クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第45話 惨憺たる現場に狂気は嗤う。

 すっかり宵闇に包まれた魔法学園。空には満天の星々が浮かび、嫌になるほど美しい月が蒼く煌めいている。そんな、一見荘厳さすら感じる夜に——騎士の無慈悲な言葉が新色の耳朶を叩いた。

 

「……残念ながら、お二人ともお亡くなりになられました」

 

 一瞬、何を言われたのか新色は理解できなかった。否、一瞬どころの話ではない。考えても考えても脳が理解することを拒絶し、その言葉の文字列を、意味を紐解こうとすれば脳の隅っこがちりちりと熱くなる。

 

「……ぁ、え?」

 

 数秒の後、結局新色の口を衝いてでたのは、そんな情けない声だった。意味も持たないただ空気を震わすだけの無意味な音。

 

 何も理解できない。現実感がない。まるで夢の中に居るようなふわふわとした感覚に包まれ、次第に足元がおぼつかなくなる。地面に立っていることもままならなくなった新色は立ち眩みを起こして……千司の服の裾を掴んだ。

 

 そして縋るように見上げた彼は、無表情のままに騎士を——否、その奥にある荒れたカフェテリアを見つめ……。

 

「どけ」

「できません」

「……チッ」

 

 立ち塞がる騎士に、千司はいらだった様子で舌打ちすると無理やりその身体を退かす。騎士たちは抵抗するが、それでも勇者である千司には敵わない。もしかすれば本気で止める気は無かったのかもしれない。

 

 抵抗が弱まった所で千司は一人入って行き……と、新色の後方からもう一人生徒が駆け抜けて入って行った。辻本である。

 

 二人はぱきっ、ぱきっ、と割れた窓ガラスを踏み荒らしながら店内へ。

 

(……)

 

 逃げたかった。

 見たくなかった。

 その現実を直視したくなかった。

 

 息が荒くなる。自己嫌悪が加速する。

 嘘だ。そんな訳ない。

 何かの間違いだ。だってそんな。

 

 今すぐ帰って布団に包まりたい。

 奈倉くんに抱きしめられたい。

 そのまま耳を塞いで、心地よい温もりの中で、何もかもを忘れたい。

 

 ——ぱきっ。

 

 でも、逃げられない。

 気付けば足を踏み出していた。

 

 ぱきっ、ぱきっ、と聞こえてくるのは足元に散乱した窓ガラスの割れる音なのか、それとも自身の心に入る罅の音なのか。分からない、分からないけれど、きっとどちらも正解だった。

 

 新色はガラスを踏み荒らし、窓枠を越え、荒れた店内に足を踏み入れる。イスやテーブルは破壊され、壁や床、天井のいたる所にまで傷と赤黒い何かが飛び散り、生理的嫌悪を覚える匂いが鼻を衝く。

 

 しかし鼻をつまむ余裕すら新色にはなく、店内の中央で立ち尽くす千司の下へと歩を進めて、ぴちゃっと赤黒い液体に靴が触れた。そして、赤黒い液体の中に何か(・・)散乱(・・)しているのを見つける。

 

「……」

 

 夜、明かりは無く、薄暗い店内。

 しかし見えにくいなどと言うことは無かった。

 

 美しく輝く月光が、現実を見ろと言わんばかりに煌々と世界を照らしていたから。

 

「……ぅ」

 

 赤黒い液体の中に散乱していたのは二つの亡骸。

 一つは首を失い、背中に大量の刺突痕を残した遺体。もう一つは、右腕を輪切りにされ、左腕は三又に割かれ骨が露出。顔の下半分は抉り取られており、心臓に穴の開いた遺体。

 

 体格からして損壊の激しい方が岸本で、首のない方が——こんっ。

 

 と、後退った新色の足に何か(・・)がぶつかった。

 

 靴越しに感じる吐き気を催すような柔らかさと、鈍く転がる音に息が一気に荒くなる。

 

 肩を激しく上下させ、びっしょりと夥しい量の冷や汗が溢れて髪が顔に張り付く。激しい耳鳴りと同時に全身が無意識に震えて、脳みそが悲鳴を上げるのを無視しながら部屋中に充満する血と死臭を肺一杯に取り込み、おそるおそる視線を落とした先にあったのは——新色を見つめる富田の生首。

