クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第29話 忙しない二面生活。

「相談だと?」

 

 眉間に皺を寄せるグエンに、千司は柔和な笑みを浮かべて告げた。

 

「はい、貴方にはこちらの闘技場の代表になっていただきたい」

「代表……代表? 意味が分からない」

「簡単に申しますと、貴方が我々のトップのようなものになる、ということです」

「なんだと……!?」

 

 驚き二、三歩後退る彼に、千司は懐から金貨を数枚取り出して握らせるて続ける。

 

「トップと言っても、貴方が雑事をする必要は何もありません。北区の守護者である貴方の庇護下に入れて頂きたい。要はそういう意味でございます」

「し、しかし……」

「こちらでは足りませんか?」

 

 言って、千司は更に金を握らせながら続ける。

 

「貴方にお願いすることはそう多くはございません。こちらで商いをする許可と、北区に住まわれていらっしゃる真なるレストーの住民の皆様に、我々は決して敵ではないとお伝えしていただけるだけでいいのです」

 

 若干引き気味の様相を見せるグエンに、千司はあくまでも下から攻めていく。

 

 仮にこれが一般的な教育を受けた日本人ならば余程のことがない限り怪しいと感じ取り、拒絶の色を示しただろう。しかし目の前の男は教育水準の低いこの世界の中でもさらに最底辺。レストーに置いて白い目で見られる北区の住民。

 

 加えて彼が金銭的に貧しいことはその身なりから容易にうかがえるため、実際に金を握らせれば目の色が変わるのは必然だった。

 

「……ほ、本当にそれだけでいいのか?」

 

 予想通りの反応に、千司は口端を持ち上げる。

 

「えぇ、それだけでこの闘技場の売り上げの一部が、貴方の財布に……一枚、二枚と」

「し、しかし俺だけが手に入れるのは……ほ、他の奴にも」

 

 大金を与え過ぎた結果か、流石に怖気づくグエン。

 もう少し馬鹿かと思えば、意外と繊細な一面があるらしい。

 

(まぁ、もう遅いが)

 

 千司は大きくため息をつき、頭に手を当て頭を振った。

 

「生憎とお一人限定となっておりまして、北区の守護者である貴方に特別(・・)ご相談させていただいたのですが……しかし、なるほど。お引き受けいただけないのでしたらまた別の方にお願いするとしましょう。無理なことを相談してしまい申し訳ありませんでした。それではこちらのお金は再度返していただくと——」

「ま、待ってくれ!」

 

 金貨を返してもらおうと手を伸ばせば、それから逃れるように背を丸くするグエン。千司は手を握手の形に変えると、ゆっくりと差し出し——。

 

「では、お引き受けいただけると?」

「……あ、あぁ。引き受けてやるよ」

 

 グエンはその手を取った。

 後方でミリナから呆れたようなため息が聞こえたが無視。

 千司は新たな仲間ににこやかな笑みを浮かべる。

 

「それは良かった! では、先ほどお願いしたように、北区で我々の事業に反感を抱いている皆様のことはよろしくお願いしますね!」

「ま、任せろ。……ははっ」

「当然、結果が伴わなければ別の方にお願いしますので」

「わ、分かってる! 北区の守護者を舐めるなッ!」

 

 ふんすっ、と鼻息荒く部屋を後にするグエンを、千司は最後までにこやかな笑みで見送った。やがて扉が閉まり、室内は静寂に包まれる。

 

「で、どうするのですか? 本当にあのような人間をトップに?」

 

 最初に口を開いたのはミリナ。

 視線を向けると、彼女は冷めた目で千司を見つめていた。

 そんな彼女の問いかけを、千司は鼻で笑う。

 

「まさか。使えるだけ使い潰して……さっさと死んでもらうよ」

 

 その言葉に、ミリナはやはりと言わんばかりにため息を溢す。

 

