クラス召喚された俺の職業が『裏切り者』だった。   作:赤月ヤモリ

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第9話 夜半の邂逅

 ライカ達と別れた千司は一人自室へと向かった。

 

 懐かしい廊下を抜けて扉を開けると、そこは出発前と何も変わらない部屋の光景。しばらく使っていなかったにもかかわらずベッドには皴一つなく、埃っぽさもないことから定期的に掃除されていたのだろう。

 

(こういうとこ、コテージとは違うよなぁ)

 

 魔法学園の海上コテージは基本的に自分で掃除しなければならなかった。その点王宮では掃除も洗濯も、何なら着替えもセクハラも至れり尽くせりという好待遇。何が言いたいかというとライカの存在が最高という話である。

 

(……にしても、疲れた)

 

 千司は適当に荷物を下ろすとそのままベッドにダイブ。

 四日間の馬車移動は流石に堪えた。肩と腰が痛くて仕方がない。

 

(夕食時にライザから話があると言っていたし、それまでに風呂に入っておきたいが……)

 

 いかんせん今は眠気が勝る。

 千司はゆっくりと目を閉じると微睡の中に飲み込まれていくのだった。

 

 

  §

 

 

 目が覚めると窓の外の太陽が僅かに傾いていた。

 昼前に王宮に到着したことを考えるに三時間ほど眠っていたらしい。

 

 仮眠で頭もすっきりしたところで、千司は着替えとタオルを引っ掴むと一人浴場へ。道中の廊下は静かなもので誰ともすれ違わない。部屋から物音も聞こえないことから、千司同様眠っているのだろう。

 

 是非とも片っ端から部屋を回って殺しに行きたい。

 しかし一人でも起きて居た瞬間に即詰むので出来ない悲しみ。

 

 浴場に到着すると意外なことに千司の貸し切りだった。

 ライカ以外の男の裸など見たくもなかったので幸いである。

 千司は全身を洗い終えてから湯船に浸かり、ゆっくりと足を延ばした。

 

「ん……あぁ……」

 

 思わずそんな声がこぼれてしまうほどには気持ちが良い。

 

(何故風呂はこんなにも気持ちがいいのか)

 

 益体のないことを考えつつ疲れを癒した千司は、長風呂することなく早々に上がる。身体を拭いて着替えに袖を通す。

 

 これでようやくオーウェン印の衣服ともおさらばだ。服を貸してくれたことには感謝するが、それはそれとして絶対殺すリストに名前を書き込む千司。理不尽極まりない。

 

 着替えを終えた千司は湯冷ましに訓練場近くの廊下へと立ち寄った。

 良く晴れた空に過ごしやすい気候。心地よい風が吹き込み——ふと、廊下の先で同じように風を浴びながらさらさらと銀髪を揺らす一人の女性を見つけた。

 

 いつも跳ね散らかった銀髪はストレートに梳かれ、僅かに上気した頬は、彼女もまた風呂上がりであることを想起させる。

 

「……はぁ」

 

 物思いに耽った様子でため息を零す彼女リニュ・ペストリクゼンに千司は逡巡した後、片手を挙げて話しかけた。

 

「よう、リニュ。そっちも風呂上がりか?」

「……っ! せ、センジ……」

「なんだよその反応。流石に傷つくぞ?」

 

 声をかけた途端に明らかに動揺して見せるリニュ。その表情は緊張に強張り、唇をキュッと噛みしめながら視線を逸らしている。

 

「いや、その……すまない。まだ仕事があるんだ」

 

 やがて彼女は分かりやすい嘘を口にして、逃げるように踵を返した。

 

「待てよ」

「……なんだ?」

 

 呼び止めると首だけで振り返るリニュ。

 しかしその視線が千司を見ることはない。

 

 そのよく視える『目』で、千司の感情を読み取ろうとしない。

 

(いいね)

 

 苦しんでいるリニュに内心満足気に頷きつつ、千司は周囲を観察。そして曲がり角の先から騎士が近付いてくるのを確認してから口を開いた。

 

「……何か、悩んでいるのか?」

「……っ」

「前も言ったと思うが、俺はお前のことが嫌いじゃない。仲間だと思っているし、困っているなら助けたい。だからもし、何か悩んでいることがあれば、遠慮なく相談して欲しい」

「……っ、あ——」

 

 何かを言いかけた途端、先ほど確認した騎士にリニュが気付き閉口。

 彼らが通り過ぎる間、千司とリニュの間には沈黙が流れ——経過した時間は開きかけていた彼女の心をより強固に閉ざす。

 

「……センジ、ありがとう」

「……あぁ」

 

