クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

58 / 118
第26話 犯人特定

 放課後、千司は学内を一人歩いていた。

 夕景はすでに遠く、太陽は西の空に沈みつつある。

 空には夜の帳が降り、世界が闇に飲み込まれる中を腰に騎士団からパクった真剣を携えて進む。

 

 その足が向かうのは研究棟。

 魔法学園の教師は生徒に対して教鞭を振るうほかに研究者としての側面もある。そんな彼らに与えられたのが、研究棟。寝泊まりするための場所では無いものの、長時間の研究の際には泊まりこむ者も居る。

 

 そして、今から会いに行く人物もまた、その一人であった。

 

 屋内に入り、廊下を進む。

 コツコツと足音を鳴らしながら一階最奥の一室へ。

 

 千司は身嗜みを再度確認してから扉を数度のノック。

 

「どうぞ」

 

 と言葉が返ってきたのを確認してから入室すると、そこには一人の教師が石畳の床に座り込み、チョークを片手にこちらを見上げていた。

 

 彼の正面には床に描かれた魔法陣(・・・)

 

「おや? 見たことある顔だな! ――そう、勇者の一人にして三組の生徒、奈倉千司くんだ! 正解だ! 僕! +千ポイント!」

「こんな時間にすみません、シュナック教諭」

 

 千司が訪ねたのは白い歯が良く似合う、頭のおかしい溌溂教師、シュナック・ビルデハイデンの研究室であった。

 

「気にすることは無いさ。何故かわかるかい? ――そう、今は休憩中だったからだね。たまの息抜きを挟まないとどうしても能率が下がってしまって仕方がない! 僕に+五十ポイント!」

 

 いつものように異常者全開で語るシュナックはチョークを置いて立ち上がると「コーヒーでも飲むかい?」と告げてコップを取り出す。

 

「いえ、そこまで長居するつもりはありませんので」

「そうか。でも僕は飲みたいから飲むよ!」

「お好きにどうぞ」

「では遠慮なく……」

 

 シュナックは珈琲を淹れながら「それで?」と千司に問いかけた。

 

「奈倉千司くん。僕に何か用なのかな?」

「分かりませんか?」

「ふむ……可能性としては今朝の一件かな? 僕もあの人だかりの中に居てね、ある程度の状況は理解しているつもりだ。そして、キミが中心となって動いているということも」

「……」

 

 千司の無言を肯定と受け取ったのかシュナックは人好きのする笑みを浮かべた。

 

「つまり、キミがここに来た理由は事情聴取という訳だ」

「正解です。シュナック教諭に+百ポイント」

 

 まさかそんな風に評価されるとは思っていなかったのか、彼は一瞬キツネにつままれたような表情を見せつつも破顔。

 

「ははっ、それは嬉しいな。それで何を聞きたいのかな?」

「ご協力感謝します。ではまず初めに、昨夜はどこに居ましたか?」

「昨夜、というのが具体的に何時から何時までの間を指すのかは分からないが、学校が終わってから朝までの大半はここに居たよ」

「証明する人は?」

「生憎いないね。一人の研究室だからね」

「何の研究を?」

「キミが今目の前にしているそれさ」

 

 魔法陣に視線を落とすと、それはロベルタを縛り付けていた物に似ていた。

 少なくとも彼の授業で習う基礎的な魔法陣とは大きく乖離した非常に高度な逸品であることは間違いない。

 

 ふと、その魔法陣に千司は見覚えのある文脈があることに気付く。

 

「『龍脈の力、借り受けん』……?」

 

 それはロベルタの封印に用いられていた魔法陣にも刻まれていた文言。

 

「へぇ、読めるんだね」

「……てことは普通は読めないのですね。おそらく勇者の能力でしょう。俺たちはこの世界の言葉を一切の苦なく読み取ることが出来ますから」

「それは初耳だな。いいことを聞いた」

「……で、その聞いた情報をどうするのですか?」

「……というと?」

「どういった意味でいいこと(・・・・)だと判断したのかを聞いています」

「それはキミには関係ない話だね」

「……」

「……」

 

 無言で見つめあう千司とシュナック。

 千司は次第に表情を消し、殺気をみなぎらせていく。

 

