クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第16話 にこにこにぱーっ!

 松原七瀬。

 

 成績はクラスの中でも中の上で、運動神経もほどほど。短い金髪が特徴的で、目鼻立ちの整った少女である。

 

 交友関係もごく普通で、別段何か特出していることのない女子生徒。ただ実家はホテル経営をしていてかなり太い。異世界に来てからは上級勇者に振り分けられ頑張っている。

 

 彼女に関して千司が知っているのはその程度であり、学校でも話したことはない。

 

 しかし一つだけ、千司は彼女と特別な縁があった。

 

 それは『最も古い知り合い』であるということ。

 

 最も長い(・・・・)ではなく、最も古い(・・・・)

 

 彼女と千司は小、中、高と同じ学校に通っていたのだ。しかしそれは世間一般で言われる幼馴染とはかなりかけ離れた物。

 

 というのも、千司は彼女とほとんど言葉を交わしたことがないのである。

 

 小学生の時、一言二言言葉を交わしたのが最初で最後。それ以降は高校三年生になるまで一度も同じクラスに配属されることもなかったし、こうして関わることもなかった。

 

 あくまでそういう女子生徒がいるという程度の認識でしかなかったのだ。

 

 ……それがどういう事か。

 

「えへへ~」

 

 相も変わらず彼女は、にぱーっ( ˶ᐢᗜᐢ˶)と、今まで見たことのない程の純真な笑みを千司に向けてきていた。

 

 いったいどういう事なのか、と千司は思考。

 これまでの彼女とのつながりを辿っていくが、しかし特に何も思い出せない。

 

 小学生の頃に少し話したことは何となく覚えているが、流石に十年近く昔の会話など覚えていない。

 

 ならば先ほどの謎タッチが彼女に何かしらの影響を及ぼしたのかと考えてみるが、しかしこれといった結論には至らない。

 

 何かしらの能力かとも考えたが、彼女の職業はそういう系当ではなかったはずだ。

 

「えっと、松原?」

「なに、千ちゃん」

 

 純粋無垢な瞳を向けてくる彼女に、千司は一瞬言葉に詰まる。だが、このまま彼女にペースを握られっぱなしではなにも理解できない。

 

 故に千司は率直に聞くことにした。

 

「その……言い辛いんだが、俺たちってそんなに仲が良かっただろうか?」

「うん!」

 

(……うん!? どうなってる、俺の記憶が改ざんされてるのか!? そんなことあり得るわけ……いや、ここは異世界。魔法によるあれこれで俺の頭がおかしくなっていることも……)

 

 困惑している千司をよそに、松原は笑顔のまま続けた。

 

「でも話すのは久しぶりだね!」

「な、何年ぶりだったけ……?」

「えっと……大体八年ぶりかなっ、えへへ、なんだかドキドキしてきた」

 

 千司も違う意味でドキドキしていた。

 訳が分からない。目の前の女が理解できない。

 理解できない女などどこぞの殺人オナニストで十分だというのに。

 

「……悪い松原、正直俺はそこまで仲が良かった覚えがない。申し訳ないが、八年前になにがあったか教えてもらってもいいだろうか?」

 

 これだけ一方的に好意を向けられている相手に告げるにはあまりにも酷薄な言葉であるが、状況を理解しない事には始まらない、と千司は淡々と尋ねる。

 

 しかし松原は特に気にした様子も見せず、笑みを絶やすことなく答えた。

 

「いいよ! ……あれは小学校四年生の春、千ちゃんは虐められてる七瀬を助けてくれたんだ! それで……えへへ、千ちゃん、結婚してくれるって言ってくれて……きゃー、はずかしいっ!」

 

 照れたようにくねくね身体を揺する松原。

 一方の千司は彼女の言葉を受けて、薄らとだが八年前彼女に何をしたのかを思い出してきた。

 

(……そうだ、確かマッチポンプで助けたんだ)

 

 小学四年生の頃、千司の父親が会社に首を切られた。

 貯金にも余裕はあったし、結局すぐに再就職が決まったが、その僅かな間で千司は金の重要さを理解して不安に駆られた。

 

 そこで目を付けたのが実家がホテルを経営していて金持ちの松原七瀬。

 

 千司は彼女のクラスメイトを焚き付けて孤立させて、自分が助けることで依存させるという、逆玉のことしか考えていないゲスな計画を立てて実行に移したのだ。

 

 事は計画通りに進み、彼女をハブっていた生徒を追い払った千司は、茜色に染まる教室で彼女に告げた。

 

「困ったことがあれば何でも言えよ。できる限り助けになるから」

「じゃ~結婚して~( ˶ᐢᗜᐢ˶)」

「え、あ、うん」

 

 じっくり時間を掛けてと考えていたのに、まさかの一瞬で決着。

 

 当時は彼女の発言に(この女、頭おかしいのか?)と思っていた千司であるが、どうやらそれは正しかったらしい。

 

(普通、小学生の頃のそんな約束覚えてるか~?)

