クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第三章 冒険者暗躍編
第1話 事後処理


 魔法学園襲撃から始まった長い一日を終えたあくる日の朝、奈倉千司はいつも通りの時刻に目を覚ました。

 

 窓の外はまだ薄暗く、視線を室内に戻せば雑魚寝するせつなたちの姿。皆一様にすやすやと寝息を立てている。とても安眠できる状況ではない物の、やはり疲労には勝てなかったという事か。

 

「……ん?」

 

 ふと視界の隅に苦悶の表情を浮かべる新色の姿を見つけた。彼女は誰にも触れないように室内の隅っこでまるで猫のように縮こまって眠っている。

 

(ふむ)

 

 千司は両脇にくっつくせつなと文香を起こさないように立ち上がると、音を消して新色へ接近。小さくなって眠る彼女の手にちょんっと触れてみた。

 

 瞬間、何という事だろう新色は顔面蒼白になりながらガタガタと震え始めではないか。面白いので今度は腕を握らせてみると、歯をガチガチを打ち鳴らす。

 

(こりゃあ……肉の感触が無理になった感じかぁ?)

 

 と言っても、無理もない話である。

 何しろ彼女はグロテスクな死体の上でドジっ子を披露し、血みどろの中で更に死体を損壊させるというエキセントリックなショーを行って見せたのだから。

 

 肉体の感触がトラウマとなって脳裏に刻まれても何ら不思議ではない。

 

 苦しむ新色を内心爆笑しながら分析する千司。是非とももっと苦しめてリアクションを堪能したいところであるが、吐かれたり失禁されたりしても困るので、新色から離れつつ千司は思う。

 

(昨日に引き続き、新色ちゃんはなんて可愛いんだ)

 

 おかげで千司の興奮は最高潮。

 しかし生憎と状況的に発散することは難しく……。

 

「はぁ」

 

 千司は一つため息を吐くと、誰も起こさないように注意しつつ部屋を後にした。

 

 廊下に出ると、そこにも雑魚寝する生徒たちの姿があった。元々男子寮に生き残った全校生徒を詰め込んだ結果である。単純に部屋数が足りないのだ。

 

 仲が良ければ千司たちのように同室で雑魚寝しても良いのだが、体格的な問題や宗教的な問題もある。そうしてあぶれた生徒や教師陣が、廊下で毛布をかぶっていた。

 

 そんな彼らを起こさないように注意して寮を出ると、朝の静謐な世界の中に潮の香りが鼻腔を擽った。

 

「……ふぅ」

 

 まるで昨日の出来事が夢のようにすら思える、いつも通りの朝の空気を堪能していると、ふと背後から声を掛けられた。

 

「早いな、奈倉千司」

「……オーウェンさん」

 

 振り返ると、寮の壁に背を預けて千司を見つめるオーウェン・ホリューの姿があった。いつもは整えられている髪はところどころ跳ねており、目の下には僅かに隈も刻まれている。

 

「いつもこんな時間に起きているのか?」

「そうですね。少しでも訓練して強くなろうと思いまして」

「……そうか。鍛錬を怠らないその姿勢は非常に好感が持てる。これからも励むと良い。が、本日はやめてくれ。できれば他の生徒とまとめて指示を出したいからな。部屋に戻って二度寝することを推奨する」

「……そうですか」

 

 現状の指揮系統はオーウェンにあるのだろう。状況的に鑑みれば、命令を出せるのはオーウェン、セレン、リニュ、そして学園長であるフランツの誰かだと考えられる。

 

 しかしセレンとフランツは馬鹿だし、リニュは戦闘の指揮ならともかく平時の問題解決能力が高いとは思えない。その点で言えば、彼が適任と言えるだろう。

 

 などと冷静に分析していると、視界の隅で剣を振う銀髪を捉えた。

 千司の視線を追ったオーウェンが呆れたようにため息を吐く。

 

「あの方も、少しは休めばいい物を」

「俺も行ってきていいですか?」

「……やめておけ。今の剣聖殿は、おそらく奈倉千司と一番会いたくないだろうからな」

「……というと?」

 

 オーウェンは僅かに躊躇いつつも、髪をかき上げながら答えた。

 

「昨夜、状況を整理する中で彼女にも岸本と富田のことについて話した。あの方は力こそ強いが、その精神性は常人とそこまで変わらない。少なくとも、奈倉千司(お前)とは絶対に会いたくないだろう」

「……なるほど」

 

 短く言葉を返すと、オーウェンは壁から背を離して姿勢を正し、ゆっくりと頭を垂れた。

 