「おいおい、怖いなぁ。もしかして例の泥棒として僕を疑っているのかい?」

「そうですね」

「証拠はあるのかな?」

「教員の誰かが怪しい、という所までは分かってますよ」

「それだけで僕を疑われても、こちらとしてはいい迷惑なんだが。……はぁ、用がそれだけならそろそろお引き取り願えるかな。そろそろ研究を再開したい。それに学園長に言われていた仕事もまだ片付いていないのでね。はぁ、忙しい忙しい。頑張る僕に+一万ポイントを贈呈したいところだよ」

 

 益体の無いことを口にしながら部屋の扉を開き、暗に千司に外へと出るよう促してくるシュナック。千司は扉へと一歩近付き——腰に下げていた剣に手を掛けた。

 

「そう言えば、一つ言い忘れていたことがありました」

「……言い忘れ? というか、剣から手を離してくれないかな? それはあまりにも穏やかじゃない」

 

 目を細めるシュナックを無視。

 千司は口端を持ち上げて目を見開き、告げた。

 

「昨夜、お会いしたのは俺ですよ」

「……っ!?」

 

 瞬間、千司は一切の躊躇なくシュナックの首筋へ向けて剣を振り抜く。

 

 対するシュナックは頭をフル回転。試されているのか、寸止めするつもりなのか、自身はどう行動するべきか、目の前の勇者から信用を得るにはどうすればいいのか、気付かないふりをして驚いて見せればいいのか――否。

 

 直感だった。

 

 迫りくる真剣は、確実に自身の命を刈り取りに来ている、と。

 

「……っ、くそ!」

 

 反射的に千司から飛び退くシュナック。

 コンマ数秒の後に、千司の振るった剣が先ほどまで首のあった位置を真横に凪いだ。

 

 それを認識したシュナックはもう誤魔化しようがない(・・・・・・・・・・・)と判断し、懐から手のひらサイズの正方形の紙を複数枚取り出しながら口を開く。

 

「容赦がないなぁ……何故分かった。あの時間帯であの距離なら顔の識別など不可能。事実僕も君だとは気付かなかったし、他にも何の証拠も残していなかったと思うが……それとも勇者は視力もいいのかい?」

 

 警戒態勢を取りながら問いかけて来るシュナックに対し、千司は剣を構え直しながら答える。

 

「いいえ? 俺も顔は全く見えませんでしたし、別にあなただって言う確証はありませんでした」

「……それはおかしな話だ。キミは確かに殺す気だったと思うのだけど?」

「正解です。えぇ、殺すつもりでしたよ?」

「ほう?」

 

 怪訝な表情を浮かべるシュナックに千司は指を立てて答える。

 

「実は先ほどは少し嘘をつきまして……容疑者が絞れていないというのは誤りで、正確には貴方を含めた三名にまで絞られていました」

「それでも三人いるじゃないか。ならば何故キミは殺そうと……いや、待て」

 

 ふとシュナックは何かに気付いたように顎に手を当て、注意を千司から逸らさずにぼそぼそと独り言を続ける。

 

「確か、勇者の中には襲ってきた冒険者を皆殺しにしようとした者がいるって——」

 

 その言葉に千司は鋭い切っ先を向け、満面の笑みで答えた。

 

「そう、それが俺です! そして容疑者が三人ぽっちなら全員殺してしまえば全部解決ということです! 正解、さすがシュナック教諭だ! +百億ポイントをプレゼントしてあげましょう!!」

 

 話を打ち切った千司は剣を構えたまま突貫。細かな動きでフェイントをいくつもしかけながら一秒にも満たない速度で彼我の差を埋めると、再度彼の首を叩き切ろうと試みて——。

 

「……死ね」

「っ!?」

 

 突如、横合いから『ファイアーボール』が飛んで来た。

 

 自身にぶつかる寸前で何とか身体を翻し回避。炎の弾は部屋の壁に焦げ跡を残して消える。その威力から直撃していても大したダメージにはならなかっただろうと判断。

 

「これに反応するのか」

「ご丁寧に不意打ちの瞬間を教えてくれたのでね。……これが魔法陣を使った戦い方ということでしょうか?」

「さて、どうですかね。ただまぁ、同様の物はこの建物中に張り巡らせておりますが」

 

 はぐらかすシュナックに警戒しながら、魔法が飛来してきた方角を確認。そこには彼の手に握られている紙と同様の物が、研究資料の本の影に張り付けられていた。

 

