クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第9話 どちらが悪魔か。

 エルドリッチの前に現れた千司は、にこやかに笑いながらその場に立ち尽くす。

 

「これはこれは、エルドリッチ殿。どうかされましたか? 帰るところを唐突に呼び止められて驚きましたよ」

「いえいえ、手土産の中身を拝見いたしましてね。大変素晴らしい物だったので、先ほどの非礼を詫びずにこのまま返すのは道理に反すると思いまして、お手数とは思ったのですが再度お呼びさせて頂いた次第にございます。さぁ、どうぞおかけください」

 

 口上を述べた上で、千司はソファーに案内される。

 それはまるで、何も無かったかのような会話。

 互いに腹の内は見せず、相手をリスペクトしているかのような『茶番』である。

 

「では失礼して」

 

 千司が腰掛けると、エルドリッチが隣に居た栗色の髪の女性――ミリナ・リンカーベルに指示を出し、人数分珈琲を準備させる。それが届くのを待つ間、千司は再度周囲を観察。部屋の中の人数に変化は見られず、指のことを知っているのもこれだけだと判断。

 

 ついでにちらりと後方へ視線を向ければ、相も変わらずあへあへと涎を垂らすアリアがいた。彼女はもうダメかもしれない。

 

 珈琲が揃ったところで、最初に口火を切ったのはエルドリッチだった。

 

「そう言えば、ドミトリー殿は結婚なさっているのでしょうか?」

「いえ、特に願望もありませんね」

「それはもったいない。良い物ですよ。愛する女と添い遂げ、その間に生まれた子、というのはこれまでそれなりに非道に生きてきた私でも、愛着という物が生まれる。生物の本能というやつなのですかね」

「なるほど。因みに娘さんはおいくつなんですか?」

「……娘とは言っていないのですがねぇ」

 

 もちろんわざと。

 千司は自らの頭をぺちっと叩き「たはーっ」とコミカルに笑って見せた。

 

「それで、娘さんはお元気ですか?」

「それは貴方の方が知っているのでは?」

「ははっ、確かに」

「お認めになるのですね。貴方が行った事だと。部下の暴走などではないと」

「えぇ、もちろん。私の部下は私の言うことをきちんと守ってくれる、優秀な女性ですので」

 

 エルドリッチの視線がメイド服のアリアへと向かう。

 千司もつられて視線をよこせば、まだあへあへしていた。最悪。

 

「そのようですね。まだそれほど日数も経過していないというのにこの状況……妻と娘の居場所はシン・シグルスから聞いたのですかな?」

「えぇ、そうなりますね。うちの部下はかなり気が触れてましてね……拷問と人殺しを趣味にしているんですよ。おかげで、彼とはとても仲良くなれました」

 

 真実の中に混じる嘘。千司はシン・シグルスという男とは会っていない上に、エルドリッチの妻や娘を誘拐することまで基本的にアリアに丸投げした。結果として、それら全てはアリアからの伝聞でしかないが、その事は伝えない。

 

 全てが『ドミトリー』の手の上で行われていたことだと、恐怖を植え付け、エルドリッチの中での評価を上げる必要があるからだ。

 

 例えそれが、アリアの手柄を奪う結果になろうとも。と言っても当然彼女は了承済みだし、殺せれば何でもいい殺人鬼なので特に問題はないが。

 

「彼は元気でしょうか」

「さぁ」

 

 エルドリッチはしばし黙し、ため息を吐く。

 

「なるほど。それでは、私の娘と妻は生きているのでしょうか?」

「当然じゃないですか。元気でいらっしゃいますよ。少なくとも今は」

「……」

 

 今度は視線が鋭くなる。

 しかし彼は怒鳴らない。そんなことをしても意味がないと分かっているからだ。

 一方で、意味がないと分かっていても怒りが限界を超えれば怒声を上げる人間もいる。

 

 例えば、彼の隣で千司を睨み付けていた、ミリナ・リンカーベルのように。

 

「……っ、貴様ら、こんな事をしてどうなるかわかっているのか!? 早くお二人を解放しろ、ゲスめッ!」

「そちらこそ自らの立場をお分かりで? そんなことを言える状況ではないから貴方の上司はこうして話を聞いてくれていたというのに――」

 

 千司はそこで一度言葉を句切るとエルドリッチに視線を戻し、苦笑を浮かべた。

 

「いやぁ、暴走する無能な部下というのは、やはり面倒極まりないですなぁ~!」

 

 瞬間、ミリナが動いた。

 目にも止まらぬ早さで、予備動作も一切なく、一撃必殺と言わんばかりの鋭い蹴りを千司の顔面目掛け――容赦躊躇いなく放つ。その威力は凄まじく、当たれば人体の首の骨を容易にへし折るだろう。

 

 当たれば、の話だが。

 

「……っ!?」

 

 千司の顔に蹴りが触れる直前、アリアがそれを手で受け止めた。

 威力を百からゼロに殺し、鋭い目つきでミリナを睨む。

 

「怪我はない?」

「あぁ、ありがとう。もう離していいよ。実力差はわかっただろうし」

 