 リニュは小さく礼を述べると、肩を落としたまま廊下の奥へと消えていった。

 

(さて、準備はこんなものだろ。後は状況さえ整えば——)

 

 などと考えながら千司は自室へ舞い戻る。

 窓を開けて心地よい風を招き入れつつベッドに寝転がり、今後のことについて思考を巡らせた。

 

 まず、王宮に戻ってきたことからこれからは以前同様に日中訓練を主とした勇者の育成が再開されるだろう。そうなれば夜に王都へと抜けだして活動する過労死待ったなしの過密スケジュールも再開される。

 

(それはまぁいい。もう慣れた)

 

 問題があるとすれば、前までのようには動けないだろうこと。

 

 一つ目は千司の冒険者としての姿であるメアリー・スーはライザ王女によって指名手配されている為使えないという点。

 

 二つ目は以前までアジトにしていたリースの黄昏もすでに王女によって破壊されているという点。

 

 手札は確実に減っている。

 

 加えて、宵町でのドミトリーの評価も怪しい。

 

 以前千司は宵町で誘った娼婦を従業員として雇っていたが、リースの黄昏を廃棄する際にアリアによって皆殺しにさせた。そのことが影響すればドミトリーとしても動きにくくなる可能性もある。

 

(使い潰してきた報いだな。……まぁ、裏にラクシャーナ・ファミリーが居る事は考えればわかるから、そうそう騒ぎ立てるような馬鹿は居ないだろうが)

 

 仮に騒ぎ立てる馬鹿が居たとしても、その程度の人間なのである日突然いなくなっても何ら問題はない。

 

(一応、エルドリッチたちに調査は依頼しておいたが、はたして……)

 

 色々と調べることはあるが、基本的にはエルドリッチとアリアに丸投げしている。

 結局のところ、千司が何よりも優先して行うことは彼らと落ち合い今後についてゆっくり談笑することであった。

 

 それと並行して上級勇者と下級勇者の離間工作、市井と騎士の対立煽り、優秀な異世界人の回収。

 

(う~ん、やること多すぎて草)

 

 特に優秀な異世界人の回収は、勇者を皆殺しにした後で魔王を倒すために必要な存在の為、魔族であるエルドリッチの力は借りられない。

 

 千司としてはリニュとセレン、ライザも確定だがオーウェンが悩みどころ。ライザを何とか引き込むことができれば彼も仲間に出来るだろう。しかし、できれば殺したい。借りた服が妙に良い匂いで気持ち悪かったので殺したい。

 

(ウィリアムを使っていい感じに殺したいよなぁ~)

 

 とかなんとか妄想しながら、今後の予定を組み立てていくのだった。

 

 

  §

 

 

 夜。

 扉がノックされ開けると、そこにはライカの姿があった。

 

「夕食の時間となりましたので呼びに参りました」

「あんがと」

 

 礼を述べつつ、ライカの後を追う。

 

 王宮での食事は基本的に個人で好き勝手食べてもいいことになっているが、こうしてわざわざ時間を合わせて全員を呼び出したという事はそれだけライザの『話』が重要な物であるということ。

 

(まぁ、想像は付くが)

 

 千司は周囲を見やり人気がないのを確認してから軽い調子で口を開いた。

 

「それにしても、今日は仕事しなくていいって言ったはずなんだがなぁ?」

 

 前を行く美少年執事を肘で小突きつつ不満を口にすると、彼は困ったように苦笑を浮かべた。

 

「意地悪を言わないでください。奈倉様の命令がなくとも、上からの命令には逆らえません」

「そりゃそうだ。でも許せんなぁ……因みにレーナは?」

「疲れが出たので私の部屋で休んでいますが……」

「へぇ、それはよかった」

 

 言った瞬間ライカの目が細められる。

 

「妹に手を出すようなことはないようにお願いします」

「んなことしねぇよ」

「……」

「あれ、そんなに信用ない?」

「見境なく女性とお近付きになられているご主人様ですので」

「ん~辛辣」

 

 適当に言葉を返しつつも、千司は口端を持ち上げる。

 

「まぁ、何はともあれ俺が言いたかったのは、明日から朝ちゃんと起こしてね(・・・・・・・・・・)ってことだよ」

「……」

「なに?」

「いえ、わかりました」

 

 ジト目を向け、やがて渋々と首肯を返すライカ。

 相も変わらずセクハラしがいのある美少年執事である。

 

 そんなこんなで楽しく話をしていると、あっという間に目的地である食堂に到着。

 すでにほとんどの勇者が揃っており、各々料理を受け取って友人知人と卓を囲んでいた。

 