 

 千司としては父親の再就職が無事に済んだことや、七瀬本人には欠片の興味もなかったことからどうでもいいこと(・・・・・・・・)として処理されており、以降まったく会話も何もなかったためすっかり忘れていた。

 

 千司は回想を終えて瞑目。

 大きく深呼吸してから松原を見る。

 

 そこには相も変わらず何も深く考えた様子もなくにぱーっ、としている松原。

 

 先ほども、そして今も、彼女の言葉に嘘はないように感じた。

 

「……なるほど、確かにそんこともあったな」

「思い出してくれた?」

「あぁ……けど、分かってると思うが俺には今彼女がいるぞ?」

「最後は七瀬と結婚してくれるって信じてるからだいじょーぶ!」

「……そうか」

 

 どうやら彼女は小学生のころから変わらず頭がおかしいらしい。

 

「そう言えば、先ほど俺に触ったのは何だったんだ?」

「えっ、だ、だって……千ちゃんまりっじぶるーで全然話してくれなかったのに、今日久しぶりに話してくれて……だから、触るのもいいのかなって……んむぅ、指先、まだドキドキする」

「……なるほど」

 

 くすぐったそうに、そして大切なものを抱きしめるように、先ほど俺に触れた指を胸に抱く松原。頬は朱に染まり、表情は弛緩している。

 

 これが本心なのか演技なのかを正確に判断することは出来ないが、そのどちらだとしても千司には問題ない。

 

(まぁ、不安の種は早々に消さないとだよなぁ)

 

「えへへ、千ちゃんすきーっ! また触っていい?」

「腕ぐらいなら」

「やったっ」

 

 ゆっくり手を伸ばしてちょんっと触れてくる松原を眺めながら、千司は彼女の殺害計画を考えるのだった。

 

「な、奈倉くんってもしかしてヤリチ――」

「……チッ、なんでこんな奴がモテるんだよ」

 

 松原の向こう、不破と渡辺のそんな声が聞こえた気がしたが、無視。

 そうこうしている内に授業が始まるのだった。

 

 

  §

 

 

 昼休み。

 昼食を一緒にとる約束していたせつなと文香が教室にやってくる。

 

 朝のこともあり松原がどう動くか危惧していた千司であるが、その心配は杞憂に終わった。

 

 彼女は一人そそくさと教室を後にしてしまったのだ。

 

 意外に思いつつ千司が食堂へと向かうと友人である上級勇者の女子たちとテーブルを囲む松原の姿があった。どうやらせつなや文香の前では以前までの通り距離を取ってくれるらしい。

 

(……ありがたいが、正直意味が分からんな)

 

 そう思いつつも、しかしこればっかりは時間を掛けて観察と分析をするしかない。

 

 今の千司には『どうか都合のいい駒でありますように』と星に願うことが精々である。

 端的に言ってクズ以外の何物でもない。

 

「千司、放課後は一緒に過ごせそう?」

 

 バレないように松原を監視しているとせつなからそんな問いが投げかけられた。

 

 千司は申し訳なさそうに目を瞑ると、首を横に振る。

 

「悪い。そのつもりだったんだが、ちょっと調べたいことができた」

「調べたいこと?」

 

 文香が言葉を拾って尋ねてくる。

 

「あぁ、この学校の制度についてはもちろんだが……この学校には他国の生徒も通っている。これまで王宮の大図書館で調べることしかできなかったが、これはいい機会だ。いろいろと情報を集めておきたいんだよ、みんなの安全のためにな」

 

 千司の言葉に、せつなと文香は落胆した様子を見せつつも首肯を返した。

 

「……そっか。わかった」

「そんなこと言われたら、無理言えないよ。何か手伝うことはある?」

「ありがとう、今はまだ大丈夫だから気持ちだけ受け取っておく。その時が来たら頼めるか?」

「ま、任せて! 千司くんのためなら私なんでもやるから!」

「わ、私も。千司、困ったときはこの泥棒猫じゃなくて私を頼ってね。何でもするし、何でも言うこと聞くから。私の方が役に立てるから」

 

 そう言って役に立とうと必死になる二人を眺めて千司は内心爆笑。

 

(こいつら可愛すぎかよ~!)