 いくら元軍人とはいえ、アリアは王国でも最上位に入る元騎士団。更にその中でも実力はずば抜けており、第一騎士団のセレン団長より上だという話だ。

 詳しく聞いてはいないが、全てのステータスが700以上900未満と言ったところだろう。異世界人のカテゴリーで言えば、間違いなく最上位である。

 

「ぐっ、貴様ッ! 巫山戯るな、巫山戯るなよッ!!」

 

 攻撃を止められたことで更に憤りを見せるミリナ。

 それはおそらく受け止めたアリアの格好にも原因があるだろう。

 自分は軍人だというのに、その攻撃を受け止めたのはメイド服の女。

 これほどの屈辱はない。

 

「やめなさい、ミリナ」

「しかし大尉!!」

「そうそう、止めろよミリナ・リンカーベル」

「……貴様、何故私の名を」

 

 殺意の籠もった視線を向けてくるミリナに対し、千司は笑みを浮かべて答えた。

 

「だいたい、何を怒っているんだ? ミリナ。嗚呼、ミリナ・リンカーベル。キミもまたエルドリッチ殿同様に泣きわめく立場だというのに」

 

(まぁ、エルドリッチは欠片も涙を見せてないが……)

 

「……は?」

 

 困惑する彼女に、千司はアリアに持たせていた紙袋の中からもう一つ――最後の木箱を取りだして、机の上に置いた。そして、その蓋に手を掛けながら語る。

 

「ダメじゃないか。大事な婚約者をこんな危険極まりない状況の王都に置いておくなんて。まるで……攫ってくれと言わんばかりの行いだよ」

 

 箱を開くと、そこには切断された男性器。

 

「どうだい、見覚えあるだろう? キミの大好きな婚約者くんのおちんちんだよ! って、こんなちっちゃかったらわかんないかな? いやぁ、恐怖で縮こまっちゃって切るの大変だったんだけどなぁ!」

 

 半笑いで語る千司に、ミリナの目が据わる。懐からナイフを取り出し、無言のままに千司の首に攻撃を仕掛けようとして――エルドリッチが目にも止まらぬ早さでナイフを奪い、彼女を制圧した。

 

「これはこれは部下がとんだ失礼を。許して頂けるだろうか?」

 

 老紳士は弁明しつつもミリナの首を絞めて一瞬で気絶させる。

 絶技としか言いようのない動きに、千司も思わず舌を巻く。

 

「許しても構いませんが、いくつか要求があります。構いませんか?」

「……二、三質問がございます。そちらにお答え頂けた後ならば、私にできる限りのお力添えをいたしましょう」

「わかりました。では質問をどうぞ」

 

 エルドリッチは気絶させたミリナを他の部下に引き渡して部屋の外へと連れ出すように命令してから、真剣な表情で指を立てた。

 

「ひとつ、私の娘と妻は生きていますか?」

「はい」

「ひとつ、彼女の婚約者は生きていますか?」

「はい」

「ひとつ、現在行方不明の部下――シン・シグルスは生きていますか?」

「いいえ、死んでいます」

 

 千司の返答を聞き、エルドリッチは考える。

 今の質問は文字通り人質の安否を確認した物だ。生きているか、と言う質問に対して、肯定を返されただけではそれが嘘か真かわからない。

 

 しかし、先ほどは濁されたシン・シグルスの安否を聞いて、他との回答の差を誘い出したことで、ひとつの結論に辿り着く。

 

 ――娘、妻、そしてどうでもいいがミリナの婚約者は生きている、と。

 エルドリッチは胸中で大きくため息を零す。

 

「わかりました。それでは要求をお聞きしましょう」

 

 それは、実質的に彼の敗北宣言であった。

 部屋に残っていた他の護衛たちに動揺が広がるが、しかし彼は気にした様子なく煙草に火を付けて煙を吐いた。

 

 その老紳士に向かい、千司は口を歪め要求を語る。

 

「いくつかありますが、まずひとつ。――私を、ラクシャーナ・ファミリーの幹部として傘下に入れて頂きたい」

「……ほう、乗っ取るおつもりかな?」

「私とてそこまで驕っていませんよ。ただ、ラクシャーナ・ファミリーのお力添えをお借りしたいことがいくつかございまして……貴方の推薦なら、不可能というわけでもないでしょう?」

「……そうですね。ただ、少し根回しも必要なのですぐにとは行きませんが」

「それは困った。あまり遅いとご家族の方の健康が悪くなりますよ?」

「……」

 

 エルドリッチは煙草を大きく吸い込み、煙を吐き出す。

 そして部屋の天井に飾られたシャンデリアをぼうっと見ながら言葉を返した。

 

「一ヶ月……あれば、幹部会に連れてはいけますし、幾人かの幹部に話を通しておくことも出来る。……ただ、そこでラクシャーナの許可が出なければこれ以上は私には無理ですな」

 

 その言葉に嘘は感じなかった。これまでずっと――それこそ初めて会ったあの日も感じていた胡散臭さが、その言葉には存在しない。おそらく今エルドリッチは本音を話している、と千司は直感した。

 

 故に千司も答える。

 