「では私はこれで」

「ありがと」

 

 恭しく一礼して去っていくライカ。

 そんな彼と入れ替わりにやって来たのはせつなと文香の二人であった。

 

「遅い、結構待ったんだけど」

「私はいつまでも待てるよ、千司くん」

 

 頬を膨らませながら千司の右手に抱き着くせつなに対し、にこにこと笑みを浮かべながら左手に抱き着く文香。

 

「……は? なら一生待ってれば?」

「意味わかんない。文句言うなら雪代さん一人で先に行けばよかったじゃん」

 

 千司を挟んでバチバチと火花を散らすせつなと文香に、千司は内心『めんどくせ~』とぼやきつつ仲裁。

 

「まぁまぁ、とりあえず席に着こうぜ」

「わかった。行こ、千司」「そうだね、千司くんっ」

 

 もはや仲がいいのではないかと錯覚してしまいそうなほど言葉が重なる両名。

 そんな二人を連れ、千司は夕食を受け取った後空いている席に座った。

 

 周囲には下級勇者が並んでおり、対面には海端の姿。すぐ傍には猫屋敷たちと辻本の姿も。二階堂や斎藤と談笑している姿を見るにギャル式メンタルケアは順調に進んでいるらしい。

 

 それとなく観察してみると前回より更に上級勇者と下級勇者の溝が深まっているように感じた。魔法学園でクラス別になったのが原因か。思わぬ収穫に内心笑みを浮かべていると、上級勇者の女友達に囲まれていた松原と視線が合った。

 

「……!」

 

 視線が重なった瞬間にぱーっと笑う松原。

 周囲の友人に「いきなりどうした」と若干引かれていた。

 

 そんなことをしていると騎士が現れ、先に食事を済ませるように伝えられる。

 ライザからの話はその後とのこと。

 

 懐かしい味に舌鼓を打ちつつ、完食し、周りもみんな食べ終わった頃——セレンとオーウェン、そして数人の騎士が食堂に現れ——空気が張り詰める。

 

 よく見ると食堂の隅っこにリニュの姿もあった。

 壁にもたれる彼女の髪は既に跳ね散らかっており、寝ぐせではなく癖っ毛なのではないか、などと益体のないことを考える千司。

 

 一方で他の勇者たちは『事件の後に行われるライザの話』という状況から何かを察知。

 そして最後に現れたライザの沈痛な面持ちを見て、予想は確信に変わる。

 

「皆様、まずはお疲れさまでした。魔法学園での訓練は当初予定していた物とは大きく離れましたが、それでも確かな成長を皆様にもたらしたと私は感じております」

 

 社交辞令的に淡々と伝えるライザ。

 口調、視線の動き、重心移動。どれを取っても丁寧で、そしてあくまでも今の話が前振りであることを伝えている。

 

 ライザは小さく深呼吸すると、顔を上げて全員の目を見据えながら続けた。

 

「しかし本日お集まりいただいたのは労いの言葉を伝える為ではございません。皆様に、悲しいお知らせがございます」

 

 その言葉で、ほとんどの者が続く内容を察していた。

 何しろ今の言葉は、かつて夕凪飛鷹が死んだ時と同じ物。

 

 つまり——。

 

「行方不明とお伝えしていた四名——岸本様、富田様、渡辺様、不破様のうち、岸本様と富田様がご遺体で発見されました」

 

 瞬間、勇者たちの間に重たい空気が充満した。

 しかし夕凪が死んだときほどの絶望感はない。

 前回のことで多少耐性ができていたのもあるだろうが、何より彼ら彼女らもまた実際に襲われて命の危機に瀕したというのが大きい。

 

「……くそ」「夕凪に続いて二人も……」「……はぁ」「なんで……」「もう嫌……次は私が……」

 

 それでも悲壮感を漂わせる勇者たちを横目に、ライザは淡々と続ける。

 

「お二人は魔法学園から少し離れた場所で焼死体となって発見されました。周囲には戦闘の形跡もあり、おそらく誘拐され、激しく抵抗したために殺害されたものと推測しております」

 

 ライザの言葉を受けて海端と辻本が千司に視線を向けてくる。

 と、同時にライザからの視線。話を合わせろという事なのだろう。

 

 千司は二人に向かって今は黙っておくようにと小さく首肯を返しつつ、思考を巡らせた。

 

(確かに魔法学園内で殺されたと伝えるより、外で殺されたと伝える方が勇者の反発は少ないだろう。それに——)

 

「あの——」

 

 ふと千司の思考を割るように篠宮が手を上げた。

 

「はい、何でしょうか篠宮様」

「二人のことは分かりました。それで、その……渡辺と不破の方はどうなんでしょうか?」

 

