クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第12話 湖上のデート

「今日は楽しかったし、いい気分転換になった。……また、こうやって過ごしたいんだけど、いい?」

「構わん」

「ん……ありがと」

 

 三十分ほどの音楽鑑賞を終え、せつなを部屋まで送り届けると自室に帰ってベッドに飛び込む。

 

 正直、押せば連れ込めそうな雰囲気だったが、今回の目的はせつなに『純粋に楽しい思い出』を植え付けたかっただけなのでリスクは避けた形である。

 

 ()いで関係性を変えてギクシャクするより『奈倉千司と一緒に居るのは心地よい』と記憶に刻み付けておくことで、今後(・・)に向けて予防線を張ったのだ。

 

(とりあえず、せつなの方はこんなものだな。……後は彼女(・・)がどう動いてくるか)

 

 せつなと距離を縮めたのにはいくつか理由がある。一つは、仲のいい女子を用意することでクラスの女子からの好感を獲得し、クラス内での発言力を高めるため。

 

 人間、異性でばかり固まっている集団にはなかなか参加しにくい物である。その心理的ハードルを下げるために、雪代せつなは都合が良かった。

 

 彼女を選んだのは初日に偶然言葉を交わしたことと顔が良いからという理由が大半を占めるが、決め手となったのは金級勇者・夕凪飛鷹の存在である。

 

 彼の『太陽の使者(アグニ)』は金級の中でも強力な部類の職業。そんな彼の大切な幼馴染みを奪えば、そのポテンシャルをどれほど崩すのかを試してみたかった。

 

 これらの理由でラブコメった千司であるが、今回は他にも目的があった。

 

 それはある人物からの接触を待つこと。

 こちらからではなく、あくまで向こうから。その為の夜半の逢瀬だ。

 

(まぁ、来なけりゃまた別の策を試すだけだが……果たして)

 

 幸いにして、翌日の早朝――いつもリニュが待ち構えているはずの訓練場に、彼女は現れた。

 

「おはようございます、奈倉千司さま。昨夜はお楽しみでしたね」

 

 そう言って見る者を魅了する笑みを浮かべていたのは、アシュート王国第一王女であり、千司たちをこの異世界に召喚した張本人――ライザ・アシュートであった。

 

  §

 

「これはこれはライザ王女。何の事ですかね?」

 

 思惑通りに事が進んでニヤけそうになるのを堪えつつ、千司はすっとぼける。

 

「ふふっ。別段、恋愛を咎めるつもりも止めるつもりもございません。しかし、孕ませるような事だけは起きぬようよろしくお願いします」

「弁えてますよ。その為に付き人も同性にしてると教えられましたし」

 

 戦う為に召喚した勇者を妊娠させることを避ける為に女子には女子の、男子には男子の付き人が着く、とは初日に彼女から教えられた事。

 

 それはもちろん勇者同士にも適応される話だ。

 

「そうでしょうね。貴方は聡いようなので大丈夫だとは思っておりました。しかしどうやらおモテになられるようなので、念の為です」

「それは要らぬ心配をかけましたね。以後気をつけますよ。……で、話はそれだけですか?」

 

 もちろん、そんなただの忠告をわざわざ早朝から王女本人が伝えに来る訳もなく、本題が別のところにあるのは明らかなのだが。

 

 千司の問いに、ライザは綺麗な姿勢で近付き、太陽に輝く金髪を朝の冷たい風に揺らしながら、にっこり笑って告げた。

 

「はい。本日は奈倉さまにデートのお誘いに参りました。受けて下さいますか?」

 

 まるで太陽のような明るい笑みは見る者すべてを惹きつけ、近付くものを焼き殺し、裏に隠しているであろう黒い影も、光で覆い隠しているようだった。

 

 怪しさ満点のお誘いに、少し悩むふりをしてから、こちらも負けじと笑顔で返す。

 

「喜んで」

 

  §

 