「すまなかった」

「……」

「私は、二人を守るどころか、その仇すら逃してしまった」

「……別に、二人が死んだのはオーウェンさんの責任ではありません。何処かの誰かが悪意を持って二人を襲った。オーウェンさんはそれを守ろうとした。それだけです。……まぁ、そもそもあなた方が我々を勇者などと言って召喚しなければ死ぬこともなかったのですが……そんなことを言っても今更詮無い事ですし」

「……すまない」

「謝られても困ります」

「……そうだな」

 

 オーウェンが顔を上げるのを待ってから、千司は言われた通り寮の中に戻ろうとして——。

 

「そうだ、もう一つ言っておかねばならないことがあった」

「何ですか?」

 

 オーウェンは申し訳なさそうな表情を作って(・・・)から告げる。

 

「二人の遺体を、火葬しても構わないだろうか」

「……というと?」

「あの遺体を、他の者に見せるわけにはいかない。勇者が殺されたという事実より、あの亡骸はあまりにも……あまりにも残酷すぎる」

「そこで火葬して骨も残っていなかった、という風に仕立てる……というわけですか」

「その通りだ。本当はお前たちに見られる前にそうするつもりだったが……知られては仕方がない。海端と辻本の二人にもお前から話を通しておいてくれると助かるのだが……」

 

 千司としてもあの遺体を見せても、下手に怯えられ警戒心を強められるだけなので、燃やしてくれるというのならこれ以上のことはない。グロ趣味もないので、素直にオーウェンの提案に乗ることにした。

 

「……わかりました。それが最善でしょうしね」

「すまない。ありが――」

「でも、代わりに教えてください」

「……何をだ?」

「二人を殺した犯人。……仇を逃した、という事は……見たんですよね?」

 

 千司は怒りを『偽装』しつつ、オーウェンに探りを入れる。

 正直、アリアとオーウェンは戦っていないと千司は思っていたからだ。

 

 戦えば、十中八九アリアが殺されるだろう。

 しかし、先ほどのオーウェンの言葉は『戦って取り逃がした』という風に聞こえた。

 

 故に、少しでも彼から情報を聞き出せれば後々アリアと落ち合った時に楽だと判断して聞いてみたのだが……オーウェンは瞑目して首を横に振る。

 

「それは出来ない」

「……何故? 二人の仇……、俺だって、喉から手が出るほどに殺したいんですよ?」

「その気持ちはわかる。が、しかしその情報を開示する権限を私は持ち合わせていない。話すとなれば許可が必要になる」

「……誰のでしょうか?」

「ライザ王女だ」

「……」

 

 相も変わらず抜け目のない王女に辟易しつつ、それならば仕方がないとあきらめようとして——「だが」とオーウェンは言葉を続けた。

 

「だが、お前に話しても構わないかに関してはお伺いを立てておこう。今日中には言えるか言えないかの回答ができるだろう」

「……え、今日中? ライザ王女は今王都では?」

 

 王都からレストーまでは馬車で三日かかる。

 足の速い者が王都まで走って知らせることは出来るだろうが、一国の王女が同様に走ってくるとは思えない。精々早くても二日後になると思っていたのだが……そんな千司の甘い期待を裏切るように、オーウェンは告げる。

 

「あぁ、王女は本日の昼頃にはこちらに到着されるご予定だ」

 

(……まじぃ?)

 

 顔が引きつりそうになるのを何とか堪えつつ、千司は「それは嬉しいですね」などと心にもない言葉をオーウェンに残して、寮の中に戻っていくのだった。

 

(めんどくせぇ)

 

 部屋に戻ると鬱憤を晴らすように新色にタッチ。

 

「うっ……うぅ……」

 

 苦しむ彼女に心を癒されつつ、千司はせつなと文香の間に戻ってふて寝するのだった。

 

 

  §

 

 

 ライザ・アシュートが魔法学園に現れたのはオーウェンの言っていた通り、昼過ぎのことだった。

 

 諸外国に対しても顔が広く、それでいて絶世の美少女である彼女の登場に、それまで落ち込んだ雰囲気の漂っていた学生たちの顔に光が差し込む。

 

(……にしても、早すぎるだろ)

 

 何でも昨日のうちに魔法学園襲撃の知らせを受け、少数精鋭で素早く部隊をまとめると早馬に乗ってやって来たのだとか。

 

(まぁ、レストー海底遺跡遠征訓練の際に何かしらが起こることは想像していたみたいだし、想像するように仕向けたから当然のことなのだろうが)

 