 

「〜〜っ!?」

 

 声にならない声を上げながら新色は後退り、血溜まりで滑って転倒。咄嗟に身体を支えようと突き出した腕は富田の首の切断面に触れ、そのままぐじゅりと押しつぶしてしまい、姿勢を崩した彼女は輪切りの腕の中に顔から突っ込んだ。

 

「新色っ!」

 

 焦ったような千司の声が聞こえ、血と肉の海から抱き起された新色。彼女は歯をガチガチと打ち鳴らして失禁し、真っ青な顔のまま——吐いた。

 

「うっ……おぼえぇ……っ」

 

 

  §

 

 

 岸本と富田の亡骸を前に、千司は内心狂喜乱舞していた。

 

 首ちょんぱに加えてかなり激しく損壊した遺体。アリアは遺体にそれほど興味がないため、これらはすべて生前戦いながら負った傷であることが窺える。

 

 その苦しみを思えば自然と千司の胸も苦しくなり、激しく脈打っていた。

 

(うっひょ~! 相も変わらずえぐい殺し方をするよなぁ、あいつ。でもちょっとグロ過ぎじゃない? 俺、あんまりグロ耐性ないから直視したくないんだけど~?)

 

 しかしそれはそうとして計画が上手く行ったことは喜ばしい。

 自分の組み上げた作戦通りに友達が死んだことには一種の達成感すら覚える。

 

 ——そう、千司は岸本と富田のことをちゃんと友人として見ていた。

 

 それなりにアニメや漫画に造詣の深い千司と二人は普通に話も噛み合っていたから。

 

 けれどそれはそれ、これはこれ。

 二人の亡骸を前に晴れやかな心持でいると、ふと辻本がカフェテリアに飛び込んできた。

 

 てっきり新色の方が先に来ると思っていた千司は驚きつつも、彼の様子を窺う。

 

 辻本は二人の亡骸を見つけるなり、愕然と膝をつき、頭を抱え込んでガシガシと掻き毟ると、ぶちぶちと自らの髪の毛を引き千切りながら、嗚咽を零す。

 

「……ぁあっ、あぁっ! そん……なぁ……っ!」

 

 引き千切った髪をそのままに涙を流しながらこぶしを握り締める辻本。

 余程強く握りしめたのか、爪が手のひらの皮膚を破って、血がしたたり落ちていた。

 

(ん~、こっちもいい感じじゃない? 適当に猫屋敷をそそのかして慰めさせておくか……うーん、ワクワクして来たなぁ~!)

 

 今後のことに千司が思いを巡らせていると——ぱきっ、とガラス片を踏みつける音が聞こえた。

 

 視線を向ければ、そこには小柄の女教師。深く呼吸しながら、虚ろな瞳で店内を睥睨した彼女は幽鬼の如く、ふらふらと千司たちに近付くと——ぴちゃっ、と血だまりを踏んで立ち止まる。

 

 そして、岸本と富田の亡骸を見て、見て、見て——数秒。

 

「……ぅ」

 

 余りの惨状に小さく呻き声を零した彼女は数度後退って生首にぶつかり、驚いた彼女は足元の血だまりに足を滑らせて転倒。顔面蒼白のまま二人の死体へと倒れ込み、左手で富田の死体を押しつぶして返り血を全身に浴び、岸本の輪切りされた腕へと顔から突っ込んだ。

 

(随分奇抜なドジっ子も居たもんだなぁ~)

 

 などと思いながら新色を助け起こすと、彼女は震えて——。

 

「うっ……おぼえぇ……」

 

 千司の腕の中で嘔吐した。

 びちゃびちゃと粘質の体液が千司の腕を濡らしていく。

 

「うぶっ、おえぇぇ……カハッ……おえ……」

 

 吐き出して、深呼吸して、かと思えばまた嘔吐。胃の中に何も入っていなかったからか、おそらくそのほとんどは胃液と唾液。酸っぱい匂いが周囲に立ち込める。よく見れば下はじょぼじょぼと失禁しており。

 