 千司が連れてこられたのは王宮の裏手に広がる大きな森だった。と言っても、隅々まで手入れが行き届いており、道も石畳で舗装されている。

 

 木々の隙間からのこぼれ日が所々を明るく照らし、それを避けるように王女は千司の前を先導していた。

 

 空気が澄んで美味しい。

 鳥の鳴き声と、風に揺れる木々の音。

 

 そして二つの足音だけが聞こえる空間。

 

 そう、この場にいるのは千司とライザの二人だけ。彼女の王女という立場を考慮すれば、護衛の数人は付いていてもおかしくはないと思うのだが。

 

(……これはどういうことなのか)

 

 注意深くライザを観察しつつ歩いていると、しばらくして視界が一気に開ける。木々がなくなり、そこには巨大な湖が広がっていた。

 

 湖畔には小綺麗な小屋があり、近くには桟橋や、そこにくくりつけられたボートの存在も確認できる。

 

 千司は目の前に広がる絶景にひとときの間、思わず心を奪われた。

 

 青く清んだ湖と、その水面に反射する木々や山。いつかインターネットで見た、アルプスかどこかの絶景のようだ。

 

「……っ、これは、凄いな。……っと、凄いですね」

「ふふっ、素で構いませんよ。……ここは、王家と限られた貴族しか入ることの出来ない聖域でございます。何でも、アシュート王国初代国王が勇者と共に魔王討伐に赴いた際に負傷した大怪我が、この湖に浸かったところ瞬く間に回復したのだとか」

「回復魔法的な何かですか?」

「いいえ、専門家が調べても何もありませんでした。ただの逸話のようです。この国は数千年の歴史を持ちますから、そう言う伝承が多数存在するのです」

 

 へぇ、と息を吐いてから千司は湖に近付く。

 本当に清んでいて、湖の底まではっきりと窺うことが出来た。

 

「触っても構いませんか?」

「はい、問題ありません」

 

 千司の問いに一瞬驚いた表情を見せつつも、にっこり笑みを返してライザは頷いた。

 

「んー、確かに、回復してるって感じはないですね」

「やはり、ただの伝承なのでしょうね」

 

 苦笑を浮かべる王女に、千司はハンカチで手を拭いながら答える。

 

「そうですかね?」

「え?」

「もしかしたら、この絶景が『大怪我を癒やす回復魔法にも匹敵する』って意味なのかも知れませんよ」

「……」

 

 狐につままれたように目をぱちくりさせたライザは、不意に今まで見せたことのない優しい笑みを浮かべて、深く頷き胸元に手を当てた。

 

「そうかも、知れませんね。……いえ、きっとそうなのでしょう。ありがとうございます、奈倉千司さま」

「それくらい私も癒やされたと言うことです。感謝を述べたいのはこちらの方です。ライザ王女、ここに連れてきてくださり、ありがとうございます」

 

 千司の謝辞を素直に受け取ったライザは、ふと桟橋の方を指さす。

 

「良ければボートに乗りませんか?」

「構いませんよ」

 

 桟橋から千司が先にボートに乗り込み、足で揺れを抑えつつ、ライザに手を差し伸べる。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ロープを解いて、オールを手にし、ゆっくりと桟橋から離れて湖上へと向かった。

 

 ユラユラ揺れる湖の上。

 千司は一生懸命にオールを漕いでみるが、さすがに初めてなのでそう上手くは行かない。なんとか前には進んでいる物の、かなり不格好な代物である。

 

「ふふっ」

「笑わないでください。何分初めてなもので……」

「いえいえ、充分にお上手ですよ。ただ引く時にもう少し脇を締めるとやりやすいかも知れません」

 

 言われたとおりにやってみると、確かに幾分か楽になった。

 

「さすが王女様ですね。何でもご存じでいらっしゃる」

「そんな、いつも乗せて頂いているだけの身。頑張っている方の姿を目で追っている内に、自然と覚えてしまったに過ぎませんよ。……と、この辺りでいいでしょう。少しお話しませんか?」

