クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第37話 乱戦

 遡ること数分前。

 

 岸本と富田の二人は、海端に呼び出されてカフェラウンジにやって来ていた。

 

 普段はランキング上位者しか利用できないという同所は非常に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、日常的にここを利用している人間のことを考えると、自身たちの現状との差に苛立ちが募る。

 

「ご注文は何になさいますか?」

「珈琲」

「あ、ぼ、僕も」

 

 茶髪のポニーテールを揺らしながら注文を聞きに来た店員に短く吐き捨て、岸本は背もたれに体重を預ける。しばらくして珈琲が到着し、仄かな苦味を堪能しながら席で待つこと数分。

 

 しかし、どういう訳か約束の時間になっても呼び出した当の本人が現れることは無かった。

 

「遅いね、先生」

「だな」

 

 珈琲を飲みながら首肯。

 苛立ち混じりにカップをソーサーに置くと、大きくため息を吐いた。

 

(なんで、こううまくいかないんだ)

 

 ここ数日で学園中に広まった自分たちのあらぬ噂。海端に「相談に乗る」と言われたときは驚いたと同時に、しかし仮にも教師である彼女の言葉に、少しは信用してもいいのかな、と岸本は思っていた。

 

 だというのに、その彼女が現れない。

 

 多少の遅刻など誰にでもあるけれど、そんなものは岸本と富田の二人には関係ない。ただでさえ人間不信になりかけている状況では、多少の遅刻も不安の種となり、生まれた不安は加速度的に肥大化。

 

 思い通りに進まない現実は、憎悪へと変貌する。

 

「……っ、やっぱ嘘かよ!」

「そ、そんな……で、でも、なんで先生がそんな……」

「知るか。でも、ここに来てないってことは少なくとも俺らの事をどうでもいいって思ってる証拠だろうが!」

「で、でも、せ、先生だし……」

「はっ、知ってるか? 教師って言うのは社会に出た経験がないから他の大人より当てにならねぇ癖に、年齢と立場だけは上だから性格のひん曲がった奴が多いんだぜ? あのクソ陰キャも、つまりはそう言うことだ。馬鹿にしてんだよ、俺らを!」

「そんな……」

「嗚呼、クソ! どいつもこいつもムカつく……海端もだが辻本の野郎もだ! 何が『相談に乗るでござる~』だ。ふざけてんだろ、マジで! 頭湧いてんだろあのクソ野郎!」

 

 辻本の口調を小馬鹿にしたように真似て、悪態を吐く岸本。

 

「……でも、辻本くんは本気で心配して……」

「だったらあの気色悪い喋り方ぐらい改めるのが普通だろうが! 大体、あんなきっしょいオタクに何ができるってんだ? 自分がどう見られてるかすら理解できてねぇオタクの癖に、俺らの事下に見やがって」

「そ、そうだね……」

 

 ゆっくりと首肯する富田に、岸本は舌打ち。

 大きくため息を吐くと珈琲を一気に飲み干して席を立つ。

 

「帰ろうぜ」

「だ、だね」

 

 そう言ってカフェラウンジを後にしようと二人が席を立った瞬間——ごとっ、と何かが倒れたような音が厨房の方から聞こえて来た。

 

 何だろうかとラウンジと厨房を繋ぐ扉に視線をやると、きぃと音を立てて扉がゆっくりと開き、一人の女が姿を現した。

 

「いひっ、いひひっ♡」

 

 奇妙な笑い声を上げながら現れたのは、股からだらだらと体液を垂れ流す女。

 

 白と紫が入り混じったような特徴的な髪に、ギザギザの歯。チャイナドレスを身に纏い、明らかに異質な雰囲気を醸し出す彼女は、しかしそんなことが気にならない程度には美しい容姿をしていた。

 

 異世界で出会った女性の中でもかなり上位に食い込む美しさである。

 そんな女性が恍惚と頬を朱に染め、股を濡らしながら艶っぽい息を吐く。

 

 健全な男子高校生である二人にって、その光景はあまりにも刺激的で、彼女に対して強い性的興奮を覚えていただろう。

 

 ——その手に、生首が握られていなければ。

 

 見覚えのある生首(それ)は、先ほどまで自分たちの給仕を行っていたポニーテールの店員。女の後方——開かれたままの扉から厨房を覗き込めば、そこには真っ赤な血の絨毯が広がっていた。