 その言葉に勇者たちの視線がライザへと向く。

 しかし彼女はゆっくりと首を横に振って答えた。

 

「……申し訳ございません。お二人の行方はまだわかっておりません。ですが、他に争った形跡もないことから誘拐され、まだ生きている可能性は充分にございます」

「……っ! ほんとうですか!」

 

 その言葉に、上級勇者たちは僅かに希望の光を掴んだ。

 

(わざわざ外で殺されたと伝えたのはこれが狙いだったのだろう。魔法学園内で殺されていれば敵の目的が『勇者を殺しに来た』という事になるが、外で殺されていたとなれば『勇者を攫いに来た』という事になる。要は少しでも希望を抱かせるために、嘘をついた、と)

 

 下げてから上げる。ごくごく当たり前の手法であるが、ここまで堂々と嘘を並べながら平然と語る王女とはいったい。日本に生まれていたら詐欺師としてそれはもう名を馳せただろう。

 

「……千司、大丈夫?」

 

 不意にせつなに手を握られた。

 その瞳は心配に染まっている。

 

 一瞬何を心配しているのか分からなかったが、おそらく岸本と富田のことでショックを受けていると思ったのだろう。

 何しろ魔法学園に到着してからというもの、千司は辻本、岸本、富田の三人とそれなりに遊んでいたから。

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 千司は適当に答えてせつなの手を握り返した。

 

 渡辺、不破の生存の可能性によって上級勇者が希望を抱く一方、彼らとつながりの薄かった下級勇者にはまだどこか薄暗い空気が漂っていた。

 

 特に下級勇者の中心人物である千司や辻本が暗い表情を浮かべているのだから、必然素直に喜ぶこともできない。

 

 猫屋敷や他の下級勇者が落ち込む中、いつまでもめそめそしているのを嫌う人間が上級勇者の中には存在した。そう、我らが大賀健斗(バカ)である。

 

「……!」

 

 大賀は千司たちを睨みつけて不快そうに顔を歪めた後、腰を上げようとして——。

 

 その直後、ライザが手を叩いて注目を集めた。

 

「皆様、前回に引き続きまたもこのような醜態を晒してしまったこと深くお詫び申し上げます。渡辺様、不破様の捜索及び救出に関しては他国にも協力を要請し、私の持てる力のすべてを使って行いますので、吉報をお待ちいただけたらと思います。それでなお、不躾なことは理解していますが、しかしお願いします。魔王、および魔族をを倒すのに協力してください」

 

 ライザだけではなく、彼女の両脇に構えていたセレンや、あの堅物のオーウェンすらも頭を垂れている。

 

 年上や文字通り目上の人からのお願いという圧の前に、最初に答えたのは篠宮。

 

「……当然、わかっていますよ」

「……心からの感謝を」

 

 そう言って、ライザは頭を上げると皆を一周してから食堂を後にした。

 それに応じて、他のみんなも自室へと帰っていく。

 

 千司もせつなと文香に連れられ食堂を後にしようとして——その寸前、唇をかみしめてとぼとぼと歩いて行くリニュの背中を見つけた。

 

(……)

 

「千司?」

「どうしたの、千司くん?」

「……いや、何でもないよ」

 

 適当にはぐらかして、千司も食堂を後にした。

 

 残されたのは何かを言おうとして立ち上がり中腰の体勢で固まった大賀の姿だけであった。

 

 

  §

 

 

 深夜。

 

 千司は窓を開けて外を見やる。日中の王都も過ごしやすいが、夜になると風は冷たさを帯び、また違った心地よさを味わえた。

 

 空には美しい月が輝いており、それを確認してから千司はスマホとイヤホンを持って部屋の外へ。

 

 王宮の廊下は静寂に包まれており、誰の気配もない。

 

 これが王女の部屋の近くになればその警備レベルも跳ねあがるのだろうが、いかんせん使用人や勇者が多い同所では玄関口に数人配置されているのみである。

 

 ほぅ、と息を吐きつつ、吹きさらしの廊下を歩き、陰になって見えにくい位置にある階段を上る。

 

 その先にはバルコニーに続く大きな窓があり、備えられたベンチに一つの人影があった。

 

 ところどころ跳ねた髪と、その隙間から伺える二本の角。

 

 千司は無言のままに窓を開け、彼女の隣に腰掛けた。

 

「なんで……」

「この場所は、お前が教えてくれたんだろ?」

 

 蒼白い月の光を浴びて神秘的に煌めく銀髪。

 妖精か何かと見紛うほどの美しさを持つリニュが、そこには居た。

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