 

 ボートが陸から離れ、湖上の中央付近まで進んだところで、王女の纏う雰囲気が変わる。笑顔は絶やさないものの、向けられる()が変わった。

 

 千司はオールから手を離し、どっしり腰を構えてライザに向き直る。

 

 今から始まるのは狐と狸の化かし合い。

 

 千司はニコニコと笑顔を浮かべたまま、頭を回転させ始めた。

 

「奈倉千司さま。そうですね、……そろそろこちらにお越し頂いてから一週間が経過いたしますが、どうでしょうか? 状況の変化にも慣れましたか?」

 

 それはきっと千司単体の話ではなく、勇者全体の話。

 

「そうですね。慣れはしましたが、みんな疲れがたまっていそうです」

「というと?」

「休みなしですからね。それに元いた世界では一日中身体を動かすこともほとんどありませんでしたので、そういった点ではまだ慣れていないところがあります」

「なるほど……では、休日を用意しましょう。そうですね、行動範囲が王宮内だけというのも窮屈でしょうから、外出許可も出しましょう」

「これはこれは、ありがとうございます」

「いえいえ、皆様にはこちらの都合に巻き込んでしまっているので、これぐらいのケアは当然でございます。……奈倉さまもお疲れでいらっしゃるのでしょうか?」

 

 彼女が向けてくる視線は召喚された初日に向けられたものと同じ、千司を疑っているような視線。

 

「えぇ、まぁ。私はステータスも上級勇者には遠く及ばない物ですし」

「これは気付かず申し訳ございません」

「いえいえ、私が弱いのが原因なので、気にしないでください。……でも、もちろんこのままで居るつもりはありませんが」

「そうですね。よくリニュと訓練なさっているようですし」

「ご存じでしたか」

「はい、エストワール……あぁ、私直属の護衛が、早朝にあなたとリニュが訓練しているところを見たと言っていたので」

「それはそれは、無様なところを伝えられていないか心配な話ですね」

 

 監視されていることに気付いていなかった千司は内心冷や汗ものである。

 

 エストワール、見たことはないが王女直属の護衛となると相当な手練れに違いないだろう。

 

「ところで、ライザ王女。そろそろ本題に入って頂きたいのですが」

「……というと?」

「よもや、そんな世間話をするために、私なぞを呼びつけたわけではないでしょう」

「そんな、そんな。奈倉さまは篠宮さまと二分する勇者さま方のリーダーではございませんか。篠宮さまが上級勇者さま方を中心にまとめていらっしゃる都合、そうではない方々に関することを知るには、その中心人物である奈倉さまにお話を伺うのは当然のこと」

「そんな、中心人物なんてつもりはないんですがね」

 

 第三者からの思いもよらぬ現状の評価に千司は歓喜した。

 この一週間、文字通り寝る間も惜しんで活動し続けた成果が、こうして他人から評価されたのだから当然の事である。

 

「まぁ、本題と仰るのでしたら、そうしましょう」

 

 しかし千司の内心とは別にライザは話を進める。

 彼女はそれまで浮かべていた太陽のような柔和な笑みを消し、鋭い瞳で千司を睥睨すると、『ある言葉』を口にした。

 

「――『裏切り者』」

「……」

「こちらの言葉に、聞き覚えはございませんか?」

 

 鋭い瞳に睨み付けられ、千司は押し黙る。

 湖上を爽やかな風が吹き抜け、二人の頬を撫でた。王女の流麗な金髪が靡き、緩やかに踊る。波の立たない水面がさざめき、徐々に高度を増す太陽に、千司の頬をじんわりと汗が流れた。

 

 そんな異様な緊張感の中、千司は心に湧いた小さな焦り(・・・・・)を『偽装』し、平静を装ってあっけらかんと答えるのだった。

 

「知ってますよ」

 

 と。

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