「死んでもらうってことは殺すの? 殺すならア——私を使って欲しいな、ドミトリー♡」

「あんな雑魚殺しても面白くないだろ。もっといい獲物を準備するから待ってろ」

「いひひっ、ほんと!? ほんとほんと!? あぁ、あへぁ♡」

 

 歓喜に股を濡らして喜ぶアリア。

 はっきり言って最低である。

 

「今更ですが、いい加減彼女の名前教えて頂けないでしょうか? 色々と不便です」

「そう言えば、まだ隠していたんだったか」

 

 現在のアリアは茶髪の一般的な女性の姿に『偽装』させている。何しろ彼女の本来の髪色は強く人目を惹くからだ。

 千司は逡巡し、いざとなればミリナを殺せばいいかと結論付ける。

 

「こいつはアリアだ」

「……どこかで聞いたことがあるような」

「血染めのアリア、と言えばわかるか?」

「……え、うそ」

「ほんと」

「あれ、バラしちゃうってことはミリナちゃん殺していいの? い、いいのっ!? ドミトリーっ♡ いひ、いひひひひっ♡」

 

 殺意をみなぎらせると同時に先ほどよりもさらに股を濡らすアリア。

 彼女とミリナはそれなりに仕事を共にしているはずであるし、最初の頃に比べて明らかに仲良くなっているように見受けられるが、シリアルキラーな彼女に情はスパイスでしかないらしい。

 

(俺も、油断してたらいつ殺されるかわかったもんじゃねぇな~)

 

 千司は大きくため息をつきながらアリアの頭を押さえた。

 

「いいわけあるか殺人鬼。利用価値のある人間は殺すな。代わりはたくさん用意してやるんだから。そんな訳で、ミリナ・リンカーベル。これからもよろしくな。お前の婚約者に利用価値が生まれ続けるかどうかは、お前の働き次第なんだからな」

 

 千司の言葉にミリナは舌打ち。

 

「何が利用価値だ……今のを聞いて余計に死んでいる可能性が上がっただろうがッ」

「おやおや、敬語はどうしたのかな?」

「黙れくそったれッ! いつか殺してやるからなッ!」

「立派に働いてくれたら返してやるって言ってるのに……まぁいいや」

 

 より意欲的に働いてくれるのならそれ以上に歓迎すべきことは無い。

 どうせ彼女も使い捨ての駒に過ぎないのだから。

 

「それじゃあ仕事を再開しようか、ミリナ。愛しの婚約者くんの為に」

 

 グエンという邪魔者が入ったため後回しになっていた『地下闘技場』の視察と、かねてより計画していたロベルタの遺産がひとつ『フレデリカの鉤爪』簒奪計画の進捗について千司は尋ねるのであった。

 

 

  §

 

 

 翌朝、いつも通りの時間に目が覚めた千司は早朝訓練へ。

 

 シュナック殺害以降、若干気まずい雰囲気になったリニュであるが、数日も経過すればそれを表に出してくることは無くなっていた。というのも、彼女には時間が全てを解決したと演じて見せたからだ。

 

 しかし、千司が異世界人のことをほとんど何も思っていない、という印象を植え付けることには成功したため、その負い目は精一杯に生かしていきたい所存である。

 

 訓練が行われるグラウンドを訪れると、そこには銀髪を朝陽に輝かせるリニュと、そんな彼女の目の前で剣を振るうセレンの姿があった。

 

「む、来たかセンジ」

「おはよう、奈倉千司。貴公が来るまでの間、先に訓練を始めさせてもらったぞ」

「おはようございます。頑張るのは良いですが、疲れて日中動けないとかはやめてくださいよ」

「大丈夫、体力には自信があるからな」

 

 そう言って柔和な笑みを浮かべるセレン。

 彼女にもかなりキツイ物言いをした千司であったが、こちらはあまり気にした様子を見せていなかった。自称馬鹿は伊達ではないらしい。が、千司としては扱いやすくてありがたい限りである。

 

 結局、彼女を間に挟むことでリニュとの関係修復も早まり、加えてセレン本人の好感度を稼ぎ始めることにも成功。順調に女たらしの道を爆走する千司である。

 