「……あぁ、あぁああっ、わだ、わだじがっ……えぐっ……わだじの、ぜ、ぜい、……で……おげっ、げほっ、おえぇ……っ」

 

 涙を流しながら何かを告げようとする新色であるが、耐えられないとばかりに再度ゲロ。全身を震わせながら吐しゃ物を千司の腕に撒き散らす彼女を千司はただ無言で見つめ——そして、不意に顔を上げた新色と目が合った。

 

 根暗であるが可愛い寄りの彼女の顔は、しかし転んだ際の返り血で汚れ、口の端からは胃液と涎の混じった体液が流れている。鼻水を垂らし、涙をボロボロと流した彼女は、汗なのか返り血なのか分からないが髪を頬やおでこに張り付けていた。

 

 そんな新色を見て——千司は勃起した。

 

(……あ゛ぁ゛!? あ、あびゃびゃびゃびゃ~!? 何その顔!! くっそえっち! えっろ! えろ過ぎない!? エッチ警報発令もんだろこれ!! えちえちの瞬間最大風速だよ! 額縁に入れて一生大事に飾りたいんだが!? スマホの待ち受けにしたいんだが!? あ~写真撮りてぇ!! 今すぐ犯してぇ!!)

 

 あまりの興奮に半狂乱となった千司であるが何とか『偽装』で体裁を取り繕うと、勇者ステータスをフル活用して大きくなった股間をササッと修正。

 今すぐお持ち帰りしたい欲求をぐっとこらえつつ、慰めるように新色を抱きしめた。

 

「新色さん……」

「わ、わだ、わだじ……えぐっ……これ……ごんな、つもりじゃぁうぐゅぅ、ぐうぅああっ……ぐしゅっ……」

 

 泣きわめく新色を優しく抱きしめる千司。胸元に仄かに感じる涙の温もりと苦しそうな新色の声、吐しゃ物と尿、死臭と血の入り混じった悪臭が、千司の興奮を掻き立てる。

 

「新色さんのせいじゃありません」

「で、でも……わだ、わだじ……っ、うぐっ、……うぅぅううっ」

 

 ぎゅっとさらに顔を押し付けてくる新色。必然的に彼女の豊満な胸も押し付けられ、顔こそ平静を装っている物の千司はもう天にも昇る気持ちであった。実際に天に昇ったのは岸本と富田の二人であるのだが。

 

 辻本が視線を向けてくるが、何も言わない。友人二人を亡くし、何故二人がカフェテリアに居たのか、その理由を知っているのが千司と新色の二人だとわかっていても、口を挟まない。

 

 この状況でも、彼は優しい人間だから。

 泣きわめく幼子の様な新色を前に、声を掛けることなど不可能だった。

 

 

  §

 

 

 そうこうしている内にオーウェンがやって来て、ひとまずはグラウンドに集まるようにと命令。千司は新色の顔を拭ってからグラウンドへ。

 

 その間、新色は千司の手に触れようとして、しかしガタガタと震えたかと思うと肉体(・・)に触れないように服の裾を摘まんでいた。

 

「……」

 

 その様子を観察しつつグラウンドに戻ると、そこは先ほどよりも賑やかになっていた。どうやらレストー海底遺跡の遠征に向かっていた一組が帰ってきたらしい。

 

 パッと見たところ犠牲者はゼロ。

 期待もしていなかったので落ち込むこともない。

 

 各々、他クラスの友人知人に話しかけに行こうとして、しかしオーウェンとセレン団長によって静止、落ち着くように命令される。

 

「そこの三人も、早くしろ」

 

 そう語るオーウェンはさすがに疲れている様子であった。

 

 否、彼だけではない。セレン団長や帰って来た一組、クラスメイトを殺された魔法学園の生徒や勇者。

 

 リニュも、護衛も、辻本も、新色も——全員が全員、疲労と悲しみで暗い顔を浮かべる中、オーウェンにより今後の動きを指示される。

 

「先ほど学生寮の安全確認が終わった。よって、本日は各々学生寮で休んでもらう。尚、ランキング上位者も安全のため一緒に学生寮で寝泊まりしてもらう。これは教職員も同様だ」

 