 

「うっ……おえ」

 

 隣で富田がえずき、床に吐しゃ物をぶちまける中、岸本は冷静に女を分析。日本に居た頃は日常的にダークウェブに潜り、グロ画像を見ていた結果である。

 

 そうして冷静に分析した結果——口をついて出た声は。

 

「……は?」

 

 何も理解できない、困惑に満ちた物だった。

 

 そんな二人に対して股を濡らした女は生首のポニーテールを掴んだままプラプラと楽しそうに揺らして尋ねる。

 

「勇者?」

「「……」」

 

 恐怖のあまり声が出ず、無言のままに後退る岸本と富田。

 しかし股を濡らした女はそれを肯定と受け取ったのか歯茎を見せて笑い、口端から溢れ出る涎を手で拭いながら嬌声を上げた。

 

「いひっ、いひひっ! あぁ、あぁぁっ♡ いい?♡ ころして、ねぇ、殺していいよね!?♡ おほっ、あへへぇ~♡」

 

 びくびくと震えひとりでに絶頂する女。これには堪らず二人もドン引き。

 何が起こっているのか、目の前の女が何者なのか、何一つとして理解できないが、ただ目の前の女がヤバいということだけは分かった。

 

「富田、急いで逃げるぞ」

「う、うん」

 

 小声で話し合い、隙を見て動き出そうとして——瞬間。

 

「ら、らめぇ、にげちゃらめなのぉぉおおおおんほぉおおおおおおおおっ♡♡」

 

 絶叫と共に出入口へと生首が放り投げられた。

 首は扉にぶつかるとごろごろ転がり、最終的には二人を見つめるように静止。

 

「……ひっ」

「な、何なんだよお前! 俺たちに何の用だよ!」

 

 小さな悲鳴を上げて震えあがる富田に対し、いよいよ限界を迎えた岸本が怒声を上げるも、女は一切気にした様子なく涎をだらだら零しながら答えた。

 

「あっ、あへへっ♡ わ、私はアリア♡ アリア・スタンフィールド♡ さ、さっきもイッたけどぉ……二人を、こ、殺していいって、ど、ドミトリーから許可貰ったから、殺しに来たのぉ♡」

「アリア……? ドミトリー?」

「んくっ♡ あれ、知らない? 血染めのアリアって、それなりに有名なんだけど……おほっ♡」

 

 岸本も富田も頭に疑問符を浮かべる。

 実際は王宮に居た時一度だけ耳にしたことはあるが、そんなこと一々覚えているはずもなく——二人には変態殺人鬼ともう一人ドミトリーという仲間がいるということしかわからなかった。

 

「それで、俺たちを殺すと?」

「そうっ、そうそうその通り♡ 勇者だ、やっと勇者勇者勇者勇者勇者ぁああああああ♡ ドミトリーは酷い人だからぁ♡ あんなに殺したいって言ってたのに、今日まで我慢させて……でも、でもでもっ、ようやくこうして相まみえることが出来た♡」

「……っ、ゆ、勇者二人に勝つ気でいると?」

「いひひっ♡ 勝つ気じゃなくて殺す気の間違い♡ ……ん、っく♡ 想像したらまたうずいてきちゃったぁ♡」

「……意味わかんねぇ」

 

 岸本は今すぐにでも逃げ出したい衝動にかられるが、今のアリアの言葉から少なくとも勇者を相手に善戦できるだけの実力を持つ人物だと察する。

 

 そして、岸本は自らの力を過信していない。多少異世界の人間より強いだけで、学内の生徒にも自分たちより強い人間は居る。そのことを考慮すれば、目の前の女が勇者を殺せたところで何ら不思議はない。

 

 故に、ヘタな撤退は不可能だと断じて、背後で震えあがる富田を見やる。

 岸本の職業は『戦士』、そして富田の職業は『術士』。

 幸いなのか、編成は悪くない。

 

「俺が前衛を張る。後衛は任せた」

「き、岸本くん?」

 

 不安そうな富田の声。

 

(……なんで、男の為に()を張らなきゃいけないんだよ)

 

 岸本は内心で愚痴りつつ、前に立つ。

 思えばいつも——中学の頃からこうだった。

 気の弱い富田に代わり、前に立つのはいつも岸本。

 