 

「ありがとな、二人とも」

「へ、えへへ」

「うん、ど、どういたしまして」

 

 二人に感謝を述べてから、千司は食事を再開した。

 

 

  §

 

 

 そうして迎えた放課後、千司は朝挨拶に来た貴族の生徒の中から一番家の爵位が高い生徒に声をかけた。

 

「ギゼルさん、今お時間よろしいでしょうか?」

「おや、奈倉殿。えぇ、問題ありませんよ。何でしょうか?」

 

 ギゼル・レブナンド。

 王国貴族、レブナンド公爵家の次男であり、今日一日観察した結果、このクラスの中心的人物であることも判明した。と言っても、日本で言うムードメーカーとは異なり、どちらかというと会社の社長なんかに近い。

 

 彼が会話を回すのではなく、彼を中心に周囲が回っていると言った方が正しい。

 

 帝国陸軍将軍の娘をはじめ一部他国の留学生はその限りではない様子だが、王国出身者からすれば、大半は彼より身分が下に当たるのだろう。

 

「実はこの学校についていくつかお聞きしたいことがございまして……レブナンド公爵家次男であられるギゼルさんに、是非ご教授をお願いしたいのです」

「……なるほど、そういう事なら構いませんよ。どこか落ち着ける場所でお伺いしましょうか」

 

 そう言って帰り支度を済ませた彼に連れられ訪れたのは、学内にある海の見えるカフェテラス。入店の際、ギゼルが学生証を店員に見せると、店内でも最も景色のいい席に案内された。

 

 着席し、珈琲を注文して一息ついたところで、千司は周囲を一瞥してからギゼルに尋ねた。

 

「ところで、あの方たちは?」

 

 千司が視線で示した方には、興味深そうな視線を送ってくる三人の生徒の姿。

 同じクラスの王国貴族が二人と、帝国陸軍将軍の娘と名乗った少女であった。

 

「どうやら気になってついて来てしまったようですね。申し訳ありません」

「いえいえ」

「奈倉殿さえよければ、懇談会ということにして皆を交えてお話ししますか? お聞きしたい事というのに差し支え冴えなければの話ですが」

 

(むしろ僥倖だな。情報は人数が多い程正確性が増す。一応ギゼルをヨイショしてから頼むか)

 

「……そうですね。これから級友となる皆さまとは仲良くしておきたいと思っておりました。ギゼルさんのお心遣いに感謝いたします」

「いえいえ、そんな。では皆さんもどうぞこちらへ」

 

 その声を聴き、陰からこちらを見ていた三人が近付いてくる。

 

 一人は伯爵家の次男、一人は子爵家の長男、そして最後が将軍の娘である。

 

 貴族二人はギゼルと千司に首を垂れた後、綺麗な所作でテーブルに着いた。

 

 一方で、将軍の娘は燃えるような赤い髪を揺らし、鋭い目つきをそのままに千司の隣にどさっと腰掛け、足を組んだ。

 

「……リゼリア殿、奈倉殿に失礼ではないか?」

「はんっ、悪いが堅苦しいことは苦手なんだ。許せよ勇者」

「気にしておりませんので大丈夫ですよ」

「おぉ~そうかそうか! さすが勇者だ! そうだな、ちまちましたことはめんどくせぇよな!」

 

 がははっ、と八重歯を見せて笑うリゼリアに対して、ギゼルは恥ずかしそうに頭に手を当て、苦笑を浮かべた。

 

「奈倉殿はお優しいようで」

「いえいえ、その様なことは。ありがとうございます」

 

 目を伏せて感謝の意を表したところで、後から来た三人にも注文させる。

 

 しばらくしてテーブルの上に五つの飲み物がそろったところで、話し合いが始まった。

 

 千司は珈琲を一口飲み、世間話から始める。

 

「この珈琲、大変美味しいですね」

「えぇ、私もそれなりにうるさい方ですが、こちらの店は特に素晴らしい。聞くところによるとオーナーがかなりこだわっているのだとか」

「やはりそうでしたか。そのような素晴らしい店にご案内いただき幸甚に存じます。……ところで、入店の際に学生証をお見せになっておりましたが、あれはどういうことなのでしょうか?」

 

 千司の質問に、ギゼルは件の学生証を取り出しながら答えた。

 

