クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第35話 侵入者

 翌朝、千司はいつも通りの時間に目を覚ます。

 早朝訓練は休みであるが、身体に染み付いた習慣がそう簡単に取れることはない。

 

 二度寝する気も起きず、千司は両隣で寝息を立てるせつなと文香を起こさないようにベッドから這い出ると、顔を洗って寝ぐせを整え、服を着替えようとして——。

 

「っと、今日はもう制服でいいか」

 

 運動着に袖を通しかけたところで気付き、制服を身に纏う。

 珈琲を一杯入れて飲み干し、ほう、と一息ついてからコテージを後にした。

 

 向かう先はグラウンド。

 訓練がないことは分かっているが暇つぶしも兼ねて何とはなしに足を向けて見たところ、そこには静かに剣を構えるリニュの姿があった。

 

「よう」

「……センジか。訓練に……来たわけではないようだな」

「あぁ、ちょっと早く目が覚めて何となく、な。……そっちは? 早朝訓練はしないんじゃなかったのか?」

「これは訓練ではない。お前たちが朝起きて顔を洗うように、アタシは日が昇り始めると剣を振う。もう何十年と続けている習慣だ」

「そうだったのか。てっきり訓練だとばかり」

「いわば身体を起こす作業だな。竜人族(ドラゴニュート)は眠らないとはいえ、夜に身体を動かすこともない。一日の始まりを再確認する意味も込めてお師匠から教わったことだ」

 

 その言葉に、千司が意外そうに相槌を打つ。

 

「へぇ、リニュにも師匠が居るのか」

「そりゃあいるさ。もう死んだがな」

「そりゃご愁傷様」

 

 適当に返す千司に、リニュはキョトンとした表情を向けてくる。

 

「……センジは、なんと言うか珍しいな」

「なにが?」

「大概の人間はこの話をすると謝罪を口にする」

「そうなのか? まぁ、お前が気にしていそうなら詫びたかもしれんが、そうじゃなかったしな。なら上辺だけの同情など面倒なだけだろ」

「……そう言うものか?」

「俺の場合はそう言うものだな。気遣って生きるのは疲れる」

「ふーん」

 

 納得したのか、してないのか。

 微妙な表情を浮かべつつもうなずいた彼女は、しかし何か思うところがあったのかそれ以上口を開くことはなく、手にしていた剣を握り直す。

 

「……見ていていいか?」

「参加すればいいじゃないか」

「早朝訓練はやらないんだろう? それに、見ての通り制服だ」

「そうか」

「あぁ」

 

 千司はグラウンド脇の木の幹に背中を預けると、胡坐をかいて座る。

 ぼんやりとした表情で頬杖を突き、朝日をキラキラと反射して揺れる銀髪の美女を眺めた。

 

「……」

 

 しかし当の本人はちらちらと横目に千司を見やり、どこかぎこちない動きで剣を振う。と言っても、その動きは洗練されており、彼女本人の美しさも相まって、芸術の領域に足を踏み込んでいる印象すら受けた。

 

「……さっきからどうした? 俺のことは気にするな」

「だ、だが、そうじっと見つめられると何と言うか……き、気恥ずかしいんだっ」

 

 照れたように吐き捨てるリニュに、千司は即答。

 

「何を恥ずかしがる必要がある。リニュの剣筋は見惚れるほどに美しい」

 

 普段なら絶対に口にしないような、きざったらしい言葉を恥ずかしげもなく告げる千司。

 リニュは思わず目を見開き、頬朱色に染めて——かと思えばそれらを隠すようにそっぽを向き、寝ぐせだらけの跳ね散らかった髪を手で梳いた。

 

「な、なんだ急に」

「いや、たまには誉めてやろうと思ってな」

「そ、そうか。い、いつもの嘘か……」

 

 安心したような、しかしどこかショックを受けた様子のリニュに、千司は苦笑。

 

「嘘ではない。お前なら視える(・・・)からわかると思うが、本心だ。——あの日、初めてお前に話しかけたあの瞬間からずっと思っていた。——朝日を浴びて、真剣に剣を振うリニュは美しい、と」

「……っ」

 

 リニュは千司を見やり、その本心を視て——耳まで真っ赤に染め上げる。

 剣を持ったままの手で顔を隠し、かと思えば千司の様子が気になるのか指の隙間からちらちら視線を飛ばし、またそっぽを向いて、二、三度大きく深呼吸。

 