 千司は準備するにあたり、完璧に隠して物事を進めていたわけではなかった。

 王女に感づかせるためである。

 魔法学園が狙われていると思わせることでヘーゲルン辺境伯の私兵を引きずり出させるのが狙いだった。

 

 そんなことを考えている間にもライザはてきぱきと行動を始める。

 手始めに不安げな表情を浮かべる生徒たちに優しい言葉をかけて人心掌握の開始。

 

 並行してオーウェンから命令系統を引き継ぐとそのまま統一して騎士や教師陣、応援に来たヘーゲルンの私兵やレストーの衛兵に指示を飛ばしていく。

 

「……なんか、すごいね」

「王女の肩書は伊達じゃないってことだろ」

 

 ぼんやりとした賞賛を述べるせつなに、千司は首肯を返した。

 

 王女が指示を出し、大人たちが学園内やレストーの街を奔走する中、千司たち生徒は特段何かをすることもなく、ただぼんやりとその行動を見守っていた。

 

 というか、それしかすることがなかった。

 

 学園内にこれ以上危険がないかの調査は騎士団が行うし、破壊された校舎や屍の残る闘技場の事後処理に関しても生徒が口出しできることはない。精々一部の生徒が炊き出しの料理を手伝っているぐらいである。

 

 午前中こそ、千司も生徒の安否確認やその報告で少し働いたが、それが終われば何もすることがない。下級勇者のリーダーだなんだと言っても、極論千司には何の権力もないのだから。

 

 因みに岸本と富田、そして不破と渡辺の四名に関しては『全員行方不明』として勇者たちに伝えている。岸本と富田の死に関しては、事後処理が落ち着いた後、折を見て話すとのこと。

 

 当然辻本と新色の二人には根回し済みであり、その際二人の遺体が火葬される旨も伝えた。

 

「……そうですか」

 

 辻本は淡々と生気の抜けた表情でそう言い残して去っていく。

 

「……わ、私の、せいで……」

 

 そんな彼を見て落ち込んだ表情を見せる新色。

 千司はそんな彼女の手を取り(・・・・)励まそうとして。

 

「……っ、やぁっ!」

 

 途端にガタガタと震え出した新色が、反射的に千司の手をはねのけた。

 

「……先生?」

「……っ、ご、ごめっ、……で、も……うぐっ」

 

 顔を真っ青にして苦悶の表情を浮かべる新色に、千司は股間が膨張しないように細心の注意を払う。

 

「どうかしましたか?」

「……ごめん」

 

 結局新色はそれだけ言い残すと踵を返して去っていった。

 

「海端先生、どうしたの?」

「……わからない」

 

 キョトンとした表情を向けてくるせつなを適当にあしらいつつ、千司は口角が上がらないように手で押さえていた。

 

 

  §

 

 

 夕方になると学園内のみであるが一時的な行動の自由が許可された。

 生徒たちは着替えやシャワーをしに各々自室へと帰宅。

 千司もコテージに赴いて一通りの身支度を済ませるとふかふかのベッドに飛び込んだ。

 

 素晴らしい寝心地に眠気を誘われるが、意識をしっかり持って千司は思考を巡らせる。

 

(にしても、ライザちゃんがこれほど早く来るのは想定外。もう少し遅ければ作戦結果を聞きに地下闘技場の方にも行けたんだが……まぁいい。焦ることはない。慎重に進めるとするか)

 

 などと考えている内に夕食の時間となり、生徒たちに再度招集が掛けられた。せつなや文香と共に夕食を食べ、腹も膨れたところで自室へと戻ろうとして……一人になったところでオーウェンから声を掛けられた。

 

「今朝の話だが、回答は『まだ話せない』だそうだ」

「そうですか」

 

 岸本と富田を殺した犯人についての話だろう。

 

(約束通り王女にお伺いを立ててくれたのか)

 

 正直、犯人の名前や姿どころか、股をびしょびしょにした痴態まで知り尽くしているのでその正体についてはどうでもいいのだが。

 

「わかりました。ですが、話せるようになれば真っ先に教えてくださいね」

 

 不機嫌そうな演技をしつつ、千司はオーウェンに背を向けコテージに戻る。

 

 本日からそれぞれの寮または部屋で就寝することになったからである。

 

 一見危険にも思えるが、敵はわざわざ一組が海底遺跡遠征訓練で居なくなった隙をついて襲撃してきたことから、戦力が集中しているところを襲うほどの力はないと判断したのだろう。

 

 実際その通り。

 