 何かと頼られるのは自己肯定感が上がる一方で、しかしまるで米つきバッタのように後ろに付いて来る様ははっきり言って鬱陶しくもあった。これで多少顔が良ければまだよかったのだが、富田はヒョロガリの眼鏡。

 

 はっきり言ってなにも嬉しくはない。

 

 何度逃げようとしたか。何度鬱陶しいと言おうとしたか。でも結局は言わなくて、高校三年生になって辻本と仲良くなるまでは、互いにたった一人の親友で——。

 

(もう……前に立つのは慣れた)

 

 岸本は拳を握る。

 

「来い」

「あっ、あっ、あへへっ♡ い、イクっ♡」

 

 最低な返事を皮切りに、アリアとの戦闘が始まった。

 

 彼女は腰に下げていた剣を抜き、たんたんとその場で軽くジャンプしてから目にも止まらぬ速さで岸本に肉迫——躊躇なく首を狙ってきた。

 これを岸本は寸前のところで回避。

 ガードとして剣と首の間に差し込んだ左腕が浅く(・・)切られる。

 

「……っ!」

「岸本くん! ……っ、ファイアボール!」

「いひっ♡ いひひひっ♡」

 

 牽制として富田の放ったファイアボールを、アリアは余裕の表情で回避。そのまましゃがみ込むように大きくひざを曲げると大きく跳躍。天井を足場にして三次元的な動きで岸本に迫った。

 

「くそっ!」

 

 王宮でオーウェンから教わった型通りに拳を突き出す。

 銅級とはいえレベルアップした勇者のステータスで放たれる一撃は、当たれば常人の頭など容易く粉砕する威力を有するだろう。——当たれば、の話だが。

 

「いひひっ」

 

 空中で身体をくねらせたアリアは突き出された拳を回避しつつ、夥しい数の連撃を岸本の腕へと叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 とっさに腕を引いて距離をとり確認すれば、右腕に幾本もの裂傷が刻み込まれていた。

 しかしどういう訳か深く肉まで達した攻撃はない。あれほどの動きが出来るのなら腕を切り落とすことも容易に出来ただろうに。ただの一つも筋肉にも、そして腱にも達していない。

 

「まさか……」

 

 岸本は一つの結論に達して、冷や汗をかく。

 

 殺したいと語るアリアに対し、殺す気の感じられない攻撃。しかし彼女の瞳は色を失っておらず、その股からは相も変わらず体液が漏れ出て床に水溜りを作っている。このことから殺害願望がいまだ健在。

 

 ならなぜか?

 

 そもそも、最初に疑問に思うべきだったのだ。

 

 ——なぜ彼女は殺したいと語るのに、最初、不意打ちで殺さなかったのか。

 

(こいつ……楽しんでるのか?)

 

 そんな岸本の疑問に答えるように、アリアはギザギザの歯を見せて笑う。

 

「ま、まだまだイクから♡ あへへっ♡」

「……っ」

 

 アリアの速度がさらに増した。

 

 

  §

 

 

 同時刻。

 

 レストー海底遺跡の最奥にて、レーナ・ブラタスキは教師たちが仕掛けた宝箱を発見していた。周囲への警戒は怠らず、トラップの有無を調べ、何もないのを確認すると宝箱を開く。

 

 中にはこぶし大の水晶が五つ並んでいた。

 一つは自分たちの分として、残りは他のクラスの分だろう。

 

「見つけました」

 

 水晶を一つ取り出しつつ周囲の生徒に報告すると、真っ先に反応したのは篠宮だった。

 遠征訓練中指揮系統として動いていた彼はレーナの持つ水晶を確認すると渋い顔を浮かべる。

 

「なるほど、割らないように注意しながら帰れってことか」

「その様ですね。まぁ、問題はないと思いますが」

 

 そう言ってレーナが視線を向けたのは、迫りくるモンスターを片手で制圧する二人の生徒。一人は白金級勇者の田中太郎。身の丈ほどの半魚人のモンスターを無感情に一刀両断し、剣に付着した緑色の血を振って払う。

 

 そしてもう一人。

 

 剣を構えた一人の男子生徒が小指ほどの大きさの素早い空飛ぶ魚の群れを正確無比に切り殺していく。十秒も経たないうちに百匹近かった群れは全滅。死骸が地面に並んだ

 

「さすがですね、ウィリアムさん」

「……ふん」

 