 こほんと咳払いを一つ入れると、普段は見せない優しい笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「ありがとう、センジ。それはアタシにとって——リニュ・ペストリクゼンに取って、最高の誉め言葉だ。すごく嬉しいよ」

 

 噛みしめるように感謝を述べるリニュに、千司は普段と変わらない笑みを返す。

 

「そうかい。それはよかった。……で、ここで見ていてもいいのか?」

「うむ、いいだろう。見て、自らの糧にするといい」

 

 いつも通りの態度に戻った千司に、リニュもまた普段通りの言葉を返す。

 改めて剣を握り直すと、鋭い銀線を中に描いた。潮風に揺れた銀髪が揺れる。ゆっくりと空が白ばむ静謐な世界で、銀髪の剣聖は美しく輝いていた。

 

 そんな彼女を観察し、千司は思う。

 

(リニュの好感度は絶好調だなぁ。チョロインで助かる~! この調子で、優秀な手駒に育ってくれよ~?)

 

 悪意にあふれた千司の思惑に、剣聖は気付かない。

 甘酸っぱい空気と爽やかな潮風が流れる中——二人の時間は過ぎていく。

 

 

  §

 

 

 リニュと別れた千司は起きてきたせつなと文香の二人と合流し、三人で食堂へ。朝食を終えるとさっさと学校に向かおうとして——ふと校舎の前で腰に剣を下げる複数の生徒を発見した。

 

 その中に篠宮の顔が伺えることから、本日レストー海底遺跡遠征訓練に出発する一組の生徒だと察する。

 

(一限が始まると同時に出発、だったか)

 

 彼ら彼女らの周囲には友人と思われる学園の生徒や、激励の声をかける勇者の姿が。

 その横を通り過ぎる寸前、千司の視界に見慣れた金髪とくすんだ紺色の髪を発見した。

 

 近付くと向こうも気が付いたのか、片手を挙げる。

 

「おはようございます、奈倉さん」

「あっ、千ちゃ——奈倉くん、おはよう」

 

 粛々と挨拶を口にするレーナに対し、いつも通り元気に千司に抱き着こうとして、せつなや文香の姿を発見し、落ち着いた雰囲気になる松原。

 

 その姿にレーナは驚いた表情を見せたが、千司たちを一瞥すると「なるほど」と呟いた。

 おそらく今の一瞬で大まかな事情を察したのだろう。千司を鋭く睨みつける視線が何よりの証拠だ。

 

「おはよう、二人とも。松原も見送りに来たのか?」

「うん、なにがあるか、分からないから」

「昨日、奈倉さんにも言われましたが、皆さん大袈裟ですよ」

「大袈裟なんかじゃ……」

「分かっています。さんざん聞かされましたので。慢心も楽観視もせず、細心の注意をもって行動しますので、どうぞご安心ください」

 

 言葉を先読みするように言い切るレーナに、千司は安堵の笑みを浮かべて答える。

 

「それならいい」

「……はぁ、まったく。貴方は私の親か何かですか?」

「守ってくれと頼まれたからな。当然のことだ」

「……そこまで行くと、何だかあれですね。あの女のような顔の兄と主従関係以上の何かがあったのかと勘繰ってしまいそうです」

 

 正解。

 

「あいにく、俺は女の子にしか興味はないよ」

 

 それまで黙っていたせつなと文香を抱き寄せて答えると、レーナはジトっとした視線で千司を睨み、次に隣でシュンとする松原をちらり。

 

 深いため息を吐きだすと、棘のある声で告げる。

 

「そうですか。奈倉さんには是非とも今度『へリスト教』の説法を聞くことをお勧めしたいと思います」

 

 へリスト教、一夫多妻制を認めていない王国の国教。

 要は千司のようなハーレム糞野郎は考えを改めろと言いたいのだろう。

 

「わかった。確かセレン団長が教徒だったから、遠征訓練が終われば頼んでみるよ」

「だめです、男の人に頼んでください」

「……そんなに信用ない?」

「信用する要素はどこに? まったく……っと、そろそろ時間です」

 

 ふと、懐中時計を取り出して時間を確認するレーナ。千司も確認すれば、確かにもうすぐHRが始まる時刻になる。教室までの時間を考慮すれば、そろそろ移動しておいた方がいいだろう。

 

「わかった、気をつけてな」

「はい」

 

 深くうなずいたレーナは次に松原へと顔を向けて——。

 

「では、行ってきますね。松原さん」

「うん、いってらっしゃい」

 