 千司——否、ドミトリーとして動かせる最高戦力はエルドリッチぐらいのものである。彼の部下もかなり優秀であるが、それでも白金級勇者やオーウェン、リニュ、セレン、ライザには敵わない。アリアを投入しても同様だろう。

 

(というかライザちゃん一人に完封される未来しか見えない。どれだけ仲間が増えても、ここは敵地。……うーん、難しいねぇ)

 

 ベッドに横になりそんなことを考えていると、不意に扉がノックされた。

 

 千司は即座にいくつかの可能性を考えてから慎重に扉を開け——抱いていた警戒心を解除する。そこに居たのは燃えるような赤い髪の少女。

 

 普段の鋭い目つきは鳴りを潜め、自らの自信の無さを覆い隠すように身体を掻き抱く彼女は、帝国陸軍将軍の娘——リゼリア・ウルスベアであった。

 

「勇者、部屋に入れてくれないか?」

 

 

  §

 

 

 ライザ・アシュートは煙草に火を点け、与えられた資料に目を通しながら大きく息を吐いた。

 

「完全にやられましたね」

 

 勇者二人が殺害され、さらに二人が行方不明。十中八九攫われたとみていいだろう。問題はなぜその場で殺さなかったのか。いくつか理由は考えられるが確たるものは分からない。

 

 そして被害はそれだけではなく、生徒も多数殺された。他国の留学生も問答無用に被害に遭っている。外交問題に発展する可能性は充分に考えられるだろう。

 

 そして何より問題なのが——。

 

(『ロベルタの遺産』を二つも奪われるとは……)

 

 一つは闘技場の地下に隠されていた『シルフィの右腕』。

 もう一つはヘーゲルン辺境伯が所有していた『フレデリカの鉤爪』。

 

(敵にジョン・エルドリッチがいる時点で目的が『勇者殺害』だけでないことは充分に考えられた。しかしそれでも『シルフィの右腕』に施された封印を解除できる者はもうこの世には存在しない……はずでしたが、いやはやこれは)

 

 『シルフィの右腕』に施された魔法陣は今はもう存在しない古代魔法。

 

 数十年前——魔法学園が創設される際、王国内に一人だけ古代魔法を使える男が居たため、彼に頼んで封印されたとライザは聞いていた。事実、彼の死後それを解読できるものなど一人も現れていない。

 

 精々できるのは残された資料によるメンテナンス程度のはず……だったのだが。

 

「……はぁ」

 

 ため息と同時に煙を吐き出す。

 

 一方で『フレデリカの鉤爪』に関しては奪われる確率は五分だと考えていた。

 戦闘経験が少ないとはいえ、『ロベルタの遺産』を所有した王国貴族。

 守れるだろうとは思いつつも、しかし最悪奪われてもまだ許容範囲だった。

 

 何故なら『フレデリカの鉤爪』よりも勇者の命の方が優先だったから。

 だからこそライザはオーウェンを魔法学園に派遣したのだ。

 

 勝てる見込みは充分にあった。

 

 敵の主戦力はジョン・エルドリッチとその部下、そしてかつて騎士団に所属していたアリア・スタンフィールドと、正体不明の男——ドミトリー。

 

 問題ない、はずだった。

 少なくとも、魔法学園とヘーゲルン辺境伯との連戦ができるほどの余力は残っていないと判断していた。

 

 ――だというのに。

 

「……このリニュからの報告……『トリトンの絶叫』を乱発した、ですか……」

 

 計算外だったのは、ジョン・エルドリッチの底なしの魔力。

 そして、『シルフィの右腕』の封印を解く知識を持った者がこの世に存在したことである。

 

(封印を解除した方はわかりませんが……この報告が確かならジョン・エルドリッチの正体は——十中八九魔族(・・)。魔力が高いと言えばエルフも挙げられますが……それでも五十回以上の転移などありえません)

 

「王女様、紅茶をお持ちしました。一度休まれてはどうでしょうか」

「そうですね。いただきましょう、エストワール」

 

 連れてきた専属の護衛であるエストワールから紅茶を受け取り、早速一口付け、嚥下。暖かな液体が喉を通っていく。

 

「ふぅ」

「落ち着かれましたか?」

「えぇ……落ち着きついでに、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「精鋭を数人集めてください。今夜中に調べておきたい場所がありまして」

「調べておきたい場所、ですか?」

 

 エストワールの言葉に、ライザは笑みを浮かべながら一枚の資料を手に取った。そこには魔法学園——ではなく、レストーの街に関する情報が載っており——ライザはある施設を指さす。

 

「こちらの地下闘技場……見過ごすには怪しすぎます」

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