「それは羨ましいですね。俺の場合は朝動くと授業中に眠たくなって……中々辛いものがありますよ」

「……おい」

 

 セレンと談笑していると、後方からリニュにガシッと肩を組まれた。

 その表情は僅かにむくれており、肩に回された腕がそのまま引き絞られて徐々に首を絞め上げていく。

 

「なんだよ」

「そっちこそなんだ! セレンには挨拶する癖に、アタシは無視かぁ?」

「あー、悪い。寂しかったのか?」

「ち、ちがっ、ふざけたことを言ってないでさっさと訓練を開始するぞ! 最近はかなり力も付いてきたが、まだまだ教えることはあるんだからな!」

「分かってるよ」

「ふんっ、ならばいいんだ。……何しろ、そろそろなんだからな」

「……なにが? 主語を省くな」

 

 突然のことに頭に疑問符を浮かべる千司。

 

「む、悪い。戦術学の授業の『レストー海底遺跡遠征訓練』のことだ。もうすぐだと聞いた」

 

 レストー海底遺跡遠征訓練。

 戦術学の教師、リーゼンが執り行う試験のような物である。

 

 魔法学園から少し離れた場所にある海沿いの洞窟にかなり大きな遺跡が存在する。普段は海底に沈んでいるのだが、潮の流れの都合でそれが海面に顔を出す時期がある。ぬかるんだ足場や、特殊なモンスターが住み着いているそこでこれまで『戦術学』で学んだことを発揮するという授業である。

 

 一日かけて一クラスずつ行われる訓練で、当然『戦術学』の成績に大きく作用する。

 

 まだ魔法学園に来て直ぐの頃に、リーゼンが言っていたものだ。

 

「魔法学園に来てからもうそんなに経ったのか。忘れていた」

 

 あの時はまだかなり先だと言っていたのに。

 どこか懐かしむように千司は嘘を吐く。

 

「忘れていたのか。センジにしては珍しいな」

「最近色々あったからな。すっかり頭から抜け落ちていた」

「……っ、すまん」

 

 おそらくシュナックのことを思い出したのだろう。

 シュンとした表情で落ち込むリニュ。

 

「あー、いや。今のはお前を虐めるつもりで言ったんじゃない。気にするな」

「そうか……ん? ということは、虐めるつもりで言っていることもある、ということか?」

「リニュって結構頭いいよな」

「くそっ、相も変わらず生意気な奴め! 今日はたっぷり虐め抜いてやるからなぁ!」

「はぁ!? いつも虐めまくりだろうが!」

「ふんっ、さらに虐めてやるって意味だ! 遠征訓練でくだらない結果に終わらないよう、しっかり追い込んで鍛えてやらないとだからなァ!!」

 

 そうして早朝訓練が開始。リニュが打ち込んできたのを千司は回避し、隙を見つけては攻撃。その様子を横合いからセレンが観察し、取り入れるべき場所は取り入れ、代わりにダメだった場所は都度教えてもらう。

 

 第三者の目が増えたことで、自身の戦闘をより俯瞰的に見ることが出来るようになった千司は期せずしてより効率よく力をつけていた。

 

 やがて肩で息をし、汗で服が身体に張り付き始めた頃、ようやく訓練は終了した。

 王宮に居た頃はもう少し長い時間訓練していたのだが、魔法学園に来てからは授業もあるし、リニュも警備の仕事がある。必然的に時間は短くなっていた。

 

「まぁ、頑張ってはいるが、アタシを超えるにはまだまだのようだなぁ♡ なぁ、ざこ♡ ざーこ♡ ざこセンジ♡」

 

 疲れ果てて地面に大の字になる千司を、頬を上気させ満面の笑みで見下ろすリニュ。相変わらずのドSに、反骨精神が沸き上がるも、立ち上がる力は残っていない。

 

「うるせぇ……」

「ふん、こんなに弱ければ、遠征訓練が心配になるなぁ。そうだ、怪我の一つでもして帰ってきたらさらに訓練を追加してやる」

 