 小さく手を振る松原に満足気な笑みを返すと、彼女は千司たちに一礼してから人ごみの中に消えていった。

 

(……まぁ、大丈夫だとは思うが、保険を掛けておくか)

 

 そう判断した千司はきょろきょろと周囲を見渡し、少し離れたところでぽつねんと一人たたずむ勇者に近付いた。

 

「おはよう、田中」

「……奈倉か。おはよう。どうかしたのか?」

 

 千司が声をかけたのは三人いる白金級勇者の一人——田中太郎。

 表情が乏しく、日本に居た頃から唯一何を考えているのか分からなかったつかみどころのない生徒である。

 

「田中に一つ頼みごとがあるんだが、構わないか?」

「俺に出来る事なら問題ない。なんだ?」

 

 特に嫌がるそぶりも見せず首肯する彼に、千司は指を立てて口を開く。

 

「田中と同じクラスの、レーナ・ブラタスキってわかるか?」

「……あー、あぁ、学内ランキング二位の彼女か。わかる」

「なら話は早い」

 

 千司は一度言葉を区切ると、彼の耳元に口を寄せて小声で告げた。

 

「もし、遠征中に何か危険なことが起こったら、彼女を守ってやってくれないか?」

「……意外だ。奈倉は異世界人が嫌いと言っていたのに」

「あの子は特別なんだ。王宮で世話になった人の妹でな……できる限り守ってやりたい」

「だが、守る必要があるのか? 彼女は強い」

「だから、あくまでも『もしも』の話だ。彼女じゃ太刀打ちできないほどの危機が生じた際、田中に守ってもらいたい。もちろん、その時田中に余裕があればの話だけど」

 

 すべてを聞き終えた田中は相も変わらず表情を一切変えないまま、悩むように顎に手を当て瞑目。数秒後、ゆっくり目を見開くとこくりと首肯を返した。

 

「わかった。だがあくまでも余裕があればの話だ。できる限り努力はするが、無理な時は無理、その時はあきらめてくれ」

「それでいい。ありがとう」

「いや、構わない。奈倉は色々と頑張っているからな。その手伝いができるなら、俺としても嬉しい」

「頑張ってる?」

 

 突然の誉め言葉に困惑する千司。

 田中は無表情のまま続ける。

 

「あぁ、俺は……恥ずかしい話、人付き合いが苦手だ。そんな中で、奈倉は積極的に交流し、夕凪の死後も何とか勇者たちを取りまとめてきた。俺はそのことに感謝の念を抱き、尊敬している。俺にはできない事だから」

「そこまで言われるとむず痒いな」

「そうか? ……まぁ、とりあえずそう言うことだ。出来るだけ努力する」

 

 無表情のままにサムズアップして見せる田中。

 良く分からない生徒である彼は、そのままひらひらと手を振って背を向けると、一組の方へと戻っていった。

 

 田中との話が終わった途端、それまで放置していたせつなと文香が詰め寄ってくる

 

「田中君となに話してたの?」

「ん? あぁ、ちょっと頼み事をな」

「それってさっきの女の子について?」

 

 頬を膨らませてジト目を向けてくる文香。千司は彼女の頬をツンと突いてから教室へと向かい歩きながら答える。

 

「まぁな。あの子、俺の執事やってた人の妹なんだよ。色々と世話になったし、守れるなら守ってやりたくてな」

 

 その言葉に二人は「なるほどね」「三股目かと思った」などと失礼極まりないことを口にしつつ、安堵の息を吐くのだった。

 

(まぁ、実際はその執事と三股してるんだけどね)

 

 などと思いながら、三人はそれぞれの教室へ向かうのだった。

 

 

  §

 

 

 千司が三組の教室に到着するのと、HRが始まるのはほぼ同時だった。何とか間に合ったと息を吐く千司は、ふと教室に違和感を覚えて隣の松原に声をかけた。

 

「……なぁ、渡辺と不破は?」

「? さぁ、見てないよ? 二人ともまだ見送りしてるんじゃないかな?」

「あー、確かに。二人とも篠宮と仲いいしな。ならそのうち登校してくるか」

 

 なんて適当に語っていると、松原はにぱーっと笑みを浮かべて抱き着いてきた。

 

「……どうした?」

「えへへ、それまでは千ちゃんと二人っきりだと思って♡」

 

 やったー、と嬉しそうに身体を寄せる松原に、千司は苦笑。

 

「あー、確かに二人は来てないけど、他の生徒の目はあるからな? 現在進行形でめっちゃみられてるからちょっと離れて」

「えへへっ、うん、わかったぁ!」

 