「こちらの店はランク上位者を優遇してくれるのです。私は学内ランキング三十一位。二十位以内ならさらに料金が無料になるなどの優遇があるのですが、私の実力ではこの辺りが限界でして」

「そんな、大変すばらしい好成績ではないですか」

「私は二十五位だ! どうだ~勇者! 二十五位だぞ~!」

「リゼリアさんも素晴らしいですね」

「だろう、そうだろう!」

 

 千司の肩を組んで楽しそうに笑うリゼリア。

 ガサツな印象を覚える一方で、ギゼルや他の貴族二人、そして何より朝の挨拶で千司にしか声を掛けなかった点から、ある程度貴族に関する知識は持ち合わせていると考えるのが妥当。

 

 故に千司は彼女に対しても態度を崩さずに接することにした。

 

「先日、編入試験ということでランキング上位者の方々の戦いぶりを拝見しましたが、恐ろしい程に強い方々でした」

「そうでしょうとも。中でもランキング上位五名はすべて王国貴族の英傑たち。同じ貴族の子息として、私も負けていられないと邁進する日々ですよ」

「なんと、上位五名すべてが!? それは凄い!」

「えぇ、六位にはそこにいるリゼリアの姉が、他にも上位二十人は、そのほとんどが選ばれた血筋(・・・・・・)の者たちなのですよ」

「ほとんど、というと……そうではない方もいらっしゃると?」

「……まぁ、そうですね」

 

 尋ねると、ギゼルはわかりやすく不機嫌になり、面白くなさそうな顔で吐き捨てる。 

 

「どうかされたのですか?」

「これは失礼。……何名か庶民出身の方もおり、私とて彼らの実力を認めてはいるのですが……十九位のダグという男だけはどうしても」

「というと?」

 

 聞き返すと、それに答えたのはリゼリア。

 

「あれはダメだな。品がない。取り繕う様子も見せない。なんでもスラム街出身だという噂だが、貴族連中憎しという思いがありありと伝わってな、自分より下のランクの貴族を馬鹿にする傾向が……あぁ、そういうことか(・・・・・・・)

 

 淡々と説明していたリゼリアであるが、徐にあることに気が付いたように目を見開き千司を見つめた。それまで浮かべていた人好きのする笑みを消し、能面のような表情で観察するような視線を向けてくる。

 

(……バレたか?)

 

「どうされました、リゼリアさん」

「いや……ふむ、ギゼルは気付いていたのか(・・・・・・・・)?」

 

 千司の問いを無視し、リゼリアはギゼルに話を振った。

 彼は千司を一瞥したのち、ため息を吐いて答える。

 

「えぇ、まぁ。私に声をかけてきた時点でそう言うことなのだろうとは予測しておりました。何しろ、王国貴族のステータスが高いというのは有名な話ですので」

「なるほどな。勇者を管理しているのは王国……帝国については分からなかったからギゼルにってところか……へぇ」

 

 その言葉から、聞きたかったことがバレていると判断した千司は、顔に笑みを張り付けて二人に向けた。

 

「いかがされましたか?」

「いや、なに。お前は私と同類の匂いがしていたんだが、どっちかってーと、王国貴族に似てるって思っただけだよ」

「入学して一日ということを鑑みれば、その行動力はリゼリア殿に通じるものがあるのではないかと、私は感じましたが」

「酷いですねぇ、ご両人。まるで私を押し付け合っているように聞こえますが」

 

 するとリゼリアはこらえきれないとばかりに「かかっ」と笑う。

 

「はんっ、どうやら勇者は王宮で戦闘の訓練してただけじゃねぇみてぇだなぁ。これはあの王女様に色々仕込まれたかぁ?」

「私としても、これは面白いことになりそうですねぇ」

 

 にこにこと笑みを張り付けたまま呟くギゼル。

 

 一方でずっと話に取り残されていた王国貴族の二人は何のことやらと顔を見合わせ、おずおずと手を上げ疑問を口にした。

 

「あの、三人ともどうされたのですか?」

 

 その質問に、ギゼルは口元に優しい笑みを浮かべたまま答えた。

 

「なに、勇者殿が我々の目の上のたん瘤を切除してくれる。ただそれだけです」

 

 それでも意味が分からず疑問符を浮かべる二人に対し、残りの三人はくつくつと楽しそうに懇談会を続け――翌日。

 

 

 勇者『奈倉千司』と学内ランキング十九位『ダグ』の『決闘』が執り行われることになった。

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