損壊することは、どうにも無理だ』

 

 と。

 

 横目でロイアーを確認すると、その口元に笑みが浮かんでいた。

 つまり、セレンの弱点も正確に把握して、ここまでの流れを組み立てていたということ。

 

(凄いな、流石プロだ)

 

 素直に感嘆するが、一方的ににやられるつもりもない。

 

「エリィ!」

「——っ、ふ、『フレイム・ボール』!!」

 

 千司の合図を受け、アイリーンの背中で蒼い顔になっていた魔女っ娘が魔法を放つ。本来なら蔦に向けて放つ予定だったそれは、セレンの眼前に降り注いでいた、死骸のいくつかを焼き尽くす。燃やしきれなかった分に関しては千司が切り刻み——そのまま足が止まりそうになっていたセレンの手を取った。

 

「このまま攻めるぞ――ッ!!」

「っ……あぁっ!!」

 

 ぎりっと歯を食いしばり、セレンは再度走り出す。

 

「……このっ!」

 

 これに対し、ロイアーはアイリーンたちに向けていた蔦も千司たちへと向かわせる。が、そうなればエリィが自由となり千司が合図するに応じて蔦やロイアー目掛けて『フレイムボール』が降り注いだ。

 

 ロイアー本人は何とか盾で防御するが、蔦の方はどうしようもない。

 『フレイム・ボール』が炸裂した箇所は炎上こそしないが黒焦げになる。

 

「そんな攻撃で——『エスパラベヒモス』が止まるものかッ!!」

 

 苛立ち混じりに咆えたロイアーは、アイリーンたちを完全に無視しして千司とセレンを確実に殺そうと三本の蔦を動かす。一本は正面から横薙ぎに、残る二本は回避先を潰すように配置。これにより、受け流そうとしても、その隙を突かれて潰されることになる。

 

「セレン」

「あぁ」

 

 逃げる選択肢はない。

 受け流す選択肢もない。

 

 幸い、正面から迫る蔦には、エリィが付けた焦げ跡が見えた。

 

 これを受け、千司たちが取る選択肢は一つ。

 

(よくわからんが今のセレンは『戦う』だったり『抗う』って言葉が好きみたいだからな。なら、これが正解だろ――ッ!)

 

 二人は走りながら姿勢を低くして剣を構えると、全く同じタイミングで振りかぶり——真正面から蔦を切断した。

 

 直径にして約三メートル、床の石材も容易に破壊する耐久力を持つ蔦を両断する様は、まさしく勇者と王国騎士の一撃。

 

「なんだと!?」

 

 まさか正面突破されると思っていなかったのか、ロイアーは慌てて盾を構え直し、時間稼ぎも難しいと悟ったのか『エスパラベヒモスの神経毒』を床から引き抜くと、迎撃の構えを取る。

 

 冷静に対処すれば凌ぎ切れる。

 凌ぎ切れば活路は見える。

 

 そう考えての行動だったが——その瞬間、ロイアーの視界には千司とセレンしか映っておらず、蒼い魔女っ娘を背負う亜麻色の髪の少女の存在を、完全に忘れてしまっていた。

 

「えいっ」

「『ファイア・ボール』!!」

 

 アイリーンの蹴りとエリィの魔法が『エスパラベヒモスの神経毒』を弾き飛ばす。一瞬ロイアーは焦るが、直ぐに冷静さを取り戻すと、盾で千司とセレンの攻撃を防ごうとして——。

 

「「終わりだ、ロイアーッ!!」」

 

 重なる声と、二つの銀線。勇者と騎士団長の一撃は、これまであらゆるものを防ぎきって来たロイアーの大盾を真正面から切断し——その奥に立つ男に届く。

 

 両肩に振り下ろされた刃は鎧を容易く破壊して、男の人生に終止符を打った。

 

「が、ぁあああ――ッ」

 

 激痛に零れる人間じみた絶叫を残し、血濡れとなって地面に倒れるロイアー。

 彼はピクリとも動かない。

 

 千司は油断なく剣を構えながら近付き、脈を測って死んでいるのを確認。

 安堵の息を零すのだった。

 

「俺たちの勝ちだ」

 

 

  §

 

 

「……さすがに疲れたな」

「まったくだ」

 

 戦いが終わり、千司とセレンはその場にしゃがみ込む。

 そんな二人の下へアイリーンと、若干足元をふらつかせたエリィが近付いて来た。

 

「お疲れ様です、お二人とも」

「うぅ~、くらくらする」

「お疲れ、アイリーン。エリィも、大丈夫か?」

「な、何とか……」

 

 頭に手をやりながら千司に近付き、隣に腰を下ろすエリィ。彼女はそのまま小さく息を吐くと、息絶えたロイアーを見つめた。その表情は芳しくない。

 

「……」

「大丈夫か?」

「え、あ、うん。……初めて人を殺したから、精神的にちょっと疲れただけ」

 

 そんな彼女の頭を、千司は優しく撫でる。

 

「お疲れ」

「うん……というか、それよりも。結局ナクラとセレンは何なの? 戦いが終わったら教えてくれるんでしょ?」

「そうだったな」

 

 千司はセレンに目配せ。

 彼女が首肯を返したのを受け、エリィの質問に答えた。

 

「まぁ、ロイアーとの会話でおおよその見当はついていると思うが、俺の名前は奈倉千司。異世界から召喚された勇者だ」

「そして私がその護衛として派遣された。王国第一騎士団団長のセレンだ。貴公らには迷惑をかけた」

 