(シュナックくんの言う通り、この大きさなら他にもありそうだなぁ~。威力は低いが攪乱に使われ逃げられたら追いかけるのは難しい……)

 

「……はぁ、まぁいいや」

 

 色々と気になる技術体系であるが、今はどうでもいい。

 いざとなればロベルタにでも聞けばいい。

 

「どうしたのかな? もしかしてお話は以上かな? ならば僕はそろそろ魔法学園(ここ)から逃げなきゃいけないし、お暇したいのだが」

「それを許すと思うのですか?」

「いくら勇者でも下級程度には劣らないさ……」

「あっそ」

 

 そう吐き捨て、千司は再度真正面からシュナックに切りかかる――瞬間、背面の室内からいくつもの魔法が飛来。

 しかしその全てを千司は曲芸じみた動きで回避。

 驚き目を見開くシュナックに最接近。

 

「……っくそ」

 

 相手は魔法陣を専門に扱う人間であり、近付かれることを忌避している。

 ならば、と千司は勇者のステータスとリニュからたたき込まれた技術を総動員して最小限の動きで剣を取りまわして、シュナックの首筋めがけて全力で振るい——。

 

「馬鹿め」

 

 余裕をもって回避された。

 瞬間、振り抜いてがら空きとなったわき腹に、彼が握りしめていた紙の魔法陣が発動。

 

「簡易上級魔法——『カタストロフ』」

 

 本家に比べると威力は数段落ちるが、人間相手に発動するなら十分以上の殺傷能力を秘めた魔法であり、シュナックの切り札である。

 

 炎は千司を燃やすだけではなく室内の書物などにも飛び火しているが構わない。

 

「どうして剣戟が回避できたかわかるいかい? そう、僕は近接戦も得意だからだね! えらいぞ、僕! 部屋の証拠隠滅を含めて昨日見られた失態はすべてチャラ! +一千兆ポイントゲットだ!」

 

 高らかに告げたシュナックは焼けた千司の死体を確認しようとして——見当たらない。

 

「あ?」

 

 疑問が脳を埋め尽くすと同時に腹部に痛み。

 視線を落とすと、背中側から自身の腹が一本の剣によって貫かれていた。

 

 シュナックは困惑しながらも振り返り、無傷で立つ奈倉千司を見て顔をひきつらせる。

 

「ぁ、な、んで?」

 

 千司がシュナックの攻撃を避けた方法はいたって単純。

 

 『偽装』である。

 

 シュナックが魔法を主軸に戦いつつも、しかしその威力から何かしらの隠し玉を持っているのは明白。故に千司は『偽装』で自身の虚像を生み出し、同時に『偽装』で本体の気配を消した。

 

 あとは背後に回り込み、隙を見て攻撃するだけ。

 

 『偽装』は持っているだけで『裏切り者』がバレるためおいそれと使うことは出来ないが、現状の様な他に誰も見ていない一対一に置いては無類の強さを発揮する。

 まぁ、それでもステータスの高さが無ければごり押しで負けるので、上級勇者相手には通用しないのだが。

 

(それをこいつに話してやる義理は無いが)

 

「困惑してるのは俺の方ですよ。いきなり誰も居ない部屋に炎をぶちまけるのですから……盗んだ資料までも燃やしてないでしょうね?」

「ぁ……がふっ」

 

 吐血するシュナックに、千司は剣を差し込んだまま尋ねる。

 

「資料のありかを教えてください」

「……だれが、言うか」

「良いんですか? 今ならまだ助かりますよ?」

「ふざけろ、この傷……この血の色、例えどんな回復魔法の力を借りようと、もう助かりは——」

「学園に居る勇者の中には『祝福の巫女』なんて職業の者が居ましてね……死んでなければ大概の傷は治せますよ」

「……っは、そんなことを言って、殺すことは、目に見えている。お前は、敵対した冒険者を殺した過去があるし、先ほどだって殺す気だと言っていたじゃないか!」

「あれは彼らによって友人が殺されたからです。しかしシュナック教諭は違うでしょう? あなたが行ったことは盗みだ。資料をもって出頭すれば、命までは取られない。俺が脅したのだって心理的に優位に立とうとしたからです」

「……」

 

 無言になって自身の腹を見下ろす彼に、千司は優しい声色で語り掛けた。

 

 大丈夫。

 言ってくれればすぐに回復させます。

 シュナック教諭は生き残る。

 家族は居るのですか?