「ではそれで。日付が決まり次第賭博場『リースの黄昏』にてお待ちしておりますので、使いをよこしください」

「わかりました……それでは、他の要求は何でしょうか」

 

 その問いに、千司は首を横に振った。

 

「それはまた、一つ目の要求が達成された際にお話ししましょう。どのみち、一つ目が達成されなければ意味のない物ですので。では、そろそろ我々はおいとまさせて頂きましょうかね」

「……娘や妻を返して頂くことは出来ないのですかな?」

「全てが達成された際、お返ししましょう。それとも要求がひとつ達成される度に分割でお返しいたしましょうか?」

「……いや、結構。では娘たちに必ず助けるとお伝えください」

「かしこまりました。それでは――」

 

 千司は立ち上がり、エルドリッチに向かって右手を出す。握手である。

 エルドリッチは眉一つ動かさずにこれを受け――握り返した瞬間、千司は彼の耳元で囁く。

 

「今度の約束は決して——忘れないでくださいね(・・・・・・・・・・)

「……えぇ」

 

 それだけ告げると、千司はアリアを伴い部屋を後にするのだった。

 

 

  §

 

 

「尾行は?」

「二人……三人、かな」

「適当にまいて帰るぞ」

 

 アリアと共に何度か人混みに紛れる。目立つアリアの服は人混みの中で偽装させることで隠し、何度か酒場などの店舗を経由し、尾行を完全にまいたのを確認してから千司たちは地下室のある一軒家に戻ってきた。

 

「でも、よかったの?」

「なにが」

 

 部屋の中を進み、絨毯を捲って隠し扉から地下室へ。

 やがて見えてきた木製の扉を開ければ、そこには転がる三つの死体。

 

「だって……いひっ、いひひっ♡ みーんな、もう死んでるのにぃ~♡」

「いいんだよ。どうせ、全ての要求が達成される前にあいつも殺すから」

「あっ、あっ、あへへっ♡ い、いくっ♡ ね、ねぇ、ドミトリー♡ ドミトリーはなんでそんなに鬼畜なの?♡ かっこいいよぉ♡ えっち、えっちしよっか♡ ここでえっちしよ♡」

「絶対に嫌だ」

「えぇ~、しようよ~♡」

 

 股をぐちゅぐちゅといじりながらだらしなく舌を垂らすアリアを無視し、千司は早々に地下室を後にする。

 結局、手短にこれからの予定をアリアに伝えたのち、水浴びをして死臭やエルドリッチの煙草のにおい等を消してから千司は王宮へと帰るのだった。

 

(も~まじ疲れるんですけど)

 

 アリアに対する愚痴を胸に抱きながら。

 

 

  §

 

 

「しばらく一人にしてくれ。廊下の奴らも休ませて構わない」

「尾行に向かった連中はどうしますか?」

「どうせ無理だ。帰ってきたらそのまま休ませろ」

 

 ドミトリーと護衛の女が帰った後、ジョン・エルドリッチは部屋に残っていた護衛の部下たちを追い出し、一人ソファーに背を預ける。部下たちは心配そうな顔でエルドリッチを見ていたが、しかし結局は何も語ることなく指示に従った。

 

「……はぁ」

 

 エルドリッチは大きくため息を吐き、思った。

 

(――家畜の分際で、面白い奴がいる者だなぁ)

 

 彼はおもむろに咥えていた煙草を口内に入れ飲み込むと、未だにテーブルに並べられた二本の指を見つめる。因みにミリナの婚約者の逸物は部下に「ミリナに渡すように」と命じたのでこの場にはない。

 

 あるのは愛する二人の薬指のみ。

 

 エルドリッチは指を優しく手に取りながら再度思考の海に入る。

 

(家畜の分際であそこまで非道に走れるとは……)

 

 加えて、最後に言い残した「忘れないでくださいね」という言葉——ではなく、その声。

 

(いや、なるほどな。もしや彼奴が今代(・・)の……。騎士連中が作った強化種を更に強化(・・・・)して、勇者を皆殺しにする算段(・・・・・・・・・・・)が失敗したものだから、今代の勇者は手強いと思っていたが……なるほど。もし彼奴がそうなのだとすれば……)

 

 エルドリッチは指を手のひらで弄びながら立ち上がり、窓に近付き差し込む月光を眺めて、懐古する。

 

 脳裏に浮かぶのは、かつて愚かにも我々に争いを挑んできた軍人のことを。

 勇者でもない、たかだか人間たちの中で多少優れている集団に過ぎない分際で、愚かにも自身に挑んできた(・・・・・・・・)――ジョン・エルドリッチのことを。

 

 もう数十年も前のこと。

 この身体に擬態して、そんなにも経つのか。

 人間の中に潜み、人間たちの妨害をする日々。

 

 勇者に強化種が殺された時は冷や汗をかいたが……今代があれならば、上々。

 

「嗚呼……今回こそ、我々は勝利できるかもしれないなぁ。

 ――なぁ? 魔王様」

 

 そう言って、エルドリッチは弄んでいた二本の指をペロリと平らげる。

 その姿は、紛う事なき魔族であった。

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