 何気ないリニュの言葉に、しかし千司は引っかかりを覚える。

 

「まて、遠征訓練の警護にリニュは来ないのか?」

 

 帰ってきたら、とはまるで彼女が魔法学園で待っているかのようだ。

 

「む、そういえば言っていなかったか。海底遺跡への遠征訓練はセレンと一部騎士、そして学園警備員が数名隠れて着いて行くことになっている。アタシはその間の学園の警護だ」

「……いや、それは……セレン団長たちの力を信用していないという訳じゃないが……流石に危ないんじゃないか?」

 

 訓練は一クラスずつという少人数で行われる。王国側としては、当然そこを狙われる可能性を考慮するだろう。そうなると王国最高戦力の一角であるリニュを護衛に付けないのはおかしな話である。

 

 千司の言葉にリニュは難しい顔をして答えた。

 

「アタシもそう思ったんだが……海底遺跡は洞窟内で閉所。通路はダンジョンよりさらに狭く、そこでアタシが本気で戦おうとすると勇者や他の生徒ごと生き埋めにする可能性が出て来るんだそうだ。そして、アタシが本気で戦うほどの相手じゃなければ、セレンや他の騎士で十分対処可能、と言われたんだ(・・・・・・)

 

 誰に、かは聞くまでもない。

 剣聖という王国内でもトップに近い権力を持つ彼女に命令できる人物で、わざわざそのような何かしらの思惑が混じった指示を出す人間など、千司は一人しか知らない。

 

「ライザ王女か」

「そうだ。交代で来た騎士からそう伝言があってな。他にも、当日は減った分の警備を補うために騎士を数名増員するのだそうだ」

 

(へぇ、相変わらずイヤらしいねぇ〜、離れたところからなんで分かるんだよ)

 

 ライザの思考回路と判断力に戦慄しつつも、しかしこればっかりはどうしようもない。が、最悪の場合でも問題ない(・・・・)と千司は判断。

 

「まぁ、そこまでするなら、遠征自体を中止したほうがよさそうに思えるが……」

「政治的なあれこれらしい。例えばシュナックの件。生徒や一般には伏せられているが、他国の官僚どもは当然把握している。学園側としては、安全な魔法学園ここに健在という所を見せたいのだろう」

「ライザ王女らしくないな」

「発案はフランツだ。恥の上塗りをしたくないのだろう。決行を発表したものを王女が抑えるわけにもいかん。上下の連絡が上手くいっていないことを他所にバレるわけにはいかないからな」

「あの学園長、プライドだけは高そうだしな」

「あぁ……アタシとしてもああいう手合いは苦手だ」

「でもそこまですればフランツもただじゃすまないだろ」

「王女も次期からは変更する方針らしい。……まぁ、とにかく、そんな訳で遠征には気を付けて頑張ってこいよ」

「へいへい」

 

 そんな感じでリニュと雑談をしてから、千司は早朝訓練を引き上げた。

 

 コテージに帰り、シャワーを浴びてから食堂へ。

 せつなと文香の二人と合流すると、いつも通り二人を侍らせて並んで食事。

 

 二人といちゃいちゃしながら食事をしていると、ふと他の席が埋まって困っている辻本、岸本、富田の三人を発見した。

 

 幸いにして、ハーレムくそ野郎の近くに座りたいと思う生徒は少なく、千司たちの周りが空いていたのでお声がけ。

 

「ふぅ、助かったでござる」

「このままじゃ立って食うことになってたしな。……が」

「ん~、奈倉くんの前って、気まずいんだよねぇ」

 

 辻本、岸本、富田の目の前には千司を両側から挟むように抱きつく二人の美少女。既に見なれた光景に嫉妬も湧かない三人であるが……ただ自分たちも彼女が欲しいと切に願うのだった。

 

 

  §

 

 

 その日の昼休み——岸本と富田の所属する五組に、大賀が乗り込んだ。

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