 大切な人は。

 未練だってあるでしょう?

 こんなところで命を落とすことほど、無駄なことはありません。

 あなたは強く、そして聡い人だ。

 先生。

 先生。

 

 俺は、貴方を殺したくないんです。

 だからどうか、教えてください。

 

 千司のそんな言葉に、シュナックは逡巡した後、自身の腹から流れ出る赤黒い血を少しでも止めるように手で押さえ、答えた。

 

「……はぁ、はぁ……地下だ」

「地下?」

「この部屋には、地下室が、ある。……数年前、何かの、事件があって、記録から消された、地下室。……部屋の中央の、魔法陣。その、下だ……」

「そこにあると」

 

 コクリと首肯するシュナック。

 

「では次に、昨夜俺から逃げた方法を教えてください。あそこは行き止まりで、壁を昇ろうにも土で汚れた足跡が残るはず——」

「ま、待ってくれ! その前に治療を——」

「こちらが先です。早くしないと、間に合わなくなりますよ」

 

 一度吐き出してしまえばあとは簡単だ。

 すでに生への希望に手を掛けたシュナックに、拒否権は無い。

 

「……っ、ち、地下通路だ。この学園には、校舎と闘技場付近に隠された地下通路があるっ!」

「何のための?」

「闘技場の魔法を整備するためのものだ。『致命傷にならない魔法』は、魔法陣を用いたもので、その整備に使われる」

「何故隠されているのですか?」

「それだけ、闘技場が重要施設ということだ。……なぁ、もう、いいだろ? 早く、治療を——」

「そのことを知っているのは誰ですか?」

「え?」

「地下通路、他に誰が知っていますか?」

 

 シュナックは半泣きになりながらも、答える。

 

「今の学内では、学園長のフランツと、整備をしていた俺、だけだ……っ」

「……ふむ、そうか」

「はぁ……はぁ……っ、これで、いいのか?」

「あぁ、はい。もう聞くことはありません」

 

 その言葉に、シュナックは戦慄し、頬を引きつらせる。

 

「は、はぁ? 待て、俺が盗んだ理由とか、裏に誰が居るかとか……治療してくれたら、話すから……っ!」

「いや、別にそのあたりは興味ないから。ご苦労さんっ!」

 

 文字通り血の気が引き、がちがちと震えで歯をかちならすシュナックに、千司は満面の笑みでサムズアップ。

 

「くそっ、くそくそっ、何だよ、何だよお前! 本気なのか!?」

「もちろん」

「ゆ、勇者なんだろ!? なぁ、俺は、人類に敵対したいわけじゃないんだよぉ! 頼む、頼むから」

「ん~無理!」

 

 涙ながらに懇願するシュナックに、千司は半笑いで答える。

 

「く、くそ! くそくそくそ! お前なんか勇者じゃない! ただの糞ったれの殺人鬼だッ!」

「ははっ、自分勝手も甚だしい。今回の俺は泥棒を捕まえた正義の探偵だぜ? ただ抵抗されたから応戦しただけ。そんな殺人鬼(罪人)と一緒にしてほしくないなぁ~」

 

 カラカラと笑った千司はシュナックに突き刺したままだった剣を勢いよく引き抜くと、泣き叫ぶ彼の首へと剣を走らせ――その首を骨ごと一刀両断。

 

 ごろりと生首が転がり、身体は倒れびくびくと痙攣した後、沈黙。

 辺りは静寂に包まれる。

 

 それを見て、千司は深呼吸してから瞑目し……思った。

 

 

(やっぱりたまには暴れないとストレスたまるよなぁ~。闘技場は殺し禁止だし、実践はスリルも満点! 色々ありがとね、シュナックくん! キミに+一ポイントプレゼントするから、三途の川の駄賃にでもしてくれ!)

 

 物言わぬ肉塊と化したシュナックを跨ぎ、千司は室内へ。

 まだ多少焼けている中、彼が言っていた魔法陣の描かれた床の石畳を外すと、その下に木の板でふさがれた地下への階段が見つかった。

 

(さて、それじゃあ人が来る前にさっさと資料を探しますか)

 

 そう思い、千司は地下室へと足を進めるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。