 千司とセレンの言葉に、エリィは一拍間を開けてから大きく息を吐いた。

 

「……はぁ。そっか」

「隠していて悪かった。色々と事情があって、身分を隠して冒険者をしていたんだ」

「……その事情って言うのが、ロイアーってこと?」

「事情の一つだな。彼が全てではない」

 

 実際は、『勇者を狙う者が居る』という状況で偽名を使わないのは、王女に見せている『奈倉千司』という人間の性格からして有り得ないと判断したため、千司は正体を隠していたのだが。

 

 それでも面倒事に巻き込まれたくなかったのは事実。勇者だと喧伝して目立つことも避けたかったが、今回の相手は千司の正体を知っている人物だったので、無意味な事ではあった。

 

「……そっか」

「もっと詳しく説明したほうがいいか?」

「……それは、うん。して欲しい……けど。ちょっと今は遠慮しとく。頭がいっぱいいっぱいで、理解できるか分からないから」

「わかった。なら王都までの帰り道にでも話すとしよう」

「ありがと、ナクラ」

 

 優しい笑みを浮かべるエリィ。

 千司は彼女から視線逸らし、アイリーンへと向ける。

 

「アイリーンも、それでいいか?」

「……っ、へ? あ、えっと、うふふ……えぇ、大丈夫ですよ?」

「おい、大丈夫か?」

 

 どこか上の空になっていたアイリーン。

 そんな彼女に千司は立ち上がって近付く。

 

 彼女の表情が、セレンやエリィに見えないように身体で隠しながら。

 

「疲れたか?」

「え、えぇ、まぁ。戦闘の興奮がまだ抜けてないのでしょうか」

「きっとそうだ。少し外の空気でも吸って来ると言い」

「うふふ、うふふふふ、えぇ、えぇ……そう、しますね」

 

 語る彼女の視線は千司ではなくロイアーの亡骸へと向けられていた。

 恍惚に染められた頬に、艶めかしい吐息を零す。

 

 そんな彼女の背を押し、千司は教会の外へと連れていき——セレンとエリィから距離を取った所で、彼女は耳元で堪えていた笑みを吐き出した。

 

「い、いひひっ、いひひひひっ♡ はぁ……はぁ……まだ、まだダメなの?」

「ダメだ。もっと素晴らしい舞台を用意するから、もう少し待て」

「あへっ♡ あへへへっ♡ もう、意地悪なんだからぁ、ドミトリー♡」

「今は奈倉千司だぞ。アイリーン(・・・・・)

「っと、そうだった。えっと、えーっと、コホン。……そうでしたね、ナクラさん(・・・・・)

 

 咳払い一つ入れて、アイリーンは狂気に歪む喜色の笑みを鎮め、いつもの優しい笑みを浮かべるのだった。

 

(ほんと、頭おかしいけど有能なんだよなぁ、この女)

 

 

  §

 

 

 アイリーンを外に連れ出すと、心配げな表情を浮かべたエリィが後を追ってきた。

 

「私が見てるよ。ナクラは……たぶんまだセレンと話があるんでしょ?」

「……ありがとう、エリィ。ならお言葉に甘えるとしよう」

 

 そうして二人を外に残し、千司は再度教会内部へ。死臭で満ちる同所はとても長居したいとは思わない空間であるが、いろいろと回収しなきゃいけない物もある。

 

「二人は?」

「外で休憩中です」

「そうか」

 

 セレンとの間に静寂が降りる。

 

 仲間として共にロイアーを討伐した二人であるが、それと一度セレンが千司を見捨てようとしたのは別問題である。気まずい空気が流れる中、千司はとりあえず床に転がっていた『エスパラベヒモスの神経毒』を回収する。

 

 昨夜襲ってきた執行部のナイフが毒に浸されていたことを考慮し、念のため回収しておいた手袋をはめて大剣を拾い上げる。

 

「これは、とりあえず俺が預かっておくということでいいですか? セレン団長はへリスト教の魔導具と言っていましたが……正直、彼らに返却したいとは思いませんので」

「……そうだな。裏に居るのが何者か、正確に判断できるまではそれがいいと私も——っ」

 

 と、言いかけた所で、不意に地面が揺れた。

 

「なんだ?」

 

 また『エスパラベヒモスの神経毒』が発動したのかと思ったが、蔦の姿は見えない。ただ僅かに地面が揺れ続け――次の瞬間、蔦が暴れまわった際に生まれた亀裂が、一気に広がる。

 

「まず――」

「奈倉千司!!」

 

 急いでその場を離れようと跳躍しようとして、何を考えたのかセレンが庇う様に飛びついて来た。おそらくは異常事態から千司を守ろうとしての行動なのだろうが、邪魔以外の何物でもない。

 

(ふざっ、ふざけんなこの無能!! 馬鹿!! あんぽんたん!!)

 

 胸中で罵倒の言葉を重ねる千司。

 

「ナクラ! セレン!」

 

 ふと教会の正面玄関から名前を呼ぶ声が聞こえて視線を向けると、不安そうなエリィの姿が見えた。と、同時に揺れは最高潮に達し——ガラッと教会の床が崩れる。

 

 おそらく教会の下に地下空間があったのだろう。それが『エスパラベヒモスの神経毒』が暴れまわった衝撃で崩れた、と。

 

(……マジかっ!?)

 

 咄嗟に近くの床に手を伸ばすが、簡単に崩れてしまい——千司とセレンの身体を浮遊感が包み込み、二人は突如として発生した大穴に落ちていくのであった。

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