 オーウェンの言葉に、篠宮が手を挙げた。

 顎をしゃくって先を促すと、篠宮は立ち上がって質問を口にする。

 

「護衛はどうするのでしょうか? 場所は安全でも再度襲われる可能性もありますが」

「私と剣聖殿、そしてセレン団長含めた我々騎士団で行う。……まぁ、もう襲ってくることは無いだろうがな」

 

 さすがにこの状況でまでセレンを貶めるつもりはないのか淡々と答えるオーウェン。篠宮は最後の言葉が気になったのか小首を傾げる。

 

「何故、もう襲ってこないのでしょうか?」

「それだけ奴らを殺したからだ」

「……な、なるほど」

 

 これ以上なく明瞭な答えであった。

 

(まぁ、実際のところエルドリッチの部隊はリニュに殺されたメンツを除けば全員生きてるだろうし、襲撃しようと思えばできるが……一組の連中に加えて、警戒中のオーウェン、セレン、リニュがいる。……うん、無理無理)

 

 などと益体のないことを考えつつ、千司たちは学生寮へ。学生寮は男子寮と女子寮で本来離れているが、本日は緊急事態の為全ての生徒が男子寮に集められ、一夜を明かすことになった。

 

 適当な部屋に入ると、当然のようにせつなや文香、松原や新色、そしてどういう訳かリゼリアやギゼルに加えてレーナまで押しかけて来る。狭いが、追い出すのも怪しまれる。幸いなのは辻本が居ないことか。

 

(二人を呼び出したことを話すのは問題ないが……今日は疲れたしなぁ~)

 

 激動の一日に魔法学園に居た全員が疲労困憊なのと同様に千司もくたくたである。

 

 長い時間をかけて作戦を練り、仲間を集めて、準備をして、実行に移して……素晴らしい結果を手にすることに成功した。心地よい疲れが、その身体を包み込んでいる。

 

(嗚呼、何と心地よい疲労感だろうか)

 

 千司は壁に背を預け、両手にせつなと文香を抱き寄せながら、ゆっくりと眠りに着くのだった。

 

 

  §

 

 

 魔法学園襲撃から??日後。

 

 少女は暗い暗い部屋の中に居た。

 否、実際に暗いかどうかは分からない。

 少女は目隠しをされており、ここがどこか分からないようにされていたからだ。

 

 埃っぽい匂いと、自身を繋ぐ鎖の音。

 

 ふと、そこに食事のにおいが混じる。

 定期的に与えられるそれは、固いパンと温かいスープ。

 

 日に何度貰えているのか分からないが、これがなければとうに発狂していただろうことは確かである。

 

「……ぁ、た、す……たす、けて……」

 

 少女は食事を持ってきたであろう誰かに懇願した。

 

 瞬間、ガシャンと鎖の音。

 少女の物ではない。何処からか聞こえて来る、鎖の音。

 どうでもいい。

 

 少女は鎖を無視して食事を貪り——一分後、全身が火照って来るのを感じる。

 気分が高揚し、思考回路をスパークさせ、真っ白な世界へといざなわれる。

 形容しがたい全能感と、与えられる快楽にも似た興奮。

 

「あっ、あぁ……あひゃっ♡」

 

 だらだらと口から溢れた涎が顎を伝い、首を伝い、ぴちゃぴちゃと地面に垂れる。

 何度目だろうか。これは。

 少女は分かっていた。おそらく自分は()を盛られている、と。

 

 しかし何も言わない。言えば貰えなくなってしまうかもしれないから。

 

「あれ? あ……♡ あ? なんだっけ?」

 

 まともな思考が出来ない。考えるのがバカらしくなる。

 論理性も、人間性も、何もかもを失いそうになる。

 

「あぅ……うぐ……うぅ……っ♡ た、たしゅ、けてぇ……し、のみや、くん……」

 

 少女はだらんと舌を垂らし、全身を痙攣させながら今日も過ごす。

 

 そんな少女不破千尋を、食事を与えに来た女ミリナ・リンカーベルは静かに睥睨。

 

 彼女に服用させた『アインザッハの夕暮れ』が今日も今日とてその効果を発揮したのを確認すると、食事の入っていた容器を回収して部屋を後にするのだった。

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