 学内ランキング一位、ウィリアムはレーナの言葉に鼻を鳴らして笑った。

 そのまま何も言葉を返すことは無く、剣に付いた血を払ってから綺麗な所作で鞘に納める。

 

 性格はかなりひねくれている物の、その動きからは確かな努力が窺える。いったいどれほどの年月を積み重ねればその領域に差し込めるのか。ただでさえ才能ある人間が努力する才能まで得た結果が、学内ランキング一位という彼の功績である。

 

(かないませんね)

 

 小さくため息を吐き、レーナはウィリアムから離れた。

 

「よし、それじゃあそろそろ上に戻るとしよう。作戦は来た時と同じ。ただし帰りは宝の水晶を割らないように気をつけなきゃいけないから、最後まで気は抜かないように頑張ろう!」

 

 篠宮の言葉にクラスメイトが頷きを返した——まさにその瞬間だった。

 

 遺跡中に轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れる。

 レーナはバランスを崩さないようにしゃがみ込み、水晶を懐に隠しつつ周囲を警戒。

 

 が、特段なにかが起こる様子はない。

 引き続き警戒を続けていると、ふと上階へと続く階段から一人の女性が降りて来た。

 

 紫紺の髪を揺らす彼女はアシュート王国第一騎士団団長、セレン。

 

「皆、無事か!」

 

 護衛として同行しているのは知っていたが、余程のことがない限り姿を現すことは無いと言っていた彼女の登場に、レーナは警戒心を一段と強める。

 焦りを含んだセレンの声に言葉を返したのは篠宮だった。

 

「俺たちは大丈夫ですが……何かあったんですか?」

「あぁ、洞窟の入り口が崩された!」

 

 海底遺跡は引き潮の季節にのみ露出する洞窟の中に存在している。

 その入り口が崩されたということは、つまり遺跡から出られなくなったということ。

 

「こ、これも試験の一環なのでしょうか?」

「そんな訳あるか! 貴公らも耳にしたと思うが、先ほどの轟音——おそらく何者かが魔法陣を用いて洞窟の入り口を壊した音だ!」

「な、何者かって、いったい誰が……」

「知るか! とにかく今他の護衛が遺跡の中に他に魔法陣が仕掛けられていないかを調べに向かっている! それまではこの場で待機し——」

「いや、戻るぞ」

 

 待機命令を口にしようとしたセレンの言葉を遮るように、告げたのはウィリアムだった。彼の言葉にセレンは一瞬だけ戸惑いつつも反論。

 

「だから入り口はふさがれている! 瓦礫を除去するのにも時間がかかるし、何より遺跡のどこに魔法陣が仕掛けられているか判然としていない! 余りにも危険だ!」

 

 説得するセレンに、ウィリアムは軽蔑のまなざしを向けながら口端を持ち上げた。

 

「それはこの場も同じだろう。いつ最奥が吹き飛んでもおかしくはない。俺はその程度で死なないが、他の者は違う。ならばさっさと上に行くのが正着だ」

「ならば瓦礫はどうする!」

「篠宮蓮。……貴様の職業は『砲撃者』だったな」

「……あ、あぁ」

「魔王と戦う勇者の砲撃——岩の山ぐらい吹き飛ばせるだろう?」

「可能だとは思うが……」

 

 ちらりとセレンに視線を向ける篠宮。

 

 出来るだけ空気を悪くしないように努める彼にとって、目上の人間の言葉を退けて行動してもいいのか悩んでいるのだろう。しかし、彼が結論を出すより早く、セレンが渋々と首肯を返した。

 

「分かった。ならばその策で行こう。それまでの護衛は私が——」

「庶民は下がっていろ。前線を張り、民草を守るのは貴族の務め。ノブレス・オブリージュ。父上ならそう告げるだろう。なぁ? セレン団長様(・・・・・・)

 

 厭味ったらしい言葉に、セレンは顔を歪める。

 

「確かに、貴公の父ならそう告げるだろう。が、私も引率者として今回ばかりは引くわけにはいかない。協力させてもらう」

「ふん、出しゃばって怪我をするなよ?」

「……本当に、貴公は父上そっくりだな。ウィリアム・ホリュー(・・・・)

 

 犬猿の中である第二騎士団団長の息子である少年に、セレンは呆れと苛立ちの混じったため息を吐くのだった。

 

 そうして、レストー海底遺跡撤退作戦が始まった。

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