 千司の言葉に松原は嫌な顔一つ見せずに、にぱーっ( ˶ᐢᗜᐢ˶)と、相も変わらずいつも通り、純度百パーセントの笑みを浮かべ続けるのであった。

 

 

  §

 

 

 結局、三限目が終わっても渡辺と不破は姿を現さず、クラスメイト達も心配そうに二人の名前を口にしていた。

 

 そして四限目が始まる前の休み時間、千司がトイレに行こうと教室を出ると、丁度三組の前を通りかかった新色に出会った。

 

「な、奈倉くんっ」

 

 どこか緊張した面持ちだった彼女は、千司の顔を見た途端に破顔。

 安心したように胸をなでおろす。

 

「新色さん。……あぁ、そう言えばそろそろですか」

 

 廊下だと人通りもあるため、千司は新色を三組の教室に移動させてから話を始めた。

 

「う、うん。……せ、先生として、頑張るから」

 

 意気込む彼女がこれから向かうのは岸本と富田の下である。

 以前、千司が彼女に頼んだ『二人の相談に乗ってやってくれ』を実行する日が本日という訳だ。

 

 と言っても、男子の部屋に単身で突撃する度胸が新色にあるはずもなく……結果的に二人を呼び出す必要があった。しかしそこを他の生徒に見られると、ただでさえ神経質になっている二人が怯え、本格的に心を閉ざしてしまうかもしれない。

 

 そこで千司が提案したのは、遠征訓練でひとクラス分の生徒が居なくなった日の授業中に、人気のない場所に呼び出すことで落ち着けるのではないか、ということ。

 

 新色は特に疑問を抱くこともなく「そうだね」と首肯し、結果、今に至るという訳であった。

 

「二人のこと、よろしくお願いしますね。新色さん」

「……っ、うん。……にしても、じゅ、授業をサボるのなんて、が、学生時代を入れても、は、初めてだから……ちょっとドキドキする、かも」

 

 授業中に呼び出す都合、必然彼女は四限目をサボタージュすることになる。

 それで、もうすぐ授業が始まるこんな時間に、彼女は廊下を歩いていたという訳だった。

 三組の前を歩いていたのは、偶然にでも千司と会って緊張をほぐすつもりだったのだろう。

 

「呼び出したのは確か、カフェでしたか?」

「う、うん。……じ、事情を説明したら、と、特別に、使わせてもらえる、って」

「さすがですね、先生」

「えへへ」

 

 恥ずかしそうに頭を掻く新色。

 実際は千司が事前にカフェの店員に口利きをしておいたが故の特別待遇なのだが、そんなことは知らないふりをして、千司は目の前のロリ巨乳教師をヨイショ。

 

 ニコニコと落ち着いた笑みを見せる新色に、最初の緊張はうかがえない。

 

「もう大丈夫そうですね」

「や、やっぱり、バレてた? き、緊張、してたの」

「新色さんのことなら何でもお見通しですよ」

 

 誰がどう見ても彼女が緊張していることぐらい理解できただろうが、そんなことはどうでもいい。奈倉千司は海端新色のことをよく見て、わかってくれると思わせることにこそ意味はあり、依存は深まっていくのだ。

 

 そうこうしている内に四限目の担任が教室に入ってきて——千司は時計を確認して呟く。

 

「そろそろ時間ですね」

「だね。もうすぐチャイムが、な、鳴るだろうし、私はそろそろ——」

 

 直後、彼女の言葉通りに四限目を告げるチャイムが鳴り始め、教室を出ようと新色がドアに手を掛けた——瞬間。

 

 

 

『*************************************************************************************————ッッッ!!』

 

 ——チャイムを上書きするように、『トリトンの絶叫』が鳴り響いた。

 

 次いで、巨大な男の顔が複数出現。その大口の中から軍服(・・)に身を包んだ男女が数人現れ、先頭に立っていた男が近くにいた女子生徒の首に剣を向けながら告げた。

 

「全員、その場から動くことを禁ずる」

 

 平穏が崩れ——悪意が動き出す。

 ぴりぴりとした空気が教室に広がっていく中、千司は冷静に警戒心を『偽装』して顔に貼り付けながら、思った。

 

(やっぱ学園といえばテロリストだよなぁ~! テンション上がって来たぁ~!)

 

 容赦も躊躇いもなく、殺意に満ちた悪辣な計画が——動き始める。

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